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2014年1月 2日 (木)

今日、今ここにあるのは自分ひとりの力ではない事。

その日の風は冷たく、どうにも顔は隠す事は出来ず、冷気が頬を刺す…なんて感じていました。
小学校の近くを歩いていると、校庭で少年野球のチームが練習をしていました。
校庭を囲む道を練習風景を見ながら歩きました。

私も小学校5年生から小学校卒業までは、地域の野球チームに所属していました。
活発に取り組んでいる子がいる一方で、やっぱり嫌だなぁと思っているのがにじんでいる子。
大きな子、小さな子、いろいろいます。
野球が大好きな子、なんでこんな寒い日に練習しなければならないかと思いながらやっている子。
外から見ているとよくわかるものですね。

野球をやっている時も、ヒーローにはなれませんでした。
思い起こしてみると、なかなか女の子達にキャーキャー言われる事は無かった気がします。
無かった気がするではなく、なかったと思います。
そういうヒーローはとっても羨ましかったですね。

野球をしている時のポジションはセンターか、ピッチャーでした。
先発で出場できる見込みがあって、その事をお袋に喜び勇んで告げた事がありました。
お袋はとっても喜んで、私の活躍を楽しみに観戦に来ました。
しかしその日、私は先発する事も出来ず、それだけならまだしも、出場する事すら出来ませんでした。
とどめにはブルペンでの投球練習する機会すらなかったのです。
出場に一片の期待も出来ない状況です。
簡単に言えば、当日は用無しです。

お袋が観戦している事を知りながら、私は背を向けて、グランドの土をいじっていました。
さぞかしお袋はがっかりしただろうし、そんな事を勝手な思い込みと見込みで話した事を後悔していました。
お袋からは出場出来なくて残念だったね…そんな事は言われたかもしれません。
でも他人の子が活躍をしているのを見てもツマラナイだろうな…それぐらいはわかっています。
小学生高学年です。
お袋にも申し訳ない気持ちで、その気持ちでいっぱいだった気がします。

でも、私はヒーローになれなくて、ならなくて、きっと良かったと思っています。

とりわけこういう事に引っかかっていた訳でではないのですが、大学生の頃に同じ様な思い出があります。
もうお相手の顔も名前も思い出せませんが、交際を申し込んでフラれたのです。
その時、彼女が断った時の理由というか、言葉はこうでした。
「休日、お弁当を作ってサッカーの応援に行ける。そういう人がいいの
一応無駄な抵抗だと思いながらも「空手はそういう対象外なの?」と訊いたら、「そう、怖い」とのお答えでした。

社会人になって組織では、様々な人が役割を負担する事で成り立つ事を認識します。
営業は花形です。
大変な事も、面倒な事も、多くあります。
それはどんな部門でも同じです。
しかし、営業部門は大きな成果を残せた時はスターであり、スポットライトをあてられます。
でもその成功には、本人の努力は勿論ですが、成功まで様々な場面で協力をしてくれた人がいます。
例えば著作には、あとがきなど、どこかに必ず出版物になるまでの過程を支えてくれた人への感謝の言葉が記されています。
今日、今ここに自分があるのは自分ひとりの力ではない事、その著作物が出版物となる過程で様々な協力をしてくれた方々への感謝の言葉です。

生まれてから、歩く事も、食事をする事も出来ない自分を保護し、愛しみ、育てくれる事。
道に迷う日、道しるべを示してくれた人。
喜びの日共に喜び、哀しみの日に共に泣いてくれた人。
様々な場面で自分の持つ力を、惜しむことなく協力してくれた人。

今日、今ここにあるのは自分ひとりの力ではない事。
いつも誰かが支え応援してくれる、そんな恵まれた道を歩むことが出来た事。
感謝すると共に、どこかで自分が誰かの役に立てるように。
誰かがヒーローやヒロインになれる手伝いが出来ればと考えます。
それは今でも多くの人に支えてもらっている事を感じるからです。

写真は京都の東本願寺です。
あまのじゃくが支えています。
支えくれています。

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