とても信じられなかった。
彼女が亡くなった事に。
あなたと出逢ったのは11歳の頃だったね。
互いに意思を確認する事はなかったけれど、いつも静かに暖かく見守っていてくれた。
魂が抜ける様に、するりと私の腕から抜けた…。
悲しみなんて感じなかった。
自分でもわからないその気持ちは怒りとなって込み上げてくるばかりで。
何日も、周りの人が涙していても、悲しみを感じなかった。
お墓に行っても…。
あなたの遺品を見ても…。
ある晴れたその日に、自分の部屋から窓の外を見ていて、ふと語りかけたその時、突然悲しみはやってきました。
涙がとめどなく溢れて、泣きました。
立っている事が出来ずに、両膝をついてしまいました。
泣いた。本当に泣きました。
悲しみを感じ、涙と共に流れた殻の中から、そして得体の知れない怒りが何であり、どこへ向けられていたものかが、わかったのです。
後悔でした。
怒りは後悔をする自分に、後悔をする様な事しか出来なかった自分に。
勇気のない自分に。
自分の弱さから後悔する自分に。
後悔する事しか、後悔する様な生き方しか出来なかった私に、それがいかに愚かな事であるか。
あの時、きちんとわかってあげられなくて、本当にごめんね。
あの時は、私も自分のことでいっぱいだったから…。
でも、今なら、あなたの気持ちが理解できる。
理解できるようになったと思う。
後悔に囚われる事がいかに愚かな事か、それを理解するにはあまりに大きな代償でした。
そして、その後も、私は後悔に囚われる事無く、今もしっかり前を向いています。
偉大な作曲家は絶望の谷へと突き落とされる。
聴力の障害が発生する。
耳が聞こえなくなり始めて書いたベートーヴェンのピアノソナタ「月光」。
第3楽章は何故、あんなにスタカートの連続で激しいのか。
人生のあまりに苛烈な出来事の連続に、作曲家として、音楽家として、生命としての聴力を失う。
その恐怖たるや。
彼はその生涯に三度の遺書を書いているが、自分のこめかみに銃をあて、その生涯を終わりにしようと目を閉じたそのとき、窓の外の雲間から射す光を感じ見て、自然からの語りかけに神を感じ、「おお神よ、私にまだ生きろというのですね」
繰り返される試練に、それでも必死に生きること、生きるために闘う。
第3楽章はベートヴェンが自分の人生に降りかかるその試練に果敢に闘いを挑む気持ち。
これが闘志 生涯を貫いてみせるというエネルギーに満ちた闘志。
負けない、闘って、生き抜いて見せるぞという、困難に立ち向かう勇気。
私には何故、第3楽章があれほど激しいのか、この時から感じるようになった。
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形(文)にする事は、その細部が甦り、形にする事で忘れられる、過去の事にできると思いながら、殆どは余計にリアリティを持ってしまいます。
冒頭の出来事は私がトンネルを抜け出るその頃のであり、今までその一切を形にする事はしませんでした。
今の状況に身をおいていれば、実は少々不自由な事があってもそれがいいんだと自分を誤魔化してしまう事があります。
納得させてしまいます。
少しの勇気を持って、次の扉を開けると、そこは今よりももっと素晴らしい世界が待っています。
加えて、自分の勇気と決断で開いた扉はもう、後ろ向きに開けられる事はありません。
過去の事をああでもない、こうでもないと並び替える。
過ぎ去った出来事は、もう一度自分を傷つける事はないから、そこは安住の地となりやすい。
でも、電車の車窓から見える景色も、進行方向を向いていればいつでも美しい景色は向かってきますが、反対方向を向いていれば全て過ぎ去った景色になります。
やっぱり、過ぎて行くよりも、やって来る方がいい。
しかし、やっと出来た内容は自分尺度のものとなってしまいました。
いかに貧弱は表現方法しか持たないのかを痛感させられました。
引用を多用すれば、人の言葉を切り貼りするようなもので、的確な表現もありますが、誰が書いたのかすらわからなくなってしまいます。
でも、少しだけ引用を
「われ事に於て後悔せず」 宮本武蔵「五輪書」
その日その日が自己批判に暮れるような道を何処まで歩いても、批判する主体の姿に出会う事はない。
別な道がきっとあるのだ、自分という本体に出会う道があるのだ、後悔などというお目出度い手段で、自分をごまかさぬと決心してみろ、そういう確信を武蔵は語っているのである。
小林秀雄「私の人生観」
悲しみで花が咲くものか
世界はそれを愛と呼ぶんだぜ/サンボマスター
自分が、自分の心が、殻の中で、答えのない問いに苦しみ始めていました。
トンネルの出口の明かりが見えているのに、その出口は月より遠く感じられたのです。
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