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2022年4月18日 (月)

人生は種まきの時で、収穫の時ではないという。

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原田マハさんの「たゆたえども沈まず」を読んでからの事。
およそ20年前以上前に出かけたゴッホ展で、自分は何を見ていたんだろうと考えました。
この著作をスタートに、原田マハさんの作品はたくさん読みました。

ゴッホ展で買った大きな展覧会の概要本は、開かれぬまま本棚の大きな段に鎮座していました。
「たゆたえども沈まず」を読んでから、ゴッホ作「星月夜」のアートポスターを手に入れようと考えています。
札幌の別宅には大きな白い壁があったのですが、今の部屋にはありません。
先ずは、そこからです。

そんな前段があり、映画「永遠の門 ゴッホの見た未来」を観ました。
その映画の中で、こんなゴッホの台詞があります。

もしかしたら神は…時を間違えたのだと。
未来の人々のために神は、僕を画家にした。
人生は種まきの時で、収穫の時ではないという。

映画「永遠の門 ゴッホの見た未来」より
(一部抜粋)

このセリフはイエスの生涯と重ねて、ゴッホが話をします。
死後、本人が話していた通りの事となる事は今の歴史が証明しています。

こんな言葉を、こんな意思を持つほどに達観したのか。
その思いが、本人を支えていたのか。
哀しみの果てに、何を見据えていたのだろう。

到底わからない思いに、思いを巡らす週末でした。

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