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2024年3月27日 (水)

花が咲いている事が、何になる。

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花が咲いている事が、何になる。
お腹がいっぱいになるわけじゃない。
今、目の前の事、今日を生きる事で精一杯。
花が咲いている事を認識する事なく、視界に入っても認識する事はない。

誰にでも、そんな日があります。

昨日、19時からのNHKニュースで観た内容です。

輪島市の焼け跡で見つけたヒヤシンスが生きる希望に
https://www3.nhk.or.jp/lnews/kanazawa/20240326/3020019685.html

能登半島地震のあと、石川県輪島市で発生した大規模な火災で自宅を失った夫婦が、焼け跡から母親が大切に育てていたヒヤシンスを見つけ、仮設住宅に持ち帰って水につけたところ、青色の花を咲かせました。
生活再建の見通しもたたない中で、かれんな花は、夫婦にとって生きる希望となっています。

NHK 03月26日 18時44分

花が咲いている事が、何になる。
お腹がいっぱいになるわけじゃない。
今、目の前の事、今日を生きる事で精一杯。
花が咲いている事を認識する事なく、視界に入っても認識する事はない。

そう思っているのに、絶望的な環境の中から必死に生きる花の、その姿に心打たれるのです。
絶望の中から、生きるというそのエネルギーに、その姿を見る我々が感化されます。
ただ、生きる。
その必死さの中に、我々は希望を見出すのです。

義浩さんは「炎の中でよく耐えたと思います。あきらめずに頑張れと言われているような気がします」と話していました。
また、裕見子さんは「1月1日から気持ちが止まったままでしたが、生きていればまた花は咲くのだと、勇気づけられました」と話していました。

輪島市の焼け跡で見つけたヒヤシンスが生きる希望に
NHK 03月26日 18時44分

植物は種を残す事を目的に、必死です。
見る人の気持ちを癒す事など、その目的にはありません。
見る我々が、その姿に物語を重ねます。

映画「北斗の拳」は終わりに、大地に新しい芽生えがあるシーンがあります。
劇中で花は重要なキーであり、ラオウは「まだ、花の咲く時ではない」と言います。
リンが育て咲かせた花を見て「花が咲いている」と驚く人がいます。

ケンシロウとラオウの闘いが終わった後、バットとリンが荒野を歩いています。
するとその先に新しい芽を発見し、よろこびながらそこへ走って行くシーンがあります。
もう花は咲かないと思っている。
その場所に生きようとする新しい命や、けなげに咲く花に希望を見出します。

花が咲いている事が、何になる。
お腹がいっぱいになるわけじゃない。
今、目の前の事、今日を生きる事で精一杯。
花が咲いている事を認識する事なく、視界に入っても認識する事はない。

でも、花は咲いている。
今、そこで生きている。

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