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2008年11月

明日晴れるかな?

営業職は、利害の調整を行う場面が多く発生します。
それが仕事だと言ってしまえば、寂しい限りです。
人と人とのやり取りから生まれる信頼。
信頼を基礎とした悲喜こもごもが仕事の魅力でもあります。

人間社会の常でしょうか。

しかし、時としてそのむき出しの欲望との対決はエネルギーを多く消耗します。
人間の組成はこんなものかと思えば、楽にはなるかもしれませんが、これは意思を放棄した様で好きではありません。
そんな事を思う日はとっても疲れを感じます。
自分も時として、むき出しの欲望をあらわにする事もあるのですが…。

でも、世捨て人にはなれません。

これまでの人生の様々な場面で、多くの人に励まされ、勇気づけられてきました。
人はこんなにもやさしい言葉を持っているのかと思う事もあります。

明日晴れるかな?

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書く事で紡ぐ

人間のエネルギーとは恐ろしきものです。
特に実体なく、文字でせまる事は本当は、実際に会うよりもエネルギーを消耗する事もあります。
良い方では、好きな気持ちを伝えるラブレターから、悪い方では誹謗中傷のビラや匿名による中傷とか…。

私はエライ人の会議用の挨拶文から、メール等の文書作成の機会が多くあります。
仕事の事に関する文書は無機的であり、慣れてしまえば手間はとられません。
一番自分が書く事が苦手なのは…それは、自分に関する事です。
過去の出来事を、当時の自分の感情をおりまぜながら、客観的に表現をするのは大変に困難です。

無力感や孤独に苛まされていた頃、迷っていた頃、文章を書きました。
自分の生きてきた証を何処かに残したくて、一言一句文字を紡ぎ、表現しきれない自分の思いを綴りました。

自分の価値に迷い、彷徨しました。
「なぜ生きているのか、何のために生きているのか…」
書き記す事で、現実の出来事を闘いながら、現実に飲み込まれぬよう、必死だったのです。
書き記す文字、一文字一文字を現実と結びつけながら。

後でそれを読み返し、全て処分しました。
過去との決別という事もありました。

今でも私は書きます。
彷徨はしなくなった…と思っています。
一言一句文字を紡ぎ、自分の思いを綴っています。

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白いキャンパスの紅葉

今日、仕事で東京から長野県へ入りました。

本日、朝に駒ヶ根地区に入りました。「とても寒い」と話すと昨晩は粉雪が舞ったとの事。

すると少し積もった雪と紅葉がとても美しいコントラストを作っていました。ああ、デジタルカメラをこんな日に限って忘れるなんて…。

山を見上げれば、山頂付近は雪が降っていますという具合の雲。仕事でなければ、ゆっくり撮影できるのに。一方の高遠方面は山頂付近に雪が積もる美しい峰が青空の下に続きます。白と青の美しいコントラスト。

駒ヶ根周辺から小黒川付近の景観は美しい。凛として冷たさを含む空気が充満する時間は、上った日の光が照らし、木々をなお更に美しく見せます。

これが私の秘密の紅葉スポット。

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しあわせのランプ(Chapter8) 後悔と大きな代償

とても信じられなかった。
彼女が亡くなった事に。
あなたと出逢ったのは11歳の頃だったね。
互いに意思を確認する事はなかったけれど、いつも静かに暖かく見守っていてくれた。
魂が抜ける様に、するりと私の腕から抜けた…。

悲しみなんて感じなかった。
自分でもわからないその気持ちは怒りとなって込み上げてくるばかりで。
何日も、周りの人が涙していても、悲しみを感じなかった。
お墓に行っても…。
あなたの遺品を見ても…。

ある晴れたその日に、自分の部屋から窓の外を見ていて、ふと語りかけたその時、突然悲しみはやってきました。
涙がとめどなく溢れて、泣きました。
立っている事が出来ずに、両膝をついてしまいました。
泣いた。本当に泣きました。

悲しみを感じ、涙と共に流れた殻の中から、そして得体の知れない怒りが何であり、どこへ向けられていたものかが、わかったのです。

後悔でした。
怒りは後悔をする自分に、後悔をする様な事しか出来なかった自分に。
勇気のない自分に。
自分の弱さから後悔する自分に。

後悔する事しか、後悔する様な生き方しか出来なかった私に、それがいかに愚かな事であるか。

あの時、きちんとわかってあげられなくて、本当にごめんね。
あの時は、私も自分のことでいっぱいだったから…。
でも、今なら、あなたの気持ちが理解できる。
理解できるようになったと思う。

後悔に囚われる事がいかに愚かな事か、それを理解するにはあまりに大きな代償でした。
そして、その後も、私は後悔に囚われる事無く、今もしっかり前を向いています。

偉大な作曲家は絶望の谷へと突き落とされる。
聴力の障害が発生する。
耳が聞こえなくなり始めて書いたベートーヴェンのピアノソナタ「月光」。
第3楽章は何故、あんなにスタカートの連続で激しいのか。
人生のあまりに苛烈な出来事の連続に、作曲家として、音楽家として、生命としての聴力を失う。
その恐怖たるや。

彼はその生涯に三度の遺書を書いているが、自分のこめかみに銃をあて、その生涯を終わりにしようと目を閉じたそのとき、窓の外の雲間から射す光を感じ見て、自然からの語りかけに神を感じ、「おお神よ、私にまだ生きろというのですね」
繰り返される試練に、それでも必死に生きること、生きるために闘う。

第3楽章はベートヴェンが自分の人生に降りかかるその試練に果敢に闘いを挑む気持ち。

これが闘志 生涯を貫いてみせるというエネルギーに満ちた闘志。
負けない、闘って、生き抜いて見せるぞという、困難に立ち向かう勇気。

私には何故、第3楽章があれほど激しいのか、この時から感じるようになった。

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形(文)にする事は、その細部が甦り、形にする事で忘れられる、過去の事にできると思いながら、殆どは余計にリアリティを持ってしまいます。
冒頭の出来事は私がトンネルを抜け出るその頃のであり、今までその一切を形にする事はしませんでした。

今の状況に身をおいていれば、実は少々不自由な事があってもそれがいいんだと自分を誤魔化してしまう事があります。
納得させてしまいます。
少しの勇気を持って、次の扉を開けると、そこは今よりももっと素晴らしい世界が待っています。
加えて、自分の勇気と決断で開いた扉はもう、後ろ向きに開けられる事はありません。

過去の事をああでもない、こうでもないと並び替える。
過ぎ去った出来事は、もう一度自分を傷つける事はないから、そこは安住の地となりやすい。
でも、電車の車窓から見える景色も、進行方向を向いていればいつでも美しい景色は向かってきますが、反対方向を向いていれば全て過ぎ去った景色になります。
やっぱり、過ぎて行くよりも、やって来る方がいい。

しかし、やっと出来た内容は自分尺度のものとなってしまいました。
いかに貧弱は表現方法しか持たないのかを痛感させられました。
引用を多用すれば、人の言葉を切り貼りするようなもので、的確な表現もありますが、誰が書いたのかすらわからなくなってしまいます。

でも、少しだけ引用を

「われ事に於て後悔せず」 宮本武蔵「五輪書」
その日その日が自己批判に暮れるような道を何処まで歩いても、批判する主体の姿に出会う事はない。
別な道がきっとあるのだ、自分という本体に出会う道があるのだ、後悔などというお目出度い手段で、自分をごまかさぬと決心してみろ、そういう確信を武蔵は語っているのである。
  小林秀雄「私の人生観」

悲しみで花が咲くものか
世界はそれを愛と呼ぶんだぜ/サンボマスター

自分が、自分の心が、殻の中で、答えのない問いに苦しみ始めていました。
トンネルの出口の明かりが見えているのに、その出口は月より遠く感じられたのです。

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青い鳥

2005年にCIAの情報漏洩事件で、情報提供元を明かさなかった事から、ジャーナリストが収監された事件がありました。
収監されたジャーナリストは結果として法に触れる事にはなりましたが、ジャーナリズムの世界における、「ネタ元は明かさない」という不文律を守った事になると思います。
要するに掟を守ったという感覚でしょうか。
収監されるところのニュース映像だと思いますが、なんだかそのジャーナリストの表情は満足している様に見え、とても印象に残っていました。
この事は05年10月の雑誌「BRIO」の異端者の告白というタイトルのインタビュー記事で宮崎 学さんがお話されていました。

そのインタビュー記事の宮崎 学さん曰く、
…この行為をすれば損をする、とわかっていても、それを選択することがあるのが、人間なんです。動物との違いは、決定的な瞬間に反理性の行為を取れることじゃないだろうか。それが案外、いちばん人間が人間らしい瞬間じゃないかな。
とそのインタビュー記事の中で話されています。

先日、仕事で長野県の富士見町へ行きました。
仕事の合間にちょっとだけ時間を都合して、中央本線の信濃境駅へ行きました。
なぜか…ここがドラマのロケ地となったところだからです。
1997年の放送ですから、もう11年も前のドラマですが「青い鳥」の舞台になったところです。
ドラマの中では、清澄駅という実在しない駅名で使用されています。

車を借りて、駅の前まで行きました。
あまり長い時間帰ってこないと心配されるので、駅の前まで。
中に入ってみたかったのですが…今回はガマン。
外から少し見て、携帯電話のカメラでシャッターオン。

今更ながらなのですが、このドラマが旬であり、出張での私のお楽しみなのです。
相棒のノートパソコンは仕事の道具ですから、これと共に出張のカバンに「青い鳥」のDVDを忍ばせて行きます。
毎回1枚づつ。
取引先と夕食をしない時は、夜にゆっくりとこのDVDを見るのです。

テレビでの放送時は見ていません。
ちょっと前の記事で書いた通り、連続ドラマは録画でもしながらでなければ、絶望的です。
しかし、このドラマ前半クライマックス部分はふとテレビに映っている映像が記憶にあったのです。
それは映像よりもその場面に流れていた音楽が気に入って、ドラマは見ていないのですがそのCDだけ当時買ったのです。

電車が発車するベルが鳴り響くホーム。
これから自分に降りかかる困難な事態も知らない詩織。
その詩織の明るい声が無邪気にホームに響き渡る。
詩織の事も、自分の事でも過酷な運命を知り、笑顔が泣き顔に変わりそうなかほり。
抑えきれない気持ちを爆発させ、詩織を抱き上げ電車に乗り込む理森。

このシーンを見た記憶があったのですが、前後の脈絡がわからないので、記憶に残ったのは音楽だけだったのです。
これが、このシーンが宮崎 学さん曰くの事だと思うのです。

しかし、40過ぎてテレビドラマに一喜一憂しているなんて…と思う事もあります。

それでも、夏川結衣さんはきれいだし、豊川悦司さんは白いシャツの着こなしが最高。鈴木 杏ちゃんの無邪気さ加減は演技らしさを感じさせないクオリティ。
このドラマはファンが多く、今でも私のように信濃境駅を訪問する人が多いそうですよ。
ドラマの内容は勿論、好きな長野県の風景も私のお気に入りなのかな。

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TBSの「青い鳥」関連サイト
http://www.tbs.co.jp/tbs-ch/lineup/d0392.html

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風のガーデンより「人の為にやるという事が、自分を支えている」

普段はスケジュールの確保は殆ど出来ず、連続のテレビドラマは見る事が出来ません。
職種からなかなか自分の都合通りゆかず、決まった時間…は難しいです。
しかし、「風のガーデン」だけは脚本が倉本聰さんである事から、必ずパソコンで録画しています。
倉本聰さん脚本のドラマを見るのは「北の国」から以来です。
PSPで見れるように変換し、出張中の飛行機や新幹線の移動時間に見ています。
私のPSPはゲーム機ではありません。

見ている時は時間を忘れてしまいます。
集中していると言うか、のめりこんでいると言うか。
脚本が素晴らしい事は勿論、一流の俳優や女優さんの演技が秀逸で素晴らしい。
中井貴一さんと奥田英二さんとの二人の場面などは、演技に見えないぐらい。

今週の放送分は宿泊しているホテルで見ました。
ソファーに座って身じろぎもせず、じーっと見ていました。

先週の放送で中井貴一さん役の医師が、奥田英二さん役の患者さんに言った一言。
「人の為にやるという事が、自分を支えている」
これにはグッときました。
琴線に触れました。

人間にとって一番辛いものは貧しさや病気ではなく、それら貧しさや病気が生む孤独と絶望のほうだと知っておられたのである。
イエスは群衆の求める奇跡を行えなかった。
湖畔の村々で彼は人々に見棄てられた熱病患者のそばにつきそい、その汗をぬぐわれ、子を失った母親の手を、一夜じっと握っておられたが、奇跡などはできなかった。
そのためにやがて群衆は彼を「無力な男」と呼び、湖畔から去ることを要求した。
だが、イエスがこれら不幸な人々に見つけた最大の不幸は、彼等を愛する者がいないことだった。
彼等の不幸の中核には愛してもらえぬ惨めな孤独感と絶望が何時もどす黒く巣くっていた。
必要なのは「愛」であって病気を治す「奇跡」ではなかった。
人間は永遠の同伴者を必要としていることをイエスは知っておられた。
自分の悲しみや苦しみをわかち合い、共に泪をながしてくれる母のような同伴者を必要としている。
          イエスの生涯 遠藤周作

私はキリスト者ではありませんが、この本に出逢えた事。
そして、この言葉に多くの場面で励まされました。
この言葉はきっと偉い神様の言葉としてではなく、人間の言葉として心に入ってきました。

学生時代に大学の近くの書店で、理由もなく手にとって購入したのです。
この中には心にある表現できない気持ちを表現する言葉を与えてもくれました。
それは長いトンネルを抜け出た私の心にしみこむ、美しい水でした。

「人の為にやるという事が、自分を支えている」
人の哀しみを知り、それを自分の力に変える事ができる強い人。
そして、やさしい人だけが、こういう言葉を話せると思うのです。

しばらく「風のガーデン」には夢中です。

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風の男 白州次郎の「武相荘」へ行きました

就職し、今の営業部門で既に14年が経過しました。
14年も経過すると後輩も多くなります。
「上司は部下を見抜くのに3年かかるが、部下は上司を見抜くのに30分」とはよく言われた言葉。
素行も、言動も、後輩からは厳しくチェックされます。

企業は利益を求める事が存続の為の必須条件です。
極端な言い方ですが、企業における営業に携わる者は取引先から最終ユーザーを含め、その利害を調整する事が仕事です。
利益が伴う事は立場が違えば、その判断も様々な場面で変化します。
という事はトラブルは付き物です。

それを解決してゆく過程で人間性が現れる場面が多いと私は思っています。
後輩はこの危機に対して、どう対処するかをよく見ています。
私もそうでしたから、よくわかるのです。

思うような結果や合意に至らない事が多いのですが、妥協を強いられる場面やそれができない場面での折衝におけるスタンスが評価をされます。
即ち、信条。
この事を思い、白州次郎の「プリンシプル」が大切だと思うのです。

「物事の筋を通し、プリンシプルを重んじ、自説を枉げぬ」という強靭な人生は、白州次郎なればこそ許された。
他人が真似てすぐ世間に通用するというわけにはゆかない。
人間としての優しさ、しなやかさ、ユーモアというような表とは対照的な心情を内に秘めていてこそ、生きた値打ちがでる。
                     青柳恵介著 「風の男 白州次郎」より天衣無縫の気概 両角良彦

小学生の頃から「子供らしい可愛さがない」とか「生意気だ」なんてよく言われました。
特に中学入学の頃は「世間にもまれた方が良い」なんて段々話が厳しくなって行きます。
しかし、高校生時代に孤独に耐えても、自分の信条に従って生きる事がどれだけ心に自由があるかを知りました。
かつての生意気も、最近では「自分の意見を持っている」と異なる物差しで評価されます。
世の中変わるもんですね。

「本当の自由は真実求める心にあるはず」

こんな事を言ったら仲間はずれにされるかもしれない…。
こんな事を言ったらリーダーから見限られてしまうかもしれない…。
抑圧や死の恐怖がない環境で自由に真実を求められる事は、普段はなかなか感じませんが重要な事だと思います。
いまの心地よい環境を維持する為に自分の心を殺す。
自分に嘘をつくほど辛い事はない。

私が白州次郎を尊敬するのは、そんなところに源泉があるのかもしれません。
独立心、自立心。
とても強い心と同居するやさしさ。
強いからこそやさしく、やさしいからこそ強い。そしてダンディズム。

今日は自分だけの時間があり、先般断念した「武相荘」へ出かけて参りました。
ゆっくりと時間をかけて見てきました。
素晴らしい。
ダイニングの利用を考え、作られたレイアウト。
特に私は書斎部分で多くの時間を使いました。

夫人が主に執筆活動に利用した書斎。
壁に本棚が揃えてあり、手に取る事はできないのですが、蔵書の背ラベルをよく見ました。
小林秀雄の著作がよく目に止まりました。
小林秀雄はモーツアルトのファンからよく話しを聞かされました。
白州夫妻と小林秀雄は親交があったとの事。

互いに確固たる「プリンシプル」を持つ者同士、惹かれ合わない事がなかったと思います。
小林秀雄が亡くなった時の白州次郎の態度が全てを物語っています。

私は入館料の1,000円/人は価値有りと思います。

文章中は全ての敬称略。

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信濃路は晩秋の朝がいい

この3連休は紅葉狩りに出かける人も多いようで、中央高速は渋滞の名所で朝から混雑しているとの情報がありました。

子供の頃から、晩秋の空気が好きでした。
よく長野県の女神湖近辺に出かけました。
大抵は夏の暑い時期に行っていたのですが、親父の休暇取得の都合等で、秋にずれ込む事がありました。
蓼科や女神湖へ行くなら、私は秋に出かける方が好きでした。
子供のながらに暑い夏は海で泳ぎたいsign03
湘南の混雑が、お祭りみたいで好きでした。

当時から白樺湖周辺は開発が進んでいましたが、女神湖周辺はあまり開発もされていませんでした。
スキーシーズンが始る前、降雪前は観光客も少なかったと思います。
自分で運転が出来る様になってからは、出かけるのは、もっぱら秋。

暖かい部屋から廊下や通路に出た時の、凛とした空気の張り詰め具合が好きでした。
普段は早起きなどしないのに、そこへ出かけた時だけは早起きをし、冷たい空気と人工的な音のない自然の静けさを楽しんでいました。
夜は冷たい空気の中、見上げる空には美しい星。

お風呂は窓を開けて入り、目を閉じれば露天風呂。
これ本当に気持ちいい。
しかし、一つ問題が…。
周りがど真っ暗なので、蛾がお風呂の明かりを目指して飛んできます。
それが、東京サイズの約4倍。
デカイsign03
網戸や窓に「ガイ~ンimpact」とあたり、ちと気味悪い。

昨日、仕事の合間にレンタカーでちょっと立ち寄りました。
紅葉はきっと今週末が一番の見頃です。
雨は降っていませんでしが、あいにく天気が悪く、遠い景色は見えません。
でも、八ヶ岳に雪があるのはわかりました。

この3連休は出かけられないんだよなぁ~。

000   国道18号方面から湯の丸高原方面を向いて撮影。

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同じ場所で佐久平方面を向いて撮影。

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霧が峰高原で撮影。風にゆれるススキが美しい。

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