思い

2026年5月14日 (木)

生まれてきてくれて、ありがとう。

Akatsuki233

先日、25歳になる二男と、将来のことについて少し話をしました。

彼はアスペルガー症候群という特性を持っています。
その彼が、ポツリと言いました。
「自分と同じ苦労をさせるのは忍びないから、子供は作らないつもりだ」と。

今、彼は日々業務の中で戸惑い、葛藤しながらも、周囲の支援を受けながら懸命に働いています。
そんな彼が、姪っ子が生まれた時には、無事に生まれてきた喜びで涙を流し、今も本当によく可愛がってくれています。
命の尊さを誰より知っているからこそ、自分の抱える「生きづらさ」を、まだ見ぬ誰かに背負わせたくないと願う…。
その不憫なほどに誠実な思いに、胸が締め付けられる思いでした。

私は、父として彼に伝えました。
「○○が我が家に生まれてきてくれて、本当によかったと思っている。もし違っていたら、雑に扱われたり、もっとひどい目に遭っていたのではないかと考えてしまう。お前が私たちの子供であることに、マイナスな気持ちなんて何一つないんだよ」

そしてこれは、本心からの言葉です。
彼がいたからこそ、私の仕事に対する向き合い方は、大きく変わりました。

🎀「教育」ではなく「共生」から学んだこと
今、リーダーとして組織を率いる中で、私はかつて「なぜこれができないのか」と、欠けている部分にばかり目が行く時期がありました。
しかし、二男を育てる日々は、私に全く別の視点を与えてくれました。

「できないことを叱責するより、できたことを共に喜ぶほうがいい」

言葉にすれば簡単ですが、これを心底納得できたのは、二男の成長を一番近くで見守ってきたからです。
彼が一つひとつハードルを越えていく姿に、私はリーダーとして大切なことを教わりました。

仕事の仲間と良い関係を築くために必要なのは、正論で追い詰めることではなく、その人の存在を認め、小さな一歩を共に喜ぶこと。
私が「養育」していたつもりが、実は二男によって、私自身が「リーダーとして、一人の人間として」養育されていたのです。

🎁存在そのものが、誰かの力になっている
彼がいなければ、今の私の仕事のあり方は、もっと殺伐としたものになっていたかもしれません。
二男が周囲の助けを借りながら働いている姿は、裏を返せば「人に頼る勇気」や「助け合う喜び」を、その職場に提供しているとも言えるでしょう。

🎀「子供を作らない」という彼の決意。
それは今の彼の精一杯の誠実さです。
その思いも丸ごと抱えて、私はこれからも彼の父であり、彼から学んだ「受容」を大切にするリーダーでありたい。

○○へ。
お前が教えてくれた「できたことを喜ぶ」という魔法を、今日もお父さんは仕事の現場で使っているよ。
生まれてきてくれて、本当にありがとう。

2026年4月28日 (火)

見えない綱渡りの方が、迷いなく進めるのかもしれない。

Akatsuki232

私はクラシックの中でも、ロマン派の作曲家が好きです。
知識が深いわけではないので大雑把な分類ですが、その後の「現代音楽」と言われるものは、どうしても好きになれません。
「同じメロディの繰り返しは聴取者に甘えている」「楽器の能力を最大限に引き出す」「楽器に語らせる」……。
私にはどうにも理解できないというか、それが「良い」と思えないのです。

本日の通勤では「シェエラザード」を聴いていました。
この曲は、同じメロディが形を変えて何度も繰り返されます。
楽曲のモチーフも、王妃が命を繋ぐために「物語を語り続ける」お話です。
千夜一夜物語を紡ぐヴァイオリンの主題が、形を変えて何度も現れる。
その「繰り返し」が、聴き手に安心感と物語への没入感を与えてくれます。

人は変化を嫌う生き物だ、という側面があると思います。
毎日同じことが繰り返されることに、安心感を得る。
でも、時々は飽きて退屈してしまうので、旅行に行ったり、いつもと違うことをしたりしますね。
それは、いわば「良い変化」です。

一方で、例えば企業が合併し、新しい文化との融合が始まるような変化もあります。
共通基盤が異なる人々が、新しい基盤を共に作っていく。
私はどちらかと言えばそうした変化を楽しいと感じる方ですが、それを好まない人もいます。

私たちの明日は誰にもわかりません。
だからこそ、今日と同じ明日が来ると思えることが安心につながります。
武士の教科書と言われる「葉隠」には、「今日が人生最後の日だと思い生きよ」という言葉があります。
後悔のないよう、あらゆることに一生懸命取り組もう、ということでしょう。
「本当に明日は来ないかもしれない」という環境に身を置くことは、安心とは真逆の状態です。

しかし、どうしてもそういう瞬間に直面することがあります。
大病を患えば、当たり前に繰り返されると思っていた毎日が、そうでなくなります。
ビジネスでも日々の生活でも、危機は予期せぬところからやってきます。

戸惑い、考え、立ち止まる。
そして、また進む。

その変化こそが、人それぞれのドラマであり、物語なのだと思います。
私たちは他人のドラマには共感し、感動しますが、「もし自分だったら……」と考えると、やはり足がすくんでしまいます。
もちろん、素敵な結末は歓迎ですが。

安定した毎日がいい。
けれど、もし綱渡りをしなければならないのなら、下が見える高さよりも、いっそ何も見えないほど高い方が、迷いなく進めるのかもしれません。

2026年4月24日 (金)

記憶の底に隠した一冊 ―『呪いの館』と『ミルキーウェイ』―

Akatsuki231

小学生の頃、心霊写真やオカルトは大ブームでした。
友達が学校に持ってきた心霊写真の本を、みんなで囲んで見ては「怖いー」と騒ぐ。
そんな光景が日常でした。
けれど私は、心のどこかで「なんでこんな本を買うんだろう」「家に置いておきたくないな」とも思っていたのです。

夏休みになると、お昼の番組で放送されていた「あなたの知らない世界」も話題でした。
そんなオカルト全盛期に、クラスのほとんどが貸し借りして読んでいたのが、楳図かずお先生の『呪いの館』です。

これはオカルトなのですが、どこか人間臭く、すぐ隣にある日常の延長のような感覚がありました。
純粋な「あの世」の話ではなかったからかもしれません。
内容は確かに怖い。
設定もさることながら、何より「人間の所業」であることが恐ろしいのです。
当時は、その恐怖の正体が「人間の業」であるとは区別できず、醜い姿をした主人公に恐怖が集約されているのだと思っていました。

しかし、物語の終盤で主人公は自らの悪行を告白し、許しを請います。
自分の弱さを認め、ただ「誰かに大切にされ、愛されたかった」と吐露する。
単なるホラーで終わらない展開は、小学生の私には衝撃的でした。
自らの行為を悔い、最後に許しを乞うその姿は、それまでの勧善懲悪の物語では出会ったことのないものだったからです。

…もちろん、その本も家には置きませんでした。
当時の私は、そんな本を所有したいとは思いもしなかったのです。

さて、小学生の頃は「男女の区別」が時として大きな壁になります。
少女漫画を読んで「面白かった」なんて、口が裂けても言えないお年頃。
当時、絶大な人気を誇っていた『週刊少年ジャンプ』が私も大好きでした。

その一方で、幼い妹の横で一緒に観ていたテレビアニメ『キャンディ・キャンディ』にも、大河ドラマのような重厚さを感じ、密かに惹きつけられていました。

そんな環境で出会った、太刀掛秀子先生の『ミルキーウェイ』。これもまた衝撃でした。
平穏な環境で育った私にとって、『ミルキーウェイ』は『呪いの館』と設定こそ違えど、ヒロインが抱える「孤独」が切実に伝わってきたのです。
それはおそらく、これまでにない内面的な初体験でした。
しかし、やはり「少女漫画を読みました」とは絶対に言えず…。

結局、当時は買うことができず、大学生になってから古書店で見つけて手に入れました。
あの本は今、実家のどこかに隠れているかもしれません。

私の記憶と同じように。

2026年4月23日 (木)

8メートルの譲り合いと、心の余白。

Akatsuki231

通勤の経路に、2車線が途中で1車線へと合流する箇所があります。
右車線が左車線側に消えていく形です。

走行している人の多くは、その先で行き止まりになることを知っているため、手前から左車線を走っています。
でも中には、ギリギリまで右車線を加速して走り、先頭で割り込むように合流する車もあります。

道路が渋滞している際は、その方が効率が良い面もあります。
一番先頭で1台ずつ交互に合流する(ファスナー合流)ほうがスムーズだからです。

しかし、混雑していない時はどうでしょうか。
一定の速度で車間距離を保って走っている列を、猛スピードの右車線から抜き去り、強引に左側へ割り込む。そういう時、左側を走る車が意地でも車間を詰め、合流させまいとする光景も目にします。

その気持ちは理解できます。朝の通勤時なら、誰もがスムーズに目的地へ到着したい。
だからこそ、秩序をもって走行しているリズムを、自らの欲求のみで恣意的に壊す車には嫌悪感を抱いてしまう。
「合流」というより「割り込み」という表現がしっくりきてしまうのです。

そうなると、私も愉快な気持ちにはなりません。
しかし、ある時こんな風に考えてみました。

例えば4メートルの車両が、前後2メートルの車間を確保して走ると、占有する長さは全部で8メートル。
信号のタイミングなどにもよりますが、この「8メートル」を誰かに譲ったところで、目的地への到着時間はどれほど変わるでしょうか。
そう考えると、横入りのように入ってくる車に対しても、不愉快な気持ちが半減していくのを感じました。

旅行へ出かける時、私たちは様々な計画を立てます。
しかし、現地の状況や天候、混雑具合によって、予定が予定通りにいかなくなることは多々あります。
そこで私はいつも、最大の目的だけを設定したら、あとは臨機応変に構えるようにしています。

以前、奈良を旅行した時のことです。
市内循環バスに乗ったのですが、それには右回りと左回りがありました。
目的地には右回りが近く、左回りだとほぼ一周して最後の方に到着するルートです。
正解は右回り。
しかし、私が飛び乗ったバスは左回りでした。

しばらくそのことに気づかず、座席に座って一休み。
結果として、歩き疲れた体が元気になり、かえって良かったです。
目的地に到着した時、さっきバスに乗った駅が遠くに見えました。
「遠回りしたけれど、一休みできてよかったね」と思えたのです。

求めた結果と実際の結果が異なることは多々ありますが、そんな些細なことでも、決して悪いことばかりではないと思うのです。旅の記憶も、案外こうしたハプニングの方を鮮明に覚えているものです。

ビジネスも同じです。
相手があることなので、予測し、万全の準備をしますが、想定外の事態は必ず起こります。
その時にこそ、実は真価が問われる気がします。
狼狽したり、必要以上に感情的になったりすれば、そこで相手に自分の器量を推し量られてしまいます。
逆に、危機的状況を上手に切り抜け、冷静に対処できる姿を見せれば、かえって相手の信用が増すことも多いのです。

この世には、自分の力ではコントロールできないことばかりですね。

そんな中で、「こればかりはダメだ」と痛感したのがゴルフです。
あちらは、予想外の連続ですから。

2026年4月21日 (火)

3番と13番 ― フォークリフト講習の記憶。

Akatsuki231

50代も半ばに差し掛かる頃、フォークリフトの免許を取得するためスクールに通いました。
3月だったこともあり、4月から就職を控えた初々しい若者たちの姿が多く見られました。

初日の学科終了後には「効果測定」があるとのこと。
一定の点数を確保しないと落第です。
久々の「試験」という響きに、当日は緊張でテンパりながらも受講しました。

受講中は一言一句聞き逃さないよう、集中、集中。
なにせこちらは、本当に久しぶりの試験なのです。
結果、効果測定は予測していたよりはるかに簡単で、拍子抜けするほどでした。
しかし、本当の落とし穴はこの先にありました。

翌日からは、いよいよ実車での講習です。期間は4日間だったでしょうか。

フォークリフトは、後輪で進路を決めます。
ふと思い出したのは、学生の頃に流行ったホンダの「プレリュード」です。4WS(四輪操舵)という機能があり、後輪が最大4度曲がる仕組みでした。
友人の車を運転させてもらった際、最初は違和感もありましたが「狭い場所では便利だな」と感じたものです。

当時の私の愛車はスカイラインのR31で、こちらには「HICAS」という、後輪が1度だけ曲がる機能がついていました。
高速道路での車線変更などはスムーズに感じた一方で、インターチェンジのカーブなどでは、少し独特の違和感を覚えた記憶があります。

しかし、フォークリフトはそれどころではありません。
この「後輪で進路を決める」感覚に慣れるまで、少し時間が必要でした。
10代や20代の受講生たちは、なんなくこなしていきます。
競う必要などないのに、つい焦りを感じてしまいます。

そんなメンバーの中に、私と同年代の「ご同輩」がいました。
年齢は同じか、少し若いくらいでしょうか。

彼は教官によく注意されており、とにかく目立ちます。
そして、その次に目立っていたのが私でした。

講習中は苗字ではなく、番号で呼ばれます。
その彼は「13番」。
講習の合間に、講師が13番に問いかけました。
「免許を取ったら、どこへ行くんだ?」
「物流の会社に勤めたいと思っています」
「それなら、これは絶対必要だな」

再挑戦であることが窺える13番に対し、応援する気持ちがこもった教官の檄が飛びます。
そんな背景を聞いてしまったからか、教官の声の掛け方も、のほほんとしている3番(自分)に対するものとは明らかに違いました。
本当は、私のほうも「実技だけは落第できない」と焦りまくっていたのですが……。

その日の講習終わり、13番は教官から「頑張れな」と声をかけられていました。
うつむき加減に「はい」と答える13番。

しかし、翌日以降、彼の姿を見ることはありませんでした。

私はといえば、めでたく最終試験も失敗なく、追加講習を受けることもなく免許を取得できました。
しかし現在、現場では「フォークリフトに乗らなくていいです」と皆から言われています。
取得後に意気揚々と作業した際、商品をいくつも壊してしまったからです。

13番、どこかの空の下で元気にやっていますか?
3番は相変わらず成長せず、失敗ばかりの毎日です。

2026年4月17日 (金)

いつか自らの思いを遂げる日のために -求められるイメージの檻の中で、心を殺さずに生きる方法-

Akatsuki231

中学生の頃、私が好きだった海外のロックバンドの多くが、メンバーの離合集散を繰り返す。
それが日常茶飯事でした。
お気に入りのバンドの新作をずっと聴き続けたい一心だった当時の私は、脱退していくメンバーに対し、「なんで辞めてしまうんだ」と不満を抱いていたものです。

「音楽の方向性が違うから」
「プロデューサーの商業主義的なやり方が嫌だ」

そんな理由に対し、「それくらい我慢しろよ。多くのファンが新作を期待しているんだぞ。そもそも売れなきゃダメじゃないか」…なんてことを思っていました。

しかし、大人になるにつれ、人は「自分の心を殺すこと」の苦しさを身をもって覚えていきます。
その時になって初めて、かつてバンドを脱退したメンバーたちの気持ちが痛いほど理解できたのです。

自分の本意ではないところで、自らの意思を表現しなければならない辛さ。
明確になってしまったズレの中で活動を続けることは、単なる「我慢」ではなく、文字通り「自分の心を殺すこと」に他なりません。

シンディ・ローパーのベストアルバム(Greatest Album)の1曲目には、「I'm Gonna Be Strong」という楽曲が収録されています。
「強くならなきゃ」という意味のタイトルです。
このアルバムの解説を読むと、彼女が活動の中でいかに様々な葛藤を抱えていたかが記されています。
世界的に大ヒットした「Girls Just Want To Have Fun(ハイスクールはダンステリア)」は、本来はもっとレゲエ調の曲だったそうですが、「これではヒットしない」とアレンジを大幅に変更させられたといいます。
そこに潜む複雑な思い。
そして、不本意な形で曲が大ヒットしたことにより、世間からのイメージが固定され、その後のキャリアまで決められてしまう苦悩。

自らの意思と異なっていても、求められるイメージに人は近づいていかざるを得ません。
これは、生きる上での大きな苦しみを生み出す要因になります。

「それは自分のキャラじゃないから」
現代でも、そんな言葉をよく耳にします。
たとえば学校のクラスの中で求められる姿。
それはその人のポジションであり、居場所を守るための防壁でもあります。
しかし、その役割に縛られてしまうと、今度は「キャラ変」が難しくなります。
新しいキャラクターを見せたとき、その場所で受け入れられるだろうかと恐れてしまうのです。

自分の思いで、自らのありのままの姿を決められないことは、本当に苦しいものです。
私たちは誰しも、社会の一員としての役割を求められる場面が多いです。
ですが、あまりに若いうちからそのことばかりを意識してしまうと、「本当の自分を受け入れてもらえる」という安心感を喪失することになります。
極端に言えば、いつも誰かの期待に応えるために作り上げた「キャラクターとしての自分」しか表に出せなくなってしまうのです。

かといって、本当の自分のまま傍若無人に生きることも、現実にはなかなかできません。
生きていく中で、私たちは本当の自分との「折り合い」をつける術を身につけていきます。
でも、そのちょうどいい塩梅、頃合いを定めるのは本当に難しいですね。

件のシンディ・ローパーのアルバムの最後には、「Girls Just Want To Have Fun」の、本来のバージョンと思われるトラックが収録されています。
「やるね」と思わずニヤリとしてしまいました。

いつか自らの思いを遂げる日のことを、彼女はずっと心に秘めていたのですね。

2026年4月13日 (月)

「条件」という点、「歳月」という面。

Akatsuki160

ドッキリ番組でよくある企画です。
比較的若い夫婦にドッキリを仕掛け、旦那さんが長年応援しているアイドルと突然出会ったらどうなるか、その様子を奥さんがモニターで見守ります。

しなだれかかるアイドルに、旦那さんはどう対応するか。
見守る奥さんもドキドキしている。
しかし、彼女はこう言い放ったのです。
「私との時間の方が長く、重い」

この潔い言葉に、本物の関係の姿を見た気がします。

大学時代はバブル全盛期。
同じクラスに、まさにブランドが歩いているような友人がいました。
歩くとジャラジャラという音が聞こえてきそうなほど。
互いに恋愛対象外だったので、かえって気軽に話せる関係でした。

しばらくして紹介された彼女の彼氏は、フェラーリに乗っているわけでも、コム・デ・ギャルソンを着ているわけでもありませんでした。
「話していた理想とは、ずいぶん違うね」と私が言うと、彼女は答えました。
「浜辺でさ、私をお姫様抱っこして、本当に嬉しそうにくるくる回ってくれたんだよね。その顔を見ていたら、なんか、もうそれでいいかなって」
それまでのステータスへのこだわりが、霧散した瞬間でした。

私たちはつい、結婚相手や人生に対して「出来上がったもの」を求めてしまいがちです。
条件、環境、あるいは性格の一致……。
最初から自分にぴったりの「完成品」を探し、それを利用しようとしていないでしょうか。

けれど、既にあるものは、人生の一部に過ぎません。
諸行無常のこの世において、形あるものがいつまでもそのままであることはありません。
もし、条件という「形」が失われてしまったら、二人の価値まで損なわれてしまうのでしょうか。

振り返ってみれば、私たちが今手にしている平穏は、最初からそこにあったわけではありません。
結婚当初は生活も苦しく、あらゆることを工夫しなければなりませんでした。
二人で知恵を絞り、生活の形を「作り上げて」きたのです。

何を選んだかではなく、共に何を創ったか。
条件という「点」ではなく、積み重ねた「線」が、やがて豊かな「面」へと広がっていく。

利用する楽しさよりも、作り上げる楽しさ。
そう考える方が、人生はきっと楽しい。
それは、「何を食べるか」よりも「誰と食べるか」でおいしさが変わる。
そんな真理に似ている気がするのです。

2026年4月10日 (金)

喜びは2倍に。そして哀しみは半分に。

Akatsuki160

桜もピークを過ぎ、葉桜となってきました。
通勤経路にある桜並木は、夜になるとライトアップされますが、葉桜となっても、混ざり合う色彩がとても美しく見えます。

そんな景色を見ながら、思ったのです。

「この景色をみせてあげたいな」

そして、同時に思いました。
大切な人にそう思うのは、良いと思ったものを分かち合いたいという気持ちが働くからなのだろうか。
そう思う大切な人こそ、愛している人なのだろうと考えたのです。

素敵な映画のこと。
心が動いた瞬間のこと。
興味深い物語のこと等々。

自分が好きなものを、他の人に勧める時に布教という言葉を使う事があります。
文字通り、その信者を増やして行く事です。
でも、これとは違います。

理解してもらうのではなく、分かち合いたいと思うのです。

喜びは2倍に。
そして哀しみは半分に。

2026年3月24日 (火)

未来からのメッセージを、今を生きる誰かの力に変えていけたら。

Akatsuki226

「コップに溜まっていく努力」は、本人にはその溜まり具合がよく見えないものだと言われます。

あともう少しで溢れ出し、報われる瞬間が来るとしても、渦中にいる人間にはそれがいつ終わるともしれない果てしない道に見えてしまう。
それを継続するには、並大抵ではない気力や根性が必要です。

小説やドラマでは、そんな状況を理解している「未来の自分」や「大切な人」が時空を超えて応援に来る、という物語があります。
「もう少しで報われるから」「もうすぐ幸せになれるから」と励まされるストーリーです。

プリンセス プリンセスの楽曲「ONE」にも、そんな情景が描かれています。
かつて恋に迷い、孤独に震えていた過去の自分に向けて、未来の自分がこう語りかけます。

恋を失くしてさむさに泣いていた
一人きりのあの頃の私に伝えたい
「ねえ、泣かないで大丈夫。
あなたの最後の恋に今ここでやっとめぐり逢えた」と

プリンセス プリンセス / ONE

この曲を初めて聴いた時、私は心を強く揺さぶられました。
楽曲のハイライトで音が止まり、そこから弦楽器の調べが引き継がれる展開は、これまでの哀しみが昇華され、運命の出会いへと導かれる予兆のように感じられます。
そして、前述の温かな歌詞へと繋がっていくのです。

「未来がわからないからこそ、人は希望を失わずにいられる」という言葉があります。
確かにその通りかもしれません。
しかし、今を生きるのが辛く苦しい時、「あともう少しだ」と確信できれば、最後の一歩を踏み出す勇気が湧いてくるのも事実です。
「これが最後の踏ん張りどころだ」とゴールが見えれば、残った力を振り絞る気力が生まれます。

一方で、もし未来がすべてわかってしまったら……。
成功ではなく失敗することが見えてしまう場面もあるでしょう。
現実にはその方が多いかもしれず、かえって気力を削がれてしまう可能性もあります。

そんな「未来からのメッセージ」を鮮烈に描いたものとして、MUSEの楽曲「Follow Me」と鉄拳さんのパラパラ漫画がコラボレーションした動画も忘れられません。
繰り返される誤解や哀しみに自暴自棄になる男女。
その出会いもまた、未来からのメッセージでした。
鉄拳さんの作品はどれも胸を打ちますが、このMUSEの楽曲との組み合わせは格別です。

私自身は、自分のために「未来からのメッセージを受け取りたい」と思ったことはありません。
けれど、大切な人が幼い頃に寂しい思いをしていた話や、いじめ、孤独に耐えていた話を聞くと、どうしても思ってしまうのです。
当時のその人のもとへ駆けつけ、未来から精一杯の応援を届けてあげたい、と。

かつて哲学の講義で、「起きてしまった出来事の意味を、後から見出すこと」を宗教的な理解の方法であると学んだことがあります。
それは、過酷な過去であっても「今の自分に繋がるための大切なプロセスだった」と受け入れ、次へ進むための糧とする心の作法です。

私が過去のその人に「大丈夫だよ」と声をかけたいと願うのは、その孤独だった時間にも、いつか必ず温かな「意味」が宿る日が来ると、心から信じているからなのかもしれません。

ろくでもない、この世界に。

それでも、こんな世の中でも必ず報われる日が来ると、私は信じ続けたいのです。

2026年3月16日 (月)

きっと、人は弱さを抱えながらも、目覚め、進歩し続けることができる。

Akatsuki229

EAGLEのLONG ROAD OUT OF EDEN。
発売時に取引先の社長さんから、いいから聴いてみろと言われて、CDを頂いた事がありました。
当時は退屈な限りでしたが、今はその素晴らしさを実感します。
ギラギラしていた頃は、大人の余裕は理解が出来ないのかもしれません。

芳醇な美味しいウィスキーの味は理解できない。
手っ取り早く酔っぱらう事を目的に、ひたすらビールをグビグビ一気飲み。
味わうのではなく、ただ酔うだけの薬(そんな薬があるなら…)に近い飲み方と同じ聴き方です。
感じたりする事や人生の経験に照らしてなんて、幼稚でしたので出来ません。

今、少しはそのアルバムを聴いて、退屈どころか、素晴らしいと思うのでちょっと進歩したのでしょうか。

ありがたい事に、小学生から付き合いの続く友人がいます。
お互いにあまり遠慮がありません。

互いに就職して、そんなに時間が経過していない頃の事です。
彼は私に「いつまでの、誰かの評価の中、誰かの評価の軸で、仕事するのは嫌だ」と言っていました。
それを聞いた当時の私は「だから、早く評価する側になればいい」と言いました。
「そういうんじゃないんだよ」と彼の返答でした。

その時の自分は、同僚とも競い合うような、職場にはそんな環境がありました。
また、そんなヒリヒリする様な環境が好きでした。
だから当時の私には、彼の言葉は言い訳に聞こえていました。

やがて、私はいろいろな事が上手く行かなくなります。
最初のスタートは早く、全力疾走が続いていたので、立ち止まれば、落下する速度は加速度付きでした。

次の就職先も決めずに辞めました。

彼はよく私の部屋に来ていました。
午後に来て、西日の差す部屋でお菓子を食べながら、漫画や雑誌を見ては帰りました。
私はその事を、特別に気にする事もありませんでした。

再就職の活動は始めていましたが、外出するより部屋にいる事は多く、彼はそれを知っていました。
後から聞きましたが、当時の私の様子は、生涯でもこれまで見た事がないぐらい落ち込んでいたそうです。
彼は、寄り添っていてくれたのだと思います。
私も誰かがいてくれる事がよかったのだと思います。

何もする事がないのは、落ち着きません。
そこで、戦艦大和のプラモデルを無言で黙々と作っていました。
その時、フト思い出したのです。

吉田満氏著作「戦艦大和ノ最期」の記載のある臼淵大尉の言葉です。

「進歩のない者は決して勝たない。
負けて目覚める事が最上の道だ。
日本は進歩という事を軽んじ過ぎた。
私的な潔癖や徳義に拘って、本当の進歩を忘れてきた。
敗れて目覚める、それ以外にどうして日本が救われるか。
今目覚めずしていつ救われるか。
俺達はその先導になるのだ。
日本の新生に先駆けて散る。
まさに本望じゃあないか」

引用終わり。

負けて目覚める。
敗れて目覚める。

その彼も就職をします。
外資系のファッションメーカーでしたが、彼もほどなくして、辞める事を選択します。

私の部屋へやってきた彼が言いました。
「俺さ、スイスのホテル学校へ行こうと考えているんだよね。どう思う?」
相談がてらそう言った彼に、私は「そうすればいい」と即答しました。
「そういうと思ったよ」と彼は笑いました。

私は「自分の友人にホテルマンを目指し、スイスのホテル学校に留学している友達がいる。それは俺の誇りだよ」
そう話しました。

互いに、今は別々の場所で働いていますが、あの琥珀色の時間は今も私たちの底を流れています。
人は弱さを抱えながらも、目覚め、進歩し続けることができる。
そのことを、私は彼との時間から教わったのだと思います。

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