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2008年12月

一人きりのあの頃の私に伝えたい

本日は大掃除の一環で、我が家の「風のガーデン」の手入れをしました。
作業箇所を4箇所に区分しています。
飽きが来て作業をおろそかにしない為の工夫です。
一昨日より開始しており、明日に全ての作業が終了する予定です。
本当は…「風のガーデン」とはおこがましく、要するに庭です。
しかも、それほど大きくはない。

ただ、黙々と作業をするにはツマラナイので、久々にAMラジオを聴きながら作業をしておりました。
なんだか職人にでもなった気分です。
番組の内容は時節柄、08年のあなたの印象に残った歌とか、いちばんの思い出なんてのをリスナーから募集しています。
その中で、異なる番組ながら複数あった印象に残る歌にアンジェ・アキさんの「手紙~拝啓十五の君へ」がありました。

十五の僕には誰にも話せない 悩みの種があるのです
未来の自分に宛てて書く手紙なら
きっと素直に打ち明けられるだろう

…中略

ひとつしかないこの胸が何度もばらばらに割れて
苦しい中で今を生きている
今を生きている

…中略

荒れた青春の海は厳しいけれど
明日の岸辺へと 夢の船よ進め

…中略

大人の僕も傷ついて眠れない夜はあるけど
苦くて甘い今を生きている

…中略

ああ 負けないで 泣かないで 消えてしまいそうな時は
自分の声を信じて歩けばいいの

「手紙~拝啓十五の君へ~」 アンジェラ・アキ

様々な思い入れや、思い出が寄せられた声にもありました。
未来の自分から、思い悩み、苦しむその時の大切な人に、そして自分に、その事が、どんな意味がある事で、何のために乗り越えなければならない事なのか知らせる事が出来たなら、どれだけ気持ちは楽になるでしょうか。

私にも同じ様な思い入れのある曲があります。
プリンセス・プリンセスの「ONE」です。

この曲はアルバムの一番最後の曲であり、ミデアムテンポでドラマチックな展開ではなく始まり進みます。

悲しい恋の行方に立ち止まり
もう二度と誰も愛せないと思った
あの日 この恋に出逢うまでは

今では微笑みの中で ほこりをかぶった 蒼いスローモーション

「ONE」 プリンセス・プリンセス

とここまで進んだ曲のドラムもベースもギターもこの歌詞の後に止まり、ストリングスが全てを引きとります。
ん~この展開はズルイと初めて聞いた時は思いました。
そして、この後に、

恋を失くしてさむさに泣いていた
一人きりのあの頃の私に伝えたい
「ねえ泣かないで大丈夫。
あなたの最後の恋に今ここでやっとめぐり逢えた」と

「ONE」 プリンセス・プリンセス

と続きます。
膝を抱えて悲しむ大切な人に、そっと幽霊(おじさんには妖精とは書けません)の様に近づいて、こんな事をささやけたら…。

努力とは底が見えない水がめに水を入れるようなもの…と言ったのを聞いた事があります。
終わりがどこにあるのかわからない。
いつ終わるのかわからない。
しかし、もう限界だと思う時、実は水がめの水は溢れる寸前だとか。
当事者はそんな事を言われても、目の前の事態が解決されないのだから、やっぱり辛い。

起きてしまった出来事が変えられないとしたら…。
大切な人が過去に辛い事があるならば、その時へ行って、未来への希望を灯したい。
今、苦しんでいるならば、将来から今の苦境に打勝つ、未来への希望を灯したい。

「手紙~拝啓十五の君へ~」も「ONE」も、そんな思いは共通している様に思うのです。

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美しい花

今日は仕事納めで、午後4時頃より大会議室を使用しての納会でした。
一通り関係者に挨拶をしてまわった後、席に戻ってつらつらと考えていました。

今日しかない、今日こそ行くぞ…。

営業部では2次会の会場をカラオケボックスに用意しており、行こうと誘われました。
ダメ!! 今日は行くぞと決めたのだから、もう後には引けない。
カラオケ<目的地だ!

日本橋から地下鉄銀座線で銀座へ。
銀座から日比谷線に乗り換え、広尾で下車。
Googleの地図を片手に既に暮れた道を歩きます。
と、取引先からの携帯電話。
気持ちは目的地へ向かっているので、いっそ携帯電話をへし折って捨ててやろうかと思うほど。
簡単な対応で話を済ませ、再度目的地へGO。

目的地はお花屋さん。
ラ・パレットです。

なんだか、ながらく待ち焦がれていた恋人に会いに行くわけでもないのにドキドキしています。
今日は営業が終わってはいないか…つまらない事も考えます。
遂にお店を見つけると、ムフフッ。

お店の戸口に立ち、花束をお願いしたいと伝えました。
用途を聞かれ、「妻への今年のお礼の贈り物に」と答えました。
臆面もなく。
納会のお酒…少し飲みすぎたかな。

本当に少しアルコールのにおいもしていたと思いますが、スタッフの方は大変良い感じで、気さくに応対をして頂きました。
店内は壁一面に花があり、これがとても美しい。
特に指定のお花がありますかと聞かれ、指定はない事と、送るのは大人の方ですかと聞かれ(この問い合わせの仕方も素晴らしい)、妻の年齢を伝えました。

少し舞い上がっていたのか、どうして伺ったのかなんて事を話してしまいました。
作られてゆく花束を見ながら、その素晴らしさに感嘆していました。
お願いした予算をはるかに凌ぐ価値です。
最後に花束を包むラッピングも素晴らしい。
完成した花束を受け取って「素晴らしいですね」と思わず言葉がでました。

花束を受け取ってから、恵比寿駅に向かって歩きます。
おりしも帰宅ラッシュの時間。
まずは、混雑の激しい山手線を新宿まで、どう行くかが問題でした。
1本電車を見送って、この時間はどの車両が比較的空いているかを確認。
進行方向1両目と判断し、次の電車に乗車。
「俺に近づくな」のオーラ全開。
新宿からは特急電車で花束を守るように帰りました。

花束に顔を寄せながら、じっくり眺めながら帰りました。
白いバラがこんなに可憐で美しいと気付きました。
花束の色の配置バランスがとてつもなくいい。
紫のチューリップの美しさ。
シクラメンとは異なる、美しい紫。

いいおじさんが、一生懸命花を見ているさまは、結構奇妙に映っていたでしょうね。
でも、本当に感動する美しさでした。
なんだか今日一日が素晴らしい日となりました。
妻もとっても喜んでくれました。

自分が眺めて帰ってきた時に、写真を撮ろうと思った構図で上手に表現する技量を持っていない事を思い知らされた写真です。
少しでも美しさが伝わればと思います。

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風のガーデンもそうですが、花の魅力を再発見した、ロマッンチックなおじさんでした。

ラ・パレットへの私の勝手な思い入れは以下のURLにあります。
http://an-easy-light.cocolog-nifty.com/bloglight/2008/07/post_0aad.html

ラ・パレットのホームページは以下のURLです。
http://www.la-palette.co.jp/index.php?data=./data/l3/

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つないだ手の暖かさよ

本年は暖冬で昨年の同時期と比べれば、随分過ごしやすい事と思います。
しかしながら、人間は勝手なもので、暑い夏には寒い冬が恋しくなり、寒い冬には真夏の太陽が恋しくなります。
それでも、朝晩は寒くなりましたよね。

先日、出張の帰り道です。
時刻も遅くなり、駅のホームのライトで人影が浮かび上がる頃、まもなく電車がホームに到着するとのアナウンスで待合室を出ました。
吐く息は白く、荷物を持っている手はポケットに入れられず、少し寒さで冷たくなっていました。
不意にホームに子供の笑い声が聞こえ、声のする方向を見ました。
小さな女の子が二人、おかあさんのコートの左右のポケットにそれぞれ一方の手を入れています。
おかあさんがコートを左右に振ると、手がポケットから抜けてしまわない様にその周りを一緒に回っています。
笑いながらとても楽しそうです。
やがてホームの端が電車のライトで照らされるとおかあさんはポケットから一旦自分の手を出すと荷物を腕にかけ、ポケットの中で再び子供の手を握りました。
おかあさんを中心にライトで照らされ、つながる三人の美しいシルエットが見えました。

ああ、もう遠い記憶。
思春期のデートで意中の女の子と手をつないで歩く。
自分より小さくてやわらかい、それでいてしっとりとした手の感触が心に伝わってきます。
嬉しいのに緊張で、ついないだ手の少し先にある相手の顔は見れないし、ましてやまともに話などできません。
緊張で手のひらに汗をかきます。
(やべぇよ、すげぇ汗かきと思われないかなぁ)。
胸の鼓動が高鳴ります。
(ドキドキしているの伝わってんじゃねぇのかな…かっこ悪るぃ)。
しばらく話をしないので口の中が乾いてきます。
(俺、ずーっと黙ってるよ。次に話した時に声が上ずったり、かすれたりしたらどうしよう…)。
この時には緊張で頭がいっぱいですが、その日に眠る頃には見慣れたはずの自分の手を何度も見てみたり、次の大人へのステップを勝手に想像して照れたり、作戦を考えたりと今にして思えばなんとも可愛いものです。
しかし何より、つないだ手のぬくもりは、興奮しているのかわかりませんが、何だか意味も無く明日への活力が沸いてくる様でした。

残念な事ですが、今年は若い命を自ら絶つ人が少なくなく、マスコミ等で多く取り上げられました。
いじめられての自殺はそのいじめの苛烈さや凄惨さと遺書に残された無念さが多くの人に衝撃をもたらしました。
報道ではいじめられた側が取材の対象として取り上げられる機会が多く、一方は社会の病巣と抽象的な表現で片付けられる事が多かった様に思います。
この事に私は「生きているという実感」が希薄な事が自殺までに至らしめる凄惨さを伴うと考えるのです。
日々我々は生きている喜びを感じながら生きていません。
一日が終わり、眠りにつくその時は明日が当たり前にくる事に疑いを感じません。
でも、入院する程に体調を崩したり、不治の病の人を知るにつけ、自分が健康である事に、生きている事を実感し感謝する現実があります。

いじめられている子が絶望の中で自分と同じ涙を流している姿を、傷ついて血を流しているのを見てはじめて「生きているという実感」を得るのでしょう。
自分が思う絶望や孤独を他人が感じているのを見て、自分と同じと思い安心する。
だからこそ、その不安の大きな波にのまれて、流されて、泳いでいるつもりが流されてしまう。
繰りかえしても決してその不安は解消されないのに。
手をつなぐ、たったそれだけの事が人を人として認める、人を肯定する。
その大きなきっかけとはなりえないでしょうか。
出張先で読んだ新聞のその記事に私は思いました。

クリスマスは普段はちょっと恥ずかしいなと思う事もオブラートに包んでくれます。
ほら、普段は街角の募金なんかできなくても、なんとなく慈悲深くなったりしますでしょ。
だから、親や兄弟、家族、友人、知人、大切な人と手をつなぎ、そのぬくもりや暖かさ、やさしさ、生きている事を感じるというのはどうでしょう。

本年もあとわずかですね。
来年も皆様にとりまして素晴らしい1年でありますように。
MerryXmas

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つないでゆく命

先週の木曜日は取引先との忘年会があり、どうしてもテレビにかじりついているわけにもゆかず、「風のガーデン」最終回は帰宅する金曜日の深夜まで、おあずけでした。
金曜日の深夜に一通り見てからは、今週末はちょっとした時間があると、何度もある場面を繰り返し見ていました。

ドラマの最後、美しい雪解け水が流れ、時間の経過と春の訪れを告げる場面。
引き寄せらるように走る岳の行く先に、咲き乱れるエゾエンゴサクの花。
流れてくる美しくアレンジされた乙女の祈り。
厳しい冬を超え、大切な人の死を乗り越え、春を迎えた人々の気持ち。
先に逝かなければならなかった人が、残る人々へ残した気持ち。

儚い花の美しさと人の命の儚さが重なります。
でも、花の球根は厳しい冬を超えて、春に再び美しい花を咲かせ、人間は命をつないでゆく。

「さだまさし」さんは冬を「春待つ季節」と言いました。
なんだか、とってもいい表現だと思いませんか?
子供の頃、毎朝犬を近所に散歩に連れて行っておりました。
冬は市営野球場の芝が茶色になり、これが美しい緑に変わってゆくのが楽しみでした。
これぞ、春待つ季節。

信じてくれるでしょうか 君のくれた愛の種が
空にそびえる 大樹に育ったことを

やさしく愛して… BORO

しっかり夢中になってしまいました。
私の心にもエゾエンゴサクの球根が、いつのまにか植えられていて、ドラマの終りには美しい花が咲いていたようです。

過去に「心に育つ種をまく」というタイトルで記事を書いた事があります。
よろしかったら、こちらも是非ご覧になってみて下さい。

http://an-easy-light.cocolog-nifty.com/bloglight/2008/05/post_633e.html

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愛が哀しいから

近所の神社でのお祭りの事。
私が小学生、弟は幼稚園の頃。
弟と二人で出掛けて、はぐれてしまい弟は迷子になりました。

お祭りの人ごみ中を必死になって探しました。
あっ…いた!
弟はその神社の鳥居の近くにある交番にいました。
パイプ椅子に座って、おまわりさんの方を向きながら、泣きじゃくっている姿が見えました。

家から神社まで、歩いても5分とかからない場所です。
でも、幼稚園の子供には未知の遠い世界。
夜、はぐれてしまった心細さはどれほどだったでしょう。

夕暮れに迷子が泣いているよ
大声で名前を叫びながら

あんなにも愛しい人のことを
まっすぐに呼べる強さは何故?

誰も迎えに来てくれないのが
分かった日から僕らは泣けなくなった
ああ、だから君に逢いたかったんだ

愛が苦しいのに
何故僕らは出逢うんだろう?
信じたいと何度も願うんだろう?

愛が哀しいから 徳永英明

つないだ、重ねた手のあたたかさ。
抱きしめた時の、抱きしめられた時のぬくもり。
大切な人の哀しみを分かち合い、喜びを共に喜べること。

傷つけ、傷つくこともあるけれど…。
愛は哀しいだけでは、苦しいだけではないこと。

この曲タイトルと内容が異なるところが、なんとも妙味ですね。
徳永英明さんの声もいい。

夜に聞いちゃいけないですね。

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しあわせのランプ(Chapter10) 燃えかすなんか残りやしない

矢吹くんは…さみしくないの?
同じ年ごろの青年が 海に山に恋人とつれだって青春を謳歌しているというのに…。
矢吹くんときたら くる日もくる日も汗とワセリンと松ヤニの臭いが漂う薄暗いジムにとじこもって、なわとびをしたり、柔軟体操をしたり、シャドー・ボクシングをしたり サンドバックをたたいたり。
たまに、明るい所へ出るかと思えば、そこはまぶしいほどの照明に照らされたリングという檻のなか―

…中略…

みじめだわ、悲惨だわ、青春と呼ぶにはあまりにも暗すぎるわ!

…中略…

紀ちゃんのいう青春を謳歌するって事とちょっと違うかもしれないが、燃えているような充実感は今まで、何度も味わって来たよ…血だらけのリング上でな。
そこいらの連中みたいにブスブスとくすぶりながら不完全燃焼しているんじゃない。
ほんの瞬間にせよ、まぶしいほどまっかに燃えあがるんだ。
そして、あとにはまっ白な灰だけが残る…燃えかすなんか残りやしない…まっ白な灰だけだ。
そんな充実感は拳闘をやる前にはなかったよ。

あしたのジョー

空手の稽古が始まるまでの時間、再放送で「あしたのジョー2」を放映していた。
特に「あしたのジョー」に強い思い入れがあるわけでないが、この台詞にはしびれた。
自分が必死で空手に取り組んできた動機とどこかで重なったからだ。
そして、享楽のバブルへと向かう時勢の中で、お前らとは違うと自分への言い訳と、きっとどこかで「青春を謳歌する」にあった、うらやましいと思う気持ち。
矢吹丈の様に上手な表現は出来なかったが、私の気持ちを勇気づけ、私が人生を放棄しない最後の砦となっていた。

本当は人恋しくて、さびしくて、たまらなかった。
しかし、そんな気持ちも態度も示す事は出来なかった。
さびしさに耐えかねて、自分の心を折ったならどうなるかは、よく知っているつもりだった。

高校へは自転車で通学をしていた。
当時の校長は通学時、正面の入り口に立って、生徒ひとりひとりに挨拶をしていた。
ある冬の寒い日。
自転車置場からひとり、入り口へ向かって歩いて行くと、たまたまタイミングで私一人だけが通過する事となった。
その時校長が「冬の寒い日は、自転車通学は大変だな」と私に声をかけた。
「はい」と答えて私は通過したが、この言葉がどれだけ自分の心を和らげ、暖めた事だろう。
校長が何気なくかけた一言が、一日誰とも話さず、誰にも声をかけられない事が当たり前の私に。

校長は私の卒業と同時に引退だった。
卒業式の訓示では涙声であった。
誰かが、毎年芝居でやってるんだじゃないかと話していた。
万感募る思いがあった事と思う。
校長が引退した翌年から、卒業した高校は長い伝統を捨て、男女共学となったのだ。

自分へ問いかける心と、その答えが出せない苦しみと、自分で自分に矛盾を感じていた。
破滅願望もどこかにまだあった。
なぜ、生きているのか…。
なぜ、生まれてきたのか…。
なぜ、どうして、なんで…。

ところが、自分を問い詰めるその心に、今までにはなかった「このままではいけない」という気持ちが芽生えていた。
子供の頃に見た宇宙戦艦ヤマトの沖田艦長が「明日の勝利の為に、今日の屈辱に耐えるのが男だ」と言っていた。
ラッシャー木村が「耐えて燃えろ」言っていた。

しかし、芽生えた気持ちは枯れた。
心の荒野はどこまでも荒れ野だった。
そして…。

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乙女の祈り

人間はなんのために生きるのかって考えてみると、
苦難を乗り越えていくために生きるのだと思う。
なにもしないで、生きていこうなんて生き方はだめよ。
【フジ子・へミングの魂の言葉/清流出版】

乙女の祈り。
ポーランド出身の女流作曲家パダジェフスカが18歳の時に書いた曲です。
他にバダジェフスカは「叶えられた祈り」という曲も残しているそうです。
乙女の祈りは成就したのだと考えますが、バダジュフスカは27歳という若さで亡くなったとの記録があるので、しあわせな時間はそれほど長くはなかったのでしょう。
勝手な想像です。
この曲の素晴らしさに改めて、気づかされてしまいました。
ピアノを学ぶ人が必ず通る通り道の曲ぐらいの認識であり、作曲者すら記憶にありませんでした。

見ました、必ず見ますよ「風のガーデン」。
今週放送分も出張の宿泊先で見る事となっていたので、ホテルに入ってからもPCと格闘し、締め切りの迫る仕事を仕上てしまうのに必死です。
日中は取引先との折衝やら、確認等があり、夜はその事務処理等他の仕事を行う必要があるので、出張での宿泊先も仕事をしやすいとの観点で決めます。
これにもう一つ。
木曜日に宿泊せざるを得ない時は、部屋に大きな画面の映りが良いテレビがある事を条件としています。
勿論、木曜日のお誘いは全てお断り。

今週の放送で、この曲が使用された部分はとても印象に残るものでした。
岳君のピアノ独奏から始まり、これをストリングス主体の編成で引き取ってゆく。
そのままシーンが進み、これに貞美と岳君の別れが重る。
父親としてではなく、ガブリエルとして。
たまらないシーンでした。
チェロとピアノで合奏するシーンでの「乙女の祈り」は喜びで満たされていましたが、これはなんとも哀しみに満ちたメロディーでした。

なかなかプロの演奏家のCDでは見かけない曲目です。
しかし、メロディーはとてもロマンティックで、弾く人によりその表情が大きく変化する曲だと思います。
帰宅してから、中学1年生の息子の部屋へ行き、ピアノの近くに無造作に積み上げてある楽譜の中から探し出しました。
最近は部活動のバスケットボールに夢中で、ピアノは殆ど弾いていないらしい。
「これ、弾ける?」って聞いたら、「昨日、おかあさんにも聞かれた」との答えでした。

そこで、今日長男と二人だけの時があったので、こう話しました。
「乙女の祈り」少し練習してみたらどうか?
弾いてみせたら、おかあさん目をウルウルさせて喜ぶぞ。
ニヤニヤした反応の長男。
本当は私が聞きたいと知っているかな。

ああ、来週はいよいよ最終回ですね。
久しぶりに見た連続ドラマの終わりは、少しさびしい気持ちですね。

人は最後に何処へ還るのだろう?
大変な命題。

死は、互いの関係を時間と共に希薄にするというより、
かえって関係を深く、親しくするものなのかもしれないわね。
【フジ子・へミングの魂の言葉/清流出版】

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泣いたのは僕だった

何を聞いても、何を言われても、気持ちは深い海の底へ沈んでゆく。
日の光も届かない、暗い深海。
どんなに偉い人の言葉も、励ましの言葉も、やさしい言葉も。
深海で触れた姿の見えない深海魚の様に、何が触れたのか、姿かたちもわからない。
心がこたえてくれない。

自分自身の気持ちが沈む時、どうにもモチベーションが上がらない時。
これまでにも、
つらくて…
さびして…
哀しくて…
苦しくて…
こんな事ではいけない。
自分で百も承知なのに、心が自分の気持ちに、立ち上がろうとする気持ちに、こたえてくれない。

でも、こんな時は必ず誰にでもある。
こんな事を思う自分が嫌になって、嫌いになる時は、ちょっと空を見上げて「しょうがないなぁ」とつぶやいてみる。
「しょうがないなぁ」は人生をあきらめている事、投げている事ではなく、どうしもなく混乱した自分の感情を整えるキーワード。

混乱した気持ちがおさまるまで、ゆっくり。
次に心が元気を取り戻すまで。
これは、心が次の道しるべを探すために、必要な時間。
深海から見上げて、道しるべとなる日の光が射すのが見えてきたら、その方向にゆっくり歩いてゆこう。
海面に近づくにつれて、日の光の筋が多くなり、海水も温度が上がってくるよ。

泣いたのは僕だった
弱さを見せないことが そう
強い訳じゃないって君が
言っていたからだよ
I believe

人を好きになれることに
初めて気付いた 今は

泣いたのは僕だった
つながった冬の星座
この空に消えてかない様に
見つめていたんだよ

伝えたい言葉を繰り返すのに
また声にならない

他愛ないことで笑って
優しく包むよ 君を

ORION(一部抜粋)中島美嘉

上を向いたら、立ち上がったら、歩き出したら、深海から動けないなら、誰かと話してみよう。
1人で自分の世界だけで悩むのは、きっと得策ではないよ。
悲観的な気持ちで迷路に迷い込まないように。
他の人に相談すれば、違う考えも聞く事が出来て、その話の中にヒントが隠されているかもしれない。

悩みを打ち明けるのは、弱音を吐くことじゃない。
そんなちっぽけな事で悩んでいるなんて、人間が弱いとか、小さいとか、思われると嫌だと考えて、ついつい自分で頑張ってしまう。

大事なことは「人からどう見られるか」ではなくて、この心を、この気持ちを、どうするかだものね。

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なんて自分はダメなんだ…と思う時

なんて自分はダメなんだ…。

時々、駅のホームのベンチや公園でため息をつくサラリーマンを見ます。
うな垂れていたり、中空を見つめていたり、腕を組んで考え込んでいたり。
同業種かな、同職種かな…なんていろいろ思います。
子供の頃なら、石を蹴りながら帰るなんて気持ちでしょうか。

自分はダメだなぁ…なんて考える日が誰しもあると思います。
彼より、彼女より…どこが違うのだろうなんて。

これが悪いスパイラルに入り込むと次は、結果や成果が出ていても素直には喜べず、もっといい、もっと他に、他の人なら…と考えるようになります。
仕事や目的にまじめに取り組んでいたり、現状を改善しようと努めている人だと思うのです。

そういう事を微塵も感じない事も問題ですが、あまり敏感に反応していては心が疲れてしまいます。
自分はダメなんだ…と考えるのは思い込みである事も多くあると思うのです。

同じ部の後輩で4月に入った新入社員が、8月頃に辞めたいと相談された事がありました。
研修期間が終了し、6月頃から本格的に現場へ配属となりました。
当たり前ですが、スタートすれば、戸惑うし、混乱するし、間違いはする、失敗の繰り返しです。
「同じ失敗は繰り返すな」なんて、いろいろな先輩から言われると余計に緊張して、これが更に失敗を誘発する事もあります。

辞めたいと相談をされたので、何故かと質問しました。
自分は失敗ばかりで、皆のスピードにもついて行けず迷惑ばかりかける。
配属からちっとも進歩しないと言うのです。

しばらく彼の話を聞いてから、いくつか質問をしました。
配属当初は電話応対もできなかったのではないか?
今は会社名を言って電話応対ができ、必要な人に取り次げるのではないのか?
どこに、どういう必要な書類があるか、理解できたのではないのかetc…?

突然、黙り込んだかと思うと、ぽろぽろと涙がこぼれ、泣き出しました。
彼は自分の進歩を、まったく認識できないでいたのです。
言われると、自分が出来るようになっている事を再認識しています。
自分で、自分が出来るようになった事を棚卸して行くと、「自分はダメなんだ…」とのネガティブな部分が薄れて行くのです。

「自分はダメなんだ…」と思っているのに、本当はいろいろな事が出来る、出来るようになっている。
様々な長所があり、優れた部分も持っているのに、自分の思い込みで自分の優れた部分に蓋をします。
高い自分の理想像と現実の姿のギャップに苦しみだします。
この高い理想像が自分を高めてゆく為の源泉にもなります。
だから時々、バーを下げて、自分の能力を棚卸し、素敵な自分を再発見する。

「人生に勝つ」というのは、30パーセントしかない強さを鍛え上げ、70パーセントの負に立ち向かって行くことに他ならない。
初めから強いやつなど、1人もいないのだ。
「崖っぷちで踊るヤツ、すくむヤツ、逃げるヤツ」 落合信彦

後輩に偉そうに話をしますが…私もいつかきた道ですcoldsweats01

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しわせのランプ(Chapter9) 心の空白を埋めるため

いつ訪れるとも知れずの勝利の日を、信じて続けていた。
心の空白を埋めるのに必死だったのか、それしかなかったのか…。

高校入学して、しばらくし私は空手を始めた。
学校に行っても誰とも話す事もなく、一言もしゃべらない日もめずらしくない毎日で、まるでそれは私が自分で心の空白を埋めるのに都合がよかったものに出会った様に、急速にのめり込んで行った。
とても魅了されたのだ。

自身の努力以外、結果を示せるものもなく、それ以外に言い訳が通じない世界。
否応なしに自分と向き合う環境となった。

子供が海の怖さを知らないように、多くの事にチャレンジした。
しかし、本当は自分を追い込み、自分を壊してみたいと考えていたのだ。
稽古の中で自分が成長してゆく事への喜びではなく、限界まで行って壊れしまいたいと思っていたのだ。

ひとつ問題があった。
試合ではなかなか初勝利が上げられなかったのだ。
同期入門の連中は初戦で初勝利を得ていた。
早々に試合場から応援席へ引き揚げなければならない気持ちは大変辛かった。

師範は稽古では鬼であったが、試合の結果は不問だった。
全力で取り組んでいる事は承知であったので、それによる結果を評価する事はなかった。
これは、反対に辛い事もある。
結果が出せない事を叱責される方が気持ちが楽な事もあるのだ。

くやしいと思う気持ちも勿論、焦りもあった。
この焦りが思考も体も硬直させ、なお更に結果が出ない方へとシフトするのだ。

定期的に自分が稽古をしていた支部道場に、開祖の最高師範の愛弟子である先生が指導に来られていた。
その時、ふとこんな事をおっしゃったのだ。
「我々の流派の奥義は既に様々な基本動作の中に公開されています」と。
この話を聞いた当初は何の事だか、理解出来なかったのだ。
それにもまして、焦る気持ちが募るばかりだった。

遂に初勝利の日はやってきた。
遅れきた分、初勝利はとても嬉しいものとなった。
師範をはじめ、とても祝福してくれたのだ。
とても嬉しかった。
その場で両手をあげて、大きな声で叫びたいぐらい嬉しかったのだ。

それから、この初勝利は大きな励みになったが、心のどこかにあった破滅願望は消えていなかった。
そうして、待ちに待った事態が起きた。
遂に耐え切れなくなり、体が悲鳴をあげた。
ざまあみろ。これで望んでいた通りとなったね…と思っていた。
休養を余儀なくされた。

しかし、ここが変わり目だった。
体も回復し、稽古へ復帰してからの事。
憑き物がとれた様に体が軽くなった。

稽古でも試合でも、相手を憎悪するかのように取り組んでいた気持ちを感じなくなっていた。
変わりに例えば試合ならば、その3分間に集中をしており、試合後はとてもスッキリした気持ちとなっていた。
試合前に、こうして、ああしてと作戦を考えるまでもなく、体が反応をする様になっていた。
試合中の記憶が殆ど無いのである。
これが、禅で言う「無」の境地なのかと思った。

そうして、開祖の最高師範の愛弟子である先生の言葉が理解できた気持ちになったのだ。
稽古で繰り返す単調な基本動を体が覚えていれば、事態に体が反応するのだ。
と、同時に普段の鍛錬の継続がいかに大切か、思い知らされる事でもあった。
開眼する境地には勿論達してはいないが、それからは常勝ではないが、勝利を手にする事が出来るようになった。

現代人はそれでは納得しませんけれど、明らかにしない、秘密にする、ということは、そのもとが平凡なことだからなのです。
茶道でも、華道でも、突きつめていくと到達するところは平凡です。
お茶の奥義に「夏はいかにも涼しきように、冬はいかにも暖かなるように」というのがありますが、これなどはいい例ではないでしょうか。
いかにも平凡に聞こえますが、これができる人はどれほどいることでしょう。
その平凡にいきつくまでの、大切な過程を省略して、行きついた結論だけを示せば「なんだ、こんなことか」となってしまう。
行きつけば平凡、当たり前のことが、本当は重大なことだととわかるために、あえて秘密にするわけです。
「般若心経の本」高僧「松原泰道」

遅い初勝利は耐える事を多く学び、同期入門者が脱落して行く中で私は残り、結果として有段者になる事が出来た。
しかし、空手を通じて得た事はもっと大きな事だった。
大切な人の死。
大きな代償と後悔。
この時期にあった様々な出来事が相まって、私を変えた。
それは、今も私の心に脈々と生き続けている。

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