経済・政治・国際

2023年2月12日 (日)

彼は姿を現さなかった。リスキリング…そんな簡単な事じゃない。

Akatsuki155

仕事で必要な技能資格があり、久しぶりに勉強となりました。
最近は記憶力に少し頼りない事あり、学科に実技と不安でした。

加えて、同じ営業の仲間はその資格を多く取得しています。
変なプライドが働き「あれ、落ちたんですか?」と、言われない様にと身構えてしまいます。
ますます緊張し、硬直します。

1日目は学科です。
朝から机に座り、夕方18時近くまで勉強は記憶にないぐらい昔です。

弱くなった部分は、補助装置に助けられています。
いつも利用している手帳(厚いシステム手帳)に、iPhoneやiPadと便利なツールに囲まれています。

その日の最後には、学科試験があります。
試験です。
1日の講習内容の試験ですが、その1日分を記憶に留める事が可能なのかと不安になります。

参加人数は約20名弱。
自分の子供より若いと思われる20代と思しき青年が殆ど。
同じお年頃のおじさんは、ざっと見て4名前後でしょうか。

席は指定でした。
幼い頃からよく指定席となった教卓前。
先生に一番近いところです。
なんで、こんな時まで…と思います。

…そんな余裕はここまで。
後ろの様子は伺う事は出来ません。
漫画なら、私の机を抱え込む姿から、汗が出ている状況だったと思います。

試験が終わり、その結果を待ちます。
学科はパス。
その日はひと安心で戻ります。

ところが、次の日から様子が変わります。

実技となると、指導官から手順を繰り返し言われますが出来ません。
手順を飛ばしたり、順番を間違えたりとアタフタします。
青年たちはなんなくこなします。

出来ない自分に腹が立つ。
見られてなんかいないのに、青年達に大変だと思われているのではないか。
焦る。
自分で鳴門海峡に負けない渦の中心にある、出来ないに向かって飛び込みます。

実技は参加人数が多く、チームに分かれています。
自分の順番が終わり、ため息つきながらベンチに座り込みます。

同じお年頃のおじさんが、別のチームで苦戦しています。
だから安心するという気持ちにもなりません。
自分がどうなんだ…という問題です。
不合格なら、いくら言い訳をしても、その事実を変える事は出来ません。

休憩時間に別のチームで苦戦していた同じお年頃が、教官と会話しています。
その方、こちらに聞こえるぐらい、途中強い調子で指導を受けていました。

会話が聞こえます。
「あんた、前は別の業界だったの?」
「はい、〇〇でした。リストラされて、〇〇の業界に入りました」
「それじゃ、この資格は大事だな」
「はい」
「ひとつ手順を誤ると焦ってる。落ち着いて頑張れ」
「はい」
小さな声で返事をしています。

…落ち着けるなら、間違わないよと横で思う私です。
でも、再チャレンジだよね。
同じお年頃として、頑張ろうよ…と密かに自分も励ますエールを送ります。

そして、分水嶺となる実技2日目。

朝のミーティングで、その同じお年頃の再チャレンジャーは姿を現しませんでした。
欠員が出たので、一部グループの編成を変更する旨の連絡がありました。
青年たちが、何やらひそひそと話しています。
「もう、嫌になっちゃったなんだな」
「大変そうだったもんね」

来ない事にガッカリする気持ちと、自分も出来ない事を青年達が比較しながら見ていたのではないか。
そんなモヤモヤと被害妄想で実技研修が始まりました。

私は前日に増して、ダメです。
作業に複雑な工程が加わり、更にひとりで大騒ぎです。
意を決して、同じグループの方々に頭を下げてお願いし、みなさんの時間を削ってもらいました。
私だけメニューを変えて、実技研修が続きます。

ここまでくると、目的はなんだと自分に言い聞かせます。
合格でしょ。
もう、つまらない事にこだわるのではなく、結果を得るしかないでしょ。
そう自分に言い聞かせます。

2日目も暗澹たる気持ちで終わりました。

そして、3日目。
最後に技能試験があります。
気持ちを仕切り直してスタートします。
しかし、思うように行きません。

悩んでいる時間はありません。
前日に同じく、グループのみなさんにお願いし時間を都合してもらいます。
青年達も快く応じてくれます。

そして、実技試験まで2時間となりました。
私の進捗状況は変わりません。
暗澹たる気持ちとなり、自然と視線が下がります。

その時、心に浮かんだ事がありました。
空手の現役だった時。
試合で緊張した事は、デビュー間もない頃だけだったはず。
不断の鍛錬があったからこそ、作戦よりも自分を信じて無に近い気持ち。
それがいちばん結果を出してきたではないか…。
思い出したのです。

試験までの待合ルームで、正拳突きをしました。
変なおじさんです。
ところが肩の力が抜け、緊張が和らいでゆきます。

青年たちの中から、失格者が出ました。
そんな知らせが伝わってきます。

シャツのポケットには、平将門公の勝ち守りを忍ばせてきました。
もう、神頼みだった私の心境です。
その胸のポケットに手をおき、試験が始まりました。

終わって、合否発表の部屋に移動します。
もう、やるだけの事はやった。
後は結果を待つのみと、少し終わった事の安堵とやるだけの事はやった…そんな気持ちでした。

結果は合格でした。

自分の老いを思い知らされる、そんな機会となりました。
リスキング。
政府は簡単に言うけど、そりゃ大変な事…そう思う日々です。

2021年9月 3日 (金)

苛政は虎よりも猛し

Akatsuki075

アフガニスタンの政権が崩壊し、カブールが混乱している状況が繰り返し報道されていました。
報道は発信側の切り取り方で、受信側が受ける印象が大きく変化します。

それでも、今飛び立つ飛行機にしがみつく人の姿。
フェンス越しに、泣きながら脱出したいとアメリカ兵に叫びながら訴える女の子。

幾度か繰り返し観た映像でした。

中学生だったと思いますが、漢詩の授業がありました。
殆ど覚えていません。
一つだけ、なぜか記憶に残っていたものがあります。

苛政は虎よりも猛し
かせいはとらよりもたけし

孔子の言葉だったと思います。

婦人が泣いている。
どうしたのかと尋ねると、家族が虎に次々に襲われた。
ならば、虎に襲われる心配のないところへ行けばよいと話す。
すると婦人は、ひどい政治が行われている場所はもっと嫌だと答える。

こんな内容だったと思います。

政治が暮らしの中で、どれだけ影響力を持つ事であるのか。
ひどい政治は、どれだけそこに暮らす人々を傷つける事になるのか。
ひどい政治より、虎に襲われる危険を選択する。

為政者として、その役割がいかに大切であるかを戒める。
そんな言葉でもあると思います。

仕事の場面でも、フト考える機会があります。
今、一緒に仕事をしている場所は、環境は、虎が住む場所より良いだろうかと。

今でも中学生の漢詩の授業では、この事を学ぶのでしょうか。
退屈な授業の中で、なぜ私はこの漢詩が記憶に残ったのでしょうか。