音楽

もうすぐ夜明けが来る

誰かが亡くなると、その故人に対し言葉を贈ります。
故人は決して読む事も、聞く事もできません。
でも書かずに、言葉をかけらずにはいられないのです。

きっと、私だけでないと思います。
人は涙では越えられない哀しみを言葉にします。
涙では足りないのです。
だから読まれる事のない手紙やメッセージを書きます。
それは自分におきた事、自分が心を痛めた事、友の事、やり場の無い怒りや哀しみと様々です。
的確な表現を得られず、能力の限界を感じながらも言葉を紡ぎます。
そしてそれは言霊という言葉がある通り、きっと伝わると信じています。

深い哀しみが容易に癒されないと思います。
でも、哀しみは必ず癒される日が来ると信じています。
上も下も横もわからない様な、深い哀しみの中にいる時。
もうここで全てが終わったと感じる時。
どんなに頑張っても、もがいても、出口を示す一筋の光すら見つけ出せない時。
そんな時、言葉が何の役に立つだろうと思います

確かなものもない。
約束もない。
暖かなぬくもりもない。
そんな…ただの言葉が何の役にたつのか…と思う時があります。

でも、人が人に出来る事がそんなには多くはないと思います。
そんな多くない事に、実は一番エネルギーが注ぎ込まれているかもしれないと考えます。

自分の表現力のなさを露呈させるような事ですが、そんな事がお気に入りの楽曲の中に多くあります。



飛び方を忘れた鳥のように
僕は何かを見失って
傷ついたその場所から生まれ出た
痛いほどの幸せを見つけた

飛び方を忘れた小さな鳥(抜粋) / MISIA


深い哀しみの中から、立ち上がった時、振り返って今の自分への意味を考える事がありますよね。
その哀しみを知らなければわからない、今のしあわせを。
この曲アルバム「KISS IN THE SKY」のバージョンも良いのですが、「星空のライヴ ~ The Best Of Acoustic Ballade ~」が私はお気に入りです。
切々と歌うMISIAの歌声が、やがて来るしあわせを信じさせてくれます。

そして、スキマスイッチの「ボクノート」は、まさに言葉に表せない哀しみから、きっともっと強くなって、大切な人の来る哀しみも振り払えるようになりたい。
そんな力強さを感じるのです。



今僕の中にある言葉のカケラ
喉の奥、鋭く尖って突き刺さる
キレイじゃなくたって 少しずつだっていいんだ
この痛みを形にするんだ

足元に投げ捨てたあがいた跡も
もがいている自分も全部僕だから
抱えている想いをひたすらに叫ぶんだ
その声の先に君がいるんだ

この声が枯れるまで歌い続けて
君に降る悲しみなんか晴らせればいい

ボクノート(抜粋) / スキマスイッチ


そして、初めて聞いた時には思わず涙が出そうになった曲が「ヘロン」です。



どんなにさみしい夜も
やさしい声が聞こえる
にじんだ瞳の中で
小さな未来が生まれる

心よ目を覚ませ
見果てぬ夢を
数えながら
もうすぐ夜明けが来る

流れる時に抗い
命を燃やし続ける
全ての孤独な人よ
涙は言霊になる

明日を待っている
色鮮やかに
あのホライズン
貫いて夜明けが来る

ヘロン(抜粋) / 山下達郎


涙の中で未来が生まれ、新しい夜明けが来るなんて。
地平線から、新しい未来の光が見え、夜明けが来るなんて。
深い哀しみの中から、新しい希望が生まれる。
たまらない気持ちになりました。



心よ目を覚ませ
見果てぬ夢を
数えながら
もうすぐ夜明けが来る

ヘロン(抜粋) / 山下達郎

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だけど 愛すべきあの人に 結局何かも癒されている

取引先のラウンジ(応接者が待つ素敵なラウンジがある羨ましい取引先なんですよ)で、FMか有線放送なのかわかりませんが、流れていた曲に心奪われてしまいました。
コーヒーを運んできてくれた女性とは、顔見知りである事もあり「今流れているこの曲知ってる?」と聞いたのです。
彼女は年齢を聞いた事はありませんが、まちがいなく20代。
「えっ、ケンシロウさん(本当は苗字です)知らないんですか?浜崎あゆみの"M"ですよ」
「浜崎あゆみ…知ってるよcoldsweats01、あゆだろ、あゆ」なんてお答え。
曲名をメモしながら、勿論エイベックスの看板って事ぐらいは知っているし、おじさんの記憶はTBSドラマ「未成年」に出演していた可愛い女の子…程度の印象だったのです。

早速、その場所での仕事を終えると、近くにあるショップに立ち寄り「M」の入っているアルバム「BALLADS」を買いました。
レンタカーでの移動だったので、早速聞きました。
移動しながら、全曲をまず聞きました。
やっぱりどこかで耳にして、メロディーだけ記憶にある曲もいくつかありました。
それからは「M」だけ1曲をリピート。

これ名曲。
特に途中パイプオルガンと同じ音(たぶん本物ではないと思うのだけど…)を使ってのアレンジはドラマチック。
また、曲の構成も工夫されていて素晴らしい。
繰り返し何度聞いてもいい。

楽曲は本人が作っているのですね。
彼女が根強い人気を保っているのが、わかる気がします。

MARIA 愛すべき人がいて
時に 強い孤独を感じ
だけど 愛すべきあの人に
結局何もかも満たされる

MARIA 愛すべき人がいて
時に 深く深いキズを負い
だけど 愛すべきあの人に
結局何かも癒されている

M / 浜崎あゆみ

特にこの歌詞は、愛するが故の苦しみ。
とても的確な表現と思いました。
吉本ばななさんの「うたかた」の冒頭にこんな表現があります。

たとえるならそれは、海の底だ。
白い砂地の潮の流れに揺られて、すわったまま私は澄んだ水に透けるはるかな空の青に見とれている。
そこではなにもかもが、悲しいくらい、等しい。
目を閉じて走っても、全く違う所を目指したつもりでも、気持ちはいつの間にかくり返しそこへたどり着く。
そこはいつもとても静かで、いつも彼の面影に満ちているので、私は目を覚ますことなく、ずっと、そこでそのまま眠っていたくなる。

うたかた / 吉本ばなな

人を好きになると、喜びも勿論なのだけれど、気持ちがどうどうめぐりをくり返し、疑心暗鬼になったり、勝手に苦しんだりします。
でも、その度に新しい発見があったりして、またくり返し恋をする。
さすが、吉本ばななさんの表現はピッタリです。

誰かを好きになった、その時の自分の気持ちだけは忘れてはいけませんよね。
今週末は「BALLAD」をたっぷりと。
でもこれ、ずいぶん前に発売されたアルバムなんですね。
秋の夜長にぴったりな一品です。

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草原で風にゆれる名前も知らない花

出張先で訪れた長野県も夏休みの混雑シーズンが終わり、シルバーウィークを前に静けさを取り戻しています。
ここは初めて訪れたところでしたが、景色はすばらしい場所。
思わず車を降りて、携帯で撮影しました。
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この道路の向こうは既に別荘地となって開発されています。
しかし、熊出没注意の看板が多数。
ここでの仕事は、人間の所業よりも先に住んでいた熊を始めとする皆さんとの折り合いをつける事が一番の難題だなぁ…なんて考えます。

さて、本日予定の仕事を終え、明日の仕事場所である上田市方面へと移動します。
そこで通り道として、ビーナスラインを経由して行きました。
夕刻、日が沈む頃に霧が峰に近づきます。
霧が峰でエンジンを止め、車を降り、しばらく立ち止まります。
通り過ぎる車も殆どなく、風の音がします。
当日の気温は15度前後。
少し肌寒いですが上着を着て、立っていると通り過ぎる風が心地よいのです。
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そこは孤独です。
さびしいという感情を超えます。
人恋しくもなります。
でも、なぜか生きている事に感謝したくなる…そんな気持ちにもなるのです。

私はブルックナーの交響曲が大好きです。
特に交響曲第7番・第8番・第9番の晩年の作品が好きです。
その霧が峰の大好きな場所で聞いた事はないですが、交響曲第8番の第3楽章を聞くと、この霧が峰の雰囲気をいつも思い浮かべます。
ベートーヴェンやブラームス、チャイコフスキーの様な人間の感情が爆発…という感覚はブルックナーの交響曲には感じません。
ですが、雄大な景色、草原に咲く名前も知らない花が風にゆれている様、沈む夕陽の様に誰も止める事が出来ないという厳然たる事実。
でも、その現象ひとつひとうに深い愛情があると感じるのです。
ブルックナーの交響曲は、そんな人間を含めた自然への愛で満たされていると思うのです。
大いなる自然の摂理の中で、自然の一部として生かされている…そんな事を感じるのです。
それは人間が美しい自然の景色を前に、感動をして涙を流す事に近いのかもしれません。

小説「四日間の奇跡」の中で、自分が辛いときに行くお気に入りの場所というのがあります。
この小説のこの部分を読んだ時に、ブルックナーの交響曲第8番第3楽章を思い起こしたのです。
小説で表現される景色は地名が記載されていければ、読者の想像の範囲ですものね。

四日間の奇跡の事を書きましたので、その中で気にっているところをご紹介です。

神というものいるかどうかは知らん。
だが時として俺自身、自分の肉体が命というものを維持しているということが、どれほど奇跡的なことか思い知る時がある。
意志とは無関係に体内で生成される様々な酵素。
その一つでも狂ってしまえば人間というのは簡単に死ぬんだ。
外傷などなくてもだ。
我々はやはり、生かされているのだと感じるよ。

だがその一方で、生きているのは俺自身だという意識も、俺は強固に持っている。
俺はその俺を裏切らぬよう、俺自身に誇れるように生きていくだけだ。

四日間の奇跡 浅倉卓弥

地球上では人間も自然の一部であり、有機物であり、酸化し朽ちてゆく宿命です。
でも、きっと生かされて生きている我々はその自然の摂理をを単純に切り取った、単純なサイクルの一部分ではないと思いのです。
自殺という結論で自らの命を終焉させようとの思いがよぎる時、自分が生かされている存在なんだと考えられたら…。
本当は歯車一つが狂うだけで終わる命が、なぜ今日、この時も生きているのかと考えられたら…。
つらくて折れそうな心でも、心のどこかに生きてゆくんだという強い気持ちがあるから、生きたいという魂の叫びが心臓は鼓動を止めない。
そんな耳を澄ませば聞こえてくる魂の叫びを、自分の気持ちを裏切ってはいけない…と私は思うのです。

原作だけ読んで映画は見ていないのですが、この四日間の奇跡のホームページにこんな言葉が記載されています。

「信じてやればいい。信じるということは、人間の脳に与えられた偉大な力のひとつだぞ」 そう言った島の医師・倉野の言葉が、心に深く突き刺さる! 人は、信じ合う人に巡り合い、救われ、そして癒される――。

四日間の奇跡のホームページです。
http://4kiseki.biglobe.ne.jp/index.html
映画の公開はもう5~6年前だったかな…。

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天国へ届け  ラフマニノフ 交響曲第2番 ホ短調 作品27 第3楽章 アダージョ

少ない車両の電車がホームに入って行く。
カバンを持った和久井映見さんが微笑んでいるところに、「妹よ」とドラマのタイトル(ちょっと曖昧な記憶です)。
そこにチャゲ&飛鳥さんの「めぐり逢い」が重なってくる。
この「めぐり逢い」はアコースティックのギターと共に曲が始まります。
ドラマは見た事がないのですが、この曲がよくてCDを購入しました。
CDはブックオフに売ってしまいましたが、楽曲はパソコンに残してあります。
歌詞もなんとも泣かせるいい内容です。

この願い 誰かこの願い
いつまでも 鍵が掛からない
いいさこの出逢い こんなめぐり逢い
今度ばかりは 傷も扉をくぐった
差し出す指に君は指でかえした
恋で泣かされた人と 恋で泣かされた人
同じ罪を振り分けてもいいね いいね

めぐり逢い CHAGE&ASUKA

結婚してまだ間もない頃だったと思います。
妻の友達が遊びに来ました。
高校時代の同級生です。
昼間は遠慮して出かけていましたが、夜は行くところがないので、私も仲間に入れてもらって一緒に飲んでいました。
テレビが会話の邪魔になるので、音楽を小さめの音で流していました。

曲はラフマニノフの交響曲第2番 ホ短調 作品27でした。
このCDを手に入れたのは、ずいぶん前の事だったと思います。
FMでこの交響曲を耳にし、惚れてしまい、次の日からCDを一生懸命探しました。
ラフマニノフの楽曲でも、当時CDショップで問い合わせると「ピアノ協奏曲 第2番では?」と確認をされ、それはもう持っている…と少々イライラした思い出があります。
御茶ノ水のCDショップで輸入盤でみつけ、わくわくしながら帰りました。
オランダ製のCDで、解説書は全て英語。
翻訳しようという努力すら試みませんでした。
素晴らしい音楽が聴ける。
それだけで良かったのです。

曲が第3楽章に入ると、妻の友達がピクリと反応しました。
目が大きく表情の豊かな、かわいい女性です。
「これ…あの曲だsign03
「妹よ」のドラマで繰り返し、この第3楽章が使われるとの事。
それから、彼女は音楽に聞き入ってしまいました。
本当にうっとりconfidentと聞き入っています。
ドラマで使用されている事もその時は知らなかったので、気に入ってくれた事がとても嬉しかったのです。
自分のお気に入りを、他の人も気に入ってくれるのは嬉しいですよね。

この交響曲がどれだけドラマチックで美しいメロディかは、文章にするのは難しいところです。
特に第3楽章アダージョのクラリネットは哀しみで心が張り裂けそうになります。
哀しみで絶望的になるのに、時々雲間から見えるひとすじの光を見つけるように、希望に満たされます。
これが交互に繰り返され、でも哀しみを乗り越え、癒されるように終わってゆくのです。

遊びに来た時は彼氏募集中だったその彼女も、やがて結婚しました。
結婚式にも夫婦で招待を頂き、祝福しました。
彼女のご主人とも話しが合うところもあり、他の夫婦も一緒でしたが、旅行にでかけた事もありました。
その後、私の転勤もあり、年賀状のやり取り程度だったようです。
やがて、東京への勤務となり戻ってくるとあまり夫婦仲が良くない話を聞くようになりました。
なかなか子供ができない事から、家族も巻き込み、お互いの関係はギクシャクしていた様です。
その後に昔の苗字に戻ったとの葉書がポストに舞込みました。

妻からそんな話を聞き「また、気が向いたら気軽に遊びに来るように言っておいてよ」なんて話をしていました。
それから、しばらくして妻の同級生同士が集まるなんて話をしており、誘ったけれど「体調が悪い」なんて返答だったなんて話を聞いていました。
やがて、妻が発信したメールの返答も来なくなりました。
その事実を聞かされ「どうしたかね…」なんて話していました。

次に連絡が来たのは彼女のご両親からでした。
彼女はガンで亡くなっていました。
つらい治療で体力も失い、でも元気な姿になるまでは、友達にも逢いたくないと回復を信じがんばっていました。

ご両親から連絡を頂戴した時には、葬儀も終わっており納骨も済ませた後でした。
妻と仲のよかった同級生が集まり、お墓参りをする事となりました。
行くべきかと…と妻に聞かれ迷いました。
ご両親は妻や仲の良かった友達の姿を見れば、「生きていれば自分の娘も…」と考えるに違いないと考えたのです。
それを察したのかご両親からは、生きている時の話をひとつでも聞きたい…と配慮を頂いたとお話がありました。

当日は彼女の家に集まり、彼女が好きだったパスタ屋さんで食事をし、最後はお墓へとまわったそうです。
亡くなる2日前はどうにも不安となった彼女が母親に「今日は帰らないでほしい」と懇願したとの話がありました。
おかあさんは今でも、彼女の骨の欠片を肌身離さず持っているそうです。
それを大切に手のひらの上でみせてくれたそうです。
胸が痛みました。

しばらくして、なぜこの時にラフマニノフの交響曲第2番を妻に託さなかったのだろうと後悔しました。
でも、このドラマ「妹よ」の放映後に、この曲はどこのCDショップでも国内盤が置かれるように有名になったのです。
この第3楽章を聞くと、彼女の冥福を祈る事があります。
第3楽章は狂おしい、哀しい、そしてせつないメロディーが繰り返されますが、最後は静か湖面の様に終わります。

やすらかに。
そして、天へ届け。
ラフマニノフ 交響曲第2番 ホ短調 作品27 第3楽章 アダージョ

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世界中で彼が歌っている You Are Not Alone

辛くて苦しい時。
哀しくて、さびしくて、絶望が渦巻く時。
どんな言葉でも意味がない。
今、目の前にあるこの気持ちや不安を解決するのに、言葉などただ虚しい時。
言葉より近くに暖かい手があると、どうしてもそこへ手をのばしたくなる時。
でも、歯を食いしばって、それを我慢しなければならない時があります。

それでも、そんな時でも、どんなに言葉が虚しい時でも、言葉がふと心を軽くしてくれる事があります。
それは、その言葉は同じ哀しみを知り、その哀しみを乗り越えた人から発せられる言葉です。
あなたのその哀しみが理解できる、私も知っている、私もそれを乗り越えてきたのだ。
そんな人から、発せられる言葉は、孤独から自分ひとりではないと思える気持ちを喚起し、勇気がわいてきます。
今、この瞬間も同じ哀しみや苦しみを持つ人が、必死にその中でもがいている、がんばっていると思える時の心強さ。

That you are not alone

I am here with you
Though you're far away
I am here to stay
You are not alone
I am here with you
Though we're far apart
You're always in my heart
But you are not alone

For you are not alone...(Not alone, oh~)
You are not alone, you are not alone, say it again
You are not alone, you are not alone, not alone, not alone
You just reach out for me, girl . In the morning, in the evening
Not alone, not alone, you and me, not alone
Together, together
Can’t stop being alone….

You Are Not Alone / Michael Jackson

この曲を知ったのはアルバム「NUMBER ONES」を手に入れてからでした。
このアルバムに入っているバージョンは前奏無しのやさしい歌声から始まります。
アルバム「BAD」の中にある「Man In The Mirror」での最初のさびしいつぶやきから、売れっ子も大変なんだぁなんて思っていました。
その後のスキャンダルは目に留めたりはしたものの、それほどの関心はなかったのです。
「Off The Wall」「Thriller」も「BAD」もレコードの時代。
当時、ヘビィメタルキッズだった私は友達からレコードを借りてコピーしました。
最近になって「NUMBER ONES」はお買い得なアルバムだと思って手に入れたのです。

いろいろ辛い目にもあったであろうに、「あなたはひとりじゃない」「私はあなといつもいる」なんて他人を気遣うのは、同じかそれ以上の哀しみがあったから。
他人事ではなく、自分自身に、自分自身を励ます為に歌っていたのではないだろうか。
この「You Are Not Alone」のやさしい歌声に、やさしいメロディーと、やさしい歌詞。
言葉が意味を持たない絶望の中にいる時、この歌声は、歌詞は、言霊を持って心に沁みてくるのです。
人の哀しみを知る人のみが知る、やさしさと強さの言葉。

マイケル・ジャクソンの訃報はとても残念でした。
でも今、きっと世界中でMichael Jacksonの歌声が、メロディーが響いている。
彼の歌声が人の心を通じて、世界中を駆け巡っている。
彼が世界中で歌っている。

You Are Not Alone

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自分勝手で忙しい気持ち

先日、出張先の長野県で仕事が終わり、取引先の方に最寄の東京方面の特急が停車する駅にとお願いして、塩尻駅へ送ってもらいました。
ちょっとの差で新宿行きのスーパーあずさは塩尻駅を出発したばかりでした。
次の特急までは約1時間。
当日は雨。
時々スコールの様に強く降ります。
さて、約1時間どうする。
こういう時に限ってノートPCを「重いから家に置いて行こう」なんて、しっかり家に留守番させています。

夕刻。
目的地到着は21時過ぎの見込み。
食事でも済ませようと辺りを探し始めました。
【ほっとして ざわ 塩尻駅店】と駅最寄のレストランに入りました。

店内にはカーペンターズが流れていました。
メニューを見て考えます。
お酒はもう飲みたくないなぁ…と結論は「鳥のから揚げ定食」をお願いしました。
お店のオーナーのお嬢さんでしょうか、とても笑顔とお話の仕方が良く、すごくいい感じ。

席は店の中央辺りに駅ロータリーからの入口が見えるところに座りました。
時々、足早に人が行き交います。
カーペンターズの曲は相変わらず流れていて、自分の持っているCDとは曲順が違うなぁなんて思っていました。
先ほどのとても良い感じのお嬢さんが運んできてくれて、もそもそと一人食べておりました。
から揚げもレンジではなく、しっかりその場で揚げているのでとってもおいしい。
お米もおいしい。
他に小鉢が2つ。
ゼンマイのおひたしとタケノコで、これもgood。
やっぱり信州一ではないですが、お味噌汁がおいしい。
おかわりをお願いしようと思うぐらい。

店内は私ひとりだけ。
もそもそと食べながら、フト顔を上げて駅のロータリーを見ました。
その時にかかっていたカーペンターズの曲は「SOLITAIRE」でした。

There was a man

A lonely man
Who lost his love
Through his indifference

A heart that cared
That went unshared
Until it died
Within his silence

あるところに
とても孤独な男性がいたわ
ささいなことで
恋を失った人だった

心では望んでいても
それを分かち合うこともなく
彼の孤独の中で
ひっそりと死に絶えてしまった

THE CARPENTERS / SOLITAIRE 対訳:小倉ゆう子

これは哀しすぎる。
なんだか箸もとまってしまい、雨の中、傘をさして行き交う人々も幸せで賢く見えてきます。

この曲は曲の途中でカレンの独唱になる部分があります。
声もよくて、歌唱力のあるカレン。
この曲中の男の孤独が実像をともなって迫ってきます。

別の日。
その日も仕事を終えて、現場からレンタカーで移動中に水の流れる音に魅かれて車を止めました。
立岩の滝というところです。
とっても素敵なところです。

エンジンが止まると、鳥の声、虫の声、水の流れる音しか聞こえません。
今すぐ携帯電話をへし折って、川に投げ込み行方不明になっちゃおうかなぁ…。
勿論、それが許されるのは妄想の世界でだけの事。
人の気配もなく、ここで2~3日自分の好きな事だけ一人でやるのいいなぁ…。

さて、カレンの声に歌に孤独を感じ、別の日には反対の事を考える。
人は勝手ですね。

立岩の滝をネット上に案内をされている方がいたので、勝手にご案内です。
http://www.geocities.jp/tyohama/taki/nagano/tateiwa/tateiwa.html

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STRAIGHT TO THE TOP

渡辺貞夫さんの「ORANGE EXPRESS」というアルバムが発売されたのは1981年の事。
当時は中学生で、最初の購入したのはLP盤でした。
このレコードをカセットテープに録音し、当時発売して間もない「カセットサイズ」のウオークマンで聞きながら、仲間3人と自転車で泊りがけの旅行に出かけました。
宿泊先の民宿のおばあさんが、大変よくしてくれた事を覚えています。
そういえばよく中学1年生3人で出かけたのに、民宿の予約もよくできたもんだなぁ。

ところで、この「カセットサイズ」のウオークマンのCM曲がグリーグのピアノ協奏曲イ短調作品16でした。
付属品でこの曲の第一楽章の途中までのサンプルカセットが付属で、この楽曲をFMのエアチェックで探した覚えがあります。
脱線しました。

その時、この自転車をこぎながら「ORANGE EXPRESS」の「STRAIGHT TO THE TOP」が最高でした。
この曲はデイブ・グルーシンの曲ですが、楽曲の録音に際して30分以上のテイクとなり、現在のアルバムサイズの曲ににまとめるのが大変だったとの事。
このアルバムは別の曲ですが、ジョージ・ベンソンがギターを弾いていたり、メンバーがとっても豪華なんですよね。
それよりも、アーティストが集まり、それぞれの才能がぶつかり合う環境だからこそのなのか、プレイが切れ目なく続くなんて素晴らしいですよね。

この頃の読んだ音楽雑誌に渡辺貞夫さんが「叫ばないように注意している」との表現があった事を覚えています。
確かに「STRAIGHT TO THE TOP」と「NICE SHOT」は違うと私でも感じます。
でも「STRAIGHT TO THE TOP」はライブの感覚が強くて、すごくエネルギシュで、テイクに30分以上なんて事が実感として伝わってくるんです。

これから本題です。
今週の金曜日にお誘いを頂いて「カーバンクル」というお店に行きました。
その日は不定期に開催しているイベントの日でした。
「STRAIGHT TO THE TOP」の長い前振りはここにあります。

この日はお客さんが自身の楽器を持ち寄り、お客さん自身が歌うセッションなんです。
ドラムとウッドベースとキーボードでスタートしたのに、パーカッションが増え、トランペットが増えなんて、夜が更けるにつけセッションがどんどん盛り上がって行きます。
パーカッションをプレイしている人は明らかに昼はサラリーマンで、事務所で会えば名刺を交換している様な人。
ステージは熱気に包まれて、なんともいい盛り上がり。
「STRAIGHT TO THE TOP」の30分以上テイクとかわりません。

ああ、音楽は素晴らしい。
言葉を交わさずに、こんなコミュニケーションができる。

今週は月曜日から毎晩かわるがわる取引先との夕食で、もう酒も見たくないという気持ちだったのに、こんな場所と演奏できる能力をうらやましいと思い、そんな気持ちも吹っ飛んでしまいました。
お誘いを頂いた方に感謝すると共に、その方がステージで歌う姿はこれまでは知らなかった姿であり、とっても魅力的でした。
カラオケにはない…カラオケとは比較できないけれど…生のプレイヤー達の迫力は最高でした。
上り電車の時間に、後ろ髪を引かれながら店を後にしました。

翌日、「STRAIGHT TO THE TOP」の事を思い出し、CDを探し出しました。
昨日から「STRAIGHT TO THE TOP」を良く聞いています。

当日のお店「カーバンクル」のホームページです。
http://www.geocities.jp/carbuncul_bar/index.html

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冬の終わりに風が吹いた

街を歩けば、花屋さんもお菓子屋さんをはじめ「母の日」に結びつけた商品やサービスが大盛況。
女性はもちろん、男性も必ず誰かの息子だから、「母の日」の盛り上がりには「父の日」はどうしたって、かなわないですね。
今日の午前中は庭の草むしりをせざるを得ず、庭職人よろしくラジオを聞きながら作業をしていました。
番組の内容も「母の日」と関係した事が圧倒的でした。

その中でよくオンエアされていた楽曲は大橋卓弥さんの「ありがとう」でした。
いい曲ですよね。
原作は読みましたが、映画は見ていない「東京タワー」。
この映画の主題歌になったコブクロさんの「蕾」より、内容もストレートな気が私はします。
ところで、この「ありがとう」のシングルCDとカップリングになっている、小田和正さんの楽曲「たしかなこと」が私は好きです。

この楽曲は印象的なCMでも使用され、特別なイメージが強い楽曲となっていますよね。
それぞれの人の思い入れも強い曲だと思います。
「ありがとう」のCDシングルでは、大橋卓弥さんのアカペラから始まります。
小田和正さんの自身のヴァージョンも勿論良いのですが、これが楽曲の途中で小田和正さんと代わり、そして2人のコーラスになるアレンジなんです。
曲もギターとピアノだけで進行します。
これは大橋卓弥さんも、小田和正さんの歌のうまさに負けないから成り立つコラボですよね。
ん~素晴らしい。

レミオロメン「茜空」のCDシングルのカップリングにも、「茜空」のアコースティックヴァージョンがあります。
これがいい。
私はこのヴァージョンの方が好きです。
とても声が透き通って聞こえます。
楽曲の持つせつなさが増します。

レミオロメンは結成当初のロックバンドとしての性格が薄れたとか、楽曲が商業的などと最近は厳しい評価もあり、いろいろ分かれるようですが私は大好きです。
特に「これまでは辛い事があったけど、今はいいよね」という内容の楽曲に鳥肌ものです。

笑って心開いたら
あなたの事好きになった
一巡り太陽の下で

無くした心の隙間に
あなたの笑顔が広がって
音もなく涙こぼれたんだ

太陽の下 レミオロメン

誰かを愛する事ができる自分に気がつく。
誰かを愛する事ができる喜び。
誰かに愛される喜び。

冬の終わりに風が吹いた
妙に暖かくて泣きそうになった
あなたの笑顔が
いつでも僕の励みだった
その温もりを その輝きを
どれほど心に繋いで
今を生きてるだろうか

夢の蕾 レミオロメン

人生の辛い時期、それを冬とするならば、それが終わるときに暖かい風が吹いてくるなんて、暖かい風が幸せを運んでくるなんて、素晴らしいじゃないですか。
また、この曲の終わりに向かっての変調が好きです。

愛する人 あなたの
幸せを守りたい
強く優しく本当の夢はいつも
あなたの笑顔の中にある

夢の蕾 レミオロメン

ん~いい楽曲だねweep

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夜の首都高速を走る時の密かな楽しみ

夜の首都高速を走る時の密かな楽しみがあります。
日本では年末になると第九コンサートの開催案内の葉書やお知らせが来ます。
ベートヴェンの交響曲第九番 ニ短調 作品125「合唱付き」。
だいく、第九、ダイク、daiku。
すっかり日本の年末風物詩となっております。

人類の遺産とも言えるすばらしい交響曲ですよね。
少しまえ、人様から「このCDいいんだよ。聞いて感想を聞かせてね」と頂戴しましたのが、この第九。
あ~面倒くさいなぁ…。
音楽なんてその人の感性で好き、嫌い、良い、悪いで良いわけですが「これはただで差し上げます」と言われると、「ただ」とい言葉にいじきたく反応した私は受けとってしまったのでした。
仕事も終わりました金曜日。
その日最後にご面談頂きましたお客様最寄インター、常磐道の谷和原インター入口から6号線経由箱崎を目指し、CDを聞き始めました。
音量は限りなく大きく、自分の車の音が聞こえない程度に。
相変わらず、第1楽章から第3楽章はベートヴェンの生きる苦しみが続きます。

車が首都高速の八潮料金所を過ぎる頃から第4楽章が始まります。
そしてあの有名な「歓喜の主題」が加平PAを過ぎる頃から顔を出し、都心環状線に向かうべく堀切JCTを過ぎると隅田川を前に、隅田川を沿って走る高架に視界が開けます。
これに第4楽章の歓喜のメロディーが最初に爆発するのと重なるとなんとも良いのです(ものの解説によりますとイ長調に主和音が3度下のへ長調主和音に変化させ、フェルマータで伸ばす。
すると大きく広がる感覚を得る事が出来る技法との事。自分でも何の事やらよく判りませんが、これが視界の広がる感覚とマッチするのです)。
堤通から向島を通り、両国、言問橋、吾妻橋、駒形橋と東京の美しい夜景が続きます。
両国JCTから江戸橋方面に勤務先があるビルをかすめて、野村證券、三越と続きます。

メロディーを聞きながら、美しい夜景を構成する灯りがつく窓を眺め、まだ仕事がしている人がいるのだろうなとか、気の合う仲間と食事をしながら楽しい時間を過ごしているのだろうかとか…。
この灯りの向こうに、それぞれの人生があって、喜び、泣き、笑う人がいるなんて考えるとこの曲の特別なムードに、クリスマス時の様な歳末助け合いムードが気分だけある私は、急に慈悲深く、感慨にふけります。
灯りがついている窓をみながら、そこに人が生きている事を感じ、何だか自分が生きている事が嬉しくて、感謝したい気持ちになります。
なんとも700円の通行料で満たされた気持ちになります。

自宅は4号新宿線と3号渋谷線の中間にあり、混雑具合に合わせて選択しています。
4号新宿線の時は千鳥ヶ渕から赤坂、新宿新都心の美しい夜景を。
3号渋谷線の時は六本木ヒルズから渋谷まで。
六本木ヒルズの住人も、努力の結果もあってあの場所にいる事。
実は見た目よりもその維持拡大の為に苦労しているんだよなぁ…といつもは「にわか金持ち」などとやっかみ半分悪態もつきますが、この曲の影響でクリスマス歳末助け合い運動モードなので少々慈悲深い私がおります。

この気分も4号線はテルモの看板が目印に、3号渋谷線は池尻を過ぎると何となく終わりです。
それぐらいのには終わらないと渋滞です。両国JCTを先頭に竹橋まで断続渋滞50分なんて時はダメです。
また、コンビニ、ガソリンスタンド、ファミレスの灯りが始まると、今日は気分良いのでお昼にはライトイタリアンでなんて考えているところに、どこぞの宗教団体の勧誘が「あなたは自分の人生について考えた事がありますか?」と余計な質問を突然され気が滅入るのと同じ具合になります。

すてきな夜空を駆けながら
きらめく星々のように、楽しく、
兄弟よ、自分達の道を駆けてゆけ、
勝利に向かう英雄のように、喜びいっぱいに

ベートーヴェン 交響曲第9番第4楽章より「歓喜に寄せて」

苦しい事の多かったベートヴェンがやっぱり人生を肯定的にとらえていた事。
生まれてきた事、生きている事に歓喜し、感謝する事に勇気を与えられます。

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うれしい!たのしい!大好き!

東京は一昨日夜は嵐で、明けて昨日はすっかり春でした。
春ですねぇ~。
昨日はバレンタインデー。
ささやき合いながら街行くカップルの誰もが、今日はいつもより幸せそうに見えます。

恋をするって、素晴らしい。
空が美しくなり…
花が儚く、でも美しくなり…
自然と笑顔も多くなり…
人にやさしくなり…
ついでに、道路の電柱までが何か幸せに包まれている様な気持ちになって…。

DREAMS COME TRUEの「うれしい!たのしい!大好き!(アルバムTHE SOULのEVERLASTING’ヴァージョン)」は恋する喜びを叫んでいる様な曲で大好きです。
吉田美和さんの多重コーラスは嬉しい気持ちが空へはじけてゆくようで、これに音が上がってゆくキーボードが重なってメロディーがスタートする。
とっても幸せな気分になる曲です。

友達にはうまく言えないこのパワーの源を
”恋をしている”ただそれだけじゃ
済まされないことのような気がしてる

うれしい!たのしい!大好き!
何でもできる強いパワーがどんどん湧いてくるよ

うれしい!たのしい!大好き!/DREAMS COME TRUE

人を好きになった、人を愛した…その時の自分の気持ちは忘れてはいけないですよね。
大切な人の喜びを、自分の喜びとして共に喜ぶ事。
大切な人の哀しみを、分かち合い和らげる事が出来る事。

誰かを愛している。
誰かを愛した。
その時の自分の気持ちだけは、忘れてはいけないですよね。

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夜が明ければ! 私は勝つのだ!

コネタマ参加中: 聴くと気合が入る曲を教えて!

おお夜よ、失せろ! おお星たちよ、沈め!
星たちよ、沈め! 夜が明ければ!
私は勝つのだ!

06年の冬季オリンピックの時。
宿泊していたホテルで、朝早く目が覚めたので、少し部屋の机に向かって約束の時間までと、仕事をしておりました。
テレビはつけっぱなしで8時の時報と共にプッチーニの歌劇<トゥーランドット>の「誰も寝てはならぬ」が聞こえてきました。
メロディーに気をとられてテレビ画面を見ると荒川静香さんが金メダルを取ったとのニュースでした。

この曲プッチーニの歌劇<トゥーランドット>の「誰も寝てはならぬ」の手持ちCDの解説を流用します。

…歌劇<トゥーランドット>の舞台は伝説の時代、中国の北京。
流浪する韃靼の王子カラフは「3つの謎を解けば結婚するが、失敗したら死刑」というトゥーランドット姫に挑戦し、見事に解く。
約束の履行を渋る姫に、カラフは「自分の名前を当てたら命を与える」と言う。
第3幕第1場の王宮の庭園。
役人たちの「寝ずにあの男の素性を調査せよ」とのお触れに「私の勝利は間違いなし」と高らかに歌う…

そしてこの曲、最後の歌詞は…
おお夜よ、失せろ! おお星たちよ、沈め!
星たちよ、沈め! 夜が明ければ!
私は勝つのだ!

その年の11月に、設立まで紆余曲折のあった出資会社の設立記念式典を開催しました。
移動をするレンタカーの中で私はこの曲を聴いておりました。
遂に設立記念式典の開催にまでこぎつけた感慨深い思い。
「どうせ失敗するさ…」とこの事業を鵜の目鷹の目で見ている連中を必ず見返してみせる…という気持ちで燃えておりました。
この曲、なんたって最後の「夜が明ければ! 私は勝つのだ!」これがいいですよね。

上司を記念式典が開催される会場の最寄り駅まで迎えに行き、会場まで大きな音量でこの曲を聞いておりました。
その時、音楽にはあまり興味がない上司が一言。
「ケンシロウ(本当は苗字で呼ばれています)、食事する時とかいつもこういうの聞いているの?」って…。
この質問に高揚したその気持ちは我が家の貧乏食卓に引き戻されてしまいました。
あんたの発想はそこかい!!

でも、この曲は困難に立ち向かう時ほどに、次の勝利を確信する勇気を与えてくれるのです。

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一人きりのあの頃の私に伝えたい

本日は大掃除の一環で、我が家の「風のガーデン」の手入れをしました。
作業箇所を4箇所に区分しています。
飽きが来て作業をおろそかにしない為の工夫です。
一昨日より開始しており、明日に全ての作業が終了する予定です。
本当は…「風のガーデン」とはおこがましく、要するに庭です。
しかも、それほど大きくはない。

ただ、黙々と作業をするにはツマラナイので、久々にAMラジオを聴きながら作業をしておりました。
なんだか職人にでもなった気分です。
番組の内容は時節柄、08年のあなたの印象に残った歌とか、いちばんの思い出なんてのをリスナーから募集しています。
その中で、異なる番組ながら複数あった印象に残る歌にアンジェ・アキさんの「手紙~拝啓十五の君へ」がありました。

十五の僕には誰にも話せない 悩みの種があるのです
未来の自分に宛てて書く手紙なら
きっと素直に打ち明けられるだろう

…中略

ひとつしかないこの胸が何度もばらばらに割れて
苦しい中で今を生きている
今を生きている

…中略

荒れた青春の海は厳しいけれど
明日の岸辺へと 夢の船よ進め

…中略

大人の僕も傷ついて眠れない夜はあるけど
苦くて甘い今を生きている

…中略

ああ 負けないで 泣かないで 消えてしまいそうな時は
自分の声を信じて歩けばいいの

「手紙~拝啓十五の君へ~」 アンジェラ・アキ

様々な思い入れや、思い出が寄せられた声にもありました。
未来の自分から、思い悩み、苦しむその時の大切な人に、そして自分に、その事が、どんな意味がある事で、何のために乗り越えなければならない事なのか知らせる事が出来たなら、どれだけ気持ちは楽になるでしょうか。

私にも同じ様な思い入れのある曲があります。
プリンセス・プリンセスの「ONE」です。

この曲はアルバムの一番最後の曲であり、ミデアムテンポでドラマチックな展開ではなく始まり進みます。

悲しい恋の行方に立ち止まり
もう二度と誰も愛せないと思った
あの日 この恋に出逢うまでは

今では微笑みの中で ほこりをかぶった 蒼いスローモーション

「ONE」 プリンセス・プリンセス

とここまで進んだ曲のドラムもベースもギターもこの歌詞の後に止まり、ストリングスが全てを引きとります。
ん~この展開はズルイと初めて聞いた時は思いました。
そして、この後に、

恋を失くしてさむさに泣いていた
一人きりのあの頃の私に伝えたい
「ねえ泣かないで大丈夫。
あなたの最後の恋に今ここでやっとめぐり逢えた」と

「ONE」 プリンセス・プリンセス

と続きます。
膝を抱えて悲しむ大切な人に、そっと幽霊(おじさんには妖精とは書けません)の様に近づいて、こんな事をささやけたら…。

努力とは底が見えない水がめに水を入れるようなもの…と言ったのを聞いた事があります。
終わりがどこにあるのかわからない。
いつ終わるのかわからない。
しかし、もう限界だと思う時、実は水がめの水は溢れる寸前だとか。
当事者はそんな事を言われても、目の前の事態が解決されないのだから、やっぱり辛い。

起きてしまった出来事が変えられないとしたら…。
大切な人が過去に辛い事があるならば、その時へ行って、未来への希望を灯したい。
今、苦しんでいるならば、将来から今の苦境に打勝つ、未来への希望を灯したい。

「手紙~拝啓十五の君へ~」も「ONE」も、そんな思いは共通している様に思うのです。

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愛が哀しいから

近所の神社でのお祭りの事。
私が小学生、弟は幼稚園の頃。
弟と二人で出掛けて、はぐれてしまい弟は迷子になりました。

お祭りの人ごみ中を必死になって探しました。
あっ…いた!
弟はその神社の鳥居の近くにある交番にいました。
パイプ椅子に座って、おまわりさんの方を向きながら、泣きじゃくっている姿が見えました。

家から神社まで、歩いても5分とかからない場所です。
でも、幼稚園の子供には未知の遠い世界。
夜、はぐれてしまった心細さはどれほどだったでしょう。

夕暮れに迷子が泣いているよ
大声で名前を叫びながら

あんなにも愛しい人のことを
まっすぐに呼べる強さは何故?

誰も迎えに来てくれないのが
分かった日から僕らは泣けなくなった
ああ、だから君に逢いたかったんだ

愛が苦しいのに
何故僕らは出逢うんだろう?
信じたいと何度も願うんだろう?

愛が哀しいから 徳永英明

つないだ、重ねた手のあたたかさ。
抱きしめた時の、抱きしめられた時のぬくもり。
大切な人の哀しみを分かち合い、喜びを共に喜べること。

傷つけ、傷つくこともあるけれど…。
愛は哀しいだけでは、苦しいだけではないこと。

この曲タイトルと内容が異なるところが、なんとも妙味ですね。
徳永英明さんの声もいい。

夜に聞いちゃいけないですね。

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乙女の祈り

人間はなんのために生きるのかって考えてみると、
苦難を乗り越えていくために生きるのだと思う。
なにもしないで、生きていこうなんて生き方はだめよ。
【フジ子・へミングの魂の言葉/清流出版】

乙女の祈り。
ポーランド出身の女流作曲家パダジェフスカが18歳の時に書いた曲です。
他にバダジェフスカは「叶えられた祈り」という曲も残しているそうです。
乙女の祈りは成就したのだと考えますが、バダジュフスカは27歳という若さで亡くなったとの記録があるので、しあわせな時間はそれほど長くはなかったのでしょう。
勝手な想像です。
この曲の素晴らしさに改めて、気づかされてしまいました。
ピアノを学ぶ人が必ず通る通り道の曲ぐらいの認識であり、作曲者すら記憶にありませんでした。

見ました、必ず見ますよ「風のガーデン」。
今週放送分も出張の宿泊先で見る事となっていたので、ホテルに入ってからもPCと格闘し、締め切りの迫る仕事を仕上てしまうのに必死です。
日中は取引先との折衝やら、確認等があり、夜はその事務処理等他の仕事を行う必要があるので、出張での宿泊先も仕事をしやすいとの観点で決めます。
これにもう一つ。
木曜日に宿泊せざるを得ない時は、部屋に大きな画面の映りが良いテレビがある事を条件としています。
勿論、木曜日のお誘いは全てお断り。

今週の放送で、この曲が使用された部分はとても印象に残るものでした。
岳君のピアノ独奏から始まり、これをストリングス主体の編成で引き取ってゆく。
そのままシーンが進み、これに貞美と岳君の別れが重る。
父親としてではなく、ガブリエルとして。
たまらないシーンでした。
チェロとピアノで合奏するシーンでの「乙女の祈り」は喜びで満たされていましたが、これはなんとも哀しみに満ちたメロディーでした。

なかなかプロの演奏家のCDでは見かけない曲目です。
しかし、メロディーはとてもロマンティックで、弾く人によりその表情が大きく変化する曲だと思います。
帰宅してから、中学1年生の息子の部屋へ行き、ピアノの近くに無造作に積み上げてある楽譜の中から探し出しました。
最近は部活動のバスケットボールに夢中で、ピアノは殆ど弾いていないらしい。
「これ、弾ける?」って聞いたら、「昨日、おかあさんにも聞かれた」との答えでした。

そこで、今日長男と二人だけの時があったので、こう話しました。
「乙女の祈り」少し練習してみたらどうか?
弾いてみせたら、おかあさん目をウルウルさせて喜ぶぞ。
ニヤニヤした反応の長男。
本当は私が聞きたいと知っているかな。

ああ、来週はいよいよ最終回ですね。
久しぶりに見た連続ドラマの終わりは、少しさびしい気持ちですね。

人は最後に何処へ還るのだろう?
大変な命題。

死は、互いの関係を時間と共に希薄にするというより、
かえって関係を深く、親しくするものなのかもしれないわね。
【フジ子・へミングの魂の言葉/清流出版】

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NHKのアナウンサーは泣いていた

レンタルレコードが私の住まいの近辺で登場してきたのは、中学生の頃。
今から約27年前でしょうか。
それでも中学生のお小遣いでは、レンタル料は安いものではなく、エアチェックなんてFMラジオからの録音が結構あり、大切な音源でした。
それも、今ではたぶん販売をしているところを探すのが大変なカセットテープに録音。
なつかしい~。

FMステーションなんて雑誌があって、番組とその番組でオンエアされる曲がリストとして記載されていました。
FM局もFM東京とNHKFMだけでした。

そのNHKの番組に「軽音楽をあなたに」という夕刻オンエアされていた番組がありました。
当時からFM東京では1曲をフルコーラスでオンエアする事はまれで、曲の最後にDJが話をかぶせてきたりして、これはエアチェックにこだわる中学生には難問だったのです。
しかし、NHKFMは必ず1曲をフルコーラスでオンエアしていたのです。

オンエア予定曲に「ジョン&ヴァンゲリス」の「ホライズン」を見つけ、これも全曲オンエアするのかなと思っていました。
演奏時間は約23分です。
クラシックなら、特に驚く時間ではありませんが…。

当時ヴァンゲリスは炎のランナーで超有名人。
また、日本では南極物語のサウンドトラックを手がけている頃です。
イエス出身のジョン・アンダーソンとのユニットで、他のアルバムは聞いた事がなかったのですが、このアルバムは気に入って購入していました。

「ホライズン」は一言で言うと讃美歌の様な曲です。
この曲を予定通り、全曲オンエアしたのです。
もう聞き慣れたメロディーがFM波で届きます。
やっぱり素晴らしい曲。

曲が終わると明らかに泣いている声で女性のアナウンサーが話しています。
「ホライズン」はそういう曲だと思います。
曲の半分から大きく曲調が変化します。
表現が難しいのですが、大自然の姿に感動をするという…ところでしょうか。
美しい景色を見ると、わけもなく涙が溢れてくるような。
感動したその曲を涙声でも解説を続けるアナウンサー。
そしてそれにOKを出しているディレクターが素敵だと思いました。

プログレシブロックの範囲なのかもしれませんが、その神々しさは素晴らしい。
そういう区分が必要なのでしょうかね。

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秋の夜長、いかがお過ごしですか?

秋の夜長、いかがお過ごしですか。
読書もいいですが、音楽などいかがでしょう?
子供が寝てしまえば、妻と大人の時間。
ゆっくり、ゆっくり。
少し濃いコーヒーと時々のおしゃべりと。

小さな音で、少し低音の響きをよくします。
ラフマニノフのピアノ協奏曲第二番ハ短調 作品18。
この曲はよくCMで使われるチャイコフスキーのピアノ協奏曲と同じく有名だそうですが、生のコンサートの演目で残念ながら私はまだ見た事がありません。

ラフマニノフは自身の交響曲第1番が酷評でこの曲を作曲中に精神を病み、作曲が途中で続けられなくなったそうです。
様々な治療を試みたが、成果がなかったとか。
その後、友人に紹介された精神科医で催眠術の大家の献身的な治療で治癒し、この曲を完成させたそうです。
そんで、この曲はその先生に捧げられたとの事。

楽曲は3楽章からなり、だいたいどの演奏家のも30分ほどです。
第1楽章の冒頭、ピアノからオーケストラ全体を引っ張るような強烈なメロディー。
ググッと引きこまれます。
いかにも悩んでる、苦しんでるという感じ。

第2楽章。
こんなに切なくなるメロディーがあるかと思うほど。
この楽章は映画音楽(イギリスの古い映画で「逢びき」)にも使用された事があるとの事。
しかし、聴いていて胸が苦しくなるような…。
たのしい恋愛ではなく、何かせつなく、哀しみを含んだような…やるせない気持ち。

第3楽章。
作曲していた時の感情があるのでしょうか、私には喜びに満ちて行く感じがします。
ピアノがメロディーの中心ですが、終わり近くにオーケストラが一度だけメロディーの中心となります。
この瞬間が最高。
なんだか「生きているって素晴らしい!!」ってエネルギーが爆発する。

いつも、いっきに聴いてしまい、もう一度聴いてみたくなるのです。

前の記事でaikoの楽曲にも触れたので少し。
秋の夜長にはアルバム「秘密」がいい。
なんだか夜に書くラブレターみたいなもの。

情景が浮かぶような歌詞で、その内容は誰もが一度は抱いた事のある気持ち。
まったく秀逸。

いつも自分に言い聞かせる
君の目にはもう僕はいないと
夜も朝も射す光はいつも同じで
確実に過ぎていった毎日
未来を夢見たあの日の僕

今日も今日も今日も 空は晴れ

      aiko アルバム「秘密」より「キョウモハレ」

悲しい別れの後は何故か必ず、くやしいぐらいのいい天気。
素晴らしい青空だったなぁ…いつもそこに自分が留まっている事を許さないような素晴らしい青空だった。

アルバムも最後に近い「ウミウサギ」
曲の始まりピアノとヴォーカル、終わりはギターが余韻を残して消えてゆく。
これが最後の曲「約束」にとっても美しいつながり。
この曲が書かれた目的は別にあるようですが、その事は別にして…これまで別れてきた老若男女とどこかで、きっとまた会いましょう。
姿や形は違っても、また幸せな出会いをしたい…。

車の中や昼間に大音量で聴くのもよいけれど、これもとってもいい感じ。
時間がゆっくり流れる感じがします。

皆様、いかがお過ごしでしょうか?
秋の夜は深まるばかり…。

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音楽は思想を超え、宗教を超え、言葉を超え、伝わる人間が持つ心。

中学生の頃、深夜番組を親の目を盗んで見たい事がありまして。
中学生の男の子が、親の目を盗んでみたい番組です。想像して下さい。
当時、日本に初来日していたカラヤンの番組を見ると嘘を言って、ちょっとHな番組を見ようと、ドキドキワクワクしながら、親が就寝するのを心待ちに準備をしていました。

しかし、カラヤンの番組を本当に最初に見たら、その虜になりました。
神経質そうなその風貌。
来日するのに、専用のシェフを連れてくる。
専用のジェット機で来る。
フルトヴェングラーとの確執。
ヘビィメタルバンドのメンバーとは大きく違います。

ヘルベルト・フォン・カラヤン
何よりも情熱あふれる、指揮するその姿。
目を閉じながら、水面を走るようにしなやかに、大地を割るように振り下ろされる刃物のように、震えながら天を衝くように振り上げられる指揮棒。

もともとクラッシック音楽は好きでしたが、その作品の背景よりも楽曲で聞くというか、メロディーで聞く事が殆どだったのです。
カラヤンの指揮する姿にすっかり心奪われました。
音楽を聞く事の深みを与えてもらった気がしました。
オーケストラを手中に、目を閉じながら、感情を高ぶらせて、神々しい。

それから、特に来日したヘビィメタルバンドがステージで狂ったようにプレイする姿は見ましたが、カラヤンの指揮と同じ感覚はありませんでした。
それはそれで素晴らしいと思いましたが、神々しさは感じなかったのです。

ところが、日本のヘビィメタルバンド「X Japan」yoshikiのドラムプレイを見たときにカラヤンと同じ感覚がありました。
全身全霊を込めて、猛烈なドラミング。
曲のドラマチックな部分では必ず表れ、ギターやボーカルにも決して負けない猛烈な存在感のドラム。
あれじゃ、ライブの最中に倒れるのも理解できる。

今度は反対になりますが、エドワード・デュプレのチェロを演奏しているところは見た事がありませんが、その気迫は残されたCDのプレイに感じます。
エルガーのチェロ協奏曲は私がこのCDに出会えてよかったと思ったCDの一つです。
人が呼吸をするように聞こえてくるそのチェロは、弦が限界まで演奏者と闘っているようであり、喜怒哀楽いやそれ以上がメロディーを超えてくるのです。
愛なのか、喜怒哀楽なのか、楽器の変遷か、または演奏者の人生か。
彼女の人生が聴く者に更に迫ります。

小学2年生の息子が先日、妻が見ていた「戦場のピアニアスト」のDVDを横で見ていました。
私はこの映画を見た事がありません。
ナチスドイツがユダヤ人に対する迫害の残酷なシーンがあるそうです。
彼はそれを見て、何を、どう感じたのでしょうか。
ストーリーを理解出来たでしょうか。あえて聞いてはいません。

しかし、イラクを始め世界で繰り返される悲しいニュースに、時々興味を示し私に理解できない内容を聞いたりします。
それから彼が弾くピアノには、何かを感じる…は親バカすぎます。
現在は3月の発表会に向けて、半分いやいやながら練習をしています。
ところが、通知票にある先生のコメント欄に「ピアノを弾いていたら、皆が集まって来て、スゴイと尊敬されていました」なんてのがありました。
おいおい、そういう事に使うんじゃないよ。

ショパンの革命はなぜ、あんなにも狂おしいのでしょう。
ベートーベンはなぜ、第9の最後を喜びの歌で終わらせたのでしょうか。

鹿児島への出張で、知覧の特攻隊の記念館に立ち寄りました。
その遺品や遺書は表現が困難です。
その時に一緒に同行した取引先の常務は女性であり、母でもありました。
彼女は涙を禁じ得ませんでした。
肌身に迫った現実があるわけではありませんが、悲劇は世界で繰り返されています。

ショパンの革命はなぜ、あんなにも狂おしいのでしょう。
ベートーベンはなぜ、第9の最後を喜びの歌で終わらせたのでしょうか。
私はなぜ、カラヤンの指揮する姿に感動をし、デュプレの演奏に感動をするのでしょうか。

きっと人間の根幹は単純で、皆が同じものを持っているからなのであろうなあと思うのです。
音楽の可能性に崇高を感じ、人間の可能性を感じます。
男と女、兄弟、親子、隣人、同じ故郷、そして…世界に住む同じ人間。
思想を超え、宗教を超え、言葉を超え、伝わる人間が持つ心。

あまりに尊大なテーマですが、でも答えは単純なところにある気がしませんか。
上手に表現ができませんけど…。
ベートーベンはきっと、苦難の連続だった人生でも、喜びの歌で表現をしました。
いや、したかったのだ、せざるを得なかったのだと私は思うのです。

さて、冒頭本当にカラヤンの指揮に感動をした私はHなテレビを忘れていたのでしょうか。
いいえ、忘れていません。
カラヤンの番組が終わると、大急ぎでチャンネルを変えましたが、終わっていたのです。
やっぱり…ガックシ。
懐かしい…青い想い出です。

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音楽は神様が人間にくれた大切なプレゼント

幼い頃に聞いたお話しレコード。
「白鳥の湖」
絵本の最後のページはデュークフリートとオデッタが飛びこんだ岬に虹がかかり、共に手を握り合い、2人が昇天してゆく様だったと思います。

子供ながらに感動したのです。

その時は、悪魔の魔法を解くために、二人して、死してその魔法を解き天国で結ばれようという愛の結びつきに、その強さに感動しました。

今は闘わずに死を選んだ事を全面的に肯定はしないだろうけど。

それから、その物語に付随するチャイコフスキーのバレエ音楽「白鳥の湖」は私の心を捉えたのです。
生きるという事、愛の強さ、その激情。
多分思うにこれが、私の音楽に接する原点と考えるのです。
親に言わせれば「ひょっこりひょうたん島」の主題歌を踊りながら歌っていた…なんて言われるかもしれませんが。

その後クラッシックは親に押し付けられ、小学生のためのクラッシック大全集なんてのプレゼントされ、ところがそれをしつこく、擦り切れる程に聞きました。
小学生の頃大好きだった「宇宙戦艦ヤマト」はサウンドトラックが大編成のオーケストラだったのです。
ちっとも違和感が無いし、これも大好きだったのです。

しかし、西城秀樹。
なんで、あんなに情熱的な歌い方ができるのだろうと、どうしたら、あんなに激しく、熱く歌えるのだろうと。

夜、布団に入ってから、どうしても我慢ができなくて、2階の部屋で練習したのです。
「ボタンをはずせ~心を見せろ!!~♪」
あ~っ、どうして秀樹みたいに心から絞り出すように歌えないのだろう。
「ボタンをはずせ~心を見せろ!!~♪」
「ボタンをはずせ~心を見せろ!!~♪」
階下から親父の一言。
「ボタンをはずせはわかったから、もう寝なさい」

それからやってきましたピンクレディーブーム。
クラスの女の子も仲良しどうしでペアになって、振りマネ、歌マネ。
お誕生日会やお別れ会には必ず、何組ものピンクレディーが登場。
他の方々も皆様、グループで劇とか手品とか。
そんな中で私はいつも一人で、沢田研二。
ジュリーよジュリー。
本当に勝手にしやがれ。

本当に人を好きになるなんて事を感じる中学生。
当時はアリスに松山千春、さだまさしが大人気。
さだまさしの歌に、歌詞の意味を少し考えるようにもなりました。
ちょっぴり大人への入口です。

ところが、ここで私は初めてロックンロールと出会うのです。
しかも、ハードロックという区分に納まりきらないヘビィーメタル。
ギンギンにならすギターに乱れ打つドラム、叫ぶボーカル。
おりしもベストヒットUSAなんて番組が放映されている頃。
彼らがプレイする様とそのメロディーと歌詞がテレビ画面の中から、西城秀樹に感じた私の熱い部分を呼び覚ますのです。

また聞くほどに、知るほどに、クラッシックとの差を感じなくなりました。
やりきれない生きるその苦しみを破壊や自虐で表現する事、ベートーヴェンやラフマニノフが人生の苦しみと格闘し、それをメロディーで表現した事。
死への恐怖と慟哭に苛まされたマーラーとどこが違うのかと。
表現する歌詞とメロディー、楽器の違いです。
私は急速にのめり込みました。
MSG   RAINBOW  SCORPIONS etc…。
当時は田原俊彦にマッチの「たのきんトリオ」が全盛。
ヘビーメタルなんて不良扱いです。

この頃は洋楽一色。
かなりのませガキです。
ビートルズ解散後(何故かビートルズは好きになれなかった)に次の主流を模索していたイギリス音楽界でブームになったプログレシブロック。
ロックなのですが、クラッシックの様にメロディーに変調があり、しかも1曲が10分近く。
また、BOZ SCAGGSに代表されるAOR。
クラッシックとの融合とも言うべき、この流れは本当に抵抗が無かったのです。
特にこのAORは後に車でデートをするようになって、ムード作りにこんなにイイモノはないなんてヨコシマな考えも…。

しかし…オニャン娘クラブ華やかりし、高校時代。
原田知世の「時をかける少女」を見てから、いかれてしまったのです。
それまでのロックはピタッと止まって、原田知世一色になってしまいました。
それも長くは続かず、無色な高校生活に全てのメロディーは止まってしまいました。
新しいものも、何も手を出さず、過去のものも手に取ることはなく。
当時、ヘビーメタルは色褪せ、ユーロビートがジュリアナ東京と共に跋扈しはじめたのです。
そんな事も気にならず…。

眠れぬ夜に聞いた深夜ラジオで、中島みゆきの歌をはじめて知ったのです。
あっ…これ金八先生の中で使用していた曲だ…。
彼女の作品を多く聞くにつけ、涙声で歌い、哀しみを表現するその歌に虜となりました。
当時の私の心には、砂漠に水をたらすように心にしみたのです。
そして無色の高校生活が色づきはじめようとしていた頃、ブルーハーツがユーロビートを蹴散らすように登場しました。
ストレートな歌詞とメロディーとはいろいろ難しく考えていた私を解き放ってくれたのです。
メロディーが完全に甦りました。

そして真打登場。
年代がほぼ同じ、子供の頃にクラッシックの素養あり、同じ音楽を聴いて育ってきたYOSHIKIをリーダーとするX JAPANです。
その30分に及ぶ「ART OF LIFE」は自分と重ね合わせ、参ってしまいました。
曲中にオーケストラと闘うようなX JAPANの面々。
これがクラッシックとロックの融合だ。
おおいかぶさるような弦楽器に必死に戦うYOSHIKIのドラム。
また、歌詞がTOSHIの声と共にメロディーに負けないのです。

最近は音楽をゆっくり楽しむ時間も確かに減りましたが、自分の時間で一番費やしている事です。
クラッシックを聴く事の方が多くなった気もしますが、ロックが相変わらず好きです。
じじいになっても、ジーパンとロックは止めない。
そんな節操のないじじいを目指しているのです。

音楽は神様が人間にくれた大切なプレゼント。
言葉のわからないもの同士が理解し合う事ができ、何百年前の曲が時間を超えて今を生きる人を感動させる。
楽しむ事ができるのだから幸せです。
もう、私のメロディーは止まりません。

いつも音楽とともにある生活。
素晴らしいですよね。

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シャコンヌ

シャコンヌ。
繰り返される美しく、哀切に満ちた、それでいて激情を思わせるメロディー。

ローラ・ボベスコのCDで初めてこの曲を聴いた時の衝撃は忘れられません。
ドラマティックなメロディー…。
そのメロディーで聞く人の心を激しく揺さぶる演奏…。
過去の出来事がこのメロディーを伴って鮮烈に呼び起こされました。
それは、これまでの事、過去の事を美化し懐かしむという事ではなく、そこから生きる喜びと情熱を与えてくれるものでした。

意図した事なのかは判断がつきませんが、このアルバムはシャコンヌが終わると次に「イントラーダ」「ロマンティックな小品第1番」と続くのです。
これが、シャコンヌの激情をやさしく引き取る様に続きます。

初めて聞いたのは高校3年生の時で、メディアがレコードからCDへと流れが決定的となった頃です。
アルバイトで当時8万円もしたケンウッドのCDプレイヤーを購入し、最初に購入したCDです。
「タイスの瞑想曲」が欲しくて、CDショップの人に探してもらい、このCDを案内され購入しました。

バイオリニストの川井郁子さんのヴァイオリンミューズというアルバムの冒頭にも、このシャコンヌがとてもドラマティクに登場します。
前述のローラ・ボベスコが演奏しているのとは、アレンジが異なりますが、これも素晴らしい。
原曲が持つ、人間の深遠を表現するエネルギーが内在していると感じさせてくれます。
そのヴァイオリンミューズの曲目解説に次の一文があります。

最近、幼い頃からずっと身近にいた人が亡くなって、しばらく私は喪失感と悲しみが胸いっぱいの日々を送っていた。
そんなある日、南半球の大自然の中で横たわり満天の星空を眺めていたら、なぜか急にのその人のことを強く心に感じ、同時に私は人知を遥かに越えた「大いなるもの」にその人を預けたのだ、と強烈な実感が湧いたのだった。
その時、心に鳴り響いたのがこの曲…。
ikuko kawai アルバム[Violin Muse]よりヴァイオリン ミューズ[シャコンヌ]

シャコンヌに出会った頃の自分はトンネルの出口を見出し始めた頃で、自分の心が再び明るい灯りを取り戻しつつある頃だったのです。
自分ひとりで生きているのではないんだ…そう思い始めていた心に暖かいものを注ぎ込んでくれたのです。
川井郁子さんが思う、大いなるものと同じ感覚が私にもあったかもしれません。
私は生かされているんだと…と思えるその時。

取引先の社長とお話をしている時に、ふと話がその方向へと向きました。
その方は過去に大切な人の死を、多くの哀しみをいくつも乗り越えてきた方です。
その方より写真集「大砂丘の声」という著作を頂戴しました。

頂戴した写真集をゆっくり見ました。
大切ですから、ゆっくりと時間をかけて。
そういう時間がなければ見ないと決めていました。

人間が地球に存在する有機物の一種であり、大いなる循環に組み込まれていると実感する内容でした。
写真を撮らせて頂いているとの著者?の気持ちに近い気持ちでしょうか。

ダリは地球のサイクルの24時間は、人間が勝手に決めたと言っておりますが…それを如実に感じました。
その尺度がいかに人間の都合であるかと思います。
諸行無常、悠久の流れの中で、世界中でも日本人が古来より持っていた感性を自身の中にも思い起こさせる内容です。

我々は生かされている事を忘れてはならないと切実に感じさせます。
大自然への畏敬の念と、人間が生かされている存在なんだ…。

映画「ラストサムライ」は外国人の手により、忘れていた日本人の表現であったとも思いますが、同書は日本人が日本以外の風景で、日本人を思い起こさせる素晴らしい内容です。
同書に出会う事が出来たのが幸せです。

時々、悠久の自然の中ので考えると、小さな悩み事や心配事が、悩み事や心配事ではなくなるでんすよね。

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雨の日と月曜日(RAINY DAYS AND MONDAYS)

今週末は雨でしたねぇ。
中間テストが控えている学生には、勉強せざるを得ない気持ちとなり、あきらめもついたのではないでしょうか。

私は雨の日も嫌いではありません。
通勤や通学は嫌ですけれどね。

雨の日に車でデートするのも好きでした。
そんな日に備えて、彼女には見せられないひどい姿で、一生懸命愛車にワックスをかけます。
そんな雨の日のデートで、美しく水をはじいているボディやガラスを見ながら悦に入ってしまったりして。
それは1人の楽しみですが…。

車でデートしている時などに、会話がふと途切れたりする時がありますよね。
そんな時に雨の中を走る音やワイパーの規則的音はとても好きでした。

同じ様に休みの日の朝、目が覚めると雨の音が聞こえたりするとなんともホッとする事があります。
通勤する日は「雨かよ~」なんて勝手な事を言いますが…。

安全地帯に「アトリエ」という名曲があります。
アコースティックギターの音色とその内容がせつなくたまりませんweep
この曲は演奏が終わると雨の音が入ります。
これがなんとも情感を高めるのです。

でも、私が今日の朝、窓の外を見ながら口ずさんだのは、カーペンターズの「雨の日と月曜日は」でした。
ハーモニカではじまるこの曲もカレンの声と共に秀逸です。
♪Nice to know somebody loves me … 

土曜日の運動会は最後の種目まで、雨が降りませんでした。
金曜日の夜から我が家のバルコニーにはてるてる坊主が天を見つめていたからです。
今日の朝は大役をこなした彼が雨のしずくをたらしながら、ゆっくりと回っていました。
お疲れ様。

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