映画・テレビ

2009年11月29日 (日)

誰かを愛した…その時の自分の心だけは決して忘れちゃいけないわね

誰かを好きになった…その時の気持ち
という記事を書いてから、これは何にインスピレーションを得て書いたのだろうと…ふと考えました。
思い出しました。
この言葉に近い台詞で印象に残っているのは、多感な高校生の頃に見た映画「天国にいちばん近い島」です。
そういえば、11月28日は原田知世さんの誕生日。
何故知っているのかって…それはファンだったからhappy01
自分の誕生日と1ヶ月違いというだけで、なんだか喜んでいました。

この映画、原田知世さんが演じる主人公は少し引っ込み思案のおとなしい女の子。
そんな主人公とイケテナイ高校時代の自分を重ねていたのかもしれません。
まあ、映画の内容は原田知世さんのファンでなければ、なかなか厳しいかなと思うところがあります。
当時、同時上映だった薬師丸ひろ子さんの「Wの悲劇」は完成度が高すぎて、比較するのはヤメテね…って感じでした。

しかし「天国にいちばん近い島」に出演している乙羽信子さんの演技は秀逸であり、それ故にとても印象に残っているのです。
乙羽信子さんの役柄は、太平洋戦争で夫を亡くした未亡人役でした。
映画では南太平洋の夫が戦死した海へ、献花に行くシーンです。
その海域で「お国の貴金属供出にも出さなかった」指輪を「あなたにもらったものだから、あなたに返します。私だったと思って下さい」と海に投げます。
そこで、同乗している女性が問いかけます。

教えて下さい。 39年も経って、それでも忘れないっていうのはなんなんですか?

それはこんなお婆さんが言うと恥ずかしいんですが、愛ですわ。
それとも自分自身の誇りかしら。
誰かを好きになった。
その事への人間としての誇りね。
うまく言えないけれど、愛ってそういうもんじゃないかしら。
誰かを愛した。
その時の自分の心だけは決して忘れちゃいけないわね。
愛って結局は自分のための物語ね。

映画「天国にいちばん近い島」より

当時、私はこのシーンで涙が止まりませんでした。
誰かを愛するという事の崇高さ、愛し、愛される事が、人の誇りとして、人が生き続ける理由になる事に感動しました。
愛される事も、愛し続ける事ができる事も羨ましく、素晴らしいと思いました。
高校生に何がわかる…というところですが、本当に私は感動したのです。
周りに泣いている人がいるかどうかは、確認もしませんでしたが…。
多分…いないですよね。

TUTAYAのカード更新の連絡があり、そんな事を思い出したので「天国にいちばん近い島」のDVDをついでにレンタルしてきてしまいました。
さて…。

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2009年8月20日 (木)

あなたが生まれなければ、この世に生まれなかったものがある

身動きのとれない通勤電車の中で、広告に目が留まりました。

「あなたが生まれなければ、この世に生まれなかったものがある」
アミューズメントメディア総合学院

とってもいいコピーというか、言葉だなぁと思ったのです。
ありふれて、使い古されている様な言葉であるはずなのに、とても新鮮だったのです。

例えば、楽曲を生み出せる人。
その楽曲を聴いて、癒されたり、生きる勇気が甦ったり。
自分が作り出した、この世に生み出した楽曲が誰かの生命力を呼び覚ます。
素晴らしいと思うのです。

例えばまた、歌を歌える人。
その歌声と歌と共に、心に思い出が残り、その歌声がいつまでも生き続ける。
誰かにとっては過去の事でも、その人にとっては今であり永遠である事。
歌を歌える人がうらやましい。

およそ200年近く前のベートーヴェンの楽曲に感動する。
400年近く前のシェイクスピアの作品に感動する。
550年近く前のダヴィンチの絵画に感動する。
人間が500年前から進歩していない…と言えばあまりに短絡的な話。

でも、何より素晴らしいのは人と人との出逢いだと思うのです。
その出逢いの中で語られる「あなたが生まれなければ、この世に生まれなかったものがある」という言葉。
リチャード・ギアとウィノナ・ライダーの映画「Autumn in New York」
リチャード・ギアの様にかっこよくて、色気のあるおっさんに…この話は今日はやめておきましょうgawk

この映画の中にこんな台詞があります。
リ・「君はもうプレゼントをくれた」
ウ・「そうだったわ…気に入った? 何だったかしら?」
リ・「悩み 心配 苦痛 幸せ 愛 生きる歓び」
ウ・「思い出したわ」
リ・「何が欲しい?」
ウ・「こういう時間」

恋愛映画ですから、台詞はベタベタとしても、こんな気持ちになれる事が素晴らしい事。
「あなたが生まれなければ、この世に生まれなかったものがある」
あなとと出逢ったから、こんな満たされた気持ちになる…と言い換えてもいいのでしょうか。

映画は評価が大きく分かれるようですが、私はニューヨークの風景や音楽の使い方など、この映画は見てよかったと思った映画です。
2000年公開の映画ですから、リチャード・ギアもウィノナ・ライダー今とは少し様子が違います。
この映画のウィノナ・ライダーは表情がとても豊かで可愛いhappy02

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2009年7月20日 (月)

人が人に出来る事は、そういう事だったんじゃと思う

「君を守るなんて言葉が一番信用できない」なんて、フリートーク形式の番組で女性のパネラーが話していました。
「物理的な事も含めて、そんなのは無理だろう」と言っていました。
無理だと思います。
24時間かたときも離れずに、見守る事は出来ないし、つきまとわれる方もたまりません。
その女性パネラーの言葉が真意かどうかは前後の脈略なく、フト見た番組でしたのでわかりません。
本当は意思とは反対の事を話して、その論理を打ち砕く強い論理が必要だったのかもしれません。

例えば子供の事を親は守ると言います。
これをどう考えるかはいろいろな立場であると思いますが、私は子供が一人前になる。
そんな道を自分で拓いてゆける力を与えてやる事。
これもひとつだと考えるのです。

大切な人の存在が心を守る事があると思いませんか。
もう死んでしまおう…と心が絶望で満たされる時。
フト大切な人の笑顔を思い起こして、思いとどまる事がある。
人の道に反することに及ぼうとした時、大切な人の哀しい顔が心に浮かび、その事を思いとどまる時。
怖いとき…大切な人に助けを求める。
辛いとき…大切な人に語りかける。
折れそうになった心に、絶望の淵を歩いていた心に小さな灯りがともる。
心が死に、心が折れそうな時にその手前で留まる気持ち。

高倉健さんと田中裕子さんの主演で「ほたる」という映画があります。
井川比佐志さんや大人の俳優で作られた、とっても味わい深い映画です。
私の大好きな映画のひとつです。

この映画で印象的な台詞があります。

一緒に飲んで、一緒に泣いてやったのに…。
人が人に出来る事は、そういう事だったんじゃと思う。
今になって気がついた。

これもきっと「あなたを守る」という言葉につながると思うのです。

ふたりで支え合って、寿命をまっとうする事だけはしようって約束したでしょ。
寿命に逆らわんでいいの…。
ふたりで、ひとつの命じゃろうが…ちがうんか。

この台詞のシーンに「あなたを守る」という気持ちが溢れ出します。

誰にも、どうにも、できん事があるんよ。
私も何度も死のうと思った。
どこかに吸い込まれそうで…それを支えてくれたのがおいさんやった。

この台詞が映画のどこでかは、ぜひ作品をご覧頂く楽しみとして欲しいのです。
TUTAYAが選ぶ泣ける映画100円レンタルに、どうしてこの作品がふくまれないのでしょうかangry

さて、田中裕子さんですが、TBSドラマの「想い出づくり」に出演していたのを見て、すっかりファンになってしまいました。
当時、私は中学生。
本屋さんに「田中裕子さんの写真集はありませんか?」と問い合わせ、「た、田中裕子さんですか?」と店員に訝しがられた覚えがあります。
坂口良子さんのファンだった仲の良かった友達と、それぞれファンレターを書きました
その中には…私の友人に坂口良子さんのファンがいます。今度、田中裕子さんと坂口良子さんとその友達と私で一緒にお食事しましょう…と大真面目に書いて送りました。
友人は坂口良子さん宛てに同じ内容で。
返事はいずれにもありませんでした。

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2009年2月15日 (日)

人が人を恋いうるとき 人は誰しもさびしんぼうになる

「人が人を恋いうるとき 人は誰しもさびしんぼうになる」

「さびしんぼう」
この映画全般に流れるショパンの別れの曲のメロディー。
ピアノは勿論の事、同じメロディーのストリングスも素晴らしい。

これに尾道のどこか懐かしい風景と映画の中の台詞ひとつひとつが心の琴線に触れ、とても印象に残る映画でした。
人を恋する事が出来る。
その事が映画を見た時分には既に羨ましい事でした。
映画の題名からどこか甘い、お子様映画の様に一見とられますが、上質の大人だからこそ感じられる素晴らしい映画です。

主人公の無口な父親が語る一言。

人を好きになれ。
その人の全部を好きになれ。
嬉しい事も哀しい事も全部好きになれ。

この言葉がとても印象に残りました。
しかし、映画を見た時分は高校3年生。
まだ、その言葉の意味もよく分からなかったのです。

この台詞の後、瀬戸内海に沈む夕陽を背景にゆっくりと進む船の映像と別れの曲のストリングスバージョンが重なります。
映画はそこからクライマックスに向けて盛り上がってゆきます。

大切な女性が過去からの哀しみを話してくれた時、そんな哀しみは私で、私が、終わりにすると心の底から力が湧いてくる時。
過去へ行って、過去を取り消す事はできないけれど、受け入れる事は出来る。
そんな過去があるのは…ではなく、その苦しみを完全に消せなくても、軽減する事が出来たらと思う時。
その人の成功を共に喜ぶ事が出来る時。

現在の自分はいろいろな過去の出来事が積み重ねられて出来たもの。
それは他人も同じ。
まったく別々の道をたどって来た人間同士がどこかでその人生が交差する時、お互いを認め合い、愛せるようになる事。

あなたに出逢えて、いつも不安に苛まされていた毎日が変わった。
生きる勇気や気力が湧いた。
共に受け入れ許しあう時に、進む事が出来ると思える力。
自分が、自分の存在が誰かの役に立てたと思えるその時、本当は言われた自分が一番、生きる気力と勇気を得ていると思うのです。
自分の存在が認められたその時に。

作られたものの上に乗るのは簡単だし、楽だけれでも脆い気がします。
しかし、互いに作ってゆくその道は容易には壊れません。

私はこの映画が父親のこの言葉に収斂されてゆくのではと思っています。

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2008年12月23日 (火)

つないでゆく命

先週の木曜日は取引先との忘年会があり、どうしてもテレビにかじりついているわけにもゆかず、「風のガーデン」最終回は帰宅する金曜日の深夜まで、おあずけでした。
金曜日の深夜に一通り見てからは、今週末はちょっとした時間があると、何度もある場面を繰り返し見ていました。

ドラマの最後、美しい雪解け水が流れ、時間の経過と春の訪れを告げる場面。
引き寄せらるように走る岳の行く先に、咲き乱れるエゾエンゴサクの花。
流れてくる美しくアレンジされた乙女の祈り。
厳しい冬を超え、大切な人の死を乗り越え、春を迎えた人々の気持ち。
先に逝かなければならなかった人が、残る人々へ残した気持ち。

儚い花の美しさと人の命の儚さが重なります。
でも、花の球根は厳しい冬を超えて、春に再び美しい花を咲かせ、人間は命をつないでゆく。

「さだまさし」さんは冬を「春待つ季節」と言いました。
なんだか、とってもいい表現だと思いませんか?
子供の頃、毎朝犬を近所に散歩に連れて行っておりました。
冬は市営野球場の芝が茶色になり、これが美しい緑に変わってゆくのが楽しみでした。
これぞ、春待つ季節。

信じてくれるでしょうか 君のくれた愛の種が
空にそびえる 大樹に育ったことを

やさしく愛して… BORO

しっかり夢中になってしまいました。
私の心にもエゾエンゴサクの球根が、いつのまにか植えられていて、ドラマの終りには美しい花が咲いていたようです。

過去に「心に育つ種をまく」というタイトルで記事を書いた事があります。
よろしかったら、こちらも是非ご覧になってみて下さい。

http://an-easy-light.cocolog-nifty.com/bloglight/2008/05/post_633e.html

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2008年12月14日 (日)

乙女の祈り

人間はなんのために生きるのかって考えてみると、
苦難を乗り越えていくために生きるのだと思う。
なにもしないで、生きていこうなんて生き方はだめよ。
【フジ子・へミングの魂の言葉/清流出版】

乙女の祈り。
ポーランド出身の女流作曲家パダジェフスカが18歳の時に書いた曲です。
他にバダジェフスカは「叶えられた祈り」という曲も残しているそうです。
乙女の祈りは成就したのだと考えますが、バダジュフスカは27歳という若さで亡くなったとの記録があるので、しあわせな時間はそれほど長くはなかったのでしょう。
勝手な想像です。
この曲の素晴らしさに改めて、気づかされてしまいました。
ピアノを学ぶ人が必ず通る通り道の曲ぐらいの認識であり、作曲者すら記憶にありませんでした。

見ました、必ず見ますよ「風のガーデン」。
今週放送分も出張の宿泊先で見る事となっていたので、ホテルに入ってからもPCと格闘し、締め切りの迫る仕事を仕上てしまうのに必死です。
日中は取引先との折衝やら、確認等があり、夜はその事務処理等他の仕事を行う必要があるので、出張での宿泊先も仕事をしやすいとの観点で決めます。
これにもう一つ。
木曜日に宿泊せざるを得ない時は、部屋に大きな画面の映りが良いテレビがある事を条件としています。
勿論、木曜日のお誘いは全てお断り。

今週の放送で、この曲が使用された部分はとても印象に残るものでした。
岳君のピアノ独奏から始まり、これをストリングス主体の編成で引き取ってゆく。
そのままシーンが進み、これに貞美と岳君の別れが重る。
父親としてではなく、ガブリエルとして。
たまらないシーンでした。
チェロとピアノで合奏するシーンでの「乙女の祈り」は喜びで満たされていましたが、これはなんとも哀しみに満ちたメロディーでした。

なかなかプロの演奏家のCDでは見かけない曲目です。
しかし、メロディーはとてもロマンティックで、弾く人によりその表情が大きく変化する曲だと思います。
帰宅してから、中学1年生の息子の部屋へ行き、ピアノの近くに無造作に積み上げてある楽譜の中から探し出しました。
最近は部活動のバスケットボールに夢中で、ピアノは殆ど弾いていないらしい。
「これ、弾ける?」って聞いたら、「昨日、おかあさんにも聞かれた」との答えでした。

そこで、今日長男と二人だけの時があったので、こう話しました。
「乙女の祈り」少し練習してみたらどうか?
弾いてみせたら、おかあさん目をウルウルさせて喜ぶぞ。
ニヤニヤした反応の長男。
本当は私が聞きたいと知っているかな。

ああ、来週はいよいよ最終回ですね。
久しぶりに見た連続ドラマの終わりは、少しさびしい気持ちですね。

人は最後に何処へ還るのだろう?
大変な命題。

死は、互いの関係を時間と共に希薄にするというより、
かえって関係を深く、親しくするものなのかもしれないわね。
【フジ子・へミングの魂の言葉/清流出版】

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2008年11月16日 (日)

青い鳥

2005年にCIAの情報漏洩事件で、情報提供元を明かさなかった事から、ジャーナリストが収監された事件がありました。
収監されたジャーナリストは結果として法に触れる事にはなりましたが、ジャーナリズムの世界における、「ネタ元は明かさない」という不文律を守った事になると思います。
要するに掟を守ったという感覚でしょうか。
収監されるところのニュース映像だと思いますが、なんだかそのジャーナリストの表情は満足している様に見え、とても印象に残っていました。
この事は05年10月の雑誌「BRIO」の異端者の告白というタイトルのインタビュー記事で宮崎 学さんがお話されていました。

そのインタビュー記事の宮崎 学さん曰く、
…この行為をすれば損をする、とわかっていても、それを選択することがあるのが、人間なんです。動物との違いは、決定的な瞬間に反理性の行為を取れることじゃないだろうか。それが案外、いちばん人間が人間らしい瞬間じゃないかな。
とそのインタビュー記事の中で話されています。

先日、仕事で長野県の富士見町へ行きました。
仕事の合間にちょっとだけ時間を都合して、中央本線の信濃境駅へ行きました。
なぜか…ここがドラマのロケ地となったところだからです。
1997年の放送ですから、もう11年も前のドラマですが「青い鳥」の舞台になったところです。
ドラマの中では、清澄駅という実在しない駅名で使用されています。

車を借りて、駅の前まで行きました。
あまり長い時間帰ってこないと心配されるので、駅の前まで。
中に入ってみたかったのですが…今回はガマン。
外から少し見て、携帯電話のカメラでシャッターオン。

今更ながらなのですが、このドラマが旬であり、出張での私のお楽しみなのです。
相棒のノートパソコンは仕事の道具ですから、これと共に出張のカバンに「青い鳥」のDVDを忍ばせて行きます。
毎回1枚づつ。
取引先と夕食をしない時は、夜にゆっくりとこのDVDを見るのです。

テレビでの放送時は見ていません。
ちょっと前の記事で書いた通り、連続ドラマは録画でもしながらでなければ、絶望的です。
しかし、このドラマ前半クライマックス部分はふとテレビに映っている映像が記憶にあったのです。
それは映像よりもその場面に流れていた音楽が気に入って、ドラマは見ていないのですがそのCDだけ当時買ったのです。

電車が発車するベルが鳴り響くホーム。
これから自分に降りかかる困難な事態も知らない詩織。
その詩織の明るい声が無邪気にホームに響き渡る。
詩織の事も、自分の事でも過酷な運命を知り、笑顔が泣き顔に変わりそうなかほり。
抑えきれない気持ちを爆発させ、詩織を抱き上げ電車に乗り込む理森。

このシーンを見た記憶があったのですが、前後の脈絡がわからないので、記憶に残ったのは音楽だけだったのです。
これが、このシーンが宮崎 学さん曰くの事だと思うのです。

しかし、40過ぎてテレビドラマに一喜一憂しているなんて…と思う事もあります。

それでも、夏川結衣さんはきれいだし、豊川悦司さんは白いシャツの着こなしが最高。鈴木 杏ちゃんの無邪気さ加減は演技らしさを感じさせないクオリティ。
このドラマはファンが多く、今でも私のように信濃境駅を訪問する人が多いそうですよ。
ドラマの内容は勿論、好きな長野県の風景も私のお気に入りなのかな。

081106

TBSの「青い鳥」関連サイト
http://www.tbs.co.jp/tbs-ch/lineup/d0392.html

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2008年11月 7日 (金)

風のガーデンより「人の為にやるという事が、自分を支えている」

普段はスケジュールの確保は殆ど出来ず、連続のテレビドラマは見る事が出来ません。
職種からなかなか自分の都合通りゆかず、決まった時間…は難しいです。
しかし、「風のガーデン」だけは脚本が倉本聰さんである事から、必ずパソコンで録画しています。
倉本聰さん脚本のドラマを見るのは「北の国」から以来です。
PSPで見れるように変換し、出張中の飛行機や新幹線の移動時間に見ています。
私のPSPはゲーム機ではありません。

見ている時は時間を忘れてしまいます。
集中していると言うか、のめりこんでいると言うか。
脚本が素晴らしい事は勿論、一流の俳優や女優さんの演技が秀逸で素晴らしい。
中井貴一さんと奥田英二さんとの二人の場面などは、演技に見えないぐらい。

今週の放送分は宿泊しているホテルで見ました。
ソファーに座って身じろぎもせず、じーっと見ていました。

先週の放送で中井貴一さん役の医師が、奥田英二さん役の患者さんに言った一言。
「人の為にやるという事が、自分を支えている」
これにはグッときました。
琴線に触れました。

人間にとって一番辛いものは貧しさや病気ではなく、それら貧しさや病気が生む孤独と絶望のほうだと知っておられたのである。
イエスは群衆の求める奇跡を行えなかった。
湖畔の村々で彼は人々に見棄てられた熱病患者のそばにつきそい、その汗をぬぐわれ、子を失った母親の手を、一夜じっと握っておられたが、奇跡などはできなかった。
そのためにやがて群衆は彼を「無力な男」と呼び、湖畔から去ることを要求した。
だが、イエスがこれら不幸な人々に見つけた最大の不幸は、彼等を愛する者がいないことだった。
彼等の不幸の中核には愛してもらえぬ惨めな孤独感と絶望が何時もどす黒く巣くっていた。
必要なのは「愛」であって病気を治す「奇跡」ではなかった。
人間は永遠の同伴者を必要としていることをイエスは知っておられた。
自分の悲しみや苦しみをわかち合い、共に泪をながしてくれる母のような同伴者を必要としている。
          イエスの生涯 遠藤周作

私はキリスト者ではありませんが、この本に出逢えた事。
そして、この言葉に多くの場面で励まされました。
この言葉はきっと偉い神様の言葉としてではなく、人間の言葉として心に入ってきました。

学生時代に大学の近くの書店で、理由もなく手にとって購入したのです。
この中には心にある表現できない気持ちを表現する言葉を与えてもくれました。
それは長いトンネルを抜け出た私の心にしみこむ、美しい水でした。

「人の為にやるという事が、自分を支えている」
人の哀しみを知り、それを自分の力に変える事ができる強い人。
そして、やさしい人だけが、こういう言葉を話せると思うのです。

しばらく「風のガーデン」には夢中です。

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