明日にたどり着く。
明日にたどり着く。
後悔にとらわれる事が嫌いで、自分の意志に背く事は可能な限りしていません。
ひとりで生きているのではないので、それが通じる場面がある事と、通じない場面がある事は勿論承知の上で。
時として孤立しても、自分の意志に従って生きる事の方がいい。
誰かに責任を転嫁せず、全て自らに帰する事は、仕方がない。
自分で積み上げた積み木を、自分が足をかけて壊してしまったら、それは自分の責任。
でも、自己責任という言葉は好きではありません。
誰でも間違いをするのですが、それを全て断罪してしまうニュアンスをどうしても感じるのです。
受け取り方が、その都度変えられる、とても便利な言葉であると思ってしまいます。
育った家庭が貧しい事が、そこに生まれた事が悪い事になってしまうなら、全ての可能性が閉じられてしまう事になってしまいます。
個人の努力や能力だけではどうにもならない状況や構造的な問題までも、個人の責任に帰属させ、断罪するようなニュアンスを含んで使われることがあります。
なんでも嫌になってしまう日は誰にでもあって、気力がなえる事があります。
生きて行く上で起こる問題や悩みは様々あって、今すぐ解決する事や、時間が必要な事、解決策も見いだせない事など、同じ事は先ずありません。
今日の通勤は sade love deluxe でした。
このアルバムの楽曲 pearls の衝撃は忘れられません。
she lives a life she didn't choose
彼女の一生は彼女の選んだものではない
pearls / sade 対訳 滝上よう子
ダメな自分は、自分がいちばんわかっている。
だから、どうしてダメなんだと否定ばかりしてしまう。
やりがちな事だと思います。
それは、人によって基準が異なるので、これまた難しいです。
ダメな自分も肯定してみる。
出来ない事の数を数えるのは、誰でもできる事。
ところが、出来るようになった事は、なかなか自分で数えないし、気がつかない。
今日一日を終える。
次は3日頑張ってみる。
3日頑張ったので、次は5日。
5日頑張ったので、次は7日。
7日頑張ったけど、1日休む。
そうして、明日にたどり着く。
今日の通勤に思う事でした。
このアルバム、発売当時は買えませんでした。
今、あるのはレンタル落ちの中古CDです。
その頃の事を、思い出してしまいました。





最近のコメント