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2013年9月

2013年9月26日 (木)

「もっとも剛毅なる者はもっとも柔和なる者であり、愛ある者は勇敢なる者である」

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私が高校から大学を卒業するまでお世話になった空手の師範は、連盟でも重鎮として名前の知らない方はいない人でした。
様々な場所で、あの師範の門下生…と言われる事が多く、それは自分の実力とは関係ないのに、誇らしい事でもありました。
なかなかパッと見は空手道の師範に見えるタイプではありませんでした。
しかし、眼光鋭く、同じ世界にいればわかる人であったと思います。

稽古では大変に厳しい人でした。
連盟でも優勝者を多く輩出する有名な支部であった事が、その事を証明していると思います。
稽古が厳しいのは当たり前ですね。

厳しさの中に底知れぬ恐怖も併せ持っていました。
それはこれまでの数々の修羅場をくぐってきた証でした。

しかし、無条件にやさしい人でした。
それは、強さとやさしさの一見相反するものが、片方だけでは成り立たない、互いに裏付けられて両立をしている姿であったと思います。

ここ最近、報道で体罰の映像が放映されます。
記憶にあるだけでも複数回です。
あれは指導でもなく、体罰でもなく、虐待です。

徹底的の打ちのめすのは、体罰する側に恐怖がある証です。
どういう形にしろ、どこかで反逆されるのを恐れるが故に、徹底的に行う事となるのです。
怖い。
だから、反逆の芽を摘むために生け贄を作って見せしめにするのです。

愚かしい。
その様子が見ている周りの人びとが恐怖に歪む顔を見て、優越感と安心感を得る。
己が優越的な立場を利用し、恐怖で自身の立場が安定している事に満足する。
しかし、その満足に平安はなく、自らに繰り返し覆いかぶさる恐怖に耐えきれず、恐ろしいが故に同じ事を繰り返す。
永遠に心が安らぐ事は無い。

いじめの構図と同じです。
いじめられている人が血や涙を流し、絶望しているのを見て、自分自身をそこに投影し、自分と同じだと安心する。
そんなところには生きている実感もないし、まして喜びも安らぎなどあるはずもありません。
しかし、そんな事でなければリアルがないのです。

何事でも指導とは指導する事で気づく事も多く、指導方針を変更する事は多々あります。
自身が指導をする事で学ぶ事が多いのです。
教えている側が、気づかされる事が多いのです。

これは本来の目的を理解していれば、柔軟な対応が可能となる事です。
同じ山の山頂を目指しているならば、登山ルートは異なっても、頂上にたどり着けば良いのです。

理不尽な暴力に「あの時の指導は厳しかったけど、今の自分があります」そんな事を受けた相手が、いつか思うと考えているのでしょうか。
いつかは理解されると思っているのでしょうか。

私は命を絶たなければならない事となった絶望を思うとたまらない気持ちになります。

強くなくてはやさしくはなれないし、やさしくなくては強くはなれない。
人の哀しみを知り、その哀しみを自分の力に変えられる人のやさしさと強さ。
人間の深みと迫力は、そんなところからも作られて行くのだと私は思います。

幸いに、慈悲が美とされたことはそれほど稀ではなかった。
なぜなら「もっとも剛毅なる者はもっとも柔和なる者であり、愛ある者は勇敢なる者である」ということが普遍な真理とされているからである。
「武士の情け」すなわち武士の優しさは私たちの内にも存在するある種の高潔なものに訴える響きをもっている。
このことはサムライの慈悲が他の人びともっている慈悲とその種類を異にする、というのではない。
それはサムライの慈悲が盲目的衝動ではなく、正義に対する適切な配慮を認めているといことを意味している。
またその慈悲は、単にある心の状態の姿というのではなくて、生かしたり殺したりする力を背後にもっていることを意味する。

中略

武士は彼らの武力や、それを行使できる特権をもつこと自体に誇りを感じているが、そのことと同時に、彼らは孟子の愛の力についての教えに完全に同意している。
「仁の不仁に勝つはなお水の火に勝が如し、今の仁を為す者は、なお一杯の水をもって一車薪の火を救うが如し」(「告子章句上」一八)。
また「怵惕惻穏(注1)の心は仁の端なり」(「公孫丑上」二九)。
したがって、仁の心をもっている人はいつも苦しんでいる人、落胆している人のことを心にとめている。

注1)怵惕惻穏の心
「怵惕」は恐れて心が安らかでないさま、惻穏はあわれみ、痛ましく思うこと。
子供が井戸に落ちようとするとき、駆け寄って助けようとする心の動きをいう。

中略

敗れた者を慈しみ、傲れる者を挫(くじ)き、平和の道を立つること…これぞ汝が業(わざ)

武士道 / 新渡戸稲造

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2013年9月 7日 (土)

一隅を照らす人になる

比叡山の延暦寺を訪れました。

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駐車場から上がってまもなく、大きな石碑が立っています。
そこには「一隅を照らそう」とありました。
私はこの石碑の文字を読んだだけで、もう泣きたいぐらいに感激をしました。

この世には、自らのしあわせを顧みず、誰かのしあわせのために生きる人がいます。
誰にでも、自らの事でなく大切な誰かのため、苦労をしている人がいます。
いつでも、そんな誰かを、どこかで同じ誰かが、知っている。
わかっている。
応援している。

そんな気持ちに光があたる事がある。
そんな気持ちに感謝する事がある。
そんな気持ちに感動する事がある。
そんな気持ちに涙する事がある。

我々は誰かが喜んでいるのを同じに喜ぶ事ができます。
自分の喜びを他の誰かが、自分に事のように喜んでくれたなら、どれだけ嬉しさは増すでしょうか。
苦しみの中にある人が、同じ苦しみの中にあるのは自分だけじゃなとわかったのなら、どれだけ励まされる事でしょう。
哀しみの中にある人が、同じ哀しみの中にあるのは自分だけじゃなとわかったのなら、どれだけ勇気づけられる事でしょう。
この世に自分ひとりしかいない様な孤独感に苛まされる時、どこかで同じ様に誰かが生きている事がわかったのなら、どれだけ心休まるでしょう。

誰かの心のともしびが、誰かの心を照らす。
小さく、儚い、でも決して消える事の無い、そのともしびが、暖かく誰かの心の片隅を照らす。
佐村河内 守さんの交響曲第1番<HIROSHIMA>第3楽章の最後に現れる苦しみから解放される様なイメージの「アダージェット」のメロディが心に蘇りました。

延暦寺の教え
1,200年前伝教大師最澄は、日本の国の安泰と国民の幸せを祈って日本人にあった仏教を比叡山に開きました。
その教えの根本をなすものは、「個々が思いやりの心をもって一隅を照らす人になる」すなわち、一人ひとりが相手の立場になって考え、自分の出来ることを精一杯行う事が、周りを良くすることにつながるということです。

比叡山延暦寺諸堂めぐりリーフレットより引用。
一部抜粋。

書くまでもなく荘厳な寺社で、美しく掃き清められ、自然の中で悠久の時間を感じさせるものでした

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