文化・芸術

だれの心にも浮かぶシーンがある

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私は、友が無くては、耐へられぬのです。 しかし、私には、ありません。 この貧しい詩を、これを、読んでくださる方の胸へ捧げます。 そして、私を、あなたの友にしてください。
秋の瞳 / 八木重吉

町田市立文学館で開催されていた特別展示を見に行きました。

そのチラシを車の中に置き忘れていました。
見つけた長男が「あっ、八木重吉だ」と言ったのです。
「知っているの?」と訊くと、「八木重吉の詩は合唱曲に多く採用されているんだ」との事。
さすが音楽関係だけあって、知っているのだなと感心しました。
ルームミラー越しに見ると、そのチラシを真剣に読んでいました。

展示では本人の人生が解説されていました。

・母をおもう

けしきが
あかるくなってきた
母をつれて
てくてくあるきたくなった
母はきっと
重吉よ重吉よといくどでもはなしかけるだろう

・ふるさとの川

ふるさとの川よ
ふるさとの川よ
よい音おとをたててながれているだろう


貧しき信徒 / 八木重吉

だれの心にも浮かぶシーンがある様な気がします。
母親の事をいたわる気持ちや、望郷の思いが湧き上がってきます。

生きるという事を感じました。
様々な事を含む、そんなこの世を生きるという事を感じました。

フランケンシュタインの喜びと哀しみ、そして孤独

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先週末、江戸東京博物館へ出かけました。
大妖怪展を見に行きました。

妖怪はどこか人間らしいところがあり、とてもユーモラスです。
人間の欲望や闇の部分を上手に変化させた、その発想とその具現化した姿に素晴らしさを感じます。
また、地獄絵図は迫力。
当時、この地獄絵図を見せられながら、悪い事をすると…とお坊さんに説明されたら、怖かっただろうなと思います。
現在の様に多数のメディアがなければ、これは刺激的です。

お父さんに抱っこされている幼い子供が、半泣きで「早くあっちへ行こう」と言っています。
そこは幽霊画のゾーンです。
掛け軸から、こちらを覗き込むように書かれた幽霊が迫力です。
また、展示室はそれとなく暗い。
これは幼い子供には怖い。
私も、これが家にあったら怖い。
しかし中には、雪女なんて、儚く、見事に美しい青色を利用した着物がとても美しい。
(私が美しいと思ったのは、大妖怪展の展示されていた幽霊画です)

そんな妖怪や幽霊で思い出した事があります。

まんが世界昔ばなしで見た「フランケンシュタイン」が印象に残っています。
ストーリーは確か以下の通りだったと思います。

その醜い姿から、会う人々に恐れられ、忌み嫌われます。
恐れ、忌み嫌う多くの人を殺めてきました。

ひとりの少女と出会います。
その少女はフランケンシュタインを恐れる事なく、きれいな花を差し出すのです。
フランケンシュタインは傷つき荒みきった心を、この少女に開きます。

初めて自分を恐れる事なく、普通の人として認めてくれた。
フランケンシュタインはとてもやさしくなるのです。

しかし、フランケンシュタインを殺す事に決めた村人から、フランケンシュタインは銃で撃たれてしまします。
そして、彼の住まいに火をかけるのです。
ところが、その住まいの中には少女が取り残されていたのです。

フランケンシュタインは村人に銃で撃たれ重傷を負いますが、少女のいる家に燃える火をものともせず救出に向かいます。
少女を救い出す事は出来ましたが、フランケンシュタインは死んでしまいます。

誰かひとりでも、自分を認めてくれる人がいる。
この世界で、自分はひとりぼっちじゃない。

当時、こんな言葉ではまとめきれなかったと思います。
でも、フランケンシュタインの喜びと哀しみ、孤独が伝わった気持ちとなり、とても印象に残っているのです。

そして、怪物を生み出すのは、実は人間である事。
人間の思いや行為である事。
人は人を激しく傷つける事がある事。
でも、人を癒すのは、また人である事。
そんな思いが、初めて心に、大きな波紋を投げかけた時かもしれません。

【ご注意】映画「エレファントマン」のストーリーに関連する部分があります。
エレファントマン。
その最後のシーンで、自分の生命線である枕を外して行き、眠りにつきます。
この枕の支えが無く眠る事は、彼には死を意味します。
それを丁寧にひとつ、またひとつと外して行くのです。

おふくろが映画見ている私の横でささやきました。
「あの枕を外して行く意味がわかる…?」
「…」
「あれは、あの枕は、彼を支えてくれた人々のやさしさを意味しているのよ。」

化け物扱いされ、見世物として辱められる。
読書が好きで、自分の世界に生きる事で、生き続ける事が出来た。
その彼が人として、人のやさしに触れる。

誰かひとりでも、自分を認めてくれる人がいる。
この世界で、自分はひとりぼっちじゃない。

おふくろに関係する事で、もうひとつ。
前述の事で思い出しました。
私は余程、鈍いと思われていたと思います。

映画「ビルマの竪琴」を見た時の事。
中井貴一さんが主演の「ビルマの竪琴」です。
また、お袋が私の横でささやきました。
「水島上等兵の気持ちが変わって行くのを、感じ取る事が出来た?」
「…(ええ、わかります)。」
この映画が現在、実家の家族全員で見に行った映画の最後となっています。

「エレファントマン」は、なるほどしんみりしました。
「ビルマの竪琴」は、もう多感な時期でしたから、よくわかりました。
今も、その時も、お袋は私に「やさしい人になって欲しい」と願っているのだと思います。
自分も父親となり、最近はそんな気持ちが少しわかるようになった…そんな気がしています。

当日、江戸東京博物館に行きたいと言っていた親父とお袋も連れて行きました。
特別展の大妖怪展と常設展を見た後は、場所が両国だけにちゃんこ鍋屋さんへ。
安美です。
親父もお袋も「ほら。包帯ばっかりしている関取の店よ」と相撲ファンなだけにうんちくを語り合います。
…でも、包帯じゃなくて、それはテーピングじゃないか?
なあ、お袋。

ランチタイムだったので、それぞれ好きなタイプと味のちゃんこを注文。
お袋は「大妖怪展は見なくてもよかった。他(常設展)はよかったけど」と妖怪毒吐きババァになっています。
しかし、ちゃんこ鍋にはご満悦。
親父も運転手は私なので、ちゃんこ鍋にランチビールで一息。

ふたりが満足してくれる事がうれしいですね。

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ざまあみろ! 俺たちはたくましく生きている!

大阪出身で同じ事業部にいる後輩が大阪造幣局の桜のトンネルがきれいだと教えてくれました。
期間限定の公開との事。
早速、昨日出かけてみました。

…凄い人。
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しかし、桜は確かに美しい。
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桜のトンネルは確かに見事です。
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そして、もうひとつ「篠山紀信展の写真力」に立ち寄ってきました。
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http://www.kishin-osaka.jp/

チラシに利用されているジョン・レノンとオノ・ヨウコの写真がジャケットとなったアルバムが発売されたのが中学1年生の時。
アルバムの内容も中学生の間では大きな話題でしたが、この写真は本当に印象に残るものでした。
勿論、当時篠山紀信さんの名前も知りません。

写真そのものは、本当に迫力があるものでした。
さすがにエッセンスだけ、圧倒されます。

東日本大震災のブースがあります。
背景に瓦礫が見えるところで撮影された人々の表情があります。
私は感じた事がありました。
そこに写る人は皆、胸を張っているのです。
誰ひとり、背を丸めカメラから目をそらすのではなく、まっすぐにカメラを見つめています。

この写真展の写真のひとつに、勝新太郎さんが、座頭市の格好で下駄投げをしている写真があります。
背景には、東京都庁が写っています。

その写真と東日本大震災のブースの写真が重なったのです。
都庁が象徴となり、臭い物に蓋をしようとする連中に、そうはいかないと勝新太郎が笑っているように。
カメラを見つめるしっかりとした視線が示すように。

ざまあみろ!
お前らが思う様にはいかない!
俺たちはたくましく生きている!
生きてやる!

勝新太郎さんの座頭市が、全て見透かしているように見えたのです。

私の個人的な感想は別として、観覧料以上の価値ありです。