映画・テレビ

2024年3月21日 (木)

大人になるという事。やさしさと強さを持つ事。

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宮尾登美子さんの原作をもとにした映画「夜汽車」。
映画の公開当時は学生で、その内容はよく理解出来なかったと思います。
それぐらい記憶にないのです。

宮尾登美子さんの著作も、読んで少し感情移入できる様になったのはおそらく40代。
しあわせで、20歳前後の辛い人生経験もない小僧には「愛憎」や「情念」と言われて、なんのことやらだと思います。
でも今は、それ故の無鉄砲さや勢いが、今と比較にならないエネルギーとしてあったと感じています。
その時々でいいですよね。

映画は記憶にないのですが、主題歌となったクロード・チアリさんの「夜汽車」はお気に入りでした。
おそらくまだ、実家にレコードがあると思います。
長じて、その楽曲が入ったCDを買いました。

哀切この上ないメロディ。
ヴァイオリンと競い合う、演奏のエネルギー。
「愛憎」や「情念」なんて言葉を理解出来ない当時の私でも、その深さを楽曲に感じる事が出来ました。

少し話が変わります。
ジョン・レノンのアルバム「imagine」に「How?」という楽曲があります。
その歌詞に、こんな言葉があります。

How can I give love whe Idon't know
what it is I'm giving ?
how can I give love when Ijust d'ont know
how to give ?
how can I give love when love is something
I ain't never had ?

与えているものが何かも知らずに
どうして愛を与えられるだろう
当たる方法さえ知らずに
どうして愛を与えられるだろう
愛というものをもらったこともないのに
どうして愛を与えられるだろう
できっこないよ できっこないさ

John Lenon / imagine より 楽曲「HOW?」引用

知らない事。
これから知る事。
知らない方がいい事。
知っていなければならない事。

大人になるという事。
やさしさと強さを持つ事。

春分の日の休日に、夜汽車の「愛憎」と「情念」に聴いていたCDの楽曲がリンクしました。

2024年3月19日 (火)

通底している「生きる」が観る人をひきつける。

Akatsuki202

ゴジラ-1.0を観ました。

アカデミー視覚効果賞の受賞で、シネコンも上映回数と時間が増加しました。
これは喜ばしい事。
またゴジラ…と言われる事を、大きく跳ねのけるストーリーと映像の素晴らしさだと思います。

私にはもう一つ。
終戦時に残存していた連合艦隊の「雪風」「響」が登場する事。
史実とは異なりますが、重巡洋艦「高雄」が修理されて、その雄姿を現す事。
そして「震電」。
ここにもし「大和」が…と関係のない想像が膨らんでしまいます。

ストーリーとは関係なく興奮したこの部分を除いて、通底している「生きる」が観る人をひきつけたと思います。
核心に触れる部分があるので書きません。
でも、焼け野原で、戦闘機で、日々の生活で、「生きる」という強い意志が通底している事が、この映画の大きな魅力です。
「生きる」を反対色で鮮明にする様に、「今度は死んで来いという命令でない」とか、「生きて帰れる」などの台詞が記憶に残りました。

2024年1月25日 (木)

私が森雪の親父なら、そりゃないだろおまえ…と思います。

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昨年末、宇宙戦艦ヤマトの4Kリマスターシリーズを映画館で観ました。
幼い頃、映画館では観る事がかなわず、ついに積年の思いが、思わぬ形で実現する事となりました。

仕事が終わってからのレイトショーです。
なぜか鑑賞中に、少し寝てしまいました。
仕事は少し、スケジュールが詰まっている状況でした。
レイトショーを観に行く事は出来ます。
疲れていたのか…。
ワクワクしていたのに…。

以前とは観る視点が変化している事に気がつきました。
幼い頃は、古代進の視点です。
しかし今般は、艦長の沖田十三の視点で観ている事が多い事に気づきました。
どんな危機にも、決してあきらめる事なく、絶望をしない。
その沖田十三の姿に、新たな魅力を見出し、やっぱりこの物語が好きなのだなと改めて思いました。

特にイスカンダルに到着して、全員にお礼を言う場面。
自身も事業年度末などに、仲間にいろいろ伝える事がありますが、これが原点なのかな思いました。

宇宙戦艦ヤマトの美しい姿も好きです。
これと波動エンジンの音が好きです。

そして年明け。
こちらも幼い頃、映画館では観る事がかなわず、ついに積年の思いが、思わぬ形で実現する事となりました。

母方の祖母に物語のカセットテープを買ってもらい、いろいろな本に特集されるのを眺めていました。
懐かしい。
映画を観に行けた友達が羨ましかったです。

こちらも視点が変わっていました。

先ず、森雪の気持ち。
結婚式を数日後に控え、楽しみにしている。
ところが、旦那は宇宙の危機と叫んで仲間を募り、さあ行こうと拳を振り上げている。

私が森雪の親父なら、そりゃないだろおまえ…と思います。
娘が不憫です。

古代進は森雪に「わかってくれ」と言います。
森雪は理解を示しますが、ふざけるな、理解は示しても納得は出来ない…だと思います。
この辺りは、昭和のベビーブーム世代が作るので、昭和の親父感が満載です。

加えて、森雪は戦場で亡くなってしまいます。
え〜っ、ちょっと不幸が満載過ぎませんか?

それから仲間が次々と亡くなって行く。
これは幼い時にテレビで観た時も驚愕でしたが、大人になるとなお更に辛いです。

とどめには、自らの命を犠牲にする。
松本零士氏が「若者が死んではいけない」と言ったとか、言わなかったとか。
反物質の人がお役に立つなら、その人だけではダメですか?

最後に「やっと二人きりになれたね」って、そんな気あったんですか?
心に疑念が…。

でも、当時の物語のスケールに驚愕した事。
アンドロメダとか、新しいメカに狂喜した事。
どんでん返しが続くストーリー。

これはやっぱり楽しく観ました。
今でも、超巨大戦艦が現れた後、古代進とズオーダ大帝のやり取りを、一言一句再現出来ます。

テレビで放映した宇宙戦艦ヤマト2は映画と異なる結末でした。
地球人が降伏を決めて使節団が彗星帝国に向かう直前、ヤマトが現れます。
それは今でも、心に残るシーンです。
この版は仲間を多く失いますが、若者が生き残ります。

やっぱり、私は宇宙戦艦ヤマトが大好きです。

宇宙戦艦ヤマトは私の青春です。

2023年10月31日 (火)

彼の本当の哀しみをわかっていたのは、あの人だったかもしれない。

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彼の本当の哀しみをわかっていたのは、あの人だったかもしれない。

三島由紀夫の小説「金閣寺」
読んだのはずいぶん前ですが、金閣寺に火をつける主人公が、精神的に追い込まれていく様は迫力でした。
迫力というより、怖い。
迫力でしたと書くのは、それが実際にあった事件である事を、当時は知らなかった事によります。
金閣寺が消失した事は知っていても、その背景は知らなかったのです。

先日、NHKのアナザーストーリーで、実際の金閣寺焼失の事件を取り扱っていました。
犯人の林養賢の生い立ち、実際の事件経過とその後の家族の事。
林養賢の人物像を語る、幼馴染や周辺の人々。
そして、林養賢の師としての、金閣寺住職の慈海の事。

金閣寺の再建に取りかかる慈海住職。
托鉢から始め、その姿に人々が動き出す。

林養賢は心を病み、病気でこの世を去ります。
この間、慈海住職は林養賢に差入を続けます。

林養賢が亡くなった後、事件後に投身自殺した林養賢の母親と共に戒名をつけ金額時で供養します。
放火焼失事件の事を聞かれても、「私の不徳です」と、それ以上の事は語りません。

苦しんでいた、林養賢のその哀しみを、金閣寺を放火焼失させるという事実まで、気づいてやる事が出来なかった。
その事実があって、初めて弟子であった林養賢の本当の哀しみと苦しみを知った。

彼の本当の哀しみをわかっていたのは、あの人だったかもしれない。

遠藤周作の「イエスの生涯」
この中、ユダの記述が多く書かれています。

ユダと言えば、裏切り者の象徴。
しかし、「イエスの生涯」の中では、イエスの弟子の中で、唯一師の本当の苦しみを理解していたのは、ユダだったとあります。

なぜ、嘲りを受け、誤解と裏切りの中で、イエスは死なねばならなかったのか。
その本当の理由を知ったユダは、生きてはいられなかった。

彼の本当の哀しみをわかっていたのは、あの人だったかもしれない。

人の世の、繰り返されるこの哀しみに終わりがあるのだろうか。
絶望しそうになる、その時、それを終わらそうとしているのも、この世の人である事。
その事に、勇気が湧いてきます。

*文中敬称略としております。

2023年10月 3日 (火)

愛だけじゃ お腹がすくから 早く大人になって 強く抱きしめて。

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愛だけじゃ お腹がすくから
早く大人になって 強く抱きしめて

こごえてるキスが 不安だから
早く大人になって 強く抱きしめて

LITTLE DARLING / レベッカ

レベッカのアルバム「BLOND SAURUS」の一曲です。

このアルバムが発売された時、社会人になる少し前だと思います。
この歌詞に、現実に生きて行く、その現実を感じた覚えがあります。
大切な人と生きてゆくには、絵空事だけではダメな事。
社会に出る前に、享楽の宴が終わる予感があったのかもしれません。

モーツアルトのピアノ協奏曲第21番の第2楽章の美しいメロディに心奪われたの先です。
これが「みじかくも美しく燃え」という別名で表記される事があり、その映画へと引き寄せられました。

映画は制作されたのが、自分の誕生年と重なります。
物語の主人公は、とても美しい。
また、背景の景色はどこをとっても、いちいち美しい。
まるで絵画の様で、舞台のスウェーデンへ行ってみたいという気持ちになりました。

劇中で使われているモーツアルトのピアノ協奏曲は、とても印象的です。
別名で表記される事がある事を、理解できます。
他にヴィヴァルディの「四季」の「夏」が記憶にあります。

しかし、美しい景色が、美しい主人公が余計に引き立てるのかもしれませんが、物語が進むにつれて苦しくなってきます。
それは徐々に、逃げ場を失い、追いつめられてゆくふたりの焦燥感が伝わってくるからかもしれません。
演じているふたりが上手なのでしょうか。

私には結末は、不愉快でした。

愛だけじゃ お腹がすくから

LITTLE DARLING / レベッカ

この歌詞と、この映画への思いが、どこで結びついたのか覚えはありません。
映画の様な道なき恋には、幸い落ちる事はなかったので、どこまでも他人事なのですね。

このレベッカのアルバム「BLOND SAURUS」が発売された頃、私の恋は終わりを告げていました。
ふられました。

もう忘れて、新しい恋に邁進だと考えていた私には、このアルバムの楽曲「Vanity Angel」が響きました。
この楽曲のリズムと音階を上がるキーボードの音、途中のギターソロ。
「さあ、進もう」と、とても心地よかったです。

恋の話は、埃をかぶった記憶です。

2023年9月20日 (水)

茜色に焼かれる。

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30代で福岡の事務所に勤務していた頃の事。
佐賀県の取引先、そこの取締役部長さんとの仕事での話です。
前後、どんな話から商談が逸脱したのか、覚えていません。

今の若者は夢がないと言うばってん、自分から夢を探さない。
誰かが用意してくれる、そういうのではない。

とても記憶に残っています。
日本の高度成長期は少し先輩たちの話です。
暮らしを豊かにするとか、家を建てるとか、わかりやすい目的と目標があったといいます。
それが満たされると、燃え尽き症候群でもないですが、働く理由を失ってゆく。
あの頃、それを目的にがむしゃらに進んだ経験は、でも宝物の様に輝いている。

私はバブル組です。
軽薄短小。
毎日が楽しい事が大事で、これからも同じことが続くと思っているので、先の心配などしませんでした。

この後、就職氷河期とか言われ、失われた30年とされます。
模式図みたいなもので、誰もががむしゃらだったわけでもないし、享楽に狂っていた訳ではありません。
テレビ番組みたいに、わかりやすく区別した表現です。

私の亡くなった叔父は、昭和ひと桁生まれでした。
幼い頃から、兵隊になって鬼畜米英を倒す。
何も考えず、教育され刷り込まれるなら、多くは考えなかったかもしれません。

そして、ある日を境に、これまでの話は間違いです…と言われる。
これまでの価値観を形成していた部分を、全て真反対に否定される。
その実の兄を捉え、末弟である私のおやじは「彷徨している」と言っていた事があります。

「小説は希望になったが、もともと希望がある人生ではない。
希望があれば(08年に起きた)秋葉原の事件に共感は寄せない」と振り返った。

日本経済新聞 2023/9/29朝刊より引用。

この絶望に、この自分は誰からも相手にされないという絶望をどう乗り越えるのか。
佐賀県の取引先の取締役部長の言葉も、解決する一つの要素だと思います。
それだけでは、足りないです。

多かれ少なかれ、長いか短いか、誰もが同じ思いを抱きます。
自分と比較して、自分よりいいと思う人に絶望の表情が浮かび、ああ自分と同じだと安心する。
それはわずか一瞬の安堵であり、その不安は増幅して自らに帰ってくる。
増幅した思いを解消するのに、更にエスカレートして行く。
悪い渦はスピードを増し、拡大する。

この流れをどう止める。
まして、他人を巻き込んでいい道理はない。

誰もが同じである事。
だからこそ、人は支えあい、互いを理解しようと取り組む。
ひとりよがりの絶望で、誰かを巻き込んで、その思いを解決する方法はない事に気づかなければならない。
自分だけではない事を知り、気づかなければならない。

誰もが、人に言えない事情を抱えて生きている。

スタートラインは、人それぞれだと思います。
苦しい思いを抱え、絶望を抱え、声を上げる時、誰かがその声をに気づきます。。
最初の一声をあげる事が、とても勇気のいる事。
何度も繰り返さないと、気づいてもらえない事もあると思います。
毎日に必死で、そんな気持ちすら持てない事もあると思います。
くじけてしまいそうな日があると思います。
また、そういう辛い気持ちにつけ込み、それを利用しようとする悪い人もいます。

標題で借用しました映画「茜色に焼かれる」。
評価が極端に分かれる映画だと思います。
この世を生きる狂気が満載で、これでもかと不幸が続きます。
しかし、たくましく生きる登場人物に、私は佐賀の取締役部長さんの言葉を重ねる事があります。

https://youtu.be/4OKSXJhfZKE

2023年9月 7日 (木)

バッハに癒される。

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映画「マチネの終わりに」の中で、石田ゆり子さん演じる小峰洋子が、福山雅治さん演じる蒔野聡史が演奏するバッハの音楽に癒されるというセリフがありました。
劇中の蒔野聡史はギター奏者です。
その作品であるCDを聴くシーンがあります。

この映画は楽しく観ました。
原作も読みました。
石田ゆり子さんは、品があって、きれいだなと思います。
そんな事ではなく、その台詞が印象に残っていました。

私にはバッハは無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータなど、心穏やかに聴く事が出来ない印象が強くありました。
勿論、好みがあります。
音楽の父、偉大なバッハの本当にわずかな部分であり、その深淵は到底、自分には理解が及びません。

私の大好きなヘヴィメタルやロックのプレイヤーの中でも、バッハを尊敬している人は多くいます。
表現方法は違えど、「これ、シャコンヌ」と思うプレイもたくさんあります。

話を戻しまして、バッハで癒される事。
先日、自分の所蔵CDにスタニスラフ・ブーニンの「バッハ・リサイタル」がある事を思い出しました。
早速、聴きました。

映画の台詞が記憶に残る事が、わかりました。
私も同じ思いをした事があるのです。

映画の中で中心となるエピソードをもとにした「幸福の硬貨 組曲」もいいですね。
また、脱線しました。
小さな音で、このブーニンのアルバムを響かせると、とても落ち着きます。
夜中に、近所迷惑にならないようにです。

スタニスラフ・ブーニン 「バッハ・リサイタル」

2023年8月30日 (水)

チェロの音。

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テレビで観た、旭化成不動産レジデンスのCMでチェリストの演奏している姿がありました。
ネットで検索すると崎元 蘭奈さんという方。
演奏している姿、とても美しい。

チェロの音は哀愁を帯び、その音色が人を酔わせる。
よく様々に表現されます。

北の国からで、蛍の不倫相手の先生はチェリストという設定、その人の話になるとエレジーが流れます。
道ならぬ恋に、その響きが迫ります。

私はジャクリーヌ・デュプレが好きです。
彼女に弾くエルガーのチェロ協奏曲を、初めて聴いた時の衝撃は忘れられないです。

先日、チェロ・アンサブル・サイトウのアルバムを聴きました。
チェリストでもあった齊藤秀雄先生を師事されてた方々の集まりで、企画されたアルバムです。
バッハのシャコンヌ、チャイコフスキーの弦楽セレナーデなどが編曲され収録されています。

ヴァイオリンでは息が詰まるような迫力のシャコンヌが、チェロでは、とてもやさしさを醸し出します。
宝物を探し当てた、そんな気持ちになりました。

陳腐な表現ですが、チェリストのジャパンアヴェンジャーズ。
いいアルバムに出会えました。

ブルッフの「コル・ニドライ」。
ドヴォルザークのチェロ協奏曲CDにカップリングされていました。
フルニエの演奏です。
その時も、チェロという楽器に魅せらられました。

2023年5月29日 (月)

「goodbye soldier」戦士はあなたです。

ティナ・ターナーの訃報。

マッドマックス サンダードーム(原題: Mad Max Beyond Thunderdome)に出演しており、アイク&ティナ・ターナー(Ike & Tina Turner)より、印象が強いです。
この映画の主題歌であった「We Don't Need Another Hero」と映画のラスト「goodbye soldier」と言ったティナ・ターナーのセリフが強く印象にあります。
映画公開時は、まだ学生でした。

映画は前二作と異なり、子供も登場する事から、少しファンタスティックです。
殆ど忘れてしまいましたが、面白く観た記憶はあります。

アイクとティナの関係は、デュオが絶頂期を迎えた後、夫婦間の様々な違いから関係は破綻したとの事。
DVがあり、アイクに向かって「大切にして欲しい」と歌うティナに、結果から考えるとさびしさが募ります。

好きなのに、束縛、妬み、それが変化して、愛情が凶器の刃に変わります。
ギリシャ悲劇からも物語としてある、同じように続く男女の物語に胸が痛みます。

愛蔵のCDから、ベスト盤を聴きました。
やつぱり「We Don't Need Another Hero」が好きです。

goodbye soldier
戦士はあなたです。

ティナ・ターナー、家庭内暴力を乗り越え自立した女性をめざして 歌で世界に愛と勇気を与えた生涯

2023年5月28日 (日)

泣きすぎて、自分が水滴になりそうだ。

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小説や映画は、いろいろな人の人生を疑似体験し、その物語の中に引き込まれてゆきます。
私はハラハラドキドキする映画よりも、静かに淡々と進む物語が引き込まれやすい気がします。
非日常として疑似体験や、物語の傍観者となり溶けている思いが、何かの拍子によみがえる事があります。

映画「ムーンライト」の劇中のセリフです。

「泣きすぎて、自分が水滴になりそうだ」

こんなに切ない言葉があっただろうか…と思いました。
何か思い出すきっかけがあったのではなく、会社からの帰り道、運転中にふと浮かんだのです。

子供が習い事を始めるのは、4歳からとマスコミが報道していました。
時代背景が異なりますので、自分と比較は適当ではありません。
私は小学校に入学してまもなく、やむを得ない事情で書道教室へ通う事となりました。

自分の長男は、歌うことが大好きで、3歳からピアノを始めました。
二男は年少さんから、水泳でした。
水遊びの延長からで、選手を目指すという事ではなく、身体を動かす事が優先でした。

今、家庭の事情で習い事をしたくても、出来ない子も多いとの事。
学校で遊んでいた友達が、習い事があるから帰る…と言われた時のさびしさは私も経験があります。
小学1年生の間は、親に勉強しなさいと言われる事もなく、中学生になるまでは学習塾へも通っていませんでした。
書道教室は土曜日の午後で、憂鬱でした。
当時土曜日は半日授業でしたので、お腹は空くし、帰っても遊べない事は嫌でした。

そうして育ってきた私は、自分の子供にも強制はしませんでした。

でも、通いたくても通えない。
これは辛いと思います。
マスコミの報道は、習い事でいっぱいの毎日と習い事が出来ない境遇の子供を比較する内容でした。
子供はその事情を、家庭の事情を理解しています。

例えば3人で遊んでいて、その内2人が同じ習い事はあるから帰る。
しかも、ふたりは同じ習い事。
そんな時の疎外感は、たまらないです。
つまらないです。
ひとりぼっちです。
さびしいです。

私は習い事は嫌だったけれど、なんだかテンションが急に下がります。

なんだか孤独で、どうせ家は…というあきらめ。
環境が厳しくても、頑張る人はいます。
それを標準として、すべての結果を自己責任という便利な言葉で解決するのは乱暴です。

映画「ムーンライト」には、こんなセリフもあります。

「自分の道は自分で決めろよ。周りに決めさせるな」

映画のストーリーに触れるので避けますが、様々な事がひとつの面だけでない事を示唆します。
派手な映画ではないですが、ひとりの男性の人生を通し、いろいろ考える事と感じる事がありました。