反抗期の終わり。
自分が傷つかない環境で、自分が守られている環境では強い。
でも、世間では思い通りには行かず、時として自らの気持ちを曲げ、自らの意思に反した事も行う。
その自分の小さなところに、果てしなく嫌気がさしました。
自分が愛されている絶対的な環境で、その事に甘え傍若無人になる。
違うところでは、自らの気持ちを曲げ、自らの意思に反した行動もする。
なんか、言ってる事とやってる事が違わないかい。
安心できる場所とそうでない場所では、違うじゃない。
それって、弱くないかい。
それって、小っちゃい。
そんな自分を思いました。
反抗期は、この時終わりました。
私が中学生の頃は「腐ったミカン」の時代です。
学校の窓ガラスを壊してまわったり、盗んだバイクで走りだす事はありませんでした。
家族に暴力を働いたり、器物損壊なんて事はありません。
ただ、群雄割拠でケンカは多かったです。
ケンカがあるという事は、少年の世界にも政治が必要となるのです。
この政治に嫌気がさしたのです。
その後、特に高校3年間は、誰もが一度は悩む、自らの存在に囚われました。
このトンネルはとてつもなく長く、でも通らなければならなかった道であったと思っています。
人は一人で生きているのではないので、政治は避けられない事と思います。
自分勝手に進めるのが可能な事など少なく、多くの場面で妥協を強いられます。
しかし、自分の心に嘘をつき続けるのは辛いです。
様々な圧力がある中で、真実を求める事が出来ない事は辛いです。
本当の自由は、真実を求める心にあるはずです。
自分ひとりで生きているのではない事を知る。
多くの人々との関わりの中で、自分の事を客観的に見る目を持つ事。
その時、反抗期は終わるのでしょう。
同時に自分を愛しむ人々の気持ち、そして愛しんでもらう事が非凡であり、その尊さを知る始まりだと思うのです。
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