« 2009年1月 | トップページ | 2009年3月 »

2009年2月

この本能は人間が地球上に生き続けていくための基本的な本能なのです

今年の1月。
お年玉をもらった二男にせかされて、おもちゃ屋さんへ。
すっごい人。
そりゃ、クリスマスの次の稼ぎ時なのだから、当たり前だけれど。
人ごみの中、すり抜けてゆく子供の方が移動するのは断然早い。
追いかけますが、ぬいぐるみのキリンの首がばぁい~んっsign03て、メガネに当たったりします。
踵には車が追突。
この車のバンパーが靴の足首につきささり、車が止まります。
どうみても、おじさん、早くどいてよannoy…って顔。

二男も目的の場所でじっくりと物色を始めました。
それを後から見ていました…というか決まるのを待っていました。
すると右側から火の点いたように泣く3歳ぐらいの女の子が見えました。
おもちゃ屋さんで子供の泣き叫ぶ声はつきもの。
少し様子を見ていたのですが、これは迷子かな…と思い近づいていこうとしたら、お姉ちゃんらしき女の子が近づいてきました。
「いたよーっ」とそのお姉ちゃんと思しき女の子が、これまた少し年上のお兄ちゃんに声をかけています。

見つけてもらって安心した女の子は少し上のお姉ちゃんに抱っこされています。
しかし、お互いにあまり背丈が変わらないので、抱っこしてもらっているというよりは、相撲の寄り切りに近い姿です。
お姉ちゃんに抱っこしてもらいながら、背中越しに見える顔は泣き止んでいましたが、涙と鼻水でぐっしょりでした。
そんなに年も離れていないだろうに、お姉ちゃんはお姉ちゃんなんだな…なんて思いました。

ふと、頭をよぎる事がありました。

私たち人間が赤ちゃんとしてこの世の中に生を受けた時、私たちはすべて私たちより先に生まれてきた人間を信じて生まれてくるのです。
また、そうでなければ生きていけないのです。

中坊公平・私の事件簿 中坊公平著 集英社新書

私は住専処理の問題で、初めて中坊弁護士を知りました。
その後しばらくして、中坊弁護士を特集したテレビ番組を見たのです。
そこで、この言葉が冒頭陳述書に記載された事件の事を知りました。

中坊弁護士はこの冒頭陳述書を全て暗記しており、一言一句間違えずに40分近い弁論を終えられたそうです。
その一部を抜粋します。
なお、この冒頭陳述書は同書に全て記載されています。

昭和30年当時、被害者は原因不明の発熱、下痢を繰り返し、次第に身体がどす黒くなっていき、お腹だけがぽんぽんに腫れ上がってきました。
そして夜となく昼となくなき続けたのであります。
そういう場合に母親としては、なんとかしてその子を生かせたい助けたい一心で、そのミルクを飲ませ続けたのです。
そのミルクの中に毒物が混入されていようとはつゆ考えておらなかったのであります。

生後八ヶ月ともなりますと赤ちゃんは、すでにその意思で舌を巻いたり手で払いのけたりして、この毒入りミルクを避けようとしたそうであります。

しかし、母親はそれをなんとかあやして無理にミルクを飲ませ続けたのです。
その結果、ますますヒ素中毒がひどくなり、現在の悲惨な状況が続いてきたのであります。

この18年間、被害者が毎日苦しむ有様を見た母親が自責の念にかられたのは当然でございます。
母親たちは言いました。
私たちの人生は、この子供に毒入りミルクを飲ませた時にもう終わりました。
それから後は暗黒の世界に入ったみたいなものです。
私たちは終生この負い目の十字架を負って生き続けなければならない、かように叫んだのであります。

中略

しかし、この自責の念はひとり母親だけのものでしょうか。
私たち人間が赤ちゃんとしてこの世の中に生を受けた時、私たちはすべて私たちより先に生まれてきた人間を信じて生まれてくるのです。
また、そうでなければ生きていけないのです。
したがって逆にこの世に生を受けている人間というものは、生まれてきた赤ちゃんに対しては絶対的に保護し、育成しなければならないのです。
それは単なる義務ではありません。
まさに人間の本能なのです。
しかもこの本能は人間が地球上に生き続けていくための基本的な本能なのです。

この人たちは、心ない世間の人たちからアホと呼ばれています。
そして外へ遊びに行くと、がんぜない子供たちは、逆にこの子供をいじめるのです。
アホと言って罵られたり、あるいは殴られたり、蹴られたり、ひどい時には頭から砂をぶっかけられたり、水をかけられたりして、家へ帰ってくることも少なくなかったと聞きます。
そんな時、この子供たちは、決して泣かなかったのです。
泣かないのは、わからないからだろうとお考えになると思います。
しかし、この子供たちは、家に帰って来て、母の手にすがった時には泣き叫んだのです。
この子供たちは本当は非常に悲しかったのです。
悲しくても抵抗しようにも、一本の健康な手も足もなかったのです。

また、異口同音にこの親たちが言うことは、自分たちはいずれ先に死ぬ。
残ったこの子の面倒を誰が見てくれるかということなのです。
この事件において被害者の救済が真に望まれるゆえんはまさに、この点にあるのであります。

中坊公平・私の事件簿 中坊公平著 集英社新書

お姉ちゃんに見つけてもらってよかったね。
きっと、お兄ちゃんもお姉ちゃんも安心したね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

声をかけられずにいられなかったんだよね

中学生の長男の担任の先生が子供の頃、授業中に「家が火事だから早く帰りなさい」と教頭先生に言われた事があると話したとの事。
その話を聞いて私が「その教頭先生もデリカシーがないなぁ」なんて話しました。
子供は授業中にそんな話を聞いたら大騒ぎ。
幸いにも大きな火事にはならなかったとの事。

これはそんな時に妻から聞いた、小学生時代の話です。

おかあさんの具合が悪い同級生がいて、授業中に教頭先生に廊下へ呼び出されました。
「すぐ支度をして帰りなさい」と先生から告げられました。

騒然とする教室。
慌てて帰り支度をする同級生。
緊張感が教室を支配します。

その同級生が教室を出た後に先生が彼女のおかあさんの具合が悪い事を告げます。
教室の空気が凍りつきます。

いつもやんちゃな男の子までもが、先生の顔を見据えたまま黙っています。

そしてその男の子が窓辺に駆け寄り、4階の教室の窓を大きく開け放ちました。
担任の先生はそのやんちゃな男の子が何が余計な事を言い出すのではないかと駆け寄りました。

その男の子は校庭を足早に横切る同級生に向かって、「○○、気をつけて帰れよーっ!」とあらん限りの大声で、声をかけたのです。

何か…励ましたかったのです。
声をかけたかったのです。
声をかけられずに、いられなかったのです。
きっとね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

人が人を恋いうるとき 人は誰しもさびしんぼうになる

「人が人を恋いうるとき 人は誰しもさびしんぼうになる」

「さびしんぼう」
この映画全般に流れるショパンの別れの曲のメロディー。
ピアノは勿論の事、同じメロディーのストリングスも素晴らしい。

これに尾道のどこか懐かしい風景と映画の中の台詞ひとつひとつが心の琴線に触れ、とても印象に残る映画でした。
人を恋する事が出来る。
その事が映画を見た時分には既に羨ましい事でした。
映画の題名からどこか甘い、お子様映画の様に一見とられますが、上質の大人だからこそ感じられる素晴らしい映画です。

主人公の無口な父親が語る一言。

人を好きになれ。
その人の全部を好きになれ。
嬉しい事も哀しい事も全部好きになれ。

この言葉がとても印象に残りました。
しかし、映画を見た時分は高校3年生。
まだ、その言葉の意味もよく分からなかったのです。

この台詞の後、瀬戸内海に沈む夕陽を背景にゆっくりと進む船の映像と別れの曲のストリングスバージョンが重なります。
映画はそこからクライマックスに向けて盛り上がってゆきます。

大切な女性が過去からの哀しみを話してくれた時、そんな哀しみは私で、私が、終わりにすると心の底から力が湧いてくる時。
過去へ行って、過去を取り消す事はできないけれど、受け入れる事は出来る。
そんな過去があるのは…ではなく、その苦しみを完全に消せなくても、軽減する事が出来たらと思う時。
その人の成功を共に喜ぶ事が出来る時。

現在の自分はいろいろな過去の出来事が積み重ねられて出来たもの。
それは他人も同じ。
まったく別々の道をたどって来た人間同士がどこかでその人生が交差する時、お互いを認め合い、愛せるようになる事。

あなたに出逢えて、いつも不安に苛まされていた毎日が変わった。
生きる勇気や気力が湧いた。
共に受け入れ許しあう時に、進む事が出来ると思える力。
自分が、自分の存在が誰かの役に立てたと思えるその時、本当は言われた自分が一番、生きる気力と勇気を得ていると思うのです。
自分の存在が認められたその時に。

作られたものの上に乗るのは簡単だし、楽だけれでも脆い気がします。
しかし、互いに作ってゆくその道は容易には壊れません。

私はこの映画が父親のこの言葉に収斂されてゆくのではと思っています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

うれしい!たのしい!大好き!

東京は一昨日夜は嵐で、明けて昨日はすっかり春でした。
春ですねぇ~。
昨日はバレンタインデー。
ささやき合いながら街行くカップルの誰もが、今日はいつもより幸せそうに見えます。

恋をするって、素晴らしい。
空が美しくなり…
花が儚く、でも美しくなり…
自然と笑顔も多くなり…
人にやさしくなり…
ついでに、道路の電柱までが何か幸せに包まれている様な気持ちになって…。

DREAMS COME TRUEの「うれしい!たのしい!大好き!(アルバムTHE SOULのEVERLASTING’ヴァージョン)」は恋する喜びを叫んでいる様な曲で大好きです。
吉田美和さんの多重コーラスは嬉しい気持ちが空へはじけてゆくようで、これに音が上がってゆくキーボードが重なってメロディーがスタートする。
とっても幸せな気分になる曲です。

友達にはうまく言えないこのパワーの源を
”恋をしている”ただそれだけじゃ
済まされないことのような気がしてる

うれしい!たのしい!大好き!
何でもできる強いパワーがどんどん湧いてくるよ

うれしい!たのしい!大好き!/DREAMS COME TRUE

人を好きになった、人を愛した…その時の自分の気持ちは忘れてはいけないですよね。
大切な人の喜びを、自分の喜びとして共に喜ぶ事。
大切な人の哀しみを、分かち合い和らげる事が出来る事。

誰かを愛している。
誰かを愛した。
その時の自分の気持ちだけは、忘れてはいけないですよね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

夜が明ければ! 私は勝つのだ!

コネタマ参加中: 聴くと気合が入る曲を教えて!

おお夜よ、失せろ! おお星たちよ、沈め!
星たちよ、沈め! 夜が明ければ!
私は勝つのだ!

06年の冬季オリンピックの時。
宿泊していたホテルで、朝早く目が覚めたので、少し部屋の机に向かって約束の時間までと、仕事をしておりました。
テレビはつけっぱなしで8時の時報と共にプッチーニの歌劇<トゥーランドット>の「誰も寝てはならぬ」が聞こえてきました。
メロディーに気をとられてテレビ画面を見ると荒川静香さんが金メダルを取ったとのニュースでした。

この曲プッチーニの歌劇<トゥーランドット>の「誰も寝てはならぬ」の手持ちCDの解説を流用します。

…歌劇<トゥーランドット>の舞台は伝説の時代、中国の北京。
流浪する韃靼の王子カラフは「3つの謎を解けば結婚するが、失敗したら死刑」というトゥーランドット姫に挑戦し、見事に解く。
約束の履行を渋る姫に、カラフは「自分の名前を当てたら命を与える」と言う。
第3幕第1場の王宮の庭園。
役人たちの「寝ずにあの男の素性を調査せよ」とのお触れに「私の勝利は間違いなし」と高らかに歌う…

そしてこの曲、最後の歌詞は…
おお夜よ、失せろ! おお星たちよ、沈め!
星たちよ、沈め! 夜が明ければ!
私は勝つのだ!

その年の11月に、設立まで紆余曲折のあった出資会社の設立記念式典を開催しました。
移動をするレンタカーの中で私はこの曲を聴いておりました。
遂に設立記念式典の開催にまでこぎつけた感慨深い思い。
「どうせ失敗するさ…」とこの事業を鵜の目鷹の目で見ている連中を必ず見返してみせる…という気持ちで燃えておりました。
この曲、なんたって最後の「夜が明ければ! 私は勝つのだ!」これがいいですよね。

上司を記念式典が開催される会場の最寄り駅まで迎えに行き、会場まで大きな音量でこの曲を聞いておりました。
その時、音楽にはあまり興味がない上司が一言。
「ケンシロウ(本当は苗字で呼ばれています)、食事する時とかいつもこういうの聞いているの?」って…。
この質問に高揚したその気持ちは我が家の貧乏食卓に引き戻されてしまいました。
あんたの発想はそこかい!!

でも、この曲は困難に立ち向かう時ほどに、次の勝利を確信する勇気を与えてくれるのです。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

« 2009年1月 | トップページ | 2009年3月 »