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2023年5月

2023年5月31日 (水)

朝井リョウさんの「どうしても生きる」で、どうしても生きる。

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美保純さんが以前にインタビューを受けて、なぜか記憶に残っている事があります。
ご本人曰く「幸せが続くと、この先に悪い事が待っているのではないかと思う」。
若い頃の話なので、漠然とした思いの中から、その答えになっていたと思います。
テレビ番組でしたが、その言葉だけが印象に残り、他は何も覚えていません。

おそらく、中二病も冷めやらぬ頃の私で、私はそれを退け、自らしあわせを引き寄せる。
そんな事を考えていた時期だったと思います。
こう書くと、まだ気持ちにあまり変化なく、中二病は治癒していないと思います。

先日、自宅で本を買い込み、積読場所を作っている時に、朝井リョウさんの「どうしても生きる」をたまたま手に取りました。
少しパラパラと。

この本を読んだ時にも、前述の美保純さんの言葉を思い出したのです。

しあわせな事が続くと、何か悪い事が起こるのではないか…。
いいと思っている、順風だと思っている。
そのすぐ近くに、落とし穴がある。
それも、穴に落ちるまで、その大きさすら認識出来ないサイズ。
そして、その落とし穴に落ちて、自ら気づく事がある。

学生時代の物語の映画なのに、「かそけきサンカヨウ」の中にも、真正面から描かれていた事。
生きている、その人間社会の中でその環境、成功や優劣がここでも、顔を出す。
それが、誰の心の中にもある思いの欠片を必ず見つけ出し、自分を含む誰もが他人ごとではない事を思い知らされる。

人に大きな差異があるのではなく、誰もが平均台を歩きながら、どちら側にでも落ちてしまう事を示唆する。
そなったら、あなたならどうする?
誰もが心の中にある欠片が、突如として存在感を増し始める。

それでも、生きてゆく。
その欠片が心の中で暴れて傷ついても、そんな自分を許して、許容して、生きてゆく。

著作のタイトル「どうしても生きる」に、読了後にそんな事を思いました。
こうして、ひとつづつ手に取ると、記憶が呼び覚まされ処分が出来なくなります。
もう一度、読んでみようかな。
その前に、未読を先に。

夜は更けてゆく。

2023年5月29日 (月)

「goodbye soldier」戦士はあなたです。

ティナ・ターナーの訃報。

マッドマックス サンダードーム(原題: Mad Max Beyond Thunderdome)に出演しており、アイク&ティナ・ターナー(Ike & Tina Turner)より、印象が強いです。
この映画の主題歌であった「We Don't Need Another Hero」と映画のラスト「goodbye soldier」と言ったティナ・ターナーのセリフが強く印象にあります。
映画公開時は、まだ学生でした。

映画は前二作と異なり、子供も登場する事から、少しファンタスティックです。
殆ど忘れてしまいましたが、面白く観た記憶はあります。

アイクとティナの関係は、デュオが絶頂期を迎えた後、夫婦間の様々な違いから関係は破綻したとの事。
DVがあり、アイクに向かって「大切にして欲しい」と歌うティナに、結果から考えるとさびしさが募ります。

好きなのに、束縛、妬み、それが変化して、愛情が凶器の刃に変わります。
ギリシャ悲劇からも物語としてある、同じように続く男女の物語に胸が痛みます。

愛蔵のCDから、ベスト盤を聴きました。
やつぱり「We Don't Need Another Hero」が好きです。

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戦士はあなたです。

ティナ・ターナー、家庭内暴力を乗り越え自立した女性をめざして 歌で世界に愛と勇気を与えた生涯

2023年5月28日 (日)

泣きすぎて、自分が水滴になりそうだ。

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小説や映画は、いろいろな人の人生を疑似体験し、その物語の中に引き込まれてゆきます。
私はハラハラドキドキする映画よりも、静かに淡々と進む物語が引き込まれやすい気がします。
非日常として疑似体験や、物語の傍観者となり溶けている思いが、何かの拍子によみがえる事があります。

映画「ムーンライト」の劇中のセリフです。

「泣きすぎて、自分が水滴になりそうだ」

こんなに切ない言葉があっただろうか…と思いました。
何か思い出すきっかけがあったのではなく、会社からの帰り道、運転中にふと浮かんだのです。

子供が習い事を始めるのは、4歳からとマスコミが報道していました。
時代背景が異なりますので、自分と比較は適当ではありません。
私は小学校に入学してまもなく、やむを得ない事情で書道教室へ通う事となりました。

自分の長男は、歌うことが大好きで、3歳からピアノを始めました。
二男は年少さんから、水泳でした。
水遊びの延長からで、選手を目指すという事ではなく、身体を動かす事が優先でした。

今、家庭の事情で習い事をしたくても、出来ない子も多いとの事。
学校で遊んでいた友達が、習い事があるから帰る…と言われた時のさびしさは私も経験があります。
小学1年生の間は、親に勉強しなさいと言われる事もなく、中学生になるまでは学習塾へも通っていませんでした。
書道教室は土曜日の午後で、憂鬱でした。
当時土曜日は半日授業でしたので、お腹は空くし、帰っても遊べない事は嫌でした。

そうして育ってきた私は、自分の子供にも強制はしませんでした。

でも、通いたくても通えない。
これは辛いと思います。
マスコミの報道は、習い事でいっぱいの毎日と習い事が出来ない境遇の子供を比較する内容でした。
子供はその事情を、家庭の事情を理解しています。

例えば3人で遊んでいて、その内2人が同じ習い事はあるから帰る。
しかも、ふたりは同じ習い事。
そんな時の疎外感は、たまらないです。
つまらないです。
ひとりぼっちです。
さびしいです。

私は習い事は嫌だったけれど、なんだかテンションが急に下がります。

なんだか孤独で、どうせ家は…というあきらめ。
環境が厳しくても、頑張る人はいます。
それを標準として、すべての結果を自己責任という便利な言葉で解決するのは乱暴です。

映画「ムーンライト」には、こんなセリフもあります。

「自分の道は自分で決めろよ。周りに決めさせるな」

映画のストーリーに触れるので避けますが、様々な事がひとつの面だけでない事を示唆します。
派手な映画ではないですが、ひとりの男性の人生を通し、いろいろ考える事と感じる事がありました。

2023年5月21日 (日)

春の温かさと冬の寒さと。

その日の演目は、マーラーの交響曲第4番でした。
素晴らしい。

アンコールの演目は、ルロイ・アンダーソンの「春が来た」でした。
主たる演目も素晴らしいけれど、このアンコールもたまらないものでした。

これ大好きです。

雪深い中から、春にきざしが表れ、明るい陽がさしてくる。
そんなイメージがあるのです。

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加えて、生きていて大変な困難や苦しみから解放されてゆくイメージです。
全ての哀しみや苦しみが昇華され、美しい新しい地平に立っている様な感じです。

他にシベリウスの「春の歌」も、季節の春も勿論、哀しみや苦しみからの解放を思うのです。
北欧に住む方々が、長く厳しい冬から、春の訪れを喜ぶ。
そんな気持ちと重なり合う、そんな気がするのです。

リストの「春の夜」。
これは少し、春の温かさを感じる夜に、月や星を見上げながら未来を、素晴らしい未来を感じている淡い気持ちを、その思いを感じるのです。
「暖かさ」ではなく、「温かさ」です。

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そして、ブルッフのヴァイオリン協奏曲第2番です。
その第3楽章。
パッチワークの様な畑が、モノクロからひとつづつ、色を得てゆくイメージを持ちます。
それは、色をなくしたその思いから解放され、世界が鮮やかな色を取り戻す。
苦しみや哀しみから解放され、喜びや希望が湧いてくる。
そんな気持ちになるのです。

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一面の雪原で、雪は降り続く。
途中駅で停車している特急電車は乗車客は殆どいない。
聴いていたバッハの無伴奏ヴァイオリンパルティータは、その音があるはずの世界でとても静かでした。
自然の厳しさにあっていました。

春に希望を見出し、冬にその厳しさを思う。
人も大いなる自然の一部でしかないと、感じてしまいます。

2023年5月15日 (月)

これから先で仕事を卒業したら、どうする?

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長男が結婚し、独立して約5カ月。
結婚式は来年の予定ですが、入籍はしている事から双方の家族イベントには夫婦で出席しています。

祖父と祖母(本人からすると)は、孫の結婚式に出席できると、その成長と共に喜んでいます。
祖母は奥さん(私からすると義理の娘)が、研修で自分の故郷に1年いた事もあり、ことのほか親近感を抱いています。
先日は息子夫婦と4人で食事会をし、大いに盛り上がった様です。

視点が変わります。
親父もお袋も、80歳を超えています。
食事会の後の話で、ふたりとも楽しそうに「玄孫の顔が見れるかもしれない」と話しています。
お袋が私の妻に「生まれたら、頼りにされるわよ」と話しています。

その人生のモデルは、学校を卒業したら結婚して子供を作り、定年まで働き、余生を過ごす。
ライフシフトで書かれた、スリーステップモデルです。
両親が玄孫の誕生を思うのは、何も疑問の余地がある事でなく、とてもうれしい事です。
両親の人生を否定する事などまったく無縁であり、それよりも老齢の両親が先々に楽しみな事があるのは、なんて素敵な事だろうと思います。

息子夫婦のところに子供が生まれるのは、かなり先に事となると思っています。
夫婦共働きで、結婚後の家事分担も我が家とは大きな違いがあります。
義理の娘は職業選択をする際に、大変な苦労をしました。
例えば、出産などでブランクがあっても、極めて影響の少ない職種です。

わが身に置き換えて、考える事があります。
ここまでは、私もスリーステップモデルです。

毎日の仕事は刺激があり、様々な事にアクションして行く事が嫌ではありません。
たくさんの仲間と発展を目指し、いろいろな事を乗り越えるのは、とても楽しいです。
しかし、これには期限があります。
一定の年齢(定年)となれば、いつまでものさばる事なく、後進に道を譲る覚悟です。

さて、そのあとは…と考える事があります。

健康な身体でどれくらい持つのか。
金銭の事を含め毎日、好きな事だけして行く余裕はなし。
また、そういう生活には耐えられそうもない。

今でも連絡をし、たまに会う友達もいる。
夫婦仲も、私は悪くない…と思っています。
でも、現在とは正反対に近い、社会との断絶に近い状況に耐えられるか。
山奥の一軒家に住むのもいい。
そんな環境で、思考と行動のバランスが変わると、自分は思考が優先する偏屈なじじいになってしまう気がするのです。

自らの能力を棚卸し、あまりあっけなく終わってしまう事は、少し前から知っています。
社会人になってから、勉強する事は嫌いではないので、今でも苦ではありません。
勉強するのが、なぜ苦ではないのか。
それは今の仕事で、関係する人々の利害を調整する事が多く、それぞれの立場を理解し、より的確な問題解決に役に立つからです。

こんな事を嬉々としてやっている自分が、正反対な状況になると考えれば不安になります。
人と人の間で仕事をする事が、たぶん好きです。

営業はつぶしが効かない。
しかし、これがいちばん好きで、楽しい時間が多いようです。

それがわかれば、後はどうするのか。
さあ、問題解決です。

2023年5月14日 (日)

カタクリの花(スプリングエフィメラル)。

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会社の少し先輩の事です。

学生時代から実家を離れて、結婚するまで一人暮らしだったとの事。
だから結婚後、ひとりになりたい衝動に度々駆られると言っていました。

近所に住んでいた千賀ちゃんは兄弟がいませんでした。
昼間は本人とお母さんだけです。
遊びに行って、なんだかとても静かだった事を覚えています。

自分が育った家は、いつでも大騒ぎでした。
私を頭に弟、妹。
昼間はその友達が入れ替わり、立ち替わり。
入浴に夕食、就寝までテレビだったり、小競り合いだったりと騒々しい。
部屋はごちゃごちゃで、「片付けなさい」と毎日怒られる。

そんな環境で育てば、結婚してからも、誰かがいる事が苦痛になる。
ひとりになりたい…なんて思う事はありませんでした。

今は仕事の都合で別宅におりますが、かえって忙しい。
分担はありませんから、風呂に夕食、就寝の支度と自分です。

風呂は上がったら、必ず全裸でそのまま、すぐ掃除。
安心してください。掃除はしてますよ。
次に入る前に、掃除からスタートするのは嫌です。

夕食も済ませれば、もう眠くって、片付けを何時するかの葛藤を朦朧としながらしています。
朝、汚れた食器を見ると不愉快な気分になるので、フラフラして片付けています。

今年、カタクリの花を見せてもらいました。
見ごろの場所があると、案内をしてもらったのです。

茎先に1つだけ、下向きに淡い紅紫色の花が咲いています。

あまり人が立ち入らない、山間部に咲く花。
種が芽吹き、球根を作り花を咲かせるには、10年前後の時間が必要。
木漏れ日で成長し、わずかな時間だけ花を咲かせる。
GW連休明けには、花も茎も葉も枯れ、次に開花する春前まで休眠する。

地上で姿を見る事が出来るのが、わずかな期間である事から、スプリングエフィメラル(春のはかない命)と呼ばれるそう。

千賀ちゃんの家に行くと、お母さんが静かに迎えてくれます。
脱ぎ散らかした靴なんてなく、玄関がとてもきれい。
その玄関から続く台所は、テーブルに食べかけのものもなく、とてもきれい。
整然とした、片付けられたその家が、静けさを増している様です。
家にテレビの音も、誰かの声も聞こえない。

どうして、家に行ったのか?
その後に、何をして遊んだのか?
何も覚えていないのです。

でも、家が静寂に包まれていた事だけは覚えています。

山間地でひっそりと咲くカタクリを見て、その花のはかなさの説明に、なぜか思い出したのです。

2023年5月13日 (土)

雨の日曜日。

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カーペンターズの楽曲に「雨の日と月曜日は(原題: Rainy Days and Mondays)」という楽曲がありました。
雨の日は憂鬱だし、月曜日もまた憂鬱。

週末休みの時に雨だと、確かにがっかり。
駐車場から傘をささずに行けるショッピングモールやスーパーは、駐車場からとても混雑。
傘はそれだけで、荷物になります。

サザエさん症候群ではないですが、日曜日の18時30分にサザエさんの主題歌が聞こえてくると、それは休日も終わりのサイン。
月曜日からの忙しい事を思えば、憂鬱の気分にもなる事がありますね。

小林明子さんの「雨の日曜日」。
前述のカーペンターズの楽曲に同じく、雨の日は自身の事を思い、自分自身に問う事が多くなる。
そんな内容の歌詞だったと思います。

両方の楽曲に共通しているのは、自分の居場所とか、今その時の思いの事。
迷いと確信と、近い未来への期待や思いが逡巡します。
日曜日が雨だと、ふと空いた時間にいろいろと考える。
そんな時間が出来てしまうのだと思います。

マイクロソフトの少し前のCMでは、「月曜日が待ち遠しくなる」というのがありました。
休日は家族や友人たちと、仕事の事を忘れて過ごす。
人と会う事の刺激があります。
夜は本を読んだり、インプットの作業をする事が多いです。
そうすると、明日から使えるかもしれないアイデアに出会う事があり、「月曜日が待ち遠しくなる」事があります。
いつもではありません。

最近はしていませんが、愛車を磨いて、しばらくして雨が降ってくる。
「あ~、せっかくワックスかけたのに!」と思います。
でも、きれいに水をはじいるのを見ると、満足もしてしまいます。

2023年5月11日 (木)

大人も、みんな昔は子供だったのにね。

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メンデルスゾーンのピアノ協奏曲第1番を、先日久々に聴きました。

二男が20歳になる時、それまでの歩みをフォトストーリーとして作成しました。
第2楽章から利用し、幼稚園の入園から小学校の卒業までに使用しました。
私は特に第3楽章、明るくて華やかなところが大好きです。

二男はミレニアムベイビーなので、産まれた時からデジタルの記録があります。

作成をする際に、写真を選び、何度もこのピアノ協奏曲を聴きながら作業しました。
そんな事もあり、聴くだけで写真が頭に浮かんできます。
やっぱり、かわいい。

二男はアスペルガー症候群です。
学生生活も苦労した事が多かったと思います。

妻にメンデルスゾーンの楽曲とリンクする事を話しました。
すると、言葉が遅かった事もあり、私が積み木の色を覚えさせる事から始めたり、計算カードを一緒に遊びの中でやっていた事を話してくれました。
そんな事、すっかり忘れていました。

そんな二男も、今年の4月から社会人となりました。
これからも、いろいろと苦労をする事と思います。

二男が大学に入学した時の事です。
義務教育の時の通級の先生から、同じ通級に通う生徒や児童の保護者向けに、その道筋を講演して欲しいと妻に依頼がありました。

原稿は私が書きました。
「いろんな事、よく覚えているね」と妻がいいました。
そうです。
過去のブログの記事に、二男はよく登場するからです。
記録があります。

しかし、これは…と言われた内容があります。
その部分は、父親である私からのメッセージとして読んでいい、という事で披露される事になりました。

子供は生まれる前に、あの両親のところへ行けばきっと自分は、しあわせになれると選んで生まれてきます。
だから、大切にいつくしんで育てたい。
ここならしあわせになれる…生まれる前にそう思った気持ちに、私は答えてやりたいと思っています。

児童虐待は後を絶ちません。
私の同僚のひとりは、子宝に恵まれませんでした。
虐待の悲惨なニュースを聞くたびに彼は「俺にくれればいいのに…」とつぶやいていました。

里親のドキュメント番組を観ていた時の事です。
幼い子がお母さん(里親)のお手伝いをしています。
その子がいいました。

「ぼくは、ここでしあわせになりたいんだ」

しあわせなんて言葉が、幼い子供から出る。
その子の記憶にある少し前は、積極的にお手伝いをしなければならなかった環境だったのでしょう。
その事を思うと、せつなくなります。

大人もみんな、昔は子供だったのにね。

2023年5月 9日 (火)

人工的な音が聞こえない。

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札幌での生活はわずか2年でした。
最初の1年目は取引先への挨拶やらで、様々なところへ行きました。
移動には時間が必要な北海道です。
仕事以外にも休日を利用しても、そういろいろ行く事が出来ません。

残り1年は本州より早く流行した新型コロナウィルスの影響で、ほぼ軟禁状態でした。
しかし、わずかな時間でしたが北海道の魅力は、私を虜にしました。

テレビドラマの北の国からは言うまでもなく、倉本聰さんの映画やドラマで、その舞台の風景が記憶に残っています。
ロケ地巡りをしたのではありませんが、北海道の風景に酔いました。

札幌の別宅から事務所までは、歩いても行ける範囲にありました。
まだ実態もわからない新型コロナウィルスの流行で、地下鉄に乗る事も憚られる時に、徒歩で通勤しました。

その時々の風景は素晴らしく、歩くのが苦ではありませんでした。

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仕事では、誰もいない様なところに行く事も多いのです。
人工的な音が何も聞こえない。
人の気配がない。
こんな贅沢はないな…と思っていました。

単身赴任なので、帰宅してもひとりですが、別宅のマンションは人の出入りもあり、生活音もあります。
付近の道路を走行する車の音。
緊急車両の音。
そんな音がなく、人の気配がない場所はある。

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護岸工事をされていない川は、せせらぎの音が違う。
凍てつく空気が、空気として存在する。
そんな事に、とても感動していました。

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桜木紫乃さんの小説が、より風景としてリアリティを持ちます。
高倉健さんの映画「駅 STATION」や映画「糸」など、北海道を舞台とした物語を求めて読んだり、観たりしました。
寿都町が文献調査の事で話題となり、中島みゆきさんの「吹雪」がそのイントロから、冬の積丹半島近く、日本海の風景に重なります。

帰京後、二男の卒業就職を前に、家族で北海道へ行きました。
単身赴任中は新型コロナウィルスの影響で、北海道へは来れなかったし、私が感じた魅力も伝えたかったのです。

Akatsuki168

降るような星空を観れなかった事。
ダイヤモンドダストを観れなかった事。
他にも魅力ある場所がたくさんあります。
思い残しがある方が、次の機会を作り出すと思っています。

身勝手で、そんな静けさを、時に感じたくなります。

2023年5月 8日 (月)

マダ、ジブンハイイノカモシレナイ。

Akatsuki166

GWは現在の業務の関係から、遠出は出来ない環境です。
しかし、何事もなく、無事に過ぎ去り、今日から通常勤務になっています。

テレビのニュース番組では、GW各地の混雑を伝えています。
一方で、どこへも行けないとか、時間はあるけど金はないとか、様々な局面を報じています。

報道はいろいろな場面を切り取ります。
内容は衝撃的である方が、視聴者の関心を集められるので、極端になる傾向はあると思います。
しかし、朝の7時と同時に衝撃的な事故映像が放映される。
視聴者をひきつけるには格好の材料かもしれませんが、なんだか嫌な気持ちになる事が多く、私はその番組を観なくなりました。

溜息が出るような、素晴らしい住まいで暮らす、そんな生活が放映されます。
休日は○○へ旅行に行き、〇〇を買い求める事が出来ました…とか。
それとは正反対に、三度の食事もまともに出来ないという内容が報道されます。
切り詰めるところがなく、自分の食事を減らして子供に優先する。
たまらなく切なくなります。

いつの時代もあった事だと思います。

刺激的で、視聴者の関心を引く衝撃的な内容が、観る人の心の中で、いつも誰かと自分の比較を生み出している気がします。
一生かかっても、あんな生活は出来ない。
うらやましい。
生活に困窮する、あんなに大変な人がいる。
まだ、自分はいいのかもしれない。

いつも、いつでも、気がつかないけれど比較している。
だから、車を運転していても、些細な事で腹が立つ。
自分が貶められない様に、馬鹿にされない様に、威嚇で近づけさせない。
それがわずかな安心の材料となる。
実はその安心は、そう思う心の中で、不安をなお更に増大させる種になります。

誰かを貶めたくなる。
貶められた誰かが、自分と同じ絶望を感じている事に安心する。
意識をしていないけれど、自分と同じだと安心する。

誰もわかってくれない。
孤独や孤立は深まるばかり。

世間に不安が充満し、それが不安とも、不満とも区別がつかず、マスヒステリーとなります。
様々な事に対する反応は極端になり、互いが一切を受け入れず、対立は深まる事となります。
こういう時にカリスマ性を持ち合わせた、扇動的な指導者が現れると危険な事は、歴史が証明するところです。

感じている閉塞感や窮屈な思いが、取り払われたと思う時が、危ない時です。
それぞれに違う思いがあり、それぞれに事情が違います。
それぞれ違う他人の事情を、一気に解決する、そんな魔法はないです。

家族や地域社会といった共同体の根本にはポリティクス(政治)があり、基本は利害関係と権力関係で成り立っていると指摘する。それに目を背け、「安らぎの場」などと利点ばかり強調しようとすると問題がこじれてしまうという。

「子どものことを一番思っていて、最もよく理解しているのは自分であると親は考えがちですが、本当にそうか。子どものためと言いながら、自分の利害のためにしていることも多いのではないでしょうか。とりわけ幼少期の子どもは無力なので、親の影響力は大きい。長じるに従って、その関係性は変わっていくわけですが」

「そもそも他人の心がそう簡単にわかるわけはない。仏教でいう慈悲とは他者を思う心であり、相手を何とか理解しようとする努力が根幹にあると私は考えています。その前提として他人のことはわからないものだと考える必要がある。わからないからこそ、わかろうと努力するわけです」

生きづらさに向き合う 南直哉さんに聞く
仏教、若者救うツールに 人の心わかる努力を
日本経済新聞 2015年10月31日

幼い頃、母親や幼稚園の先生からよく言われた事です。
「自分がしてもらって、よかった事を、おともだちにもしてあげなさい」

比べる事でなく、わからないからこそ、わかろうと努力する事が、相互理解の一番の近道ですね。
自分の持つフィルターで、色眼鏡で、先ずは見てしまうのが、私を含めて常だと思います。
それを乗り越える事は多くの努力が必要です。
やっぱり傷つく事は、誰でも嫌ですから。
簡単な事ではありません。

でも、スタートラインはそこにあると思うと考える、そんなGWでした。
ROBERTA FLACKのアルバム「SOFTLY WITH THESE SONGS」が最高な夜です。

・THE FIRST TIME EVER I SAW YOUR FACE
・WILL YOU STILL LOVE ME TOMORROW
稀代の名曲が静かに続きます。

いろいろな思いを浄化してくれます。

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