« 「今日で夢は終わる」けれど「あなたが好き」 | トップページ | そう 私は生きるために闘っている。 »

2022年7月10日 (日)

空に星があるように。

akatsuki118.jpeg

幼い頃に雑誌「ムー」を戦慄しながら読んでいる時です。
時はノストラダムスの大予言で、世界がフィーバーしていました。

その記事に記憶がある事。
なぜ、ノストラダムスを始め、当時はエドガワ・ケーシーなどが予言を出来るのかという仕組みの説明がありました。

我々は視点の位置が、身長やその時の状態で異なります。
例えば、一本道の向こう真ん中に岩があるのは認識できる。
しかし、その道の先に山があれば、その山の向こうはわからない。

ところが予言者は、この山よりも先を見通す位置で確認が出来る。
つまり我々とは、その先まで見通す力が異なっているとの説明でした。

なんだか、とても納得しました。

幼い子が、いわれなき折檻やネグレクトなどで亡くなるニュースを知るに、とても辛くなります。
どんなに寂しかっただろう、どんなにお腹がすいていただろう。
世界は狭く、他の誰に頼る事も出来ない絶望を思うに、とても辛くなります。

30代の後半に体を壊し、1カ月ほど会社を休んだ事があります。
それは急性肝炎でした。
復帰してずいぶん時間が経過した後の事です。
中島らもさんの「今夜、全てのバーで」を読みました。

肝硬変寸前で病院に担ぎ込まれる物語の主人公に、治療の過程など実地でなぞる様な内容に興味深く読んだ覚えがあります。
その物語の中で、若年の患者が亡くなる事に対し、医師が自身の思いを吐露する場面があります。

小学生には、壁の棚に何がのかっているなんて見えないじゃないか。
(中略)
一センチのびてゆくことにものが見えだして、風景の本当の意味がわかってくるんだ。
(中略)
なのになんで子供のうちに死ななくちゃならんのだ。
つまらない勉強ばかりさせられて、噓っぱちの行儀や礼儀を教えられて。
大人にならずに死ぬなんて、つまらんじゃないか。
せめて恋人を抱いて、もうこのまま死んでもかまわないっていうような夜があって。
天の一番高い所から、この世を見おろすような一夜があって。
死ぬならそれからでいいじゃないか。

今夜、すべてのバーで / 中島らも

今、あしたのジョー2を観るのが楽しみで、毎日少しずつ観ています。
物語はクライマックスで、過去には気付かなかった、新しい気づきもあります。
しかし、終わりに向けて、なんだか気持ちがざわざわしています。
若い頃に観た時とは、明らかに違います。

後半、主題歌は荒木一郎さんの「MIDNIGHT BLUES」に代わっています。
荒木一郎さんと言えば「空に星があるように」です。

小さな夢は 消えました
淋しく 淋しく 星を見つめ
ひとりで ひとりで 涙にぬれる

空に星があるように / 荒木一郎

次は、さびしい思いをしなくていいところに。
いつも、安心できるところに。
いつも、ぬくもりがある場所に。
いつも、愛される場所に。

« 「今日で夢は終わる」けれど「あなたが好き」 | トップページ | そう 私は生きるために闘っている。 »

文化・芸術」カテゴリの記事

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

読書」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

« 「今日で夢は終わる」けれど「あなたが好き」 | トップページ | そう 私は生きるために闘っている。 »