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2024年11月

2024年11月29日 (金)

傍若無人に合図もなく合流する車に腹が立つ事がある。

Akatsuki214

徳大寺さんの著書(間違いだらけの車選びシリーズ)で、しばらくスカイラインは厳しい評価だった。
自分が乗り継いでいる頃の事。
行間からは、期待と愛情がある故に厳しい評価となる事を感じていた。

書籍に書かれていた事で、スカイラインのオーナーを満足させる要素とした、忘れられない言葉がある。
スカイラインは当時、インターテックなどの市販車ベースのレースで活躍。

本気を出して走ったなら、スカイラインは速い。

これがスカイラインオーナーを満足させる要素のひとつ。
高速道路や公道で抜かれる事があっても、王者のプライドで寛容になる。
「その気になったら、速いんだよ」と見送る。

なるほど、同じ気持ちになった記憶がある。

大型ミニバンのキャッチコピーに「圧倒するか、圧倒されるか」というのがあった。
車の性格を表している、的確なコピーだなと思う。
私は車も生き方も、羊の皮をかぶった狼の方が好きだ。

今、通勤で日産のノートを使用している。
快適で、加速も取り回しもすこぶるいい。
ターボとは違うが、電気モータが回る、ロータリーエンジンに似た加速はとてもいい。

朝の通勤時は道路が混雑する。
幹線道路には多くの合流有り、橋や信号がある。

例えば、合流で1台譲る。
首都高速の合流などは特にそうだが、それぞれ幹線から順番に合流する。
日本人のいいところ。
合流後に合図をする事もある。

譲った車の長さが4メートルとして、目的地に到着するのは1秒と違いがないだろう。
交通事情は刻々と変わるが、目くじら立てる事ではない。
ところが、近頃傍若無人に合図もなく合流する車に腹が立つ事がある。

歳をとったのか。
スカイラインの王者の風格がないからなのか。
または、これが荒れる老人の始まりなのか。

そんな事ぐらいで腹を立てない、年長者の余裕がない事がある。
ペースの遅い車が走っていても、自分の親父もこんな具合なのかもしれないと思えば腹が立たない。
初心者マークの車が暗い夜道を先頭で走っていれば、慣れないドライバーは怖いだろうなとも考える。
ハンドルにしがみつくように運転しながら、目が血走り必死な形相で、不安なんだろうなと思う。

なのに、合図もなく合流する車に腹が立つ事がある。

自身でわかっている事がある。
流れでスムーズに合流している時、合図は不要だと思っている。
腹が立つのは、合流できるように譲った時に、合図がない事に腹を立てるのだ。
自分が反対の立場なら、必ず合図をするので、ないと愉快じゃない。

でもこれは、自らの気持ちに対し、見返りを求める気持ちがどこかにある事を承知している。
人は誰かにした事は覚えているが、された事は忘れてしまう事が多い。
誰かを傷つけた事も、平気で忘れられるのだ。
同じような事だ。

もっと大人の余裕を持たなければ。
圧倒するか、圧倒されるかなんて走り方は嫌だ。
美しく、でも秘めた能力をたずさえて走る大人の余裕を。

2024年11月28日 (木)

上司は神様ではありません。

Akatsuki214

先日、中間管理職からの相談。
内容は30歳前後の社員の事。

業務中の指図を素直に聞かない。
いちいち口答えする。

怒鳴られて、背中を見て覚えろと言われた最後の世代である中間管理職には、納得のいかない存在。

危険な事が予見される環境では、問題だなと私の認識。
中間管理職は将来に禍根を残す可能性があると、重大な認識。

別の日、その中間管理職の上席にあたる人物と話す。
先日、そんな話があった事を伝える。
すると、まったく別の見解。
中間管理職が心配するような事はないとの事。

どうも30歳前後の社員が、応対する人によって態度を変えている可能性が高い。
これはこれで問題だが、この様な傾向は同じ年代では最近、特に強いらしい。

自身が管理職になった時に言われた事。
上司は部下を見極めるのに3年。
部下が上司を見極めるのは3日。

近頃は上司の見極める力は同じでも、部下の見極める力はもっと短時間になっているかもしれない。

でも、人は様々な面を持ち合わせている。
自らの利害で、話をする側面が大きく変わる事もある。
同じ星座で、同じ干支で、同じ血液型でも、皆それぞれ違う。

こういうタイプと自分だけの基準で分類し、その範囲で考える方が楽になる。
ところが、自分の分類を逸脱し、理解できる範囲を超えると、理解するより、不愉快な事が先に走る。
決めつけない方がいい事が多い。
でも、何かしらの基準が欲しくなるので、軋轢や齟齬が生じる。

例えば、相手はこの人が尊敬に値する人なのかどうかと、厳しい基準で判断する事もある。
こういう人だと思っていたら、こんな人だったという、良い意味で裏切られる結果もある。

人と人のコミュニケーションは会話だけではなく、その会話をしている時の姿勢にも多くのメッセージがある。

中間管理職と30歳前後の社員との関係は、まだしばらく良好にはならないだろう。
互いに譲り合い、認め合うのりしろは、まだない。

社会人になって、新入社員研修で講師が言った事が、その後の事もあり忘れられない。

上司は神様ではありません。

2024年11月27日 (水)

クリーニング屋さんでの、ショックな出来事。

Akatsuki214

先日、いつもお世話になっているクリーニング屋さんに、これまたいつもの通りワイシャツのクリーニングにお願いに行った時の事。

親しく会話はした事はないけれど、よく応対をしてくれる女性の方からひと言。

「襟が少し汚れているので、襟の汚れ落としを指定しておきますね」

クリーニング前だから汚れているのか、経年で劣化しているのか。
わからなかったけれど、着るその前に、その事に気がつかなかったかもしれない。

営業職は身だしなみが大切。
着ているスーツやワイシャツが高い安いではなく、清潔である事が先ず一番大事。

気がつかなかった事にショック。
受付をしてくれている女性が伝票作業をしている時に手に取って、まじまじとワイシャツの襟を見つめる。

…日中、汗をかく事はあったけど、その時の汚れだろうか。

老眼と片付けてしまう事は簡単だけれど、それでいい事はない。
こういう事から、歳を取るとしょうがないよね…と納得は出来ない。
許容する事で、身だしなみに妥協して行く様で、複雑な気持ちになる。
誰かに褒めてもらうとか、認めてもらうとかでなく、自分の気持ちであるから、余計にたちが悪い。

朝、玄関を出る前に姿見に自分を映し、点検して気合を入れて出かける。
帰宅したら、片づけるものとクリーニングに出すものとを分ける。
片づけるものは、汚れやしわがないか等を確認し、必要なものはアイロンなどメンテンナスして片付ける。

日々のメンテンナスが、毎日の暮らしを丁寧に生きる事につながると思っている。
スーツやカバンに靴は、私には大切な仕事の道具。
イチローに同じ、道具を大切に出来ない人は、いい仕事をするのも難しい。

2024年11月26日 (火)

高齢の両親には、毎年同じ花を見れる事が大事。

Akatsuki214

実家の庭にあった八重桜の木が枯れて久しい。
幼い頃は咲いていても、なんとも思わなかったが、あったその場所が空間になると不在を実感する。

毎年、母の日にあわせて、アマリリスの鉢植えを届けている。
花が終わったら、持ち帰り次のシーズンまで管理する。

父の日はユリの鉢植えを届けている。
これも花が終わったら、持ち帰り次のシーズンまで管理する。

両親には、毎年同じ時期に同じ事があり、同じ思いを出来る事が大切になっている。
同じ時期に、同じ花が届く事を喜んでくれている。

夏が長くなり、アマリリスの管理は難しくなっている。
夏が長くなり、ユリは球根がもたない事がある。

今年は鉢植えのサクラを準備している。
シーズンが終わって、特売品になっていた苗木を購入した。

美しい花を咲かせてくれる期待を込めて、大切に育てている。

2024年11月 7日 (木)

生まれてきたなら、生きて、生きて、生きて、しあわせになりたい。

Akatsuki213

我が家の二人兄弟である二男は、もう24歳。
本人が生まれた頃の記憶は、24年前からとなります。

YouTubeで赤ちゃんの動画を観たりすると、レコメンドで同様の動画が案内されますね。
時折、いくつもの動画を観る事があります。
どの子も可愛いし、撮影している親の愛情も伝わってきます。
最近は犬や猫と乳幼児が仲良くしているのが、私のお気に入りの様で、同様のレコメンドが多いです。

2017年のお正月、慈恵病院(熊本県西区)の「こうのとりのゆりかご」に関する記事を読み、強烈に印象が残っています。
赤ちゃんポストです。
当時、発案設置した院長の蓮田太二さん(記事掲載時80歳)は、様々な賛否両論の意見があったと書かれていました。
その中に、子供が出自を知る権利を阻害するという批判があったとの事です。
これに対し蓮田さんは、「出自より命が大切」と言い切ります。
そして、死んでしまえば取り返しがつかない。
それ以上に、生きて愛情を注がれれば、幸せに育つことができると語ったと記事にはありました。

とても強い印象が残りました。

蓮田太二さんが2020年にお亡くなりになったと、別の記事で読み知りました。
今はご子息のご長男が理事長になられ、遺志を継いでいると書かれていました。
この事業の継続には、多くの時間と労力に経費が必要な事と、察するに余りあります。

同じ記事(2017年1月1日)には、看護部長さんの言葉もありました。

虐待の連鎖や道徳観の低下――。
母親を取り巻く問題は一筋縄で解決できない。
設置当時の看護部長、田尻由貴子さん(66)は「よく来てくれた」と母親を抱きしめ続けてきた。
「孤独に産み、へその緒をつけた赤ちゃんを命からがら連れてきた。安易な母親などいない。私が一番知っている」と蓮田さんの信念を共有する。

赤ちゃんポスト設置した医師 蓮田太二さん 血縁超える愛、幼い命を守る
日本経済新聞 2017年1月1日掲載

ご先祖様のお墓には、墓石に刻まれた文字が、もうよく読めなくなっているものもあります。
読めるのものでは、歴史の教科書に出てくる年号があります。
累々と自分まで、命がつながれている事を感じます。

(1)人口動態総覧率の年次推移
 出生率(人口千対)と死亡率(人口千対)の年次推移をみると、明治から大正にかけて出生率・死亡率ともに高かったが、死亡率は昭和の初めから徐々に低下し始め、出生率は戦後急激に低下し、多産多死から少産少死へと推移し、自然増加率(人口千対)は年々低下している。
 乳児死亡率(出生千対)の推移をみると、昭和14年までは100以上、即ち、生まれたこどものおよそ10人に1人が1年以内に死亡していたが、乳児死亡率は51年に、新生児死亡率(出生千対)は42年に10を下回り、現在は乳児死亡は250人に1人、新生児死亡は500人に1人の割合となっている。

出典 厚生労働省 人口動態統計100年の年次推移
https://www.mhlw.go.jp/www1/toukei/10nengai_8/hyakunen.html

墓石に刻まれた戒名に、「童」の文字が刻まれているのが複数あります。
前述の資料が示す事実です。

生まれてきたなら、生きて、生きて、生きて、しあわせになりたい。
しあわせにならなければならないですね。

 

2024年11月 6日 (水)

人生論ノート「幸せについて」

 Akatsuki213

人を羨んでも何も始まらないといいますが、いいな、自分もああなりたいな…と思う事は悪い事ばかりでないと思います。
時として、反対に自分だけがなぜ、こんな状況なのかと辛くなる事もあります。
どうして、自分だけ仲間外れなのかと。

我が家の二男は、結婚し独立した長男が立ち寄ると、とってもうれしそうです。
年齢は少し離れていますが、幼い頃から遊んでもらったり、一緒に生活してきた楽しい思い出があるのだと思います。
夕食に鍋を囲んだその日、「また4人で食べれるなんてうれしい」と話していました。

幸せな記憶は、それが幸福なのだと思います。

幸福について考えることはすでに一つの、恐らく最大の、不幸の兆しであるといわれるかも知れない。
健全な胃をもっている者が胃の存在を感じないように、幸福である者は幸福について考えないといわれるであろう。
しかしながら今日の人間ははたして幸福であるために幸福について考えないのであるか。
むしろ我々の時代は人々に幸福について考える気力をさえ失はせてしまったほど不幸なのではあるまいか。
幸福を語ることがすでに何か不道徳なことであるかのように感じられるほど今の世の中は不幸に充ちているのではあるまいか。
しかしながら幸福を知らない者に不幸の何であるかが理解されるであろうか。
今日の人間もあらゆる場合にいわば本能的に幸福を求めているに相違ない。
しかも今日の人間は自意識の過剩に苦しむともいわれている。
そのきわめて自意識的な人間が幸福については殆ど考えないのである。
これが現代の精神的状況の性格であり、これが現代人の不幸を特徴付けている。

人生論ノート「幸福について」 / 三木清 

日本経済新聞の書評を読み、買い求めました。
お恥ずかしながら、偉大な哲学者である事は知りませんでした。

死、幸福、懐疑、偽善、個性、希望、孤独などについて、短い短編エッセイです。
文字を目で追ってしまうと、私には内容が理解出来ず、行きつ戻りつ読みました。
一度読了しましたが、改めて別の機会に読めば、新しい発見がある事、きっと間違いなしです。
必ずまた読んでみようと思います。

幸せになりたい。

誰もこの思いが、心にあると思います。
今井美樹さんの「幸せになりたい」という楽曲は、離婚した友達が新しい幸せを求めて訪ねて来るところから始まります。
楽曲は新しい生活と新しい幸せを予感させながら、終わります。
リズムと今井美樹さんの歌声が、そんな事を感じさせます。

幸せになりたい。

そう思う事が、人間の本能に従う事であり、それを考える事が出来ない事がいちばん辛い事。
私にはそう思えたのです。
そして、その時から新たな一歩を踏み出す事が出来ると説いていると私は考えるのです。
深すぎて、よく理解出来ない…。


著者プロフィール

三木清(ミキ・キヨシ)

(1897-1945)1897(明治30)年、兵庫県生れ。
京都帝大で西田幾多郎に学んだ後、ドイツに留学、リッケルト、ハイデッガーの教えを受け、帰国後の処女作『パスカルに於ける人間の研究』で哲学界に衝撃を与えた。
法政大学教授となってからは、唯物史観の人間学的基礎づけを試みるが、1930年、治安維持法違反で投獄、教職を失う。
その後、活発な著作活動に入るが、再び検挙され、敗戦直後、獄死した。

出典 新潮社「人生論ノート」ページより。

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