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2024年5月

2024年5月10日 (金)

アスペルガーの二男は今、厳しい局面にあります。 vol.8「暁」

Akatsuki204

4月29日金曜日に二男は人事部長と面談を行います。
その席で、ついに5月1日からの自宅待機を通告されます。
残る出社日は4月30日の1日となります。

結果は予測出来た事であり、本人にその覚悟と準備があったと思います。
しかし、本人からすれば遂にダメの烙印を押されるとの意識です。
GW前半は本人とって判決を待つ気持ちであり、他の事で紛らわそうとしながらも、度々心の中に浮かんでいる様です。

家族にいつまで自分は心配と迷惑をかけるのか…。
どうして、自分だけこんなに不出来なんだ…。

身体中をめぐるこの気持ちに、身体が耐え切れなくなり、言葉としてつぶやきます。
自分が情けなくって、少し涙したりします。

4月30日の出社日に、予定通りに翌日からの自宅待機が告げられます。
本人から、期間がどれくらいになるかかと問い合わせました。
返答は少なくとも1か月。

在宅期間中に取り組む業務はあるのかと問い合わせます。
返答は取り組む業務は無し。

人事部長からは、次の派遣先が決まっても、早くても6月1日からとなるとの説明です。

人の気持ちが慮る事が苦手な二男でも、察します。
取り組む業務は無い。
次に向けてのスキルアップ等の話も無い。

本人は両親とも相談し、新しい仕事へ向けて取り組む方向である事も話します。
(それは、前の記事にあります様に、本人が話してしまっています)
但し、4月は与えられた業務に取り組んでいたので、活動は一切出来ていないと説明します。

人事部長からは、「継続して派遣先は探しているので、転職の意思があるなら退職が何時になるのか教えて欲しい。
せっかく派遣先が確保出来てから、ダメではお客様に申し訳ない。」

二男もそれが嘘であり、方便である事がわかっています。
二男も派遣先など、会社が自分のために探していない事をわかっています。
自身に対する評価の自宅待機という結論と、4月入社の新入社員の派遣が優先である事を承知しています。

人事部長からは繰り返し、「両親とよく相談して下さい」と話されます。
本人の能力では、この状況を的確に判断出来ないと考えている節が窺えます。

午前9時30分からの面談は、30分程で終了したとの事。
その後、所属長のところに戻って、当日が期限の業務の件を確認します。
仕上がりを確認していた所属長は、「ここまで出来ていればいい」と言ったそうです。
事情が事情です。
もう、その日はそのまま帰宅しても問題はありません。

しかし、本人は「あと少し、納得のゆくところまでやりたい」と言って、終業時間まで取り組みました。

本人から、終業後にLINEで連絡がありました。
ここまでで良いと言われたけれど、中途半端なところで終わらせるのも気持ち悪いなと思って、満足行く所までやりました。
あと会社から出たらすごい焼き魚の匂いがした。

これに妻は返信で、「今日はシャケを焼いたから、気をつけて帰っておいで」と返信しました。

入社1年目の社員には、スクールカウンセラーではありませんが、業務でメンタル部分を含め相談にのってくれる専門の人がいます。
二男は幾度か利用した事がありました。
現場から撤収の後、何度か時間都合をお願いしましたが、利用は入社1年未満の社員だけと遠ざけられました。

取り組む業務がないから、時々事務作業などを手伝います。
誰もが憐れんだ目で、本人を見ていた事でしょう。
同期入社の社員が、少しの期間同じ場所にいて、まもなく新しい派遣先へ行くのを見送っています。
自らは研修と勉強ばかりです。
取り組み意欲もやる気も本当なら出るわけがない。
でも、どこかに希望を持って、また責任感で、愚直に今自分が出来る、その事に真摯に取り組んだのです。

「そうやって、愚直に頑張っている〇〇(二男)を、必ず誰かが見ている」
そう言って、慰めにもならない言葉で、本人を励ました事もありました。

その夜、リモートで話しました。
今後、一緒に新しい世界へのチャレンジをして行く事を確認しました。
そして、もう一つ。

「約1カ月、辛い環境の中、よく頑張った。近くにいたら、いい子いい子してやりたいよ」と私が話しました。

すると本人は、画面に向けて頭を出しました。
モニターの隣にいた妻が、代わりに頭を幼い子にする様にくしゃくしゃと撫でました。

必ず次の素晴らしい新しい世界をみつけよう。
これから、新しい世界への再チャレンジが始まります。

暁…夜明け前が、いちばん暗くて寒いんだよ。

2024年5月 9日 (木)

アスペルガーの二男は今、厳しい局面にあります。 vol.7「自宅待機命令」

Akatsuki204

二男の事は社内で、問題になっていたと思います。
これまでは所属部の部長が主な面談の相手でしたが、途中からは人事部長が面談相手となりました。

二男から都度聞いていた面談の様子で、最初は探る様な話であったのが、回数を重ねる事に諭すような内容に変わっていったと思っています。
転職活動を開始した事は、その一切を話してはいけないとしていました。
しかし、親身になって話を聞いてくれる一面を見せた人事部長に対して、二男は次第に警戒感が薄れてゆきます。

幼い。

誰にも言わないので、教えて欲しい。
そう聞かれて、二男は転職活動を開始した事を話してしまいます。
人事部長からは「せっかく縁あって同じ会社に勤めたのだから残念だ」と言われたとの事。

約束を破って話してしまった事に、妻は激怒しました。
本人は小さくなっています。
妻に重ねて怒る事は、私はしませんでした。

当たり前ですが、現場の所属長を含め、その情報は関係者で共有されます。

現場から撤収した後、与える仕事を探す事が大変だったのでしょう。
新入社員と同じ、教育ビデオを1日観ていた事は以前に書いた通りです。
与えられた仕事も、細かい部分の指摘と修正を繰り返し命じられます。
それでも本人は、今できる事をやると愚直に取り組んでいました。

二男には次第に、別の感情が芽生えてきました。
長男は学生時代から華やかな活動が多くありました。
就職してからは、様々な事に恵まれ、成果を残しています。
従妹の子は、有名中学に進学しています。
私は会社で、責任ある立場にあります。

自分だけが、そうじゃない…。

本人は劣等感も去ることながら、その事が恥だと涙ながらに言う様になりました。
都度否定しますし、みんな様々な事の速度が違うと話します。
それでも本人には、慰めにはなりません。

人事部長から面談予定の時間確保要請があると、本人は気が気でない状況となります。
その約束の日まで、不安になり落ち着きを失う様になりました。

そして、4月も終わりに近づいていた面談で、人事部長からこう話されます。
「5月になっても、派遣先が決まらない場合は、自宅待機になる事もあるから」

2024年5月 8日 (水)

アスペルガーの二男は今、厳しい局面にあります。 vol.6「心に去来するものは何?」

Akatsuki204

栃木市の中心部から、少し離れた場所にある出流山満願寺。
鍋山の石灰工業各社とその迫力ある採掘場の山々の間を抜けた先に、その古刹はあります。

二男に、千の手で人の苦しみや哀しみを救う千手観音菩薩がご本尊。
ひとつの区切りを迎える二男と参ろうとしました。

GW前半最後の日です。
午後2時過ぎで、訪れる人も多くはありませんでした。
満願寺を囲む森から、様々な美しい鳥の鳴き声が聞こえます。

妻と二男と私です。
本堂を詣でます。

Akatsuki205

本堂脇には、奥之院までの道案内があります。
本堂から奥之院へは、片道約1.3㎞の道のり。
険しい参拝道が続きます。

行きます。

二男を先頭に、私、妻と歩き始めました。
伐採木と雨で流れたと思われる石と、平でない歩きにくい道が続きます。
少しヒンヤリした空気と森に住む生き物の声が聞こえてきます。
滝行をする「大悲の滝」に到着しました。

Akatsuki206

妻はここで待っているとの事。
二男と二人、続く険しい山道を奥之院目指して進みます。

黙って黙々と登る二男の心にはどういう思いが去来していたのか。

大学卒業後に就職した会社を約1年で辞める
成果が示せない仕事もあった。
上司や先輩、応援してくれる人がいた。
自分の能力は低く、戦力外通告と烙印を押されたのかもしれない。
次の見通しは、まだ立っていない。

奥之院へは、大悲の滝から石段を登ること百余段で奥之院の拝殿に入ります。
この拝殿が鍾乳洞の入口になっており、中に鍾乳石で自然に出来た十一面観世音菩薩の後ろ姿のご尊像が拝されています。

出流山満願寺ホームページより引用。

二男とふたり、声もなく見つめます。
やがて、「大悲の滝」で休憩して復活した妻が、奥之院へ来ました。

奥之院の十一面観世音は子授け、子育ての観音として信仰されています。

出流山満願寺ホームページより引用。

これからの二男の行く末を祈り、手を合わせました。
何より、3人で奥之院へ行けた事が、よかった気がします。
妻は「導かれたか…」と言っていました。

2024年5月 7日 (火)

会食は信頼の始まり。

Akatsuki204

仕事で様々な事を行う時、その関係者と会食する事があります。
同席者それぞれに、様々な思惑があります。
私は今後の事を見込んで、関係を深化させる目的でスタート時に行ったりします。
また、スカウトする相手とは、必ず会食します。
コロナや若い方々の価値の変化で、減少している場面もあると思います。

応接でにらみ合うより、やっぱりリラックスします。
一方で、自宅に招いて会食する事はないので、会食会場に関係者以外の他人の目があります。
これも、いい方に作用する事が多いと思います。
大勢の中で、例えば個室で話すとか、関係者が誰もいないという環境は話がしやすいです。

お腹が空いていると、意識が集中しずらい。
気持ちに余裕がなくなる。
美味しいものを食べていると、うれしくなる。
笑顔になる。

会話は互いに理解をする心持ちがないと上手く行きません。
その環境を整えるには、会食は良いです。
嫌いな人となかなか会食はないので、そもそもスタートラインが違うのかもしれません。

食べるという行為は、ある意味無防備な状態だなと思います。
生きるという大事な行為のひとつです。
野生の生物が、食べるという行為の時も警戒しながら食べる姿を、テレビで見た事があります。

野生の世界では食べるというその時も、本来は警戒を怠る事が許せされない行為であったはずです。
約束されていない食事にありつく事が出来た。
これを誰かに奪われる事は、自らの死に直結する事です。

食べ物を互いに奪い合う事がない。
レストランで、他人の注文したものを奪い合う姿を見た事がありません。
どこか、人間のDNAに組み込まれている生存への争いが、そこでは回避されています。

生存への危険がない会食は、DNAからデンジャーな信号が発せられない。
意識する事はありませんが、その信用が互いの心理的な距離を縮めるのかもしれません。
そういえば、意中の女性も、先ず食事に行こうと誘います。

天候の話。
食事の話。
男女の話。

誰にでも共通する思いがあるので、会話の種になります。
関係が深まる程、話題として進む順番である気がします。

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