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2025年6月

2025年6月26日 (木)

さだまさしさんの名曲「親父のいちばん長い日」は最初中途半端に長かった。

Akatsuki220

さだまさしさんの名曲「親父のいちばん長い日」。
この曲には、私自身の特別な思い出があります。

私がまだ小さかった頃、おふくろがテレビ番組からこの曲を録音してくれました。
当時はそれが全曲だと思っていて、擦り切れるほど聴き込んだものです。
特に、アコースティックギターの弾き語りから始まり、徐々に音の厚みを増していく構成が大好きでした。

さだまさしさんといえば、この曲が発売された当時から既に人気歌手でしたよね。
私のおふくろも勿論、さだまさしさんの大ファンで、一回り年の違ういとこが熱心に聴いていた影響も大きかったようです。
そのいとこも、私が幼い頃からよくさだまさしさんの曲を聴かせてくれたので、私も自然と彼の音楽に親しんでいきました。

さだまさしさんが主演された映画「飛べ!イカロスの翼」の主題歌だった「道化師のソネット」も、本当に心に残る名曲です。
今でもCMなどで使われていることがあるかもしれませんね。

そして、「親父のいちばん長い日」は、当時としては珍しい12cmの45回転シングルレコードとして発売されたことでも話題になりました。
通常のシングル盤より大きく、LPのような存在感がありながら、45回転で鮮明な音質が楽しめるという、まさに斬新な試みでした。
ジャケットには、確か指揮者の山本直純さんが写っていらっしゃいましたね。
その豪華な共演も、この曲が持つスケールの大きさを物語っていたように思います。

先日、車で移動中にふとこの曲を耳にしたんです。
その瞬間、かつておふくろが録音してくれた4コーラスまでの記憶が蘇りました。

しかし、ある時、初めてこの曲の全6コーラスを聴く機会があったんです。
その時、私は初めて知りました。
私が聴き続けていたのは、4コーラスまでだったということを。
カセットテープは時間切れだったのです。

そして、その瞬間の衝撃と感動は忘れられません。
4コーラス目が終わり、訪れる間奏。
その間奏が、まるでクライマックスへと誘うかのように、聴く者の心を高ぶらせるんです。
そして、迎える5コーラス目からの展開!
ギターの弾き語りから始まった楽曲が、壮大なオーケストラへと姿を変え、クライマックスをこれ以上ないほどに盛り上げていく。

それはまるで、楽曲の主人公が人生の困難を乗り越え、成長していく姿と重なるようでした。
4コーラスまでの物語も素晴らしいけれど、その先の展開で、曲全体の深みやメッセージ性が何倍にも増幅されるのを感じました。

■「親父」になって聴く、新たな感動

学生時代にこの曲を聴いていた頃は、もちろん感動はありました。
しかし、自分が親となり、子供を持つ立場になって改めて聴くと、その所感は全く違うものになります。

かつては主人公の成長に心を重ねていたけれど、今は歌詞に出てくる「親父」の気持ちが、より深く、より切実に胸に響くのです。
子供への愛情、心配、そして見守る眼差し。
学生時代には気づかなかった、親としての葛藤や喜び、日々の積み重ねが、この曲の隅々にまで散りばめられているように感じられます。

特に、クライマックスのオーケストラが盛り上がるところでは、親としての人生の重みや、子供への尽きることのない願いが、まるで音になって押し寄せてくるようです。
まさに、時代を超えて、聴く人の人生のフェーズによって感じ方が変わる、稀代の名曲だと改めて確信しました。

もし、まだ4コーラスまでしか聴いたことがない方がいらっしゃったら、ぜひ一度、全編を通して聴いてみてください(そんな人いないですね)。
それが、この楽曲への思いを更に強くしたと思います。
そして、もしあなたが親の立場であれば、きっと私と同じように、新たな感動が待っているはずです。

2025年6月 9日 (月)

人間ドラマと音楽の融合!ベートーヴェン弦楽四重奏曲第14番と映画「25年目の弦楽四重奏」、そして200年前の「ヘヴィメタル」

Akatsuki220

音楽は人間が作るものであり、それはまさに人間ドラマ。
そんな事を思う映画があります。
映画「25年目の弦楽四重奏」はとても印象に残っている映画です。

この映画は、長年活動を共にしてきた世界的に有名な弦楽四重奏団「フーガ」に、チェリストのピーター(クリストファー・ウォーケン)がパーキンソン病を患い引退を宣言するという衝撃的な出来事が起きることから物語が展開します。
この出来事をきっかけに、これまで完璧なハーモニーを奏でてきた彼らの人間関係に軋轢が生じ、隠されていたそれぞれの葛藤やエゴが露わになっていきます。

そして、彼らがこの記念すべき年に演奏曲として選んだのが、まさにベートーヴェンの弦楽四重奏曲第14番 作品131なのです。
この曲は、7つの楽章が休みなく演奏されるという特徴を持っています。
映画の中では、この曲の「途切れることなく続いていく」という性質が、四重奏団のメンバーの関係性や人生そのもののメタファーとして非常に効果的に使われています。

■なぜこの曲が映画のモチーフになったのか。

映画のテーマである「25年という長い年月を共に過ごし、様々な困難に直面しながらも、途切れることなく演奏を続けてきた四重奏団の絆と変化」と深く結びつけていると思います。
ピーターが病気により引退を余儀なくされることで、その「途切れない」という関係性に変化が訪れ、メンバーそれぞれが新たな「間」や「不協和音」に直面する様が描かれています。
絶対的な、カリスマ的なリーダーがいなくなると、様々な組織で少なからず発生する問題です。

ベートーヴェンの弦楽四重奏曲第14番は深遠な内容と感情の揺れ動き、後期作品の中でも特に内省的で深遠、そして激しい感情の起伏が伴うと感じています。
それはまさに、映画の登場人物たちの複雑な心情や人間関係の葛藤と見事に呼応させています。
音楽に映画が呼応している…と言うべきでしょうか。
クリストファー・ウォーケン、フィリップ・シーモア・ホフマン、キャサリン・キーナーといった実力派俳優たちが素晴らしい演技を見せており、音楽だけでなく、もう人間ドラマです。
この映画が、弦楽四重奏曲第14番が持つ多面的な魅力、そしてそれが人生や人間関係といかに深く結びつき得るかを改めて感じます。
作品の深淵と映画の人間のドラマがリンクすると思うのです。

■私には、このベートーヴェン弦楽四重奏曲第14番は「ヘヴィメタル」です。

ベートーヴェンの弦楽四重奏曲第14番は、その全体を通して激しさ、情熱、そして圧倒的なドラマ性に満ちています。
特に終楽章(第7楽章)は、その感覚はさらに強まります。
冒頭から休みなく続く力強いテーマ、目まぐるしく変化する複雑なパッセージ、そして一瞬たりとも気が抜けないような緊迫感は、ヘヴィメタルが持つ爆発的なエネルギーや、リスナーを惹き込むドラマティックな展開と同じです。

暗く重厚な響き、時に不協和音すれすれの激しい音のぶつかり合いは、ヘヴィメタルが持つダークでシリアスな雰囲気と重なる部分があります。
ベートーヴェンが19世紀初頭に生み出したこの音楽が、約200年後の現代において、全く異なるジャンルの音楽にまで繋がりを感じさせるというのは、彼の音楽がいかに普遍的で革新的であったかを示す証拠です。

特に第一ヴァイオリンと第二バイオリンが奏でる、まるで「ツイン・ギター」の様な衝撃。
この「ヘヴィメタル」感覚を特に強めます。
第一ヴァイオリンと第二ヴァイオリンの掛け合いです。

ヘヴィメタルにおけるツイン・ギターの役割。
二本のギターがユニゾンで強烈なリフを刻んだり、複雑なハーモニーを生み出したりすることで、楽曲に厚みと推進力を与えます。

ベートーヴェンの終楽章におけるヴァイオリンは、まさにこのツイン・ギターのような効果を発揮しています。
もちろん、ベートーヴェンの時代にヘヴィメタルは存在しませんが、彼の音楽が持つ革新性や力強さは、後の時代に生まれたヘヴィメタルというジャンルにさえ通じる…と私は感じています。

分厚い音圧と迫力。
時に両者が一体となって同じメロディやフレーズを演奏する場面は、単独のヴァイオリンでは出せないような圧倒的な音圧と迫力を生み出します。
まるでヘヴィメタルバンドが曲の核となるリフを分厚く演奏するかのようです。
そして、目まぐるしいパッセージや速いフレーズを交互に、あるいは同時に繰り出すことで、音楽全体に圧倒的な疾走感とアグレッシブさを与えます。
スラッシュメタルの速弾きや、テクニカルなリフの応酬を聴いているかのような感覚を覚えます。
ヴァイオリンが単なるメロディ楽器としてだけでなく、楽曲全体の推進力と構成を担う「エンジン」として機能している様は、ベートーヴェンの音楽の先見性を感じさせます。

もちろん、ベートーヴェンはヘヴィメタルというジャンルを知る由もありませんでした。
しかし、彼の音楽に宿る原始的な力強さ、感情の爆発、そして圧倒的な音楽体験は、ジャンルや時代を超えて、ヘヴィメタルが持つ精神性と深く通じ合っているのではないでしょうか。

ベートーヴェンの弦楽四重奏曲第14番は、古典音楽の枠を超え、現代の音楽ファンにも新たな発見と興奮を与え続けるものです。
200年以上前の「ヘヴィメタル」です。

よく音楽番組で、クラッシックとヘヴィメタルの相関性は取り上げられます。
また、アーティストにも、その事を否定しない方は多くいます。

今日の通勤は勿論、この楽曲です。
演奏はAlban Berg Quartetです。

クラッシックなんて、弦楽四重奏曲なんて…と思っている方に是非。
映画を観てから、弦楽四重奏曲第14番を聴くのがお勧めです。
どうしてもという方には、第7楽章だけでも。
必ず大音量で、お聴きください。

あなたの音楽観が変わるかもしれません。

映画「25年目の弦楽四重奏」

2025年6月 5日 (木)

私だって怖かったのに…。

Akatsuki220

先日、東名高速で発生した事故のニュースは衝撃的でした。
一般道の東名高速の港跨道橋から車が、高速道路上に落下。
運転手は幼い子供ふたりを現場に残し、警察への通報も無しに去ったとの事。

8歳の姉、7歳の弟が残された。
7歳の弟が泣いて怖がるのを、8歳の姉がなだめていたとの事。

お姉ちゃんの役割を果たしていた。
自分と1歳しか違わない、幼い弟のために。
本当は自分だって怖くて、泣きたく仕方がなかっただろうに。

原田マハさんの短編小説集「常設展示室」の最後の物語を思い出しました。

道 La Strada

作品を通じ、記憶と心がよみがえる物語です。
最後にこのストーリーが配置されており、最後まで猛烈な速度で読んだ事を覚えています。
作品(表現)とは、その人が、その思いが投影される、人間の表現である事を感じさせられます。

そして、そこには兄と妹の物語があります。

不幸にして事故にあったふたりの姉弟が、これから安心して暮らせる環境である事を祈ります。

常設展示室
https://www.shinchosha.co.jp/book/331754/

2025年6月 2日 (月)

私の「執念」は、時に反作用を起こす。

Akatsuki220

ひとつ前の記事と少し相反する話となります。

長男が小学校に入学して、最初に隣の席になった女の子が、とても好意を寄せてくれていました。
まだ小学校も低学年の頃だったと思います。
その女の子が息子の折り紙を、家に持って帰ってしまったとの事。
当の息子は、ランドセルがなくなるぐらいでなければ気がつかない大まぬけです。
そんなところだけは、父親に似ています。

お母さんが、その子と一緒に謝り方々折り紙を返しに来ました。
当然、息子は何にも気づいていません。
その子のお母さんは、人のものを黙って持って帰ってはいけないと教える事が目的です。
妻は恐縮し、その子をいたわる言葉をかけました。

折り紙が欲しかったのではなく、息子が使っていたから持って帰った。
その子のお母さんも、妻も、私もわかります。

ふたりは同じ中学に進学します。
中学生になって、恋は日々の事の中で大きな位置を占めます。
ある日、彼女が友達と公園で恋バナをしていて、公園の壁に我が家の苗字と自分の名前を重ねて書いたのです。
そんな事、誰でも授業中にノートの隅に書く事があった話です。

ところが、そんな他愛ない事を誰かが学校に通報したのです。

その事実は学校で、知られる事実となったでしょう。
我が家にもその話が入ってきたのですから、間違いない。
なんて無粋な。

そして、彼女は大きな賭けにでます。
中学3年生のバレンタインデーに意を決した彼女が、手作りのチョコレートを届けに来ました。
同じ高校には進学しません。
そのチョコレートは、母親と一緒に作ったものでした。

その恋は実りませんでした。
親が何を言っても始まりません。

彼女の小学生の時から続く片思いに、彼女の事を思えばとても切なくて、やるせない思いでした。
長い間の思いに、望まない決着を付けなければならない。
ずっとあなたの事が好きだった…こんな続く思いに、私の執念は反作用を起こす事があります。

最近、映画化された「花まんま」
朱川湊人さんの原作を読んだの、ずいぶん昔だった気がします。
この時も、涙なくては読めなかったです。
映画を観てもやっぱり、涙でした。

亡くした子供への思い。
亡くなった方を忘れられない、というのもまた、その人との絆や思い出を深く心に刻み続ける「執念」の一種と言えるでしょう。
それは、過去を大切にし、故人を敬う気持ちの表れです。
単なる復讐心や自己実現だけでなく、私の執念は反作用を起こす事があります。

ブルッフのヴァイオリン協奏曲第2番。
第1楽章は遠く離れた愛する人の安否を気遣う気持ちが、不安を感じさせるメロディーとなります。
大切な人は、連絡も取れない戦地にいる。
そして、終楽章となる第3楽章は、その再会が喜びをもって表現されます。
それは、先ほどまで枯れていた野に、色とりどりの花が次々と咲いてゆく。
地の果てまで続く、その喜びを表現している様に、私は感じるのです。
聴くたびに、しあわせな気持ちになります。
遠くにいる人の安全をずっと祈っている、私の執念は反作用を起こす事があります。

執念は目標達成のエネルギーとしてだけでなく、人を深く愛し、記憶を大切にし、祈り続ける力にもなり得る。
都合がよすぎますかね。

「OASIS」の「TOLK TONIGHT」がいい。

I wanna talk tonight
Until the morning light
Bout how you saved my life
Yon and me see how we are
Yon and me see how we are

今夜は君と語り明かしたい
空が朝焼け色に染まるまで
君の存在がどんな風に俺を救ったか
ふたりの関係がどのくらい重要で
ふたりの関係がどの程度シリアスか

出典:アルバム「STOP THE CLOCKS」より
 対訳 児島由紀子さん

「執念」の「反作用」とは、おそらく、コントロールできない状況や、どうすることもできない切ない現実に直面した際に、その強い感情が哀しみや共感といった形に転じることを指しているかもしれません。
やっぱり、かっこよすぎるかな。

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