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2026年3月

2026年3月27日 (金)

「使える奴」という傲慢な物差しについて。

Akatsuki230

ふと耳にしたラジオのCMだった。
軽やかなトーンで流れてきた「使える」という言葉。
その響きに、胸の奥がざらりと逆立つような不快感を覚えた。

職場や日常で、あまりにも無造作にこの言葉を口にしてはいないだろうか。
「あいつは使える」「使えない奴だ」。

褒め言葉のつもりかもしれない。
あるいは単なる評価のつもりかもしれない。
しかし、私にはどうしても、この言葉が人間を「意思を持たない道具」として扱い、その尊厳を削り取っているように思えてならないのだ。

上司が部下に、先輩が後輩に、仲間同士で、「使えない奴」と言う。
私はこの言葉が大嫌いだ。
反対の意味である「使える奴」も大嫌いだ。

小学生の頃、草野球をしていると自分に向けて言われた事がある。
上手ではないので、活躍出来ない事。
期待に沿えないので、言われる事。
それは、その言葉を話す人の基準で言われる。

「なんで、お前にそんな事を言われる」とケンカになる。
腹も立つけど、少なからず傷ついている。

ビジネスの現場で、頻繁に聞く言葉でもある。
それは言われた当人の人格否定であり、可能性を全て葬る言葉になる。

向いている。
向いていない。
それなら理解出来る。

誰の役にも立っていない。
何の役にも立っていない。

この事から来る孤独は、生きる事に直結する。

あなたは神様じゃない。
あなたにとって、役に立つ役に立たないで、使える使えないなんて言われたくない。

「使えるか、使えないか」という物差しを捨てたとき、はじめて私たちは、一人の人間として向かい合うことができるのだと信じている。

2026年3月26日 (木)

つなぐ手、ほどく手、結ぶ声 vol.1

Akatsuki230

〜未来へのバトン〜

まったく見ず知らずのおばあさんが、電車で隣り合った見ず知らずの赤ちゃんに声をかけている。

「元気に大きくなりなさいね」

おばあさんからは、赤ちゃんの成長そのものが希望だ。
とても素敵な光景だった。

〜ほどく手、握る日〜

あまり年齢の離れていない兄弟が、お母さんを真ん中に手をつないでいる。

お兄ちゃん、赤ちゃんを前に抱っこしたお母さん、そして弟。
手をつなぎあっている。

やがて、そんな日の事は忘れて、ひとりで大人になった顔をしながた、つないだ手をほどいて行く。
そして、強くなり、やさしくなって、また、お母さんの手を握る日が来る。

〜対等な歩幅〜

買い物カートを押しながら、お母さんと小学生と思しき娘さんが相談している。
「今日の夕食は何にしようか」
「○○は○○が好きだものね」
もう、立派な相談相手なんだね。

2026年3月25日 (水)

おばけでもいいから。

Akatsuki230

小学校3年生の頃、クラスに下原君(仮名)という子がいた。
仲良しではなかった。
どちらかというと苦手だった。

彼が母親から溺愛されているのが、子供の目にも明らかで、そのせいか振る舞いはどこか傍若無人。
揉めることはあっても、仲良く遊ぶ事はなかったと思っている。

でも、どういう風の吹き回しか一度だけ彼の家に遊びに行ったことがある。

その時、彼には弟がいたこと、そしてその弟を亡くしている事を知った。
予防注射か何かがきっかけで、亡くなってしまったらしい。

今でも彼とした会話、そして彼が言った言葉が印象に残っている。

「弟、おばけでも出てきて欲しい?」
私がたずねると、彼は迷わず答えた。

「うん、おばけでも、出てきて欲しい」

とても切なくなった事を覚えている。
あんなに生意気だった彼の口から漏れた、震えるような本音。

彼が時折見せていた、あの手に負えないわがままや寂しさは、ここから繋がっていたのかもしれない。
そう思うと、急に胸の奥が締め付けられるような気持ちになった。

その日の帰り道、私はなぜか急いで家に帰った。
そして、自分の弟に、精一杯優しくした。

…まあ、優しくしたのはその時だけだったけれど。
すぐに兄弟喧嘩ばかりに戻りました。

齢を重ねれば、下原君の気持ちは痛いほどわかる。

2026年3月24日 (火)

未来からのメッセージを、今を生きる誰かの力に変えていけたら。

Akatsuki226

「コップに溜まっていく努力」は、本人にはその溜まり具合がよく見えないものだと言われます。

あともう少しで溢れ出し、報われる瞬間が来るとしても、渦中にいる人間にはそれがいつ終わるともしれない果てしない道に見えてしまう。
それを継続するには、並大抵ではない気力や根性が必要です。

小説やドラマでは、そんな状況を理解している「未来の自分」や「大切な人」が時空を超えて応援に来る、という物語があります。
「もう少しで報われるから」「もうすぐ幸せになれるから」と励まされるストーリーです。

プリンセス プリンセスの楽曲「ONE」にも、そんな情景が描かれています。
かつて恋に迷い、孤独に震えていた過去の自分に向けて、未来の自分がこう語りかけます。

恋を失くしてさむさに泣いていた
一人きりのあの頃の私に伝えたい
「ねえ、泣かないで大丈夫。
あなたの最後の恋に今ここでやっとめぐり逢えた」と

プリンセス プリンセス / ONE

この曲を初めて聴いた時、私は心を強く揺さぶられました。
楽曲のハイライトで音が止まり、そこから弦楽器の調べが引き継がれる展開は、これまでの哀しみが昇華され、運命の出会いへと導かれる予兆のように感じられます。
そして、前述の温かな歌詞へと繋がっていくのです。

「未来がわからないからこそ、人は希望を失わずにいられる」という言葉があります。
確かにその通りかもしれません。
しかし、今を生きるのが辛く苦しい時、「あともう少しだ」と確信できれば、最後の一歩を踏み出す勇気が湧いてくるのも事実です。
「これが最後の踏ん張りどころだ」とゴールが見えれば、残った力を振り絞る気力が生まれます。

一方で、もし未来がすべてわかってしまったら……。
成功ではなく失敗することが見えてしまう場面もあるでしょう。
現実にはその方が多いかもしれず、かえって気力を削がれてしまう可能性もあります。

そんな「未来からのメッセージ」を鮮烈に描いたものとして、MUSEの楽曲「Follow Me」と鉄拳さんのパラパラ漫画がコラボレーションした動画も忘れられません。
繰り返される誤解や哀しみに自暴自棄になる男女。
その出会いもまた、未来からのメッセージでした。
鉄拳さんの作品はどれも胸を打ちますが、このMUSEの楽曲との組み合わせは格別です。

私自身は、自分のために「未来からのメッセージを受け取りたい」と思ったことはありません。
けれど、大切な人が幼い頃に寂しい思いをしていた話や、いじめ、孤独に耐えていた話を聞くと、どうしても思ってしまうのです。
当時のその人のもとへ駆けつけ、未来から精一杯の応援を届けてあげたい、と。

かつて哲学の講義で、「起きてしまった出来事の意味を、後から見出すこと」を宗教的な理解の方法であると学んだことがあります。
それは、過酷な過去であっても「今の自分に繋がるための大切なプロセスだった」と受け入れ、次へ進むための糧とする心の作法です。

私が過去のその人に「大丈夫だよ」と声をかけたいと願うのは、その孤独だった時間にも、いつか必ず温かな「意味」が宿る日が来ると、心から信じているからなのかもしれません。

ろくでもない、この世界に。

それでも、こんな世の中でも必ず報われる日が来ると、私は信じ続けたいのです。

2026年3月23日 (月)

不完全だからこそ。

Akatsuki226

誰にでも、自身の正直な思いや行動がある一方で、社会の中で役割を演じるというか、担う部分がありますね。
父親であったり、母親であったり、社長であったり、部長であったり、先輩であったり…ときりがないです。
立場が人を変えるという事も、真実ですね。
その立場にふさわしい言動や行動はと考えます。
そうでなければ、ならない…というところでしょうか。
横綱は、横綱の言動や行動を含む品格を、横綱になったその時から求められます。
横綱は単なる名称で、なった本人の身体の組成がかわるわけではありません。
身体の組成が変わるわけではないのに、行動や言動そしてその心には「品格」という名の見えない鎧が着せられて行きます。

どちからの側面が大きくなるかは、様々な場面で違うと思います。
先日、回転すしでの店内で、その地区出身の議員が家族で会食している姿を垣間見ました。
その朗らかな顔は、あまり見た事がない気がしました。
議員ではなく、お父さんの顔でした。

ヴァン・ヘイレン(Van Halen)のアルバム「Van Halen Ⅲ」は、ディスコグラフィの中でも異色だと思います。
それまでの作品を聴いて、初めてこのアルバムを聴いた時、同じ路線と認識していたので違和感がありました。
初めて聴いた時は、少しガッカリでした。
当時の私は、彼らに「常に勝者であること(快活なロックヒーローであること)」という期待と役割を押し付けていたのかもしれません

様々な可能性を拡大させて行くなら、様々なアプローチがあっていいです。
路線が同じは違和感は感じませんが、飽きる事もあります。
新しい領域の中に、その可能性を拡大させる事は、今なら理解が出来ますが、当時はそこまで考えられませんでした。

セールスは芳しくなく、やっぱりな…というのが当時の所感でした。

先日、久しぶりにアルバム「Van Halen Ⅲ」を聴きました。
ゲイリー・シェローン(Gary Cherone)の少ししゃがれた声がとてもいい。
その内容は内省的で、楽曲と声がピッタリ。
若かりし頃、これまでの延長線を期待していて、その魅力には気付かなかった。
というより、気づけなかったのでしょう。

EAGLESのアルバム「Long Road out of Eden」を最近聴きなおして、その魅力を新たに感じた事と同じでしょうか。
アルバム中の楽曲、

09:Year to the Day
11:Ballot or the Bullet
12:How Many Say I

どれもシビレル。

等身大の自分をさらけ出す、その人間的な部分に、ある日の自分が重なり合う事があります。
誰でもが、様々な思いの中で抱く感情です。
生きるという経験を重ねる事で、変わって行く人の気持ちと変わらぬ気持ち。
齢を重ねると、見える景色も、感じる事も変わってきます。

人は弱さを抱えながらも、目覚め、進歩し続けることができる。
その進歩とは、かつて見落としていた「不完全な美しさ」に気づけるようになること、なのかもしれません。

2026年3月16日 (月)

きっと、人は弱さを抱えながらも、目覚め、進歩し続けることができる。

Akatsuki229

EAGLEのLONG ROAD OUT OF EDEN。
発売時に取引先の社長さんから、いいから聴いてみろと言われて、CDを頂いた事がありました。
当時は退屈な限りでしたが、今はその素晴らしさを実感します。
ギラギラしていた頃は、大人の余裕は理解が出来ないのかもしれません。

芳醇な美味しいウィスキーの味は理解できない。
手っ取り早く酔っぱらう事を目的に、ひたすらビールをグビグビ一気飲み。
味わうのではなく、ただ酔うだけの薬(そんな薬があるなら…)に近い飲み方と同じ聴き方です。
感じたりする事や人生の経験に照らしてなんて、幼稚でしたので出来ません。

今、少しはそのアルバムを聴いて、退屈どころか、素晴らしいと思うのでちょっと進歩したのでしょうか。

ありがたい事に、小学生から付き合いの続く友人がいます。
お互いにあまり遠慮がありません。

互いに就職して、そんなに時間が経過していない頃の事です。
彼は私に「いつまでの、誰かの評価の中、誰かの評価の軸で、仕事するのは嫌だ」と言っていました。
それを聞いた当時の私は「だから、早く評価する側になればいい」と言いました。
「そういうんじゃないんだよ」と彼の返答でした。

その時の自分は、同僚とも競い合うような、職場にはそんな環境がありました。
また、そんなヒリヒリする様な環境が好きでした。
だから当時の私には、彼の言葉は言い訳に聞こえていました。

やがて、私はいろいろな事が上手く行かなくなります。
最初のスタートは早く、全力疾走が続いていたので、立ち止まれば、落下する速度は加速度付きでした。

次の就職先も決めずに辞めました。

彼はよく私の部屋に来ていました。
午後に来て、西日の差す部屋でお菓子を食べながら、漫画や雑誌を見ては帰りました。
私はその事を、特別に気にする事もありませんでした。

再就職の活動は始めていましたが、外出するより部屋にいる事は多く、彼はそれを知っていました。
後から聞きましたが、当時の私の様子は、生涯でもこれまで見た事がないぐらい落ち込んでいたそうです。
彼は、寄り添っていてくれたのだと思います。
私も誰かがいてくれる事がよかったのだと思います。

何もする事がないのは、落ち着きません。
そこで、戦艦大和のプラモデルを無言で黙々と作っていました。
その時、フト思い出したのです。

吉田満氏著作「戦艦大和ノ最期」の記載のある臼淵大尉の言葉です。

「進歩のない者は決して勝たない。
負けて目覚める事が最上の道だ。
日本は進歩という事を軽んじ過ぎた。
私的な潔癖や徳義に拘って、本当の進歩を忘れてきた。
敗れて目覚める、それ以外にどうして日本が救われるか。
今目覚めずしていつ救われるか。
俺達はその先導になるのだ。
日本の新生に先駆けて散る。
まさに本望じゃあないか」

引用終わり。

負けて目覚める。
敗れて目覚める。

その彼も就職をします。
外資系のファッションメーカーでしたが、彼もほどなくして、辞める事を選択します。

私の部屋へやってきた彼が言いました。
「俺さ、スイスのホテル学校へ行こうと考えているんだよね。どう思う?」
相談がてらそう言った彼に、私は「そうすればいい」と即答しました。
「そういうと思ったよ」と彼は笑いました。

私は「自分の友人にホテルマンを目指し、スイスのホテル学校に留学している友達がいる。それは俺の誇りだよ」
そう話しました。

互いに、今は別々の場所で働いていますが、あの琥珀色の時間は今も私たちの底を流れています。
人は弱さを抱えながらも、目覚め、進歩し続けることができる。
そのことを、私は彼との時間から教わったのだと思います。

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