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2009年3月

福井県丸岡町 大巧社 【日本一短い「家族」への手紙】より

えんそくの、
お父さんのぶさいくなおにぎり
たまねぎみたいにめにしみました。
福井県丸岡町 大巧社 【日本一短い「家族」への手紙】より高田小百合

息子へ…
出来るなら いじめぬかれたあの1年を
あなたの人生から消してあげたい
福井県丸岡町 大巧社 【日本一短い「家族」への手紙】より林 圭子

もし、お母さんと、お父さんの子供じゃなかったら、
ずっとかくしててね。
福井県丸岡町 大巧社 【日本一短い「家族」への手紙】より佐藤有希子

父と母へ 僕の足が不自由なのは
誰のせいでもなく神様のいたずらです。
福井県丸岡町 大巧社 【日本一短い「家族」への手紙】より小池哲也

*敬称略

現在の住まいにも住み始めて7年が経過し、ここらで引越しでもしようと思い立ち物件探し。
待っていましたとのグットタイミングで良い物件があり、住み替えする事としました。
来週末の引越し荷物の整理に週末は追われています。
何より自分の分担で片付けなければならない荷物で多いのは書籍です。
今般は自己都合で引越しをするので、引っ越しプランも自分で荷造りをしなければならない廉価プランです。

書籍数は引越しをする度に処分する事としてきましたが、たっぷりあります。
今度の機会も少しブックオフにでも売りに行こうと思い選別を始めました。
これがいけなかった…。

ああ、これもいい本だった。
これはつまらなかった…処分しよう。
なんて始めると作業が進みません。

そこで手に取ってしまったのが、前述の本です。
読んでるうちに涙が止まらなくなってきて、片付けのほこりと花粉症で大変なんだなんて自分をごまかしながら。
そこにブログネタであったので、書いてみました。

この本は梱包を最後の箱にする事して今日まで出しておきました。
書籍が終わると今度はCDとの格闘です。
これも簡単には終わらないかな…。

一筆啓上 家族とは何か、考えたことはあるか、ないだろう。
それが一番幸せなんだ。
福井県丸岡町 大巧社 【日本一短い「家族」への手紙】より三宅啓正

*敬称略

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あの人が出来ているのに、何故自分にはできないのか…。

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今年の3月はどうにも営業成績が悪く、苦闘悶絶の毎日。
近年、こんなに営業成績が振るわないのを思い出すのも大変なぐらいの苦闘です。
原因はいくつも考えられるのですが、それを有効に解決する方法がイメージ出来ないのです。

最後まであきらめないのが性分と自分に言い聞かせているので、必死に知恵をしぼります。
「こんな景気だから仕方ない」
「今、売れる方がおかしい」
なんて話はいろいろあるけれど、この局面を打開する知恵と方策があると考えます。

迷ったら基本に戻れ。
勿論、そう思う。
しかし、今回の販売不振は何か制度疲労や大きな流れが変わるところなのでは…と焦燥感がつのります。

出張先で取引先に夕食に誘われても、気分がのりません。
ホテルに帰ってPCを起動しますが、何度もスクリーンセーバーになって、復帰の為のパスワードを聞いてきます。

夕方、後輩からも不調である連絡が入ります。
しかし、中には順調に推移する人もいます。
こういう厳しい時ほど、個人の手腕が問われると自分に、自分を奮い立たせる様に言い聞かせます。

焦燥感がつのるとつまらない事を考えます。
あの人が出来ているのに、何故自分にはできないのか…。
例えば、入社当時に先輩達の仕事ぶりを見ていると、大変に難しい処理をなんなくこなしてゆく姿を素晴らしいと思います。
やがて、自分も経験を重ね、自分のカラーも織り込んで尊敬のまなざしで見ていた先輩を超えてゆく、そんなアイデアが出せる事もあります。

しかし、その発想がでるまでには「こうやれば、上手く行く」と考えているのに、それが出来ない!なんて状況が続きます。
焦燥感がこれと同じサイクルに自分を追い込んで行きます。

遅くまで残業しての帰り道。
なんだか、歩きたくて、夜風にあたりたくて、地下鉄の入口をやり過ごして少し離れたJRの駅へ向けて歩き出しました。
下を向いて歩き、くやしい思いが蘇っては、舌打ちをします。
そんな事をしている自分にも嫌気がさし、思い切って夜空を見上げた時。

古い信託銀行のビルと、それに連なって最近出来た高層ホテルが重なって見えます。

もしかしたら、いいや多分、私は他人から見られている自分を意識しすぎているのではないのか。
こんな時勢でも自分は成績が良くなくては…と過度に自分で考え、寄せられる期待にも答えようと意識しすぎていたのではないか。
あの人が出来ているのに、何故自分にはできないのか…。
自分にだって、意識していないのに他人から見たら凄いと思われている事が…あるはず。

そう、自分が思う人に「何でそんなアイデアが…」「何で実行できるのか…」と聞くと大抵そういう人は、その素晴らしさを認識する以前に、当たり前の事としてやっている。
見上げた景色は超えてゆくべき大きな壁に見えてきました。
超えるには目もくらむような高さだけれど、これまでだっていろいろな困難に挑戦してきたじゃないか。
困難な目標を達成して行く為に、自分のエネルギーを傾けてゆく、知恵を使う、汗をかく。

ポジティブなエネルギーが満ちてきます(ああ、なんでこんなに単純なのか)。
3月もあと2日。
今般が惨敗なら、これを必ず取り戻して見せる。
仕事で出来た穴は、仕事で取り返す。

あの人が出来ているのに、何故自分にはできないのか…。
そんな事を考えている時間があったなら、そんな事に嫉妬しているなら、自分の能力を点検して、不足分を補ってゆく。
実は自分で気づいていない能力もあって、それが次の大きな発展を導く鍵かもしれない。

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美しい花束とロールケーキ

満たされた気持ちと共に車は天現寺のランプからスムーズに静かに首都高速に入ってゆく。
暮れ行く時間で、渋谷方面に向かう途中で見える東京タワーはライトアップされていて、とても美しい。
都心環状線へ向かう渋滞を右目に見ながら、渋谷方面は渋滞知らず。

その日は仕事で朝から前橋市、午後から伊勢崎市と忙しくしていました。
帰路につく時間はおおよその目処をつけておき、その日のスケジュールを決めたのです。
仕事を終えて、首都高速の5号線へ入る前に「ラ・パレット」へ電話をして花束を注文しました。

「ラ・パレット」では今回もスタッフの方が丁寧に花束の目的や好みを聞いてくれました。
「前回は大人っぽい青い花の多い花束だったので、今回は春らしい明るい色で」とお願いしました。
注文してからワクワクした気持がいっぱいで、広尾へは自宅へ帰るには遠回りなのに、苦になりません。

期待を超える美しい花束をもらい、それをプレゼントする私が誰よりもわくわくしています。
それから、広尾で美味しいという評判でリサーチした「ロールケーキ」を買いました。
全ては妻の誕生日で考えたもので、誕生日にロールケーキ?とも思いましたが、まあ美味しいが一番。

ロールケーキのお店がまた作りがとても美しい。
注文して梱包が終わるまで、お店で待たせてもらいましたが、今度は是非ここで頂戴したいという気持ち。

もう、美しい花束にロールケーキを買って、自分勝手にわくわくした気持ちは最高潮。
今、見知らぬ人に「バカ」と言われても、「ええ、バカなんです」と素直に答えてしまいそうです。
舞い上がってます。
高速道路までの道すがら、ニッコリ笑って道を譲る私。

天現寺の入口付近で第3楽章はやさしい美しいメロディーが最高潮。
ベートーヴェンの交響曲第9番です。
これに重なるライトアップされた東京タワーは美しい。
そして、車が谷町JCTを通過する頃に第4楽章のコーラスが広がりを見せる瞬間。
急に開けて広がる景色と左手に見える六本木ヒルズが美しい夜景を作り出しています。

幸せな気持ちの大切さは、以前にも記事に書いた事があります。
よろしかったら、是非読んで見て下さい。
http://an-easy-light.cocolog-nifty.com/bloglight/2008/08/post_04e1.html

美しい花束の「ラ・パレット」はこのお店です。
時期はいつかはわかりませんが、HPがリニューアルされていました。
私はすっかりファンです。
http://www.la-palette.co.jp/

美味しいロールケーキはココ。
手作りの本当においしいロールケーキです。
http://www.binc.co.jp/bcafe/

いずれのお店と当方は関係ありません。

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誕生日は「うれしい日」

当家の二男(小学2年生)が学校で「誕生日」はどんな日ですか?と聞かれ、クラスメートの皆が「自分が生まれた日」と答えるのに「うれしい日」と答えた。
ずれていると言われた。

プレゼントが買ってもらえる。
おいしいケーキが食べられる。
みんなに「おめでとう」と言ってもらえる。

それでいい。
やがて、生まれてきた事を感謝できる日になる。

茜空に舞う花びらの中
夢だけを信じて駆け抜けろ
瞳には未来が輝いている
そう春だから

茜空/レミオロメン

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しあわせのランプ(Chapter13) ラブホテルのルームキー

「忘却は神様が人間に与えてくれた最大の贈り物」と誰かが言ってたっけ…。
下を向いて歩いていた高校時代とは正反対に、大学生になってから私は人が変わっていた。
時代はバブルへ向かって一直線の頃。
毎日がお祭りの様なバカ騒ぎ。
何も失っていないのに、何かに追われ、何かを取り返そうと、何かに必死だったのだ。
当時はそんな事を考える事もなく、気がつけば楽しい一日の始まりだったのだ。

合コン。
当時は合同コンパで、会話の時はコンパという事が多かった。
その時も、いつもの延長線上できっとワクワクしながら出かけていったのだ。
同じ小田急線沿いの仲間3人と女の子も3人の組み合わせだった。

前後の事はよく覚えていない。
ひとりがカバンの中から出したのは鍵だった。
そのキーホルダーはラブホテルのルームキーのキーホルダーだった。
フロントでお金を入れて、部屋のタイプを選ぶと「ガタン」と落ちてくる鍵についているキーホルダー。
青色で3桁の部屋番号が刻印されていた。

「ずいぶんと刺激的なキーホルダーだね」
「でしょ」

目に留めて、その事に触れたのは、その会話だけだった。
後はいつもの様にどんな車に乗ってるかとか、どこそこのカフェバーがいいとか、そんな話ばかりだったと思う。
キーはテーブルの上に置いたままだった。

着ていたジャケットの袖でグラスをひっかけ、テーブルの飲み物をこぼしてしまった。
慌ててテーブルを拭いた。
その時、彼女はぬれてしまったキーを拭いていた。

「ちょっと聞いてもいい。とても大切そうにしているけれど、何か特別な想い出でもあるの?」
「特にないわよ」
「そう、見る人がみればどこのキーホルダーかわかるから、刺激が強いよね」
「それがいいのよ…私に興味を持ってもらえるから」
「そりゃ、そうだね…どうして持っているのか聞いてみたくなるものね」

この後の会話はあまり記憶にない。
しかし、前後の脈略は本当に覚えていないのだが、彼女はこう言った。

「そんな事でもいいのよ。誰かにもとめてもらえるって事がいいのよ」

お祭り騒ぎの様な毎日の中で、何も失っていないのに、何かに追われ、何かを取り返そうと、何かに必死だったのだ。
その何かは忘れ物だった。
追いかけても、取り返そうとしても、先には無い物だった。

夕方の校庭を教室の窓から見ながら、はじめて孤独を感じた時。
他人で初めて大切だと言ってくれた人に出逢えて喜び。
好きになってもらえる事の尊さ。
大切な人を失った日。
暑い夏の日に、蝉の声をききながら空を見上げて自分の境遇を呪った日。
自分で自分を壊してしまいたい…そんな破滅願望を抱いていた日々。
哀しみの理由ばかり考えていた日々。
自分が本当は生きたいんだとわかった日。
許すという事を知った日…。

「そんな事でもいいのよ。誰かにもとめてもらえるって事がいいのよ」

この時以外に彼女に逢った事はない。
誰もひとりでは生きられない。

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