シドニー湾の夜景は目にしみる…あの日から
昨日は仕事納めでした。
大掃除で終わるなんてのん気なものではなく、朝から電話やメールにと業務に追われていました。
年末ともなると、役員連中も火急な問題があるわけでもなく、役員室から営業フロアーに来ていました。
営業部長のところに来て、「今日の納会は何時からだっけ…」なんて話しています。
現在の勤務先では、仕事納めの日に会議室で、東京本社勤務の社員が集まって飲食をします。
「○○君が作る鍋は美味しいんだよね…」
なんだかそんな会話が聞こえてきてしまうと、急にしらけてしまったのです。
正午になり、同僚から昼食を誘われましたが、まだ区切りがつかないと断りました。
その時私は、今日事務所で終わらせなければならない事、自宅でも可能な事と仕事を区別して、前者を必死で終わらせようとしていました。
だいたいの事を終わらせて、これが営業職の特権ですが、お客様のところへ行くからと事務所を出てしまいました。
大変可愛がってくれている常務さんとエレベーター前ですれ違い「何だ?まだ営業か?納会でないのか?」と聞かれました。
エレベーターに乗り込みながら、この時ばかりは、エレベーターの「閉」マークを指に「閉」の文字が写るぐらい強く押しました。
エレベーターの扉の隙間から「まだ仕事ですよ、仕事」と大声で返答をしました。
ビルの外へ出ると朝方降っていた雨もやんでおり、曇り空でしたが、ところどころに青空が見えていました。
とにかく歩き出すと、なんだか気持ちも軽くて、早足になります。
信号で止まり、右手にカバン、左手にコートとマフラーを持ったまま、Y字で大きな伸びをしました。
「へっ…」なんて情けない声を出して、肩の力を抜きました。
ちょっとオナラが出そうになりましたが、これは交差点で豪快にぶっ放すわけにはゆきません。
最寄の地下鉄の駅から、すぐに電車に乗ってしまうのが、もったいなく、あまり歩いた事のない平日昼間のオフィス周辺を歩きました。
年末の挨拶回りにノベルティを両手にたくさん持って歩いている、多分職種は同じ人。
門松が既に設置してあるビル。
まだまだ忙しいであろう、台車を押しながら走っている宅急便の人。
母と娘で買い物に来たであろうお金持ちそうな二人連れが、三越に吸い込まれて行きます。
携帯電話に取引先から着信のサイン。
「本年の営業はもう終了しました」と心でつぶやき、電話をしまいました。
おっ、いつも行列で入れないラーメン屋が空いている。
ラッキー、今日はここで昼食にしようと入りました。
お腹がいっぱいになったら、満足して帰路につきました。
帰りの電車で、若いふたりが幸せそうに結婚式場のパンフレットを見て話しています。
いいよね、おじさんも君らが幸せでうれしいよ…なんて思っていました。
酔っていませんよ。
自分の新婚旅行の時の話です。
シドニーのハイライトはシドニー湾クルーズでの船内夕食でした。
ディズニーランドにあるショーボートの様な船に詰め込まれました。
まるで法事の席みたいな長いテーブルに、新婚さん同士が横に並んで座ります。
どこからこんなに日本人の新婚さんばかり集めたんだ…なんてぐらいいるなぁと思っていました。
食事の後は羊の毛狩りショーとマジックショーなんて、今時どこでそんなと思うプログラム付です。
なんだかグズグズしてた我々夫婦が一番最後の乗船となりました。
私達の前の夫婦は、やけに見つめあってばかり。
本当に仲がいいなぁなんて余計な事ばかり思っていました。
長いテーブルの端の席に向かい合う事となり、その夫婦が何故見つめあってばかりいる様に見えたのかが、分かりました。
ふたりとも耳が不自由で、手話で話をしていたのです。
座ってからまもなく、トイレに行きたくなり席を外しました。
その間にウェイトレスが飲み物は何がよいかとオーダーを取りに来ていました。
トイレから帰ってくると妻が何にするかと私に聞いています。
向かいの席では、ウェイトレスが手話の夫婦に問いかけ、その夫婦は事情がわからなく困っています。
ウェイトレスは結構な剣幕で話しています。
当時、すこぉ~し英語が話せた私は「彼らは耳が不自由だから、ちょっと待て」とウェイトレスに話しました。
身振りで飲み物は何がいいかと聞いたのは何とか伝わり、メニューを指差してもらいウェイトレスに答えました。
オーダーが的確に伝わらなかったのか、別のウェイトレスが同じ事を聞きにきました。
そしたら、私からオーダーを取ったウェイトレスが「彼らは耳が聞こえないから」とそのウェイトレスに答えたのです。
不愉快な気持ちの種はこの辺にありました。
(わからないと思って、つまらない事言いやがる。なんで、隣の夫婦は事情がわかっているだろうに、答えてやらないんだ…)
それから食事が始まり、前の席のふたりからカメラを差し出され、写真を撮ってくれと頼まれました。
何度かシャッターを押すのですが、上手に撮れません。
ふたりにカメラを返し、再度セットしてもらうのですが、上手にゆきません。
その時、その夫婦の隣にいる(私から見ると右斜め前の)夫婦の旦那がその事を笑ったのです。
その程度なら、大した事ではありません。
「あら、笑っちゃダメじゃない」と小声で奥さんが旦那の耳元で言います。
聞こえているよ奥様。
「おかしい事をおかしいのに、何故笑ってはいけないんだ」と旦那が言ったのです。
不愉快な気持ちの種は、一気に花をつけて実りました。
私は立ち上がって「もう一度言ってみろ」と詰め寄りました。
辺りは騒然としました。
相手は立ち上がりもしませんでしたが、相手の奥様が必死に旦那のジャケットの袖口を押さえています。
私の奥様はつとめて冷静で「よしなさいよ」と横で座ったまま言っています。
何より、自分が原因を作ってしまったと思っている前の夫婦が、揉め事を収束させようと必死に訴えかけてきます。
私はその場にいられなくなり、デッキへと出て行きました。
妻が後からついて来ました。
12月ですが、季節は北半球と逆です。
デッキには心地よい風が吹いています。
「わるいなぁ…つまらない事になっちゃって」
「ええ、ほんと」
「でも、きれいな夜景じゃないか。これは船内からじゃ見れないよ」
「そういう事にしておきましょう」
「羊の毛狩ショーもマジックショーも見れなくなっちゃったなぁ。申し訳ないな…」
「本当にそんなもの見たいと思っていたと思う?」
ショーが始まった事が音楽や歓声でわかりました。
デッキの窓から、妻が中の様子を覗き込みます。
「本当に毛狩りショーなの…」とため息混じりにつぶやきました。
その横顔を見ながら、妻と前の席の夫婦に申し訳ない気持ちでいっぱいになりました。
私にあわせてくれたのかなぁ…。
シドニー湾の夜景はきれいでしたが、あまり記憶にありません。
さて、妻にかなわなくなったのは、いつからでしょう…?
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