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2023年9月

2023年9月29日 (金)

黎明から燦然と輝く太陽をイメージさせる音楽(私の自信がみなぎる楽曲)。

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レスピーギの交響詩「ローマの松」
この第4曲「アッピア街道」が大好きです。

日が昇る場面や新しい局面に向けて展開がされる時によく、
リヒャルト・シュトラウスの交響詩「ツァラトゥストラはかく語りき」の冒頭部分が使用されます。
映画「2001年宇宙の旅」で使われた事で、革新のイメージがあるのでしょうか。

他にテレビ番組「ナニコレ珍百景」で有名なムソルグスキーの組曲「展覧会の絵」
そのキエフの大門。

どれも、様々な人の人生の出来事が重ねられてきたのではないでしょうか。
他にも百人百様。
それぞれにあります。

冒頭のレスピーギの交響詩「ローマの松」第4曲「アッピア街道」
私にはこれが、黎明から燦然と輝く太陽をイメージさせ、これからも成功を約束された。
そんな気持ちになるのです。

自らの士気を上げる時、聴く事があります。
私の所蔵しているCDではおおよそ5分。
これで私は成功を確信し、様々なビジネスの場面に登壇します。

2023年9月28日 (木)

地図に国境が残っていても、心から国境が消える。

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現在の別宅周辺には、外国から働きに来られている方が多くいます。

少し過ごしやすくなった最近では、窓を開けています。
時々、料理の匂いが入ってきます。
その匂いは、ニンニクを炒める匂いであったり、あまり嗅いだ事のない、でも香辛料の様な匂いです。

近隣には読み方や発音を想像する事も出来ない、店舗があります。
国旗があるので、故国の品物を売っているのだと思います。
その国旗も、よくわからないのですが…。
海外出張で日本ブランドの食品を見ると、つい手にとってしまう感情に似ています。

休日はたくさんの家族連れや、若者の集まりが買い物などで外出しています。
特に女性で、勉強不足で区別がつかないのですが、特別な服をまとっています。

夜半に建物のかげで、ひそひそ声で電話をしている人がいます。
時差もある事だと思いますが、故国の家族と連絡しているのかな…と勝手に想像します。
同じ国の誰かと共同生活をしていれば、部屋では通話はしにくいでしょう。

朝、集団登校する小学生の中に、ランドセルを背負う外国人家庭の子供がいます。
特別な前提を持つ事なく、小学生の頃から互いに違いを認め、当たり前に生活出来る。
大切な事だと思います。

故国の文化や生活、そして自分の故国としての誇りが、あって当たり前。
それぞれが、これまで育ってきた、その場所に様々なものがあります。

地図に国境が残っていても、心から国境が消える。
私たちは互いに理解しあうために、何が必要であるか。
本当は気づいてくいる人がたくさんいる。

ですよね。

2023年9月27日 (水)

「これまで仕事をしてきた中で、いちばん楽しい」という言葉。

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これまでも仕事で、様々なプロジェクトに関係する機会がありました。
新たなものを創造して行くのは、大変ですが楽しい作業でもあります。

問題がなければ、現行通りでいいじゃないかとする事も多数あります。
しかし、移り行く世の中で、綻びがでる事もあります。
今に適応する、将来への準備をする。
そんな事で、様々な開発プロジェクトがありました。

単純に成功すればうれしい。
でも、思いの通り行かない事もあり、途中で方向転換を余儀なくされる事もありました。

そんな業務に関係していて、何が楽しいか。
やっぱり希望を見出せる事だと思います。

幸いにこれまで、撤退作戦のプロジェクトには関係した事がありませんでした。
これは大変な事です。

経験が豊富な方や若いメンバーが眉間にしわを寄せながら、知恵を絞りだします。
意見が分裂し、方向性が定まらない事があります。
〆切に追われる事もありながら、成功へ向けて取り組みます。

そんな取り組みの中で、うれしかった言葉がいくつかあります。
「これまで仕事をしてきた中で、いちばん楽しい」
それは、既存営業所の移転に伴う発展プロジェクトでした。

これまで、前年実績の延長で考える予算から、新たしい事業を軌道に乗せる事。
投資に対し、リターンを確保するのに、何を行えばいいか。
話は発展し、移転と共に市場拡大を目的としたM&Aへと発展しました。

そんな中で、「これまで仕事をしてきた中で、いちばん楽しい」という言葉が出てきました。
メンバーはみな頭を掻きむしりながら、日々悶絶しています。
とてもうれしかった記憶があります。
頭を掻きむしりながら、日々悶絶しながら、楽しみな事になっています。

最近も事業の停滞を打破する提案をして欲しいと、その部門の責任者にお願いをしました。
人、物、金の投入を検討し、今後の展開を設計する事です。

この時も、「難しいですが、楽しみです」と話しがありました。
それは、現況を超えてゆく希望を、見いだせる思いがあるからだと思います。

仕事でも希望は、良い流れを作り出し、たくさんの人を巻き込む事によって全体の流れが変わります。
厳しいノルマや予算は、よきにつけ悪しきにつけ、頭を使う事であります。
でも、意味を知り、目的を理解して取り組む仕事は、取組み意欲が異なります。
嫌な仕事でも、どこかに希望を見出せれば、変わってきます。

今日も、様々な場所で、多くの同輩が頭を抱えていると思います。
しかし、その先に希望を感じる時、そのパフォーマンスは最高値でではないでしょうか。

いつも、そんな仕事ばかりでは、ありません…けどね。

2023年9月26日 (火)

ペイフォワード(Pay it forward)とは。

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ペイフォワード(Pay it forward)

学生から社会人になった時、何も知らない私を教え諭して下さる方がたくさんいました。
バブル組ですがから、かなり酷かった事と思います。
良く見捨てず、根気よく育ててくれ、いまさらながら感謝する次第です。

自分が施したと思う事は覚えていますが、他人にしてもらった事は忘れがちです。
少し仕事も自らの判断で進められたり、自分の企画が認められたりする。
そんな時は、そこまでにしてくれた人の事は忘れ、つい有頂天になりがちです。
自分の能力、実力だ…なんてですね。

勿論、教え諭してくれた事から、学び発展させる自らの努力は重要です。
黙って、自らは動かずに進歩や発展する事はありません。

過去に読んだビジネス関連の書籍で、タイトルのペイフォワード(Pay it forward)は和訳される事なく記載されていました。
直訳は先払い?
文脈から想像はできるものの、ネットで調べました。

ペイフォワード(Pay it forward)とは?

ペイフォワード(Pay it forward)とは、自分が受けた善意を他の誰かに渡すことで、善意をその先につないでいくこと。
直訳すると「先に払う」という意味。
善意を与えてくれた本人に恩を返す代わりに、他の誰かに(先に)善意を送ることから、日本では「恩送り」とも言われている。

出典:IDEAS FOR GOODのサイトより勝手に引用

なるほど、厳しくも暖かい指導をして頂いた諸先輩で、既に引退された方もいます。
他界された方もおり、その方とはお礼方々一杯という事も出来ません。
今は、自分がその立場となり、後進に話す事があります。

電車でお年を召した方に席を譲る時、声をかける。
若い時は自意識過剰で、気持ちはあっても周りの視線を考えたり、相手の反応を勝手に想像してしまう。

おっさんになって、少々図々しくなれば躊躇なく、どうぞと言えます。
図々しい事も勿論、どこかで自分の両親が席を譲ってもらっているかもしれない。
そんな誰かに、お礼はできないけれど、同じ事は出来る。
そう考えます。

私の尊敬している人物のひとり、白洲次郎氏。
そのダンディさは真似できません。
白洲次郎氏の逸話の中で欠かす事の出来ない、ノブレス・オブリージュ。

ノブレス・オブリージュとは?

ノブレス・オブリージュ(noblesse oblige)とは、貴族や上流階級などの財産・権力・地位を持つ者は、それ相応の社会的責任や義務を負うという欧米社会に浸透した道徳観のこと。
フランス語のnoblesse(貴族)とobliger(義務を負わせる)を合わせ「高貴たるものの義務」を意味する言葉である。
英語では「noble obligation(ノーブル・オブリゲーション)」という。

出典:IDEAS FOR GOODのサイトより勝手に引用

私は貴族でもないし、上流階級でもありませんが、この考えに賛同します。

情けは人の為ならず。
人は自分がいつか、同じ立場になるかもしれない。
そんな思いを持っていると思います。
人が人にやさしく出来る源泉に、この思いの泉もあると私は思っています。

2023年9月25日 (月)

親父の小さくなった背中。

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おふくろが入院してから、親父の気苦労は絶えない。
見事に元気がない。

あたりまえだろう。
いちばん下の妹も、おふくろの不在がわかる様で元気がない。

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親父は体重が3Kg減ったとの事。
頻繁に外食に連れ出している。
タッチパネルの注文に戸惑いながらも、新鮮な驚きの様だ。
子供の頃はお手伝いさんが身の回りの事はしてくれた家庭に育ち、仕事でも会食が多く、給仕してくれる店が多かった。
ひとりで入ったのは、蕎麦屋ぐらいだろう。
量や味の濃さに驚いているが、美味しそうに食べている。

ひとりで抱える事はないよ。
親父には妻でも、子供には母親だよ。

みんなの気持ちに、変わりはない。

2023年9月22日 (金)

つぶれたバナナ。

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おふくろは、ICUから一般病棟へと移り、来週にはリハビリテーション病院へ転院する。
家族も少し安堵の表情を見せている。

遠足なんて、高校生では課外活動と言うんだったかな…。
行きたくない。
例えようもなく、存在感はなかったけれど。
でも、行かなければ、負ける様な、負けを認めるような気持ちがする。
だから、意地でも欠席しない。

いつも通り学校へ自転車で向かいました。
その日は自転車の荷台のヒモが切れてしまい、バックを後輪にはさみこんでしまったのです。
ヒモの切れた部分を結びなおして、急いで学校へ向かいました。

席につくと、机に置いた自分のカバンからバナナの匂いがします。
カバンを開けると、バナナが潰れてカバンの内側にべったり付いていました。
匂いに気が付いて、皆が遠くから見ています。

視線を感じながら、こびりついたバナナをティッシュで少しづつ拭いてゆきます。
ヒソヒソと話をしているのが聞こえます。
気の毒そうな目で見る人がいます。

おふくろがそっとカバンにバナナを忍ばせてくれていたのです。

高校の個人面談で担任から、クラスで私は影の薄い存在と言われたんだよね。
中学生の頃の延長で考えたら、さぞ驚いた事でしょう。
中学生の時は毎日の様に来ていた友達が誰も来なくなったものね。
でも、担任の先生が「何でも相談に来い」って皆に言ったら、相談に来たのは私だけだって言ってたでしょ。
それは自分の存在感を高める為に、方法がないかと利用しただけなんだよ。
相談する悩みなんてなかったし、相談するに値する人物だなんて思ってもいなかったよ。

おふくろ、きっと知っていたんだよね。

決して楽しい高校生活を送っているなんて、思っていなかったよね。
私の毎日の様子から、わかっていたんだよね。
せめて、遠足の時ぐらい楽しい事があればって、そっと入れておいてくれたんだよね。

周りでヒソヒソ話していても…。
冷ややかに見ていても…。

なんとも思わなかったよ。

自分で自分の殻に閉じこもっている私でも、大切に思ってくれていたんだよね。
バナナは食べれなかったけれど、気持ちはいっぱい満たされていたよ。
胸がいっぱいだったよ。

おかあさん…ありがとう。

しあわせのランプ(Chapter6) つぶれたバナナ

2023年9月21日 (木)

井上陽水さんの楽曲で「海へ来なさい」が好きです。

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井上陽水さんの楽曲で「海へ来なさい」が好きです。
アルバム「ガイドのいない夜」に収録されています。

名曲ぞろいのアルバムですが、1曲目「つめたい部屋の世界地図」から、引き込まれます。
冒頭の胸騒ぎする様なストリングスから、しなやかに入る井上陽水さんの声。
どこか知らない場所だけど、丘の上から海を見ているイメージを抱きました。
井上陽水さんでなければならない、そんな楽曲が続きます。

「海へ来なさい」は、3曲目。
この楽曲は自身の子供宛に作ったとの事。

そして心から、幸福になりなさい。

海へ来なさい / 井上陽水

娘さんに贈る、素敵な楽曲です。
楽曲の流れの中で、この歌詞の前からの流れが素晴らしいです。

2023年9月20日 (水)

茜色に焼かれる。

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30代で福岡の事務所に勤務していた頃の事。
佐賀県の取引先、そこの取締役部長さんとの仕事での話です。
前後、どんな話から商談が逸脱したのか、覚えていません。

今の若者は夢がないと言うばってん、自分から夢を探さない。
誰かが用意してくれる、そういうのではない。

とても記憶に残っています。
日本の高度成長期は少し先輩たちの話です。
暮らしを豊かにするとか、家を建てるとか、わかりやすい目的と目標があったといいます。
それが満たされると、燃え尽き症候群でもないですが、働く理由を失ってゆく。
あの頃、それを目的にがむしゃらに進んだ経験は、でも宝物の様に輝いている。

私はバブル組です。
軽薄短小。
毎日が楽しい事が大事で、これからも同じことが続くと思っているので、先の心配などしませんでした。

この後、就職氷河期とか言われ、失われた30年とされます。
模式図みたいなもので、誰もががむしゃらだったわけでもないし、享楽に狂っていた訳ではありません。
テレビ番組みたいに、わかりやすく区別した表現です。

私の亡くなった叔父は、昭和ひと桁生まれでした。
幼い頃から、兵隊になって鬼畜米英を倒す。
何も考えず、教育され刷り込まれるなら、多くは考えなかったかもしれません。

そして、ある日を境に、これまでの話は間違いです…と言われる。
これまでの価値観を形成していた部分を、全て真反対に否定される。
その実の兄を捉え、末弟である私のおやじは「彷徨している」と言っていた事があります。

「小説は希望になったが、もともと希望がある人生ではない。
希望があれば(08年に起きた)秋葉原の事件に共感は寄せない」と振り返った。

日本経済新聞 2023/9/29朝刊より引用。

この絶望に、この自分は誰からも相手にされないという絶望をどう乗り越えるのか。
佐賀県の取引先の取締役部長の言葉も、解決する一つの要素だと思います。
それだけでは、足りないです。

多かれ少なかれ、長いか短いか、誰もが同じ思いを抱きます。
自分と比較して、自分よりいいと思う人に絶望の表情が浮かび、ああ自分と同じだと安心する。
それはわずか一瞬の安堵であり、その不安は増幅して自らに帰ってくる。
増幅した思いを解消するのに、更にエスカレートして行く。
悪い渦はスピードを増し、拡大する。

この流れをどう止める。
まして、他人を巻き込んでいい道理はない。

誰もが同じである事。
だからこそ、人は支えあい、互いを理解しようと取り組む。
ひとりよがりの絶望で、誰かを巻き込んで、その思いを解決する方法はない事に気づかなければならない。
自分だけではない事を知り、気づかなければならない。

誰もが、人に言えない事情を抱えて生きている。

スタートラインは、人それぞれだと思います。
苦しい思いを抱え、絶望を抱え、声を上げる時、誰かがその声をに気づきます。。
最初の一声をあげる事が、とても勇気のいる事。
何度も繰り返さないと、気づいてもらえない事もあると思います。
毎日に必死で、そんな気持ちすら持てない事もあると思います。
くじけてしまいそうな日があると思います。
また、そういう辛い気持ちにつけ込み、それを利用しようとする悪い人もいます。

標題で借用しました映画「茜色に焼かれる」。
評価が極端に分かれる映画だと思います。
この世を生きる狂気が満載で、これでもかと不幸が続きます。
しかし、たくましく生きる登場人物に、私は佐賀の取締役部長さんの言葉を重ねる事があります。

https://youtu.be/4OKSXJhfZKE

2023年9月19日 (火)

大きな違いは、人を褒められる様になった事。

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おふくろが入院して手術し、2週間が経過した。
これまで、1週間に1回だったweb面会から、直接の面会が可能となった。
早速、おやじと妹を連れて、面会に行った。

面会時間は15分。
全員で同時での面会は出来ず、順番に行う事となった。

単純計算では、1人5分だが、おやじは看護師さんにそろそろと言われるまで、時間を使った。
結局、15分は軽く超過した。

私はいちばん最後。
なんとか、短い会話ならコミュニケーションが可能な状態だ。

おやじと妹は心配がささらに増した。
呼びかけに可能な範囲が限られ、自身の想像している回復範囲に達していなかったからだ。
予想に反して、けがは回復をし、傷口の回復や腫れが引いている事から、期待が高まってしまう。

私はふたりに話した。

歩みは遅くとも、着実な回復がある。
私たちが焦る事が、いちばんいけない。
これは言葉なしに、本人に伝わる。
出来る事を期待するより、出来た事を喜んでいくべきだ。

当初はICUにいたのが、一般病棟に移った。
話しかけても、呼びかけても殆ど反応を示さなかったのが、反応を示した。
会話が出来た。
四肢が動かせる。

これは、私が子供から教わった事だ。
アスペルガーの二男は、他の子とは様々な部分で違う。
他の子が出来る事が、二男には出来ない事が多い。
ところが、他の子が到底できない事を、自然にやってしまう事もある。

仕事でも私は、自分が出来る事が、なぜ仲間は出来ないんだ…と思う事があった。
私は昭和の営業スタイルの最後尾だ。
しかし、二男が我が家に生まれてきてくれて、一緒に育ってゆく過程で、私はこの物差しが誤りである事がよくわかった。
すると、視点が変わり、出来た事に目が行くようになる。
求める結果が当初の目標通りでなくても、だれだけ目標に近づけたが、そこで何を得たのかが大切になる。

大きな違いは、人を褒められる様になった事だ。

出来ないところを探すことは簡単。
出来たことろを探し、認めて褒めて、次へのジャンプアップにつなげる事の方が難しい。

本人の中でこれが昇華されると、求める結果が当初の目標通りでなくても、次は当初の目標を超えたところまで到達してしまう。
これが続くと、波に乗り始める。
これは他の人へ伝播し、勢いに乗るチームが出来上がる。
いつも2㎞先に到達する心掛けと取り組みは、1㎞への到達は容易であり、通過点としてしまう。

おふくろに「夜、眠れるかい?」と聞くと、「眠れている」と返答。
まだ、痛み止めを利用しているので、時々意識が遠のくようだ。
「養生に専念して」と声を掛ける。
面会場所からベットで病室に戻る時、見送る私におふくろは、大きく手を振った。

2023年9月18日 (月)

安心。

Akatsuki191

先日、妻と23歳の二男で、車にて移動中の事です。
妻と掛け合い漫才みたいな口調の会話となりました。
本当に、ある芸人の真似事でした。
それを聞いていた二男は、「おお、ケンカやめろよ」と言いました。

妻とふたりで、ケンカじゃないよと笑いながら話しました。
幼さが残る二男ですが、両親(夫婦)がケンカしているのは、やっぱり嫌なんですね。

しあわせの尺度は人により、様々ですよね。
お金に何不自由なく、暮らせる暮らし。
夫婦の会話があるくらし。
子供が健康で、成長しているくらし。
人と家庭の数だけ、事情と基準が異なると思います。

ただ、子供にとってと考えると、夫婦仲が良い事が、とても大切な要素であると思います。
それが、安心できる環境の源泉なのだと思います。

私の両親も、私たち兄弟の前でケンカした事はありませんでした。
本当はわからないところで、取っ組み合いしていたかもしれません。
子供の前で、夫婦喧嘩はありませんでした。

小学校の同級生に、大手製鉄会社の社宅に住んでいるともだちがたくさんいました。
彼らは夏休みになると、文字通りバカンスに出かけていました。
夏休みが終わると、どこどこへ行ったと自慢していたのも記憶にあります。
ハワイならともかく、バカなので知らない地名を言われても、それに反応できなかったのです。

だからなのかそれを、あまりうらやましいと思った記憶がありません。

私は毎日外で遊んで、日焼けして、汗まみれ、ホコリまみれになって帰宅する。
お風呂直行です。
後はお腹いっぱい夕食を食べて、さっさと寝てしまう。
そんな毎日の繰り返しだった気がします。

私には安心がある、安心できる環境だったのです。

シングルファザーであろうと、シングルマザーであろうと、安心のある環境が大切です。

その事を思いながら、心苦しい思いをしている、おとさんやおかあさんの思いや言葉を聞くと、とても辛いです。
今日が無事に終わる事に安心し、夜が明け明日が来る事が怖い。
こんなに辛い事があるのかと思います。

だから、子供が安心な環境でない事。
例えば、暴力を受けていたり、食事が出来ない。
いつも、ひとりぼっち。
お腹がいっぱいになる事がない。
おびえている。
さむい。
さびしい。
誰からも愛されない。
誰からも大切にされない。

こんな事を聞くたび、知るたび、とても辛くなるのです。

2023年9月15日 (金)

誰かが生きている、その息吹を感じる。

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今、通勤は車なので、大抵は好きな音楽を聴いています。
片道、約40分。
アルバムでは、全部を聴けない事が多いです。

車のエンジン音が好きです。
今、会社が用意してくれた車は、バッテリーを補助するエンジンです。
車を用意してくれるので、それだけでも有難い事です。
自動車通勤は運動不足になりますが、雨の日はとても便利で快適です。
贅沢ですね。

別宅から自宅に帰る時は、公共交通機関を利用します。
自宅最寄りのバス亭で降りて、山の暗い道を少し歩きます。
その時は、防犯を兼ねてイヤホンを外します。

森の木を揺らす、その音が聴こえます。
風を感じます。
日中は暑い日が続きますが、夜まで鳴いていたセミは声を潜め、秋の虫の鳴き声が聞こえます。
季節が進んでいる事を感じます。

家々から聞こえる食器の音。
誰かの歌う声。
テレビの音。

生活の音が、誰かがそこにいる事を、生きている事を伝えてくれます。

町中に響く、鐘の音を表現したラフマニノフの「鐘(前奏曲 嬰ハ短調)」
リストの「超絶技巧練習曲集」第11番「夕べの調べ」変ニ長調。
ブルッフの「コル・ニドライ」 作品47。

どの楽曲からも、1日の終わりが近づいている事を感じさせるのです。
聴く人によって、浮かぶ光景は勿論違います。
私は、音があり、温度があり、匂いがある事を思い、感じるのです。

誰かが生きている、その息吹を感じる。
そんな楽曲が好きです。

2023年9月14日 (木)

勘定と感情が一致する事も大事と言っていた方がいました。

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ビジネスは時として、冷徹な場面があります。
約束を反故にする事は、信用を一瞬で失う事であり、あってはならない事ですね。
信用を築くのは時間がかかりますが、壊すのは一瞬で可能です。
人と人が行う事なので、人間関係の基礎にかわりはないです。

利害に基づいた一致が、ビジネスの源泉です。
しかし、それだけでない、大切な事があると私は思っています。

営業職になってから、今年でちょうど30年になります。
若い頃は無我夢中でした。
やがて自分が作用した事が、誰かの役にたったり、トレンドになったりと、仕事を通じての喜び、やりがいも多くありました。

今、若い頃から一緒に現場で頑張った取引先の方々が、責任ある立場となっています。
私も現場に出る場面は、殆どなくなりました。
現場での活動とは異なる、お互いに共通する問題に取り組んでいる事があります。
そういう問題を共有したり、既にそこで乗り越えた問題では、有効な解決策を示して頂いたりします。

利害に基づいた一致が、ビジネスの源泉です。
しかし、行うのは人である事から、相手に尊敬の念を抱いたり、一緒に仕事すると楽しいとか、どうしても感情が入ります。
勘定と感情が一致する事も大事と言っていた方がいました。

感情がある故に、私の顔も見たくないと考えている人は、少なからずいます。
様々な折衝や交渉の過程で、ビジネスの範囲で許容するが、人としては嫌いという人がいます。
私にもいます。

福岡や大阪、札幌で仕事を一緒にした方々、今直接の取引がなくなっても、従前かそれ以上に関係が継続しています。
1年に1回、会合等で会う事があれば稀で、殆どが電話やメールです。
忙しい中、直面する困難な問題に、様々な知恵を授けてくれます。
自分が求められる立場となれば、出し惜しみせず、全力で協力します。

我々人間がアルゴリズムの繰り返しで、生きていると思います。
同じ失敗を繰り返さない様に、そのアルゴリズムというか経験や知見を活かします。
成功や失敗を財産とし、それを共有する、発展させる。

これが、生成AIよりも生きた知恵である。
パターンや関係を学習する事で、新しいコンテンツを生成するAI。
今後、更に便利に活用と拡大がされてゆく事は間違いありません。

あいつ、いい。
あいつ、嫌い。
あいつ、応援したい。
あいつ、もう関わりたくない。

私はそんな事もと思います。

2023年9月13日 (水)

おふくろが入院した。

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おふくろが入院した。
自宅の階段を踏み外し、救急車で運ばれた。

しこたま頭を打ち、鼻骨が骨折していた事から大がかりな緊急手術となった。
病院に到着した時は、ICUにおり、たくさんの管が身体につながていた。

翌日からは時間を予約しての、web面会となった。
ICUだからではなく、病院としてはコロナウィルスをまん延させる事を避ける、その手段だ。

齢80だが、昨日よりは今日、今日よりは明日と顔の腫れが引いたりと、前に進んでいる事がわかる。
呼びかけに応答もできなかったが、徐々に回復、反応を示すようになった。

担当の看護師からは、リハビリが始まる事を睨んで、準備する品物が案内された。
その時、何か本人を刺激できるものを用意して欲しいと言われた。

妹は家族に事情を説明し、写真をLINEで集めた。
それを印刷してアルバムとし、届けた。
この反応は直ぐにあった。

web面会で本人から、みんなと面会したいと言ったのだ。
通じている。
家族がうれしくないわけがない。

ICUから一般病棟へと移った。
今度は毎日だったweb面会が、週1回に変更となった。
まもなく、実際の面会も可能となる見込みだが、それも1週間に1人1回だけの制限だ。
新型コロナウィルスの事を考えれば、誰を恨む話ではない。

さて、看護師から言われた刺激を与え続けるとは、どうすればよいか。
接触の機会が少ないので、継続的な刺激は難しい。

しかし、アイデアは出てくるものだ。
毎日、ハガキを出す事にした。

ハガキを読む側は、老眼鏡もつけていない。
ながながと文章を書いても、読むのも辛いだろう。

そこで、こうした。
ネット上で、おふくろの好きだった芸能人の写真を拝借。
それをハガキに貼り付け、ひとこと大きな字で吹き出しをつける。

一昨日は、エルビス・プレスリー。
昨日はケビン・コスナー。
今日は朝ドラ「らんまん」
明日の分は、まだ未定。

エルビス・プレスリーが「元気になって下さい」という。
ケビン・コスナーが「慌てないで」という。
らんまんは、花言葉が「元気」なのは「ディモルフォセカ」と伝える。

楽しみにしてくれたなら、いいなと思う。
作業時間はわずか。
おふくろが何が好きだったかを思い出しながら、毎日作業をします。

2023年9月12日 (火)

「疑問に思う事を今解決出来なくでも、その疑問それ自体を忘れない事。

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日々の仕事の中、多数の連絡があります。
昨今の仕事環境では、デスクにいなくても仕事が追いかけてきてくれます。
この環境だと、何かを発信した側は、その反応が来るまでがストレスになる事もあると思います。

携帯電話での通話、メール他の事も、相手には都合があります。
誰かと話しをしている時。
在来線などの電車の中で、応答も作業も困難な時。
トイレにいる時。
相手の状況はわからないので、そんな事はお構いなしに連絡が入ります。

日々様々な案件で、即断を求められ決済を繰り返す人には、反応がない事のストレスは膨大です。
私は仕事では利用しませんが、lineなどで既読マークがつくのに、反応がないのはイライラの種となりますね。

今、疑問に思う事は、スマホで検索すると答えを得る事が出来ます。
わからない時間がない。
…ある意味、考える時間がないというより、必要がない。
そんな環境です。

私自身も今の仕事上の立場で、決済事項は多数あります。
即断即決が必要な事項もあります。
特に安全にかかわる事は、時間はかけられません。
社内外に前述の環境はあり、即レスも行います。
自身も基本的に、頭のRAMから案件を消し去る事を目的に、即レスします。

そんな中で、少し考える時間が必要だと思う案件については、確認をした旨の連絡をし、何時何時まで連絡すると返答しています。
それも見込なので、返答が期限より早くなる事もあれば、延期を申し入れる事もあります。
努めて「答えのない事が答え」とならぬように注意しています。
いちばんストレスが溜まるのは、何も反応がない事ですね。
反対の立場に変われば、理解するのに難しい事はありません。

高校生時代、年明けはOBが来校して年頭講演会が催されていました。
毎年退屈極まりない講演会でしたが、ひとつだけ記憶に残っている事があります。
それは「疑問に思う事を今解決出来なくでも、その疑問それ自体を忘れない事」です。

知識はそれひとつでは、全体を見たり、起きている事が理解できない事があります。
しかし、これが体系だってくると、理解が深く、早くなる事があります。
例えば簿記で、仕分けした勘定が、その法則に基づく単純な仕分け作業でなく、貸借対照表でも損益計算書でも、どこに影響される事なのか。
これを理解するだけで、多くの物事が見えて来る事があります。

これを即レスで行うのは、訓練が必要です。
現況と今後の近い将来、しばらく先の事、縦横斜めを把握して即回答しなければなりません。
これまでの経験から、思います。

様々なところで学び得た知識が、体系となる時に私は、学ぶ事の喜びを感じます。
この思いの基礎には、「疑問に思う事を今解決出来なくでも、その疑問それ自体を忘れない事」があります。
ある日、その答えが目の前にある事があります。
それぞれ独立していた知識の木(多くはありません)が、森になります。
…林になるか。

なんでも即レスする必要はないと思います。
コミュニケーションなので、自分の今を伝える事だと思います。

必要なのは、様々な案件を区別して、取り組むのがいいと考えています。
安全に関連する事は、すぐ回答しなければならないです。
他にあーでもない、こーでもないと考える事が、よい結果となる事は多々あります。

「疑問に思う事を今解決出来なくでも、その疑問それ自体を忘れない事」
つまなかった年頭講演会で得た、貴重な思考法です。

2023年9月11日 (月)

名曲とは、そういう側面もあります。

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SCORPIONS のアルバム「BLACK OUT」が発売されたのは、中学生の頃でした。
お小遣いが少ないので、輸入盤の専門店でレコードを買い求めました。

そのジャケットは当時、物議をかもしていました。
冷戦下、共産主義陣営のポーランドで活動していた、ワレサ委員長をモチーフにしたとも言われていたからです。

収録楽曲は全部で9曲。
しばらく、聞き続けていました。

8曲目の「CHINA WHITE」。

It's up to you
To fight evil in your mind
It's up to you
The more love you give,the more you"ll find

君がやらねばならない。
自分の心の中の悪魔と戦うんだ。
君がやらねばならない。
多くの愛を与えれば、もっと大いなる愛にたどり着ける。

SCORPIONS / CHINA WHITE
あやしい和訳 ケンシロウ

狂乱と享楽ばかりでない。
SCORPIONS にさらに魅了されました。

そして、この「CHINA WHITE」の次、8曲目の「WHEN THE SMOKE IS GOING DOWN」もまた、アルバムを締めくくに素晴らしい。

I cimb the stage again this night
'Cause the place seems syill alive

今夜もステージに立つ。
そこでは、生きているという気がするから。

SCORPIONS / WHEN THE SMOKE IS GOING DOWN
あやしい和訳 ケンシロウ

まだ、生きる事の意味を考える、そのスタートラインがおぼろげに見え始めた頃です。
やがて、人がどうして、こういう思いになるのかを知り、この楽曲の聞こえ方が変わって行きます。

その時わからなかった意味が、自分の経験と照らし合わせ別の姿を見せます。
新たな思いを、心に芽生えさせます。

名曲とは、そういう側面もあります。

その後、別の楽曲「Send Me An Angel」を聴きます。

Here I am
Will you send me an angel

俺はここにいる。
私に天使を送って下さい。

SCORPIONS / Send Me An Angel
あやしい和訳 ケンシロウ

この、孤独が爆発する歌詞に、とてもせつない気持ちになりました。
ハードロックなのに、演歌の世界観みたいだ。
結局、人が思う事に、大きな違いはないのだろう…と思った記憶があります。

雲間から地上にさす光を、日本語では「光芒」。
英語では「天使のはしご」と表現するそうです。

最近、雨の後に雲間からさす光を見て、そんな事を思いました。

2023年9月 8日 (金)

仲の良い夫婦は、顔が似てくる。

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私たち人間が、他の生物と異なるのは、それぞれ違う人同士でも物語を共有できるからだ。
目の前にある現実が、やがてこうなると理解し、その物語を信じていれば今だけでなく、これからを見据えて生きる事が出来る。
…と、ユヴァル・ノア・ハラリ氏のホモデウスに書かれていたと思います。
引用ではなく、私の理解の範囲であり、一部分の要約です。

ユヴァル・ノア・ハラリ氏の著作は、いつも新鮮な驚きや新しい発見や理解があります。
読み進めるのに時間が必要ですが、好んで読んでいます。

じつを言うと、経験する自己と物語る自己は、完全に別個の存在ではなく、緊密に絡み合っている。
物語る自己は、重要な(ただし、唯一のというわけではない)原材料として私たちの経験使って物語を創造する。
するとそうした物語が、経験する自己が実際に何を感じるかを決める。
私たちは、断食月の間に断食するときと、健康診断のために食事を抜くときと、お金がなくて食べられないときとでは、空腹の経験の仕方が違う。
物語る自己によって空腹の原因として挙げられた意味次第で、実際の経験も大幅に違ってくるのだ。

ユヴァル・ノア・ハラリ / ホモ・デウス(下巻)

こちらは引用です。

新・ドキュメント太平洋戦争は、その時代を生きた方々のエゴドキュメント(その時代を生きた人々の日記や手記)を時間軸として構成されています。
世間で起きた事象を、前述の引用の通り、そのおかれた環境下で異なっています。
経験から物語が作られますが、その物語は同じものがありません。

こうして書いているブログも、2023年の…なんて、個人の所感から検証され、構成される日が来るのでしょうか。
デジタルの記録は、その時代より多くの証言や所感をまとめられる事と思います。
発言が容易であり、誰の言葉かわからない。

人と人が理解しあうのは、大変な事だと、こういう論拠からも思います。
国が違い、文化が違う事からは勿論、言葉が違う事も、理解のための障壁となります。

仲の良い夫婦は、顔が似てくると言います。
同じものを見て、同じように笑い、哀しみ、喜ぶ。
共通の出来事が増える事によって、価値観が同じに近づいて行きます。
それを別の表現で、顔が似てくるというのでしょう。

夫婦に限らないと思います。

恋人同士が別々の場所から、空を見上げて同じ月を見て「きれいだね」と言えるのはわずかな時間です。
互いに理解しあうのは、時として傷つく事があり、気づく事があり、その先なのだと思います。
これは、なかなかシンドイ作業です。
なぜなら、誰も傷つく事など、望んでいませんものね。

2023年9月 7日 (木)

バッハに癒される。

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映画「マチネの終わりに」の中で、石田ゆり子さん演じる小峰洋子が、福山雅治さん演じる蒔野聡史が演奏するバッハの音楽に癒されるというセリフがありました。
劇中の蒔野聡史はギター奏者です。
その作品であるCDを聴くシーンがあります。

この映画は楽しく観ました。
原作も読みました。
石田ゆり子さんは、品があって、きれいだなと思います。
そんな事ではなく、その台詞が印象に残っていました。

私にはバッハは無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータなど、心穏やかに聴く事が出来ない印象が強くありました。
勿論、好みがあります。
音楽の父、偉大なバッハの本当にわずかな部分であり、その深淵は到底、自分には理解が及びません。

私の大好きなヘヴィメタルやロックのプレイヤーの中でも、バッハを尊敬している人は多くいます。
表現方法は違えど、「これ、シャコンヌ」と思うプレイもたくさんあります。

話を戻しまして、バッハで癒される事。
先日、自分の所蔵CDにスタニスラフ・ブーニンの「バッハ・リサイタル」がある事を思い出しました。
早速、聴きました。

映画の台詞が記憶に残る事が、わかりました。
私も同じ思いをした事があるのです。

映画の中で中心となるエピソードをもとにした「幸福の硬貨 組曲」もいいですね。
また、脱線しました。
小さな音で、このブーニンのアルバムを響かせると、とても落ち着きます。
夜中に、近所迷惑にならないようにです。

スタニスラフ・ブーニン 「バッハ・リサイタル」

2023年9月 6日 (水)

夏休みは長いのか、短いのか。

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別宅は一人暮らしです。
食品スーパーは大事で、いくつかのお店に買い物へ行って、お気に入りのスーパーが決まります。

会社の帰りに寄ると、スーツ着ているのは自分だけかなと思うと、さにあらず。
割とご同輩がいます。
入口から店内で、別々のコースをたどっても、お惣菜のコーナーで再会したりします。

先日、幼い姉妹とお母さんと一緒に入りました。
幼い姉妹はお母さんに何やら話して、一目散にお菓子の売り場に向かいます。
私もウロウロしている間に、その姉妹の近くを通りました。

ふたりの会話が聞こえます。
「〇〇円までならいいよって、お母さんが言ってたでしょ」
妹と思しき方は、持っていたお菓子を売り場に戻します。
限られた範囲で、必死に考えています。
お金の大切さを知るには、とてもいいと思います。

遠足へ行く時、お菓子は300円までと言われ、お店に行って悩んでいた記憶があります。
当時は消費税はないので、足し算を繰り返します。
同じ学校の同級生も続々来ます。
何を選択したのかは、遠足当日まで秘密です。

私はスペシャルをひとつに、残りは数で勝負…タイプだった気がします。
何を買うかを考えるのも楽しみだし、その結果を友達の間で披露する事も楽しかった思い出です。
もう、細かい事は覚えていませんけどね…。

お腹いっぱい食べれる事が、とてもしあわせ。
幼い頃、そんな事は考えた事もなかった。
思いっきり遊んで帰ってくれば、風呂場に直行。
その後は、お腹いっぱいで、明日は何をして遊ぼうかと考えて眠ってしまう。

そんな頃、今日、明日のお腹いっぱいになる事を、考えた事など、心配した事などなかった。
そんな頃、それが、どれだけしあわせな事かなど、考えた事もなかった。

認定NPO法人キッズドアの活動について【渥美未零】2023年8月31日(木)
【大竹まことゴールデンラジオ】

2023年9月 5日 (火)

子供に謝りたい事。

Akatsuki189

不思議な夢を見た。

長男が近くにいる。
本人はこれまで坊主にした事はなかったが、夢の長男は坊主だった。
今は28歳の息子が、4歳前後の姿だっただろうか。

ケンシロウ君じゃないか。
今まで、呼んだ事がない呼び方で、私を呼んだ。
抱っこした感覚がある。
記憶を呼び覚ます、そんな感覚。

長男は20歳の時、肺の病気である「気胸」になった事があった。
入院して加療は長期となり、一度退院出来たが、再度の入院となった。
根治には手術が良いと勧められた。

本人は手術時の人工呼吸器が嫌で、手術はしたくなかった。
しかし、根治には手術が必要との事を、本人もわかっていた。

根治には手術が必要なら、私が「避けられないだろ」と言うと、本人は考えていた。
嫌だったと思う。

以前に小椋佳さんの話を読んだ記憶があった。
小椋佳さんは優秀な銀行マンであり、自分の子供にも部下に接する様にしていた事があったらしい。

部下と子供は違う。

子供は追い詰められる。
それまで、様々な経験を素地に話を聞く部下と、いろんな事が初めての経験である子供は違う。
小椋佳さんも、そうして子供を追い詰めた事があったらしい。

そして子供は、疑いなく親を信用する。

私がそう言うと考えていた息子に、申し訳ない気持ちになった。
とても可哀そうになった。
大学を卒業し就職する時に障害にならないかと考えた。
根治に手術が必要なら、今我慢した方がよいのではないかと考えた。

そこに、本人の気持ちはなかったのだ。
そんな事を、言えない様にしていたのだ。

そこから、私は何も言わなくなった。
自力で治す道を選択し、退院する事が出来た。
8年経過した今も再発はしていない。

不思議な夢と共に、そんな気持ちがよみがえった。

2023年9月 4日 (月)

心と「ことばが劈(ひら)かれるとき」。

Akatsuki189

かなり以前に読んだ本「ことばが劈(ひら)かれるとき」。
竹内敏晴さんの著作で初版は1975年でした。

読了に時間が必要であった記憶があります。
それでも、読み継がれる理由が、よく理解できました。
一部難解な部分、知識が無いと理解が出来ない部分がありましたが、大まかには理解できたと思っています。

長らく営業に携わってきた、様々な場面と照合し納得する部分がありました。

心の状態、これまでの思い(主にトラウマ)。
それが、日常を生きてゆく姿勢に表れるというのは、驚きでもあったが、説得力もありました。

対人恐怖症の人が顔だけを前に出し、目の焦点が合わない。
後方へ引き気味の身体は、いつでも逃げ出せるように、その姿勢を保っている。

果たして自分がいつも、どんな姿勢で話をしているのか、とても気になったのです。

演劇を通じて、自らを解放する効果がある事も知りませんでした。
舞台演出を見せる番組(舞台の裏側を見せる番組)で、厳しく稽古をしている場面などは、観た事があります。
それは勿論、役になりきるという動作と共に、自らを、その心を、解放するという作用があるのだろうと感じていました。

アイドルが舞台への出演を経て、ひと回り大きく成長して行くのは、そんな経験をするからなのだろうと考えます。
演劇論は、よく言われる役者バカの独りよがりではなく、その奥深さを垣間見る一旦となったのです。

2023年9月 1日 (金)

全ての原罪は「孤独」なのか。

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流浪の月を読んだとき、傷ついた者が同士が引き寄せあう、その物語に引き込まれました。
誰も悪い人はいないのに、それぞれが持つ癒えない傷跡が、更に傷口を痛めて行く。
その事に、とても強い感情を持ちながら、読み進んだことを覚えています。

こういう思いを抱きながら、生きて行く事。
共感も理解もされない。
でも、食べて眠り、朝が来て、また生きてゆかねばならない。

「もう、嫌なんだ」と物語の中にある言葉に、様々な思いが凝縮している。
苦しい気持ちになりました。

全ての原罪は「孤独」なのか。

どうせ、誰も自分を理解してくれない。
その孤独からくる、絶望。

安らげる場所はなく、流浪する。
ひとりではない。
それが、救いなのか。

15歳で1人で生きる決意、本屋大賞の作家・凪良ゆうさんを絶望から救った「物語」(読売新聞オンライン)- Yahoo!ニュース

 

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