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2009年4月

今度はきっと、きっと素晴らしい世界に生まれておいでよ

血まみれで倒れている母親の近くで5歳ぐらいの男の子が泣いている。
裸の男の子はどうしてよいかわからずに、体全体を使って大声で泣き叫んでいる。
その男の子の姉と思しき女の子は、血まみれで倒れている母親のそばで放心状態となって座っている。

引越しをしてから、テレビの難視聴地域との事でCATVの契約をしました。
そんな時、チャンネル銀河で「映像の世紀」の再放送を放映していました。
NHKスペシャルで放送されたのを見ていたのは、約10年程前と思います。

冒頭の場面はその番組中の映像です。
これに加古隆さんの「パリは燃えているか」が重なります。
この曲も映像も言葉では説明しにくいのです。

子供は周りの世界を、親や身近な大人を通じて見ます。
外の世界を窺い始める時、信用できる大人と安心の手綱となる手をつないで見ます。
また、親の背後から、足にしがみついて様子を伺っている子供の姿を見ますよね。
言い換えると、小さな子供にとっては親が全てです。
食事も安全な環境も全て親が生殺与奪の権利を握っています。

自分で生きてゆく力がない子供は、自分を虐待している親に対し抵抗する術がありません。
「今日はお父さんの、お母さんの機嫌がいいように…」と祈る気持ちでいっぱいになります。
「お父さんやおかあさんが怒るのは私が良い子じゃないから…」と自分を責めます。
「今日はぶたれないで一日が終わった…」と就寝する時に安堵します。

誰も「しあわせに生きたい」この気持ちに変わりはありません。

インタビュー記事や会話の中で「生まれかわったら何になりたい」なんて質問があります。
今日を、明日を、明後日を、1週間後を、1ヵ月後を、1年後を必死に生きている。
つらい気持ち、満たされない思い、苦しい心、例えようのない孤独。
このままで良いと思っていないその心を抱えて、明日こそは、明後日には、きっとこの先には…。
私は「自分」と答えます。
私は明日を信じて、「今」を生きているのです。

でも、繰り返される哀しみの中で、理不尽に亡くなってゆく子供にはこの質問を空に投げかけます。
「今度生まれてくるときには何になりたい?」
「美しい花を見ると人は感動して涙を流す事もあるんだよ。知っているかい?」
「海に太陽が沈むとき、一瞬だけ違う輝きがあるんだよ。知っているかい?」
「人は、愛し愛されていると感じるととってもしあわせな気分になるんだよ。知っているかい?」

今度はきっと、きっと素晴らしい世界に生まれておいでよ。

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ブラ男になった俊ちゃん

地球全体が異常気象と申しましょうか、少し肌寒いなぁ~と思うと、とても暖かい…よりも暑い日という日があったり。
すんごい雷で、電車が止まったり。

出張から帰宅途中、自宅最寄り駅で不意に声を掛けられました。
「けんちゃん、けんちゃん」。
さすがにこの呼ばれ方は、子供の頃を知っている伯父や叔母が呼ぶ事があるぐらいです。

自分の事ではないだろうと思いながら振り返ると、プロレスラーみたいなあまり関わりあいたくないタイプの人が呼んでいました。
「すみません人違いです」と言いたかったのですが、少し色のついたメガネのむこうにある瞳は、なつかしさでいっぱいといった感じでした。
しばらくすると誰だかわかったのです。
幼稚園と中学校で一緒だった俊ちゃんでした。
もう41歳にもなる男同士がけんちゃんだの、俊ちゃんだのと大声をだして肩をたたき合いながら再会を喜び会いました。

数少ない幼稚園時代の記憶に俊ちゃんの事があります。
彼は何か幼稚園で気に入らない事があると必ず「帰るっ!」と大騒ぎをするのです。
泣いて帰る帰ると大騒ぎをしますが、手の届かないところに先生がかばんをかけてしまい、それが悔しくてなお更に大騒ぎをするのです。
子供ながらに、かばんなんか置いて帰ればいいじゃないと私は思っていたのです。

小学校は学区が違い、中学校で再会しました。
その時もそういえば、俊ちゃん、けんちゃんでした。
中学校の体育授業だったと思いますが、フォークダンスがありました。
私は当時意中の女の子ともう少しで、手をつなげる順番が近づいており、恥ずかしさと嬉しさでその興奮したエネルギーが漏れ出しておりました。
つまり、はしゃいでふざけていたのです。

すると先生が飛んできて「まじめに取り組んでいない」と問答無用で張り倒されました。
当時、「俺は予科練に行った」とか、「ソ連兵と戦った」なんて先生が現役でいました。
罰として皆が輪になって踊っている中で正座させられました。
恥ずかしいし、もう少しで一緒に踊れたのにと残念で残念で…。

どこのクラスにも同じタイプがいる様で5つぐらいあったフォークダンスの輪の真ん中に同じ様に正座しているのが2~3人いました。
俊ちゃんもその輪の中で正座していた一人でした。

ひとしきり立ち話をした後に、今日は時間も遅いので今度また連絡しあって一杯やろうなんて約束をしました。
かわいい奥さんとベビーカーで眠る小さな女の子。
「かわいいだろ」と言って子供の顔を覗き込む俊ちゃん。
大きな体を丸めて、ベビーカーの前に座り込みます。

かわいい奥さんに、かわいい女の子。
幸せそうだね俊ちゃん。
よかったね。

でも俊ちゃんさ…何より驚いたのは、いや見てはいけなかったのは、ベビーカーの前にかがみこんだ俊ちゃんの背中の…汗でぬれたシャツ越しに透けたブラジャーcoldsweats02

俊ちゃん…輪の中で正座sign03

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夜の首都高速を走る時の密かな楽しみ

夜の首都高速を走る時の密かな楽しみがあります。
日本では年末になると第九コンサートの開催案内の葉書やお知らせが来ます。
ベートヴェンの交響曲第九番 ニ短調 作品125「合唱付き」。
だいく、第九、ダイク、daiku。
すっかり日本の年末風物詩となっております。

人類の遺産とも言えるすばらしい交響曲ですよね。
少しまえ、人様から「このCDいいんだよ。聞いて感想を聞かせてね」と頂戴しましたのが、この第九。
あ~面倒くさいなぁ…。
音楽なんてその人の感性で好き、嫌い、良い、悪いで良いわけですが「これはただで差し上げます」と言われると、「ただ」とい言葉にいじきたく反応した私は受けとってしまったのでした。
仕事も終わりました金曜日。
その日最後にご面談頂きましたお客様最寄インター、常磐道の谷和原インター入口から6号線経由箱崎を目指し、CDを聞き始めました。
音量は限りなく大きく、自分の車の音が聞こえない程度に。
相変わらず、第1楽章から第3楽章はベートヴェンの生きる苦しみが続きます。

車が首都高速の八潮料金所を過ぎる頃から第4楽章が始まります。
そしてあの有名な「歓喜の主題」が加平PAを過ぎる頃から顔を出し、都心環状線に向かうべく堀切JCTを過ぎると隅田川を前に、隅田川を沿って走る高架に視界が開けます。
これに第4楽章の歓喜のメロディーが最初に爆発するのと重なるとなんとも良いのです(ものの解説によりますとイ長調に主和音が3度下のへ長調主和音に変化させ、フェルマータで伸ばす。
すると大きく広がる感覚を得る事が出来る技法との事。自分でも何の事やらよく判りませんが、これが視界の広がる感覚とマッチするのです)。
堤通から向島を通り、両国、言問橋、吾妻橋、駒形橋と東京の美しい夜景が続きます。
両国JCTから江戸橋方面に勤務先があるビルをかすめて、野村證券、三越と続きます。

メロディーを聞きながら、美しい夜景を構成する灯りがつく窓を眺め、まだ仕事がしている人がいるのだろうなとか、気の合う仲間と食事をしながら楽しい時間を過ごしているのだろうかとか…。
この灯りの向こうに、それぞれの人生があって、喜び、泣き、笑う人がいるなんて考えるとこの曲の特別なムードに、クリスマス時の様な歳末助け合いムードが気分だけある私は、急に慈悲深く、感慨にふけります。
灯りがついている窓をみながら、そこに人が生きている事を感じ、何だか自分が生きている事が嬉しくて、感謝したい気持ちになります。
なんとも700円の通行料で満たされた気持ちになります。

自宅は4号新宿線と3号渋谷線の中間にあり、混雑具合に合わせて選択しています。
4号新宿線の時は千鳥ヶ渕から赤坂、新宿新都心の美しい夜景を。
3号渋谷線の時は六本木ヒルズから渋谷まで。
六本木ヒルズの住人も、努力の結果もあってあの場所にいる事。
実は見た目よりもその維持拡大の為に苦労しているんだよなぁ…といつもは「にわか金持ち」などとやっかみ半分悪態もつきますが、この曲の影響でクリスマス歳末助け合い運動モードなので少々慈悲深い私がおります。

この気分も4号線はテルモの看板が目印に、3号渋谷線は池尻を過ぎると何となく終わりです。
それぐらいのには終わらないと渋滞です。両国JCTを先頭に竹橋まで断続渋滞50分なんて時はダメです。
また、コンビニ、ガソリンスタンド、ファミレスの灯りが始まると、今日は気分良いのでお昼にはライトイタリアンでなんて考えているところに、どこぞの宗教団体の勧誘が「あなたは自分の人生について考えた事がありますか?」と余計な質問を突然され気が滅入るのと同じ具合になります。

すてきな夜空を駆けながら
きらめく星々のように、楽しく、
兄弟よ、自分達の道を駆けてゆけ、
勝利に向かう英雄のように、喜びいっぱいに

ベートーヴェン 交響曲第9番第4楽章より「歓喜に寄せて」

苦しい事の多かったベートヴェンがやっぱり人生を肯定的にとらえていた事。
生まれてきた事、生きている事に歓喜し、感謝する事に勇気を与えられます。

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ピカピカの新社会人

新しいスーツに身を包む新社会人と思しき人々を通勤途中でも見かけるようになりました。
新入社員は初々しくて、見るだけでそれだとわかります。
駅のホームで皆で携帯電話を出して、番号やメールアドレスを赤外線通信で交換しています。
いいなぁ同期入社…同期会なんてうらやましいなぁ。
現在の勤務先は中途入社であり、前勤務先の人とは現在は交流も途絶えています。

そんな新入社員を見て、今一度若さでは敵わない事は勿論ですが、自分の姿疲れていないかと考えます。
電車の窓に映る姿で時々チェックします。
他に私はスーツと靴、カバンについて考えます。
スーツは一週間の勤務日を5日間と考え、春夏と秋冬の各シーズン用で5着づづあります。
しかし、形や色、生地が厚いとか薄いとか、今日はお客さんと中華で会食をする予定がある…料理がはねる危険性とかなどを考えます。
傷まないように連続は避けようと思いますが、お気に入りに偏りがちです。

最近は落ち着きましたが、お腹が成長期で毎年サイズを変更したり、新しいの買わなければならかなったりと不経済でした。
また、流行を追うわけではありませんが、やはり10年前のものはなかなか年代を感じます。
春夏ものは洗濯回数が多く、やはり長持ちしません。

しかし、靴は違います。
靴は10年の単位で履きます。
大切にします。
イギリスやイタリアのウン十万の靴はさすがに買えませんが、でも10年履ける価値の靴を買います。
手入れもまじめに。
かかとやソールが減ればリペアします。
永らく履いているととっても愛着も出てくるのです。

営業場面では足元を見られると言いますが、靴が汚れていてはいけません。
宿泊の伴う出張については必ず靴のケア用品を持って行きます。

カバン。
これも高いものをそうそう買えるわけではありませんが、気に入って買ったカバンは大切にします。
10年前に買ったカバンはその後の手入れでなんとも革の具合がよくなり、興味のあるお客様からは「いいカバンですね」と言われます。
かなり気持ちがいいです。
でも一流ブランドの大そうなカバンではありません。
大切にする気持ちが大事ですよね。
他にも鞄の傷でよみがえる想い出もあります。

システム手帳も5年を経過し、そのリフィールの厚みから季節を感じる事ができる様になりました。
しまりにくくなってくると、ああ今年もあと2ヶ月なんて具合にね。

大きな転機は福岡への転勤でした。
支店で権限が大きくなり、取引先の上級決裁権限者と会うようになると自然に自身への評価が厳しくなり、様々な事に影響をする事を自覚しました。

小物にしてもいろいろなストーリーがあり、大切にする事とその価値を自覚できたのです。
車のキーホルダー一つにも、パスポート入れや財布…。

先日、電車で上着を脱いだ初老の方の上着のたたみ方を見て、粋だな、ジェントルマンだなと思いました。
チョイ悪親父よりはるかにかっこよく、私もこうなりたいと思いました。

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しあわせのランプ(Chapter14) 肩に降る雨

深い穴の中から、空を見上げる。
見上げる空は丸くて小さい。
この穴から抜け出したいと心の奥底で思っているのに、体はもっと穴を深く掘る作業を繰り返す。
狭い穴の中では、自分が掘った土が溜まってきて、このままでは自分で自分を埋めてしまう。
しかし、それでも穴を掘る事を止められない。
わかっているのに、止めれられない…。

もっと自分の気持ちに素直になれたら…。
もっと自分の気持ちを素直に表現できたら…。
傷つけるつもりなんてないのに、なぜ傷つける事ばかり繰り返すのか…。
今日は、今日こそは…と決意する気持ちと裏腹の事ばかり…。

やがて、自分で掘った土に埋まりながら「なんだか、この方が楽かなぁ」。
それでも掘ることを止めずに「このまま埋まってしまって、何もかもわからなくなる方が楽かなぁ」。
昨日もダメだった。
今日もダメだった。
明日も…ダメだろうな。
心の奥底の声には気付かずに、気付くことができない。
穴から見える小さな空でなく、広い空を見たみたい。
穴から外の世界へ行ってみたい…。

あの時こうすればよかった…。
何であんな事を言ったのだろう…。
後悔の気持ちばかりが浮かんでくる。
わかっているのに…なんで出来ないのだろう。
なぜなんだ…。

遠くまたたく光は遥かに 私を忘れて流れて行く

幾日歩いた線路沿いは 行方を捨てた闇の道
なのに夜深く夢の底で 耳に入る雨を厭うのは何故

肩に降る雨の冷たさは 生きろと叫ぶ誰かの声
肩に降る雨の冷たさは 生きたいと迷う自分の声

肩に降る雨の冷たさも 気付かぬまま歩き続けてた
肩に降る雨の冷たさは まだ生きてた自分を見つけた

肩に降る雨 中島みゆき

あの日、背中を伝う雨の雫を冷たいと感じ、自分が心の底から生きたいと思っているのだと気づいた日。
自分が、自分は生きたいんだと気付いて、そして感じたあの日。
心の奥底の声が、大きなエネルギーを与えてくれたあの日。
彼がじゃない、彼女がじゃやない、誰がじゃない…自分自身が生きたいと思う。

穴の上から、たくさんの人が手を差し伸べてくれているのに、自分で深く掘り続け、残土で視界がふさがれて行く。
自分で閉ざしてしまった自分のこころ。

この曲を知ったのはあの日から少し後の事だった思います。
ピアノの静かなメロディーから始まるこの曲はアルバム「miss M」の最後の曲です。
この曲の素晴らしさに絶句でした。
自分の事を投影し、今日のこの文章のヒントを得ていると自分で感じます。

前述引用の歌詞「私を忘れて流れてゆく」の後で、メロディーが変調します。
ピアノの音が少しずつ音階を上がってゆく様が、少しづつ空を見上げる様に顔を上げてゆく、そのしぐさを表すようです。

もう死んでもいいと思いながら、幾日も歩いた線路沿いは過去の辛い日々の道。
自分なんてどうなってもいいと思いながら歩く、行方を捨てた闇の道。

死んでもいいと思っているのに、どうして耳に入る雨を厭うのか。
自分なんてどうなってもいいと思っているならば、どうして耳に入る雨を厭うのか。

前述引用の歌詞「耳に入る雨を厭うのは何故」の後、チェロのソロが入ります。
やがて、このチェロのソロをストリングスがやさしく包み込みます。
それはまるで、支えてくれる多くの人のやさしさの様に。

そして続きます。

肩に降る雨の冷たさは 生きろと叫ぶ誰かの声
肩に降る雨の冷たさは 生きたいと迷う自分の声

肩に降る雨の冷たさも 気付かぬまま歩き続けてた
肩に降る雨の冷たさは まだ生きてた自分を見つけた

肩に降る雨 中島みゆき

そして、終わりは余韻を残しながら静かに消えてゆきます。

ひとりで生きているんじゃない。
誰かが、支えてくれている。
誰かが、自分が生きている事を支えにしてくれている。

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