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2025年8月

2025年8月14日 (木)

たったひとつの、ありえない話。

Akatsuki222

そんなはずはない…と思ってしまう事。

小学生の時に飼い出した犬は、かわいい子だった。
雑種だったが毛並みが良く、きれいだきれいだと褒められる事が自慢であった。
朝夕散歩をする私の事をいつも、よろこびいっぱいで歓迎してくれた。

高校生の時フィラリアで逝ってしまった。

それはとてつもない哀しみだった。
食器も、リードも、小屋も残っているのに、そこにひとつだけ足りないものがある。
それは、その不足は満たされる事は決してない。

弟はその時の経験から、病気の撲滅を決心し、そして獣医師になった。

妹はしばらく泣き暮らした。
音楽の授業で「オーゼの死(ペール・ギュント組曲)」を聴いて、涙が溢れ友人に心配されたそうだ。

人にも動物にも、輪廻転生があるのかと考える事がある。

犬は犬好きの人をわかるという。

通りすがりにあった犬が、親しげに近づいてくる事がある。
まったくその犬の飼い主には失礼な事だが、実はその犬が生まれ変わりなのではと考えてしまう事があった。

ブルックナーの交響曲第7番を聴いて、ふとそんな事を思い出した。
ブルックナーが敬愛するワーグナーの訃報に接し、その思いを投影したとのエピソードがある。
第2楽章が生きている、その儚さを私にはとても感じるからなのかもしれいない。
きっと、あの子が教えてくれたのは、生きていることの儚さと、それと同じくらい、満たされないことのない愛なのだろうと、今はそう思う。

2025年8月 7日 (木)

事実とそれを見る人の思い。

Akatsuki222

週末に同じホームから、同じ電車に乗車する事が続いている。
乗車場所も同じなので、見えている景色が変わらない。

しかし、季節で日が暮れる時間は違う。
晴れの日ばかりでない。
いつも同じ方向を見ているけれど、まったく同じ景色はない。

養老孟司さんは、その著書「バカの壁」に印象に残っているところがある。

桜は毎年、季節がくれば、条件が揃えば、花を咲かせる。
ただ、花を咲かせる。

それを見た人が、
今年も桜の花を見る事が出来た…。
新しいスタートを切った今年の桜は、更に美しい…。
今はいないあの人が、美しく咲かせてくれた…。
花が咲いた事実に、自らの思いを投影する。

桜は何も変わっていない。
花が咲くことに、人の意思は介在しない。

花が咲く事に、意味を持たせ、意味を見出すのは、人の勝手な思い。
事実であると思うが、全てをそう考えてしまうには、味気なさ過ぎると思ってしまう。

Akatsuki223

2025年8月 4日 (月)

おじさんがサンリオピューロランド最寄り駅で気づいた、ささやかなしあわせ。

Akatsuki222

サンリオピューロランドの最寄り駅は、小田急多摩センター駅です。

先日所用で、小田急多摩センター駅で降車しました。
小田急多摩センター駅の駅名表示板には、サンリオのキャラクター描かれています。
おじさんには、その名前はわかりません。

駅で降車して、ホームで私の前を歩く、お母さんと女の子。
小学1年生ぐらいの女の子でしょうか。

駅の表示板は勿論、そこここに描かれているキャラクターを見つけては、とても喜んでいます。
まさに、ときめいている…という表現がピッタリです。
うれしそうで、たのしそうで、その姿がとてもかわいい。
そんな女の子の姿で、しあわせな気持ちを分けてもらいました。

帰宅して妻にその事を話しました。
「孫に女の子が生まれたら、サンリオピューロランド貸切にして楽しませる」と私の妄言。

世界中の子供たちが、みんな同じ気持ちになる事が出来れば、どんなに素敵だろう…と思いました。

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