彼は姿を現さなかった。リスキリング…そんな簡単な事じゃない。
仕事で必要な技能資格があり、久しぶりに勉強となりました。
最近は記憶力に少し頼りない事あり、学科に実技と不安でした。
加えて、同じ営業の仲間はその資格を多く取得しています。
変なプライドが働き「あれ、落ちたんですか?」と、言われない様にと身構えてしまいます。
ますます緊張し、硬直します。
1日目は学科です。
朝から机に座り、夕方18時近くまで勉強は記憶にないぐらい昔です。
弱くなった部分は、補助装置に助けられています。
いつも利用している手帳(厚いシステム手帳)に、iPhoneやiPadと便利なツールに囲まれています。
その日の最後には、学科試験があります。
試験です。
1日の講習内容の試験ですが、その1日分を記憶に留める事が可能なのかと不安になります。
参加人数は約20名弱。
自分の子供より若いと思われる20代と思しき青年が殆ど。
同じお年頃のおじさんは、ざっと見て4名前後でしょうか。
席は指定でした。
幼い頃からよく指定席となった教卓前。
先生に一番近いところです。
なんで、こんな時まで…と思います。
…そんな余裕はここまで。
後ろの様子は伺う事は出来ません。
漫画なら、私の机を抱え込む姿から、汗が出ている状況だったと思います。
試験が終わり、その結果を待ちます。
学科はパス。
その日はひと安心で戻ります。
ところが、次の日から様子が変わります。
実技となると、指導官から手順を繰り返し言われますが出来ません。
手順を飛ばしたり、順番を間違えたりとアタフタします。
青年たちはなんなくこなします。
出来ない自分に腹が立つ。
見られてなんかいないのに、青年達に大変だと思われているのではないか。
焦る。
自分で鳴門海峡に負けない渦の中心にある、出来ないに向かって飛び込みます。
実技は参加人数が多く、チームに分かれています。
自分の順番が終わり、ため息つきながらベンチに座り込みます。
同じお年頃のおじさんが、別のチームで苦戦しています。
だから安心するという気持ちにもなりません。
自分がどうなんだ…という問題です。
不合格なら、いくら言い訳をしても、その事実を変える事は出来ません。
休憩時間に別のチームで苦戦していた同じお年頃が、教官と会話しています。
その方、こちらに聞こえるぐらい、途中強い調子で指導を受けていました。
会話が聞こえます。
「あんた、前は別の業界だったの?」
「はい、〇〇でした。リストラされて、〇〇の業界に入りました」
「それじゃ、この資格は大事だな」
「はい」
「ひとつ手順を誤ると焦ってる。落ち着いて頑張れ」
「はい」
小さな声で返事をしています。
…落ち着けるなら、間違わないよと横で思う私です。
でも、再チャレンジだよね。
同じお年頃として、頑張ろうよ…と密かに自分も励ますエールを送ります。
そして、分水嶺となる実技2日目。
朝のミーティングで、その同じお年頃の再チャレンジャーは姿を現しませんでした。
欠員が出たので、一部グループの編成を変更する旨の連絡がありました。
青年たちが、何やらひそひそと話しています。
「もう、嫌になっちゃったなんだな」
「大変そうだったもんね」
来ない事にガッカリする気持ちと、自分も出来ない事を青年達が比較しながら見ていたのではないか。
そんなモヤモヤと被害妄想で実技研修が始まりました。
私は前日に増して、ダメです。
作業に複雑な工程が加わり、更にひとりで大騒ぎです。
意を決して、同じグループの方々に頭を下げてお願いし、みなさんの時間を削ってもらいました。
私だけメニューを変えて、実技研修が続きます。
ここまでくると、目的はなんだと自分に言い聞かせます。
合格でしょ。
もう、つまらない事にこだわるのではなく、結果を得るしかないでしょ。
そう自分に言い聞かせます。
2日目も暗澹たる気持ちで終わりました。
そして、3日目。
最後に技能試験があります。
気持ちを仕切り直してスタートします。
しかし、思うように行きません。
悩んでいる時間はありません。
前日に同じく、グループのみなさんにお願いし時間を都合してもらいます。
青年達も快く応じてくれます。
そして、実技試験まで2時間となりました。
私の進捗状況は変わりません。
暗澹たる気持ちとなり、自然と視線が下がります。
その時、心に浮かんだ事がありました。
空手の現役だった時。
試合で緊張した事は、デビュー間もない頃だけだったはず。
不断の鍛錬があったからこそ、作戦よりも自分を信じて無に近い気持ち。
それがいちばん結果を出してきたではないか…。
思い出したのです。
試験までの待合ルームで、正拳突きをしました。
変なおじさんです。
ところが肩の力が抜け、緊張が和らいでゆきます。
青年たちの中から、失格者が出ました。
そんな知らせが伝わってきます。
シャツのポケットには、平将門公の勝ち守りを忍ばせてきました。
もう、神頼みだった私の心境です。
その胸のポケットに手をおき、試験が始まりました。
終わって、合否発表の部屋に移動します。
もう、やるだけの事はやった。
後は結果を待つのみと、少し終わった事の安堵とやるだけの事はやった…そんな気持ちでした。
結果は合格でした。
自分の老いを思い知らされる、そんな機会となりました。
リスキング。
政府は簡単に言うけど、そりゃ大変な事…そう思う日々です。
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