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2026年5月

2026年5月21日 (木)

福岡の空、遠くの孫 ― 亡き義父の記憶を呼び起こしたテレビの言葉。

Akatsuki233

先日、出勤の支度をしながら流れていた朝の情報番組に、目が留まりました。
松村北斗さんが、静岡県のアンバサダーに就任したとのニュースです。

そのインタビューで、「どんな時に故郷の静岡県を感じますか?」と尋ねられていました。
回答は、東京に住んでいても「静岡県の天気を見てしまう」、あるいは「気になってしまう」という内容だったと思います。

その時、ふとあることを思い出しました。

長男が3歳の時、福岡県へ転勤になりました。
当時は妻の実家の近くに住んでおり、長男はよく「じいじ、ばあば」と(実家に)立ち寄っていました。

毎日のように会えていた、かわいい盛りの孫が、九州という遠い地へ行ってしまう。
どれほど寂しかったことかと思います。

3年が過ぎ、今度は東京への転勤が決まりました。
その時、義父はこう言いました。
「これで、福岡の天気予報を気にしなくてもよくなる」

孫が遠い福岡の地で、今日はどうしているだろうと思いを巡らす。
だからこそ、福岡の天気が気になる。

「ああ、今日は晴れている」
「台風が近づいている」
「暑いけれど、幼稚園に行ったかな……」

松村北斗さんの言葉に、亡くなった義父の言葉がよみがえりました。
孫への深い愛情と共に。

2026年5月14日 (木)

生まれてきてくれて、ありがとう。

Akatsuki233

先日、25歳になる二男と、将来のことについて少し話をしました。

彼はアスペルガー症候群という特性を持っています。
その彼が、ポツリと言いました。
「自分と同じ苦労をさせるのは忍びないから、子供は作らないつもりだ」と。

今、彼は日々業務の中で戸惑い、葛藤しながらも、周囲の支援を受けながら懸命に働いています。
そんな彼が、姪っ子が生まれた時には、無事に生まれてきた喜びで涙を流し、今も本当によく可愛がってくれています。
命の尊さを誰より知っているからこそ、自分の抱える「生きづらさ」を、まだ見ぬ誰かに背負わせたくないと願う…。
その不憫なほどに誠実な思いに、胸が締め付けられる思いでした。

私は、父として彼に伝えました。
「○○が我が家に生まれてきてくれて、本当によかったと思っている。もし違っていたら、雑に扱われたり、もっとひどい目に遭っていたのではないかと考えてしまう。お前が私たちの子供であることに、マイナスな気持ちなんて何一つないんだよ」

そしてこれは、本心からの言葉です。
彼がいたからこそ、私の仕事に対する向き合い方は、大きく変わりました。

🎀「教育」ではなく「共生」から学んだこと
今、リーダーとして組織を率いる中で、私はかつて「なぜこれができないのか」と、欠けている部分にばかり目が行く時期がありました。
しかし、二男を育てる日々は、私に全く別の視点を与えてくれました。

「できないことを叱責するより、できたことを共に喜ぶほうがいい」

言葉にすれば簡単ですが、これを心底納得できたのは、二男の成長を一番近くで見守ってきたからです。
彼が一つひとつハードルを越えていく姿に、私はリーダーとして大切なことを教わりました。

仕事の仲間と良い関係を築くために必要なのは、正論で追い詰めることではなく、その人の存在を認め、小さな一歩を共に喜ぶこと。
私が「養育」していたつもりが、実は二男によって、私自身が「リーダーとして、一人の人間として」養育されていたのです。

🎁存在そのものが、誰かの力になっている
彼がいなければ、今の私の仕事のあり方は、もっと殺伐としたものになっていたかもしれません。
二男が周囲の助けを借りながら働いている姿は、裏を返せば「人に頼る勇気」や「助け合う喜び」を、その職場に提供しているとも言えるでしょう。

🎀「子供を作らない」という彼の決意。
それは今の彼の精一杯の誠実さです。
その思いも丸ごと抱えて、私はこれからも彼の父であり、彼から学んだ「受容」を大切にするリーダーでありたい。

○○へ。
お前が教えてくれた「できたことを喜ぶ」という魔法を、今日もお父さんは仕事の現場で使っているよ。
生まれてきてくれて、本当にありがとう。

2026年5月13日 (水)

攻撃しない距離を保つ。

Akatsuki232

他者の存在を認めるということ

次男が通級指導教室の利用を検討し始めた頃のことです。

一度、現場を見てほしいと言われ、授業を見学しに行きました。
教室の後ろに立ち、その様子を見守っていた時のことです。

一人の子供が、私に疑いのまなざしを向けてきました。
それは、幼いがゆえに正直な、「自分を傷つける大人ではないか」と警戒するような視線でした。

同じ人間は二人といませんが、自閉スペクトラム症(アスペルガー症候群)などの特性は、時にからかいの対象となってしまうことがあります。
本人にとっては日常の延長であり、何ら不思議なことではありません。
しかし、その行動が周囲には「おかしなもの」として映ってしまうことがあるのです。
例えば、他人の気持ちを推し量る事が苦手な子もいます。
すると、場を考える事なく、不適切な不規則発言をする事があります。
こういうのは、バカにされたり、格好の攻撃材料となります。
発現した本人は理由も分からず、馬鹿にされたり、傷つけられたりします。
心は傷つきます。
(こういう事はパターンの訓練を繰り返し、学習する必要があります)

大阪で勤務していた頃、住吉区にある「大空小学校」と、わずかながら仕事で関わる機会がありました。この学校では、障害を持つ子供も普通学級で共に授業を受けます。

こうした環境の中で、子供たちは「自分とは違う他者がいる」という多様性を自然に学びます。また、障害を持つ子供にとっても、そこは「自分が安心していられる場所」として認識されます。

はるか昔、来日した外国人と小学生が対話する番組がありました。ある小学6年生の子供が、アフリカ出身の方に「なぜ、あなたの肌は黒いんですか?」と問いかけました。
その方は「6年生になってその質問をするのは、あまりにも世界を知らなさすぎる」と返答しました。その小学生は、おそらく「わかっていながら」、場を盛り上げようとする雰囲気でそう発言したのでしょう。

大空小学校が目指す姿と同様に、身体能力やルーツが異なる人がいても、それが「当たり前」である世界であってほしいと考えます。
体にウイルスが入った時に排除しようとするような苛烈な反応ではなく、「そういう人もいる」と認めること。その認識こそが、隣人同士の争いをなくすためのスタートラインだと思うのです。

人によって、受け入れられるか否かの感情は必ず生じます。
しかし、互いに歩み寄り、少なくとも「攻撃をしない距離」を保つことができればいい。

世界平和は、こうした身近な認識の変化から始まると信じている人は、決して少なくないはずです。

2026年5月12日 (火)

自分を一番わかっていないのは、自分かもしれない。

Akatsuki232

私たちは誰もが、物事を判断する際に縦横斜めと多角的に思考を巡らせます。
時には目を背けたい現実に直面しても、自らの能力と照らし合わせ、苦渋の決断を下さねばならない場面もあります。
誰かに期待されれば、それに応えたいと思うのが人情というものです。

50代。
「若い者には負けん」という気概。
それは大切な活力です。
しかし、体力において真っ向から競うことがもはや叶わないのも、また一つの事実です。

自分の能力を信じたいし、できないことを認めたくない。
しかし、人には必ず得手不得手があります。
大谷選手のような超一流の代わりを務めることは不可能だと明確に分かりますが、世の中にはそこまで判別が容易ではない、厄介な境界線が数多く存在します。

誰かが傷つく前に、自らの可能性をすべて否定する必要はないと思います。
ただ、自分ができる「範囲(限界)」を正しく把握することが肝要ではないでしょうか。
体力で勝てないのなら、長年培ってきた経験や知恵を活かす手段を模索する。

衰えを嘆くのではなく、今の自分に相応しい武器に持ち替えること。
それが、過信に陥らず、かつ自らを卑下もしない、大人の責任ある態度だと思うのです。
起きてしまった後では、取り返しのつかないことがありますから。

「自分のことは自分が一番わかっている」

それは確かな一面ですが、実は自分のことが一番わかっていないのも、また自分自身ではないか。
自戒を込めて、そう感じています。

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