しあわせのランプ

しあわせのランプ(Chapter16) 親愛なる者へ

「誰かひとりを血祭りに上げて、自分の強さを見せつければいいかな?」
「それをはじめると、止め処なくそれを続けなくてはならない。まして最初も,この先も勝ち続ける保障がどこにある?」
「でも、最初に強いんだと見せておかなければ馬鹿にされるし、友達も出来ないし、どうするの?」
「自分よりケンカが強い奴はたくさんいる。勝ち続ける事でしか関係を維持できない友達は長続きはしないよ。もし、勝ち続けてもそこにあるのは、例えようもない孤独だ」
「なんだかよくわかんないなぁ」

アルバイト先の社長から息子の家庭教師をお願いしたいと言われたのは、ある日突然だった。
残念ながら、一流大学でない私がなぜ、学生時代や勉強の事なんて話をした事もないのに依頼されたのだろうと思っていた。
しかし、その疑問は一瞬で解決が出来た。
その中学生は大変な問題児だったのだ。

まずは、机に座らせる事から始めなければならなかった。
約束の時間に家に帰ってこない。
近隣を探す。
当時はまだコンビニの駐車場で輪になってではなく、飲料の自動販売機の灯りの近くにいたのだ。
社長は勿論、奥様にご挨拶をしていたので、こどもの顔を想像する事が出来、その中の誰であるかが、すぐにわかった。

私が近づいてゆくと、楽しそうに話していた会話が止み、そこにいた5人が私の顔を見た。
「君が○○か?今日から約束していた事があったのではないのか?」
当時、私は厳しい空手の稽古で鍛えた身体をしていた。
中学生から見れば、体格でケンカは既に勝負あった…だったのだ。

6月頃、もう夏の虫の鳴き声がしていた。
自動販売機の機械の音と虫の鳴き声以外音が聞こえない。
抵抗はなかった。
5人は一緒に立ち上がった。
「さあ、家に帰ろう」と言って歩き出した私について来ざるを得ず、本人も勿論、他の4人は一言も話をしなかった。
まだ、とてもあどけない顔をしていた。

玄関を入って来る音がし、奥様が扉の向こうの部屋の奥で息を殺しているのがわかった。
彼の部屋に入り「まずは、座れよ」と笑顔いっぱいで、勉強机の椅子を勧めた。
その時、むなぐらをつかもうとして彼が飛びかかって来たのだ。
その手を両手で受払い、そのまま掌手で彼の胸を突いた。
突き飛ばすような格好で彼は椅子に大きな音を立てて座る格好となった。

その時、彼が私を怒りで睨む瞳は涙でいっぱいだった。
「やるんだ、とにかくやるんだ…理由はない。とにかくやるんだ」と私は涙いっぱいの瞳に答えた。
その時は私も驚いており、気の利いた言葉を捜し、理由など説明する余裕がなかったのだ。
その日は教科書を見せてもらい、今現在授業でどこまで進んでいるかを確認するだけで終わったと思う。

帰りに彼は、玄関まで出ては来なかった。

果たして彼は、次の時は部屋におり、私を待っていた。
勉強は細かい事に繰り返しだった。
例えば、英単語を3分間に10語覚える。
そこですぐに小テストをした。
出来たら頭を撫でながら言葉で褒め、失敗したら書いて覚えるまで繰り返す。
この繰り返しで、時間中は集中し、良い結果のでる事に意欲も湧いてきていた。
本気で接し、彼に関心を示している事が、彼にとってよかったのではと今思う。

彼とは合間にいろいろな事を話すようになった。
多くは今やらなければならない事の理由がわからなかったり、学校や教師の理不尽に感じる事に対する怒りでもあった。
まるで、さっきまでの自分を見ているようだった。
奥様は彼が座って勉強をしているという事実だけで、涙ながらに感謝された。
感謝されるではなく、私自身が楽しくなっていたのだ。

友達の事。
恋愛の事。
受験の事。
将来の事。
両親の事。

いろいろな話をして、私が社会人になるのと同時に終わりとなった。
就職してしばらくの後、アルバイト先の社長から電話を頂いた。
その内容は急な転居に伴う転校で、彼から相当な反発があり、学校へ行く意欲も勉強への意欲も失い困っているとの事だった。
私の勉強方法が一番わかりやすい…との理由(言い訳)で休日の夜に家庭教師を再開する事となった。
勉強らしい勉強は殆どなく、もっぱら彼が心情を吐露した。
転校先の学校で馴染めるかどうかが彼の一番の心配だった。

「誰かひとりを血祭りに上げて、自分の強さを見せつければいいかな?」
「それをはじめると、止め処なくそれを続けなくてはならない。まして最初も,この先も勝ち続ける保障がどこにある?」
「でも、最初に強いんだと見せておかなければ馬鹿にされるし、友達も出来ないし、どうするの?」
「自分よりケンカが強い奴はたくさんいる。勝ち続ける事でしか関係を維持できない友達は長続きはしないよ。もし、勝ち続けてもそこにあるのは、例えようもない孤独だ」
「なんだかよくわかんないなぁ」
人生の出来事に意味付けをしなければならないなら、荒れた中学時代に自分が得た事はこの事だった(Chapter4)

「要はケンカをしても勝ち目がないとか、意味がないと思わせればいい。それは勉強が出来る事、頭が良いと思わせる事でも可能だと思わないかい」
「そうかな…」
「鎌倉の円覚寺に空手の開祖である人の碑があるんだよ。そこにはこう書かれているんだ。【最強の者 戦わずして勝つ者】ってね」
「そうか…」
「それから○○○中魂(転校前に通学していた中学校名)は忘れてはいけないんじゃないか」
「○○○中魂?」
「そう、俺はそこでがんばっていたんだという誇りと魂だよ。新しい学校に行っても、それを心に秘めておけばいい」
「○○○中魂…か」
「もうひとつ。せっかく部活動でやっていたバスケットボールは新しい学校へ行っても続けるといいよ思うよ。クラスだけではない友達が増える事は、クラス替えをしてもどこかに友達がいる事になるかもしれないよ」
「そうだね」

次に彼のところを訪れた時、机には大きく油性マジックで「○○○中魂」と書いてあった。
周囲の心配をよそに、彼は新しい学校にも馴染み楽しく学校生活を始めた。
私はもう必要なく、役目は終わっていた。
彼に必要だったのは、自分の気持ちを受け止めてくれる人だった。

その年に彼から送られてきた年賀状には「俺も先生みたいな男になりたいです」と書いてあった。
その言葉は嬉しいような、でもチクリと心に棘が刺さった様な気持ちになった。
親愛なる者へ。
私とあなたには大きな違いはないんだよ。


元気ですか。どうしていますか。
きょうはひとりぼっちでいませんか。
いいことって、小さなことって、毎日ほんとに いくつもいくつもいっぱい あるんだね。
けれど、とてつもなく大きな 悲しいことも、やっぱり どうしようもなく あるんだね。
明日なんて わからないし、どんなに今日はいい日でも、一秒後には炎の中かもしれないし、
まるで真っ白な霧の中、いつだって、いまにも断崖に向かって踏み出しているかもしれないんだね。
けど、まっすぐに空を見て足を踏み出せたらって、
なかなかできそうにもないけどさ、だから、さ、なおさら、そうしたいと 思うんだ。
たとえばあんたもひとりぼっちなら、あたしはきっと そうやって あんたに手を出すよ。
きっと そうやって 本気で あんたに手を出す。わかるかい。

親愛なる者へ/中島みゆき

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しあわせのランプ(Chapter15) 高く空に舞い上がれ!! 親父の想い

親父の帰りが遅いのは当たり前で、休みの日以外に夕食のテーブルに一緒につくなんて事は殆どなかった。
同級生が早くに帰宅する親父と野球とドラマでチャンネル争いをするなんて、当時の我が家ではありえなかった話をよく聞いていた。
親父は帰りが遅い…これは当たり前の事だったので、別段うらやましいなんて感情もなかった。
どちらかと言えば、親父には近寄りたくなかった方だ。

凧がなかった。
明日から正月で、凧揚げが解禁となる小学生にはこれは重要な問題だった。
どうして、そんな事になったのかは覚えていないが、この時ばかりはそれから親父とおもちゃ屋をいくつも回ったのだった。
百貨店も近くにはいくつもあったが、当時は街のおもちゃ屋さんが主流であり、もう終わった時間だったと思う。
トイザラスは勿論、22時まで営業している様な店はなかった。
いくつか探したおもちゃ屋さんで、最後に駅のそばで1軒営業している店をみつけ、そこで凧を買ってもらったのだ。

もう辺りはすっかり暗かった。
親父が私の肩を抱きながら「よかったな」と言っていたと思う。
おもちゃ屋さんの親父が、とても丁寧にその凧を笑顔で、私と視線をあわせながら私の手に渡してくれた。
暗くなった通りに、そのおもちゃ屋さんの明かりはひときわ明るかった。

そのおもちゃ屋はしばらくバス通りにあり、営業をしているのに気がつき、そんな事があった事を時折思い出したりした。
やがて、雛人形や五月人形の専門店となり、今は大きなスーパーマーケットに変わった。
おもちゃ屋の親父がしっかり私と視線をあわせて凧を手渡したのも、殆どお客が来ない時間に来た事から、それがただ凧を買う以上に大切な事だったのを知っていたのだ。

凧は和凧で、源義経の絵が描いてあった。
当時は三角のゲイラカイトが大人気だった。
ゲイラカイトが羨ましくなかったと言えば嘘になる。
でも、友達がゲイラカイトでも、古いタイプと言われても、何とも思わなかったよ。
むしろ誇りだった。
それは、私の気持ちを汲み取り、正月に間に合わせる様に一緒になって凧を探してくれた親父の気持ち、想いが入っていたから。

源義経は初春の空に高く舞い上がる。

おとうさん、ありがとう。

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しあわせのランプ(Chapter14) 肩に降る雨

深い穴の中から、空を見上げる。
見上げる空は丸くて小さい。
この穴から抜け出したいと心の奥底で思っているのに、体はもっと穴を深く掘る作業を繰り返す。
狭い穴の中では、自分が掘った土が溜まってきて、このままでは自分で自分を埋めてしまう。
しかし、それでも穴を掘る事を止められない。
わかっているのに、止めれられない…。

もっと自分の気持ちに素直になれたら…。
もっと自分の気持ちを素直に表現できたら…。
傷つけるつもりなんてないのに、なぜ傷つける事ばかり繰り返すのか…。
今日は、今日こそは…と決意する気持ちと裏腹の事ばかり…。

やがて、自分で掘った土に埋まりながら「なんだか、この方が楽かなぁ」。
それでも掘ることを止めずに「このまま埋まってしまって、何もかもわからなくなる方が楽かなぁ」。
昨日もダメだった。
今日もダメだった。
明日も…ダメだろうな。
心の奥底の声には気付かずに、気付くことができない。
穴から見える小さな空でなく、広い空を見たみたい。
穴から外の世界へ行ってみたい…。

あの時こうすればよかった…。
何であんな事を言ったのだろう…。
後悔の気持ちばかりが浮かんでくる。
わかっているのに…なんで出来ないのだろう。
なぜなんだ…。

遠くまたたく光は遥かに 私を忘れて流れて行く

幾日歩いた線路沿いは 行方を捨てた闇の道
なのに夜深く夢の底で 耳に入る雨を厭うのは何故

肩に降る雨の冷たさは 生きろと叫ぶ誰かの声
肩に降る雨の冷たさは 生きたいと迷う自分の声

肩に降る雨の冷たさも 気付かぬまま歩き続けてた
肩に降る雨の冷たさは まだ生きてた自分を見つけた

肩に降る雨 中島みゆき

あの日、背中を伝う雨の雫を冷たいと感じ、自分が心の底から生きたいと思っているのだと気づいた日。
自分が、自分は生きたいんだと気付いて、そして感じたあの日。
心の奥底の声が、大きなエネルギーを与えてくれたあの日。
彼がじゃない、彼女がじゃやない、誰がじゃない…自分自身が生きたいと思う。

穴の上から、たくさんの人が手を差し伸べてくれているのに、自分で深く掘り続け、残土で視界がふさがれて行く。
自分で閉ざしてしまった自分のこころ。

この曲を知ったのはあの日から少し後の事だった思います。
ピアノの静かなメロディーから始まるこの曲はアルバム「miss M」の最後の曲です。
この曲の素晴らしさに絶句でした。
自分の事を投影し、今日のこの文章のヒントを得ていると自分で感じます。

前述引用の歌詞「私を忘れて流れてゆく」の後で、メロディーが変調します。
ピアノの音が少しずつ音階を上がってゆく様が、少しづつ空を見上げる様に顔を上げてゆく、そのしぐさを表すようです。

もう死んでもいいと思いながら、幾日も歩いた線路沿いは過去の辛い日々の道。
自分なんてどうなってもいいと思いながら歩く、行方を捨てた闇の道。

死んでもいいと思っているのに、どうして耳に入る雨を厭うのか。
自分なんてどうなってもいいと思っているならば、どうして耳に入る雨を厭うのか。

前述引用の歌詞「耳に入る雨を厭うのは何故」の後、チェロのソロが入ります。
やがて、このチェロのソロをストリングスがやさしく包み込みます。
それはまるで、支えてくれる多くの人のやさしさの様に。

そして続きます。

肩に降る雨の冷たさは 生きろと叫ぶ誰かの声
肩に降る雨の冷たさは 生きたいと迷う自分の声

肩に降る雨の冷たさも 気付かぬまま歩き続けてた
肩に降る雨の冷たさは まだ生きてた自分を見つけた

肩に降る雨 中島みゆき

そして、終わりは余韻を残しながら静かに消えてゆきます。

ひとりで生きているんじゃない。
誰かが、支えてくれている。
誰かが、自分が生きている事を支えにしてくれている。

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しあわせのランプ(Chapter13) ラブホテルのルームキー

「忘却は神様が人間に与えてくれた最大の贈り物」と誰かが言ってたっけ…。
下を向いて歩いていた高校時代とは正反対に、大学生になってから私は人が変わっていた。
時代はバブルへ向かって一直線の頃。
毎日がお祭りの様なバカ騒ぎ。
何も失っていないのに、何かに追われ、何かを取り返そうと、何かに必死だったのだ。
当時はそんな事を考える事もなく、気がつけば楽しい一日の始まりだったのだ。

合コン。
当時は合同コンパで、会話の時はコンパという事が多かった。
その時も、いつもの延長線上できっとワクワクしながら出かけていったのだ。
同じ小田急線沿いの仲間3人と女の子も3人の組み合わせだった。

前後の事はよく覚えていない。
ひとりがカバンの中から出したのは鍵だった。
そのキーホルダーはラブホテルのルームキーのキーホルダーだった。
フロントでお金を入れて、部屋のタイプを選ぶと「ガタン」と落ちてくる鍵についているキーホルダー。
青色で3桁の部屋番号が刻印されていた。

「ずいぶんと刺激的なキーホルダーだね」
「でしょ」

目に留めて、その事に触れたのは、その会話だけだった。
後はいつもの様にどんな車に乗ってるかとか、どこそこのカフェバーがいいとか、そんな話ばかりだったと思う。
キーはテーブルの上に置いたままだった。

着ていたジャケットの袖でグラスをひっかけ、テーブルの飲み物をこぼしてしまった。
慌ててテーブルを拭いた。
その時、彼女はぬれてしまったキーを拭いていた。

「ちょっと聞いてもいい。とても大切そうにしているけれど、何か特別な想い出でもあるの?」
「特にないわよ」
「そう、見る人がみればどこのキーホルダーかわかるから、刺激が強いよね」
「それがいいのよ…私に興味を持ってもらえるから」
「そりゃ、そうだね…どうして持っているのか聞いてみたくなるものね」

この後の会話はあまり記憶にない。
しかし、前後の脈略は本当に覚えていないのだが、彼女はこう言った。

「そんな事でもいいのよ。誰かにもとめてもらえるって事がいいのよ」

お祭り騒ぎの様な毎日の中で、何も失っていないのに、何かに追われ、何かを取り返そうと、何かに必死だったのだ。
その何かは忘れ物だった。
追いかけても、取り返そうとしても、先には無い物だった。

夕方の校庭を教室の窓から見ながら、はじめて孤独を感じた時。
他人で初めて大切だと言ってくれた人に出逢えて喜び。
好きになってもらえる事の尊さ。
大切な人を失った日。
暑い夏の日に、蝉の声をききながら空を見上げて自分の境遇を呪った日。
自分で自分を壊してしまいたい…そんな破滅願望を抱いていた日々。
哀しみの理由ばかり考えていた日々。
自分が本当は生きたいんだとわかった日。
許すという事を知った日…。

「そんな事でもいいのよ。誰かにもとめてもらえるって事がいいのよ」

この時以外に彼女に逢った事はない。
誰もひとりでは生きられない。

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しあわせのランプ(Chapter12) 伝われ、愛

過去の出来事の奴隷になってはいけない。
きっと、哀しみの意味ばかり考えてい自分に、それも全てが生きたいと思う気持の上にあると気づく事ができた。
気持ちが軽くなった。
自分で作った殻の中に閉じ込めていた心を太陽の下へ。
世界が変わって見えてきた。
殻の中に閉じ込めていた心を太陽の下で温めようと思ったのだ。

まずはよく笑ってみるようにした。
当時、中村雅俊が先生役の学園ドラマが夕刻に再放送していた。
ドラマの中にあるバカ騒ぎの場面をおもしろいと思ったら笑った。
努めて笑った。
一生懸命笑った。
やがて、心がほぐれてきて自然に笑えるようになった。
まずは、近くにいた家族が私の心境の変化に気づき始めていた。

学校では相変わらず一人だった。
それはもう気にする問題ではなく、心の扉は開かれて風通しはよかったのだ。
ある日、休み時間に窓から校庭を見ている私にY君が話しかけてきた。
「いつもマイペースでいいね。うらやましいよ…」
眉間に皺を寄せる厳しい表情から、やわらかくなったから話しかけられたのだろうかなんて思っていた。

いつも他人事として見ていたが、Y君はクラスの中で緊張していた。
自分がバカにされたり、嫌われたりする事を極度に警戒していた。
以前、彼が誰かと話している話が聞こえてきた。
「ケンカなんて何をしてもいいんだよ。勝てばいいのだから。」
こんな事を言っていたのを覚えていた。
それを聞いた時には、そうでなくてはあなたは誰にも勝てない…と思っていたのだ。

少し前と違っていたのは、新しい音楽を聴きたいと思う気持ちだった。
特に生きる事を高らかに素晴らしいとポジティブに表現している曲がお気に入りだった。
その中に渡辺美里のこんな歌詞があった。

ホントの自由は真実もとめるココロにあるはずと
Teenage Walk 渡辺美里

孤独ではあったが、自由だった。
自由に考える事が出来た。

不思議だ。
上手に言葉に出来ない。
何か 優しい透明なものが僕の体を支配している。
何もかも忘れようと踊ったあの頃のぼく。
けれど あの感じとも違う。
体はちっとも動かないのに、体がまるで羽が生えたように軽い

今の僕には、今の僕には、憎むべきものが何一つ無い!!
これだったんだ。
僕が探していたものは、これだったんだ。

解放とは何もかも捨てて見知らぬ地へ旅立つ事じゃなかったんだ。
今まで許せなかったものが全て許せるようになったこの瞬間。
解放とは僕の心の内にあったんだ!!

今までの僕は他人の欠点にばかり目がいって、それがどうしても許せなくて、悩んだ揚句にそこから逃げる事ばかり考えていたんだ

結局、僕はいつだって人からの愛だけを一人占めしたい。
自分を振り返る事すらできない、ただの自分勝手な子供だったんだ。

これから先、辛い事が多くても自分の方から人を愛していけるようなそんな人間にならなくてはいけない…。

「C」―マゼンタ・ハーレム  第6巻  きたがわ翔 著

哀しみのわけばかり考えていた。
哀しみは簡単には忘れられない。
忘れなくてもいい。
乗り越えて行けばいいんだ。

…世の中には、大人になるにつれ、辛く苦しい面ばかり追いはじめる人とそれらが全て昇華されて、光りへ向かう人がいるわ。

「C」―マゼンタ・ハーレム  第6巻  きたがわ翔 著

誰も皆、それぞれに、それぞれの事がある。

昨日・今日・明日

所詮、人はひとりなのだと、
心傷ついて、その思う日が誰にだってあるだろう。
そんなときに、今の瞬間も、誰かがどこかで、やっぱり頑張っているのだと、
そんな気配を感じることができたなら。
どれほど、人は励まされることだろう。

呼吸している生き物が、宇宙に自分一人しか残っていないような寂しさが、
両肩に、のしかかる、そんな真夜中
どこかで誰かが呼吸していることを、聞くことができたなら、
どれほど、心細さは、和らげられることだろう。

自分の荷物は、どうせ誰も、負ってはくれないけれど、
もしかしたら、
生きているということも、捨てたものではないかもしれない。

そんな誰かから、そんな誰かへ。

 海を超え。

 町を超え。

 寂しさを超え。

 怒りを超え。

 伝われ、愛。

「伝われ、愛」 中島みゆき

辛いのも、大変なのも、自分だけじゃないんだ。
自分で作った殻の中に閉じ込めていた心を太陽の下へ。

伝われ、愛。

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しあわせのランプ(Chapter11)  俺は生きたいと感じている

もう、どれくらいここにいるのだろう…。
ここは…どこなのだろう。
紫色だった空はすっかり灰色になっている。
外灯が雨で霞んでいる。
外灯の灯りのところだけ、雨が降っているのが見える。
先ほど降り出した雨は霧雨で、髪からしずくとなって顔を流れてくる。
傘は持っていない。
そもそも雨など、どうでもよいのだ。

今日は空手の稽古の予定があった。
もう、終わる時間だろうか…。
そんな事も、もうどうでもいい…。

生きる意味など、明確な答えを示せる人はいない…。
心を殺して生きれば、世の中はなんて事はない…。
いちいち細かい事を考えていては、身体が持たないよ…。
しょうがない…そんな事だらけだよ。
暗い奴なんて、生きる事に楽しみがあるのかよ…。

雨が葉をたたく音が聞こえる。
着ていた服はすっかり、雨に濡れてしまった。
遠くでトラックが走る音が聞こえる。
いつもこんな自分のお供をしてくれた自転車が近くに倒れている。
まるでライトが目となって自分を見つめている様だ。
そんな目で見るなよ…。

もう、どれくらいここにいるのだろう…。
ここは…どこなのだろう。
冷たいはずなのに、だんだん冷たいなんて感じなくなっている。
顔に降り続く雨ももう感じないようだ。
近くを車が走ってゆく音がする。
道路に随分雨が溜まっているのかな…。
そんな事関係ないな。

もう、どれくらいここにいるのだろう…。
ふと、自分の目から涙が流れた。
泣いているなんて思わなかったのに。
両目から頬を伝うように、ひとしずく、頬を伝っていった。。
雨に濡れている感覚すら気にならなくなっていたのに、自分の涙が伝わるのには温度を感じたのだ。

ふいに両手で頬を触れると、開いた襟首から雨のしずくが背中を伝っていった。
自分の涙の温度に混乱しているとろこへ、背中に入ったしずくを「冷たい」と思った。
「冷たい」と感じた。

「冷たい」
身体が、魂が、生きたいと言っている。
理由でもない、意味のある事でもない。
ただ、生きたいと言っている。
そうか、俺は生きたいと思っているんだ。
「冷たい」と感じている。
「冷たい」事が嫌だと感じている。
俺は生きたいと思っている。

この発見がうれしい。
ただ、ただ、生きたいと思っている。
生きたいと感じている。
すっかり服が濡れて重くなった身体を起した。
「まだ…帰れる」
倒れてこちらを見ている相棒の元に近寄って行き、動きにくい足を持上げサドルにまたがり、ペダルに足をかける。
雨に霞んでいるが、少し先に電話ボックスの灯りが見えた。

電話ボックスから家に電話をかける。
お袋が電話をとった。
空手の稽古に行ったのに、帰りが遅いと感じていたらしい。
「○○斎場って近くの電話ボックスから電話をしている。ここはどこなんだ?」
「なぜ、そんなところにいるの?」
「いいんだ、これから帰る。ここはどこなんだ?」

家までの道のりに、よろこびがエネルギーに変わってくるのを感じていた。
俺は生きたい。
生きたいと思っているんだ。

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しあわせのランプ(Chapter10) 燃えかすなんか残りやしない

矢吹くんは…さみしくないの?
同じ年ごろの青年が 海に山に恋人とつれだって青春を謳歌しているというのに…。
矢吹くんときたら くる日もくる日も汗とワセリンと松ヤニの臭いが漂う薄暗いジムにとじこもって、なわとびをしたり、柔軟体操をしたり、シャドー・ボクシングをしたり サンドバックをたたいたり。
たまに、明るい所へ出るかと思えば、そこはまぶしいほどの照明に照らされたリングという檻のなか―

…中略…

みじめだわ、悲惨だわ、青春と呼ぶにはあまりにも暗すぎるわ!

…中略…

紀ちゃんのいう青春を謳歌するって事とちょっと違うかもしれないが、燃えているような充実感は今まで、何度も味わって来たよ…血だらけのリング上でな。
そこいらの連中みたいにブスブスとくすぶりながら不完全燃焼しているんじゃない。
ほんの瞬間にせよ、まぶしいほどまっかに燃えあがるんだ。
そして、あとにはまっ白な灰だけが残る…燃えかすなんか残りやしない…まっ白な灰だけだ。
そんな充実感は拳闘をやる前にはなかったよ。

あしたのジョー

空手の稽古が始まるまでの時間、再放送で「あしたのジョー2」を放映していた。
特に「あしたのジョー」に強い思い入れがあるわけでないが、この台詞にはしびれた。
自分が必死で空手に取り組んできた動機とどこかで重なったからだ。
そして、享楽のバブルへと向かう時勢の中で、お前らとは違うと自分への言い訳と、きっとどこかで「青春を謳歌する」にあった、うらやましいと思う気持ち。
矢吹丈の様に上手な表現は出来なかったが、私の気持ちを勇気づけ、私が人生を放棄しない最後の砦となっていた。

本当は人恋しくて、さびしくて、たまらなかった。
しかし、そんな気持ちも態度も示す事は出来なかった。
さびしさに耐えかねて、自分の心を折ったならどうなるかは、よく知っているつもりだった。

高校へは自転車で通学をしていた。
当時の校長は通学時、正面の入り口に立って、生徒ひとりひとりに挨拶をしていた。
ある冬の寒い日。
自転車置場からひとり、入り口へ向かって歩いて行くと、たまたまタイミングで私一人だけが通過する事となった。
その時校長が「冬の寒い日は、自転車通学は大変だな」と私に声をかけた。
「はい」と答えて私は通過したが、この言葉がどれだけ自分の心を和らげ、暖めた事だろう。
校長が何気なくかけた一言が、一日誰とも話さず、誰にも声をかけられない事が当たり前の私に。

校長は私の卒業と同時に引退だった。
卒業式の訓示では涙声であった。
誰かが、毎年芝居でやってるんだじゃないかと話していた。
万感募る思いがあった事と思う。
校長が引退した翌年から、卒業した高校は長い伝統を捨て、男女共学となったのだ。

自分へ問いかける心と、その答えが出せない苦しみと、自分で自分に矛盾を感じていた。
破滅願望もどこかにまだあった。
なぜ、生きているのか…。
なぜ、生まれてきたのか…。
なぜ、どうして、なんで…。

ところが、自分を問い詰めるその心に、今までにはなかった「このままではいけない」という気持ちが芽生えていた。
子供の頃に見た宇宙戦艦ヤマトの沖田艦長が「明日の勝利の為に、今日の屈辱に耐えるのが男だ」と言っていた。
ラッシャー木村が「耐えて燃えろ」言っていた。

しかし、芽生えた気持ちは枯れた。
心の荒野はどこまでも荒れ野だった。
そして…。

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しわせのランプ(Chapter9) 心の空白を埋めるため

いつ訪れるとも知れずの勝利の日を、信じて続けていた。
心の空白を埋めるのに必死だったのか、それしかなかったのか…。

高校入学して、しばらくし私は空手を始めた。
学校に行っても誰とも話す事もなく、一言もしゃべらない日もめずらしくない毎日で、まるでそれは私が自分で心の空白を埋めるのに都合がよかったものに出会った様に、急速にのめり込んで行った。
とても魅了されたのだ。

自身の努力以外、結果を示せるものもなく、それ以外に言い訳が通じない世界。
否応なしに自分と向き合う環境となった。

子供が海の怖さを知らないように、多くの事にチャレンジした。
しかし、本当は自分を追い込み、自分を壊してみたいと考えていたのだ。
稽古の中で自分が成長してゆく事への喜びではなく、限界まで行って壊れしまいたいと思っていたのだ。

ひとつ問題があった。
試合ではなかなか初勝利が上げられなかったのだ。
同期入門の連中は初戦で初勝利を得ていた。
早々に試合場から応援席へ引き揚げなければならない気持ちは大変辛かった。

師範は稽古では鬼であったが、試合の結果は不問だった。
全力で取り組んでいる事は承知であったので、それによる結果を評価する事はなかった。
これは、反対に辛い事もある。
結果が出せない事を叱責される方が気持ちが楽な事もあるのだ。

くやしいと思う気持ちも勿論、焦りもあった。
この焦りが思考も体も硬直させ、なお更に結果が出ない方へとシフトするのだ。

定期的に自分が稽古をしていた支部道場に、開祖の最高師範の愛弟子である先生が指導に来られていた。
その時、ふとこんな事をおっしゃったのだ。
「我々の流派の奥義は既に様々な基本動作の中に公開されています」と。
この話を聞いた当初は何の事だか、理解出来なかったのだ。
それにもまして、焦る気持ちが募るばかりだった。

遂に初勝利の日はやってきた。
遅れきた分、初勝利はとても嬉しいものとなった。
師範をはじめ、とても祝福してくれたのだ。
とても嬉しかった。
その場で両手をあげて、大きな声で叫びたいぐらい嬉しかったのだ。

それから、この初勝利は大きな励みになったが、心のどこかにあった破滅願望は消えていなかった。
そうして、待ちに待った事態が起きた。
遂に耐え切れなくなり、体が悲鳴をあげた。
ざまあみろ。これで望んでいた通りとなったね…と思っていた。
休養を余儀なくされた。

しかし、ここが変わり目だった。
体も回復し、稽古へ復帰してからの事。
憑き物がとれた様に体が軽くなった。

稽古でも試合でも、相手を憎悪するかのように取り組んでいた気持ちを感じなくなっていた。
変わりに例えば試合ならば、その3分間に集中をしており、試合後はとてもスッキリした気持ちとなっていた。
試合前に、こうして、ああしてと作戦を考えるまでもなく、体が反応をする様になっていた。
試合中の記憶が殆ど無いのである。
これが、禅で言う「無」の境地なのかと思った。

そうして、開祖の最高師範の愛弟子である先生の言葉が理解できた気持ちになったのだ。
稽古で繰り返す単調な基本動を体が覚えていれば、事態に体が反応するのだ。
と、同時に普段の鍛錬の継続がいかに大切か、思い知らされる事でもあった。
開眼する境地には勿論達してはいないが、それからは常勝ではないが、勝利を手にする事が出来るようになった。

現代人はそれでは納得しませんけれど、明らかにしない、秘密にする、ということは、そのもとが平凡なことだからなのです。
茶道でも、華道でも、突きつめていくと到達するところは平凡です。
お茶の奥義に「夏はいかにも涼しきように、冬はいかにも暖かなるように」というのがありますが、これなどはいい例ではないでしょうか。
いかにも平凡に聞こえますが、これができる人はどれほどいることでしょう。
その平凡にいきつくまでの、大切な過程を省略して、行きついた結論だけを示せば「なんだ、こんなことか」となってしまう。
行きつけば平凡、当たり前のことが、本当は重大なことだととわかるために、あえて秘密にするわけです。
「般若心経の本」高僧「松原泰道」

遅い初勝利は耐える事を多く学び、同期入門者が脱落して行く中で私は残り、結果として有段者になる事が出来た。
しかし、空手を通じて得た事はもっと大きな事だった。
大切な人の死。
大きな代償と後悔。
この時期にあった様々な出来事が相まって、私を変えた。
それは、今も私の心に脈々と生き続けている。

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しあわせのランプ(Chapter8) 後悔と大きな代償

とても信じられなかった。
彼女が亡くなった事に。
あなたと出逢ったのは11歳の頃だったね。
互いに意思を確認する事はなかったけれど、いつも静かに暖かく見守っていてくれた。
魂が抜ける様に、するりと私の腕から抜けた…。

悲しみなんて感じなかった。
自分でもわからないその気持ちは怒りとなって込み上げてくるばかりで。
何日も、周りの人が涙していても、悲しみを感じなかった。
お墓に行っても…。
あなたの遺品を見ても…。

ある晴れたその日に、自分の部屋から窓の外を見ていて、ふと語りかけたその時、突然悲しみはやってきました。
涙がとめどなく溢れて、泣きました。
立っている事が出来ずに、両膝をついてしまいました。
泣いた。本当に泣きました。

悲しみを感じ、涙と共に流れた殻の中から、そして得体の知れない怒りが何であり、どこへ向けられていたものかが、わかったのです。

後悔でした。
怒りは後悔をする自分に、後悔をする様な事しか出来なかった自分に。
勇気のない自分に。
自分の弱さから後悔する自分に。

後悔する事しか、後悔する様な生き方しか出来なかった私に、それがいかに愚かな事であるか。

あの時、きちんとわかってあげられなくて、本当にごめんね。
あの時は、私も自分のことでいっぱいだったから…。
でも、今なら、あなたの気持ちが理解できる。
理解できるようになったと思う。

後悔に囚われる事がいかに愚かな事か、それを理解するにはあまりに大きな代償でした。
そして、その後も、私は後悔に囚われる事無く、今もしっかり前を向いています。

偉大な作曲家は絶望の谷へと突き落とされる。
聴力の障害が発生する。
耳が聞こえなくなり始めて書いたベートーヴェンのピアノソナタ「月光」。
第3楽章は何故、あんなにスタカートの連続で激しいのか。
人生のあまりに苛烈な出来事の連続に、作曲家として、音楽家として、生命としての聴力を失う。
その恐怖たるや。

彼はその生涯に三度の遺書を書いているが、自分のこめかみに銃をあて、その生涯を終わりにしようと目を閉じたそのとき、窓の外の雲間から射す光を感じ見て、自然からの語りかけに神を感じ、「おお神よ、私にまだ生きろというのですね」
繰り返される試練に、それでも必死に生きること、生きるために闘う。

第3楽章はベートヴェンが自分の人生に降りかかるその試練に果敢に闘いを挑む気持ち。

これが闘志 生涯を貫いてみせるというエネルギーに満ちた闘志。
負けない、闘って、生き抜いて見せるぞという、困難に立ち向かう勇気。

私には何故、第3楽章があれほど激しいのか、この時から感じるようになった。

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形(文)にする事は、その細部が甦り、形にする事で忘れられる、過去の事にできると思いながら、殆どは余計にリアリティを持ってしまいます。
冒頭の出来事は私がトンネルを抜け出るその頃のであり、今までその一切を形にする事はしませんでした。

今の状況に身をおいていれば、実は少々不自由な事があってもそれがいいんだと自分を誤魔化してしまう事があります。
納得させてしまいます。
少しの勇気を持って、次の扉を開けると、そこは今よりももっと素晴らしい世界が待っています。
加えて、自分の勇気と決断で開いた扉はもう、後ろ向きに開けられる事はありません。

過去の事をああでもない、こうでもないと並び替える。
過ぎ去った出来事は、もう一度自分を傷つける事はないから、そこは安住の地となりやすい。
でも、電車の車窓から見える景色も、進行方向を向いていればいつでも美しい景色は向かってきますが、反対方向を向いていれば全て過ぎ去った景色になります。
やっぱり、過ぎて行くよりも、やって来る方がいい。

しかし、やっと出来た内容は自分尺度のものとなってしまいました。
いかに貧弱は表現方法しか持たないのかを痛感させられました。
引用を多用すれば、人の言葉を切り貼りするようなもので、的確な表現もありますが、誰が書いたのかすらわからなくなってしまいます。

でも、少しだけ引用を

「われ事に於て後悔せず」 宮本武蔵「五輪書」
その日その日が自己批判に暮れるような道を何処まで歩いても、批判する主体の姿に出会う事はない。
別な道がきっとあるのだ、自分という本体に出会う道があるのだ、後悔などというお目出度い手段で、自分をごまかさぬと決心してみろ、そういう確信を武蔵は語っているのである。
  小林秀雄「私の人生観」

悲しみで花が咲くものか
世界はそれを愛と呼ぶんだぜ/サンボマスター

自分が、自分の心が、殻の中で、答えのない問いに苦しみ始めていました。
トンネルの出口の明かりが見えているのに、その出口は月より遠く感じられたのです。

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しあわせのランプ(Chapter7) 折れた心

過日、取引先メーカーの工場と研究所にお伺いした時です。
研究室の管理が厳しいところに、その機械はありました。
シークエンサー。遺伝子解析の機械です。
大変高価な機械ですが、外側から見たのではデスクトップ型のパソコンに見えます。
Macの方が、よっぽどいいデザイン。

「これが○○の遺伝子を解析したものです」と見せられましたが、糸くずみたいなものが、つながっている様にしか見えません。
ここに瞳を青くするとか、ハゲになるとか、様々な設計図というか仕様書が書いてあるわけですよね。
九州大学では遺伝病や難病の治療にいよいよ活用する事になったそうで、この部分については成果に活用を大いに期待したいところです。
しかし、科学は時としてロマンを崩すようで。

空の星も地球から見る美しい姿は女性とのデートには不可欠ですが、これに近づいてヘリウムや炭酸ガスの集まり…ではあまりにムードがありません。
人間はまた、神の領域に近づいたでしょうか。

バブルな景気が膨らみ始めた頃です。
軽薄短小がもてはやされ、「おもしろくなければテレビじゃない」なんて言葉が使われる頃の事です。
私は空手に明け暮れる日々を過ごす高校生でした。

Chapter5とChapter6のとおりの高校生活でした。
他人にそうされたのではなく、自分からそうしたのですが。
折り目正しい、まじめな高校生…って感じでしょうか。
修学旅行の時です。
夕食も終わり、ひとしきりそれぞれの部屋へ帰ったあとです。
クラスメートが別の部屋から大変に楽しそうにしている声が聞こえてきました。
いつも、無視して仲間にも入らないのに、その時だけはどうしても気になったのです。
同じ部屋のクラスメートが、行ってみないかとと私を誘ったのです。
自分でも信じられませんでした。
どうしてこの時だけは頑なに通していたプライドと意地を捨ててしまったのでしょう。

どうして部屋へ入っていたのかは覚えていません。
ドアを開けて私の姿が確認できた途端に冷たい空気が漂いました。
「何しにきたの?」
自意識過剰と言えないでもないけれど、皆の目がそう言っているようでした。
それでも私は部屋の一角に腰を下ろしたのです。

まもなく会はしらけたムードの後に散会となりました。
そして、その部屋で就寝する人のみが残りました。
いたたまれなくなり、私が立ち上がった時です。
「まじめで、バカは取り得がないよな。バカなら明るいほうがいいよな。」と明らかに私を中傷する言葉が耳の入りました。
修学旅行のスナップ写真に私の姿は1枚もありません。
天の岩戸の扉の向こうは楽しい世界ではありませんでした。
外の宴は私を穴からださせる宴ではないって、自分が一番わかっていたはずなのに。

ずいぶん前ですが「小さいことにくよくよするな」なんて本がベストセラーになりましたね。
なるほど、気持ちの持ちようで、変わるなあと思う事がありました。
その中に「人と同じ幸福があると思うから辛くなる。幸福は平等ではない。」なんて項目がありました。

どうして、他人のように幸せになりたいという気持ちを割り切らなければならないのでしょうか?
あの人のように幸せになりたいと願い、考える事が不幸と苦しみの始まりなのでしょうか?

修学旅行のこの出来事はバブル景気に向う世の中にあって、私は思いました。
まじめに一生懸命に生きる人が馬鹿にされ、軽んじられるなんて。
そんな世の中があっていいのか。

享楽にふける者が真摯に、必死に生きる者をバカにする。
そんな事に怒りを覚えながら、例えば神の教えに忠実に生き、生活する人々がいる。
そんな人々に向かって、神に祈って、神が何かをしてくれたというのか…と心で問う。
神を信じて、すがる者にも、沈黙し何も答えないではないか。
この世の現状をみろ。
救世主など待てないのだ。

いいや、人を好きになろうと愛しんでほしいと思う気持ちがあるからこそ、苦しみが生まれる。
それが苦しくなる原因なら、自分はその事から一番遠い存在でいい。
本当はそれが一番できないはずなのに。
そう思ったのです。

そう考え人を見る程に、人それぞれに哀しみや苦しみがあり、わからなくなりました。
人間の本当の不幸は自分が誰にも必要とされてないと思う事。
自分の存在がなんなのか。
どうせ自分なんかと思う絶望感や孤独感。
そんな気がしてきたのです。
勝手に思い込んで…生まれた時から両親も健在で、兄弟がいて、多くの友達に恵まれ。

神は人の心にいると私は思うのです。
この世で、奇跡を行い、人を哀しみから開放する人はいないと思うのです。
新興宗教の多くが、一見現実の哀しみや苦しみを忘れさせてくれるけど、その多くが破綻したように。
この世の他の人も自分の事で精一杯。
他人を救おうなんて余裕のある人はいない。
でも、人間は一人で生きているのでなく、そんな中でも人を求めて、支えあい生きてゆく。

私は、私が孤独に苛まされた高校生活をそれからの自分にとっても必要な事だった思えるのです。
宗教を哲学的側面から捉えて、そう思える私の心には神がいると思うのです。
手をあわせて祈る事はないけれど。
神は沈黙などしていなかったと。

生きて行くとき、様々な失敗をし、人を傷つけ、それでも何で生きているのか。
私は自分がしてきた失敗や苦しみが人の役に立つ事が生きがいなのだと思う。
そんな瞬間が。
それは様々な人の人生が私に生きる力を与えてくれたから。
そして、愛は時に哀しみも苦しみも生むけれど、それだけではない、ぬくもりやあたたかさもある。
やっぱり私は人間が好きだ。

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この世の出来事に一喜一憂する毎日ですが。
しばらくこの事は考えており、文章にして、書きとめておこうと思っていました。
何度もパソコンに向かい書きましたが、どれも自分の気持ちの表現が上手くできずにおりました。
ここまで書いても、その時の自分の気持ちが…と考えるときがあります。
「歴史は創りかえられるように個人史だって自由に変えられる」と言ったのは寺山修二。
記憶の糸をたどって、綴りました。
当時、自分の存在を現実の事と言葉を結び付け不定期に日記をかいておりました。
生きているという証が欲しかったと今思います。
しかし、その後に読み返し、内容に耐えきれず処分しました。

多くの出来事が複雑に絡み合い、様々な感情の中で私は変わってきました。
未完の自分と戦いながら「しあわせのランプ」をもう少し織ってゆきたいと思います。

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しあわせのランプ(Chapter6) つぶれたバナナ

遠足なんて、高校生では課外活動と言うんだったかな…。
行きたくない。
例えようもなく、存在感はなかったけれど。
でも、行かなければ、負ける様な、負けを認めるような気持ちがする。
だから、意地でも欠席しない。

いつも通り学校へ自転車で向かいました。
その日は自転車の荷台のヒモが切れてしまい、バックを後輪にはさみこんでしまったのです。
ヒモの切れた部分を結びなおして、急いで学校へ向かいました。

席につくと、机に置いた自分のカバンからバナナの匂いがします。
カバンを開けると、バナナが潰れてカバンの内側にべったり付いていました。
匂いに気が付いて、皆が遠くから見ています。

視線を感じながら、こびりついたバナナをティッシュで少しづつ拭いてゆきます。
ヒソヒソと話をしているのが聞こえます。
気の毒そうな目で見る人がいます。

おふくろがそっとカバンにバナナを忍ばせてくれていたのです。

高校の個人面談で担任から、クラスで私は影の薄い存在と言われたんだよね。
中学生の頃の延長で考えたら、さぞ驚いた事でしょう。
中学生の時は毎日の様に来ていた友達が誰も来なくなったものね。
でも、担任の先生が「何でも相談に来い」って皆に言ったら、相談に来たのは私だけだって言ってたでしょ。
それは自分の存在感を高める為に、方法がないかと利用しただけなんだよ。
相談する悩みなんてなかったし、相談するに値する人物だなんて思ってもいなかったよ。

おふくろ、きっと知っていたんだよね。

決して楽しい高校生活を送っているなんて、思っていなかったよね。
私の毎日の様子から、わかっていたんだよね。
せめて、遠足の時ぐらい楽しい事があればって、そっと入れておいてくれたんだよね。

周りでヒソヒソ話していても…。
冷ややかに見ていても…。

なんとも思わなかったよ。

自分で自分の殻に閉じこもっている私でも、大切に思ってくれていたんだよね。
バナナは食べれなかったけれど、気持ちはいっぱい満たされていたよ。
胸がいっぱいだったよ。

おかあさん…ありがとう。

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しあわせのランプ(Chapter5)  星の輝き

夜のとばりがおりる頃…。
小高いところから、暗くても木々がわかる進む道の側面の山。
正面には墨絵のような形しか、わからない闇に浮かぶ山。
その正面の墨絵のような山の左上方にひときわ大きく輝く星がありました。
星はその明るさから一等星とか、なんとかなんて言うんだよななんて、ぼんやり考えていた時の事です。

湯布院の温泉街の灯りだけが、星から離れて集まって遠くに見えます。
まるで、その星だけが灯りからはじき出されたように。
でも、その星の輝きは孤高ではあるが、美しく、また気高く感じました。

荒んだ中学生活を追え、逃げるように私立の高校へと進みました。
当時、クラスで私立高校へ行くのは私を含めてもう1人だけでした。
高校生になって新たな生活に切り替える事をしばらくは試みました。

…学校には友達が誰もいませんでした。
学校には欠席せず、かならず行きましたが、1日1言も話さない日は少なくはありませんでした。

中学生の頃は、徒党を組んでケンカに明け暮れて、自分の仲間をいかに増やして行くかの毎日。
だから、いつも自分の周りにはたくさんの人がいました。
しかし、考えれば一部の人を除いてはその関係は希薄なものであり、徒党を組んだ人々が日常をスムーズに過ごすための関係でしかなかったのです。
中学生活の終わりにその事に気づいてしまった私は立ち止まりました。

高校生ともなると少しは思慮深くもなり、人間関係においても何でもケンカで解決するわけにはいきません。
また、大学の付属高校に進学したため、ケンカは御法度で大学への進学を阻む、大きな要因になったのです。
そんな事を繰り返したきた私は他人との関係を上手に保てなくなってしまいました。

昨日帰りにマクドナルドでどうしたとか…。
パーソンズの服がどうしたとか…。
皆で集まってコンパをしたとか…。
本当は自分も仲間に入れて欲しいのだけど、中学生の頃自分は…が邪魔をしてどしても仲間に入れてくれとは言えません。
さびしいから、ひとりは嫌だからと…この気持ちで自分を、自分の気持ちを殺してもいいのか。
そうして、私は話しをする人もいなくなってしまいました。
家族にも、今までの友人にも。
自分で自分の心に壁を作ったのです。

かつて自分が「追放」といっては仲間はずれにしてきた人はこんなにさびしい気持ちだったのか。
だれも、自分の存在すら認識してくれない瞬間ってこんなに淋しくて、哀しいのか。
また、空手をはじめた事で、同時に殴られる痛みを感じ、自分の行ってきた愚かな行為が身にしみるようでした。

中学時代のその彼と会ったのは街を歩く時も、下をみて歩く事の方が多くなった頃でした。
後ろから肩を叩かれ、振りかえると彼がいて、私は驚愕しました。
会いたくなかった…が正直な気持ちでした。
にっこり微笑みながら、彼は私に「元気?」と聞いてきました。
本当は走って逃げ出したい気持ちだったのだけれど、しばらく話しをする事になりました。
彼は中学生の頃、いじめられていた自分を私が救ってくれた、仲間に入れてくれたと。
その事は忘れないと彼は言いました。
違うんだ、そうじゃない。
私は彼をいじめていた奴にケンカを売る材料が欲しかっただけなんだ。
彼を救うなんて気持ちでやったんじゃないんだ。
今の俺を見ないでくれ…。
その気持ちがいっぱいで、何を話したかすらよく憶えていないのです。

私はこの事が、自分の中に少しずつ変化が出る出来事であったと振りかえって思います。
その後、直ぐにはいきませんでしたが、多くの人との出会いと様々な出来事とともに私は変わりました。
しかし、辛い高校時代がなければ、その後の私はなかったでしょう。
「幸せという字は十分辛いと書く」と教えてくれた人がいました。

すっかりそんな出来事もしばらく忘れる程の時間が経過したある日、彼が自殺した事を知りました。

地上は湯布院の温泉街のたくさんの灯り。
空には輝く孤高の星。
本当はその灯りの中に入りたいのだけれど、燦然と輝く星は孤独に耐えているようで…。
仕事や日常の様々な事で、孤独に負けそうな時は夜空に一人で輝く星を見上げて…何万光年も先でひとりぼっちのくせに、きれいに光りながら頑張りやがって。
負けられないじゃないかって。

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しあわせのランプ(Chapter4) 渇望

荒む中学生活、勉強するのではない。
何か楽しい事はないかなと学校へは行くのだ。

私は性質が悪かった。
家庭でのしつけは親父も厳しく、一見は普通の生徒に見えるが、先生や親の見えないところでは…というタイプだった。
仲間はたくさんいた。
自分がその中心にいる事で私は満足だったのだ。
それは自分の傍若無人が通用するからだ。

通学していた公立中学校は特殊学級を併設している学校だった。
特殊学級に所属する生徒もホームルームと国語の授業だけは一緒に受けた。

おそらく小児麻痺が原因だった思うが、マーちゃんは話す事、歩く事が不自由だった。
いつものように教室で輪になって話していた時、たまたまホームルームでマーちゃんが教室にいたのだ。
視界に入った私は「マーちゃん、どう思うよ?」と何気なく声を掛けたのだ。

近くで我々の話を聞いていたから、彼はとても嬉しそうに答えてくれた。
嬉しそうに答えてくれた事を、本当は私が嬉しくて、教室に来るたびに必ず彼を入れて皆で話したのだ。

しばらくして、マーちゃんの母親から手紙をもらった。
それは「学校で話をするたくさんの仲間が出来て、マーちゃんが学校へ行くのが楽しくなった」と言っていると書いてあった。
「いつまでも仲良くしてやって下さい」と書いてあった。
マーちゃんが不自由な体で、大きな文字で「ありがとう」と書き添えてあった。

マーちゃんと会ったのは中学3年生になってからだった。
私は彼の存在をそれまで知らなかったのだ。
半身が不自由な為、口からよだれが垂れてしまう事があった。
その事が「汚い」と言われ、いわれない暴力を受けていた事もあった。

嬉しかった。
単純に嬉しかった。
誰かに感謝される事が嬉しかったのだ。

お山の大将が複数いる時代。
マーちゃんと仲良くなってから、マーちゃんをいじめたグループを別の口実を作って争いを発生させ潰したのだ。
マーちゃんは私の仲間となり、もう暴力や汚いと言っていじめる連中はいなくなった。

特殊学級の生徒は別棟で通常は授業をしており、我々がその棟に入る事は許されなかった。
しかし、特殊学級の先生から皆で来て欲しいと招待をされたのだ。
先頭になって迎えてくれたマーちゃんの笑顔が忘れられない。
マーちゃんからもらった年賀状は私の似顔絵が大きく書いてあった。

ケンカや勢力争いの日々。
「井の中の蛙、大海を知らず」ここに極まれリであった。
多くの人を傷つけた。
自分のグループが大きくなって行く事で満足だったのだ。
それが、何で結びついている仲間なのかなのど、考えもしなかった。

ある日、仲間が一人づつ校長室に呼び出された。
理由は暴力だった。
彼が家で風呂に入ろうとしていたところ、体にある多くの痣を見た母親が心配して連絡してきたのだ。
私は一番最後に呼ばれた。
先生からは私がその事を自分の仲間がやっていたが、黙認していた事を知っていたのだ。

私には「直接暴力をふるうのと、精神的な暴力とどちらかが辛いか考えた事があるのか」との詰問だった。
自分の仲間がやっていて、それを黙認している立場が一番罪が重いのではないのかと。
私は何故、この事がわかったのかと聞いた。
どうしてその事を問い合わせたのか、自分でもわからない。
彼の体にある多くの痣を見た母親が心配して連絡してきたのだとの返答だった。

自分の子供の体に少なくない痣があるのを母親が見つけたらどんなに心配するだろう。
何も説明しない自分の子供が、痣のある体をかかえて震えていたら、どれだけ心配するだろう。

私はシラケてしまった。

仲間が増えて行く事が魅力であり、最大グループになって行く事が結びつきの理由だったのだ。
それには争いを続けてゆくしかないのだ。
シラケた私はそれを放棄した。
グループは急速に瓦解して行く。
卒業は間近だった。

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しあわせのランプ(Chapter3) 裸足で走れ

写真を撮影する為に一列に並んだラガーマンが勝利の喜びで泣きながら、カメラの方を向いている。
チームの勝利だ。
個々人の能力が結晶して、勝利へと結びついたのだ。
皆で分かち合う喜び。
撮影の合図に「イェーッ!」と反応している。
「あなたにもこういう思いをさせてあげたい…」
テレビ画面を見ながら、母親はそう言ったのだ。

中学時代は校内暴力華やかりし頃で、授業もまともに出来ない日があった。
ケンカは日常茶飯事。
大人の世界の縮図の様に、権力闘争もあった。

荒んでいたのだ。
その荒んだ心に共鳴する人は多くいたのだ。
夕暮れの校庭で感じた孤独感や大切の思ってくれる人の気持ちは意識の外にあった。
ランプのあかりが灯っているのに、その灯りが見えなかった、見えない事にしていたのだ。
仲間は多くなり、私の振る舞いは傍若無人だった。

小学校の高学年から地元ユースの野球チームに入った。
センターで背番号は9番となり、レギュラーにぎりぎり入っていたのだ。
その後に肩のよさを評価され、ピッチャーへ抜擢された。

運動会でも主役になれる機会はなく、ピッチャーという野球で絶対の主役になれる事は本当に嬉しい事だったのだ。
練習も意欲的に取り組んだ。
試合に登板する事を予告され、前日は自分がスターになるところを夢見ながらなかなか眠れなかったのだ。
勿論、両親にも話した。
練習も試合も見に来た事がないのに、その日は見に来ると言ったのだ。

しかし、当日はベンチだった。
両親の前で、膝を抱えて土いじりをしていた。
両親には帰って欲しい…と思っていた。
当日の登板は一つ年齢が下のチームメイトだった。
聞きたくなかったが、彼の両親が監督へ懇願したのだ。
その事実を本人から聞かされた。

この頃から、大人には「君は子供らしくない」とよく多くの人から言われるようになった。
大人びているという事ではなく、つまりは可愛くないという事だ。

だからって、そんな事があったなんて、言えるはずもない。
登板できなかったという事実だけがあったのだ。
くやしいという気持ちよりも、そんな事が認められる事にシラケたのだ。
でも、残念なのと申し訳ない気持ちで消えてしまいたかった。

しかし、別の日に登板する日がやってきた。
そんな事があってもやっぱり嬉しかったし、その時は興奮した。
同級生の仲の良い友達がキャッチャーをしており、彼とバッテリーを組める事は嬉しかった。
彼は本当にニッコリして「ガンバレヨ」と私にボールを届けに来た。

やっぱり実力がなかったのだろう。
ひどい結果だった。

交代を告げられると、相手チームが声を揃えて私を野次る歌を歌い始めたのだ。
本当は結果が出せない自分に一番腹が立っていたのに、これまでの事もあり、私を刺激するにはその歌は強烈すぎたのだ。
交代を告げられ、当人両親推薦の投手に無言でボールを渡す屈辱感にまみれ、「頼む」と一言マウンドを降りた。
しかし、自軍のベンチに戻るのではなく、相手チームのベンチに私は歩いて行った。
野次る歌声が大きくなったのではない、自分が近づいて行っているのだから、大きく聞こえてくるのだ。

監督が「いつまでも、そんなところで野次にのまれているんじゃない」と後から声を掛ける。
次の瞬間、私は相手チームの一番大きい声で歌っている、一番大きな奴に殴りかかったのだ。
後は試合にならなかった。

写真を撮影する為に一列に並んだラガーマンが勝利の喜びで泣きながら、カメラの方を向いている。
チームの勝利だ。
個々人の能力が結晶して、勝利へと結びついたのだ。
皆で分かち合う喜び。
撮影の合図に「イェーッ!」と反応している。

この類の光景が、私にとって一番忌み嫌うものとなった。

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しあわせのランプ(Chapter2) ナラタージュ

あなたが花なら 沢山のそれらと
変わりないのかも知れない

僕がここ在る事は あなたの在った証拠で
僕がここに置く唄は あなたと置いた証拠で

生きる力を借りたから 生きている内に返さなきゃ

…「花の名」 BUMP OF CHICKEN

小学3年生になると、誰が誰の事を好きだなんて話が出るようになる。
自分にはまったく関係のない話だと思っていた。

彼女は私を好きだと公言しだしたのだ。
その理由はわからない。
瞳が大きく、髪の長い可愛い子だった。
晴天の霹靂で私は戸惑ったのだ。

それからの毎日は大きく変わった。
何より、学校へ行くのが楽しくなった。
単純なもので、席が隣になり、いろいろな事を話するのが楽しい。

まったく本当に子供なのに、彼女は結婚したら、旦那さんにはこうしてあげたいとか、どう反応してよいかと思う話もあった。
ませた私はそんな生活も想像をしたりしたのだ。
自転車でころんで作った傷に、本当に心配してくれた。
痛くも無いのに、心配されるから少し痛いふりをしてみたり…。
未来は明るい…なんて。

彼女はあまり体も強い方ではなかったと思う。
休みが長くなると、私はとても心配だった。
彼女の仲の良い友達から、アデノイドの手術だと聞いて心配したりもした。
一喜一憂する私の様子を家族も記憶に留めていた。

ピンクレーディーが全盛の頃。
彼女と彼女の友達が衣装もしっかり用意して、放課後にピンクレディーショウが学校で開催される事があった。
これには、私と彼女の友達の大切な人だけが、招待される特別なショウだった。
観客は私ともう一人だけ。

それは突然だった。
彼女は転校する事となったのだ。
記憶が欠落している。
クラスで転校の挨拶をする彼女の記憶がないのだ。
ドラマでもよくあり、その後も幾度も繰り返された、教卓に立つ先生の横に立って彼女が挨拶している風景の記憶が欠落している。

おそらく土曜日の事。
彼女の友達が私に目を涙いっぱいにしながら、彼女からの手紙を渡した。
「あなたの事が本当に好きだったって…」
キキララのピンク色の封筒だった。
手紙には彼女の友達の言葉通り、本当に好きだったと書いてあった。
その手紙は今はない。
他に何が書いてあったかも記憶にはない。

とてつもなくショックだったし、悲しかったが、涙は出なかった。
泣けなかった。
どうしようもなくなり、彼女の家まで行った。
彼女の家は4階建ての団地の3階だった。

彼女の家を私は知らなかったのだ。
ある日、偶然自転車で彼女の家の近くを通った時に、ベランダにいた彼女に呼び止められた。
最初はどこにいるかもわからず、あたりをキョロキョロ探していた。
彼女はベランダから手を振っていた。
うれしくて、彼女の家のベランダの下へ行った。
彼女はいったん家へ入ると、アメ玉を下にいる私に落とした。
そんな事で彼女の家を知る事となった。

ベランダ側から見上げた彼女の家は既に人の気配がなかった。
ベランダに置いてある物は何一つなく、窓にはカーテンもなかった。
もしかしたら、引越しのトラックが表側にいるかもしれない。
もしかしたら、最後に挨拶に来るかもしれない…待っているかもしれない。

誰かから大切にされる…この気持ちはその後の私に大きな自信を与えた事は間違いない。
小学校の学級委員は人気投票の意味合いが強かったが、私は3学期の学級委員となったのだ。

きっと、子供だったから愛とは違うとかじゃなくて、
子供だったから、愛してるってことに
気付かなかったんだよ

「ナラタージュ」 著 島本理生

ひとつ、とても温かいランプが灯された。

しかし、私は満たされてゆく日々の中でランプの灯りを見失ってゆく。

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しあわせのランプ(Chapter1) 黄昏はまだ遠く

「ああ、寒いほど独りぼっちだ」
…井伏鱒二 山椒魚

小学2年生の時の帰りの会。
窓際の席から、窓の外の校庭を見ながら言い知れぬ孤独感を感じていた。
その日は学校の近所に理科の授業で昆虫採集に行った日だった。
その事は覚えているのだけれど、何があったか記憶にない。

この頃の記憶は殆どないのだけれど、いくつか鮮烈に覚えている。
小学1年生の間に着用する通学用の黄色の帽子が皆と違っていた事。
これは「1年生の間は野球帽をいけないんだぞ」と言われる格好の材料となった。
皆と同じ帽子は申し込みに間に合わず、私のはジャイアンツの黄色の帽子だった。

入学時は五十音順で席が決まっていたので、私は窓側の一番前の席だった。
授業中に外を見ていた時、他のクラスの皆が校庭で大きな霜柱を集めて遊んでいた。
その楽しそうな光景に耐えられず、私は窓際から校庭に出れる扉を開けて、外へ出て行ったのだ。

夏休みが始まる最初の日。
通知表と一緒に7人の子供が先生から親への特別の手紙をもらった。
それぞれの事情があったと思うが、私はその7人の1人だった。

その夏休みから書道教室へ通う事となった。
その年の暮れに両親が担任の先生のところへお礼を申し上げに行くと言い出した。
きっとその手紙に書かれている問題点が、先生のアドヴァイスに従い、解決されてゆく傾向がみられたのだろう。
先生は経験豊富な男の先生だった。
伺うその日に車の中での憂鬱な気持ちをかかえていた。
結果、先生が留守で会えなかった事にホッとしたのだ。

私は3人兄弟の長男だ。
第1子で長男なのだから、いろいろ注目されて育ったはずなのだ。
両親の愛情も独占していたのだ。
しかし、しあわせであったが故に、都合の悪い事は忘れる。

弟が赤ん坊が珍しい近所の女の子の友達に家に行っている時、ワークブックを母親を独占して一緒にする時があった。
その時の楽しい、満たされた気持ちは忘れていない。

小学2年生の時にオマケつきのお菓子のオマケがブームとなった。
私はさびしさから注目されたいばっかりにだったと思うが、2人のクラスメイトにそのオマケを2つずつあげると約束した。
しかし、必要となる都合4つのオマケつきのお菓子を一度に買って欲しいとのお願いはできなかった。
弟もそのオマケとお菓子が好きで、買い物について行っては、そのお菓子を一つずつ買ってもらっていた。
買い物について行けば、毎回買ってもらえるものでもなかったのだ。

学校へ行けば約束の履行を迫る二人に困った。
でも、弟のオマケまで誤魔化して持って行き、解決しようとは考えなかった。
自分が言い出してしまった問題であった事よりも、無くなったオマケを必死に探すであろう弟の姿を見るのが何より嫌だった。
時間をかけて約束を履行したのだ。

帽子の事を言うのも、自分で勝手に約束したのだけれども、その履行を迫った二人は同じ二人だった。
クラスでも人気があった。
「あんな明るくて元気な子供が好きだな」と言った何気ない母親の一言は衝撃的だった。
母親に悪気はなかったのだ。

自分の存在を否定された様な悲しい気持ちになった。
自分が忌み嫌うその二人みたいな子がいいなんて。
私にもそんな子供になれと期待しているのか。
絶望感が渦巻いていた。
「愛されない」という例えようもない孤独と絶望。

私は「1年生の時に何故、皆と同じ通学用の黄色帽子を買ってくれなかったの…」と聞くのが精一杯だった。
「申し込みに間に合わなかったのよ」という返答だった。
期待していたのはそんな答えではなかった。

音楽の授業でハーモニカを忘れた。
忘れたハーモニカを机の中を探すふりをしてゴソゴソする私を無視する先生にも急速に気持ちが薄れた。
その日の音楽の授業は放棄した。
教科書の裏面に書いてある氏名欄に漢字で母親が書いた自分の名前がよっぽど魅力的で、その時間に練習をした。
家に帰ってから、漢字で自分の名前が書けるようになったと母親に報告をした。
書いてみせ「すごいじゃない」と褒められる。
とってもうれしかった。

自分より小さな兄弟がいる。
小学2年生は幼児ではない。

そして、私は小さいけれど、とても暖かくやさしいランプを灯してもらう人と出逢ったのだ。

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