« それぞれの事情。 | トップページ | 人生は種まきの時で、収穫の時ではないという。 »

2022年4月17日 (日)

ジミー大西さんの花いちもんめ。

akatsuki105.JPG

 

徹子の部屋にジミー大西さんが出演した話を妻から聞きました。

ジミー大西さんは幼い頃しばらく、言葉が不自由だったとの事。
私にも幼い頃、言葉が不自由だった遊び仲間がいました。
その事は特別な事ではなかった記憶があります。

我々にはわからない事もありましたが、本人がお母さんに話をすると伝わっていました。
彼のお母さんが耳を傾けていた姿勢と背伸びしながら話しかけている彼の姿。
その光景が記憶にあります。

そんなジミー大西さんを、花いちもんめになると必ず指名してくれる女の子がいたとの事。
ジミー大西さんは、そんな彼女に好意を抱きます。

長いお休みの後、急に彼女が教室へ来なくなります。
やがて、その彼女が使っていた机に花が飾られました。
彼女は亡くなったのです。

ジミー大西さんは、その花の手入れを欠かさなかったそうです。
そして、ある日担任の先生から、ジミー大西さんは話をされます。
それは、そろそろ席替えをするので、その花を片付けるとの事でした。

そして、行われた席替え。
ジミー大西さんは、その彼女が使っていた机と椅子になります。
その机に手を入れると、机の中に手に触れるものがあります。

そこには、彼女のハンカチが残っていました。

その話を夕食の席で聞き、翌日の支度をするために自室へ入りました。
ふと、その話の余韻にメロディーがよみがえりました。

シューベルトのピアノソナタ第21番 第1楽章冒頭のメロディーです。

それはまるで、彼女がジミー大西さんを微笑みながら見守っている様なのです。
第1楽章の第1主題の最初の1音から、そう思うのです。
音楽を聴くには遅い時間でしたが、ヴォリュームを絞りCDを聴きました。

たまらなく、せつなくなりました。

シューベルトが完成させた最後のピアノソナタです。

完成をさせた2ヵ月後に、シューベルトは亡くなります。
この頃、シューベルトの健康は相当に損なわれていたとの話が残っています。

全曲を通じて、その美しさは私が表現するまでもありません。

際立っています。

生きる事の哀しさや、苦しさ、辛さ。

そして、喜びも。
人生を肯定的に捉え、すべての思いを内包しその素晴らしさを、やさしく歌い上げる。

ジミー大西さんの心に生き続ける、彼女の思いと重なる気がするのです。

« それぞれの事情。 | トップページ | 人生は種まきの時で、収穫の時ではないという。 »

心と体」カテゴリの記事

文化・芸術」カテゴリの記事

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

音楽」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

« それぞれの事情。 | トップページ | 人生は種まきの時で、収穫の時ではないという。 »