お腹いっぱい食べる。
記憶には様々な音や匂いが含まれている事があると思います。
今、東京は梅雨と夏の前、窓を開けていて気持ちのいい、わずかな期間です。
帰宅時に歩いていると、それぞれのお宅から料理の匂いがしてきます。
カレーは勿論、サバの味噌煮込みや揚げ物の匂い。
調理をする音。
その家の住人は知らないのですが、温かい食卓を囲む、そんな風景を想像してしまいます。
何もわからないのですがね。
今日という一日を生きた…と思います。
そして匂いや音は、過去の記憶を呼び覚ます事があります。
毎日暗くなるまで外で遊び、帰ってくると家にはそのまま入れてくれません。
庭の水道で手足を洗い、玄関から風呂場まで四つん這いで行きます。
その後はお腹いっぱい食べる。
「今日はゴジラの映画が21時からテレビであるから、夜更かして観ていいよ」と言われます。
8時だよ全員集合を観て大笑いをし、映画が始まるのを待ちます。
しかし、眠くて映画が始まるまで起きていられません。
ブルッフが作曲した「コルニドライ」が大好きです。
ユダヤ教の祭日に歌われる典礼歌のメロディが取り入れられているとの事。
チェロと管弦楽の協奏曲です。
私はオーケストラで演奏される、ハープの音がまた大好きです。
哀切なチェロの音が、やさしいメロディと共に様々な事を呼び覚まします。
温かな部屋に灯る、やさしい灯り…そんな楽曲です。
それは繰り返される日常。
でも、いつまでもそのままでは行かない。
子供は大人になる。
大人は老いて行く。
そんな無常観も感じてしまうのです。
そして先日、ラジオ番組に出演していた赤石千衣子さんの話を聞きました。
赤石千衣子さんはNPO法人しんぐるまざあず・ふぉーらむの理事長を務められている方と伺いました。
シングルマザーの家庭で、困窮を極めている家庭がある。
普通であれば、母親は子供がお腹いっぱい食べる姿を、とてもうれしく思う。
しかし、困窮を極めた家庭では、明日の分も自分の分も食べてしまう、その子供を憎らしく思う瞬間がある。
その思いに気づいた自分を、なんて酷い親だと自らを攻めてしまう。
こんなに辛い事があるだろうかと私は思います。
様々なところで、食事を頂く機会がありました。
幼い頃は「たくさん食べて、大きくなりなさい」と言われました。
若い頃は「若者はしっかり、たくさん食べなければ身体がもたないよ」と言われました。
言われながら、たくさん食べさせてもらってきました。
社会人になってからも、様々な場所で歓待をしてもらいました。
お腹いっぱい食べる。
それが、したくても出来ない。
「コルニドライ」のメロディはやさしいです。
誰もがお腹いっぱい食べて、安心して休める世界。
それをイメージさせるのです。
そんな世界を希求するのです。
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