グルメ・クッキング

2024年8月21日 (水)

ソウルフード 自らの身体を、今あるこの時まで作ってきた食事。

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自らの身体を、今あるこの時まで作ってきた食事に、思いをはせる瞬間があります。
それがソウルフードの、ひとつの側面である思いです。

義理の親父は昭和11年生まれの新潟出身です。
中学校を卒業後に上京し、苦労しながら独立して事業を確立させました。

少し前ですが、そんな親父と新潟県へ行った事がありました。
その際、(義理の親父からすると)孫の希望もあり、新潟県立歴史博物館(https://nbz.or.jp/)に立ち寄りました。

親父からすると、展示物は少し前の日々の生活であり、それを珍しく観る気持ちにはならないとの事でした。
そりゃ、そうだわなと思いながらも、「子供は興味深く観ているから」と私は苦笑いしながら言いました。

本年、親父は新型コロナに罹患し、治りましたが体調の回復が思わしくなく、一緒には出掛けられませんでした。

車で走行中に二男が、おいしそうだとロードサイドで店を見つけました。
FARM FRONT SEKI NOEN(https://farmfront.jp/) です。
お昼時であった事もあり、店外に行列です。
幸い駐車場が確保出来たので、待つ事としました。

40分程待って店内に。
とても清潔で、店を囲む田園風景と相まって素晴らしいです。

土鍋炊き塩むすびセットを注文。
塩おにぎり(2個)とみそ汁に漬物と海苔が1枚。

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おいしい。

塩むすびだから、主役のお米がおいしい事は勿論、みそ汁がまた格別。
何で出汁をとっているのか、知りたいぐらいです。
これには妻も唸っていました。

親父はいませんでしたが、40分前後も待つ。
おにぎり2個に1,000円以上を払って食べる。
理解は出来ないでしょう。

博物館の風景に同じく、自らの歴史の一部であり、体験した事です。
都会からの客が、ありがたがって食べる。
もしかしたら、奇異に映る場面があるかもしれません。

でも、一緒だったらおいしく食べた気がします。
それは、幼い頃から食べ、自らの身体を作ってきたものです。
どこかに、うれしい思い、辛い思いが隠れているかもしれないですが、今も郷土の米を実家から取り寄せ、日々食べています。

今は別宅で、日々ジャンクフード付けの私には、とてつもないごちそうです。
仕事で、生産者の方々が自家用で食べるとっておきを、頂戴する事があります。
そのおいしい事。

子供もいましたが、これがごちそうである事は、まだ理解出来ないでしょう。
「肉はないの?」「おかずはないの?」「ごはんだけ?」
子供の頃の私なら、そう思います。

自らの身体を、今あるこの時まで作ってきた食事に、思いをはせる瞬間があります。
それがソウルフードの、ひとつの側面である思いです。

2022年4月19日 (火)

自らを律するには、自らの心構えに他人の目も必要。

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先日、小田原を訪問した際に昼食をしました「だるま料理店」です。
開店後30分ぐらいで伺いましたが、大行列でした。

少し入口で待っている間に、フト上を見上げました。
そこには達磨様が鎮座しておられました。

達磨様には大変失礼ですが、見つけられた事がうれしくてパチリと撮影しました。
始めてでしたが、お料理も大変美味しく頂きました。

だるま料理店 https://darumanet.com/

先日、緑内障の診断をされ、治療が始まる事から地域の中核病院へ行きました。
その病院の診療代の会計は自動精算機です。
最近、この生産方式が増えました。

自動精算機の上に、番号が表示されたら精算して下さいと案内があります。
電光掲示板に自分の番号が表示されるのを、みんな黙って待っています。

自分の親父より、まだ年上と思われる先輩が、おもむろに精算機に近づいて行くのが視界に入りました。
画面の表示と格闘しています。
しばらくして、うまく行かないので近くにいた事務員さんに声をかけます。

「ちょっと、うまく出来ない」ともう少々イライラ気味。
事務員さんが覗き込みます。
「ああ、これ上の電光掲示板にお手持ちの番号が表示されたら、お支払いが可能となるのです」
と、言ったところで大先輩は待てません。
「だから、どうすればいいんだ!」
フロアーでカンツォーネぐらい、大きな声です。

みんなの視線が注がれます。

事務員さんは恐縮しながら「ここにですね、番号が出たら…」と言っていますが、大先輩は掲示板には目もくれません。
…と、話している時に掲示板に番号が表示され、会計が実行できました。
大先輩は何事もなかった様に、正面玄関へと歩いて行きます。

緑内障の治療を始めなければならない50歳も半ばとなると、いろいろ図々しい部分が出てきます。
大先輩の様に初めて見る機械の操作方法がわからない場面では「すみません、これどうやるの?」と聞けてしまいます。

PCはMS-DOSの頃から、その仕組みに慣れ親しんだので、少しは自信があります。
でも、この世界の技術は日進月歩です。
スマホアプリの利用方法なんて、子供達にはかないません。
世の中で、そのスマホアプリが果たす役割が理解できても、操作がよくわからない事もあります。

ある規模の企業では、責任者となれば様々な事をたくさんの人が助けてくれます。
おもんばかって、いろいろ配慮してくれる事もあります。

でも、そういう立場を終われば、市井の一人です。

産まれた時に何も身に着けてはいません。
亡くなる時も、あの世へもって行けるものはありません(多分)。

恥の上書きを続ける毎日ですが、世間様が見る自分の姿を意識しておいた方がいいと考えています。
好々爺になれるかどうか、それを求めているのかどうか、自分でもよくわかりません。
それは、これからの生き方がきっと大きく影響します。

自らを律するには、自らの心構え。
そして。他人の目を意識する事は少なからず、社会の一員として大切ですね。

社会で孤立、孤独になって行くのは、そんなところにも原因があるかもしれません。
自分が自分らしく生きる。
言葉では簡単ですが、人の世のしがらみは、それを許してくれない場面があります。
なかなか難しい事と思うのです。

どこからか、視線を感じる…。
屋根から達磨さんが、見ていました。