2026年9月 4日 (金)

■ココログからはてなブログへの移管に伴うご挨拶

いつも「暁(あかつき)」をご愛読いただき、誠にありがとうございます。

このたび、当ブログはより快適な環境での閲覧や機能面を考慮し、ココログから「はてなブログ」へ移転することとなりました。

これまで書き綴ってきた大切な記事や思い出の記録は、すべて新しい「はてなブログ」の環境へと移行しております。
これまでのURLにアクセスいただいた際にも、今後は順次新しいページへご案内できるよう設定を進めております。

【新ブログのご案内】

ブログ名:「暁(あかつき)」(はてなブログ)

新URL:https://an-easy-light-honokanisashi.hatenablog.com/

プラットフォームの変更に伴い、読者登録やブックマークなどの再登録をお手数おかけしますがお願いできれば幸いです。

長年親しんだココログを離れるのは少し寂しさもありますが、新しいはてなブログの環境でも、変わらぬ姿勢で日々の思いや言葉を丁寧に紡いでまいります。
これまで温かく見守り支えてくださった皆さまに心より感謝申し上げますとともに、新しい場所でも引き続きどうぞよろしくお願いいたします。

2026年8月31日 (月)

でも、夜明けはもうすぐだ。

Akatsuki234

愛は尊い、愛は地球を救うという世界の中で、わたしたちの愛はなにひとつ救ってくれない。
どちらかというと、それは呪いに近く、そういうしんどさを知っているわたしたちは、同じ根っこから咲いた別の花のような親しさを互いに感じている。
そんなわたしたちが身を寄せ合って、助け合って生きるのはとても自然な気がしたのだ。

汝、星のごとく / 凪良ゆう

誰かの正解は、自分の正解ではない。

他の人を羨ましく思うことがある。
誰にでもあること。
でも、自分は同じでなくていい。

どうして自分はこうなんだと絶望する。
変わらない自分が嫌になる。
でも、その時は変わるためのスタートラインに、もう立っている証しだ。

夜明け前は、いちばん寒くて暗い。
でも、夜明けはもうすぐだ。

2026年6月25日 (木)

1歳という奇跡の日に想う、命を寿ぐということ。

Akatsuki233

七五三という行事は、かつて子どもが過酷な環境を生き抜いた(サバイバルした)ことを祝うものであり、それが現代とは比較にならないほど困難なことであった歴史を私たちに思い起こさせます。

歴史上でいかに偉大な業績を成し遂げた人物であっても、病などによって幼い我が子を失う悲劇に見舞われ、なす術もなかったことが数多く語り継がれています。

ご先祖のお墓に目を向ければ、墓石に「童」という文字が刻まれたものを見かけることがあります。
それは、幼くしてこの世を去らねばならなかった子どもたちのお墓です。

生きたかったはずなのに、生きられなかった。
幼い命がそれほどまでに儚く消えていった時代が、確かにありました。

だからこそ、この世に生まれ、今を生きているということ自体が、どれほどの奇跡であり、素晴らしいことでしょうか。

「1歳」という日。

生まれ来ることがもう奇跡ですが、その最初の節目を、私たちは心から祝福します。

まだ言葉のわからない子どもであっても、周りの人たちが自分を見て心から喜んでくれている空気を感じ取れば、それだけで大きな安心感に包まれるものです。
お祝いの本質とは、その命が今日ここにあることを、ただ愛おしみ、感謝することに他なりません。

それなのに、現代の流行や悪ノリの中で、ケーキに顔を押し付けられ、戸惑いと不安の中に置き去りにされる子どもがいます。

周りの大人たちは大笑いして盛り上がっているけれど、主役であるはずの本人は、呼吸を塞がれるような恐怖と孤独の中にいる。何度も繰り返される理不尽な行為に、子どもがどれほど怯えていても、大人はカメラを向けて笑っている。

生きていることを、1歳という日を迎えられたことを、心から喜び、慈しむべき大切な日に、なぜそのような主役を置き去りにした消費的な笑いが生まれてしまうのでしょうか。

大人にとっての一瞬の「映え」や「娯楽」のために、子どもの尊厳が軽んじられている姿に、深い違和感と悲しみを覚えざるを得ません。

「生きたくても生きられなかった命」の重みと、過去から繋がる「今ここに生きている奇跡」に対する敬意。

それらがもし胸の中にあれば、子どもの不安をよそに笑うような真似は決してできないはずです。

幼い命の尊さを心から寿(ことほ)ぐとはどういうことか。
私たちは今一度、その原点にある優しさと、命への畏敬の念を思い起こす必要があるのではないでしょうか。

2026年5月21日 (木)

福岡の空、遠くの孫 ― 亡き義父の記憶を呼び起こしたテレビの言葉。

Akatsuki233

先日、出勤の支度をしながら流れていた朝の情報番組に、目が留まりました。
松村北斗さんが、静岡県のアンバサダーに就任したとのニュースです。

そのインタビューで、「どんな時に故郷の静岡県を感じますか?」と尋ねられていました。
回答は、東京に住んでいても「静岡県の天気を見てしまう」、あるいは「気になってしまう」という内容だったと思います。

その時、ふとあることを思い出しました。

長男が3歳の時、福岡県へ転勤になりました。
当時は妻の実家の近くに住んでおり、長男はよく「じいじ、ばあば」と(実家に)立ち寄っていました。

毎日のように会えていた、かわいい盛りの孫が、九州という遠い地へ行ってしまう。
どれほど寂しかったことかと思います。

3年が過ぎ、今度は東京への転勤が決まりました。
その時、義父はこう言いました。
「これで、福岡の天気予報を気にしなくてもよくなる」

孫が遠い福岡の地で、今日はどうしているだろうと思いを巡らす。
だからこそ、福岡の天気が気になる。

「ああ、今日は晴れている」
「台風が近づいている」
「暑いけれど、幼稚園に行ったかな……」

松村北斗さんの言葉に、亡くなった義父の言葉がよみがえりました。
孫への深い愛情と共に。

2026年5月14日 (木)

生まれてきてくれて、ありがとう。

Akatsuki233

先日、25歳になる二男と、将来のことについて少し話をしました。

彼はアスペルガー症候群という特性を持っています。
その彼が、ポツリと言いました。
「自分と同じ苦労をさせるのは忍びないから、子供は作らないつもりだ」と。

今、彼は日々業務の中で戸惑い、葛藤しながらも、周囲の支援を受けながら懸命に働いています。
そんな彼が、姪っ子が生まれた時には、無事に生まれてきた喜びで涙を流し、今も本当によく可愛がってくれています。
命の尊さを誰より知っているからこそ、自分の抱える「生きづらさ」を、まだ見ぬ誰かに背負わせたくないと願う…。
その不憫なほどに誠実な思いに、胸が締め付けられる思いでした。

私は、父として彼に伝えました。
「○○が我が家に生まれてきてくれて、本当によかったと思っている。もし違っていたら、雑に扱われたり、もっとひどい目に遭っていたのではないかと考えてしまう。お前が私たちの子供であることに、マイナスな気持ちなんて何一つないんだよ」

そしてこれは、本心からの言葉です。
彼がいたからこそ、私の仕事に対する向き合い方は、大きく変わりました。

🎀「教育」ではなく「共生」から学んだこと
今、リーダーとして組織を率いる中で、私はかつて「なぜこれができないのか」と、欠けている部分にばかり目が行く時期がありました。
しかし、二男を育てる日々は、私に全く別の視点を与えてくれました。

「できないことを叱責するより、できたことを共に喜ぶほうがいい」

言葉にすれば簡単ですが、これを心底納得できたのは、二男の成長を一番近くで見守ってきたからです。
彼が一つひとつハードルを越えていく姿に、私はリーダーとして大切なことを教わりました。

仕事の仲間と良い関係を築くために必要なのは、正論で追い詰めることではなく、その人の存在を認め、小さな一歩を共に喜ぶこと。
私が「養育」していたつもりが、実は二男によって、私自身が「リーダーとして、一人の人間として」養育されていたのです。

🎁存在そのものが、誰かの力になっている
彼がいなければ、今の私の仕事のあり方は、もっと殺伐としたものになっていたかもしれません。
二男が周囲の助けを借りながら働いている姿は、裏を返せば「人に頼る勇気」や「助け合う喜び」を、その職場に提供しているとも言えるでしょう。

🎀「子供を作らない」という彼の決意。
それは今の彼の精一杯の誠実さです。
その思いも丸ごと抱えて、私はこれからも彼の父であり、彼から学んだ「受容」を大切にするリーダーでありたい。

○○へ。
お前が教えてくれた「できたことを喜ぶ」という魔法を、今日もお父さんは仕事の現場で使っているよ。
生まれてきてくれて、本当にありがとう。

2026年5月13日 (水)

攻撃しない距離を保つ。

Akatsuki232

他者の存在を認めるということ

次男が通級指導教室の利用を検討し始めた頃のことです。

一度、現場を見てほしいと言われ、授業を見学しに行きました。
教室の後ろに立ち、その様子を見守っていた時のことです。

一人の子供が、私に疑いのまなざしを向けてきました。
それは、幼いがゆえに正直な、「自分を傷つける大人ではないか」と警戒するような視線でした。

同じ人間は二人といませんが、自閉スペクトラム症(アスペルガー症候群)などの特性は、時にからかいの対象となってしまうことがあります。
本人にとっては日常の延長であり、何ら不思議なことではありません。
しかし、その行動が周囲には「おかしなもの」として映ってしまうことがあるのです。
例えば、他人の気持ちを推し量る事が苦手な子もいます。
すると、場を考える事なく、不適切な不規則発言をする事があります。
こういうのは、バカにされたり、格好の攻撃材料となります。
発現した本人は理由も分からず、馬鹿にされたり、傷つけられたりします。
心は傷つきます。
(こういう事はパターンの訓練を繰り返し、学習する必要があります)

大阪で勤務していた頃、住吉区にある「大空小学校」と、わずかながら仕事で関わる機会がありました。この学校では、障害を持つ子供も普通学級で共に授業を受けます。

こうした環境の中で、子供たちは「自分とは違う他者がいる」という多様性を自然に学びます。また、障害を持つ子供にとっても、そこは「自分が安心していられる場所」として認識されます。

はるか昔、来日した外国人と小学生が対話する番組がありました。ある小学6年生の子供が、アフリカ出身の方に「なぜ、あなたの肌は黒いんですか?」と問いかけました。
その方は「6年生になってその質問をするのは、あまりにも世界を知らなさすぎる」と返答しました。その小学生は、おそらく「わかっていながら」、場を盛り上げようとする雰囲気でそう発言したのでしょう。

大空小学校が目指す姿と同様に、身体能力やルーツが異なる人がいても、それが「当たり前」である世界であってほしいと考えます。
体にウイルスが入った時に排除しようとするような苛烈な反応ではなく、「そういう人もいる」と認めること。その認識こそが、隣人同士の争いをなくすためのスタートラインだと思うのです。

人によって、受け入れられるか否かの感情は必ず生じます。
しかし、互いに歩み寄り、少なくとも「攻撃をしない距離」を保つことができればいい。

世界平和は、こうした身近な認識の変化から始まると信じている人は、決して少なくないはずです。

2026年5月12日 (火)

自分を一番わかっていないのは、自分かもしれない。

Akatsuki232

私たちは誰もが、物事を判断する際に縦横斜めと多角的に思考を巡らせます。
時には目を背けたい現実に直面しても、自らの能力と照らし合わせ、苦渋の決断を下さねばならない場面もあります。
誰かに期待されれば、それに応えたいと思うのが人情というものです。

50代。
「若い者には負けん」という気概。
それは大切な活力です。
しかし、体力において真っ向から競うことがもはや叶わないのも、また一つの事実です。

自分の能力を信じたいし、できないことを認めたくない。
しかし、人には必ず得手不得手があります。
大谷選手のような超一流の代わりを務めることは不可能だと明確に分かりますが、世の中にはそこまで判別が容易ではない、厄介な境界線が数多く存在します。

誰かが傷つく前に、自らの可能性をすべて否定する必要はないと思います。
ただ、自分ができる「範囲(限界)」を正しく把握することが肝要ではないでしょうか。
体力で勝てないのなら、長年培ってきた経験や知恵を活かす手段を模索する。

衰えを嘆くのではなく、今の自分に相応しい武器に持ち替えること。
それが、過信に陥らず、かつ自らを卑下もしない、大人の責任ある態度だと思うのです。
起きてしまった後では、取り返しのつかないことがありますから。

「自分のことは自分が一番わかっている」

それは確かな一面ですが、実は自分のことが一番わかっていないのも、また自分自身ではないか。
自戒を込めて、そう感じています。

2026年4月30日 (木)

300km先のスペアキー。単身赴任者の締め出しサバイバル!

Akatsuki232

現在の別宅は、共通のエントランスをカードキーで入り、それから自分の部屋もカードキーで解錠するシステムになっています。

まず、別宅に訪ねて来る人はいません。
NHKも契約を済ませたので、来ません。

ある日の夕刻、ピンポーンと呼び出し音。
見覚えがあるような、いいえ、やはり見たこともない人が、画面に映っています。
どうせ何かのセールスと思い、反応しませんでした。

ところが、あまり時間をおかずにもう一回。
今度は「はい」と返事をしました。
「すみません、カードキーを忘れて出てしまいまして、部屋に戻れません。解錠してもらえませんか?」

駐車場で、挨拶をしたことがある方でした。
解錠。
「どうもすみません〜」と入って行かれました。

防犯が声高に叫ばれる昨今、万が一の危険はありますが、見知っている方だからこそです。

ペットボトルの収集日。
再資源化に、ごみの分別は大事です。
ペットボトルたちが「今日だぞ、忘れんな!」と言っています。
最初に荷物を運び、それからもう一度駐車場へ行く時に「収集かごに入れに行くから大丈夫。私は時間を無駄にしない合理的な判断を働かせている。ペットボトル達よ、騒ぐのではない」と私。

部屋のペットボトルたちをガラガラと収集箱へ。
車に残しておいた食品を持って、部屋に戻ります。
あれ?

ない。
カードキーがない。
上着を脱いだ時に、部屋に置いてきてしまった。

ついにやってしまった。

まずは、管理会社へ連絡。
「同居の方はいませんか?」
「いません」
単身赴任だもんね、いるわけないよ。

「他にカードキーをお持ちの方はいませんか?」
「直線距離で300㎞先にいます」

結局、すぐに解錠する術は無し。
そんなことあるのかぁ〜。
誰か帰ってくるまで、待たなければならない。
「それが最適解です」

別宅は総戸数の60%しか入居していません。
部屋のタイプは、大家族で住むには不向き。
単身赴任者に学生等々、ファミリー層は見当たりません。……というより、入居すらしていないのでしょう。
それが証拠に、建物の明かりはまばらで、部屋の電気も殆ど点いていないのです。

誰かが帰ってくるのを待つなんて……。
同時に入って行く方が、怪しまれる。
まして、事情を説明するために近づいたら、不審者扱いだ。
それが女性だったら、どうする?

絶望的な気持ちで、下から建物を見上げます。
よし、片っ端からインターホンを鳴らしてみよう。
全戸に向けて自己紹介をすることになりますが、入れないよりはいい。

むなしく、呼び出し音が響きます。
そりゃ、知らないおっさんの顔がモニターに映れば、あんまりいいことは想像できないでしょう。

あっ、電気が点いている部屋がある。
そして、駐車場を確認。
挨拶したことのある車が止まっている!

ピンポーン!
「すみません、〇〇号室の〇〇です。カードキーを忘れて外に出ました。解錠してもらえないでしょうか」
「はいはぁ〜い」

情けは人の為ならず。

2026年4月28日 (火)

見えない綱渡りの方が、迷いなく進めるのかもしれない。

Akatsuki232

私はクラシックの中でも、ロマン派の作曲家が好きです。
知識が深いわけではないので大雑把な分類ですが、その後の「現代音楽」と言われるものは、どうしても好きになれません。
「同じメロディの繰り返しは聴取者に甘えている」「楽器の能力を最大限に引き出す」「楽器に語らせる」……。
私にはどうにも理解できないというか、それが「良い」と思えないのです。

本日の通勤では「シェエラザード」を聴いていました。
この曲は、同じメロディが形を変えて何度も繰り返されます。
楽曲のモチーフも、王妃が命を繋ぐために「物語を語り続ける」お話です。
千夜一夜物語を紡ぐヴァイオリンの主題が、形を変えて何度も現れる。
その「繰り返し」が、聴き手に安心感と物語への没入感を与えてくれます。

人は変化を嫌う生き物だ、という側面があると思います。
毎日同じことが繰り返されることに、安心感を得る。
でも、時々は飽きて退屈してしまうので、旅行に行ったり、いつもと違うことをしたりしますね。
それは、いわば「良い変化」です。

一方で、例えば企業が合併し、新しい文化との融合が始まるような変化もあります。
共通基盤が異なる人々が、新しい基盤を共に作っていく。
私はどちらかと言えばそうした変化を楽しいと感じる方ですが、それを好まない人もいます。

私たちの明日は誰にもわかりません。
だからこそ、今日と同じ明日が来ると思えることが安心につながります。
武士の教科書と言われる「葉隠」には、「今日が人生最後の日だと思い生きよ」という言葉があります。
後悔のないよう、あらゆることに一生懸命取り組もう、ということでしょう。
「本当に明日は来ないかもしれない」という環境に身を置くことは、安心とは真逆の状態です。

しかし、どうしてもそういう瞬間に直面することがあります。
大病を患えば、当たり前に繰り返されると思っていた毎日が、そうでなくなります。
ビジネスでも日々の生活でも、危機は予期せぬところからやってきます。

戸惑い、考え、立ち止まる。
そして、また進む。

その変化こそが、人それぞれのドラマであり、物語なのだと思います。
私たちは他人のドラマには共感し、感動しますが、「もし自分だったら……」と考えると、やはり足がすくんでしまいます。
もちろん、素敵な結末は歓迎ですが。

安定した毎日がいい。
けれど、もし綱渡りをしなければならないのなら、下が見える高さよりも、いっそ何も見えないほど高い方が、迷いなく進めるのかもしれません。

2026年4月24日 (金)

記憶の底に隠した一冊 ―『呪いの館』と『ミルキーウェイ』―

Akatsuki231

小学生の頃、心霊写真やオカルトは大ブームでした。
友達が学校に持ってきた心霊写真の本を、みんなで囲んで見ては「怖いー」と騒ぐ。
そんな光景が日常でした。
けれど私は、心のどこかで「なんでこんな本を買うんだろう」「家に置いておきたくないな」とも思っていたのです。

夏休みになると、お昼の番組で放送されていた「あなたの知らない世界」も話題でした。
そんなオカルト全盛期に、クラスのほとんどが貸し借りして読んでいたのが、楳図かずお先生の『呪いの館』です。

これはオカルトなのですが、どこか人間臭く、すぐ隣にある日常の延長のような感覚がありました。
純粋な「あの世」の話ではなかったからかもしれません。
内容は確かに怖い。
設定もさることながら、何より「人間の所業」であることが恐ろしいのです。
当時は、その恐怖の正体が「人間の業」であるとは区別できず、醜い姿をした主人公に恐怖が集約されているのだと思っていました。

しかし、物語の終盤で主人公は自らの悪行を告白し、許しを請います。
自分の弱さを認め、ただ「誰かに大切にされ、愛されたかった」と吐露する。
単なるホラーで終わらない展開は、小学生の私には衝撃的でした。
自らの行為を悔い、最後に許しを乞うその姿は、それまでの勧善懲悪の物語では出会ったことのないものだったからです。

…もちろん、その本も家には置きませんでした。
当時の私は、そんな本を所有したいとは思いもしなかったのです。

さて、小学生の頃は「男女の区別」が時として大きな壁になります。
少女漫画を読んで「面白かった」なんて、口が裂けても言えないお年頃。
当時、絶大な人気を誇っていた『週刊少年ジャンプ』が私も大好きでした。

その一方で、幼い妹の横で一緒に観ていたテレビアニメ『キャンディ・キャンディ』にも、大河ドラマのような重厚さを感じ、密かに惹きつけられていました。

そんな環境で出会った、太刀掛秀子先生の『ミルキーウェイ』。これもまた衝撃でした。
平穏な環境で育った私にとって、『ミルキーウェイ』は『呪いの館』と設定こそ違えど、ヒロインが抱える「孤独」が切実に伝わってきたのです。
それはおそらく、これまでにない内面的な初体験でした。
しかし、やはり「少女漫画を読みました」とは絶対に言えず…。

結局、当時は買うことができず、大学生になってから古書店で見つけて手に入れました。
あの本は今、実家のどこかに隠れているかもしれません。

私の記憶と同じように。

«8メートルの譲り合いと、心の余白。