映画「きみはいい子」、痛ましいニュースから考える「誰かを救う力」の事。
先日、胸が締め付けられるような痛ましいニュースが報道されました。
わずか2歳の幼い命が、親からの虐待によって奪われたという出来事です。
痩せ細った身体、治療されることのないまま傷つけられた骨折の痕。
その絶望は、想像するに余りあります。
亡くなった女の子にはお兄さんがいたそうです。
彼が背負うことになった心の傷は、どれほど深く、容易には癒えないだろうと考えると、言葉を失います。
世界を救えなくても、「誰か」は救える
そんな時、ふと頭に浮かんだのが、中脇初枝さんの小説、そして映画化された作品「きみはいい子」です。
私は映画を先に観て、その後に原作を読みましたが、どちらも素晴らしかった。
作品が問いかけるのは、虐待や育児放棄という現実の厳しさ、そして、それにどう向き合うかという、「優しさの連鎖」というテーマです。
物語を通して描かれるのは、「子供に優しくすることで、その子供もまた誰かに優しくする。やがて、世界はやさしさで満たされる」という希望です。
もちろん、これは夢物語のように聞こえるかもしれません。
しかし、映画のCMに使われた「世界を救うことはできなくても、誰かを救うことはできる」という言葉には、単純でありながらも底知れぬ深さがあります。
底知れぬ深さを持つ、小さな優しさ
私たちは皆、世界中の悲劇を止めることはできません。
大きな社会システムや構造を変えることは、非常に困難です。
しかし、目の前にいる「誰か」に、優しく声をかけること、温かい手を差し伸べること、話を聞いてあげることはできます。
「誰か」を救うという、手の届く範囲の希望。
この個人的な行為の積み重ねこそが、絶望に満ちた世界に光を灯し、痛ましい連鎖を断ち切る唯一の方法ではないでしょうか。
今、私たち世界中の人に求められているのは、この単純だけど奥の深い、「誰かを救う力」なのかもしれません。
*映画『きみはいい子』予告編
映画の雰囲気に触れてみたい方は、ぜひ予告編をご覧ください。
映画「きみはいい子」予告編





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