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2023年10月 4日 (水)

現実と思い込み。

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ジャニーズ事務所の問題は、マスコミを連日にぎわせ、ニュース番組のトップになります。
同じ内容が繰り返され続け、少々食傷気味です。

ベストセラーになったファクトフルネス。
先日ブックオフで、同書がワンコイン(500円)で販売されていました。
良書なので、多くの人の目に触れるといいな…とその時思いました。

この第9章犯人捜し本能「誰かを責めれば物事は解決する」という思い込み…があります。
犯人捜し本能を抑えるには、誰かを責めても問題は解決しないと肝に銘じよう…とあります。

マスコミは、世界中で発生している不幸な状況を報道します。
マスコミの使命でもありますが、視聴者の関心をひくためにも、センセーショナルであったりします。
我々はそれを注視します。

自分の環境と比較して、恵まれている事を認識し、安堵します。
過酷な環境にある人々へ、憐憫の情を送ります。
私を含む人は、どうしても否定できない、そういうところがあります。

フジテレビのワイドナショーで、ダウンタウンの松本さんが言っていた事。
その後はどうなったのか。
それが、とても大切な事だと思う事があります。

人の不幸は蜜の味で、大きな変化の無い話は退屈な事柄なのかもしれません。
でも、それが思い込みを解消して行く大きなファクターなのだと、著者の意見に賛同するのです。

同書は豊富な図案とわかりやすい表現で、とても読みやすい本でした。
我々が陥りやすい事例が豊富で、誰でも思い当たる部分があるのではないか。

ネットニュースなど、センセーショナルなるで思い込みを誘発しやすい記事があふれています。
それを冷静に判断するとは、どういう事か。
とてもわかりやすいと感じたのです。

しかし、目前の厳しい現実に対し、世界は良く、良い方向に変化していますと理解するのは難しいです。
でも、事例は希望に変化する事がある。
約2年前に、新型コロナウィルスをただセンセーショナルに伝えるワイドショーを、冷静な目で見る事が養えるヒントがあります。

訳者さんのあとがきが、この本の性格を言い当てていると思います。

この本が世の中に残る一冊になるだろうと考える理由は、この本の教えが「世界の姿」だけではなく、「自分の姿」を見せてくれるからです。
知識不足で傲慢な自分、焦って間違った判断をしてしまう自分。
他人をステレオタイプにはめてしまう自分、誰かを責めたくなってしまう自分。
そんな自分に気づかせてくれ、少しだけ「待てよ、これは例の本能では?」とブレーキをかける役に立ってくれるのが、ファクトフルネスなのでしょう。

ファクトフルネス /  ハンス・ロスリング、 オーラロスリング、 アンナ・ロスリング・ロンランド
P340

2022年5月30日 (月)

お腹いっぱい食べる。

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記憶には様々な音や匂いが含まれている事があると思います。

今、東京は梅雨と夏の前、窓を開けていて気持ちのいい、わずかな期間です。
帰宅時に歩いていると、それぞれのお宅から料理の匂いがしてきます。
カレーは勿論、サバの味噌煮込みや揚げ物の匂い。
調理をする音。

その家の住人は知らないのですが、温かい食卓を囲む、そんな風景を想像してしまいます。
何もわからないのですがね。

今日という一日を生きた…と思います。

そして匂いや音は、過去の記憶を呼び覚ます事があります。
毎日暗くなるまで外で遊び、帰ってくると家にはそのまま入れてくれません。
庭の水道で手足を洗い、玄関から風呂場まで四つん這いで行きます。

その後はお腹いっぱい食べる。
「今日はゴジラの映画が21時からテレビであるから、夜更かして観ていいよ」と言われます。
8時だよ全員集合を観て大笑いをし、映画が始まるのを待ちます。
しかし、眠くて映画が始まるまで起きていられません。

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ブルッフが作曲した「コルニドライ」が大好きです。
ユダヤ教の祭日に歌われる典礼歌のメロディが取り入れられているとの事。
チェロと管弦楽の協奏曲です。
私はオーケストラで演奏される、ハープの音がまた大好きです。

哀切なチェロの音が、やさしいメロディと共に様々な事を呼び覚まします。
温かな部屋に灯る、やさしい灯り…そんな楽曲です。

それは繰り返される日常。
でも、いつまでもそのままでは行かない。

子供は大人になる。
大人は老いて行く。
そんな無常観も感じてしまうのです。

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そして先日、ラジオ番組に出演していた赤石千衣子さんの話を聞きました。
赤石千衣子さんはNPO法人しんぐるまざあず・ふぉーらむの理事長を務められている方と伺いました。

シングルマザーの家庭で、困窮を極めている家庭がある。
普通であれば、母親は子供がお腹いっぱい食べる姿を、とてもうれしく思う。
しかし、困窮を極めた家庭では、明日の分も自分の分も食べてしまう、その子供を憎らしく思う瞬間がある。

その思いに気づいた自分を、なんて酷い親だと自らを攻めてしまう。
こんなに辛い事があるだろうかと私は思います。

様々なところで、食事を頂く機会がありました。
幼い頃は「たくさん食べて、大きくなりなさい」と言われました。
若い頃は「若者はしっかり、たくさん食べなければ身体がもたないよ」と言われました。
言われながら、たくさん食べさせてもらってきました。
社会人になってからも、様々な場所で歓待をしてもらいました。

お腹いっぱい食べる。
それが、したくても出来ない。

「コルニドライ」のメロディはやさしいです。
誰もがお腹いっぱい食べて、安心して休める世界。
それをイメージさせるのです。

そんな世界を希求するのです。

2021年12月19日 (日)

理不尽とは理にかなわない仕方で行うこと。その態度や様子。

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成績は負け越し。
私は中学は柔道、高校大学と続けて空手の鍛錬にいそしみました。

その生涯成績です。
勝つ事が少なかったから、勝敗数の記録をしていませんでした。

そんな事でしたが、周りの人の声援もあり、続けていてよかったと思う事も残せました。
何より、何度も挫折し、何度も悔しい思いをし、自分の限界を勝手に感じ、投げ出そうと思うところから、なんとか立ち直る力を、少し学ぶ事が出来ました。

いつも誰かが、励ましてくれていたと思います。

大阪北新地の心療内科クリニック火災は時間を追うごとに、厳しい情報が追加されて行きます。
その報道を見ていた時、同じクリニックに通院する女性のインタビューが放映されました。

通っていた人たちは、一度諦めた自分の人生を立て直すために、もがいていた人たちなのに…。
こんな形で彼らの人生が終わってしまったことは、絶対に許されない。

バッハの無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第2番ニ短調BMV1004です。
バッハは自身の奥さんが病に侵される理不尽を心に抱え、この楽曲を作曲したと教えてくれた人がいました。

理不尽な事に、苦しい事に、果敢に闘い、もう一度立ち上がるんだ。
その途上の、トンネルの先に見え始めた灯りを目指して立ち上がり、そして歩き始めた。
その矢先の無念は、例えようもないです。

亡くなられた方々のご冥福をお祈りいたします。

2021年5月 3日 (月)

「買わない。先ずは逃げるよ」

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アメリカで、アジア人が差別の標的となっているとのニュースが少し前にありました。
本日正午のニュースでは、その報道を受ける様に新たなニュースがありました。

アジア系住民への暴力相次ぎ警察が護身術講習会 ニューヨーク
2021年05月03日月曜日 NHKニュース

ニューヨークの警察が主催し、護身術を教えているとの報道でした。

そんな状況になっている事が、率直に悲しいですが、この問題の根は広く深すぎます。
今、ここでこの事に触れる事は適当ではないと思います。

私は高校、大学と空手の稽古にいそしみました。
毎日の鍛錬は単調で、厳しい稽古が続きます。

しかし、その単調で厳しい稽古は、いつしか自らの身体に刻まれて、意識せずにその動きが可能となります。
それを実感した瞬間に、いかにその単調で厳しい稽古が必要なのかを知りました。
わずか7年間の学生時代に経験をした事なので、その深淵の淵にもたどり着いていないのが本当だと思います。

ニュース映像は切り取り方です。
その映像では、かなり技術を必要とするものもありました。

また、その技が決まった際に、その次に続く相手の反応と次の手を考えると背筋が冷たくなる部分がありました。
決まった時の相手のダメージとその姿。
相手が逆上した時の対処。
それでも、多くの人がその必要性を共通して認識する事は、現場の緊急性を伝える証と感じました。

私は暴力が嫌いだし、怖いです。
だから、空手の鍛錬に取り組みました。

鍛錬を始めれば、使ってみたくなる。
こういう事がよく言われます。

空手の世界に入り、本当に強い、桁違いの強さを持つ人を知ります。
すると、反対にその事が恐怖の源泉にもなります。

もし、今相対している相手が本当に強い、桁違いの強さの人だとしたら…。

鍛錬して行く中で、試合があり、稽古では組手もあります。
この恐怖を乗り越えないと、身体は硬直し、鍛錬の成果を示す事は出来ません。
それには、単調で厳しい基礎となる稽古を繰り返しする事しかありません。
基礎を身体で覚える事、この大切さを思います。

私の生涯成績はきっと負け越しです。
説得力には欠ける…そんな話ですね。

報道されたニュースに、一抹の不安を感じたのです。

…余談です。

職場で学生時代に日本拳法部の主将だった人と、しばらく一緒に仕事をした事があります。
大学時代は泣く子も黙る人で有名人です。
外見はそんな過去を気づかせる事はないと思います。

今でも盟友です。

その彼と私がいるところで、後輩が聞いてきました。
「もし、路上で知らない人からケンカを売られたら、買いますか?」
私たちは、期せずして声を合わせて答えました。

「買わない。先ずは逃げるよ」

同じ思いでした。

2021年3月 3日 (水)

全世界へ誤解を恐れず意思を表明する覚悟。

自分の意思を表明する事は、時として勇気が必要な場面が多いと思います。
時として称賛される事もあれば、避難される事もあります。
特に表明した意思に対する事よりも別の意思、例えば悪意を持ったそれは、深く傷つく事となります。

言葉のコミュニケーションは地球の生物として、明確に確認できるのは人間だけとされています。
しかし、その言葉も話す人と聞く人の文化の違いで大きく異なる事が多々あります。

例えば「青空」。

今日はいい天気で素敵な「青空」だと私が言った時の事。
カルフォルニア出身の彼は「この程度は青空に入らない」と言いました。

東京が薄曇りと感じるその日。
北陸から来た取引先は、久しぶりに「青空」を見たと言いました。

同じ「青空」という言葉でも、人によりその感覚は様々です。
同じ言葉でも、それぐらい伝わり方も、受け取り方も違います。
故に意思を統一するには、繰り返し互いの言葉を尽くす必要があると考えるのです。

自分の意思以上に伝わり、相手がとてもよく受け取ってくれる。
傷つけるつもりはないのに、言葉が刃となって相手を傷つける。
人間が便利に使う言葉というものが、便利にも不便にもなります。

全ての文章は必ず書き手の意思を反映します。
目的がない文章は、書き方か漢字練習ぐらいですね。

アメリカのバイデン大統領の就任式で、自らが作り上げた誌を朗読したアマンダ・ゴーマンさん。
22歳と言う若さ、言語障害というハンデ、そして全米へ、全世界へ誤解を恐れず意思を表明する覚悟。
素晴らしいです。

We lay down our arms so we can reach out our arms to one another.
We seek harm to none and harmony for all.

Let the globe, if nothing else, say this is true
That even as we grieved, we grew.
That even as we hurt, we hoped.
That even as we tired, we tried.

私たちはお互いに手を差し伸べることができるように、振り上げた手を下ろす。
私たちは誰も傷つけない、すべての人との調和のため。

地球上に何もなくても、これが真実だと言おう。
私たちは悲しみながらも、成長した。
私たちは傷つきながらも、希望を持った。
たとえ疲れても、挑戦した。

「The Hill We Climb(私たちが登る丘)」より抜粋。
アマンダ・ゴーマン

あやしい和訳 ケンシロウ

目撃された宇宙人が、地球人に話しかける。
その体験をした人々は言語ではなく、脳に語りかけられるようだったと話すのを聞いた事があります。

骨伝導よろしく、言葉というフィルターを通さずに意思の疎通が可能となる。
これならば、誤解はなく的確に伝わるかもしれません。

でも、考えている事が全て伝わってしまったら、それはそれで余計な問題も起こりそうです。
街できれいな人を見かけて、きれいな人と思った事が、そのきれいな人にいちいち伝わったら大変です。

言葉は様々な不便を乗り越えなければなりませんが、それは神様が人間に与えたレッスンかもしれません。
自分の思いを相手にどう伝えるか。
それは言葉だけでなく、生き方そのものであったりもします。
また、反対に言葉が凶器になる事を認識する事も、人として成長してゆく過程で必要。
そうレッスンの一環として、人間の課題にしたと思います。

抜粋したアマンダ・ゴーマンさんの詩の、この部分が好きです。
我々が理解をする努力をあきらめずに続け、いつかその努力が実る日が来る事を予感させてくれます。

22歳の時に、自分はこんな事を考えられなかったなぁ…。