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2023年10月25日 (水)

石が入った靴をそのまま履いている様な気持ち悪さ。

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そんなに早く大人になる必要があるのか?

書籍「LIFE SHIFT(ライフ・シフト)」のシリーズは、2冊とも読みました。
長生きする様になったのだから、仕事人生だけでは後半戦はつまらないですよ。
極端に要約すると、こういう内容だなと思いました。

確かに、この書籍を読みながら、
定年後は何をするかな…。
会社の看板を外したら、自分に何が残るか…。
友人と呼べる人が、どれだけいるのか…。

今、時間や〆切を意識しながらの毎日。
毎日追われています。
これに、時間や〆切の制限がなくなったら、紐の切れた凧みたいになってしまうかもしれないな。
そんなつまらない事を、ふと思う事があります。

勤め先なんて、参考になっても、効力はありません。
これまでも、自治会の集まりなどで、〇〇で部長してました…なんて自己紹介がありました。
わかりやすい説明ではありますが、こういう風にはなりたくないなと思った事があります。

今、仕事でも過去の経験を事例として話す事はあっても、武勇伝にはならない様に気をつけています。

人として、どう生きるのとか、なんのために生きているのとか、哲学者ですら回答出来ない命題を突き付けられていると思います。
それも若い頃から。

回答がない事、回答出来ない事。
それも回答です。
どうにも、それを許してくれない風潮があります。

そういう気持ちに、迷う悩む気持ちにつけ込む連中もいます。
周りに理解してくれる人もいないから、どうせ誰もわかってくれないと孤独になる。
絶望する。
その隙間に、その気持ちから一時だけ解放されるものを提供し、苦しみから解放されたと見せかける卑劣な連中がいます。

書籍「LIFE SHIFT(ライフ・シフト)」のシリーズは、これまでの価値観と尺度では、測れなくなりますよという事もあります。
書籍「ホモ・デウス」でも、不死を手に入れる人類が、どこへ向かうかの問題提起があります。

悩む人がいて、追い込む人がいて、陥れいる人がいて、提言をする人がいる。

高校生の私の写真を見て、妻が「尖がっているね」と言った事があります。
それは、目つきの事。
人として、どう生きるのとか、なんのために生きているのとか、思春期から始まるそんな悩みの渦中にある事が表れていたのだと思います。

答えが無いと、苦しい。
なんだか、石が入った靴をそのまま履いている様な気持ち悪さは、確かにあります。
答えがない事、それも答えだと誰かがささやいてくれたら、人生100年はもっと楽しくならないかと思います。

幼い頃から、受験勉強で志望校合格へ努力する。
今はそれでいい。
でも、それがゴールでない事を知っていたら、違う道を思う時、絶望はしないのではないだろうかと思います。
勝つとか、負けるとか二律背反…なんて単純な言葉で、解決しなくてもいい場面が必ずあります。

勝ち組と負け組。
〇〇出来る人と〇〇出来ない人。
出世する人と出世しない人の差。

いろいろな事は、そんなに単純に区別は出来ません。
便宜上、そうする事がわかりやすいから、そう区別するのだと思います。
わかりやすいからです。

映画「ムーン・ライト」の中で、孤独な少年に、自分の面影を見た薬の売人が言います。
「自分の人生は、自分で決めろ。他人に決めさせるな」
それは、まやかしを見極め、自分の人生を自分で生きろ…という事と私は思いました。
なぜなら、それが後悔をしない事だ…と伝えたのです。

答えがない事、それも答えだよ。

そんなに早く大人になって、答えを出す必要はないです。
答えを探す事、その事がきっと自分なりの答えを引き出すと思うのです。

答えがない事、それも答えなのだから。

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