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ルパン3世の余裕

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いつも小さな不満があり、いつも不愉快で、どうして自分ばっかり…と思う。
これは、なかなか辛い状況です。
自分でもそんな気持ちを整理出来ないと、どうしてなのか、なぜなのか、自分でもわからなくて、苦しい気持ちと辛い状況だけが続いて行く。
ルパン3世みたいに、どんなにピンチでもジョークのひとつも言える余裕がある人…なかなかいませんね。

誰かが涙を流して、悔しがっていたり、哀しんでいたり…。
自分の気持ちと、どこか同じところを見つけ出し、安心したりする。
こんなに苦しんでいるのは自分だけじゃないんだ…と。

誰かをいじめ、その人に絶望的な表情を見つけると、自分と同じだと安心する。
立場が弱い人を、土下座させて、自身の立場を確認する。

一時、孤独は和らぎ、みんな自分と同じじゃないか…と安心する。
わずかな時間の優越感に満足する。
その中で、生きている…そんな実感を得る。
そういう事でしか、生きている実感を得る事が出来ない。

繰り返しても、心が軽くなるのは一瞬で、やがて元の気持ちに戻ってきてしまいます。
学生時代のテストでも、自分より成績の悪い人がいる事で、少し気持ちが軽くなる事に似ているような気がします。
繰り返すほどにわずかな安心感も薄れ、孤独と絶望感が深くなって行きます。

苦しむ他人を見ても、それは自分ではないし、自分と同じじゃない。

近頃、テレビをあまり見なくなりました。
見る番組もかなりジャンルが限られる様になりました。

論戦ではなく、誹謗中傷合戦。
誰かの悪口にぶっちゃけ話。
複数で誰かを公開処刑の様に非難する。
白か黒の単純な区分。

他人の批判や非難ばかりで辟易とすることがあります。
様々な背景や環境、特有の事情は排除して、誰かを責めたり貶めたり。
悪意を持つ、その人を責める。
…ばかりでなく、誰かを貶める事で、自分のポジションを向上させる事が本当の目的であったりします。

2015年2月3日 日本経済新聞 夕刊 プロムナード「好き」のちから 千早茜にこんな言葉がありました。

最近、仕事の合間にネットを見ると他人の批判や非難ばかりでうんざりすることがよくある。
テレビでもそうだ。
よく事情も知らない誰かを責めたり迫害したりする権利を誰が持っているのか。
そんなことより何かを好きになったり愛したりする権利をもっと使えばいいのに、と思う。
何かを「好き」になる気持ちは人をとても強くする。
確固たる価値観を持つことに繋がるし、それを持っている人は多少のことではぐらついたりしない。
誰かを批判しなくても自分を保つことができる。

日本経済新聞 夕刊 プロムナード「好き」のちから/千早茜

思わず、うんうんと頷いてしまいました。

自分が苦しくて、もうダメだと思ったその時、自分より苦しい状況を打破しようと取り組んでいる人に勇気づけられるように。
あの人は特別だから…と自分を納得させる言葉を探すより…。
どうせ自分は…と投げ出すより…。
なぜ自分ばかりと腐るより…。

ルパン3世はピンチになると、少し笑いながら言うのです。
「さぁ、面白くなってきたぜ