日記・コラム・つぶやき

敗れる事で学ぶ事

11月3日決勝が行われた2009Jリーグヤマザキナビスコカップ。
試合後の表彰式で、準優勝の川崎フロンターレの選手が、メダルをすぐに外すなど、当時の態度が悪くマスコミをはじめ、話題になっていましたね。
悔しい事は勿論だろうし、まじめにやっているからこそ、悔しい気持ちも生まれると思います。
しかし、評価をされる際に、プロだからという厳しい尺度は求められてしまうので、お話が大きくなる事もやむを得ないのかもしれません。

相撲が好きなわけではないのですが、ちょっと気になった事がありました。
先場所は朝青龍の「引退か?」なんて事も絡んで、メディアに取り上げられる機会が多かったと思います。
初日の朝青龍と把瑠都の一戦は、寄り切りで勝った朝青龍が、把瑠都にダメ押しをする様なところがありました。
翌日、勝負が見えてからのあの行為は横綱にあるまじき行為と様々なところから批判されました。

朝青龍の立場だと、本当に「引退か?」って事がかかっていれば、初日はなんとしても勝ちたい…と考えるのは自然な事です。
気合余ってという部分も理解は出来る。
しかし、横綱に求められるもの…と考えた時には、川崎フロンターレに同じく厳しい尺度が求められる事と思います(時々、朝青龍に対するインタビューで、ずいぶん意地悪な質問の仕方をする人もいるなぁと思う事もあります)。
そんな報道がされた影響もあったと思いますが、先場所はふと中継を見たのです。
日馬富士と翔天狼と一戦。
寄りきりで日馬富士が勝ちました。
土俵際まで追い込み、勝負が決まった時、日馬富士は翔天狼が勢いで土俵下に落ちないように、手を握って止めたのです。

敗者に対するこの違いは、どこから生まれてくるのでしょうか。

私がまだ大学生で、現役で空手をやっている頃の事です。
何の試合だったか覚えていないのですが、トーナメントで控え室から出るのが、対戦相手と私が最後だったのです。
私の師範は試合に際しても、試合の結果についても当日は一切その結果には触れません。
これまで全力で取り組んできているのだから、当日はそれを十二分に発揮しろとの方針なのです。
相手方のコーチか、師範かはわかりませんが控え室に来ていました。
互いに試合前のアップをしています。
そこで耳を疑う話を聞いたのです。

そのコーチは「少しぐらい当ててもいいから、相手をビビらせて行け」と言ったのです。
試合場のトーナメント最後の試合ですから、ふたりしかいません。
誰が試合相手か探す必要もないのです。
(それが指導者の言うべき言葉か)
耳打ちしているコーチに、対戦相手はニヤニヤしています。
恐怖で硬直させる事を目的にそんな話をしている事は、誰だってわかります。

性根の悪い私は、聞こえないふりをして腹案を持って試合場へ行きました。

試合が開始されました。
私は相手が脅かす為に間合いを詰めて、当ててくる事がわかっています。
当然、相手が最初に仕掛けてきます。
それを待って、カウンターでみぞおちに当て、かがんだところを膝蹴りで鼻に当て、鼻血を出させました。
すぐ反則で一時試合は中断されました。

相手も真っ赤になって、興奮して怒っています。
最初に一発食らわそうと思っている方が、食らわされたのですから穏やかじゃありません。
やった私は(ざまぁみろ)なんて心で思いながら、ポーカーフェイスです。
それでも再開された試合は、もう試合の体をなしていない状態です。
感情的な殴り合いです。
結果は判定となり、最初に反則をした私の負けでした。

試合場で見ていた師範は、私が最初に恣意的にやった事を分かっていました。
敗れた試合の事で指導されたのは、それが最初で最後でした。

楽天の野村監督が引退をしました。
監督として最後のゲームが終了すると、両軍の選手がグランドに集まり、野村監督を胴上げしました。
野村監督が野球界の偉大なる先人として、チームを問わず尊敬をされていたのだと思います。
最後の試合は野村監督の楽天が負けているのです。

楽天監督して最後のインタビューに答えていました。
その内容に思うところがあります。
「チームとしてはこれでよかったんじゃないか。段階を踏んで行った方がいい。ビッグゲームで負けることで得られるものもある。負けた方が真剣に反省する」

とても大事であり、負けが続く苦しい中から、勝利を得た人だからこその言葉だと思います。
「負けた時には、なぜ、どうして負けたのか?」
「次のチャンスに勝つには、どうすればいいのか?」
こう考える事で負けは大きな意味を持ってくると思うのです。

常に勝ちばかりの人はいませんよね。
自己嫌悪と後悔で、本当は思い出したくない事ばかりが多いのですが、負けに懲りて行動しないことではなく、敗北を受け入れて「次のチャンスではどうできるか?」という反省が大事ではないでしょうか。
負けの悔しさを知るからこそ、勝利の喜びも倍加されるのではないでしょうか。

日馬富士の勝利者の余裕はそんなところから、滲み出てくるのでは…。
勝つ者がいる時は、必ず敗れる者もいる事。
その境目はいつも足元にある事も。
自分もいつでも、その境のどちらにでも入る事を知っているのだと思います。

敗れる者の辛さを知っているからこそ、勝利者となった時にも敗者を思いやる気持ちが持てるのではないのでしょうか。

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もうすぐ夜明けが来る

誰かが亡くなると、その故人に対し言葉を贈ります。
故人は決して読む事も、聞く事もできません。
でも書かずに、言葉をかけらずにはいられないのです。

きっと、私だけでないと思います。
人は涙では越えられない哀しみを言葉にします。
涙では足りないのです。
だから読まれる事のない手紙やメッセージを書きます。
それは自分におきた事、自分が心を痛めた事、友の事、やり場の無い怒りや哀しみと様々です。
的確な表現を得られず、能力の限界を感じながらも言葉を紡ぎます。
そしてそれは言霊という言葉がある通り、きっと伝わると信じています。

深い哀しみが容易に癒されないと思います。
でも、哀しみは必ず癒される日が来ると信じています。
上も下も横もわからない様な、深い哀しみの中にいる時。
もうここで全てが終わったと感じる時。
どんなに頑張っても、もがいても、出口を示す一筋の光すら見つけ出せない時。
そんな時、言葉が何の役に立つだろうと思います

確かなものもない。
約束もない。
暖かなぬくもりもない。
そんな…ただの言葉が何の役にたつのか…と思う時があります。

でも、人が人に出来る事がそんなには多くはないと思います。
そんな多くない事に、実は一番エネルギーが注ぎ込まれているかもしれないと考えます。

自分の表現力のなさを露呈させるような事ですが、そんな事がお気に入りの楽曲の中に多くあります。



飛び方を忘れた鳥のように
僕は何かを見失って
傷ついたその場所から生まれ出た
痛いほどの幸せを見つけた

飛び方を忘れた小さな鳥(抜粋) / MISIA


深い哀しみの中から、立ち上がった時、振り返って今の自分への意味を考える事がありますよね。
その哀しみを知らなければわからない、今のしあわせを。
この曲アルバム「KISS IN THE SKY」のバージョンも良いのですが、「星空のライヴ ~ The Best Of Acoustic Ballade ~」が私はお気に入りです。
切々と歌うMISIAの歌声が、やがて来るしあわせを信じさせてくれます。

そして、スキマスイッチの「ボクノート」は、まさに言葉に表せない哀しみから、きっともっと強くなって、大切な人の来る哀しみも振り払えるようになりたい。
そんな力強さを感じるのです。



今僕の中にある言葉のカケラ
喉の奥、鋭く尖って突き刺さる
キレイじゃなくたって 少しずつだっていいんだ
この痛みを形にするんだ

足元に投げ捨てたあがいた跡も
もがいている自分も全部僕だから
抱えている想いをひたすらに叫ぶんだ
その声の先に君がいるんだ

この声が枯れるまで歌い続けて
君に降る悲しみなんか晴らせればいい

ボクノート(抜粋) / スキマスイッチ


そして、初めて聞いた時には思わず涙が出そうになった曲が「ヘロン」です。



どんなにさみしい夜も
やさしい声が聞こえる
にじんだ瞳の中で
小さな未来が生まれる

心よ目を覚ませ
見果てぬ夢を
数えながら
もうすぐ夜明けが来る

流れる時に抗い
命を燃やし続ける
全ての孤独な人よ
涙は言霊になる

明日を待っている
色鮮やかに
あのホライズン
貫いて夜明けが来る

ヘロン(抜粋) / 山下達郎


涙の中で未来が生まれ、新しい夜明けが来るなんて。
地平線から、新しい未来の光が見え、夜明けが来るなんて。
深い哀しみの中から、新しい希望が生まれる。
たまらない気持ちになりました。



心よ目を覚ませ
見果てぬ夢を
数えながら
もうすぐ夜明けが来る

ヘロン(抜粋) / 山下達郎

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だけど 愛すべきあの人に 結局何かも癒されている

取引先のラウンジ(応接者が待つ素敵なラウンジがある羨ましい取引先なんですよ)で、FMか有線放送なのかわかりませんが、流れていた曲に心奪われてしまいました。
コーヒーを運んできてくれた女性とは、顔見知りである事もあり「今流れているこの曲知ってる?」と聞いたのです。
彼女は年齢を聞いた事はありませんが、まちがいなく20代。
「えっ、ケンシロウさん(本当は苗字です)知らないんですか?浜崎あゆみの"M"ですよ」
「浜崎あゆみ…知ってるよcoldsweats01、あゆだろ、あゆ」なんてお答え。
曲名をメモしながら、勿論エイベックスの看板って事ぐらいは知っているし、おじさんの記憶はTBSドラマ「未成年」に出演していた可愛い女の子…程度の印象だったのです。

早速、その場所での仕事を終えると、近くにあるショップに立ち寄り「M」の入っているアルバム「BALLADS」を買いました。
レンタカーでの移動だったので、早速聞きました。
移動しながら、全曲をまず聞きました。
やっぱりどこかで耳にして、メロディーだけ記憶にある曲もいくつかありました。
それからは「M」だけ1曲をリピート。

これ名曲。
特に途中パイプオルガンと同じ音(たぶん本物ではないと思うのだけど…)を使ってのアレンジはドラマチック。
また、曲の構成も工夫されていて素晴らしい。
繰り返し何度聞いてもいい。

楽曲は本人が作っているのですね。
彼女が根強い人気を保っているのが、わかる気がします。

MARIA 愛すべき人がいて
時に 強い孤独を感じ
だけど 愛すべきあの人に
結局何もかも満たされる

MARIA 愛すべき人がいて
時に 深く深いキズを負い
だけど 愛すべきあの人に
結局何かも癒されている

M / 浜崎あゆみ

特にこの歌詞は、愛するが故の苦しみ。
とても的確な表現と思いました。
吉本ばななさんの「うたかた」の冒頭にこんな表現があります。

たとえるならそれは、海の底だ。
白い砂地の潮の流れに揺られて、すわったまま私は澄んだ水に透けるはるかな空の青に見とれている。
そこではなにもかもが、悲しいくらい、等しい。
目を閉じて走っても、全く違う所を目指したつもりでも、気持ちはいつの間にかくり返しそこへたどり着く。
そこはいつもとても静かで、いつも彼の面影に満ちているので、私は目を覚ますことなく、ずっと、そこでそのまま眠っていたくなる。

うたかた / 吉本ばなな

人を好きになると、喜びも勿論なのだけれど、気持ちがどうどうめぐりをくり返し、疑心暗鬼になったり、勝手に苦しんだりします。
でも、その度に新しい発見があったりして、またくり返し恋をする。
さすが、吉本ばななさんの表現はピッタリです。

誰かを好きになった、その時の自分の気持ちだけは忘れてはいけませんよね。
今週末は「BALLAD」をたっぷりと。
でもこれ、ずいぶん前に発売されたアルバムなんですね。
秋の夜長にぴったりな一品です。

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ガーベラの花言葉は「希望」

今週は久々に海外出張でした。
仕事でもプライベートでも出かけた事がないヨーロッパ。
機中泊2泊、現地3泊と予定がギッシリと詰まったスケジュールです。
でも、未知の世界が楽しみで、それまでの国内の殺人的なスケジュールをこなす上でも励みになりました。

出張先はドイツです。
現地メーカーとのコミュニケーションは英語です。
日本法人の日本人営業マネージャーが現地で待ってくれており、ビジネス上でのやり取りでは心配がありません。
意思疎通や確認事項に誤りがあるといけないので、彼がこちらの意思を的確に伝えてくれます。

現地2日目の昼食時。
そこは500年前開業のレストランです。
Pfaubrau000
昼食時から当たり前にビールを頂き、いくつかドイツの伝統料理をご案内頂きました。
アルコールは時差ボケにはきつい薬となりましたが、食欲増進剤となり美味しい料理を堪能しました。
また、勿論平日なのですが、夫婦で訪れる方々が多く、会話をしながら食事を楽しんでいます。
その雰囲気もとても良いものでした。

各テーブルには必ず花があります。
花はガーベラでした。
とても美しいオレンジ色でした。

たまたま現地法人の社長と二人になる瞬間がありました。
二人で黙っているのもつまらないものだと思い、私から話をしました。
それはガーベラにまつわる私の話です。
次の事を英語で話しました。
今は間違いを指摘されると嫌なので日本語で書きます。

それは私の命名の話です。
私は予定日より1ヶ月近く早く生まれました。
出産時に母親は子宮筋腫である事がわかり、出産は大きな出血を伴う事となりました。
私が逆子であった事も難産となる原因となり、心音も弱く仮死状態での誕生となりました。
誕生後、父親は医者に呼ばれ、母子共に危険な状態であると説明を受けました。

私は次第に元気になりましたが、母親は長く危険な状態が続きました。
父親は覚悟をしていたそうです。
そこで、私の名前には唯一最大の望みとして健康の「健」が入っているのです。
やがて幸いにも母親の容態が落ち着きました。
母親が病院で意識が戻ると、病室にガーベラの花があったそうです。
父親が持ってきてくれたもので、とても印象に残っている話であり、花なのだと聞かされた話をしました。
私は命名の通り、今しっかり生きていると話しました。
先方の社長さんから、名前の漢字での表記と、どの文字がその意味を示すのか教えて欲しいと言われ説明をしました。
そのメモを大事そうにしまってくれていました。

翌日の昼食後に次の目的地に移動する途中で先方の社長から話しかけられました。
「あなたは何故、英語で話をしないのか?」
「私の英語はビジネスでは不安な事と悪い英語が多いので使わない」と英語で返答しました。
「悪い英語とは何だ?何で英語を学んだのだ?」と重ねて聞かれました。
「私はハリウッド映画で覚えた英語が多く、ビジネスや会話には使うべきものではない」
「悪い英語とは例えばどんな英語だ?」
「例えば…Lick the hole of my buttocks(俺のケツの穴を舐めろ)」

たまたまシーンと共にそれが頭に浮かんだです。
これには先方の社長も大笑いでした。
ユーモアのある社長でよかった。
それは誰が言っただのと聞かれたので、アル・カポネだと話したらまた大笑いでした。

それからは英語で会話する事が当たり前となり、先方も気軽に話しかけてきます。
互いに家族やこれまでの事、大学での専攻やいろいろな話となりました。
やがて話題が音楽の事となりました。
互いの趣味の範囲となり、クラシックからヘビメタルまで話が盛り上がりました。

それからモーツァルトの生誕地オーストリアのザルツブルグへ行こうsign03となりました。
夕闇迫る頃市内に入り、ホーエンザルツブルグ城までの城下町?を案内してもらいました。
街並みだけでも素敵でした。
夕方の活気は、当地で生きる人の息吹を感じる事が出来ます。
当日、ホーエンザルツブルグ城内ではコンサートが行われる予定でした。
チケットがないのでコンサートは聴けませんが、社長がお願いをしてくれ、特別に開演前のホールを見せてもらう事ができました。
素晴らしい。

直接の意思疎通を行うようになってから、明らかに態度が変わった事を感じました。
帰国の日、最後に宿泊したホテルでの朝食の事。
そこのテーブルにも美しいオレンジ色のガーベラが一輪ありました。
それを見つけた社長から「この花はとっても長持ちするんだ。長く美しく咲く。あなたの父親はそんな願いを込めていたのかもしれないな」と話しました。
そうだとしたら、親父もずいぶんニクイ事をするもんだと思いました。

空港でまた日本かドイツで会おうと話して握手をし、帰国の途につきました。
とても仲良くさせて頂きましたけど、ビジネスはビジネス。
甘くはないですね。
それとこれとは別…ちゃんと区別しますもんね。
当たり前か。
でも…仕事抜きでも、初めてのヨーロッパ・ドイツには魅了されました。

この文章を最後まで書いてから、ガーベラの花言葉を調べました。

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それが案外、いちばん人間が人間らしい瞬間じゃないかな

現在の住まいの近くにある大きなけやきが並ぶ場所で、初めて気がついた事。
けやきの枯葉がコンクリートの歩道を渡る時、独特の音を奏でて渡っていくのですね。
枯葉が一度地上におりてから、風に吹かれて行く時、例えば落葉果樹の葉とは明らかに音が異なると気がつきました。
なかなか素敵なサウンドでした。

先日、妻がふとテレビ番組の話。
フジテレビの「ヘキサゴン」でのドッキリの事。
対象になった芸能人に同じパターンのドッキリを仕掛けて、その反応を比較するというものだったそうです。
反応は様々で、人として疑いたくなる反応や過剰なまでの反応といろいろあったとの事です。

そのドッキリの仕掛けの内容は、こんな内容です。
自分が座っているカフェの席へ、おばあさんがやって来ます。
「さっき、私ここへ座っていたのですが、財布を忘れていなかったか?」と聞くのです。
「これから、おじいさんのお見舞いに行く交通費や薬代が入っていた」と説明するそうです。

複数の芸能人の反応で、上地雄輔さんの反応は違ったそうです。
おばあさんの話を聞くと一緒になって一生懸命探し、随分先の事まで心配していたそうです。
他には一切他人事として、取り合わなかった人もいるとか。
いろいろだね…なんて話でした。

子供の頃見たドッキリカメラでとっても印象に残っている場面があります。
多分、野呂圭介さんがやっていた番組だと思うのですが…。
そのシチュエーションはこうです。
上野駅(多分)で家出をしてきたという女性が、「両親に黙って家出をして来た。田舎に帰りたいのだがお金がない。切符代をもらえないか」とお願いする仕掛けでした。
頼まれた人が、これにどんな反応をするかという内容です。

他の人は一切覚えていないのですが、ひとりお年を召した男性の反応がとても印象に残り、今でも記憶にあります。
その方の反応はこうでした。
話かけられた時はびっくりしているのですが、話を聞くにつれ、うつむき加減に話す仕掛人の女性の顔を覗き込む様に話を聞いています。
やがて、少し震えれる指で財布から紙幣を数枚取り出し、仕掛け人の女性に渡しながら、こう話したのです。

「そうか、わかった。必ずご両親の元に帰るんだよ。必ず、必ずだよ」

まったく知らない他人からの突然のお願いに、その方は仕掛け人である女性の身を案じ、お金を手渡したのです。
自分には何も得がある事ではないのに、関係ない事なのに、そんな時になぜ、人は人の事を思う事ができるのでしょう。
まったく知らない人、今後会う事もないその人を心を砕いて心配し、その行く末のしあわせを案じ、そのしあわせを祈る。

そして、ネタ明かしをされ、この方がこれがドッキリであったと説明されました。
仕掛け人の女性がその方にお礼を言っています。
その時、その方は恥ずかしがって笑ったり、怒ったりしたのではありまでんでした。
安堵のため息を漏らしたのです。

「そうか、本当にそんな事でないのならよかった」

幼いながら私の心には暖かい「しあわせのランプ」が灯りました。

残念ながら廃刊になってしまった雑誌「BRIO」のインタビュー記事にこんなのがありました。

先日、CIAの問題でアメリカのジャーナリストが収監されましたね。
あの記者は法に触れたが、ジャーナリストという共同体の掟は守ったわけです。
結果的には彼はすごくいいことをしたと思っているはずですよ。

中略

この行為をすれば損をする、とわかっていても、それらを選択することがあるのが、人間なんです。
動物との違いは、決定的な瞬間に、反理性の行為をとれることじゃないだろうか。
それが案外、いちばん人間が人間らしい瞬間じゃないかな。

BRIO 2005年10月号 異端者の告白 宮崎 学 インタビューより


けやきの木の枯葉が道を渡ってゆく。
明日も晴れるかな。

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笑顔は誰よりも輝き、 くもり空まで晴れになる

祝福される水嶋ヒロと絢香のカップル(敬称略)。
美男美女である事は勿論ですが、祝福し、とても応援したくなる素敵なカップルですね。

帰国子女で留学中、そして帰国してからもずいぶん苦労を経験した水嶋ヒロ。
留学につきまとう異文化を理解し受け入れいる事の大変さ。
留学先では、自分だけが違っている、違っていると見られる事。
孤独。
今度は帰国すると反対の事がおき、馴染んだ留学先の文化の尺度では異分子扱いをされ、受け入れてもらったり、理解してもらうのに時間が必要となります。
これもまたずいぶん辛い一人ぼっちを感じます。

デビュー曲の「三日月」を聞いた時の事。
歌詞の一語一語をせつせつと歌う絢香の歌い方と歌詞の内容。
これが18歳前後の作品だと知って、驚いた覚えがあります。

ここから先は想像の範囲です。
互いの所属事務所には内緒で結婚する事を決めたとの事。
ここには、最悪解雇されても、絢香との人生が一番だという水嶋ヒロの覚悟があったかもしれません。

そして絢香の病気の事。
これはきっと最初から水嶋ヒロも知っていたのではなく、好きになった女性がたまたまその病気であったという事だと思います。
でも好きになった女性が、病気で苦しんでいるなら、その病気をなんとかしたい、一緒に闘いと考えたと強く思います。

絢香はずいぶんの勇気を持って病気の事を告白したでしょう。
直視したくない自分の病気を孤独に闘いながら、でもそれをわかるのではなく、一緒に闘うと言ってくれる心強さ。
自分の病気の事は他人は同情はしてはくれますが、理解はなかなか得られないものです。
病気と闘うのはとても孤独な事。
しかも、いつ完治するかわからない病気はなお更です。
それを一緒に闘うと言ってくれた事が、どんなに勇気と闘病への力が湧いてくる事であるか。
受けとめて、認めてくれる喜び。
絢香が見ないふりをしてきた自分の病気を、直視する事が出来るようになった…なんだかわかる気がしませんか。

互いに魅かれあいながら、互いを必要としている。

水嶋ヒロが一緒に闘うと言った事を、絢香はなぜ単なる同情と感じないのか。
これは水嶋ヒロの言葉に真実味があるからだと思います。
それは孤独を知り、哀しみを知る人が語る言葉だからなのだと思います。

あなたの笑顔は 誰よりも輝き
くもり空まで 晴れにしてしまう
何度も高い壁を 乗り越えたから
何も怖くない ひとりじゃないよ
みんな空の下

みんな空の下 / 絢香

末永くお幸せに。

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おいしいオクラ

我が家のプランター菜園の夏野菜も最近の気温では元気がなく、そろそろ終わりかなぁと感じています。
しかし、オクラはまだまだ元気です。
今年初めてオクラを作ったのですが、なかなかの出来と自負しています。
美味しく楽しんでいます。

美味しい恵みを頂いたのは、こんな方法でした。

まずは、豆腐と一緒に。
実家の裏庭のミョウガとこのオクラを和えて、冷奴の上にのせていただく。
子供の頃はミョウガなんて、味噌汁に入っているだけで、箸で横に寄せていました。
今はこの食べ方でも絶妙な風味を出してくれ、欠かせない存在ですね。

これは定番ですが、納豆に混ぜて食べる。
茨城県の稲敷市で採れた今年の新米を取引先の方から頂戴しました。
その炊きたての新米にのせて、オクラ納豆をガツガツ食べる。
他におかずは必要ありません。

これまた定番ですが、イカと和えて食べる。
イカオクラ。
イカとオクラを和えているだけで、期待に胸が躍ります。
これも炊きたてのご飯にのせて、ガツガツ食べる。

また、冷奴は山形のだしとオクラで食べるのも、とってもGOODですね。
山形のだしはダウンタウンDXで放送されてから、スーパーマルエツの店頭からも消えましたね。
あれだけでも勿論、美味しくてご飯のおかずになりますもんね。
これもご飯がすすみます。

よく噛まずに飲み込む様にたべるので、消化は悪いし量は食べるし、ダイエットには大敵ですね。
でも、家計のダイエットには最適ですよ…きっと。

本当は最初にするべき事なんでしょうが、本日は素材そのものを味わいました。
少し茹でてもらい、鰹節をかけて、マヨネーズを少々。
これに気持ちお醤油をかけます。
まあ、これだけ調味料を使えば、素材の味もへったくれもありませんが…でも、美味い!!

今年はオクラとピーマンを作りました。
ピーマンは我が家の奥様も便利でお役に立つと好評です。
現在、コンニャクイモが1年目で大きな葉を茂らしています。
3年後はコンニャクイモから、コンニャク作りに挑戦できるでしょうか。

現在の日々のスケジュールからは、畑を借りるて栽培するのは困難。
誰かにご馳走できるようになったら、それは楽しいだろうなぁ。
しかし、これには大きな難関があります。
私、料理しないんです。
Photo

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草原で風にゆれる名前も知らない花

出張先で訪れた長野県も夏休みの混雑シーズンが終わり、シルバーウィークを前に静けさを取り戻しています。
ここは初めて訪れたところでしたが、景色はすばらしい場所。
思わず車を降りて、携帯で撮影しました。
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この道路の向こうは既に別荘地となって開発されています。
しかし、熊出没注意の看板が多数。
ここでの仕事は、人間の所業よりも先に住んでいた熊を始めとする皆さんとの折り合いをつける事が一番の難題だなぁ…なんて考えます。

さて、本日予定の仕事を終え、明日の仕事場所である上田市方面へと移動します。
そこで通り道として、ビーナスラインを経由して行きました。
夕刻、日が沈む頃に霧が峰に近づきます。
霧が峰でエンジンを止め、車を降り、しばらく立ち止まります。
通り過ぎる車も殆どなく、風の音がします。
当日の気温は15度前後。
少し肌寒いですが上着を着て、立っていると通り過ぎる風が心地よいのです。
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そこは孤独です。
さびしいという感情を超えます。
人恋しくもなります。
でも、なぜか生きている事に感謝したくなる…そんな気持ちにもなるのです。

私はブルックナーの交響曲が大好きです。
特に交響曲第7番・第8番・第9番の晩年の作品が好きです。
その霧が峰の大好きな場所で聞いた事はないですが、交響曲第8番の第3楽章を聞くと、この霧が峰の雰囲気をいつも思い浮かべます。
ベートーヴェンやブラームス、チャイコフスキーの様な人間の感情が爆発…という感覚はブルックナーの交響曲には感じません。
ですが、雄大な景色、草原に咲く名前も知らない花が風にゆれている様、沈む夕陽の様に誰も止める事が出来ないという厳然たる事実。
でも、その現象ひとつひとうに深い愛情があると感じるのです。
ブルックナーの交響曲は、そんな人間を含めた自然への愛で満たされていると思うのです。
大いなる自然の摂理の中で、自然の一部として生かされている…そんな事を感じるのです。
それは人間が美しい自然の景色を前に、感動をして涙を流す事に近いのかもしれません。

小説「四日間の奇跡」の中で、自分が辛いときに行くお気に入りの場所というのがあります。
この小説のこの部分を読んだ時に、ブルックナーの交響曲第8番第3楽章を思い起こしたのです。
小説で表現される景色は地名が記載されていければ、読者の想像の範囲ですものね。

四日間の奇跡の事を書きましたので、その中で気にっているところをご紹介です。

神というものいるかどうかは知らん。
だが時として俺自身、自分の肉体が命というものを維持しているということが、どれほど奇跡的なことか思い知る時がある。
意志とは無関係に体内で生成される様々な酵素。
その一つでも狂ってしまえば人間というのは簡単に死ぬんだ。
外傷などなくてもだ。
我々はやはり、生かされているのだと感じるよ。

だがその一方で、生きているのは俺自身だという意識も、俺は強固に持っている。
俺はその俺を裏切らぬよう、俺自身に誇れるように生きていくだけだ。

四日間の奇跡 浅倉卓弥

地球上では人間も自然の一部であり、有機物であり、酸化し朽ちてゆく宿命です。
でも、きっと生かされて生きている我々はその自然の摂理をを単純に切り取った、単純なサイクルの一部分ではないと思いのです。
自殺という結論で自らの命を終焉させようとの思いがよぎる時、自分が生かされている存在なんだと考えられたら…。
本当は歯車一つが狂うだけで終わる命が、なぜ今日、この時も生きているのかと考えられたら…。
つらくて折れそうな心でも、心のどこかに生きてゆくんだという強い気持ちがあるから、生きたいという魂の叫びが心臓は鼓動を止めない。
そんな耳を澄ませば聞こえてくる魂の叫びを、自分の気持ちを裏切ってはいけない…と私は思うのです。

原作だけ読んで映画は見ていないのですが、この四日間の奇跡のホームページにこんな言葉が記載されています。

「信じてやればいい。信じるということは、人間の脳に与えられた偉大な力のひとつだぞ」 そう言った島の医師・倉野の言葉が、心に深く突き刺さる! 人は、信じ合う人に巡り合い、救われ、そして癒される――。

四日間の奇跡のホームページです。
http://4kiseki.biglobe.ne.jp/index.html
映画の公開はもう5~6年前だったかな…。

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天国へ届け  ラフマニノフ 交響曲第2番 ホ短調 作品27 第3楽章 アダージョ

少ない車両の電車がホームに入って行く。
カバンを持った和久井映見さんが微笑んでいるところに、「妹よ」とドラマのタイトル(ちょっと曖昧な記憶です)。
そこにチャゲ&飛鳥さんの「めぐり逢い」が重なってくる。
この「めぐり逢い」はアコースティックのギターと共に曲が始まります。
ドラマは見た事がないのですが、この曲がよくてCDを購入しました。
CDはブックオフに売ってしまいましたが、楽曲はパソコンに残してあります。
歌詞もなんとも泣かせるいい内容です。

この願い 誰かこの願い
いつまでも 鍵が掛からない
いいさこの出逢い こんなめぐり逢い
今度ばかりは 傷も扉をくぐった
差し出す指に君は指でかえした
恋で泣かされた人と 恋で泣かされた人
同じ罪を振り分けてもいいね いいね

めぐり逢い CHAGE&ASUKA

結婚してまだ間もない頃だったと思います。
妻の友達が遊びに来ました。
高校時代の同級生です。
昼間は遠慮して出かけていましたが、夜は行くところがないので、私も仲間に入れてもらって一緒に飲んでいました。
テレビが会話の邪魔になるので、音楽を小さめの音で流していました。

曲はラフマニノフの交響曲第2番 ホ短調 作品27でした。
このCDを手に入れたのは、ずいぶん前の事だったと思います。
FMでこの交響曲を耳にし、惚れてしまい、次の日からCDを一生懸命探しました。
ラフマニノフの楽曲でも、当時CDショップで問い合わせると「ピアノ協奏曲 第2番では?」と確認をされ、それはもう持っている…と少々イライラした思い出があります。
御茶ノ水のCDショップで輸入盤でみつけ、わくわくしながら帰りました。
オランダ製のCDで、解説書は全て英語。
翻訳しようという努力すら試みませんでした。
素晴らしい音楽が聴ける。
それだけで良かったのです。

曲が第3楽章に入ると、妻の友達がピクリと反応しました。
目が大きく表情の豊かな、かわいい女性です。
「これ…あの曲だsign03
「妹よ」のドラマで繰り返し、この第3楽章が使われるとの事。
それから、彼女は音楽に聞き入ってしまいました。
本当にうっとりconfidentと聞き入っています。
ドラマで使用されている事もその時は知らなかったので、気に入ってくれた事がとても嬉しかったのです。
自分のお気に入りを、他の人も気に入ってくれるのは嬉しいですよね。

この交響曲がどれだけドラマチックで美しいメロディかは、文章にするのは難しいところです。
特に第3楽章アダージョのクラリネットは哀しみで心が張り裂けそうになります。
哀しみで絶望的になるのに、時々雲間から見えるひとすじの光を見つけるように、希望に満たされます。
これが交互に繰り返され、でも哀しみを乗り越え、癒されるように終わってゆくのです。

遊びに来た時は彼氏募集中だったその彼女も、やがて結婚しました。
結婚式にも夫婦で招待を頂き、祝福しました。
彼女のご主人とも話しが合うところもあり、他の夫婦も一緒でしたが、旅行にでかけた事もありました。
その後、私の転勤もあり、年賀状のやり取り程度だったようです。
やがて、東京への勤務となり戻ってくるとあまり夫婦仲が良くない話を聞くようになりました。
なかなか子供ができない事から、家族も巻き込み、お互いの関係はギクシャクしていた様です。
その後に昔の苗字に戻ったとの葉書がポストに舞込みました。

妻からそんな話を聞き「また、気が向いたら気軽に遊びに来るように言っておいてよ」なんて話をしていました。
それから、しばらくして妻の同級生同士が集まるなんて話をしており、誘ったけれど「体調が悪い」なんて返答だったなんて話を聞いていました。
やがて、妻が発信したメールの返答も来なくなりました。
その事実を聞かされ「どうしたかね…」なんて話していました。

次に連絡が来たのは彼女のご両親からでした。
彼女はガンで亡くなっていました。
つらい治療で体力も失い、でも元気な姿になるまでは、友達にも逢いたくないと回復を信じがんばっていました。

ご両親から連絡を頂戴した時には、葬儀も終わっており納骨も済ませた後でした。
妻と仲のよかった同級生が集まり、お墓参りをする事となりました。
行くべきかと…と妻に聞かれ迷いました。
ご両親は妻や仲の良かった友達の姿を見れば、「生きていれば自分の娘も…」と考えるに違いないと考えたのです。
それを察したのかご両親からは、生きている時の話をひとつでも聞きたい…と配慮を頂いたとお話がありました。

当日は彼女の家に集まり、彼女が好きだったパスタ屋さんで食事をし、最後はお墓へとまわったそうです。
亡くなる2日前はどうにも不安となった彼女が母親に「今日は帰らないでほしい」と懇願したとの話がありました。
おかあさんは今でも、彼女の骨の欠片を肌身離さず持っているそうです。
それを大切に手のひらの上でみせてくれたそうです。
胸が痛みました。

しばらくして、なぜこの時にラフマニノフの交響曲第2番を妻に託さなかったのだろうと後悔しました。
でも、このドラマ「妹よ」の放映後に、この曲はどこのCDショップでも国内盤が置かれるように有名になったのです。
この第3楽章を聞くと、彼女の冥福を祈る事があります。
第3楽章は狂おしい、哀しい、そしてせつないメロディーが繰り返されますが、最後は静か湖面の様に終わります。

やすらかに。
そして、天へ届け。
ラフマニノフ 交響曲第2番 ホ短調 作品27 第3楽章 アダージョ

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あ~っおじさんは感動した。今日の料金は全部おじさんが持ってやる

先日、食べ放題のファミリーレストランで家族のカバンの番犬になっている時に、隣の女子高生が話しているのを盗み聞きしてしまいました。
正確に話すと、聞こえてしまったと言ったところなんですけどね。
女子高生は3人でテーブルを囲んでいました。
よく日に焼け、皆ショートカット。
何か体育会系の運動部といった感じです。

前後の脈略はわかりません。

「そりゃ、違うよ」
「誰でもあんたと一緒だと思ってはだめでしょ」
「そうかなぁ」
「積極的な子もいるし、なかなか自分から仲間に入りにくい子もいるじゃん」
「そうだよ、時間がかかる子っているよ」
「あ~っ、私全然まだ食べれるよ」
「そういう子は最初に仲間に入れるように引っ張っていかないと」
「そうだね」
「みんなと仲よくなって、安心して元気がでる子、そういう子っているよ」

この会話のどんな言葉がキーワードになって気になったのかは、わかりません。
人それぞれが違う性格であり、それにより得て不得手があります。
すぐに誰とでも打ち解けて、友達が出来る人。
本当は仲間に入れ欲しいのだけど、なかなか話し出す勇気が出せない人。
積極的になれない自分を悔しく思っている人。
他にもいろいろ…。
いつかの自分が必ずどこかにいます。

社会人といわれる大人が、あいつは気に入らないとか、あいつは変わり者とか、いろいろ区別して、時として排除したりします。
偉そうな事言っている私だって、自分の尺度で測れなくなると混乱して、時として遠ざける事もあります。

しかし、この時はこの女子高生の会話にしびれました。
「あ~っおじさんは感動した。今日の料金は全部おじさんが持ってやるsign03」って大声で叫びたくなりました。
(90分食べ放題で料金は決まっているのだけれど…だから出来るのか?)

でも…「盗み聞きしてたのか親父、キモッdown」とか言われると考えると、傷つきやすい年頃なので言えません。
誰か積極的なお友達近くにいませんか?

虹を見たんだ そこで世界は変わった
そうだ リズムやハーモニーがふっとずれてしまっても
ゆっくり音を奏でよう
まだ まだ まだ イントロも終わっていない

虹を見たんだ そこで世界は変わった
そうだ理論や知識にもとづいたものじゃなくても
信じた音を奏でよう ホラ ホラ ホラ
間違ってなんかいない ホラ ホラ ホラ
きっと正解もない これが僕らの音

僕らの音 / Mr.Children

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おいしい!! 栃尾の油揚げ

子供の頃に嫌いだった食べ物が近頃はおいしいと感じる。
食の嗜好の変化は、年をとったなぁ…と感じる材料の一つでもあります。
良い言い方をすれば、大人になったと言う事でしょうか。

切り干し大根なんて、その代表格で、子供の頃は小皿に分けられて、しっかり自分の分が分けられており、食べ終わるまで食卓にありました。
しかし、いつの頃からか居酒屋さんとかでお通しとして出てくると、味わって美味しいなんて感じています。

さて、今夏にもそんな美味しい食べ物を出会いました。
子供の頃なら、夕食にだされたら「え~っ」と文句を言う食品でした。
油揚げです。

新潟県の栃尾(現長岡市)の油揚げは有名で、今年の夏に出かけた際に購入して帰りました。
近くで昼食となり、道の駅にあるレストランに行きました。
さすが、ご当地だけあって「油揚げ定食」なんてのがありました。
あまりそそられるも事もなく、子供も大好き定番の「カレーライス」を食べました。
「油揚げ定食」は人様が召し上がっているのを盗み見して、ふ~んあんな感じなんだ…なんて思っていました。
油揚げを買った事すら忘れており、ある日に夕食に登場しました。

油揚げがでかい…。

これが、最初の印象です。
その日は「赤こがね」という油揚げとニシンの煮つけのセットです。

おいしい…。
えっ!こりゃウマイ
ん~お箸がススム君だぞ。

油揚げのジューシーもいいのですが、このニシンの煮付けがまた美味しい。
また、油揚げとのコンビネーションがバッチリなんです。

そして別の日には「白こがね」。
これはニシンとの煮付けではないのですが、「赤こがね」同様に油揚げによく味がしみ込んだ一品。
油揚げってこんなに美味しいものだったかと感激。

「次に出かける機会があったら購入しよう」とつぶやくと妻が一言。
「ネット通販もあったよ」

お店で購入した際に、お店の外観がいいなぁと思ったのでパチリと1枚。
写真がありました。
090814

お店の紹介とネット通販のサイトは以下です。
http://www.nscs.co.jp/mamesen/
〒940-0205 
新潟県長岡市栄町2-8-26 
(有)豆撰

おいしいよ。

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高原のおいしいパン屋さん

ワーカーホリックは嫌ですねぇ…。
日曜日にも新聞を読んだり、読みかけのビジネス雑誌を手に取ると、仕事の事ばかり考えてしまいます。
フト、読み物から目を話した時に妻が一言。

「はぁ~っ、おいしいソフトクリーム食べたい…」

この一言に触発され「よし、今から食べに行こう」と私が後先考えず言いました。
時間は午前10時。
今日は長男の部活動もない。
早速、皆で支度をして、車に飛び乗りまして、さて…どこへ行こう。
休日は高速道路は1,000円。
現在の車の燃料から計算すると片道200㌔、現場でタンク半分給油で往復400㌔と判断しました。

中央高速に乗り、長野方面へ。
長坂で高速を降り、清里方面へ。
お昼は時間がもったいないので、コンビニでおにぎりやらパンを買って食べながら移動しました。

清泉寮のソフトクリーム。
いつもは子供のを一口だけ頂くのですが、本日はそれが目的だったので、私も一つ食べました。
今日は天気もいい。
でも少し霞があって、富士山は残念ながら見えませんでした。
ワーカーホリックにはこれぐらいの決断でないと気分が変わりません。

目的を達成してからは、少し他の欲が出てきます。
長男はどこかへ泊まって、明日の朝早く帰ろうと言い出しました。
明日は皆、会社に学校。
それに朝早く運転するのは誰よ。
おまけに本日の思いつき行動では予算オーバーよ。
却下!
次男は温泉に入りたいといいましたが、大慌てで出てきたので、その準備はしていない事から却下。

おいしいパンを買いに行こうという事になりました。
清里から小淵沢を通って、富士見町へ。
高原のドライブだけでもいい気持ち。
ベートーヴェンのピアノ協奏曲「皇帝」が気持ちをとっても軽やかにします。
ルームミラーでチラッと後部座席を見ると、長男はipodで他の音楽を聴きながら、難しい顔をして外を見ています。
次男はDSに夢中。
おい、君達この名曲聴きなさいよ。

パン屋はいつものお気に入りの店です。
毎年、夏は蓼科へ出かけていましたが、本年は長男の部活動が忙しく出かけていませんでした。
出かけるときは、ここでパンを買い込んで、ハムやブルーベリーのジャム、チーズとか思い思いの具で食べます。
パンがおいしいので、それだけでも満足。
おまけに料理の手間が省けて、奥様も満足。

ここのパン本当にどれもおいしいんです(お店のURLは文末にあります)。
まずはお店の立地、建物と雰囲気がとてもいい。
ここへ買いに来るだけで、楽しい休日が始まる…という気分になります。
そして味が良いので、ついつい食べ切れないぐらいあれも、これもとなってしまいます。
明日の朝食用のパンを買い、先日無理な仕事をお願いした後輩へのお土産を買って帰路につきました。

帰りは渋滞の名所である小仏トンネルから渋滞のお知らせ。
渋滞箇所前に一般道へ降り、山間部を抜けて東京方面へ。
途中の生産物直売所でこれまたおいしいピオーネをたんまり買いました。
これまた、1,000円でたいした量。
高速にブドウに1,000円、1000円って香港の街頭販売みたいですが、1,000円で満足できるなんて素晴らしい。

日も暮れて、帰り道きれいな星空が見えるかと期待しましたが、曇天でまったく見えません。
先は漆黒の闇。
私も、少し疲れたかなと疲労感を感じ始めました。。
いつしか子供達はお腹も満たされ、居眠り中。
目が覚めたら「お腹が空いた、ご飯まだ?」っておまえら…。

翌日は起床がいつもより少し遅くなりました。
朝食を食べる時間はなく、帰りは残業ですっかり遅くなりました。
台所でうろうろしていると妻が「何探しているの?」
「昨日買ってきた、Pan.pan.panのパン残っていないの?」
「ああ、子供がみんな食べちゃった」
「え~っ」
次男がいつ覚えたのかラプソディー・イン・ブルーのメロディを鼻歌で歌っています。
てめぇら…。

おいしい長野県富士町のパン屋さんはここです。
一部商品のネット販売もしていますよ。
http://panpapan.hp.infoseek.co.jp/

0909061


0909062




コネタマ参加中: あなたが一番好きなパンは?

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子供が眠れず、眠らずに困った日

まだ子供が生まれる前の事です。
顧客との旅行で北海道の道東を中心に出かけた事がありました。
その際に摩周湖に立ち寄ったのです。

そこで摩周湖の哀しい伝説を聞きました。

宗谷のコタン(アイヌの集落)同士がイヨマンテ(熊祭)の夜に争い、一方のコタンは敗れほとんどが殺されてしまう。 敗れたコタンの老婆とその孫は命からがら逃げるが、逃げる道中で孫がはぐれてしまう。 老婆は孫を探しながらさまようが見つからず、カムイトー(摩周湖)付近までたどり着く。 老婆はカムイヌプリ(摩周岳)に一夜の休息を請い、許される。 が、悲嘆にくれ疲労困憊した老婆はそこから動けず来る日も来る日もそこで孫を待ち続け、とうとうカムイシュ島になってしまった。 いまでも、摩周湖に誰かが近付くと老婆は孫が現れたかと喜び、うれし涙を流す。 この涙が雨であり霧であり吹雪なのである。

摩周湖 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

当日の摩周湖は美しい湖面を見せており、ガイドをお願いした女性が婚期が遅れると話していました。
世界でも有数の透明度の湖。
その美しさと哀しい伝説は印象に残ったのです。

自分の子供が産まれ、しばらくたった頃の事。
妻も私もまいっちゃうぐらい、子供が眠れず、眠らずに困った日がありました。
そんな日は勿論、ほぼ毎日の様な出来事でしたが、フト眠れない子供を抱き上げた時の事です。
この摩周湖の哀しい伝説が心によみがえったのです。

まるで自分が空を飛んでいる様に、摩周湖を上から眺め、ゆっくりとカムイシュ島に近づいて行きます。
摩周湖の美しい、透明度の高い水に思いをはせ、意識を集中しました。
伝説の老婆の哀しみが胸に迫ります。
そして今、私にはこの腕に温もりがあり、それが何も疑いなく私を信用し、身をゆだねている我が子である事。
それを感じました。
心に浮かぶ摩周湖の霧は晴れ、美しい湖全体が見えます。

すると何をしても眠らなかった子供がスヤスヤと眠り始めたのです。
単なる偶然かもしれません。
しかし、以後同じ様に摩周湖とその伝説の老婆に思いをはせる様に、子供を抱きながら、自身の心を摩周湖の透明度に近づけようと意識を集中し、抱っこしていると不思議に眠るようになりました。
これも単なる偶然かもしれません。
他人の子供でも同じ様にした事がありました。
するとその子も眠ったのです。
両親が驚いていました。

さて、これにより何が変わったか…。
子供を寝かしつける係りは私が専属になったという事です。
「おとうさんの方が子供ねかせるの上手だから」…だってさ。

もう、少し前の話ですがね。

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歩く

分刻みスケジュールの毎日で、日中は相手のある仕事に追われます。
残念ですが、追われているという状況です。
18時を過ぎれば、ようやく自身の時間を確保する事ができ、どうしても残業…ってな事になってしまいます。
朝は比較的早く出社する方ですが、上手がおり、朝の時間もなかなか確保できない事もあります。
過去に一度倒れた事があるので、同じ轍は踏まない事を心がけ、週末は仕事を意識して遠ざけます。

そんな週末に、気に入って必ずする事があります。
1時間程のお散歩です。
お散歩と言っても、早足で一生懸命歩くお散歩です。
ウオーキングです。

自宅から10分程歩いたところに、里山を保存しているところがあります。
歩いていると、人工的な音が一切耳に入らない瞬間があるのです。

今ならば、鳥の声、蝉の声。
用水を流れる水の音。
落ちてくるドングリの音。
きり通しで聞こえる風が葉をゆらす音。

カブトムシが隠れていそうな森からくる匂い。
道の木陰の空気。
きり通しを流れるヒンヤリとした風。
名前を知らない可憐な草花。

汗をいっぱいかきながら、もくもくと歩きます。
お稲荷様で手を合わせ、丘の上にある神社の境内までの階段を上ります。
神社で拝礼をし、近くのスペースをお借りして腕立て伏せ。

以前は携帯音楽プレイヤーで音楽を聞きながら歩きました。
これはこれで、世界の全てがホールになった感覚もあり、素晴らしかったのですが、今は人工的な音が聞こえない瞬間を求めています。
週末雨だとこれが出来ないから残念なんです。

明日からもガンバロウup

Photo

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未完の事

先日、妻の実家で義理の親父が見ていたCSのTBSチャンネルを横から見ていました。
放映していたのはドラマ「世界の中心で、愛をさけぶ」の最終回でした。
原作は読みましたが、映画もドラマも見た事がありませんでした。

ドラマの中にもありましたが、大切な人の死を乗り越えるは並大抵の事ではありませんよね。
時間と共に衝撃は薄らいでも、まるで深い海によどむものの様に哀しみは沈みます。
事実を受け入れて状況は理解をしても、心が納得しないのです。

やがてもう一人の自分があらわれて、自分を冷静に見つめ、そして問いかけてくるのです。
おまえはいったい何を哀しんでいるんだ。
ある日、人生を閉じられる事になったその人を哀しんでいるのか。
それとも、その人を失った自分を哀しんでいるのか。

これに後悔が加わり、自分の事がますます理解できなくなるのです。
そして、その人を失って自分を哀しんでいるのではと思うと、大切な人の死にも自己中心的な自分に、たまらない嫌悪感が湧いてくるのです。
答えなんて出せるはずもなく、答えが出せない事と後悔ばかりする自分に絶え間ない怒りがこみ上げてくるのです。

自分の中で混乱し、きった耐えられなくなったのかもしれません。
そんな心情を吐露しました。
その時、答えてくれた人がいました。

ある日、人生を閉じられる事になったその人を、その人を失った自分の両方を哀しんでいるのだと。

随分気持ちが軽くなった覚えがあります。

この「世界の中心で、愛をさけぶ」以降、多くの映画やドラマの題材として、ストーリーの中で人が亡くなるものが多くあったと思います。
商業的な問題があったと思いますが「それ泣け、やれ泣け」とCMでも繰り返すのです。
この「世界の中心で、愛をさけぶ」の商業的な成功にあやかりたい部分が多くあったのではと思うのです。
人の死があまりにも軽くなったのでは…と感じたのです。

私は「世界の中心で、愛をさけぶ」の原作はそのストーリーから、この想いを結実させるために書かれたのではと思うのです。
少し長いですが、原作より引用をします。
もし、読まれる予定の方がいればネタバレ部分がありますので、引用部分はとばして下さい。

…死は美しく恐れるに足りないなんて言っているのを読むと、すごく腹が立つんだ。愚かだし、なんか傲慢な気がするよ。死は美しくなんてない。ただ悲惨で虚しいものだよ。そのことはどうしようもないじゃない。

…中略…

それはすでにその人のことを好きになってしまったからではないかな。
別れや不在そのもが悲しいのではない。
その人に寄せる思いがすでにあるから、別れはいたましく、面影は懐かしく追い求められる。
また、哀惜は尽きることがないのだ。
すると悲哀や哀惜も、人を好きになるという大きな感情の、ある一面的な現れに過ぎぬとは言えないかな。

わからないよ

人がいなくなるということを考えてごらん。
こちらが最初から気に留めていない人がいなくなっても、わしらはなんとも思わんだろう。
そんなのはいなくなることのうちにも入らない。
いなくなって欲しくない人がいなくなるから、その人はいなくなるわけだ。
つまり人がいなくなるとうことも、やはり人に寄せる思いの一部分でありえる。
人を好きになったから、その人の不在が問題になるのであり、不在は残されたものに悲哀をもたらす。
だから悲哀感のきわまるところは、いずれも同じなのだよ。
別れは辛いけれど、いつかまた一緒になろうな、というようにね。

…中略…

死んだ人にたいして、わしらは悪い感情を抱くことができない。
死んだ人にたいしては、利己的になることも、打算的になることもできない。
人間の成り立ちからして、どうもそういうことになっているらしい。
試しに、朔太郎が亡くなった彼女にたいして抱く感情を調べてみてごらん。
悲しみ、後悔、同情…いまのおまえにとっては辛いものだろうが、けっして悪い感情ではない。
悪い感情は一つも含まれていない。
みんなおまえが成長してしていく上で、肥やしになっていくものばかりだ。
なぜ、大切な人の死はそんなふうに、わしらを善良な人間にしてくれるのだろう。
それは死が生から厳しく切り離されていて、生の側からの働きかけを一切受けないからではないだろうかね。
だから人の死は、わしらの人生の肥やしになることができるんじゃないだろうか。

…中略…

逆の場合は考えることにしたんだ。

もし、わしの方が先に死んでいたらどうだったろうかってね。
そうなっていたら、あの人はいまわしが感じているような悲しみを、わしの死に対してやっぱり感じなくてはならなかっただろう。
墓を暴いて骨を手に入れるなんてことは、あの人には難しかったに違いない。
朔太郎のような理解がある孫がいたかどうかもわからんしな。
そんなふうに考えると、わしが後に残されることによって、彼女の悲しみを肩代わりすることができたとも言えるわけだ。
あの人に余計な苦労をさせずに済んだ。

世界の中心で、愛をさけぶ 片山恭一

私は言葉を得たと思いました。
いまだに整理できないこともありますが、きっとそれはまだ考え続ける必要のある事です。
こうして書いていても、よく自分でまとめきれない気持ちです。

たとえば悲しみを通過するとき、それがどんなふいうちの悲しみであろうと、その人はたぶん、号泣する準備ができていた。喪失するためには所有が必要で、すくなくとも確かにここにあったと疑いもなく思える心持ちが必要です。そして、それは確かにそこにあったのだと思う。

号泣する準備はできていた 江國香織

ふと訪れた先で、この気持ちを確認した事があります。
よかったら、ぜひこちらも読んでみて下さい。
よみがえる心

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「私はこの子の母親で幸せでした」

何年か前の事ですが、太鼓の素晴らしい演奏を見る事があり、楽器を使って表現できる事の素晴らしさに憧れたのです。
そこで、一念発起し憧れのピアノ教室に通う事を実行する事としたのです。
本当は随分まえから、気持ちの中にはあり、いよいよ実行に移すぞ…なんて気持ちでした。
ちなみに当時も今も能力は、楽譜の一番下の線にかかる音符がミの音で…なんて程度です。

教室は1曲完璧マスターコースと普通にレッスンしてゆくコースの二つでした。
後者を選んで、必要なお金も振り込み、さぁレッスン開始だ…。
レッスンはウィークディであり、出張に残業にと、レッスンにまったく行けず、入学時先払いのレッスン料が終わる2ヵ月後には、電話で続けられない旨を連絡していました。
気持ちの中では、リストを弾く私の姿がそこにはあったのに…。

さて、少し前にバン・クライバーン国際ピアノコンクールで優勝した日本人ピアニストの話題がありました。
辻井伸行さんです。
コンクールで優勝した本人の能力よりも全盲なのに…という事が話題の中心であった気がします。
何より、優勝に関するインタビューで「もし、一日だけ目が見える日があったら、いちばんみたいのは何ですか?」と聞いた事、聞いた人が注目されました。
この質問の意図が、この言葉通りなら、なんともさびしい限りですが、答える方が一枚上手でした。

「お母さんとお父さんの顔が見てみたいです。友達の顔や星、海や花火もみてみたい。でも、いまは心の目でみているので十分満足しています」

目が見えないからこそとか、目が見えないのに…なんて演奏技術に絡めて話をするのは不毛な事ではないかと思うのです。
辻井さんのこれまでの経験の中に、ショパンコンクールの話がありました。
入賞したいという気持ちが、審査員を意識しすぎ、審査員を意識した演奏となったので、不本意な結果になったと本人の反省があったとの事。
しかし、今回のバン・クライバーン国際ピアノコンクールの時は、客席の人が自身をリラックスさせ、満足行く演奏ができたとの事。
魂から発せられる、純粋なオーラは多くの共鳴する魂を感動させるのではと思います。
その場にいないのに、例えばジャクリーヌ・デュ・プレのチェロを聞くと、時間と空間を超えて意思が伝わり感動するように。

先のインタビューに限らず、有名になれば仕方がないと言ってしまえば、それまでですが、母親に対する誹謗中傷もあるようで…。
辻井さんのお母さんが、受賞後のインタビューで答えています。
「私はこの子の母親で幸せでした」
お母さんの苦労がこの言葉に結実していると、私が人の親として思うのです。
しかし、ここまでの壮絶な思いは想像の範囲を超えると思います。
他に「一緒に死のうかと思ったこともある」との言葉は、目が見えない我が子の行く末を案じ、心に浮かんだ事だと思います。
自分の子供に不自由なところがあったなら、自分が生きている間は良いが、自然の摂理からどうしても自分が先に死ななければならない。
その時、不自由な身体の子供を残し、その子供に心を残して死んでゆくことが、どんなに辛い事であるか。
ここからは想像の域ですが、一人で生きてゆくための手段がピアノだったのかもしれません。

辻井さんは「ここまで支えてくれた両親には感謝しています。でも、親孝行のためにも早く親離れ子離れをして、自立して、いいお嫁さんを見つけ安心させたい」とも答えたそうです。
辻井さんはご両親の苦労を理解しているのだと思います。
人の哀しみを知り、それを自分の強さややさしさに変えられる彼の演奏はこれからも、磨かれてゆくと思います。
きっと素晴らしいパートナーにもめぐり逢えるんだろうな…。

話はまったく別ですが、我が家の中学2年の長男は中間テストや期末テストの勉強が煮詰まってくるとよくピアノを弾いています。
妻とは現実逃避と揶揄しています。
息子は3歳から自分でピアノを習いたいと言い出し、その後中学の部活動が忙しくなるまで続けていました。
レッスンをやめてからは、ピアノに触りもしないのに、そんな時だけ弾きます。
親バカですが、この時に弾いているのがいちばん上手に弾けています。
それは何より、勉強を忘れたい一心で無心に弾いているからかもしれません。
おい、現実逃避の時間がながいぞ。
勉強しろ。

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あなたが生まれなければ、この世に生まれなかったものがある

身動きのとれない通勤電車の中で、広告に目が留まりました。

「あなたが生まれなければ、この世に生まれなかったものがある」
アミューズメントメディア総合学院

とってもいいコピーというか、言葉だなぁと思ったのです。
ありふれて、使い古されている様な言葉であるはずなのに、とても新鮮だったのです。

例えば、楽曲を生み出せる人。
その楽曲を聴いて、癒されたり、生きる勇気が甦ったり。
自分が作り出した、この世に生み出した楽曲が誰かの生命力を呼び覚ます。
素晴らしいと思うのです。

例えばまた、歌を歌える人。
その歌声と歌と共に、心に思い出が残り、その歌声がいつまでも生き続ける。
誰かにとっては過去の事でも、その人にとっては今であり永遠である事。
歌を歌える人がうらやましい。

およそ200年近く前のベートーヴェンの楽曲に感動する。
400年近く前のシェイクスピアの作品に感動する。
550年近く前のダヴィンチの絵画に感動する。
人間が500年前から進歩していない…と言えばあまりに短絡的な話。

でも、何より素晴らしいのは人と人との出逢いだと思うのです。
その出逢いの中で語られる「あなたが生まれなければ、この世に生まれなかったものがある」という言葉。
リチャード・ギアとウィノナ・ライダーの映画「Autumn in New York」
リチャード・ギアの様にかっこよくて、色気のあるおっさんに…この話は今日はやめておきましょうgawk

この映画の中にこんな台詞があります。
リ・「君はもうプレゼントをくれた」
ウ・「そうだったわ…気に入った? 何だったかしら?」
リ・「悩み 心配 苦痛 幸せ 愛 生きる歓び」
ウ・「思い出したわ」
リ・「何が欲しい?」
ウ・「こういう時間」

恋愛映画ですから、台詞はベタベタとしても、こんな気持ちになれる事が素晴らしい事。
「あなたが生まれなければ、この世に生まれなかったものがある」
あなとと出逢ったから、こんな満たされた気持ちになる…と言い換えてもいいのでしょうか。

映画は評価が大きく分かれるようですが、私はニューヨークの風景や音楽の使い方など、この映画は見てよかったと思った映画です。
2000年公開の映画ですから、リチャード・ギアもウィノナ・ライダー今とは少し様子が違います。
この映画のウィノナ・ライダーは表情がとても豊かで可愛いhappy02

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ふたりぼっちの孤独

ふたりだけの孤立を、ふたりぼっちの孤独を、なんとかする事ができなかったのだろうか。
彼女の身体に新しい命が育まれている事を知った時、どう思ったのだろうか。
どうしよう、どうしようと思い続けた結論は、どうしよう…と結論が導けない事でしかなかったのだろうか。
ホテルで不安と孤独の中で、産まなければならなかったその気持ちは考えるに辛すぎる。

我々は必ず誰かの息子であり娘だ。
産みの親と育ての親が違っても、この世に誕生してから、誰かの手が、暖かい手がなければ生きてゆけない。

産まれてから喜びを感じるよりも、手をのばしても温もりはなく、寒さに生存のための不安でいっぱい。
目も見えず、声も出せない。
最初で最後に抱かれた鉄の籠は命を守ってくれるゆりかごではなかった。

ふたりにとって幸せはさびしくない事だったかもしれない。
ふたりなら、ふたりぼっちなら、いいんだと思っていたのかもしれない。
いつも互いが互いに寄りかかっていては、疲れて歪が出てしまう。
互いに時と場面を変えて、それぞれが支えあう力も必要なんだ。

そんな力を養ってゆく為に、そのために、大人がいるんだよ。
信用して、相談できる大人が近くにいなかったんだよね。
少し、君たちより経験を重ねたふりをして威張っているけれど、皆多かれ少なかれ同じ道を辿ってきている。
あなた達が思う疑問を明確に答えられる大人なんていないよ。
でも、あなた達と苦しみも、哀しみも、喜びも分け合う事も、知恵を出す事もできるかもしれない。

産まれて亡くなってしまった子供に、なぜ彼女が生まれてきたのか、何の意味があるのかと誰もが納得のできる説明ができる人はおそらくいない。
それは大人も、誰もが自分が生きている価値や意味を探し続けているから。
「今、生きて自分がここにいる」そんな感動を繰り返したり、求めたりして人は生きているのではないだろうか。

この「ふたりぼっちの孤独」と哀しみがふたりを囚われの人生に陥れるだけとならないように。
そして生きる事ができなかった彼女には「今度はきっと素晴らしい世界に生まれておいでよ」と心から祈ります。
そして、こんな哀しみが終わる日を信じて。

自転車のかごに乳児を遺棄 容疑の18歳母と少年逮捕

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暗闇に映る儚い美しさよ

オフコース楽曲「YES-YES-YES」が発売されたのが、15歳の頃。
曲中で雑踏の音が入り、誰かが走り去る音と共に曲に戻ります。
この時前後の歌詞は…

でも大切なことは ふたいでいること YES-YES-YES… (この間に雑踏の音と誰かが走り去る音が入ります) …もっと大きな声で きこえない きこえないWOO…

YES-YES-YES / オフコース

この雑踏の中で聞こえる声が、何かを話している。
それが、なんと言っているのか。
ずいぶん長い間、この事が話題になりました。

私には「ねぇ…私のこと好き」とい聞いている様に聞こえるのです。
これだと前後の歌詞となんだかマッチする気もするのです。
でも、女性にそう訊かせるのは、少しせつない気がします。

本日現在まで、記録は残念ながらまだ更新されていない(自分史の中で)。
中学時代にバレンタインデーで頂いたチョコレート。
当日は近所の公園に呼び出されては、有難く頂戴致しておりました。
おそらく一生分、濃縮してその時期に頂戴したのだと、今特に特に強く思います。

人間は勝手なもので、満たされている時の記憶は曖昧です。
しかし、比較的鮮明に記憶に残っている事があります。

頂いた瓶に詰めてあるタグに名前が書いてあったのです。
ちょうど私も含むおじさん達がクラブ活動をする際に、ボトルをキープするとかけてあるようなタグでした。
そのタグは一度書いて消した後があり、最初に書いてある名前は私の名前ではありませんでした。
ちょっと苦笑いをして、たぶんチョコレートだけはおいしく頂いたと思います。

話は少し時間が経過しています。
おそらく日直だったと思います。
その彼女とふたりで放課後に話をしたのです。

彼女はいつも自分の恋がうまくゆかないと言っていました。
線香花火の様にふぅ~と赤く膨らんだ火の玉が、少し美しい火花を散らすとすぐに落ちてしまう…。
火花を散らす前に、落ちてしまう事さえも…。

きみの願いは さっきからひとつ
きみは線香花火に 息をこらして
虫の音に消えそうな 小さな声で
いつか帰るのと きいた

みつめているのは 僕の顔ばかり
きみは線香花火の 煙にむせたと
ことりと咳して 涙をぬぐって
送り火のあとは 静かねって

くすり指から するりと逃げる
きみの線香花火を 持つ手が震える

線香花火 / さだまさし

さだまさしさんの線香花火はフトした事から話題になった曲でした。
彼女が誰が好きなのか…わかっていたんです。
私の前にタグに書いてあった名前は、私の友人でした。

線香花火が消えてしまうのが心配なら…。
線香花火の火が落ちてしまうの心配なら…。
いっそ線香花火ごと手に握ってしまえばいい。
美しい火花が散る前に、強く握ってしまえばいい。
その頃の私にはそんな事を話せる強さも、やさしさもなかったのです。

花火セットにある線香花火はいつも出番が一番最後です。
子供はやっぱり勢いがあったり、派手な色の花火が好きです。
そんな花火をしている時は親も遠巻きに見ています。
ところが、最後の線香花火になると皆がいつしか線香花火の周りに集まり、暗闇に映るはかない美しさに黙します。

この時の弱さは、オフコースが解散する事となり、YES-YES-YESがまたリバイバルで売れている頃に自分に身に降りかかってきました。
いいえ、自分の弱さがどれほどに人を傷つけるのか。
本当にやさしいとはどういう事なのか。
それはまた別の機会にしたいと思います。




コネタマ参加中: 線香花火のような、はかなく切ない思い出募集

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人が人に出来る事は、そういう事だったんじゃと思う

「君を守るなんて言葉が一番信用できない」なんて、フリートーク形式の番組で女性のパネラーが話していました。
「物理的な事も含めて、そんなのは無理だろう」と言っていました。
無理だと思います。
24時間かたときも離れずに、見守る事は出来ないし、つきまとわれる方もたまりません。
その女性パネラーの言葉が真意かどうかは前後の脈略なく、フト見た番組でしたのでわかりません。
本当は意思とは反対の事を話して、その論理を打ち砕く強い論理が必要だったのかもしれません。

例えば子供の事を親は守ると言います。
これをどう考えるかはいろいろな立場であると思いますが、私は子供が一人前になる。
そんな道を自分で拓いてゆける力を与えてやる事。
これもひとつだと考えるのです。

大切な人の存在が心を守る事があると思いませんか。
もう死んでしまおう…と心が絶望で満たされる時。
フト大切な人の笑顔を思い起こして、思いとどまる事がある。
人の道に反することに及ぼうとした時、大切な人の哀しい顔が心に浮かび、その事を思いとどまる時。
怖いとき…大切な人に助けを求める。
辛いとき…大切な人に語りかける。
折れそうになった心に、絶望の淵を歩いていた心に小さな灯りがともる。
心が死に、心が折れそうな時にその手前で留まる気持ち。

高倉健さんと田中裕子さんの主演で「ほたる」という映画があります。
井川比佐志さんや大人の俳優で作られた、とっても味わい深い映画です。
私の大好きな映画のひとつです。

この映画で印象的な台詞があります。

一緒に飲んで、一緒に泣いてやったのに…。
人が人に出来る事は、そういう事だったんじゃと思う。
今になって気がついた。

これもきっと「あなたを守る」という言葉につながると思うのです。

ふたりで支え合って、寿命をまっとうする事だけはしようって約束したでしょ。
寿命に逆らわんでいいの…。
ふたりで、ひとつの命じゃろうが…ちがうんか。

この台詞のシーンに「あなたを守る」という気持ちが溢れ出します。

誰にも、どうにも、できん事があるんよ。
私も何度も死のうと思った。
どこかに吸い込まれそうで…それを支えてくれたのがおいさんやった。

この台詞が映画のどこでかは、ぜひ作品をご覧頂く楽しみとして欲しいのです。
TUTAYAが選ぶ泣ける映画100円レンタルに、どうしてこの作品がふくまれないのでしょうかangry

さて、田中裕子さんですが、TBSドラマの「想い出づくり」に出演していたのを見て、すっかりファンになってしまいました。
当時、私は中学生。
本屋さんに「田中裕子さんの写真集はありませんか?」と問い合わせ、「た、田中裕子さんですか?」と店員に訝しがられた覚えがあります。
坂口良子さんのファンだった仲の良かった友達と、それぞれファンレターを書きました
その中には…私の友人に坂口良子さんのファンがいます。今度、田中裕子さんと坂口良子さんとその友達と私で一緒にお食事しましょう…と大真面目に書いて送りました。
友人は坂口良子さん宛てに同じ内容で。
返事はいずれにもありませんでした。

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しあわせのランプ(Chapter16) 親愛なる者へ

「誰かひとりを血祭りに上げて、自分の強さを見せつければいいかな?」
「それをはじめると、止め処なくそれを続けなくてはならない。まして最初も,この先も勝ち続ける保障がどこにある?」
「でも、最初に強いんだと見せておかなければ馬鹿にされるし、友達も出来ないし、どうするの?」
「自分よりケンカが強い奴はたくさんいる。勝ち続ける事でしか関係を維持できない友達は長続きはしないよ。もし、勝ち続けてもそこにあるのは、例えようもない孤独だ」
「なんだかよくわかんないなぁ」

アルバイト先の社長から息子の家庭教師をお願いしたいと言われたのは、ある日突然だった。
残念ながら、一流大学でない私がなぜ、学生時代や勉強の事なんて話をした事もないのに依頼されたのだろうと思っていた。
しかし、その疑問は一瞬で解決が出来た。
その中学生は大変な問題児だったのだ。

まずは、机に座らせる事から始めなければならなかった。
約束の時間に家に帰ってこない。
近隣を探す。
当時はまだコンビニの駐車場で輪になってではなく、飲料の自動販売機の灯りの近くにいたのだ。
社長は勿論、奥様にご挨拶をしていたので、こどもの顔を想像する事が出来、その中の誰であるかが、すぐにわかった。

私が近づいてゆくと、楽しそうに話していた会話が止み、そこにいた5人が私の顔を見た。
「君が○○か?今日から約束していた事があったのではないのか?」
当時、私は厳しい空手の稽古で鍛えた身体をしていた。
中学生から見れば、体格でケンカは既に勝負あった…だったのだ。

6月頃、もう夏の虫の鳴き声がしていた。
自動販売機の機械の音と虫の鳴き声以外音が聞こえない。
抵抗はなかった。
5人は一緒に立ち上がった。
「さあ、家に帰ろう」と言って歩き出した私について来ざるを得ず、本人も勿論、他の4人は一言も話をしなかった。
まだ、とてもあどけない顔をしていた。

玄関を入って来る音がし、奥様が扉の向こうの部屋の奥で息を殺しているのがわかった。
彼の部屋に入り「まずは、座れよ」と笑顔いっぱいで、勉強机の椅子を勧めた。
その時、むなぐらをつかもうとして彼が飛びかかって来たのだ。
その手を両手で受払い、そのまま掌手で彼の胸を突いた。
突き飛ばすような格好で彼は椅子に大きな音を立てて座る格好となった。

その時、彼が私を怒りで睨む瞳は涙でいっぱいだった。
「やるんだ、とにかくやるんだ…理由はない。とにかくやるんだ」と私は涙いっぱいの瞳に答えた。
その時は私も驚いており、気の利いた言葉を捜し、理由など説明する余裕がなかったのだ。
その日は教科書を見せてもらい、今現在授業でどこまで進んでいるかを確認するだけで終わったと思う。

帰りに彼は、玄関まで出ては来なかった。

果たして彼は、次の時は部屋におり、私を待っていた。
勉強は細かい事に繰り返しだった。
例えば、英単語を3分間に10語覚える。
そこですぐに小テストをした。
出来たら頭を撫でながら言葉で褒め、失敗したら書いて覚えるまで繰り返す。
この繰り返しで、時間中は集中し、良い結果のでる事に意欲も湧いてきていた。
本気で接し、彼に関心を示している事が、彼にとってよかったのではと今思う。

彼とは合間にいろいろな事を話すようになった。
多くは今やらなければならない事の理由がわからなかったり、学校や教師の理不尽に感じる事に対する怒りでもあった。
まるで、さっきまでの自分を見ているようだった。
奥様は彼が座って勉強をしているという事実だけで、涙ながらに感謝された。
感謝されるではなく、私自身が楽しくなっていたのだ。

友達の事。
恋愛の事。
受験の事。
将来の事。
両親の事。

いろいろな話をして、私が社会人になるのと同時に終わりとなった。
就職してしばらくの後、アルバイト先の社長から電話を頂いた。
その内容は急な転居に伴う転校で、彼から相当な反発があり、学校へ行く意欲も勉強への意欲も失い困っているとの事だった。
私の勉強方法が一番わかりやすい…との理由(言い訳)で休日の夜に家庭教師を再開する事となった。
勉強らしい勉強は殆どなく、もっぱら彼が心情を吐露した。
転校先の学校で馴染めるかどうかが彼の一番の心配だった。

「誰かひとりを血祭りに上げて、自分の強さを見せつければいいかな?」
「それをはじめると、止め処なくそれを続けなくてはならない。まして最初も,この先も勝ち続ける保障がどこにある?」
「でも、最初に強いんだと見せておかなければ馬鹿にされるし、友達も出来ないし、どうするの?」
「自分よりケンカが強い奴はたくさんいる。勝ち続ける事でしか関係を維持できない友達は長続きはしないよ。もし、勝ち続けてもそこにあるのは、例えようもない孤独だ」
「なんだかよくわかんないなぁ」
人生の出来事に意味付けをしなければならないなら、荒れた中学時代に自分が得た事はこの事だった(Chapter4)

「要はケンカをしても勝ち目がないとか、意味がないと思わせればいい。それは勉強が出来る事、頭が良いと思わせる事でも可能だと思わないかい」
「そうかな…」
「鎌倉の円覚寺に空手の開祖である人の碑があるんだよ。そこにはこう書かれているんだ。【最強の者 戦わずして勝つ者】ってね」
「そうか…」
「それから○○○中魂(転校前に通学していた中学校名)は忘れてはいけないんじゃないか」
「○○○中魂?」
「そう、俺はそこでがんばっていたんだという誇りと魂だよ。新しい学校に行っても、それを心に秘めておけばいい」
「○○○中魂…か」
「もうひとつ。せっかく部活動でやっていたバスケットボールは新しい学校へ行っても続けるといいよ思うよ。クラスだけではない友達が増える事は、クラス替えをしてもどこかに友達がいる事になるかもしれないよ」
「そうだね」

次に彼のところを訪れた時、机には大きく油性マジックで「○○○中魂」と書いてあった。
周囲の心配をよそに、彼は新しい学校にも馴染み楽しく学校生活を始めた。
私はもう必要なく、役目は終わっていた。
彼に必要だったのは、自分の気持ちを受け止めてくれる人だった。

その年に彼から送られてきた年賀状には「俺も先生みたいな男になりたいです」と書いてあった。
その言葉は嬉しいような、でもチクリと心に棘が刺さった様な気持ちになった。
親愛なる者へ。
私とあなたには大きな違いはないんだよ。


元気ですか。どうしていますか。
きょうはひとりぼっちでいませんか。
いいことって、小さなことって、毎日ほんとに いくつもいくつもいっぱい あるんだね。
けれど、とてつもなく大きな 悲しいことも、やっぱり どうしようもなく あるんだね。
明日なんて わからないし、どんなに今日はいい日でも、一秒後には炎の中かもしれないし、
まるで真っ白な霧の中、いつだって、いまにも断崖に向かって踏み出しているかもしれないんだね。
けど、まっすぐに空を見て足を踏み出せたらって、
なかなかできそうにもないけどさ、だから、さ、なおさら、そうしたいと 思うんだ。
たとえばあんたもひとりぼっちなら、あたしはきっと そうやって あんたに手を出すよ。
きっと そうやって 本気で あんたに手を出す。わかるかい。

親愛なる者へ/中島みゆき

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世界中で彼が歌っている You Are Not Alone

辛くて苦しい時。
哀しくて、さびしくて、絶望が渦巻く時。
どんな言葉でも意味がない。
今、目の前にあるこの気持ちや不安を解決するのに、言葉などただ虚しい時。
言葉より近くに暖かい手があると、どうしてもそこへ手をのばしたくなる時。
でも、歯を食いしばって、それを我慢しなければならない時があります。

それでも、そんな時でも、どんなに言葉が虚しい時でも、言葉がふと心を軽くしてくれる事があります。
それは、その言葉は同じ哀しみを知り、その哀しみを乗り越えた人から発せられる言葉です。
あなたのその哀しみが理解できる、私も知っている、私もそれを乗り越えてきたのだ。
そんな人から、発せられる言葉は、孤独から自分ひとりではないと思える気持ちを喚起し、勇気がわいてきます。
今、この瞬間も同じ哀しみや苦しみを持つ人が、必死にその中でもがいている、がんばっていると思える時の心強さ。

That you are not alone

I am here with you
Though you're far away
I am here to stay
You are not alone
I am here with you
Though we're far apart
You're always in my heart
But you are not alone

For you are not alone...(Not alone, oh~)
You are not alone, you are not alone, say it again
You are not alone, you are not alone, not alone, not alone
You just reach out for me, girl . In the morning, in the evening
Not alone, not alone, you and me, not alone
Together, together
Can’t stop being alone….

You Are Not Alone / Michael Jackson

この曲を知ったのはアルバム「NUMBER ONES」を手に入れてからでした。
このアルバムに入っているバージョンは前奏無しのやさしい歌声から始まります。
アルバム「BAD」の中にある「Man In The Mirror」での最初のさびしいつぶやきから、売れっ子も大変なんだぁなんて思っていました。
その後のスキャンダルは目に留めたりはしたものの、それほどの関心はなかったのです。
「Off The Wall」「Thriller」も「BAD」もレコードの時代。
当時、ヘビィメタルキッズだった私は友達からレコードを借りてコピーしました。
最近になって「NUMBER ONES」はお買い得なアルバムだと思って手に入れたのです。

いろいろ辛い目にもあったであろうに、「あなたはひとりじゃない」「私はあなといつもいる」なんて他人を気遣うのは、同じかそれ以上の哀しみがあったから。
他人事ではなく、自分自身に、自分自身を励ます為に歌っていたのではないだろうか。
この「You Are Not Alone」のやさしい歌声に、やさしいメロディーと、やさしい歌詞。
言葉が意味を持たない絶望の中にいる時、この歌声は、歌詞は、言霊を持って心に沁みてくるのです。
人の哀しみを知る人のみが知る、やさしさと強さの言葉。

マイケル・ジャクソンの訃報はとても残念でした。
でも今、きっと世界中でMichael Jacksonの歌声が、メロディーが響いている。
彼の歌声が人の心を通じて、世界中を駆け巡っている。
彼が世界中で歌っている。

You Are Not Alone

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旬をいただく贅沢

先日、友人のとこに子供が産まれ、お祝い方々お邪魔しました。
次男が今年9歳になるので、赤ちゃんを見るのは久しぶり。
やっぱりかわいいねぇ。

さて、昼食を頂きましたが、そこで何よりご馳走がありました。
友人は横浜市に住んでいるのですが、奥さんが近くに畑を借りており、そこで採れた野菜の料理です。
その日はナスの料理。
煮込んだナスで、しっかり素材と出汁のいい味。
横浜で、自分が作った野菜でのおもてなしするなんて素晴らしいと思いませんか。
大変おいしく頂きました。

現在の住まいは賃貸なので、勝手に庭を掘り返す事が出来きません。
そこでつつましく、プランターで少し野菜も作っています。

先般、最初の収穫。
オクラが採れました。
きざんで納豆と食べました。
おいしい~。

妻には「夕食は食べますか」と訊かれるのではなく、「夕食が必要なのはいつですか」と訊かれます。
ショウガナイヨネdespair
先日、確実に今日は帰宅できるとわかっている日がありました。
そこで、夕食に出てきたのは同じプランター野菜ですが、我が家で作ったピーマンを使った料理でした。
我が家のピーマンとエリンギとナスをオリーブオイルで炒めて、塩とコショウで味を調えてあります。
シンプルですが、素材の味が生きていて、これもおいしい~。
奥様、ありがとうございます。

旬の野菜を頂けるなんて、最高の贅沢ですね。
ちなみに野菜を管理するのは私です。

次にオクラを収穫したら、イカと一緒に…イカオクラ。
ピーマンを収穫したら、ちりめんと一緒に炒めて…delicious
週末が楽しみ。

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飛んで来たのは生首!!

車を運手中に発見した小学生男女数人の群れ。
輪になったその群れの中に…何かある模様。
ギャーギャー騒いでいます。

運転中に小学生を見たら注意。
減速減速。
すると歓声と共に、何かがこっちに飛んで来ました。

飛んで来たのは「首」sign02

ギャーッsign03

マネキンの首。
美容師さんの練習用なのか、マネキンを運搬中に首だけ落としていったのか。
バッキャローangry、そんなもんで遊ぶな小学生。

車の方に蹴り飛ばしてしまったので、小学生は勢よく走って逃げて行きました。
さて、道路の真ん中にあって気持ちが良いものではないので、どうするかと思案しました。
手に取ってみると女性の顔でなかなかの美人。

smileムフフ…ニヤッとある思いが浮かびました。

その首をうやうやしく運びまして、近くの100円コインパークの機械の上にそっと置きました。
さあ、あなたの役割はこれから、コインパーキングに来る方々をお迎えする事…。

結果は確認できなかってけれど…ムフフ。
私も小学生と程度は同じ。

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しあわせのランプ(Chapter15) 高く空に舞い上がれ!! 親父の想い

親父の帰りが遅いのは当たり前で、休みの日以外に夕食のテーブルに一緒につくなんて事は殆どなかった。
同級生が早くに帰宅する親父と野球とドラマでチャンネル争いをするなんて、当時の我が家ではありえなかった話をよく聞いていた。
親父は帰りが遅い…これは当たり前の事だったので、別段うらやましいなんて感情もなかった。
どちらかと言えば、親父には近寄りたくなかった方だ。

凧がなかった。
明日から正月で、凧揚げが解禁となる小学生にはこれは重要な問題だった。
どうして、そんな事になったのかは覚えていないが、この時ばかりはそれから親父とおもちゃ屋をいくつも回ったのだった。
百貨店も近くにはいくつもあったが、当時は街のおもちゃ屋さんが主流であり、もう終わった時間だったと思う。
トイザラスは勿論、22時まで営業している様な店はなかった。
いくつか探したおもちゃ屋さんで、最後に駅のそばで1軒営業している店をみつけ、そこで凧を買ってもらったのだ。

もう辺りはすっかり暗かった。
親父が私の肩を抱きながら「よかったな」と言っていたと思う。
おもちゃ屋さんの親父が、とても丁寧にその凧を笑顔で、私と視線をあわせながら私の手に渡してくれた。
暗くなった通りに、そのおもちゃ屋さんの明かりはひときわ明るかった。

そのおもちゃ屋はしばらくバス通りにあり、営業をしているのに気がつき、そんな事があった事を時折思い出したりした。
やがて、雛人形や五月人形の専門店となり、今は大きなスーパーマーケットに変わった。
おもちゃ屋の親父がしっかり私と視線をあわせて凧を手渡したのも、殆どお客が来ない時間に来た事から、それがただ凧を買う以上に大切な事だったのを知っていたのだ。

凧は和凧で、源義経の絵が描いてあった。
当時は三角のゲイラカイトが大人気だった。
ゲイラカイトが羨ましくなかったと言えば嘘になる。
でも、友達がゲイラカイトでも、古いタイプと言われても、何とも思わなかったよ。
むしろ誇りだった。
それは、私の気持ちを汲み取り、正月に間に合わせる様に一緒になって凧を探してくれた親父の気持ち、想いが入っていたから。

源義経は初春の空に高く舞い上がる。

おとうさん、ありがとう。

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自分勝手で忙しい気持ち

先日、出張先の長野県で仕事が終わり、取引先の方に最寄の東京方面の特急が停車する駅にとお願いして、塩尻駅へ送ってもらいました。
ちょっとの差で新宿行きのスーパーあずさは塩尻駅を出発したばかりでした。
次の特急までは約1時間。
当日は雨。
時々スコールの様に強く降ります。
さて、約1時間どうする。
こういう時に限ってノートPCを「重いから家に置いて行こう」なんて、しっかり家に留守番させています。

夕刻。
目的地到着は21時過ぎの見込み。
食事でも済ませようと辺りを探し始めました。
【ほっとして ざわ 塩尻駅店】と駅最寄のレストランに入りました。

店内にはカーペンターズが流れていました。
メニューを見て考えます。
お酒はもう飲みたくないなぁ…と結論は「鳥のから揚げ定食」をお願いしました。
お店のオーナーのお嬢さんでしょうか、とても笑顔とお話の仕方が良く、すごくいい感じ。

席は店の中央辺りに駅ロータリーからの入口が見えるところに座りました。
時々、足早に人が行き交います。
カーペンターズの曲は相変わらず流れていて、自分の持っているCDとは曲順が違うなぁなんて思っていました。
先ほどのとても良い感じのお嬢さんが運んできてくれて、もそもそと一人食べておりました。
から揚げもレンジではなく、しっかりその場で揚げているのでとってもおいしい。
お米もおいしい。
他に小鉢が2つ。
ゼンマイのおひたしとタケノコで、これもgood。
やっぱり信州一ではないですが、お味噌汁がおいしい。
おかわりをお願いしようと思うぐらい。

店内は私ひとりだけ。
もそもそと食べながら、フト顔を上げて駅のロータリーを見ました。
その時にかかっていたカーペンターズの曲は「SOLITAIRE」でした。

There was a man

A lonely man
Who lost his love
Through his indifference

A heart that cared
That went unshared
Until it died
Within his silence

あるところに
とても孤独な男性がいたわ
ささいなことで
恋を失った人だった

心では望んでいても
それを分かち合うこともなく
彼の孤独の中で
ひっそりと死に絶えてしまった

THE CARPENTERS / SOLITAIRE 対訳:小倉ゆう子

これは哀しすぎる。
なんだか箸もとまってしまい、雨の中、傘をさして行き交う人々も幸せで賢く見えてきます。

この曲は曲の途中でカレンの独唱になる部分があります。
声もよくて、歌唱力のあるカレン。
この曲中の男の孤独が実像をともなって迫ってきます。

別の日。
その日も仕事を終えて、現場からレンタカーで移動中に水の流れる音に魅かれて車を止めました。
立岩の滝というところです。
とっても素敵なところです。

エンジンが止まると、鳥の声、虫の声、水の流れる音しか聞こえません。
今すぐ携帯電話をへし折って、川に投げ込み行方不明になっちゃおうかなぁ…。
勿論、それが許されるのは妄想の世界でだけの事。
人の気配もなく、ここで2~3日自分の好きな事だけ一人でやるのいいなぁ…。

さて、カレンの声に歌に孤独を感じ、別の日には反対の事を考える。
人は勝手ですね。

立岩の滝をネット上に案内をされている方がいたので、勝手にご案内です。
http://www.geocities.jp/tyohama/taki/nagano/tateiwa/tateiwa.html

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心を配達するニュートリノ

「虫の知らせ」とはよく言ったもので、あの人今、どうしているかなぁ…なんてフト思うと電話がかかって来たりする事があります。
あまり良い意味では「虫の知らせ」は使用しませんね。

精神物理学なる学問があるのを私は中学生の時に知りました。
ちょっとオカル的な雑誌に掲載されていたのです。
物理学は学生時代にもっとも苦手な教科でした。

しかし、その事が書いてある雑誌をきっかけに少し興味を持ち、広がりがあったのです。
その雑誌には「ニュートリノ」が人間の気持ちを媒介すると書いてあったのです。
「ニュートリノ」を直訳すると「新しい素粒子」と言ったところでしょうか。
小柴昌俊東京大学名誉教授のノーベル賞受賞時のその研究施設と共に話題になりました。
「ニュートリノ」は質量が非常に小く、地球上は勿論、宇宙空間でも重力の影響をあまり受けず、他の素粒子との反応がわずかであり、透過性が非常に高いとの事。

この「ニュートリノ」が気持ちを媒介すると言うのです。
「虫の知らせ」とか「噂をすれば影」とかはこの素粒子が作用している…なんて。
なかなか無機的な数字と記号の物理学の中で、こんな事が証明されたら、とてつもなくロマンティックですね。

男から女から、人間から発せられた、大切な人を思う心が「ニュートリノ」を媒介し、思う人に伝わる。
愛している…その人間から発せられたその気持ちが「ニュートリノ」をつかんで、思う人に届けられる。
空を見上げ、その人を思う時、その心が伝わる。
距離を越え、時間を越えて伝わる。
「ニュートリノ」が他の影響をあまり受けずに、透過性が高いなんて性質が、余計にそんな事が証明されれば素敵だなと思わせます。

また、思う相手が睡眠中は余計にストレートに気持ちが伝わるのだとか。
睡眠中は活動中と異なり、心と体のバリアーが薄くなっており、このニュートリノを利用して伝わる気持ちがスーッと心に入って行くのだとか。
うーん、これが「透過性が非常に高い」と言う事か。
これならあの世からのメッセージも、発せられた魂から伝わるとすれば、言葉にするよりも、言葉以上に理解できる事なのかもしれません。

しかし、ひとつ。
心がや想いが伝わるのは、互いに送受信が可能な状況になっていなければ、難しいだろうなぁ。
例えば私がどんなに夏川結衣さんのファンでもこれは無理なお話。
また、知り合いでも着信拒否や迷惑メールに指定される「ニュートリノ」はダメだろう…ね。

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雲路の果て

Photo_3

東京では昼間に白夜行のドラマが再放送をしていますね。
私は東野圭吾さんの原作を読んでから、ドラマ化されている事を知り、レンタルDVDで見ました(本当に気に入ってしまい、結局DVDBOXを買いましたhappy01)。
原作も素晴らしく、夢中になって一気に読みましたが、このドラマも素晴らしいと思いました。
ドラマは原作では表現していない部分を、本当にとてもせつなく描いています。
こういう視点もあるのだと思いました。
やっている事は犯罪なのに、山田孝之さんと綾瀬はるかさんの2人の演技が秀逸で、この2人をなんとか幸せに…という気持ちになるのです。

そのドラマの中でこんな台詞があります。
犯罪に手を染め、もう引き返せないと分かっている桐原亮司役の山田孝之さんの台詞です。

「どうか子供たちに、本当の罰は心と記憶に下されると伝えてください」
TBSドラマ「白夜行」より

哀しい事件が後を絶ちません。
親と子や親族同士で殺し合いをする。
我が子を理不尽に殺してしまう。
事件はセンセーショナルに報道され、その残虐性ばかりが際立って取り上げられます。

映画「プラトーン」で米軍が支配下においた村のシーンがあります。
そのシーンが終わるところで「バーバーの弦楽のためのアダージョ」が流れます。
それまではその村のシーンで音楽は一切流れないのです。
全編を通じて流れるこの曲が、ここでは特に心に迫るのです。

私はこの映画をはじめて見た時、このシーンで涙が止まりませんでした。
燃える村を背景に、哀しみと絶望がわきあがります。
誰もが幸せに生きたいのに、なぜこんな事が、なぜこんな哀しみが続くのだろう。
いったい人類はいつまで、こんな事を繰り返さなければならないのだろう…と。

テレビアニメの「ベルサイユのバラ」でルイ16世の長男が脊椎カリエスで亡くなる場面があります。
フランス革命前夜、貴族支配に対し、被支配者層がデモを行います。
そのさなか病魔に苦しみながら「なぜ、貴族と平民は仲良くできないの」と言いながら亡くなってゆきます。
映画「フィフスエレメント」の中でも、人類の行為に絶望するシーンがあったと思います。

人を恣意的に傷つけ、一時の感情は満たされても、それは急速に萎んでゆきます。
テレビのご対面番組で時々「あの時、傷つけてしまった人に謝りたい」という人が登場します。
全てがこれに該当するわけではありませんが「本当の罰は心と記憶に下される」と違いのない事だと考えます。
そんな番組の中にある「あなたと別れてから、あなたの事を一日として考えなかった日はなかった…」そんな言葉からも感じるのです。
私にも「あの時、素直に謝っておけばよかった」「なぜ、あんな事を言って傷つけてしまったのだろう」と思う事が少なからずあります。

人を傷つけ、人に傷つくのも「人」ですね。
でも、私はその「人」の可能性に希望を見出します。
ドストエフスキーの「罪と罰」にある、人を殺す事すら正当に認められる理由があれば構わないと考える、そんな人物が最後に思った事は何であったのか。

自分に嘘をつき、誤魔化してゆく事の辛さ。
「本当の罰は心と記憶に下される」
例えば、赤ちゃんポストにわが子を預けざるを得ない母親の気持ち…
一時の感情で傷つけるつもりなどないのに、傷つけてしまった時…
勇気が出せなかった日…

それでも、人は、人には明日を信じる大きな可能性がある。

私たちは打ち勝つ
たとえ遠回りをしていたとしても
行く着く先に「正義」があるかぎり

私たちは打ち勝つ
なぜなら「偽り」が
永遠に生き続けることはないから

私たちは打ち勝つ
私はそれを
心の深いところで信じている

マーティン・ルーサー・キング牧師

人が人を傷つける言葉が、傷つける手が、人を暖め、励ます言葉に、人を慈しむ手になる様に。
いつか、いつの日か。
この雲路の果てに。

ドストエフスキーの「罪と罰」について、以前に記事を書いた事があります。
よろしかったら、ぜひご覧下さい。

http://an-easy-light.cocolog-nifty.com/bloglight/2008/04/post_c6cc.html

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STRAIGHT TO THE TOP

渡辺貞夫さんの「ORANGE EXPRESS」というアルバムが発売されたのは1981年の事。
当時は中学生で、最初の購入したのはLP盤でした。
このレコードをカセットテープに録音し、当時発売して間もない「カセットサイズ」のウオークマンで聞きながら、仲間3人と自転車で泊りがけの旅行に出かけました。
宿泊先の民宿のおばあさんが、大変よくしてくれた事を覚えています。
そういえばよく中学1年生3人で出かけたのに、民宿の予約もよくできたもんだなぁ。

ところで、この「カセットサイズ」のウオークマンのCM曲がグリーグのピアノ協奏曲イ短調作品16でした。
付属品でこの曲の第一楽章の途中までのサンプルカセットが付属で、この楽曲をFMのエアチェックで探した覚えがあります。
脱線しました。

その時、この自転車をこぎながら「ORANGE EXPRESS」の「STRAIGHT TO THE TOP」が最高でした。
この曲はデイブ・グルーシンの曲ですが、楽曲の録音に際して30分以上のテイクとなり、現在のアルバムサイズの曲ににまとめるのが大変だったとの事。
このアルバムは別の曲ですが、ジョージ・ベンソンがギターを弾いていたり、メンバーがとっても豪華なんですよね。
それよりも、アーティストが集まり、それぞれの才能がぶつかり合う環境だからこそのなのか、プレイが切れ目なく続くなんて素晴らしいですよね。

この頃の読んだ音楽雑誌に渡辺貞夫さんが「叫ばないように注意している」との表現があった事を覚えています。
確かに「STRAIGHT TO THE TOP」と「NICE SHOT」は違うと私でも感じます。
でも「STRAIGHT TO THE TOP」はライブの感覚が強くて、すごくエネルギシュで、テイクに30分以上なんて事が実感として伝わってくるんです。

これから本題です。
今週の金曜日にお誘いを頂いて「カーバンクル」というお店に行きました。
その日は不定期に開催しているイベントの日でした。
「STRAIGHT TO THE TOP」の長い前振りはここにあります。

この日はお客さんが自身の楽器を持ち寄り、お客さん自身が歌うセッションなんです。
ドラムとウッドベースとキーボードでスタートしたのに、パーカッションが増え、トランペットが増えなんて、夜が更けるにつけセッションがどんどん盛り上がって行きます。
パーカッションをプレイしている人は明らかに昼はサラリーマンで、事務所で会えば名刺を交換している様な人。
ステージは熱気に包まれて、なんともいい盛り上がり。
「STRAIGHT TO THE TOP」の30分以上テイクとかわりません。

ああ、音楽は素晴らしい。
言葉を交わさずに、こんなコミュニケーションができる。

今週は月曜日から毎晩かわるがわる取引先との夕食で、もう酒も見たくないという気持ちだったのに、こんな場所と演奏できる能力をうらやましいと思い、そんな気持ちも吹っ飛んでしまいました。
お誘いを頂いた方に感謝すると共に、その方がステージで歌う姿はこれまでは知らなかった姿であり、とっても魅力的でした。
カラオケにはない…カラオケとは比較できないけれど…生のプレイヤー達の迫力は最高でした。
上り電車の時間に、後ろ髪を引かれながら店を後にしました。

翌日、「STRAIGHT TO THE TOP」の事を思い出し、CDを探し出しました。
昨日から「STRAIGHT TO THE TOP」を良く聞いています。

当日のお店「カーバンクル」のホームページです。
http://www.geocities.jp/carbuncul_bar/index.html

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仕事の愚痴は誰に聞かせますか?

先日、深いため息をついている後輩に「ため息なんかつくなよ」なんて話をしました。
「何でため息なんかつくんだ?」
「そりゃ、仕事うまくいってませんから…」
すると後輩が私に「仕事の事とかを家で話します?奥さんに仕事の事で愚痴ったりします?」と聞かれました。
「愚痴なんか言わなくても、どういう気持ちでいるかは顔に書いてあるとよく言われるよ」と答えました。

私はよく妻に聞かせます。
というか聞かせてしまいます。
もともと喜怒哀楽が激しい方なので、今日の商談が上手くいったとか、契約にこぎつけたなどはよく判ってしまうようです。
しかし「こうだったらいいのになあ~」という類の事は思うより実行。
明日出来るポジティブシンキングなので言いません。
そうですね…契約が成立しない時は「あのお客さんは、俺の言う事がどうしてわからないんだ」なんて自己中心的にプリプリしている事の方が多いでしょうか。
しかし、これは自分の過去の経験からも、自分の感情に家族が萎縮する様な事は嫌なので、ジメジメした感情は持ち込みません。

可愛いと心配させたくない。
でも、ふたりなら喜びも、哀しみも、苦しみも分け合いたい。
しかし、せっかくのふたりの時間にあまりつまらない話はしたくない。
楽しそうな顔を見ているだけで、「明日こそは」なんて気持ちになった事もあるしね。

自分もそう、その存在価値が薄らぐような事はやっぱりさびしい。
夫婦は長年連れ添っていると顔が似て来るんだとか。
同じものを見て、喜び、泣き、悲しみ、笑う。

そうしている内に似てくるのでしょうか。
実は私も過去の恋愛では、ブランド志向なんて時期がありました。
どちらかというとキャリア系の有名企業に勤めていて…なんて結構あって失敗もしました。

今は子供が眠ってから、ふたりで話す時間はとても大切です。
テレビのドラマの話であったり、通勤途中にみた光景であったりと。
加えて、私は出張が多いので、なぜ忙しくて、なぜ出張が多いのかを話しておかなければ、理解されない事もあります。
ふたりの約束事で「言わなくてもわかるでしょ」は無しにしています。

ハリウッド映画が世界中で受け入れられるのはここにあると思います。
誰がみてもわかるようにつくるから、世界中で理解されるのではないでしょうか。
ホームステイでアメリカ人と一緒だった時に、日本人はいかにお互いが妥協しながら話すかを痛感させられました。

もう古い映画ですが、メグ・ライアンの出世作となった「恋人たちの予感」のラストでビリー・クリスタルの台詞は秀逸です。
ラストの台詞だけでなく、この映画全編のふたりの会話は秀逸ですし、ニューヨークの景色はなんとも美しいのですけれどね。

何もないところから、ふたりで作り上げてゆく事の方が楽しい。
というか、そういう気持ちの方が、心豊かにいられます。
もともとが違うふたりなのだから、共有する部分を増やしてお互いの事を分かり合うのが一番。
出来上がってしまったものに互いがサイズをあわせるのは、なかなか難しいですもんね。

話は冒頭に戻ります。
後輩より更に質問。
「60歳のラブレターって映画知ってます?俺んちなんだか…あやしいなぁ」
「ああ、最近よくCMやってるよね。あやしいって…なんでよ」
「えっ…なんとなくですけれど。なんだか、その聞き方って、他人事だと思ってるんじゃないですか?」
新幹線は猛スピードへ東京駅へ向かっていました。

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冬の終わりに風が吹いた

街を歩けば、花屋さんもお菓子屋さんをはじめ「母の日」に結びつけた商品やサービスが大盛況。
女性はもちろん、男性も必ず誰かの息子だから、「母の日」の盛り上がりには「父の日」はどうしたって、かなわないですね。
今日の午前中は庭の草むしりをせざるを得ず、庭職人よろしくラジオを聞きながら作業をしていました。
番組の内容も「母の日」と関係した事が圧倒的でした。

その中でよくオンエアされていた楽曲は大橋卓弥さんの「ありがとう」でした。
いい曲ですよね。
原作は読みましたが、映画は見ていない「東京タワー」。
この映画の主題歌になったコブクロさんの「蕾」より、内容もストレートな気が私はします。
ところで、この「ありがとう」のシングルCDとカップリングになっている、小田和正さんの楽曲「たしかなこと」が私は好きです。

この楽曲は印象的なCMでも使用され、特別なイメージが強い楽曲となっていますよね。
それぞれの人の思い入れも強い曲だと思います。
「ありがとう」のCDシングルでは、大橋卓弥さんのアカペラから始まります。
小田和正さんの自身のヴァージョンも勿論良いのですが、これが楽曲の途中で小田和正さんと代わり、そして2人のコーラスになるアレンジなんです。
曲もギターとピアノだけで進行します。
これは大橋卓弥さんも、小田和正さんの歌のうまさに負けないから成り立つコラボですよね。
ん~素晴らしい。

レミオロメン「茜空」のCDシングルのカップリングにも、「茜空」のアコースティックヴァージョンがあります。
これがいい。
私はこのヴァージョンの方が好きです。
とても声が透き通って聞こえます。
楽曲の持つせつなさが増します。

レミオロメンは結成当初のロックバンドとしての性格が薄れたとか、楽曲が商業的などと最近は厳しい評価もあり、いろいろ分かれるようですが私は大好きです。
特に「これまでは辛い事があったけど、今はいいよね」という内容の楽曲に鳥肌ものです。

笑って心開いたら
あなたの事好きになった
一巡り太陽の下で

無くした心の隙間に
あなたの笑顔が広がって
音もなく涙こぼれたんだ

太陽の下 レミオロメン

誰かを愛する事ができる自分に気がつく。
誰かを愛する事ができる喜び。
誰かに愛される喜び。

冬の終わりに風が吹いた
妙に暖かくて泣きそうになった
あなたの笑顔が
いつでも僕の励みだった
その温もりを その輝きを
どれほど心に繋いで
今を生きてるだろうか

夢の蕾 レミオロメン

人生の辛い時期、それを冬とするならば、それが終わるときに暖かい風が吹いてくるなんて、暖かい風が幸せを運んでくるなんて、素晴らしいじゃないですか。
また、この曲の終わりに向かっての変調が好きです。

愛する人 あなたの
幸せを守りたい
強く優しく本当の夢はいつも
あなたの笑顔の中にある

夢の蕾 レミオロメン

ん~いい楽曲だねweep

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春のおいしい食べ物 海の幸に山の幸

私は少しワーカーホリック気味。
時間があると仕事の事が頭をよぎるので、ちょっとばかり散歩へ出ました。

現在の住まいの近くには大きなけや木の木が並ぶ通りがあります。
今、若葉が大きな木を揺らし、道路にアーチを作っています。
なんとも美しい。
その下を歩く気分は爽快です。

転勤で福岡市城南区に住んでいる頃、天神地区へ向かう国体通りの「けや木並木」が好きでした。
あそこは確か赤坂といって、高級住宅街だったと思います。
革製品の専門店があり、よくカバンのケア用品を買い求めていました。

話を近所に戻します。
近くの畑では柿の木がなんとも美しい若葉をつけています。
柿の木の若葉は色が黄緑色でなんとも美しい。
これが、日の光をすかして見ると、その黄緑色がなお更に美しさを増します。

他にも畑にはジャガイモやナスの苗、サヤエンドウ等があり、エネルギーに満ちています。
サツマイモの苗も元気いっぱいです。

先日、取引先との会食で最初にコシアブラの天ぷらがでました。
春と言えば花粉症がナンバーワンですが、食には新しいエネルギーが充満しています。
花粉症も終わりまであと少し。
ん~いい味delicious
そう言えば今年はタラノメ食べていないなぁ。

タケノコ。
本家の竹やぶから、少し頂戴し頂きました。
頂いたのが夕方だったので、急いであく抜きをしその日の食卓にはタケノコの炊き込みご飯。
しかし、長男のリクエストでその日のおかずに豚キムチ。
豚キムチを食べてしまうと、タケノコの炊き込みご飯の微妙な味加減がわからなくなってしまいます。

ヤマウド。
先般、仕事でレンタカーの移動中に後輩から電話があり、駐車場所を探したら農産物直販所発見。
駐車場を拝借して、話を終え手洗いを済ませた後、せっかくだからと立ち寄りました。
そこで見つけたヤマウド。
とってもリーズナブルで買い求めて帰りました。
葉の柔らかい部分は天ぷらに。
他はキンピラにして。
ん~これもいい味delicious

そして、何かおいしい物を食べようと決め、急いで家に帰りました。
山の幸も良いけれど、海の幸。
自宅からは三浦半島の三崎までは約60㌔。
う~ん、どうする。
この連休は混んでいる事は間違いなく、ピンポイントで場所を決め向かいました。

向かった場所は佐島マリーナ。
衣笠ICでおりて、鎌倉方面へ向かうと反対車線は三崎方面に向けて大渋滞。
これを右に見ながら、渋滞知らずで進行。
佐島マリーナ入口の交差点を左折して、マリーナの手前に少し前にお店があります。

目移りします。
アジの刺身をバラにしたのが、1パック500円で売っています。
これ、しょうが醤油をたらして、暖かいご飯の上にのせて食べたら、他には何もいらないなぁ。
サンマの丸干しがあります。
これ、しょっぱそうだけどおいしそう。
羨望のまなざしがわかってしまったのか、店員さんに「これまだ干し終わっていないんだよ」と言われてしまいました。

アジの干物。
みりん干。
カマスの干物。
大盛りのシラス。

さっ、今日の夕食は決まった。
せっかく海まで来たので、帰りの立石公園に寄り海にも少しおりてみました。
風が強く波が少し高い。
でも爽快だね。

渋滞知らずで自宅に戻りました。
そして、妻の一言。
「あ~疲れた。今日は料理したくない。店屋物でいい?」
「はい、結構でございます」

海の幸は明日のお楽しみ。

佐島マリーナ近くのお店です。
丸吉商店
神奈川県横須賀市佐島2丁目14−7
046-857-2727‎

とっても美しい景色の立石公園の事です。
http://www.yokosuka-benri.jp/sisetu/fc00000486.html

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今度はきっと、きっと素晴らしい世界に生まれておいでよ

血まみれで倒れている母親の近くで5歳ぐらいの男の子が泣いている。
裸の男の子はどうしてよいかわからずに、体全体を使って大声で泣き叫んでいる。
その男の子の姉と思しき女の子は、血まみれで倒れている母親のそばで放心状態となって座っている。

引越しをしてから、テレビの難視聴地域との事でCATVの契約をしました。
そんな時、チャンネル銀河で「映像の世紀」の再放送を放映していました。
NHKスペシャルで放送されたのを見ていたのは、約10年程前と思います。

冒頭の場面はその番組中の映像です。
これに加古隆さんの「パリは燃えているか」が重なります。
この曲も映像も言葉では説明しにくいのです。

子供は周りの世界を、親や身近な大人を通じて見ます。
外の世界を窺い始める時、信用できる大人と安心の手綱となる手をつないで見ます。
また、親の背後から、足にしがみついて様子を伺っている子供の姿を見ますよね。
言い換えると、小さな子供にとっては親が全てです。
食事も安全な環境も全て親が生殺与奪の権利を握っています。

自分で生きてゆく力がない子供は、自分を虐待している親に対し抵抗する術がありません。
「今日はお父さんの、お母さんの機嫌がいいように…」と祈る気持ちでいっぱいになります。
「お父さんやおかあさんが怒るのは私が良い子じゃないから…」と自分を責めます。
「今日はぶたれないで一日が終わった…」と就寝する時に安堵します。

誰も「しあわせに生きたい」この気持ちに変わりはありません。

インタビュー記事や会話の中で「生まれかわったら何になりたい」なんて質問があります。
今日を、明日を、明後日を、1週間後を、1ヵ月後を、1年後を必死に生きている。
つらい気持ち、満たされない思い、苦しい心、例えようのない孤独。
このままで良いと思っていないその心を抱えて、明日こそは、明後日には、きっとこの先には…。
私は「自分」と答えます。
私は明日を信じて、「今」を生きているのです。

でも、繰り返される哀しみの中で、理不尽に亡くなってゆく子供にはこの質問を空に投げかけます。
「今度生まれてくるときには何になりたい?」
「美しい花を見ると人は感動して涙を流す事もあるんだよ。知っているかい?」
「海に太陽が沈むとき、一瞬だけ違う輝きがあるんだよ。知っているかい?」
「人は、愛し愛されていると感じるととってもしあわせな気分になるんだよ。知っているかい?」

今度はきっと、きっと素晴らしい世界に生まれておいでよ。

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ブラ男になった俊ちゃん

地球全体が異常気象と申しましょうか、少し肌寒いなぁ~と思うと、とても暖かい…よりも暑い日という日があったり。
すんごい雷で、電車が止まったり。

出張から帰宅途中、自宅最寄り駅で不意に声を掛けられました。
「けんちゃん、けんちゃん」。
さすがにこの呼ばれ方は、子供の頃を知っている伯父や叔母が呼ぶ事があるぐらいです。

自分の事ではないだろうと思いながら振り返ると、プロレスラーみたいなあまり関わりあいたくないタイプの人が呼んでいました。
「すみません人違いです」と言いたかったのですが、少し色のついたメガネのむこうにある瞳は、なつかしさでいっぱいといった感じでした。
しばらくすると誰だかわかったのです。
幼稚園と中学校で一緒だった俊ちゃんでした。
もう41歳にもなる男同士がけんちゃんだの、俊ちゃんだのと大声をだして肩をたたき合いながら再会を喜び会いました。

数少ない幼稚園時代の記憶に俊ちゃんの事があります。
彼は何か幼稚園で気に入らない事があると必ず「帰るっ!」と大騒ぎをするのです。
泣いて帰る帰ると大騒ぎをしますが、手の届かないところに先生がかばんをかけてしまい、それが悔しくてなお更に大騒ぎをするのです。
子供ながらに、かばんなんか置いて帰ればいいじゃないと私は思っていたのです。

小学校は学区が違い、中学校で再会しました。
その時もそういえば、俊ちゃん、けんちゃんでした。
中学校の体育授業だったと思いますが、フォークダンスがありました。
私は当時意中の女の子ともう少しで、手をつなげる順番が近づいており、恥ずかしさと嬉しさでその興奮したエネルギーが漏れ出しておりました。
つまり、はしゃいでふざけていたのです。

すると先生が飛んできて「まじめに取り組んでいない」と問答無用で張り倒されました。
当時、「俺は予科練に行った」とか、「ソ連兵と戦った」なんて先生が現役でいました。
罰として皆が輪になって踊っている中で正座させられました。
恥ずかしいし、もう少しで一緒に踊れたのにと残念で残念で…。

どこのクラスにも同じタイプがいる様で5つぐらいあったフォークダンスの輪の真ん中に同じ様に正座しているのが2~3人いました。
俊ちゃんもその輪の中で正座していた一人でした。

ひとしきり立ち話をした後に、今日は時間も遅いので今度また連絡しあって一杯やろうなんて約束をしました。
かわいい奥さんとベビーカーで眠る小さな女の子。
「かわいいだろ」と言って子供の顔を覗き込む俊ちゃん。
大きな体を丸めて、ベビーカーの前に座り込みます。

かわいい奥さんに、かわいい女の子。
幸せそうだね俊ちゃん。
よかったね。

でも俊ちゃんさ…何より驚いたのは、いや見てはいけなかったのは、ベビーカーの前にかがみこんだ俊ちゃんの背中の…汗でぬれたシャツ越しに透けたブラジャーcoldsweats02

俊ちゃん…輪の中で正座sign03

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夜の首都高速を走る時の密かな楽しみ

夜の首都高速を走る時の密かな楽しみがあります。
日本では年末になると第九コンサートの開催案内の葉書やお知らせが来ます。
ベートヴェンの交響曲第九番 ニ短調 作品125「合唱付き」。
だいく、第九、ダイク、daiku。
すっかり日本の年末風物詩となっております。

人類の遺産とも言えるすばらしい交響曲ですよね。
少しまえ、人様から「このCDいいんだよ。聞いて感想を聞かせてね」と頂戴しましたのが、この第九。
あ~面倒くさいなぁ…。
音楽なんてその人の感性で好き、嫌い、良い、悪いで良いわけですが「これはただで差し上げます」と言われると、「ただ」とい言葉にいじきたく反応した私は受けとってしまったのでした。
仕事も終わりました金曜日。
その日最後にご面談頂きましたお客様最寄インター、常磐道の谷和原インター入口から6号線経由箱崎を目指し、CDを聞き始めました。
音量は限りなく大きく、自分の車の音が聞こえない程度に。
相変わらず、第1楽章から第3楽章はベートヴェンの生きる苦しみが続きます。

車が首都高速の八潮料金所を過ぎる頃から第4楽章が始まります。
そしてあの有名な「歓喜の主題」が加平PAを過ぎる頃から顔を出し、都心環状線に向かうべく堀切JCTを過ぎると隅田川を前に、隅田川を沿って走る高架に視界が開けます。
これに第4楽章の歓喜のメロディーが最初に爆発するのと重なるとなんとも良いのです(ものの解説によりますとイ長調に主和音が3度下のへ長調主和音に変化させ、フェルマータで伸ばす。
すると大きく広がる感覚を得る事が出来る技法との事。自分でも何の事やらよく判りませんが、これが視界の広がる感覚とマッチするのです)。
堤通から向島を通り、両国、言問橋、吾妻橋、駒形橋と東京の美しい夜景が続きます。
両国JCTから江戸橋方面に勤務先があるビルをかすめて、野村證券、三越と続きます。

メロディーを聞きながら、美しい夜景を構成する灯りがつく窓を眺め、まだ仕事がしている人がいるのだろうなとか、気の合う仲間と食事をしながら楽しい時間を過ごしているのだろうかとか…。
この灯りの向こうに、それぞれの人生があって、喜び、泣き、笑う人がいるなんて考えるとこの曲の特別なムードに、クリスマス時の様な歳末助け合いムードが気分だけある私は、急に慈悲深く、感慨にふけります。
灯りがついている窓をみながら、そこに人が生きている事を感じ、何だか自分が生きている事が嬉しくて、感謝したい気持ちになります。
なんとも700円の通行料で満たされた気持ちになります。

自宅は4号新宿線と3号渋谷線の中間にあり、混雑具合に合わせて選択しています。
4号新宿線の時は千鳥ヶ渕から赤坂、新宿新都心の美しい夜景を。
3号渋谷線の時は六本木ヒルズから渋谷まで。
六本木ヒルズの住人も、努力の結果もあってあの場所にいる事。
実は見た目よりもその維持拡大の為に苦労しているんだよなぁ…といつもは「にわか金持ち」などとやっかみ半分悪態もつきますが、この曲の影響でクリスマス歳末助け合い運動モードなので少々慈悲深い私がおります。

この気分も4号線はテルモの看板が目印に、3号渋谷線は池尻を過ぎると何となく終わりです。
それぐらいのには終わらないと渋滞です。両国JCTを先頭に竹橋まで断続渋滞50分なんて時はダメです。
また、コンビニ、ガソリンスタンド、ファミレスの灯りが始まると、今日は気分良いのでお昼にはライトイタリアンでなんて考えているところに、どこぞの宗教団体の勧誘が「あなたは自分の人生について考えた事がありますか?」と余計な質問を突然され気が滅入るのと同じ具合になります。

すてきな夜空を駆けながら
きらめく星々のように、楽しく、
兄弟よ、自分達の道を駆けてゆけ、
勝利に向かう英雄のように、喜びいっぱいに

ベートーヴェン 交響曲第9番第4楽章より「歓喜に寄せて」

苦しい事の多かったベートヴェンがやっぱり人生を肯定的にとらえていた事。
生まれてきた事、生きている事に歓喜し、感謝する事に勇気を与えられます。

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ピカピカの新社会人

新しいスーツに身を包む新社会人と思しき人々を通勤途中でも見かけるようになりました。
新入社員は初々しくて、見るだけでそれだとわかります。
駅のホームで皆で携帯電話を出して、番号やメールアドレスを赤外線通信で交換しています。
いいなぁ同期入社…同期会なんてうらやましいなぁ。
現在の勤務先は中途入社であり、前勤務先の人とは現在は交流も途絶えています。

そんな新入社員を見て、今一度若さでは敵わない事は勿論ですが、自分の姿疲れていないかと考えます。
電車の窓に映る姿で時々チェックします。
他に私はスーツと靴、カバンについて考えます。
スーツは一週間の勤務日を5日間と考え、春夏と秋冬の各シーズン用で5着づづあります。
しかし、形や色、生地が厚いとか薄いとか、今日はお客さんと中華で会食をする予定がある…料理がはねる危険性とかなどを考えます。
傷まないように連続は避けようと思いますが、お気に入りに偏りがちです。

最近は落ち着きましたが、お腹が成長期で毎年サイズを変更したり、新しいの買わなければならかなったりと不経済でした。
また、流行を追うわけではありませんが、やはり10年前のものはなかなか年代を感じます。
春夏ものは洗濯回数が多く、やはり長持ちしません。

しかし、靴は違います。
靴は10年の単位で履きます。
大切にします。
イギリスやイタリアのウン十万の靴はさすがに買えませんが、でも10年履ける価値の靴を買います。
手入れもまじめに。
かかとやソールが減ればリペアします。
永らく履いているととっても愛着も出てくるのです。

営業場面では足元を見られると言いますが、靴が汚れていてはいけません。
宿泊の伴う出張については必ず靴のケア用品を持って行きます。

カバン。
これも高いものをそうそう買えるわけではありませんが、気に入って買ったカバンは大切にします。
10年前に買ったカバンはその後の手入れでなんとも革の具合がよくなり、興味のあるお客様からは「いいカバンですね」と言われます。
かなり気持ちがいいです。
でも一流ブランドの大そうなカバンではありません。
大切にする気持ちが大事ですよね。
他にも鞄の傷でよみがえる想い出もあります。

システム手帳も5年を経過し、そのリフィールの厚みから季節を感じる事ができる様になりました。
しまりにくくなってくると、ああ今年もあと2ヶ月なんて具合にね。

大きな転機は福岡への転勤でした。
支店で権限が大きくなり、取引先の上級決裁権限者と会うようになると自然に自身への評価が厳しくなり、様々な事に影響をする事を自覚しました。

小物にしてもいろいろなストーリーがあり、大切にする事とその価値を自覚できたのです。
車のキーホルダー一つにも、パスポート入れや財布…。

先日、電車で上着を脱いだ初老の方の上着のたたみ方を見て、粋だな、ジェントルマンだなと思いました。
チョイ悪親父よりはるかにかっこよく、私もこうなりたいと思いました。

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しあわせのランプ(Chapter14) 肩に降る雨

深い穴の中から、空を見上げる。
見上げる空は丸くて小さい。
この穴から抜け出したいと心の奥底で思っているのに、体はもっと穴を深く掘る作業を繰り返す。
狭い穴の中では、自分が掘った土が溜まってきて、このままでは自分で自分を埋めてしまう。
しかし、それでも穴を掘る事を止められない。
わかっているのに、止めれられない…。

もっと自分の気持ちに素直になれたら…。
もっと自分の気持ちを素直に表現できたら…。
傷つけるつもりなんてないのに、なぜ傷つける事ばかり繰り返すのか…。
今日は、今日こそは…と決意する気持ちと裏腹の事ばかり…。

やがて、自分で掘った土に埋まりながら「なんだか、この方が楽かなぁ」。
それでも掘ることを止めずに「このまま埋まってしまって、何もかもわからなくなる方が楽かなぁ」。
昨日もダメだった。
今日もダメだった。
明日も…ダメだろうな。
心の奥底の声には気付かずに、気付くことができない。
穴から見える小さな空でなく、広い空を見たみたい。
穴から外の世界へ行ってみたい…。

あの時こうすればよかった…。
何であんな事を言ったのだろう…。
後悔の気持ちばかりが浮かんでくる。
わかっているのに…なんで出来ないのだろう。
なぜなんだ…。

遠くまたたく光は遥かに 私を忘れて流れて行く

幾日歩いた線路沿いは 行方を捨てた闇の道
なのに夜深く夢の底で 耳に入る雨を厭うのは何故

肩に降る雨の冷たさは 生きろと叫ぶ誰かの声
肩に降る雨の冷たさは 生きたいと迷う自分の声

肩に降る雨の冷たさも 気付かぬまま歩き続けてた
肩に降る雨の冷たさは まだ生きてた自分を見つけた

肩に降る雨 中島みゆき

あの日、背中を伝う雨の雫を冷たいと感じ、自分が心の底から生きたいと思っているのだと気づいた日。
自分が、自分は生きたいんだと気付いて、そして感じたあの日。
心の奥底の声が、大きなエネルギーを与えてくれたあの日。
彼がじゃない、彼女がじゃやない、誰がじゃない…自分自身が生きたいと思う。

穴の上から、たくさんの人が手を差し伸べてくれているのに、自分で深く掘り続け、残土で視界がふさがれて行く。
自分で閉ざしてしまった自分のこころ。

この曲を知ったのはあの日から少し後の事だった思います。
ピアノの静かなメロディーから始まるこの曲はアルバム「miss M」の最後の曲です。
この曲の素晴らしさに絶句でした。
自分の事を投影し、今日のこの文章のヒントを得ていると自分で感じます。

前述引用の歌詞「私を忘れて流れてゆく」の後で、メロディーが変調します。
ピアノの音が少しずつ音階を上がってゆく様が、少しづつ空を見上げる様に顔を上げてゆく、そのしぐさを表すようです。

もう死んでもいいと思いながら、幾日も歩いた線路沿いは過去の辛い日々の道。
自分なんてどうなってもいいと思いながら歩く、行方を捨てた闇の道。

死んでもいいと思っているのに、どうして耳に入る雨を厭うのか。
自分なんてどうなってもいいと思っているならば、どうして耳に入る雨を厭うのか。

前述引用の歌詞「耳に入る雨を厭うのは何故」の後、チェロのソロが入ります。
やがて、このチェロのソロをストリングスがやさしく包み込みます。
それはまるで、支えてくれる多くの人のやさしさの様に。

そして続きます。

肩に降る雨の冷たさは 生きろと叫ぶ誰かの声
肩に降る雨の冷たさは 生きたいと迷う自分の声

肩に降る雨の冷たさも 気付かぬまま歩き続けてた
肩に降る雨の冷たさは まだ生きてた自分を見つけた

肩に降る雨 中島みゆき

そして、終わりは余韻を残しながら静かに消えてゆきます。

ひとりで生きているんじゃない。
誰かが、支えてくれている。
誰かが、自分が生きている事を支えにしてくれている。

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福井県丸岡町 大巧社 【日本一短い「家族」への手紙】より

えんそくの、
お父さんのぶさいくなおにぎり
たまねぎみたいにめにしみました。
福井県丸岡町 大巧社 【日本一短い「家族」への手紙】より高田小百合

息子へ…
出来るなら いじめぬかれたあの1年を
あなたの人生から消してあげたい
福井県丸岡町 大巧社 【日本一短い「家族」への手紙】より林 圭子

もし、お母さんと、お父さんの子供じゃなかったら、
ずっとかくしててね。
福井県丸岡町 大巧社 【日本一短い「家族」への手紙】より佐藤有希子

父と母へ 僕の足が不自由なのは
誰のせいでもなく神様のいたずらです。
福井県丸岡町 大巧社 【日本一短い「家族」への手紙】より小池哲也

*敬称略

現在の住まいにも住み始めて7年が経過し、ここらで引越しでもしようと思い立ち物件探し。
待っていましたとのグットタイミングで良い物件があり、住み替えする事としました。
来週末の引越し荷物の整理に週末は追われています。
何より自分の分担で片付けなければならない荷物で多いのは書籍です。
今般は自己都合で引越しをするので、引っ越しプランも自分で荷造りをしなければならない廉価プランです。

書籍数は引越しをする度に処分する事としてきましたが、たっぷりあります。
今度の機会も少しブックオフにでも売りに行こうと思い選別を始めました。
これがいけなかった…。

ああ、これもいい本だった。
これはつまらなかった…処分しよう。
なんて始めると作業が進みません。

そこで手に取ってしまったのが、前述の本です。
読んでるうちに涙が止まらなくなってきて、片付けのほこりと花粉症で大変なんだなんて自分をごまかしながら。
そこにブログネタであったので、書いてみました。

この本は梱包を最後の箱にする事して今日まで出しておきました。
書籍が終わると今度はCDとの格闘です。
これも簡単には終わらないかな…。

一筆啓上 家族とは何か、考えたことはあるか、ないだろう。
それが一番幸せなんだ。
福井県丸岡町 大巧社 【日本一短い「家族」への手紙】より三宅啓正

*敬称略

コネタマ参加中: 家族へありがとうの手紙を書いてみよう

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あの人が出来ているのに、何故自分にはできないのか…。

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今年の3月はどうにも営業成績が悪く、苦闘悶絶の毎日。
近年、こんなに営業成績が振るわないのを思い出すのも大変なぐらいの苦闘です。
原因はいくつも考えられるのですが、それを有効に解決する方法がイメージ出来ないのです。

最後まであきらめないのが性分と自分に言い聞かせているので、必死に知恵をしぼります。
「こんな景気だから仕方ない」
「今、売れる方がおかしい」
なんて話はいろいろあるけれど、この局面を打開する知恵と方策があると考えます。

迷ったら基本に戻れ。
勿論、そう思う。
しかし、今回の販売不振は何か制度疲労や大きな流れが変わるところなのでは…と焦燥感がつのります。

出張先で取引先に夕食に誘われても、気分がのりません。
ホテルに帰ってPCを起動しますが、何度もスクリーンセーバーになって、復帰の為のパスワードを聞いてきます。

夕方、後輩からも不調である連絡が入ります。
しかし、中には順調に推移する人もいます。
こういう厳しい時ほど、個人の手腕が問われると自分に、自分を奮い立たせる様に言い聞かせます。

焦燥感がつのるとつまらない事を考えます。
あの人が出来ているのに、何故自分にはできないのか…。
例えば、入社当時に先輩達の仕事ぶりを見ていると、大変に難しい処理をなんなくこなしてゆく姿を素晴らしいと思います。
やがて、自分も経験を重ね、自分のカラーも織り込んで尊敬のまなざしで見ていた先輩を超えてゆく、そんなアイデアが出せる事もあります。

しかし、その発想がでるまでには「こうやれば、上手く行く」と考えているのに、それが出来ない!なんて状況が続きます。
焦燥感がこれと同じサイクルに自分を追い込んで行きます。

遅くまで残業しての帰り道。
なんだか、歩きたくて、夜風にあたりたくて、地下鉄の入口をやり過ごして少し離れたJRの駅へ向けて歩き出しました。
下を向いて歩き、くやしい思いが蘇っては、舌打ちをします。
そんな事をしている自分にも嫌気がさし、思い切って夜空を見上げた時。

古い信託銀行のビルと、それに連なって最近出来た高層ホテルが重なって見えます。

もしかしたら、いいや多分、私は他人から見られている自分を意識しすぎているのではないのか。
こんな時勢でも自分は成績が良くなくては…と過度に自分で考え、寄せられる期待にも答えようと意識しすぎていたのではないか。
あの人が出来ているのに、何故自分にはできないのか…。
自分にだって、意識していないのに他人から見たら凄いと思われている事が…あるはず。

そう、自分が思う人に「何でそんなアイデアが…」「何で実行できるのか…」と聞くと大抵そういう人は、その素晴らしさを認識する以前に、当たり前の事としてやっている。
見上げた景色は超えてゆくべき大きな壁に見えてきました。
超えるには目もくらむような高さだけれど、これまでだっていろいろな困難に挑戦してきたじゃないか。
困難な目標を達成して行く為に、自分のエネルギーを傾けてゆく、知恵を使う、汗をかく。

ポジティブなエネルギーが満ちてきます(ああ、なんでこんなに単純なのか)。
3月もあと2日。
今般が惨敗なら、これを必ず取り戻して見せる。
仕事で出来た穴は、仕事で取り返す。

あの人が出来ているのに、何故自分にはできないのか…。
そんな事を考えている時間があったなら、そんな事に嫉妬しているなら、自分の能力を点検して、不足分を補ってゆく。
実は自分で気づいていない能力もあって、それが次の大きな発展を導く鍵かもしれない。

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美しい花束とロールケーキ

満たされた気持ちと共に車は天現寺のランプからスムーズに静かに首都高速に入ってゆく。
暮れ行く時間で、渋谷方面に向かう途中で見える東京タワーはライトアップされていて、とても美しい。
都心環状線へ向かう渋滞を右目に見ながら、渋谷方面は渋滞知らず。

その日は仕事で朝から前橋市、午後から伊勢崎市と忙しくしていました。
帰路につく時間はおおよその目処をつけておき、その日のスケジュールを決めたのです。
仕事を終えて、首都高速の5号線へ入る前に「ラ・パレット」へ電話をして花束を注文しました。

「ラ・パレット」では今回もスタッフの方が丁寧に花束の目的や好みを聞いてくれました。
「前回は大人っぽい青い花の多い花束だったので、今回は春らしい明るい色で」とお願いしました。
注文してからワクワクした気持がいっぱいで、広尾へは自宅へ帰るには遠回りなのに、苦になりません。

期待を超える美しい花束をもらい、それをプレゼントする私が誰よりもわくわくしています。
それから、広尾で美味しいという評判でリサーチした「ロールケーキ」を買いました。
全ては妻の誕生日で考えたもので、誕生日にロールケーキ?とも思いましたが、まあ美味しいが一番。

ロールケーキのお店がまた作りがとても美しい。
注文して梱包が終わるまで、お店で待たせてもらいましたが、今度は是非ここで頂戴したいという気持ち。

もう、美しい花束にロールケーキを買って、自分勝手にわくわくした気持ちは最高潮。
今、見知らぬ人に「バカ」と言われても、「ええ、バカなんです」と素直に答えてしまいそうです。
舞い上がってます。
高速道路までの道すがら、ニッコリ笑って道を譲る私。

天現寺の入口付近で第3楽章はやさしい美しいメロディーが最高潮。
ベートーヴェンの交響曲第9番です。
これに重なるライトアップされた東京タワーは美しい。
そして、車が谷町JCTを通過する頃に第4楽章のコーラスが広がりを見せる瞬間。
急に開けて広がる景色と左手に見える六本木ヒルズが美しい夜景を作り出しています。

幸せな気持ちの大切さは、以前にも記事に書いた事があります。
よろしかったら、是非読んで見て下さい。
http://an-easy-light.cocolog-nifty.com/bloglight/2008/08/post_04e1.html

美しい花束の「ラ・パレット」はこのお店です。
時期はいつかはわかりませんが、HPがリニューアルされていました。
私はすっかりファンです。
http://www.la-palette.co.jp/

美味しいロールケーキはココ。
手作りの本当においしいロールケーキです。
http://www.binc.co.jp/bcafe/

いずれのお店と当方は関係ありません。

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誕生日は「うれしい日」

当家の二男(小学2年生)が学校で「誕生日」はどんな日ですか?と聞かれ、クラスメートの皆が「自分が生まれた日」と答えるのに「うれしい日」と答えた。
ずれていると言われた。

プレゼントが買ってもらえる。
おいしいケーキが食べられる。
みんなに「おめでとう」と言ってもらえる。

それでいい。
やがて、生まれてきた事を感謝できる日になる。

茜空に舞う花びらの中
夢だけを信じて駆け抜けろ
瞳には未来が輝いている
そう春だから

茜空/レミオロメン

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しあわせのランプ(Chapter13) ラブホテルのルームキー

「忘却は神様が人間に与えてくれた最大の贈り物」と誰かが言ってたっけ…。
下を向いて歩いていた高校時代とは正反対に、大学生になってから私は人が変わっていた。
時代はバブルへ向かって一直線の頃。
毎日がお祭りの様なバカ騒ぎ。
何も失っていないのに、何かに追われ、何かを取り返そうと、何かに必死だったのだ。
当時はそんな事を考える事もなく、気がつけば楽しい一日の始まりだったのだ。

合コン。
当時は合同コンパで、会話の時はコンパという事が多かった。
その時も、いつもの延長線上できっとワクワクしながら出かけていったのだ。
同じ小田急線沿いの仲間3人と女の子も3人の組み合わせだった。

前後の事はよく覚えていない。
ひとりがカバンの中から出したのは鍵だった。
そのキーホルダーはラブホテルのルームキーのキーホルダーだった。
フロントでお金を入れて、部屋のタイプを選ぶと「ガタン」と落ちてくる鍵についているキーホルダー。
青色で3桁の部屋番号が刻印されていた。

「ずいぶんと刺激的なキーホルダーだね」
「でしょ」

目に留めて、その事に触れたのは、その会話だけだった。
後はいつもの様にどんな車に乗ってるかとか、どこそこのカフェバーがいいとか、そんな話ばかりだったと思う。
キーはテーブルの上に置いたままだった。

着ていたジャケットの袖でグラスをひっかけ、テーブルの飲み物をこぼしてしまった。
慌ててテーブルを拭いた。
その時、彼女はぬれてしまったキーを拭いていた。

「ちょっと聞いてもいい。とても大切そうにしているけれど、何か特別な想い出でもあるの?」
「特にないわよ」
「そう、見る人がみればどこのキーホルダーかわかるから、刺激が強いよね」
「それがいいのよ…私に興味を持ってもらえるから」
「そりゃ、そうだね…どうして持っているのか聞いてみたくなるものね」

この後の会話はあまり記憶にない。
しかし、前後の脈略は本当に覚えていないのだが、彼女はこう言った。

「そんな事でもいいのよ。誰かにもとめてもらえるって事がいいのよ」

お祭り騒ぎの様な毎日の中で、何も失っていないのに、何かに追われ、何かを取り返そうと、何かに必死だったのだ。
その何かは忘れ物だった。
追いかけても、取り返そうとしても、先には無い物だった。

夕方の校庭を教室の窓から見ながら、はじめて孤独を感じた時。
他人で初めて大切だと言ってくれた人に出逢えて喜び。
好きになってもらえる事の尊さ。
大切な人を失った日。
暑い夏の日に、蝉の声をききながら空を見上げて自分の境遇を呪った日。
自分で自分を壊してしまいたい…そんな破滅願望を抱いていた日々。
哀しみの理由ばかり考えていた日々。
自分が本当は生きたいんだとわかった日。
許すという事を知った日…。

「そんな事でもいいのよ。誰かにもとめてもらえるって事がいいのよ」

この時以外に彼女に逢った事はない。
誰もひとりでは生きられない。

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この本能は人間が地球上に生き続けていくための基本的な本能なのです

今年の1月。
お年玉をもらった二男にせかされて、おもちゃ屋さんへ。
すっごい人。
そりゃ、クリスマスの次の稼ぎ時なのだから、当たり前だけれど。
人ごみの中、すり抜けてゆく子供の方が移動するのは断然早い。
追いかけますが、ぬいぐるみのキリンの首がばぁい~んっsign03て、メガネに当たったりします。
踵には車が追突。
この車のバンパーが靴の足首につきささり、車が止まります。
どうみても、おじさん、早くどいてよannoy…って顔。

二男も目的の場所でじっくりと物色を始めました。
それを後から見ていました…というか決まるのを待っていました。
すると右側から火の点いたように泣く3歳ぐらいの女の子が見えました。
おもちゃ屋さんで子供の泣き叫ぶ声はつきもの。
少し様子を見ていたのですが、これは迷子かな…と思い近づいていこうとしたら、お姉ちゃんらしき女の子が近づいてきました。
「いたよーっ」とそのお姉ちゃんと思しき女の子が、これまた少し年上のお兄ちゃんに声をかけています。

見つけてもらって安心した女の子は少し上のお姉ちゃんに抱っこされています。
しかし、お互いにあまり背丈が変わらないので、抱っこしてもらっているというよりは、相撲の寄り切りに近い姿です。
お姉ちゃんに抱っこしてもらいながら、背中越しに見える顔は泣き止んでいましたが、涙と鼻水でぐっしょりでした。
そんなに年も離れていないだろうに、お姉ちゃんはお姉ちゃんなんだな…なんて思いました。

ふと、頭をよぎる事がありました。

私たち人間が赤ちゃんとしてこの世の中に生を受けた時、私たちはすべて私たちより先に生まれてきた人間を信じて生まれてくるのです。
また、そうでなければ生きていけないのです。

中坊公平・私の事件簿 中坊公平著 集英社新書

私は住専処理の問題で、初めて中坊弁護士を知りました。
その後しばらくして、中坊弁護士を特集したテレビ番組を見たのです。
そこで、この言葉が冒頭陳述書に記載された事件の事を知りました。

中坊弁護士はこの冒頭陳述書を全て暗記しており、一言一句間違えずに40分近い弁論を終えられたそうです。
その一部を抜粋します。
なお、この冒頭陳述書は同書に全て記載されています。

昭和30年当時、被害者は原因不明の発熱、下痢を繰り返し、次第に身体がどす黒くなっていき、お腹だけがぽんぽんに腫れ上がってきました。
そして夜となく昼となくなき続けたのであります。
そういう場合に母親としては、なんとかしてその子を生かせたい助けたい一心で、そのミルクを飲ませ続けたのです。
そのミルクの中に毒物が混入されていようとはつゆ考えておらなかったのであります。

生後八ヶ月ともなりますと赤ちゃんは、すでにその意思で舌を巻いたり手で払いのけたりして、この毒入りミルクを避けようとしたそうであります。

しかし、母親はそれをなんとかあやして無理にミルクを飲ませ続けたのです。
その結果、ますますヒ素中毒がひどくなり、現在の悲惨な状況が続いてきたのであります。

この18年間、被害者が毎日苦しむ有様を見た母親が自責の念にかられたのは当然でございます。
母親たちは言いました。
私たちの人生は、この子供に毒入りミルクを飲ませた時にもう終わりました。
それから後は暗黒の世界に入ったみたいなものです。
私たちは終生この負い目の十字架を負って生き続けなければならない、かように叫んだのであります。

中略

しかし、この自責の念はひとり母親だけのものでしょうか。
私たち人間が赤ちゃんとしてこの世の中に生を受けた時、私たちはすべて私たちより先に生まれてきた人間を信じて生まれてくるのです。
また、そうでなければ生きていけないのです。
したがって逆にこの世に生を受けている人間というものは、生まれてきた赤ちゃんに対しては絶対的に保護し、育成しなければならないのです。
それは単なる義務ではありません。
まさに人間の本能なのです。
しかもこの本能は人間が地球上に生き続けていくための基本的な本能なのです。

この人たちは、心ない世間の人たちからアホと呼ばれています。
そして外へ遊びに行くと、がんぜない子供たちは、逆にこの子供をいじめるのです。
アホと言って罵られたり、あるいは殴られたり、蹴られたり、ひどい時には頭から砂をぶっかけられたり、水をかけられたりして、家へ帰ってくることも少なくなかったと聞きます。
そんな時、この子供たちは、決して泣かなかったのです。
泣かないのは、わからないからだろうとお考えになると思います。
しかし、この子供たちは、家に帰って来て、母の手にすがった時には泣き叫んだのです。
この子供たちは本当は非常に悲しかったのです。
悲しくても抵抗しようにも、一本の健康な手も足もなかったのです。

また、異口同音にこの親たちが言うことは、自分たちはいずれ先に死ぬ。
残ったこの子の面倒を誰が見てくれるかということなのです。
この事件において被害者の救済が真に望まれるゆえんはまさに、この点にあるのであります。

中坊公平・私の事件簿 中坊公平著 集英社新書

お姉ちゃんに見つけてもらってよかったね。
きっと、お兄ちゃんもお姉ちゃんも安心したね。

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声をかけられずにいられなかったんだよね

中学生の長男の担任の先生が子供の頃、授業中に「家が火事だから早く帰りなさい」と教頭先生に言われた事があると話したとの事。
その話を聞いて私が「その教頭先生もデリカシーがないなぁ」なんて話しました。
子供は授業中にそんな話を聞いたら大騒ぎ。
幸いにも大きな火事にはならなかったとの事。

これはそんな時に妻から聞いた、小学生時代の話です。

おかあさんの具合が悪い同級生がいて、授業中に教頭先生に廊下へ呼び出されました。
「すぐ支度をして帰りなさい」と先生から告げられました。

騒然とする教室。
慌てて帰り支度をする同級生。
緊張感が教室を支配します。

その同級生が教室を出た後に先生が彼女のおかあさんの具合が悪い事を告げます。
教室の空気が凍りつきます。

いつもやんちゃな男の子までもが、先生の顔を見据えたまま黙っています。

そしてその男の子が窓辺に駆け寄り、4階の教室の窓を大きく開け放ちました。
担任の先生はそのやんちゃな男の子が何が余計な事を言い出すのではないかと駆け寄りました。

その男の子は校庭を足早に横切る同級生に向かって、「○○、気をつけて帰れよーっ!」とあらん限りの大声で、声をかけたのです。

何か…励ましたかったのです。
声をかけたかったのです。
声をかけられずに、いられなかったのです。
きっとね。

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人が人を恋いうるとき 人は誰しもさびしんぼうになる

「人が人を恋いうるとき 人は誰しもさびしんぼうになる」

「さびしんぼう」
この映画全般に流れるショパンの別れの曲のメロディー。
ピアノは勿論の事、同じメロディーのストリングスも素晴らしい。

これに尾道のどこか懐かしい風景と映画の中の台詞ひとつひとつが心の琴線に触れ、とても印象に残る映画でした。
人を恋する事が出来る。
その事が映画を見た時分には既に羨ましい事でした。
映画の題名からどこか甘い、お子様映画の様に一見とられますが、上質の大人だからこそ感じられる素晴らしい映画です。

主人公の無口な父親が語る一言。

人を好きになれ。
その人の全部を好きになれ。
嬉しい事も哀しい事も全部好きになれ。

この言葉がとても印象に残りました。
しかし、映画を見た時分は高校3年生。
まだ、その言葉の意味もよく分からなかったのです。

この台詞の後、瀬戸内海に沈む夕陽を背景にゆっくりと進む船の映像と別れの曲のストリングスバージョンが重なります。
映画はそこからクライマックスに向けて盛り上がってゆきます。

大切な女性が過去からの哀しみを話してくれた時、そんな哀しみは私で、私が、終わりにすると心の底から力が湧いてくる時。
過去へ行って、過去を取り消す事はできないけれど、受け入れる事は出来る。
そんな過去があるのは…ではなく、その苦しみを完全に消せなくても、軽減する事が出来たらと思う時。
その人の成功を共に喜ぶ事が出来る時。

現在の自分はいろいろな過去の出来事が積み重ねられて出来たもの。
それは他人も同じ。
まったく別々の道をたどって来た人間同士がどこかでその人生が交差する時、お互いを認め合い、愛せるようになる事。

あなたに出逢えて、いつも不安に苛まされていた毎日が変わった。
生きる勇気や気力が湧いた。
共に受け入れ許しあう時に、進む事が出来ると思える力。
自分が、自分の存在が誰かの役に立てたと思えるその時、本当は言われた自分が一番、生きる気力と勇気を得ていると思うのです。
自分の存在が認められたその時に。

作られたものの上に乗るのは簡単だし、楽だけれでも脆い気がします。
しかし、互いに作ってゆくその道は容易には壊れません。

私はこの映画が父親のこの言葉に収斂されてゆくのではと思っています。

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うれしい!たのしい!大好き!

東京は一昨日夜は嵐で、明けて昨日はすっかり春でした。
春ですねぇ~。
昨日はバレンタインデー。
ささやき合いながら街行くカップルの誰もが、今日はいつもより幸せそうに見えます。

恋をするって、素晴らしい。
空が美しくなり…
花が儚く、でも美しくなり…
自然と笑顔も多くなり…
人にやさしくなり…
ついでに、道路の電柱までが何か幸せに包まれている様な気持ちになって…。

DREAMS COME TRUEの「うれしい!たのしい!大好き!(アルバムTHE SOULのEVERLASTING’ヴァージョン)」は恋する喜びを叫んでいる様な曲で大好きです。
吉田美和さんの多重コーラスは嬉しい気持ちが空へはじけてゆくようで、これに音が上がってゆくキーボードが重なってメロディーがスタートする。
とっても幸せな気分になる曲です。

友達にはうまく言えないこのパワーの源を
”恋をしている”ただそれだけじゃ
済まされないことのような気がしてる

うれしい!たのしい!大好き!
何でもできる強いパワーがどんどん湧いてくるよ

うれしい!たのしい!大好き!/DREAMS COME TRUE

人を好きになった、人を愛した…その時の自分の気持ちは忘れてはいけないですよね。
大切な人の喜びを、自分の喜びとして共に喜ぶ事。
大切な人の哀しみを、分かち合い和らげる事が出来る事。

誰かを愛している。
誰かを愛した。
その時の自分の気持ちだけは、忘れてはいけないですよね。

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あなたが、私をみつけられるように、世界で一番不幸になっているから

大学1年生の一般教養「倫理学」で聞いた話です。
一般教養の授業は退屈な授業も多くありましたが、初めて学問に触れられる部分は楽しんでいました。
と言うよりも、退屈な授業は出席しない事が許される…許してしまうのですが、哲学や心理学とこの倫理学などは楽しみな分野でした。

そう、そこでのお話。
プラトンは「人間は球・丸であった」と話しました。
人はこの世に生れ落ちる前は一つの球で、誕生する時に2つに分かれる。
故に地上で誕生してからは、もとの自分の片割れ、自分の半分を求めて、人間は、男女の間は彷徨するとの話。
男女と書きましたが、同性同士もあるとプラトンは話したとの事。
なんとなく、現実の世界で起きている事もよく説明できる気がします。

例えば…
初めて逢ったのに、とても懐かしい気持ちになる…。
理由もなく、一緒にいるだけで気持ちが安らぐ…。
同じ事に、同じように共感するとか…。

さすが、プラトニックラブの語源たる思想。
私は単純に素敵な思想だと思ったのです。

「青い鳥」の「あなたが、私をみつけられるように、世界で一番不幸になっているから」と現世での再会を約束する、そんな気持ちと同じでしょうか。
プリンセス・プリンセス(ああ、このバンド名を書いたり、聞いたりすると80年代と思う今日この頃…)のアルバムで「Lovers」というタイトルがあります。
これはメンバーが「必ず売れる」と豪語したと言うだけあって、看板に偽りなしのとてもいい作品です。
特に私は1曲目のムーンライトストーリーが好きです。

きっと昔も2人は恋に落ち 何かに引き裂かれて
長い年月越えて 再び出会えてここにいる
そんな気がするの 今夜

PRINCESS PRINCESS  ムーンライトストーリー

曲の終盤でのキーボードの入り方なんて秀逸で、初めて聞いた時にはググッと引き込まれました。
これも、プラトンや青い鳥ではないですけれど、求めていた人に巡り会う、その喜びであると思います。
まだ、そんなに遅い時間でもないのですが、なんだかロマンティックモードですね。
お昼過ぎから少し暖かい、東京の気温がそんな気分にさせるのでしょうか。
でも、私の場合は春の訪れは、花粉と共にやって来ます。

期待も長くしていると疲れてくる。
そんな素敵な出会いや、出来事が自分自身にもあるだろうかと思う。
自分には…とか、自分なんて…思う時がある。
ずっとそれが、そんな気持ちが続く事がある。

自暴自棄になるそんな瞬間も、自分が現れるのを膝を抱えて、待っている人がいる。
今まで乗り越えてきた哀しみが、その人の哀しみを癒す事ができるかもしれない。
そのために、今の辛い事があるのかもしれない。
決して自ら死を選んではいけないと思う。
死ぬほうが、死んでいる人がうらやましいと思う日があっても!

知らなかったのですが、重松清さんが原作の「その日のまえに」が映画化されていたんですね。
私はこの本、重松清さんが好きな作家なので、発売時に無条件に購入して読んだのです。
ネタばれは無しにして、私は新幹線で涙がこらえきれなくなり、この本を新幹線内で読むのをやめました。

確認のしようがない話ですが、私睫毛がとっても長いんです。
メガネをしているのですけれど、結構調整が大変なんですよ。
いつもメガネ屋さんが困ります。
だから、瞳からこぼれそうな涙を我慢していると、まばたきをするたびに睫毛が涙をメガネの内側に飛ばして、汚してしまうのです。
以前、韓国に行ったおり、メガネが安いからと勧められサングラスを購入しましたが、これが問題で現在は車に置いてあります。
そのメガネをすると「謎のインチキ外人」と皆から言われます。
ようするに似合わないって事。

日常が永遠でない事。
今を生きている事。
しあわせな事が特別であり、すばらしい事なんだと、こころにこの本がストンと落ちてきます。
決して自ら死を選んではいけないね。
あなたが現れるのを待っている人が必ずいる。
自分の分かれた半分が待っている。

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しあわせのランプ(Chapter12) 伝われ、愛

過去の出来事の奴隷になってはいけない。
きっと、哀しみの意味ばかり考えてい自分に、それも全てが生きたいと思う気持の上にあると気づく事ができた。
気持ちが軽くなった。
自分で作った殻の中に閉じ込めていた心を太陽の下へ。
世界が変わって見えてきた。
殻の中に閉じ込めていた心を太陽の下で温めようと思ったのだ。

まずはよく笑ってみるようにした。
当時、中村雅俊が先生役の学園ドラマが夕刻に再放送していた。
ドラマの中にあるバカ騒ぎの場面をおもしろいと思ったら笑った。
努めて笑った。
一生懸命笑った。
やがて、心がほぐれてきて自然に笑えるようになった。
まずは、近くにいた家族が私の心境の変化に気づき始めていた。

学校では相変わらず一人だった。
それはもう気にする問題ではなく、心の扉は開かれて風通しはよかったのだ。
ある日、休み時間に窓から校庭を見ている私にY君が話しかけてきた。
「いつもマイペースでいいね。うらやましいよ…」
眉間に皺を寄せる厳しい表情から、やわらかくなったから話しかけられたのだろうかなんて思っていた。

いつも他人事として見ていたが、Y君はクラスの中で緊張していた。
自分がバカにされたり、嫌われたりする事を極度に警戒していた。
以前、彼が誰かと話している話が聞こえてきた。
「ケンカなんて何をしてもいいんだよ。勝てばいいのだから。」
こんな事を言っていたのを覚えていた。
それを聞いた時には、そうでなくてはあなたは誰にも勝てない…と思っていたのだ。

少し前と違っていたのは、新しい音楽を聴きたいと思う気持ちだった。
特に生きる事を高らかに素晴らしいとポジティブに表現している曲がお気に入りだった。
その中に渡辺美里のこんな歌詞があった。

ホントの自由は真実もとめるココロにあるはずと
Teenage Walk 渡辺美里

孤独ではあったが、自由だった。
自由に考える事が出来た。

不思議だ。
上手に言葉に出来ない。
何か 優しい透明なものが僕の体を支配している。
何もかも忘れようと踊ったあの頃のぼく。
けれど あの感じとも違う。
体はちっとも動かないのに、体がまるで羽が生えたように軽い

今の僕には、今の僕には、憎むべきものが何一つ無い!!
これだったんだ。
僕が探していたものは、これだったんだ。

解放とは何もかも捨てて見知らぬ地へ旅立つ事じゃなかったんだ。
今まで許せなかったものが全て許せるようになったこの瞬間。
解放とは僕の心の内にあったんだ!!

今までの僕は他人の欠点にばかり目がいって、それがどうしても許せなくて、悩んだ揚句にそこから逃げる事ばかり考えていたんだ

結局、僕はいつだって人からの愛だけを一人占めしたい。
自分を振り返る事すらできない、ただの自分勝手な子供だったんだ。

これから先、辛い事が多くても自分の方から人を愛していけるようなそんな人間にならなくてはいけない…。

「C」―マゼンタ・ハーレム  第6巻  きたがわ翔 著

哀しみのわけばかり考えていた。
哀しみは簡単には忘れられない。
忘れなくてもいい。
乗り越えて行けばいいんだ。

…世の中には、大人になるにつれ、辛く苦しい面ばかり追いはじめる人とそれらが全て昇華されて、光りへ向かう人がいるわ。

「C」―マゼンタ・ハーレム  第6巻  きたがわ翔 著

誰も皆、それぞれに、それぞれの事がある。

昨日・今日・明日

所詮、人はひとりなのだと、
心傷ついて、その思う日が誰にだってあるだろう。
そんなときに、今の瞬間も、誰かがどこかで、やっぱり頑張っているのだと、
そんな気配を感じることができたなら。
どれほど、人は励まされることだろう。

呼吸している生き物が、宇宙に自分一人しか残っていないような寂しさが、
両肩に、のしかかる、そんな真夜中
どこかで誰かが呼吸していることを、聞くことができたなら、
どれほど、心細さは、和らげられることだろう。

自分の荷物は、どうせ誰も、負ってはくれないけれど、
もしかしたら、
生きているということも、捨てたものではないかもしれない。

そんな誰かから、そんな誰かへ。

 海を超え。

 町を超え。

 寂しさを超え。

 怒りを超え。

 伝われ、愛。

「伝われ、愛」 中島みゆき

辛いのも、大変なのも、自分だけじゃないんだ。
自分で作った殻の中に閉じ込めていた心を太陽の下へ。

伝われ、愛。

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しあわせのランプ(Chapter11)  俺は生きたいと感じている

もう、どれくらいここにいるのだろう…。
ここは…どこなのだろう。
紫色だった空はすっかり灰色になっている。
外灯が雨で霞んでいる。
外灯の灯りのところだけ、雨が降っているのが見える。
先ほど降り出した雨は霧雨で、髪からしずくとなって顔を流れてくる。
傘は持っていない。
そもそも雨など、どうでもよいのだ。

今日は空手の稽古の予定があった。
もう、終わる時間だろうか…。
そんな事も、もうどうでもいい…。

生きる意味など、明確な答えを示せる人はいない…。
心を殺して生きれば、世の中はなんて事はない…。
いちいち細かい事を考えていては、身体が持たないよ…。
しょうがない…そんな事だらけだよ。
暗い奴なんて、生きる事に楽しみがあるのかよ…。

雨が葉をたたく音が聞こえる。
着ていた服はすっかり、雨に濡れてしまった。
遠くでトラックが走る音が聞こえる。
いつもこんな自分のお供をしてくれた自転車が近くに倒れている。
まるでライトが目となって自分を見つめている様だ。
そんな目で見るなよ…。

もう、どれくらいここにいるのだろう…。
ここは…どこなのだろう。
冷たいはずなのに、だんだん冷たいなんて感じなくなっている。
顔に降り続く雨ももう感じないようだ。
近くを車が走ってゆく音がする。
道路に随分雨が溜まっているのかな…。
そんな事関係ないな。

もう、どれくらいここにいるのだろう…。
ふと、自分の目から涙が流れた。
泣いているなんて思わなかったのに。
両目から頬を伝うように、ひとしずく、頬を伝っていった。。
雨に濡れている感覚すら気にならなくなっていたのに、自分の涙が伝わるのには温度を感じたのだ。

ふいに両手で頬を触れると、開いた襟首から雨のしずくが背中を伝っていった。
自分の涙の温度に混乱しているとろこへ、背中に入ったしずくを「冷たい」と思った。
「冷たい」と感じた。

「冷たい」
身体が、魂が、生きたいと言っている。
理由でもない、意味のある事でもない。
ただ、生きたいと言っている。
そうか、俺は生きたいと思っているんだ。
「冷たい」と感じている。
「冷たい」事が嫌だと感じている。
俺は生きたいと思っている。

この発見がうれしい。
ただ、ただ、生きたいと思っている。
生きたいと感じている。
すっかり服が濡れて重くなった身体を起した。
「まだ…帰れる」
倒れてこちらを見ている相棒の元に近寄って行き、動きにくい足を持上げサドルにまたがり、ペダルに足をかける。
雨に霞んでいるが、少し先に電話ボックスの灯りが見えた。

電話ボックスから家に電話をかける。
お袋が電話をとった。
空手の稽古に行ったのに、帰りが遅いと感じていたらしい。
「○○斎場って近くの電話ボックスから電話をしている。ここはどこなんだ?」
「なぜ、そんなところにいるの?」
「いいんだ、これから帰る。ここはどこなんだ?」

家までの道のりに、よろこびがエネルギーに変わってくるのを感じていた。
俺は生きたい。
生きたいと思っているんだ。

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はじまりの歌

今の状況に身をおいていれば、実は少々不自由な事があっても、それでいいんだと自分を誤魔化してしまう事があります。
納得させてしまいます。
少しの勇気を持って、次の扉を開けると、そこは今よりももっと素晴らしい世界が待っていますよね。
加えて、自分の勇気と決断で開いた扉はもう、後ろ向きに開けられる事はないと思いませんか。

過去のよい想い出はとっても美しい場所です。
居心地が良い場所です。
過去の事をああでもない、こうでもないと並び替える。
過ぎ去った出来事は、もう一度自分を傷つける事はないから、そこは安住の地となりやすい。
でも、電車の車窓から見える景色も、進行方向を向いていればいつでも美しい景色は向かってきますが、反対方向を向いていれば全て過ぎ去った景色になります。
やっぱり、過ぎて行くよりも、やって来る方がいい。

新しい五線譜を眺めて 探し始めたメロディー
向き合うのは成果ではなく 胸に住み着いた弱虫
うまくいかなくって苦しくて 涙が溢れ出したら
ほら一つ前に進めたっていう証

いつも通る道を少し胸を張って
歩くだけ それだけで 景色が違って見えたんだ
ほんの単純な事 気持ちの持ちようさ
日常に埋もれてた 本当の自分を見つけた
不安とは想像が生みだした罠(トラップ)だ
足をとられぬように 自分を信じて

はじまりの歌 大橋卓弥

次の扉を開く事はいつもドキドキする事。
恐ろしくて恐怖を乗り越えるために、次の扉に勢いで突進し、蹴り倒す事も実はしばしば。

私はいつも…
「この先(未来)にいい事があるのか?」と聞かれれば、「あるよ」と答えます。
「先(未来)なんてわからないのに、どうして?」言われれば、「信じてるから」と答えるんです。
信じる事が強さを生み出すと考えるのです。

そうやって自分を励ましている…かなcoldsweats01

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一人きりのあの頃の私に伝えたい

本日は大掃除の一環で、我が家の「風のガーデン」の手入れをしました。
作業箇所を4箇所に区分しています。
飽きが来て作業をおろそかにしない為の工夫です。
一昨日より開始しており、明日に全ての作業が終了する予定です。
本当は…「風のガーデン」とはおこがましく、要するに庭です。
しかも、それほど大きくはない。

ただ、黙々と作業をするにはツマラナイので、久々にAMラジオを聴きながら作業をしておりました。
なんだか職人にでもなった気分です。
番組の内容は時節柄、08年のあなたの印象に残った歌とか、いちばんの思い出なんてのをリスナーから募集しています。
その中で、異なる番組ながら複数あった印象に残る歌にアンジェ・アキさんの「手紙~拝啓十五の君へ」がありました。

十五の僕には誰にも話せない 悩みの種があるのです
未来の自分に宛てて書く手紙なら
きっと素直に打ち明けられるだろう

…中略

ひとつしかないこの胸が何度もばらばらに割れて
苦しい中で今を生きている
今を生きている

…中略

荒れた青春の海は厳しいけれど
明日の岸辺へと 夢の船よ進め

…中略

大人の僕も傷ついて眠れない夜はあるけど
苦くて甘い今を生きている

…中略

ああ 負けないで 泣かないで 消えてしまいそうな時は
自分の声を信じて歩けばいいの

「手紙~拝啓十五の君へ~」 アンジェラ・アキ

様々な思い入れや、思い出が寄せられた声にもありました。
未来の自分から、思い悩み、苦しむその時の大切な人に、そして自分に、その事が、どんな意味がある事で、何のために乗り越えなければならない事なのか知らせる事が出来たなら、どれだけ気持ちは楽になるでしょうか。

私にも同じ様な思い入れのある曲があります。
プリンセス・プリンセスの「ONE」です。

この曲はアルバムの一番最後の曲であり、ミデアムテンポでドラマチックな展開ではなく始まり進みます。

悲しい恋の行方に立ち止まり
もう二度と誰も愛せないと思った
あの日 この恋に出逢うまでは

今では微笑みの中で ほこりをかぶった 蒼いスローモーション

「ONE」 プリンセス・プリンセス

とここまで進んだ曲のドラムもベースもギターもこの歌詞の後に止まり、ストリングスが全てを引きとります。
ん~この展開はズルイと初めて聞いた時は思いました。
そして、この後に、

恋を失くしてさむさに泣いていた
一人きりのあの頃の私に伝えたい
「ねえ泣かないで大丈夫。
あなたの最後の恋に今ここでやっとめぐり逢えた」と

「ONE」 プリンセス・プリンセス

と続きます。
膝を抱えて悲しむ大切な人に、そっと幽霊(おじさんには妖精とは書けません)の様に近づいて、こんな事をささやけたら…。

努力とは底が見えない水がめに水を入れるようなもの…と言ったのを聞いた事があります。
終わりがどこにあるのかわからない。
いつ終わるのかわからない。
しかし、もう限界だと思う時、実は水がめの水は溢れる寸前だとか。
当事者はそんな事を言われても、目の前の事態が解決されないのだから、やっぱり辛い。

起きてしまった出来事が変えられないとしたら…。
大切な人が過去に辛い事があるならば、その時へ行って、未来への希望を灯したい。
今、苦しんでいるならば、将来から今の苦境に打勝つ、未来への希望を灯したい。

「手紙~拝啓十五の君へ~」も「ONE」も、そんな思いは共通している様に思うのです。

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美しい花

今日は仕事納めで、午後4時頃より大会議室を使用しての納会でした。
一通り関係者に挨拶をしてまわった後、席に戻ってつらつらと考えていました。

今日しかない、今日こそ行くぞ…。

営業部では2次会の会場をカラオケボックスに用意しており、行こうと誘われました。
ダメ!! 今日は行くぞと決めたのだから、もう後には引けない。
カラオケ<目的地だ!

日本橋から地下鉄銀座線で銀座へ。
銀座から日比谷線に乗り換え、広尾で下車。
Googleの地図を片手に既に暮れた道を歩きます。
と、取引先からの携帯電話。
気持ちは目的地へ向かっているので、いっそ携帯電話をへし折って捨ててやろうかと思うほど。
簡単な対応で話を済ませ、再度目的地へGO。

目的地はお花屋さん。
ラ・パレットです。

なんだか、ながらく待ち焦がれていた恋人に会いに行くわけでもないのにドキドキしています。
今日は営業が終わってはいないか…つまらない事も考えます。
遂にお店を見つけると、ムフフッ。

お店の戸口に立ち、花束をお願いしたいと伝えました。
用途を聞かれ、「妻への今年のお礼の贈り物に」と答えました。
臆面もなく。
納会のお酒…少し飲みすぎたかな。

本当に少しアルコールのにおいもしていたと思いますが、スタッフの方は大変良い感じで、気さくに応対をして頂きました。
店内は壁一面に花があり、これがとても美しい。
特に指定のお花がありますかと聞かれ、指定はない事と、送るのは大人の方ですかと聞かれ(この問い合わせの仕方も素晴らしい)、妻の年齢を伝えました。

少し舞い上がっていたのか、どうして伺ったのかなんて事を話してしまいました。
作られてゆく花束を見ながら、その素晴らしさに感嘆していました。
お願いした予算をはるかに凌ぐ価値です。
最後に花束を包むラッピングも素晴らしい。
完成した花束を受け取って「素晴らしいですね」と思わず言葉がでました。

花束を受け取ってから、恵比寿駅に向かって歩きます。
おりしも帰宅ラッシュの時間。
まずは、混雑の激しい山手線を新宿まで、どう行くかが問題でした。
1本電車を見送って、この時間はどの車両が比較的空いているかを確認。
進行方向1両目と判断し、次の電車に乗車。
「俺に近づくな」のオーラ全開。
新宿からは特急電車で花束を守るように帰りました。

花束に顔を寄せながら、じっくり眺めながら帰りました。
白いバラがこんなに可憐で美しいと気付きました。
花束の色の配置バランスがとてつもなくいい。
紫のチューリップの美しさ。
シクラメンとは異なる、美しい紫。

いいおじさんが、一生懸命花を見ているさまは、結構奇妙に映っていたでしょうね。
でも、本当に感動する美しさでした。
なんだか今日一日が素晴らしい日となりました。
妻もとっても喜んでくれました。

自分が眺めて帰ってきた時に、写真を撮ろうと思った構図で上手に表現する技量を持っていない事を思い知らされた写真です。
少しでも美しさが伝わればと思います。

0011

0021

風のガーデンもそうですが、花の魅力を再発見した、ロマッンチックなおじさんでした。

ラ・パレットへの私の勝手な思い入れは以下のURLにあります。
http://an-easy-light.cocolog-nifty.com/bloglight/2008/07/post_0aad.html

ラ・パレットのホームページは以下のURLです。
http://www.la-palette.co.jp/index.php?data=./data/l3/

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つないだ手の暖かさよ

本年は暖冬で昨年の同時期と比べれば、随分過ごしやすい事と思います。
しかしながら、人間は勝手なもので、暑い夏には寒い冬が恋しくなり、寒い冬には真夏の太陽が恋しくなります。
それでも、朝晩は寒くなりましたよね。

先日、出張の帰り道です。
時刻も遅くなり、駅のホームのライトで人影が浮かび上がる頃、まもなく電車がホームに到着するとのアナウンスで待合室を出ました。
吐く息は白く、荷物を持っている手はポケットに入れられず、少し寒さで冷たくなっていました。
不意にホームに子供の笑い声が聞こえ、声のする方向を見ました。
小さな女の子が二人、おかあさんのコートの左右のポケットにそれぞれ一方の手を入れています。
おかあさんがコートを左右に振ると、手がポケットから抜けてしまわない様にその周りを一緒に回っています。
笑いながらとても楽しそうです。
やがてホームの端が電車のライトで照らされるとおかあさんはポケットから一旦自分の手を出すと荷物を腕にかけ、ポケットの中で再び子供の手を握りました。
おかあさんを中心にライトで照らされ、つながる三人の美しいシルエットが見えました。

ああ、もう遠い記憶。
思春期のデートで意中の女の子と手をつないで歩く。
自分より小さくてやわらかい、それでいてしっとりとした手の感触が心に伝わってきます。
嬉しいのに緊張で、ついないだ手の少し先にある相手の顔は見れないし、ましてやまともに話などできません。
緊張で手のひらに汗をかきます。
(やべぇよ、すげぇ汗かきと思われないかなぁ)。
胸の鼓動が高鳴ります。
(ドキドキしているの伝わってんじゃねぇのかな…かっこ悪るぃ)。
しばらく話をしないので口の中が乾いてきます。
(俺、ずーっと黙ってるよ。次に話した時に声が上ずったり、かすれたりしたらどうしよう…)。
この時には緊張で頭がいっぱいですが、その日に眠る頃には見慣れたはずの自分の手を何度も見てみたり、次の大人へのステップを勝手に想像して照れたり、作戦を考えたりと今にして思えばなんとも可愛いものです。
しかし何より、つないだ手のぬくもりは、興奮しているのかわかりませんが、何だか意味も無く明日への活力が沸いてくる様でした。

残念な事ですが、今年は若い命を自ら絶つ人が少なくなく、マスコミ等で多く取り上げられました。
いじめられての自殺はそのいじめの苛烈さや凄惨さと遺書に残された無念さが多くの人に衝撃をもたらしました。
報道ではいじめられた側が取材の対象として取り上げられる機会が多く、一方は社会の病巣と抽象的な表現で片付けられる事が多かった様に思います。
この事に私は「生きているという実感」が希薄な事が自殺までに至らしめる凄惨さを伴うと考えるのです。
日々我々は生きている喜びを感じながら生きていません。
一日が終わり、眠りにつくその時は明日が当たり前にくる事に疑いを感じません。
でも、入院する程に体調を崩したり、不治の病の人を知るにつけ、自分が健康である事に、生きている事を実感し感謝する現実があります。

いじめられている子が絶望の中で自分と同じ涙を流している姿を、傷ついて血を流しているのを見てはじめて「生きているという実感」を得るのでしょう。
自分が思う絶望や孤独を他人が感じているのを見て、自分と同じと思い安心する。
だからこそ、その不安の大きな波にのまれて、流されて、泳いでいるつもりが流されてしまう。
繰りかえしても決してその不安は解消されないのに。
手をつなぐ、たったそれだけの事が人を人として認める、人を肯定する。
その大きなきっかけとはなりえないでしょうか。
出張先で読んだ新聞のその記事に私は思いました。

クリスマスは普段はちょっと恥ずかしいなと思う事もオブラートに包んでくれます。
ほら、普段は街角の募金なんかできなくても、なんとなく慈悲深くなったりしますでしょ。
だから、親や兄弟、家族、友人、知人、大切な人と手をつなぎ、そのぬくもりや暖かさ、やさしさ、生きている事を感じるというのはどうでしょう。

本年もあとわずかですね。
来年も皆様にとりまして素晴らしい1年でありますように。
MerryXmas

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つないでゆく命

先週の木曜日は取引先との忘年会があり、どうしてもテレビにかじりついているわけにもゆかず、「風のガーデン」最終回は帰宅する金曜日の深夜まで、おあずけでした。
金曜日の深夜に一通り見てからは、今週末はちょっとした時間があると、何度もある場面を繰り返し見ていました。

ドラマの最後、美しい雪解け水が流れ、時間の経過と春の訪れを告げる場面。
引き寄せらるように走る岳の行く先に、咲き乱れるエゾエンゴサクの花。
流れてくる美しくアレンジされた乙女の祈り。
厳しい冬を超え、大切な人の死を乗り越え、春を迎えた人々の気持ち。
先に逝かなければならなかった人が、残る人々へ残した気持ち。

儚い花の美しさと人の命の儚さが重なります。
でも、花の球根は厳しい冬を超えて、春に再び美しい花を咲かせ、人間は命をつないでゆく。

「さだまさし」さんは冬を「春待つ季節」と言いました。
なんだか、とってもいい表現だと思いませんか?
子供の頃、毎朝犬を近所に散歩に連れて行っておりました。
冬は市営野球場の芝が茶色になり、これが美しい緑に変わってゆくのが楽しみでした。
これぞ、春待つ季節。

信じてくれるでしょうか 君のくれた愛の種が
空にそびえる 大樹に育ったことを

やさしく愛して… BORO

しっかり夢中になってしまいました。
私の心にもエゾエンゴサクの球根が、いつのまにか植えられていて、ドラマの終りには美しい花が咲いていたようです。

過去に「心に育つ種をまく」というタイトルで記事を書いた事があります。
よろしかったら、こちらも是非ご覧になってみて下さい。

http://an-easy-light.cocolog-nifty.com/bloglight/2008/05/post_633e.html

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愛が哀しいから

近所の神社でのお祭りの事。
私が小学生、弟は幼稚園の頃。
弟と二人で出掛けて、はぐれてしまい弟は迷子になりました。

お祭りの人ごみ中を必死になって探しました。
あっ…いた!
弟はその神社の鳥居の近くにある交番にいました。
パイプ椅子に座って、おまわりさんの方を向きながら、泣きじゃくっている姿が見えました。

家から神社まで、歩いても5分とかからない場所です。
でも、幼稚園の子供には未知の遠い世界。
夜、はぐれてしまった心細さはどれほどだったでしょう。

夕暮れに迷子が泣いているよ
大声で名前を叫びながら

あんなにも愛しい人のことを
まっすぐに呼べる強さは何故?

誰も迎えに来てくれないのが
分かった日から僕らは泣けなくなった
ああ、だから君に逢いたかったんだ

愛が苦しいのに
何故僕らは出逢うんだろう?
信じたいと何度も願うんだろう?

愛が哀しいから 徳永英明

つないだ、重ねた手のあたたかさ。
抱きしめた時の、抱きしめられた時のぬくもり。
大切な人の哀しみを分かち合い、喜びを共に喜べること。

傷つけ、傷つくこともあるけれど…。
愛は哀しいだけでは、苦しいだけではないこと。

この曲タイトルと内容が異なるところが、なんとも妙味ですね。
徳永英明さんの声もいい。

夜に聞いちゃいけないですね。

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しあわせのランプ(Chapter10) 燃えかすなんか残りやしない

矢吹くんは…さみしくないの?
同じ年ごろの青年が 海に山に恋人とつれだって青春を謳歌しているというのに…。
矢吹くんときたら くる日もくる日も汗とワセリンと松ヤニの臭いが漂う薄暗いジムにとじこもって、なわとびをしたり、柔軟体操をしたり、シャドー・ボクシングをしたり サンドバックをたたいたり。
たまに、明るい所へ出るかと思えば、そこはまぶしいほどの照明に照らされたリングという檻のなか―

…中略…

みじめだわ、悲惨だわ、青春と呼ぶにはあまりにも暗すぎるわ!

…中略…

紀ちゃんのいう青春を謳歌するって事とちょっと違うかもしれないが、燃えているような充実感は今まで、何度も味わって来たよ…血だらけのリング上でな。
そこいらの連中みたいにブスブスとくすぶりながら不完全燃焼しているんじゃない。
ほんの瞬間にせよ、まぶしいほどまっかに燃えあがるんだ。
そして、あとにはまっ白な灰だけが残る…燃えかすなんか残りやしない…まっ白な灰だけだ。
そんな充実感は拳闘をやる前にはなかったよ。

あしたのジョー

空手の稽古が始まるまでの時間、再放送で「あしたのジョー2」を放映していた。
特に「あしたのジョー」に強い思い入れがあるわけでないが、この台詞にはしびれた。
自分が必死で空手に取り組んできた動機とどこかで重なったからだ。
そして、享楽のバブルへと向かう時勢の中で、お前らとは違うと自分への言い訳と、きっとどこかで「青春を謳歌する」にあった、うらやましいと思う気持ち。
矢吹丈の様に上手な表現は出来なかったが、私の気持ちを勇気づけ、私が人生を放棄しない最後の砦となっていた。

本当は人恋しくて、さびしくて、たまらなかった。
しかし、そんな気持ちも態度も示す事は出来なかった。
さびしさに耐えかねて、自分の心を折ったならどうなるかは、よく知っているつもりだった。

高校へは自転車で通学をしていた。
当時の校長は通学時、正面の入り口に立って、生徒ひとりひとりに挨拶をしていた。
ある冬の寒い日。
自転車置場からひとり、入り口へ向かって歩いて行くと、たまたまタイミングで私一人だけが通過する事となった。
その時校長が「冬の寒い日は、自転車通学は大変だな」と私に声をかけた。
「はい」と答えて私は通過したが、この言葉がどれだけ自分の心を和らげ、暖めた事だろう。
校長が何気なくかけた一言が、一日誰とも話さず、誰にも声をかけられない事が当たり前の私に。

校長は私の卒業と同時に引退だった。
卒業式の訓示では涙声であった。
誰かが、毎年芝居でやってるんだじゃないかと話していた。
万感募る思いがあった事と思う。
校長が引退した翌年から、卒業した高校は長い伝統を捨て、男女共学となったのだ。

自分へ問いかける心と、その答えが出せない苦しみと、自分で自分に矛盾を感じていた。
破滅願望もどこかにまだあった。
なぜ、生きているのか…。
なぜ、生まれてきたのか…。
なぜ、どうして、なんで…。

ところが、自分を問い詰めるその心に、今までにはなかった「このままではいけない」という気持ちが芽生えていた。
子供の頃に見た宇宙戦艦ヤマトの沖田艦長が「明日の勝利の為に、今日の屈辱に耐えるのが男だ」と言っていた。
ラッシャー木村が「耐えて燃えろ」言っていた。

しかし、芽生えた気持ちは枯れた。
心の荒野はどこまでも荒れ野だった。
そして…。

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乙女の祈り

人間はなんのために生きるのかって考えてみると、
苦難を乗り越えていくために生きるのだと思う。
なにもしないで、生きていこうなんて生き方はだめよ。
【フジ子・へミングの魂の言葉/清流出版】

乙女の祈り。
ポーランド出身の女流作曲家パダジェフスカが18歳の時に書いた曲です。
他にバダジェフスカは「叶えられた祈り」という曲も残しているそうです。
乙女の祈りは成就したのだと考えますが、バダジュフスカは27歳という若さで亡くなったとの記録があるので、しあわせな時間はそれほど長くはなかったのでしょう。
勝手な想像です。
この曲の素晴らしさに改めて、気づかされてしまいました。
ピアノを学ぶ人が必ず通る通り道の曲ぐらいの認識であり、作曲者すら記憶にありませんでした。

見ました、必ず見ますよ「風のガーデン」。
今週放送分も出張の宿泊先で見る事となっていたので、ホテルに入ってからもPCと格闘し、締め切りの迫る仕事を仕上てしまうのに必死です。
日中は取引先との折衝やら、確認等があり、夜はその事務処理等他の仕事を行う必要があるので、出張での宿泊先も仕事をしやすいとの観点で決めます。
これにもう一つ。
木曜日に宿泊せざるを得ない時は、部屋に大きな画面の映りが良いテレビがある事を条件としています。
勿論、木曜日のお誘いは全てお断り。

今週の放送で、この曲が使用された部分はとても印象に残るものでした。
岳君のピアノ独奏から始まり、これをストリングス主体の編成で引き取ってゆく。
そのままシーンが進み、これに貞美と岳君の別れが重る。
父親としてではなく、ガブリエルとして。
たまらないシーンでした。
チェロとピアノで合奏するシーンでの「乙女の祈り」は喜びで満たされていましたが、これはなんとも哀しみに満ちたメロディーでした。

なかなかプロの演奏家のCDでは見かけない曲目です。
しかし、メロディーはとてもロマンティックで、弾く人によりその表情が大きく変化する曲だと思います。
帰宅してから、中学1年生の息子の部屋へ行き、ピアノの近くに無造作に積み上げてある楽譜の中から探し出しました。
最近は部活動のバスケットボールに夢中で、ピアノは殆ど弾いていないらしい。
「これ、弾ける?」って聞いたら、「昨日、おかあさんにも聞かれた」との答えでした。

そこで、今日長男と二人だけの時があったので、こう話しました。
「乙女の祈り」少し練習してみたらどうか?
弾いてみせたら、おかあさん目をウルウルさせて喜ぶぞ。
ニヤニヤした反応の長男。
本当は私が聞きたいと知っているかな。

ああ、来週はいよいよ最終回ですね。
久しぶりに見た連続ドラマの終わりは、少しさびしい気持ちですね。

人は最後に何処へ還るのだろう?
大変な命題。

死は、互いの関係を時間と共に希薄にするというより、
かえって関係を深く、親しくするものなのかもしれないわね。
【フジ子・へミングの魂の言葉/清流出版】

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泣いたのは僕だった

何を聞いても、何を言われても、気持ちは深い海の底へ沈んでゆく。
日の光も届かない、暗い深海。
どんなに偉い人の言葉も、励ましの言葉も、やさしい言葉も。
深海で触れた姿の見えない深海魚の様に、何が触れたのか、姿かたちもわからない。
心がこたえてくれない。

自分自身の気持ちが沈む時、どうにもモチベーションが上がらない時。
これまでにも、
つらくて…
さびして…
哀しくて…
苦しくて…
こんな事ではいけない。
自分で百も承知なのに、心が自分の気持ちに、立ち上がろうとする気持ちに、こたえてくれない。

でも、こんな時は必ず誰にでもある。
こんな事を思う自分が嫌になって、嫌いになる時は、ちょっと空を見上げて「しょうがないなぁ」とつぶやいてみる。
「しょうがないなぁ」は人生をあきらめている事、投げている事ではなく、どうしもなく混乱した自分の感情を整えるキーワード。

混乱した気持ちがおさまるまで、ゆっくり。
次に心が元気を取り戻すまで。
これは、心が次の道しるべを探すために、必要な時間。
深海から見上げて、道しるべとなる日の光が射すのが見えてきたら、その方向にゆっくり歩いてゆこう。
海面に近づくにつれて、日の光の筋が多くなり、海水も温度が上がってくるよ。

泣いたのは僕だった
弱さを見せないことが そう
強い訳じゃないって君が
言っていたからだよ
I believe

人を好きになれることに
初めて気付いた 今は

泣いたのは僕だった
つながった冬の星座
この空に消えてかない様に
見つめていたんだよ

伝えたい言葉を繰り返すのに
また声にならない

他愛ないことで笑って
優しく包むよ 君を

ORION(一部抜粋)中島美嘉

上を向いたら、立ち上がったら、歩き出したら、深海から動けないなら、誰かと話してみよう。
1人で自分の世界だけで悩むのは、きっと得策ではないよ。
悲観的な気持ちで迷路に迷い込まないように。
他の人に相談すれば、違う考えも聞く事が出来て、その話の中にヒントが隠されているかもしれない。

悩みを打ち明けるのは、弱音を吐くことじゃない。
そんなちっぽけな事で悩んでいるなんて、人間が弱いとか、小さいとか、思われると嫌だと考えて、ついつい自分で頑張ってしまう。

大事なことは「人からどう見られるか」ではなくて、この心を、この気持ちを、どうするかだものね。

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なんて自分はダメなんだ…と思う時

なんて自分はダメなんだ…。

時々、駅のホームのベンチや公園でため息をつくサラリーマンを見ます。
うな垂れていたり、中空を見つめていたり、腕を組んで考え込んでいたり。
同業種かな、同職種かな…なんていろいろ思います。
子供の頃なら、石を蹴りながら帰るなんて気持ちでしょうか。

自分はダメだなぁ…なんて考える日が誰しもあると思います。
彼より、彼女より…どこが違うのだろうなんて。

これが悪いスパイラルに入り込むと次は、結果や成果が出ていても素直には喜べず、もっといい、もっと他に、他の人なら…と考えるようになります。
仕事や目的にまじめに取り組んでいたり、現状を改善しようと努めている人だと思うのです。

そういう事を微塵も感じない事も問題ですが、あまり敏感に反応していては心が疲れてしまいます。
自分はダメなんだ…と考えるのは思い込みである事も多くあると思うのです。

同じ部の後輩で4月に入った新入社員が、8月頃に辞めたいと相談された事がありました。
研修期間が終了し、6月頃から本格的に現場へ配属となりました。
当たり前ですが、スタートすれば、戸惑うし、混乱するし、間違いはする、失敗の繰り返しです。
「同じ失敗は繰り返すな」なんて、いろいろな先輩から言われると余計に緊張して、これが更に失敗を誘発する事もあります。

辞めたいと相談をされたので、何故かと質問しました。
自分は失敗ばかりで、皆のスピードにもついて行けず迷惑ばかりかける。
配属からちっとも進歩しないと言うのです。

しばらく彼の話を聞いてから、いくつか質問をしました。
配属当初は電話応対もできなかったのではないか?
今は会社名を言って電話応対ができ、必要な人に取り次げるのではないのか?
どこに、どういう必要な書類があるか、理解できたのではないのかetc…?

突然、黙り込んだかと思うと、ぽろぽろと涙がこぼれ、泣き出しました。
彼は自分の進歩を、まったく認識できないでいたのです。
言われると、自分が出来るようになっている事を再認識しています。
自分で、自分が出来るようになった事を棚卸して行くと、「自分はダメなんだ…」とのネガティブな部分が薄れて行くのです。

「自分はダメなんだ…」と思っているのに、本当はいろいろな事が出来る、出来るようになっている。
様々な長所があり、優れた部分も持っているのに、自分の思い込みで自分の優れた部分に蓋をします。
高い自分の理想像と現実の姿のギャップに苦しみだします。
この高い理想像が自分を高めてゆく為の源泉にもなります。
だから時々、バーを下げて、自分の能力を棚卸し、素敵な自分を再発見する。

「人生に勝つ」というのは、30パーセントしかない強さを鍛え上げ、70パーセントの負に立ち向かって行くことに他ならない。
初めから強いやつなど、1人もいないのだ。
「崖っぷちで踊るヤツ、すくむヤツ、逃げるヤツ」 落合信彦

後輩に偉そうに話をしますが…私もいつかきた道ですcoldsweats01

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しわせのランプ(Chapter9) 心の空白を埋めるため

いつ訪れるとも知れずの勝利の日を、信じて続けていた。
心の空白を埋めるのに必死だったのか、それしかなかったのか…。

高校入学して、しばらくし私は空手を始めた。
学校に行っても誰とも話す事もなく、一言もしゃべらない日もめずらしくない毎日で、まるでそれは私が自分で心の空白を埋めるのに都合がよかったものに出会った様に、急速にのめり込んで行った。
とても魅了されたのだ。

自身の努力以外、結果を示せるものもなく、それ以外に言い訳が通じない世界。
否応なしに自分と向き合う環境となった。

子供が海の怖さを知らないように、多くの事にチャレンジした。
しかし、本当は自分を追い込み、自分を壊してみたいと考えていたのだ。
稽古の中で自分が成長してゆく事への喜びではなく、限界まで行って壊れしまいたいと思っていたのだ。

ひとつ問題があった。
試合ではなかなか初勝利が上げられなかったのだ。
同期入門の連中は初戦で初勝利を得ていた。
早々に試合場から応援席へ引き揚げなければならない気持ちは大変辛かった。

師範は稽古では鬼であったが、試合の結果は不問だった。
全力で取り組んでいる事は承知であったので、それによる結果を評価する事はなかった。
これは、反対に辛い事もある。
結果が出せない事を叱責される方が気持ちが楽な事もあるのだ。

くやしいと思う気持ちも勿論、焦りもあった。
この焦りが思考も体も硬直させ、なお更に結果が出ない方へとシフトするのだ。

定期的に自分が稽古をしていた支部道場に、開祖の最高師範の愛弟子である先生が指導に来られていた。
その時、ふとこんな事をおっしゃったのだ。
「我々の流派の奥義は既に様々な基本動作の中に公開されています」と。
この話を聞いた当初は何の事だか、理解出来なかったのだ。
それにもまして、焦る気持ちが募るばかりだった。

遂に初勝利の日はやってきた。
遅れきた分、初勝利はとても嬉しいものとなった。
師範をはじめ、とても祝福してくれたのだ。
とても嬉しかった。
その場で両手をあげて、大きな声で叫びたいぐらい嬉しかったのだ。

それから、この初勝利は大きな励みになったが、心のどこかにあった破滅願望は消えていなかった。
そうして、待ちに待った事態が起きた。
遂に耐え切れなくなり、体が悲鳴をあげた。
ざまあみろ。これで望んでいた通りとなったね…と思っていた。
休養を余儀なくされた。

しかし、ここが変わり目だった。
体も回復し、稽古へ復帰してからの事。
憑き物がとれた様に体が軽くなった。

稽古でも試合でも、相手を憎悪するかのように取り組んでいた気持ちを感じなくなっていた。
変わりに例えば試合ならば、その3分間に集中をしており、試合後はとてもスッキリした気持ちとなっていた。
試合前に、こうして、ああしてと作戦を考えるまでもなく、体が反応をする様になっていた。
試合中の記憶が殆ど無いのである。
これが、禅で言う「無」の境地なのかと思った。

そうして、開祖の最高師範の愛弟子である先生の言葉が理解できた気持ちになったのだ。
稽古で繰り返す単調な基本動を体が覚えていれば、事態に体が反応するのだ。
と、同時に普段の鍛錬の継続がいかに大切か、思い知らされる事でもあった。
開眼する境地には勿論達してはいないが、それからは常勝ではないが、勝利を手にする事が出来るようになった。

現代人はそれでは納得しませんけれど、明らかにしない、秘密にする、ということは、そのもとが平凡なことだからなのです。
茶道でも、華道でも、突きつめていくと到達するところは平凡です。
お茶の奥義に「夏はいかにも涼しきように、冬はいかにも暖かなるように」というのがありますが、これなどはいい例ではないでしょうか。
いかにも平凡に聞こえますが、これができる人はどれほどいることでしょう。
その平凡にいきつくまでの、大切な過程を省略して、行きついた結論だけを示せば「なんだ、こんなことか」となってしまう。
行きつけば平凡、当たり前のことが、本当は重大なことだととわかるために、あえて秘密にするわけです。
「般若心経の本」高僧「松原泰道」

遅い初勝利は耐える事を多く学び、同期入門者が脱落して行く中で私は残り、結果として有段者になる事が出来た。
しかし、空手を通じて得た事はもっと大きな事だった。
大切な人の死。
大きな代償と後悔。
この時期にあった様々な出来事が相まって、私を変えた。
それは、今も私の心に脈々と生き続けている。

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明日晴れるかな?

営業職は、利害の調整を行う場面が多く発生します。
それが仕事だと言ってしまえば、寂しい限りです。
人と人とのやり取りから生まれる信頼。
信頼を基礎とした悲喜こもごもが仕事の魅力でもあります。

人間社会の常でしょうか。

しかし、時としてそのむき出しの欲望との対決はエネルギーを多く消耗します。
人間の組成はこんなものかと思えば、楽にはなるかもしれませんが、これは意思を放棄した様で好きではありません。
そんな事を思う日はとっても疲れを感じます。
自分も時として、むき出しの欲望をあらわにする事もあるのですが…。

でも、世捨て人にはなれません。

これまでの人生の様々な場面で、多くの人に励まされ、勇気づけられてきました。
人はこんなにもやさしい言葉を持っているのかと思う事もあります。

明日晴れるかな?

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書く事で紡ぐ

人間のエネルギーとは恐ろしきものです。
特に実体なく、文字でせまる事は本当は、実際に会うよりもエネルギーを消耗する事もあります。
良い方では、好きな気持ちを伝えるラブレターから、悪い方では誹謗中傷のビラや匿名による中傷とか…。

私はエライ人の会議用の挨拶文から、メール等の文書作成の機会が多くあります。
仕事の事に関する文書は無機的であり、慣れてしまえば手間はとられません。
一番自分が書く事が苦手なのは…それは、自分に関する事です。
過去の出来事を、当時の自分の感情をおりまぜながら、客観的に表現をするのは大変に困難です。

無力感や孤独に苛まされていた頃、迷っていた頃、文章を書きました。
自分の生きてきた証を何処かに残したくて、一言一句文字を紡ぎ、表現しきれない自分の思いを綴りました。

自分の価値に迷い、彷徨しました。
「なぜ生きているのか、何のために生きているのか…」
書き記す事で、現実の出来事を闘いながら、現実に飲み込まれぬよう、必死だったのです。
書き記す文字、一文字一文字を現実と結びつけながら。

後でそれを読み返し、全て処分しました。
過去との決別という事もありました。

今でも私は書きます。
彷徨はしなくなった…と思っています。
一言一句文字を紡ぎ、自分の思いを綴っています。

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しあわせのランプ(Chapter8) 後悔と大きな代償

とても信じられなかった。
彼女が亡くなった事に。
あなたと出逢ったのは11歳の頃だったね。
互いに意思を確認する事はなかったけれど、いつも静かに暖かく見守っていてくれた。
魂が抜ける様に、するりと私の腕から抜けた…。

悲しみなんて感じなかった。
自分でもわからないその気持ちは怒りとなって込み上げてくるばかりで。
何日も、周りの人が涙していても、悲しみを感じなかった。
お墓に行っても…。
あなたの遺品を見ても…。

ある晴れたその日に、自分の部屋から窓の外を見ていて、ふと語りかけたその時、突然悲しみはやってきました。
涙がとめどなく溢れて、泣きました。
立っている事が出来ずに、両膝をついてしまいました。
泣いた。本当に泣きました。

悲しみを感じ、涙と共に流れた殻の中から、そして得体の知れない怒りが何であり、どこへ向けられていたものかが、わかったのです。

後悔でした。
怒りは後悔をする自分に、後悔をする様な事しか出来なかった自分に。
勇気のない自分に。
自分の弱さから後悔する自分に。

後悔する事しか、後悔する様な生き方しか出来なかった私に、それがいかに愚かな事であるか。

あの時、きちんとわかってあげられなくて、本当にごめんね。
あの時は、私も自分のことでいっぱいだったから…。
でも、今なら、あなたの気持ちが理解できる。
理解できるようになったと思う。

後悔に囚われる事がいかに愚かな事か、それを理解するにはあまりに大きな代償でした。
そして、その後も、私は後悔に囚われる事無く、今もしっかり前を向いています。

偉大な作曲家は絶望の谷へと突き落とされる。
聴力の障害が発生する。
耳が聞こえなくなり始めて書いたベートーヴェンのピアノソナタ「月光」。
第3楽章は何故、あんなにスタカートの連続で激しいのか。
人生のあまりに苛烈な出来事の連続に、作曲家として、音楽家として、生命としての聴力を失う。
その恐怖たるや。

彼はその生涯に三度の遺書を書いているが、自分のこめかみに銃をあて、その生涯を終わりにしようと目を閉じたそのとき、窓の外の雲間から射す光を感じ見て、自然からの語りかけに神を感じ、「おお神よ、私にまだ生きろというのですね」
繰り返される試練に、それでも必死に生きること、生きるために闘う。

第3楽章はベートヴェンが自分の人生に降りかかるその試練に果敢に闘いを挑む気持ち。

これが闘志 生涯を貫いてみせるというエネルギーに満ちた闘志。
負けない、闘って、生き抜いて見せるぞという、困難に立ち向かう勇気。

私には何故、第3楽章があれほど激しいのか、この時から感じるようになった。

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形(文)にする事は、その細部が甦り、形にする事で忘れられる、過去の事にできると思いながら、殆どは余計にリアリティを持ってしまいます。
冒頭の出来事は私がトンネルを抜け出るその頃のであり、今までその一切を形にする事はしませんでした。

今の状況に身をおいていれば、実は少々不自由な事があってもそれがいいんだと自分を誤魔化してしまう事があります。
納得させてしまいます。
少しの勇気を持って、次の扉を開けると、そこは今よりももっと素晴らしい世界が待っています。
加えて、自分の勇気と決断で開いた扉はもう、後ろ向きに開けられる事はありません。

過去の事をああでもない、こうでもないと並び替える。
過ぎ去った出来事は、もう一度自分を傷つける事はないから、そこは安住の地となりやすい。
でも、電車の車窓から見える景色も、進行方向を向いていればいつでも美しい景色は向かってきますが、反対方向を向いていれば全て過ぎ去った景色になります。
やっぱり、過ぎて行くよりも、やって来る方がいい。

しかし、やっと出来た内容は自分尺度のものとなってしまいました。
いかに貧弱は表現方法しか持たないのかを痛感させられました。
引用を多用すれば、人の言葉を切り貼りするようなもので、的確な表現もありますが、誰が書いたのかすらわからなくなってしまいます。

でも、少しだけ引用を

「われ事に於て後悔せず」 宮本武蔵「五輪書」
その日その日が自己批判に暮れるような道を何処まで歩いても、批判する主体の姿に出会う事はない。
別な道がきっとあるのだ、自分という本体に出会う道があるのだ、後悔などというお目出度い手段で、自分をごまかさぬと決心してみろ、そういう確信を武蔵は語っているのである。
  小林秀雄「私の人生観」

悲しみで花が咲くものか
世界はそれを愛と呼ぶんだぜ/サンボマスター

自分が、自分の心が、殻の中で、答えのない問いに苦しみ始めていました。
トンネルの出口の明かりが見えているのに、その出口は月より遠く感じられたのです。

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青い鳥

2005年にCIAの情報漏洩事件で、情報提供元を明かさなかった事から、ジャーナリストが収監された事件がありました。
収監されたジャーナリストは結果として法に触れる事にはなりましたが、ジャーナリズムの世界における、「ネタ元は明かさない」という不文律を守った事になると思います。
要するに掟を守ったという感覚でしょうか。
収監されるところのニュース映像だと思いますが、なんだかそのジャーナリストの表情は満足している様に見え、とても印象に残っていました。
この事は05年10月の雑誌「BRIO」の異端者の告白というタイトルのインタビュー記事で宮崎 学さんがお話されていました。

そのインタビュー記事の宮崎 学さん曰く、
…この行為をすれば損をする、とわかっていても、それを選択することがあるのが、人間なんです。動物との違いは、決定的な瞬間に反理性の行為を取れることじゃないだろうか。それが案外、いちばん人間が人間らしい瞬間じゃないかな。
とそのインタビュー記事の中で話されています。

先日、仕事で長野県の富士見町へ行きました。
仕事の合間にちょっとだけ時間を都合して、中央本線の信濃境駅へ行きました。
なぜか…ここがドラマのロケ地となったところだからです。
1997年の放送ですから、もう11年も前のドラマですが「青い鳥」の舞台になったところです。
ドラマの中では、清澄駅という実在しない駅名で使用されています。

車を借りて、駅の前まで行きました。
あまり長い時間帰ってこないと心配されるので、駅の前まで。
中に入ってみたかったのですが…今回はガマン。
外から少し見て、携帯電話のカメラでシャッターオン。

今更ながらなのですが、このドラマが旬であり、出張での私のお楽しみなのです。
相棒のノートパソコンは仕事の道具ですから、これと共に出張のカバンに「青い鳥」のDVDを忍ばせて行きます。
毎回1枚づつ。
取引先と夕食をしない時は、夜にゆっくりとこのDVDを見るのです。

テレビでの放送時は見ていません。
ちょっと前の記事で書いた通り、連続ドラマは録画でもしながらでなければ、絶望的です。
しかし、このドラマ前半クライマックス部分はふとテレビに映っている映像が記憶にあったのです。
それは映像よりもその場面に流れていた音楽が気に入って、ドラマは見ていないのですがそのCDだけ当時買ったのです。

電車が発車するベルが鳴り響くホーム。
これから自分に降りかかる困難な事態も知らない詩織。
その詩織の明るい声が無邪気にホームに響き渡る。
詩織の事も、自分の事でも過酷な運命を知り、笑顔が泣き顔に変わりそうなかほり。
抑えきれない気持ちを爆発させ、詩織を抱き上げ電車に乗り込む理森。

このシーンを見た記憶があったのですが、前後の脈絡がわからないので、記憶に残ったのは音楽だけだったのです。
これが、このシーンが宮崎 学さん曰くの事だと思うのです。

しかし、40過ぎてテレビドラマに一喜一憂しているなんて…と思う事もあります。

それでも、夏川結衣さんはきれいだし、豊川悦司さんは白いシャツの着こなしが最高。鈴木 杏ちゃんの無邪気さ加減は演技らしさを感じさせないクオリティ。
このドラマはファンが多く、今でも私のように信濃境駅を訪問する人が多いそうですよ。
ドラマの内容は勿論、好きな長野県の風景も私のお気に入りなのかな。

081106

TBSの「青い鳥」関連サイト
http://www.tbs.co.jp/tbs-ch/lineup/d0392.html

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風のガーデンより「人の為にやるという事が、自分を支えている」

普段はスケジュールの確保は殆ど出来ず、連続のテレビドラマは見る事が出来ません。
職種からなかなか自分の都合通りゆかず、決まった時間…は難しいです。
しかし、「風のガーデン」だけは脚本が倉本聰さんである事から、必ずパソコンで録画しています。
倉本聰さん脚本のドラマを見るのは「北の国」から以来です。
PSPで見れるように変換し、出張中の飛行機や新幹線の移動時間に見ています。
私のPSPはゲーム機ではありません。

見ている時は時間を忘れてしまいます。
集中していると言うか、のめりこんでいると言うか。
脚本が素晴らしい事は勿論、一流の俳優や女優さんの演技が秀逸で素晴らしい。
中井貴一さんと奥田英二さんとの二人の場面などは、演技に見えないぐらい。

今週の放送分は宿泊しているホテルで見ました。
ソファーに座って身じろぎもせず、じーっと見ていました。

先週の放送で中井貴一さん役の医師が、奥田英二さん役の患者さんに言った一言。
「人の為にやるという事が、自分を支えている」
これにはグッときました。
琴線に触れました。

人間にとって一番辛いものは貧しさや病気ではなく、それら貧しさや病気が生む孤独と絶望のほうだと知っておられたのである。
イエスは群衆の求める奇跡を行えなかった。
湖畔の村々で彼は人々に見棄てられた熱病患者のそばにつきそい、その汗をぬぐわれ、子を失った母親の手を、一夜じっと握っておられたが、奇跡などはできなかった。
そのためにやがて群衆は彼を「無力な男」と呼び、湖畔から去ることを要求した。
だが、イエスがこれら不幸な人々に見つけた最大の不幸は、彼等を愛する者がいないことだった。
彼等の不幸の中核には愛してもらえぬ惨めな孤独感と絶望が何時もどす黒く巣くっていた。
必要なのは「愛」であって病気を治す「奇跡」ではなかった。
人間は永遠の同伴者を必要としていることをイエスは知っておられた。
自分の悲しみや苦しみをわかち合い、共に泪をながしてくれる母のような同伴者を必要としている。
          イエスの生涯 遠藤周作

私はキリスト者ではありませんが、この本に出逢えた事。
そして、この言葉に多くの場面で励まされました。
この言葉はきっと偉い神様の言葉としてではなく、人間の言葉として心に入ってきました。

学生時代に大学の近くの書店で、理由もなく手にとって購入したのです。
この中には心にある表現できない気持ちを表現する言葉を与えてもくれました。
それは長いトンネルを抜け出た私の心にしみこむ、美しい水でした。

「人の為にやるという事が、自分を支えている」
人の哀しみを知り、それを自分の力に変える事ができる強い人。
そして、やさしい人だけが、こういう言葉を話せると思うのです。

しばらく「風のガーデン」には夢中です。

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風の男 白州次郎の「武相荘」へ行きました

就職し、今の営業部門で既に14年が経過しました。
14年も経過すると後輩も多くなります。
「上司は部下を見抜くのに3年かかるが、部下は上司を見抜くのに30分」とはよく言われた言葉。
素行も、言動も、後輩からは厳しくチェックされます。

企業は利益を求める事が存続の為の必須条件です。
極端な言い方ですが、企業における営業に携わる者は取引先から最終ユーザーを含め、その利害を調整する事が仕事です。
利益が伴う事は立場が違えば、その判断も様々な場面で変化します。
という事はトラブルは付き物です。

それを解決してゆく過程で人間性が現れる場面が多いと私は思っています。
後輩はこの危機に対して、どう対処するかをよく見ています。
私もそうでしたから、よくわかるのです。

思うような結果や合意に至らない事が多いのですが、妥協を強いられる場面やそれができない場面での折衝におけるスタンスが評価をされます。
即ち、信条。
この事を思い、白州次郎の「プリンシプル」が大切だと思うのです。

「物事の筋を通し、プリンシプルを重んじ、自説を枉げぬ」という強靭な人生は、白州次郎なればこそ許された。
他人が真似てすぐ世間に通用するというわけにはゆかない。
人間としての優しさ、しなやかさ、ユーモアというような表とは対照的な心情を内に秘めていてこそ、生きた値打ちがでる。
                     青柳恵介著 「風の男 白州次郎」より天衣無縫の気概 両角良彦

小学生の頃から「子供らしい可愛さがない」とか「生意気だ」なんてよく言われました。
特に中学入学の頃は「世間にもまれた方が良い」なんて段々話が厳しくなって行きます。
しかし、高校生時代に孤独に耐えても、自分の信条に従って生きる事がどれだけ心に自由があるかを知りました。
かつての生意気も、最近では「自分の意見を持っている」と異なる物差しで評価されます。
世の中変わるもんですね。

「本当の自由は真実求める心にあるはず」

こんな事を言ったら仲間はずれにされるかもしれない…。
こんな事を言ったらリーダーから見限られてしまうかもしれない…。
抑圧や死の恐怖がない環境で自由に真実を求められる事は、普段はなかなか感じませんが重要な事だと思います。
いまの心地よい環境を維持する為に自分の心を殺す。
自分に嘘をつくほど辛い事はない。

私が白州次郎を尊敬するのは、そんなところに源泉があるのかもしれません。
独立心、自立心。
とても強い心と同居するやさしさ。
強いからこそやさしく、やさしいからこそ強い。そしてダンディズム。

今日は自分だけの時間があり、先般断念した「武相荘」へ出かけて参りました。
ゆっくりと時間をかけて見てきました。
素晴らしい。
ダイニングの利用を考え、作られたレイアウト。
特に私は書斎部分で多くの時間を使いました。

夫人が主に執筆活動に利用した書斎。
壁に本棚が揃えてあり、手に取る事はできないのですが、蔵書の背ラベルをよく見ました。
小林秀雄の著作がよく目に止まりました。
小林秀雄はモーツアルトのファンからよく話しを聞かされました。
白州夫妻と小林秀雄は親交があったとの事。

互いに確固たる「プリンシプル」を持つ者同士、惹かれ合わない事がなかったと思います。
小林秀雄が亡くなった時の白州次郎の態度が全てを物語っています。

私は入館料の1,000円/人は価値有りと思います。

文章中は全ての敬称略。

Photo_2

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信濃路は晩秋の朝がいい

この3連休は紅葉狩りに出かける人も多いようで、中央高速は渋滞の名所で朝から混雑しているとの情報がありました。

子供の頃から、晩秋の空気が好きでした。
よく長野県の女神湖近辺に出かけました。
大抵は夏の暑い時期に行っていたのですが、親父の休暇取得の都合等で、秋にずれ込む事がありました。
蓼科や女神湖へ行くなら、私は秋に出かける方が好きでした。
子供のながらに暑い夏は海で泳ぎたいsign03
湘南の混雑が、お祭りみたいで好きでした。

当時から白樺湖周辺は開発が進んでいましたが、女神湖周辺はあまり開発もされていませんでした。
スキーシーズンが始る前、降雪前は観光客も少なかったと思います。
自分で運転が出来る様になってからは、出かけるのは、もっぱら秋。

暖かい部屋から廊下や通路に出た時の、凛とした空気の張り詰め具合が好きでした。
普段は早起きなどしないのに、そこへ出かけた時だけは早起きをし、冷たい空気と人工的な音のない自然の静けさを楽しんでいました。
夜は冷たい空気の中、見上げる空には美しい星。

お風呂は窓を開けて入り、目を閉じれば露天風呂。
これ本当に気持ちいい。
しかし、一つ問題が…。
周りがど真っ暗なので、蛾がお風呂の明かりを目指して飛んできます。
それが、東京サイズの約4倍。
デカイsign03
網戸や窓に「ガイ~ンimpact」とあたり、ちと気味悪い。

昨日、仕事の合間にレンタカーでちょっと立ち寄りました。
紅葉はきっと今週末が一番の見頃です。
雨は降っていませんでしが、あいにく天気が悪く、遠い景色は見えません。
でも、八ヶ岳に雪があるのはわかりました。

この3連休は出かけられないんだよなぁ~。

000   国道18号方面から湯の丸高原方面を向いて撮影。

001

同じ場所で佐久平方面を向いて撮影。

003

霧が峰高原で撮影。風にゆれるススキが美しい。

002

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NHKのアナウンサーは泣いていた

レンタルレコードが私の住まいの近辺で登場してきたのは、中学生の頃。
今から約27年前でしょうか。
それでも中学生のお小遣いでは、レンタル料は安いものではなく、エアチェックなんてFMラジオからの録音が結構あり、大切な音源でした。
それも、今ではたぶん販売をしているところを探すのが大変なカセットテープに録音。
なつかしい~。

FMステーションなんて雑誌があって、番組とその番組でオンエアされる曲がリストとして記載されていました。
FM局もFM東京とNHKFMだけでした。

そのNHKの番組に「軽音楽をあなたに」という夕刻オンエアされていた番組がありました。
当時からFM東京では1曲をフルコーラスでオンエアする事はまれで、曲の最後にDJが話をかぶせてきたりして、これはエアチェックにこだわる中学生には難問だったのです。
しかし、NHKFMは必ず1曲をフルコーラスでオンエアしていたのです。

オンエア予定曲に「ジョン&ヴァンゲリス」の「ホライズン」を見つけ、これも全曲オンエアするのかなと思っていました。
演奏時間は約23分です。
クラシックなら、特に驚く時間ではありませんが…。

当時ヴァンゲリスは炎のランナーで超有名人。
また、日本では南極物語のサウンドトラックを手がけている頃です。
イエス出身のジョン・アンダーソンとのユニットで、他のアルバムは聞いた事がなかったのですが、このアルバムは気に入って購入していました。

「ホライズン」は一言で言うと讃美歌の様な曲です。
この曲を予定通り、全曲オンエアしたのです。
もう聞き慣れたメロディーがFM波で届きます。
やっぱり素晴らしい曲。

曲が終わると明らかに泣いている声で女性のアナウンサーが話しています。
「ホライズン」はそういう曲だと思います。
曲の半分から大きく曲調が変化します。
表現が難しいのですが、大自然の姿に感動をするという…ところでしょうか。
美しい景色を見ると、わけもなく涙が溢れてくるような。
感動したその曲を涙声でも解説を続けるアナウンサー。
そしてそれにOKを出しているディレクターが素敵だと思いました。

プログレシブロックの範囲なのかもしれませんが、その神々しさは素晴らしい。
そういう区分が必要なのでしょうかね。

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しあわせのランプ(Chapter7) 折れた心

過日、取引先メーカーの工場と研究所にお伺いした時です。
研究室の管理が厳しいところに、その機械はありました。
シークエンサー。遺伝子解析の機械です。
大変高価な機械ですが、外側から見たのではデスクトップ型のパソコンに見えます。
Macの方が、よっぽどいいデザイン。

「これが○○の遺伝子を解析したものです」と見せられましたが、糸くずみたいなものが、つながっている様にしか見えません。
ここに瞳を青くするとか、ハゲになるとか、様々な設計図というか仕様書が書いてあるわけですよね。
九州大学では遺伝病や難病の治療にいよいよ活用する事になったそうで、この部分については成果に活用を大いに期待したいところです。
しかし、科学は時としてロマンを崩すようで。

空の星も地球から見る美しい姿は女性とのデートには不可欠ですが、これに近づいてヘリウムや炭酸ガスの集まり…ではあまりにムードがありません。
人間はまた、神の領域に近づいたでしょうか。

バブルな景気が膨らみ始めた頃です。
軽薄短小がもてはやされ、「おもしろくなければテレビじゃない」なんて言葉が使われる頃の事です。
私は空手に明け暮れる日々を過ごす高校生でした。

Chapter5とChapter6のとおりの高校生活でした。
他人にそうされたのではなく、自分からそうしたのですが。
折り目正しい、まじめな高校生…って感じでしょうか。
修学旅行の時です。
夕食も終わり、ひとしきりそれぞれの部屋へ帰ったあとです。
クラスメートが別の部屋から大変に楽しそうにしている声が聞こえてきました。
いつも、無視して仲間にも入らないのに、その時だけはどうしても気になったのです。
同じ部屋のクラスメートが、行ってみないかとと私を誘ったのです。
自分でも信じられませんでした。
どうしてこの時だけは頑なに通していたプライドと意地を捨ててしまったのでしょう。

どうして部屋へ入っていたのかは覚えていません。
ドアを開けて私の姿が確認できた途端に冷たい空気が漂いました。
「何しにきたの?」
自意識過剰と言えないでもないけれど、皆の目がそう言っているようでした。
それでも私は部屋の一角に腰を下ろしたのです。

まもなく会はしらけたムードの後に散会となりました。
そして、その部屋で就寝する人のみが残りました。
いたたまれなくなり、私が立ち上がった時です。
「まじめで、バカは取り得がないよな。バカなら明るいほうがいいよな。」と明らかに私を中傷する言葉が耳の入りました。
修学旅行のスナップ写真に私の姿は1枚もありません。
天の岩戸の扉の向こうは楽しい世界ではありませんでした。
外の宴は私を穴からださせる宴ではないって、自分が一番わかっていたはずなのに。

ずいぶん前ですが「小さいことにくよくよするな」なんて本がベストセラーになりましたね。
なるほど、気持ちの持ちようで、変わるなあと思う事がありました。
その中に「人と同じ幸福があると思うから辛くなる。幸福は平等ではない。」なんて項目がありました。

どうして、他人のように幸せになりたいという気持ちを割り切らなければならないのでしょうか?
あの人のように幸せになりたいと願い、考える事が不幸と苦しみの始まりなのでしょうか?

修学旅行のこの出来事はバブル景気に向う世の中にあって、私は思いました。
まじめに一生懸命に生きる人が馬鹿にされ、軽んじられるなんて。
そんな世の中があっていいのか。

享楽にふける者が真摯に、必死に生きる者をバカにする。
そんな事に怒りを覚えながら、例えば神の教えに忠実に生き、生活する人々がいる。
そんな人々に向かって、神に祈って、神が何かをしてくれたというのか…と心で問う。
神を信じて、すがる者にも、沈黙し何も答えないではないか。
この世の現状をみろ。
救世主など待てないのだ。

いいや、人を好きになろうと愛しんでほしいと思う気持ちがあるからこそ、苦しみが生まれる。
それが苦しくなる原因なら、自分はその事から一番遠い存在でいい。
本当はそれが一番できないはずなのに。
そう思ったのです。

そう考え人を見る程に、人それぞれに哀しみや苦しみがあり、わからなくなりました。
人間の本当の不幸は自分が誰にも必要とされてないと思う事。
自分の存在がなんなのか。
どうせ自分なんかと思う絶望感や孤独感。
そんな気がしてきたのです。
勝手に思い込んで…生まれた時から両親も健在で、兄弟がいて、多くの友達に恵まれ。

神は人の心にいると私は思うのです。
この世で、奇跡を行い、人を哀しみから開放する人はいないと思うのです。
新興宗教の多くが、一見現実の哀しみや苦しみを忘れさせてくれるけど、その多くが破綻したように。
この世の他の人も自分の事で精一杯。
他人を救おうなんて余裕のある人はいない。
でも、人間は一人で生きているのでなく、そんな中でも人を求めて、支えあい生きてゆく。

私は、私が孤独に苛まされた高校生活をそれからの自分にとっても必要な事だった思えるのです。
宗教を哲学的側面から捉えて、そう思える私の心には神がいると思うのです。
手をあわせて祈る事はないけれど。
神は沈黙などしていなかったと。

生きて行くとき、様々な失敗をし、人を傷つけ、それでも何で生きているのか。
私は自分がしてきた失敗や苦しみが人の役に立つ事が生きがいなのだと思う。
そんな瞬間が。
それは様々な人の人生が私に生きる力を与えてくれたから。
そして、愛は時に哀しみも苦しみも生むけれど、それだけではない、ぬくもりやあたたかさもある。
やっぱり私は人間が好きだ。

----------------------------------------------------------
この世の出来事に一喜一憂する毎日ですが。
しばらくこの事は考えており、文章にして、書きとめておこうと思っていました。
何度もパソコンに向かい書きましたが、どれも自分の気持ちの表現が上手くできずにおりました。
ここまで書いても、その時の自分の気持ちが…と考えるときがあります。
「歴史は創りかえられるように個人史だって自由に変えられる」と言ったのは寺山修二。
記憶の糸をたどって、綴りました。
当時、自分の存在を現実の事と言葉を結び付け不定期に日記をかいておりました。
生きているという証が欲しかったと今思います。
しかし、その後に読み返し、内容に耐えきれず処分しました。

多くの出来事が複雑に絡み合い、様々な感情の中で私は変わってきました。
未完の自分と戦いながら「しあわせのランプ」をもう少し織ってゆきたいと思います。

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しあわせのランプ(Chapter6) つぶれたバナナ

遠足なんて、高校生では課外活動と言うんだったかな…。
行きたくない。
例えようもなく、存在感はなかったけれど。
でも、行かなければ、負ける様な、負けを認めるような気持ちがする。
だから、意地でも欠席しない。

いつも通り学校へ自転車で向かいました。
その日は自転車の荷台のヒモが切れてしまい、バックを後輪にはさみこんでしまったのです。
ヒモの切れた部分を結びなおして、急いで学校へ向かいました。

席につくと、机に置いた自分のカバンからバナナの匂いがします。
カバンを開けると、バナナが潰れてカバンの内側にべったり付いていました。
匂いに気が付いて、皆が遠くから見ています。

視線を感じながら、こびりついたバナナをティッシュで少しづつ拭いてゆきます。
ヒソヒソと話をしているのが聞こえます。
気の毒そうな目で見る人がいます。

おふくろがそっとカバンにバナナを忍ばせてくれていたのです。

高校の個人面談で担任から、クラスで私は影の薄い存在と言われたんだよね。
中学生の頃の延長で考えたら、さぞ驚いた事でしょう。
中学生の時は毎日の様に来ていた友達が誰も来なくなったものね。
でも、担任の先生が「何でも相談に来い」って皆に言ったら、相談に来たのは私だけだって言ってたでしょ。
それは自分の存在感を高める為に、方法がないかと利用しただけなんだよ。
相談する悩みなんてなかったし、相談するに値する人物だなんて思ってもいなかったよ。

おふくろ、きっと知っていたんだよね。

決して楽しい高校生活を送っているなんて、思っていなかったよね。
私の毎日の様子から、わかっていたんだよね。
せめて、遠足の時ぐらい楽しい事があればって、そっと入れておいてくれたんだよね。

周りでヒソヒソ話していても…。
冷ややかに見ていても…。

なんとも思わなかったよ。

自分で自分の殻に閉じこもっている私でも、大切に思ってくれていたんだよね。
バナナは食べれなかったけれど、気持ちはいっぱい満たされていたよ。
胸がいっぱいだったよ。

おかあさん…ありがとう。

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おばちゃんのくつした

昨日、書店の近くを通ると2009年度の手帳販売用の特設コーナーが設けてありました。
もう、今年も残り3ヶ月をきりましたねぇ。

少し手にとって見ました。
いろいろありますね。
営業担当には必須の手帳も試行錯誤を繰り返し、紆余曲折を経て、約8年前に出会ったBindexのシステム手帳を今は愛用しています。

手帳とカレンダー。
およそ7年前と思いますが、福岡の事務所で勤務していた時の忘れられない出来事があります。

1月の仕事始めからまもなく、その日もちょっと済ませておきたい事があって残業しておりました。
福岡支店の事務所がテナントとして入っているビルは7時を過ぎると、ビルメンテナンスの人達が清掃にきてくれます。

残業が多かった事もあって、このビルメンテナンスのおばちゃんとも、いつしか軽口をたたくほど仲良くなっていました。

「なんだ、今日も居残りか!」とおばちゃん。
「おお、一流営業マンは仕事が向こうから、歩いて来るんだよ。忙しいんだよ」なんてね。

その日は、7時少々前に事務所を出る準備ができて、エレベーターホールへ帰り支度をして歩いて行きました。
エレベーターの扉が開くと、おばちゃんとばったり。

「おお、今日は私の方が早く帰れるね。へへっ」と私。
「めずらしい。ところで、あんたの斜め前の席(課長)の人まだいる?」とおばちゃん。
「いや、もう男で今日残業してるのは、私だけだよ」
「もう帰るんだろ。ちょっと下のエレベーターのところで、待っててくれよ」

言われ通りに下で待っていると、おばちゃんがエレベーターから降りずに、プレゼントの包みを私に押し付けました。
「ちょっと待ってくれ、頂く理由がないよ」「いいんだ、あんたこの間カレンダーと手帳をくれたから」と言い残し、おばちゃんはエレベーターの扉をしめて、上がっていってしまいました。

その年の前の暮れの事です。
その日残業をしている時は、課長も一緒でした。
いつもの時間におばちゃんがきて掃除をして帰って行きました。

すると課長が一言。
「この間、あのおばちゃんがあつかましくも、手帳とカレンダーをもらっていいかって聞くから、これでいいかって出したら、これじゃ嫌だって言うんだよ」
「ふ~ん」と私。
例年、年末は取引先が多い事もありカレンダーや手帳を、店が開けるくらい頂戴します。
自分たちが気に入ったものを一つづつ、部のみんなで持って帰っても、たっぷり余るのです。

この課長の話しがあった数日前、おばちゃんに「カレンダーと手帳をもらってもいいかい」と聞かれたので、「そこにあるもには、いくつでも好きなだけ持ってきなよ」と私は返答しました。
時間軸で行くと、課長に話して、断わった数日後におばちゃんは私に話したようです。
課長が私にした話は、私が「持っていきなよ」と言った後です。
頂戴した方々には申し訳ありませんが、時期が過ぎれば、使わない手帳やカレンダーは処分してしまいます(ゴメンナサイ)。

おばちゃんからのプレゼントは靴下でした。
何の気なしにした事を好意として受け取ってくれた事はとっても嬉しい事でした。
なんだか、その靴下はとっても温かく感じられ。
なんだか、その日一日の疲れが吹っ飛びました。
なんだか、帰り道もスキップしたいぐらい。

そして、後日の残業の時も、おばちゃんからまた一言。
「また、居残りかい?一流営業マンは忙しいねえ」

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しあわせのランプ(Chapter5)  星の輝き

夜のとばりがおりる頃…。
小高いところから、暗くても木々がわかる進む道の側面の山。
正面には墨絵のような形しか、わからない闇に浮かぶ山。
その正面の墨絵のような山の左上方にひときわ大きく輝く星がありました。
星はその明るさから一等星とか、なんとかなんて言うんだよななんて、ぼんやり考えていた時の事です。

湯布院の温泉街の灯りだけが、星から離れて集まって遠くに見えます。
まるで、その星だけが灯りからはじき出されたように。
でも、その星の輝きは孤高ではあるが、美しく、また気高く感じました。

荒んだ中学生活を追え、逃げるように私立の高校へと進みました。
当時、クラスで私立高校へ行くのは私を含めてもう1人だけでした。
高校生になって新たな生活に切り替える事をしばらくは試みました。

…学校には友達が誰もいませんでした。
学校には欠席せず、かならず行きましたが、1日1言も話さない日は少なくはありませんでした。

中学生の頃は、徒党を組んでケンカに明け暮れて、自分の仲間をいかに増やして行くかの毎日。
だから、いつも自分の周りにはたくさんの人がいました。
しかし、考えれば一部の人を除いてはその関係は希薄なものであり、徒党を組んだ人々が日常をスムーズに過ごすための関係でしかなかったのです。
中学生活の終わりにその事に気づいてしまった私は立ち止まりました。

高校生ともなると少しは思慮深くもなり、人間関係においても何でもケンカで解決するわけにはいきません。
また、大学の付属高校に進学したため、ケンカは御法度で大学への進学を阻む、大きな要因になったのです。
そんな事を繰り返したきた私は他人との関係を上手に保てなくなってしまいました。

昨日帰りにマクドナルドでどうしたとか…。
パーソンズの服がどうしたとか…。
皆で集まってコンパをしたとか…。
本当は自分も仲間に入れて欲しいのだけど、中学生の頃自分は…が邪魔をしてどしても仲間に入れてくれとは言えません。
さびしいから、ひとりは嫌だからと…この気持ちで自分を、自分の気持ちを殺してもいいのか。
そうして、私は話しをする人もいなくなってしまいました。
家族にも、今までの友人にも。
自分で自分の心に壁を作ったのです。

かつて自分が「追放」といっては仲間はずれにしてきた人はこんなにさびしい気持ちだったのか。
だれも、自分の存在すら認識してくれない瞬間ってこんなに淋しくて、哀しいのか。
また、空手をはじめた事で、同時に殴られる痛みを感じ、自分の行ってきた愚かな行為が身にしみるようでした。

中学時代のその彼と会ったのは街を歩く時も、下をみて歩く事の方が多くなった頃でした。
後ろから肩を叩かれ、振りかえると彼がいて、私は驚愕しました。
会いたくなかった…が正直な気持ちでした。
にっこり微笑みながら、彼は私に「元気?」と聞いてきました。
本当は走って逃げ出したい気持ちだったのだけれど、しばらく話しをする事になりました。
彼は中学生の頃、いじめられていた自分を私が救ってくれた、仲間に入れてくれたと。
その事は忘れないと彼は言いました。
違うんだ、そうじゃない。
私は彼をいじめていた奴にケンカを売る材料が欲しかっただけなんだ。
彼を救うなんて気持ちでやったんじゃないんだ。
今の俺を見ないでくれ…。
その気持ちがいっぱいで、何を話したかすらよく憶えていないのです。

私はこの事が、自分の中に少しずつ変化が出る出来事であったと振りかえって思います。
その後、直ぐにはいきませんでしたが、多くの人との出会いと様々な出来事とともに私は変わりました。
しかし、辛い高校時代がなければ、その後の私はなかったでしょう。
「幸せという字は十分辛いと書く」と教えてくれた人がいました。

すっかりそんな出来事もしばらく忘れる程の時間が経過したある日、彼が自殺した事を知りました。

地上は湯布院の温泉街のたくさんの灯り。
空には輝く孤高の星。
本当はその灯りの中に入りたいのだけれど、燦然と輝く星は孤独に耐えているようで…。
仕事や日常の様々な事で、孤独に負けそうな時は夜空に一人で輝く星を見上げて…何万光年も先でひとりぼっちのくせに、きれいに光りながら頑張りやがって。
負けられないじゃないかって。

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秋の夜長、いかがお過ごしですか?

秋の夜長、いかがお過ごしですか。
読書もいいですが、音楽などいかがでしょう?
子供が寝てしまえば、妻と大人の時間。
ゆっくり、ゆっくり。
少し濃いコーヒーと時々のおしゃべりと。

小さな音で、少し低音の響きをよくします。
ラフマニノフのピアノ協奏曲第二番ハ短調 作品18。
この曲はよくCMで使われるチャイコフスキーのピアノ協奏曲と同じく有名だそうですが、生のコンサートの演目で残念ながら私はまだ見た事がありません。

ラフマニノフは自身の交響曲第1番が酷評でこの曲を作曲中に精神を病み、作曲が途中で続けられなくなったそうです。
様々な治療を試みたが、成果がなかったとか。
その後、友人に紹介された精神科医で催眠術の大家の献身的な治療で治癒し、この曲を完成させたそうです。
そんで、この曲はその先生に捧げられたとの事。

楽曲は3楽章からなり、だいたいどの演奏家のも30分ほどです。
第1楽章の冒頭、ピアノからオーケストラ全体を引っ張るような強烈なメロディー。
ググッと引きこまれます。
いかにも悩んでる、苦しんでるという感じ。

第2楽章。
こんなに切なくなるメロディーがあるかと思うほど。
この楽章は映画音楽(イギリスの古い映画で「逢びき」)にも使用された事があるとの事。
しかし、聴いていて胸が苦しくなるような…。
たのしい恋愛ではなく、何かせつなく、哀しみを含んだような…やるせない気持ち。

第3楽章。
作曲していた時の感情があるのでしょうか、私には喜びに満ちて行く感じがします。
ピアノがメロディーの中心ですが、終わり近くにオーケストラが一度だけメロディーの中心となります。
この瞬間が最高。
なんだか「生きているって素晴らしい!!」ってエネルギーが爆発する。

いつも、いっきに聴いてしまい、もう一度聴いてみたくなるのです。

前の記事でaikoの楽曲にも触れたので少し。
秋の夜長にはアルバム「秘密」がいい。
なんだか夜に書くラブレターみたいなもの。

情景が浮かぶような歌詞で、その内容は誰もが一度は抱いた事のある気持ち。
まったく秀逸。

いつも自分に言い聞かせる
君の目にはもう僕はいないと
夜も朝も射す光はいつも同じで
確実に過ぎていった毎日
未来を夢見たあの日の僕

今日も今日も今日も 空は晴れ

      aiko アルバム「秘密」より「キョウモハレ」

悲しい別れの後は何故か必ず、くやしいぐらいのいい天気。
素晴らしい青空だったなぁ…いつもそこに自分が留まっている事を許さないような素晴らしい青空だった。

アルバムも最後に近い「ウミウサギ」
曲の始まりピアノとヴォーカル、終わりはギターが余韻を残して消えてゆく。
これが最後の曲「約束」にとっても美しいつながり。
この曲が書かれた目的は別にあるようですが、その事は別にして…これまで別れてきた老若男女とどこかで、きっとまた会いましょう。
姿や形は違っても、また幸せな出会いをしたい…。

車の中や昼間に大音量で聴くのもよいけれど、これもとってもいい感じ。
時間がゆっくり流れる感じがします。

皆様、いかがお過ごしでしょうか?
秋の夜は深まるばかり…。

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夏の終わりのカブトムシ

朝夕に吹く風も、ぼちぼち秋を感じる様になりましたね。
そう思うと、ギラギラするような暑さが少し懐かしくなる。
人は勝手ですねぇ~。

先日、中学生になる長男が近くのバス停まで、どういう風の吹き回しか私を迎えに来ました。
そんな時、ずいぶん背の高くなった横顔を見ながら、ふと思い出しました。

二男が生まれてから、1ヶ月が経過した頃です。
自分の親にはじまって、この間に自分の友人、妻の友人と来訪者がたくさんいました。
長男(当時4歳)はお客様が来ることが楽しくて、楽しくて、大変喜んでおりました。
長男は今6人家にいるとか8人いるとか、たくさん家に人がいる事を喜んでいました。

そうして、妻の両親が帰り、これで来訪者の予定は一通り無しとなりました。
妻の両親は午後6時半の飛行機で、当時勤務地であった福岡から東京へ帰りました。
夕焼け空と空港を左手に見ながら周囲を周る様に、高速道路の入り口に向け車が走ります。
暮れはじめた空に離発着の大きな翼が大きな音と共にすぐ近くを過ぎて行きます。
長男と両親を空港に送ったかえり道、車の中でポツンと一言。

「また、4人家族になっちゃったね…」
「4人もいればいいじゃないか」と私。
「そうだね」と長男。

ちょうどMDからはaikoの「カブトムシ」。
aikoの中低域の伸びる声はメロディーと風景にあいまって、長男のさびしいと思う気持ちを助長し、私に伝わるようです。
(これから、もっと辛い別れを乗り越えなくてはならないのだよ。でもそれ以上の喜びもある。)と心で思う親父なのでした。

「おとうさん、高速でおかあさんのところに早く帰ろう」
「はいはい! OK、OK」

いつもより踏み込むアクセルに、スカイラインのターボの音まで長男に答えている様でした。

大人になると何でも無い事が、子供の頃には明日をも知れぬ一大事である事が多いですよね。
様々な出来事をそんな事と簡単に考えず、その気持ちは大切にしたいと思います。

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この子は充分愛されて 育っていますね

もう少し前の事です。
その日は歯医者の予約時間に間に合わせるのに必死だったのです。
なんとか時間に間に合い、直前の予約の人の治療が遅れており、一息つく間が出来ました。
いつもは必ず読みかけの書籍等をもっているのですが、その日は慌てて飛び出したので忘れてしまったのです。

待合室にあった”日本一短い「母」への手紙 一筆啓上 福井県丸岡町編”を手にとったのです。
最初の作品が

お母さん、雪の降る夜に私を生んでくださってありがとう。
もうすぐ雪ですね。
天根利徳

だったのです。
これだけで、こぼれそうな涙を我慢していましたが、その後の作品で我慢するのは無理だと考え、書籍名を覚えて本を戻しました。
このシリーズは父親や家族宛も含めていくつかあり、人前ではとても読めそうになかったので、帰り道に買って家のトイレで密かに読みました。

先般の福岡での悲しい事件に始まり、罪もない子供が殺される事件に胸が痛むと共にやるせない気持ちを感じます。
この事件の詳細が報道されるにつれ、思い出した事があり書籍を探しておりました。
思い出したのは以下の文章です。

この子は充分愛されて 育っていますね

親と子と別々の面談のあと、児童相談所の先生の口から最初にでた言葉です。もう何年も前のことですが。
障害を持って生まれた息子は、知的障害の他にも次々と病気がでて、そのつど親は右往左往。
また、思うようにできにない「しつけ」にあせり、いらだちと、どうしてよいのかわからず、ただただ一緒に泣いたりと、親の感情のままに育てた子なのに…。
私にとっては意外な言葉でした。

知的障害は様々な症状からくる弊害が大きく、言葉でのコミュニケーションがむずかしい分、本能的に驚くほどいろいろなことを察知します。
そのため、ごまかしがきかず、また素直でむじゃきなのです。

この言葉を聞いたあと”あぁ、いまのままでいいのだ”と思えるようになり、「障害児」という不思議人間と格闘するのはやめよう。
むき合って教えなくちゃという気持ちが萎えて、一緒に並んで、のんびりゆったり歩こうと思えるようになりました。
私が息子にしてやれることは、精一杯愛していくことだけなのかも知れません。

渥美京子 愛知県
こころにしみた 忘れられない言葉 岐阜県笠原町【編】

途方にくれ、迷っている時に、自分を肯定してくれるこんな言葉に出合ったらどんなに勇気と希望を与えられるでしょう。

長崎でまだ小学生で、同級生が同級生を殺す事件があった時、その事を契機としたNEWS23の特集に事件現場の映像に重ねて「タガタメ」が使用されました。

子供らを被害者に 加害者にもせずに
この街で暮らすため まず何をすべきだろう?
でももしも被害者に 加害者になったとき
かろうじて出来ることは
相変わらず 性懲りもなく
愛すこと以外にない

タガタメ Mr.Children

愛すこと以外にない。

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しあわせのランプ(Chapter4) 渇望

荒む中学生活、勉強するのではない。
何か楽しい事はないかなと学校へは行くのだ。

私は性質が悪かった。
家庭でのしつけは親父も厳しく、一見は普通の生徒に見えるが、先生や親の見えないところでは…というタイプだった。
仲間はたくさんいた。
自分がその中心にいる事で私は満足だったのだ。
それは自分の傍若無人が通用するからだ。

通学していた公立中学校は特殊学級を併設している学校だった。
特殊学級に所属する生徒もホームルームと国語の授業だけは一緒に受けた。

おそらく小児麻痺が原因だった思うが、マーちゃんは話す事、歩く事が不自由だった。
いつものように教室で輪になって話していた時、たまたまホームルームでマーちゃんが教室にいたのだ。
視界に入った私は「マーちゃん、どう思うよ?」と何気なく声を掛けたのだ。

近くで我々の話を聞いていたから、彼はとても嬉しそうに答えてくれた。
嬉しそうに答えてくれた事を、本当は私が嬉しくて、教室に来るたびに必ず彼を入れて皆で話したのだ。

しばらくして、マーちゃんの母親から手紙をもらった。
それは「学校で話をするたくさんの仲間が出来て、マーちゃんが学校へ行くのが楽しくなった」と言っていると書いてあった。
「いつまでも仲良くしてやって下さい」と書いてあった。
マーちゃんが不自由な体で、大きな文字で「ありがとう」と書き添えてあった。

マーちゃんと会ったのは中学3年生になってからだった。
私は彼の存在をそれまで知らなかったのだ。
半身が不自由な為、口からよだれが垂れてしまう事があった。
その事が「汚い」と言われ、いわれない暴力を受けていた事もあった。

嬉しかった。
単純に嬉しかった。
誰かに感謝される事が嬉しかったのだ。

お山の大将が複数いる時代。
マーちゃんと仲良くなってから、マーちゃんをいじめたグループを別の口実を作って争いを発生させ潰したのだ。
マーちゃんは私の仲間となり、もう暴力や汚いと言っていじめる連中はいなくなった。

特殊学級の生徒は別棟で通常は授業をしており、我々がその棟に入る事は許されなかった。
しかし、特殊学級の先生から皆で来て欲しいと招待をされたのだ。
先頭になって迎えてくれたマーちゃんの笑顔が忘れられない。
マーちゃんからもらった年賀状は私の似顔絵が大きく書いてあった。

ケンカや勢力争いの日々。
「井の中の蛙、大海を知らず」ここに極まれリであった。
多くの人を傷つけた。
自分のグループが大きくなって行く事で満足だったのだ。
それが、何で結びついている仲間なのかなのど、考えもしなかった。

ある日、仲間が一人づつ校長室に呼び出された。
理由は暴力だった。
彼が家で風呂に入ろうとしていたところ、体にある多くの痣を見た母親が心配して連絡してきたのだ。
私は一番最後に呼ばれた。
先生からは私がその事を自分の仲間がやっていたが、黙認していた事を知っていたのだ。

私には「直接暴力をふるうのと、精神的な暴力とどちらかが辛いか考えた事があるのか」との詰問だった。
自分の仲間がやっていて、それを黙認している立場が一番罪が重いのではないのかと。
私は何故、この事がわかったのかと聞いた。
どうしてその事を問い合わせたのか、自分でもわからない。
彼の体にある多くの痣を見た母親が心配して連絡してきたのだとの返答だった。

自分の子供の体に少なくない痣があるのを母親が見つけたらどんなに心配するだろう。
何も説明しない自分の子供が、痣のある体をかかえて震えていたら、どれだけ心配するだろう。

私はシラケてしまった。

仲間が増えて行く事が魅力であり、最大グループになって行く事が結びつきの理由だったのだ。
それには争いを続けてゆくしかないのだ。
シラケた私はそれを放棄した。
グループは急速に瓦解して行く。
卒業は間近だった。

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しあわせのランプ(Chapter3) 裸足で走れ

写真を撮影する為に一列に並んだラガーマンが勝利の喜びで泣きながら、カメラの方を向いている。
チームの勝利だ。
個々人の能力が結晶して、勝利へと結びついたのだ。
皆で分かち合う喜び。
撮影の合図に「イェーッ!」と反応している。
「あなたにもこういう思いをさせてあげたい…」
テレビ画面を見ながら、母親はそう言ったのだ。

中学時代は校内暴力華やかりし頃で、授業もまともに出来ない日があった。
ケンカは日常茶飯事。
大人の世界の縮図の様に、権力闘争もあった。

荒んでいたのだ。
その荒んだ心に共鳴する人は多くいたのだ。
夕暮れの校庭で感じた孤独感や大切の思ってくれる人の気持ちは意識の外にあった。
ランプのあかりが灯っているのに、その灯りが見えなかった、見えない事にしていたのだ。
仲間は多くなり、私の振る舞いは傍若無人だった。

小学校の高学年から地元ユースの野球チームに入った。
センターで背番号は9番となり、レギュラーにぎりぎり入っていたのだ。
その後に肩のよさを評価され、ピッチャーへ抜擢された。

運動会でも主役になれる機会はなく、ピッチャーという野球で絶対の主役になれる事は本当に嬉しい事だったのだ。
練習も意欲的に取り組んだ。
試合に登板する事を予告され、前日は自分がスターになるところを夢見ながらなかなか眠れなかったのだ。
勿論、両親にも話した。
練習も試合も見に来た事がないのに、その日は見に来ると言ったのだ。

しかし、当日はベンチだった。
両親の前で、膝を抱えて土いじりをしていた。
両親には帰って欲しい…と思っていた。
当日の登板は一つ年齢が下のチームメイトだった。
聞きたくなかったが、彼の両親が監督へ懇願したのだ。
その事実を本人から聞かされた。

この頃から、大人には「君は子供らしくない」とよく多くの人から言われるようになった。
大人びているという事ではなく、つまりは可愛くないという事だ。

だからって、そんな事があったなんて、言えるはずもない。
登板できなかったという事実だけがあったのだ。
くやしいという気持ちよりも、そんな事が認められる事にシラケたのだ。
でも、残念なのと申し訳ない気持ちで消えてしまいたかった。

しかし、別の日に登板する日がやってきた。
そんな事があってもやっぱり嬉しかったし、その時は興奮した。
同級生の仲の良い友達がキャッチャーをしており、彼とバッテリーを組める事は嬉しかった。
彼は本当にニッコリして「ガンバレヨ」と私にボールを届けに来た。

やっぱり実力がなかったのだろう。
ひどい結果だった。

交代を告げられると、相手チームが声を揃えて私を野次る歌を歌い始めたのだ。
本当は結果が出せない自分に一番腹が立っていたのに、これまでの事もあり、私を刺激するにはその歌は強烈すぎたのだ。
交代を告げられ、当人両親推薦の投手に無言でボールを渡す屈辱感にまみれ、「頼む」と一言マウンドを降りた。
しかし、自軍のベンチに戻るのではなく、相手チームのベンチに私は歩いて行った。
野次る歌声が大きくなったのではない、自分が近づいて行っているのだから、大きく聞こえてくるのだ。

監督が「いつまでも、そんなところで野次にのまれているんじゃない」と後から声を掛ける。
次の瞬間、私は相手チームの一番大きい声で歌っている、一番大きな奴に殴りかかったのだ。
後は試合にならなかった。

写真を撮影する為に一列に並んだラガーマンが勝利の喜びで泣きながら、カメラの方を向いている。
チームの勝利だ。
個々人の能力が結晶して、勝利へと結びついたのだ。
皆で分かち合う喜び。
撮影の合図に「イェーッ!」と反応している。

この類の光景が、私にとって一番忌み嫌うものとなった。

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あなたの記憶にある最初の思い出はなんですか?

先週は取引先との接待もあり、立山アルペンルートを富山県から長野県へ向かうルートで移動しました。
天気にも大変恵まれ、美しい景色を堪能する事ができました。
役得役得。
写真もいくつか撮影し、帰宅して小学生2年生の二男に見せると「今日は会社の遠足だったの?」と聞かれてしまいました。

黒部ダムで取引先がダムの下を覗き込んでいる時、同じくダムを覗き込んでいる家族に置き去りにされ、ベビーカーから大脱出イルージョンを試みようとしている子供が一人。
イルージョンは成功せず、遂に関心を引き戻す為に泣き始めました。
これを後輩と同じ視線で見ていた私は「子供ってかわいいよな。自分の子供はあんな時期は過ぎたけど、孫なんてできたら間違いなく溺愛しそうだ」と私。
後輩も(彼は結婚が早かったので、既に高校生の子供がいます)「私もそう思います。他人の子供でも、子供を見ているだけで顔が緩みます。自分にも孫なんかできたら、間違いなく溺愛しますよ」と話しておりました。

長崎県の島原半島にある有家という場所へ仕事で行った事があります。
取引先と現地事務所での待ち合わせでしたが、約束の時間より相当早い時間に到着しました。
応接に通されましたが、道路をはさんで聞こえる波の音に誘われ、海岸へ降りて行きました。

時期は2月頃だったと思います。
関東の人から見ると、九州は南国のイメージもありますが、冬にはところにより降雪もあります。
確かその日も日本海から有明海へと吹く風は冷たい日だったと思います。

曇りであまり波もない海岸から水平線を見ている時、胸に息苦しさを覚え、思わず両膝をついてしまったのです。
哀しみで涙がこみ上げて来ます。
自分でも理由がわからず困惑しています。
こんな事は経験がありません。

この頃、島原半島では全国ニュースになる大きな事件がありました。
保険金殺人です。
旦那と子供に保険を掛け、情夫と共に妻が殺害する事件でした。

その事件について一部始終を報道や現地の人々から見聞きしたのです。
やるせなく哀しい気持ちになったのは、殺された中学生の子供の事でした。
父親が殺され、情夫が公然と出入りする様になると情夫から暴力を振るわれ、情夫がいる間は家に入る事も許されない。
寒いガレージで膝を抱えて、じっと寒さをこらえながら時間が過ぎるのを待つ。
まだ、自分で、自分の力でこの環境を捨てて人生を切り開いてゆくには幼すぎる年齢。
彼のその絶望と孤独を思うと、例えようのない哀しみと怒りが体中をめぐります。

どんなに哀しかっただろう。
どんなに辛かっただろう。
どんなにさみしかっただろう。

やがて情夫に夜釣りに誘われます。
夜釣りに誘われても楽しい事もない、断る事もできないその状況で、いったいどんな絶望の中で出かけたのだろう。
そこで、睡眠薬を飲まされ海に突き落とされ溺死させられます。
這い上がろうとするところを、押さえつけられて。
そして、その行為を実の母親が手伝っている事を認識しながらです。

私には霊が見えるとか、憑依するとかそういう能力はありません。
でも、それはなぜか突然に私の心をつらぬいたのです。
そう感じたのです。

その後も哀しいニュースは後を絶ちません。
…ただ、おかあさんと一緒にお風呂に入って、眠りたいだけなんだよ。
…悪いのはぼくです。おかあさんは何も悪くありません。
今度生まれて来る時は、愛しんで大切にしてくれる人のところに生まれるんだよ…と祈ります。
一方に心の闇がある事もわかります。
しかし、一方には選択の余地がありません。

「人間失格」という野島伸司さん脚本ドラマの最終回でこんな台詞があります。

…あなた達には実感がないんです。
生きてる実感がきっとないんです。
何か大きなものに流されて、自分がなんなのか分からないでいるんです。
人間なのか、自分の体の中に何色の血液が流れているのか、傷つけると痛みを感じるのか。
それが分からないあなた達は、友達の体から赤い血が流れて、苦痛に顔を歪めて、孤独や絶望で表情を失っていくのを見てほっとするんです。
友達を傷つけることで、生きてる実感を感じようとするんです。
勘違いしないでください。
友達にいくら赤い血が流れていても、涙が溢れていても、それはあなた達自身じゃない。
あなた達は、人間だとは言えません。
みんなが…みんなが生まれたことだけで、もうとても素晴らしいことなの、生きていることだけで、素晴らしいことなの。
自分自身の存在に、早く自分自身で気づいて。
素晴らしい自分の命と同じように、友達の命も素晴らしいことに気づいて。
自分を愛するように、友達も愛して…。
            …人間・失格―たとえばぼくが死んだら 野島 伸司 (著)

あなたの記憶にある最初の思い出はなんですか?
そう問いかけられた時に、誰もが自分が愛しまれた素晴らしい思い出であるように。

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音楽は思想を超え、宗教を超え、言葉を超え、伝わる人間が持つ心。

中学生の頃、深夜番組を親の目を盗んで見たい事がありまして。
中学生の男の子が、親の目を盗んでみたい番組です。想像して下さい。
当時、日本に初来日していたカラヤンの番組を見ると嘘を言って、ちょっとHな番組を見ようと、ドキドキワクワクしながら、親が就寝するのを心待ちに準備をしていました。

しかし、カラヤンの番組を本当に最初に見たら、その虜になりました。
神経質そうなその風貌。
来日するのに、専用のシェフを連れてくる。
専用のジェット機で来る。
フルトヴェングラーとの確執。
ヘビィメタルバンドのメンバーとは大きく違います。

ヘルベルト・フォン・カラヤン
何よりも情熱あふれる、指揮するその姿。
目を閉じながら、水面を走るようにしなやかに、大地を割るように振り下ろされる刃物のように、震えながら天を衝くように振り上げられる指揮棒。

もともとクラッシック音楽は好きでしたが、その作品の背景よりも楽曲で聞くというか、メロディーで聞く事が殆どだったのです。
カラヤンの指揮する姿にすっかり心奪われました。
音楽を聞く事の深みを与えてもらった気がしました。
オーケストラを手中に、目を閉じながら、感情を高ぶらせて、神々しい。

それから、特に来日したヘビィメタルバンドがステージで狂ったようにプレイする姿は見ましたが、カラヤンの指揮と同じ感覚はありませんでした。
それはそれで素晴らしいと思いましたが、神々しさは感じなかったのです。

ところが、日本のヘビィメタルバンド「X Japan」yoshikiのドラムプレイを見たときにカラヤンと同じ感覚がありました。
全身全霊を込めて、猛烈なドラミング。
曲のドラマチックな部分では必ず表れ、ギターやボーカルにも決して負けない猛烈な存在感のドラム。
あれじゃ、ライブの最中に倒れるのも理解できる。

今度は反対になりますが、エドワード・デュプレのチェロを演奏しているところは見た事がありませんが、その気迫は残されたCDのプレイに感じます。
エルガーのチェロ協奏曲は私がこのCDに出会えてよかったと思ったCDの一つです。
人が呼吸をするように聞こえてくるそのチェロは、弦が限界まで演奏者と闘っているようであり、喜怒哀楽いやそれ以上がメロディーを超えてくるのです。
愛なのか、喜怒哀楽なのか、楽器の変遷か、または演奏者の人生か。
彼女の人生が聴く者に更に迫ります。

小学2年生の息子が先日、妻が見ていた「戦場のピアニアスト」のDVDを横で見ていました。
私はこの映画を見た事がありません。
ナチスドイツがユダヤ人に対する迫害の残酷なシーンがあるそうです。
彼はそれを見て、何を、どう感じたのでしょうか。
ストーリーを理解出来たでしょうか。あえて聞いてはいません。

しかし、イラクを始め世界で繰り返される悲しいニュースに、時々興味を示し私に理解できない内容を聞いたりします。
それから彼が弾くピアノには、何かを感じる…は親バカすぎます。
現在は3月の発表会に向けて、半分いやいやながら練習をしています。
ところが、通知票にある先生のコメント欄に「ピアノを弾いていたら、皆が集まって来て、スゴイと尊敬されていました」なんてのがありました。
おいおい、そういう事に使うんじゃないよ。

ショパンの革命はなぜ、あんなにも狂おしいのでしょう。
ベートーベンはなぜ、第9の最後を喜びの歌で終わらせたのでしょうか。

鹿児島への出張で、知覧の特攻隊の記念館に立ち寄りました。
その遺品や遺書は表現が困難です。
その時に一緒に同行した取引先の常務は女性であり、母でもありました。
彼女は涙を禁じ得ませんでした。
肌身に迫った現実があるわけではありませんが、悲劇は世界で繰り返されています。

ショパンの革命はなぜ、あんなにも狂おしいのでしょう。
ベートーベンはなぜ、第9の最後を喜びの歌で終わらせたのでしょうか。
私はなぜ、カラヤンの指揮する姿に感動をし、デュプレの演奏に感動をするのでしょうか。

きっと人間の根幹は単純で、皆が同じものを持っているからなのであろうなあと思うのです。
音楽の可能性に崇高を感じ、人間の可能性を感じます。
男と女、兄弟、親子、隣人、同じ故郷、そして…世界に住む同じ人間。
思想を超え、宗教を超え、言葉を超え、伝わる人間が持つ心。

あまりに尊大なテーマですが、でも答えは単純なところにある気がしませんか。
上手に表現ができませんけど…。
ベートーベンはきっと、苦難の連続だった人生でも、喜びの歌で表現をしました。
いや、したかったのだ、せざるを得なかったのだと私は思うのです。

さて、冒頭本当にカラヤンの指揮に感動をした私はHなテレビを忘れていたのでしょうか。
いいえ、忘れていません。
カラヤンの番組が終わると、大急ぎでチャンネルを変えましたが、終わっていたのです。
やっぱり…ガックシ。
懐かしい…青い想い出です。

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音楽は神様が人間にくれた大切なプレゼント

幼い頃に聞いたお話しレコード。
「白鳥の湖」
絵本の最後のページはデュークフリートとオデッタが飛びこんだ岬に虹がかかり、共に手を握り合い、2人が昇天してゆく様だったと思います。

子供ながらに感動したのです。

その時は、悪魔の魔法を解くために、二人して、死してその魔法を解き天国で結ばれようという愛の結びつきに、その強さに感動しました。

今は闘わずに死を選んだ事を全面的に肯定はしないだろうけど。

それから、その物語に付随するチャイコフスキーのバレエ音楽「白鳥の湖」は私の心を捉えたのです。
生きるという事、愛の強さ、その激情。
多分思うにこれが、私の音楽に接する原点と考えるのです。
親に言わせれば「ひょっこりひょうたん島」の主題歌を踊りながら歌っていた…なんて言われるかもしれませんが。

その後クラッシックは親に押し付けられ、小学生のためのクラッシック大全集なんてのプレゼントされ、ところがそれをしつこく、擦り切れる程に聞きました。
小学生の頃大好きだった「宇宙戦艦ヤマト」はサウンドトラックが大編成のオーケストラだったのです。
ちっとも違和感が無いし、これも大好きだったのです。

しかし、西城秀樹。
なんで、あんなに情熱的な歌い方ができるのだろうと、どうしたら、あんなに激しく、熱く歌えるのだろうと。

夜、布団に入ってから、どうしても我慢ができなくて、2階の部屋で練習したのです。
「ボタンをはずせ~心を見せろ!!~♪」
あ~っ、どうして秀樹みたいに心から絞り出すように歌えないのだろう。
「ボタンをはずせ~心を見せろ!!~♪」
「ボタンをはずせ~心を見せろ!!~♪」
階下から親父の一言。
「ボタンをはずせはわかったから、もう寝なさい」

それからやってきましたピンクレディーブーム。
クラスの女の子も仲良しどうしでペアになって、振りマネ、歌マネ。
お誕生日会やお別れ会には必ず、何組ものピンクレディーが登場。
他の方々も皆様、グループで劇とか手品とか。
そんな中で私はいつも一人で、沢田研二。
ジュリーよジュリー。
本当に勝手にしやがれ。

本当に人を好きになるなんて事を感じる中学生。
当時はアリスに松山千春、さだまさしが大人気。
さだまさしの歌に、歌詞の意味を少し考えるようにもなりました。
ちょっぴり大人への入口です。

ところが、ここで私は初めてロックンロールと出会うのです。
しかも、ハードロックという区分に納まりきらないヘビィーメタル。
ギンギンにならすギターに乱れ打つドラム、叫ぶボーカル。
おりしもベストヒットUSAなんて番組が放映されている頃。
彼らがプレイする様とそのメロディーと歌詞がテレビ画面の中から、西城秀樹に感じた私の熱い部分を呼び覚ますのです。

また聞くほどに、知るほどに、クラッシックとの差を感じなくなりました。
やりきれない生きるその苦しみを破壊や自虐で表現する事、ベートーヴェンやラフマニノフが人生の苦しみと格闘し、それをメロディーで表現した事。
死への恐怖と慟哭に苛まされたマーラーとどこが違うのかと。
表現する歌詞とメロディー、楽器の違いです。
私は急速にのめり込みました。
MSG   RAINBOW  SCORPIONS etc…。
当時は田原俊彦にマッチの「たのきんトリオ」が全盛。
ヘビーメタルなんて不良扱いです。

この頃は洋楽一色。
かなりのませガキです。
ビートルズ解散後(何故かビートルズは好きになれなかった)に次の主流を模索していたイギリス音楽界でブームになったプログレシブロック。
ロックなのですが、クラッシックの様にメロディーに変調があり、しかも1曲が10分近く