今日たくさん泣いたのなら、明日はたくさん笑おう。

人生はいろいろな方法で人を傷つける。
うまく言えないが、誰だってクレージーな部分はあるだろ?
また日曜日が好きになった。
みんなに助けてもらって、僕は本当に幸運な男だ。

映画「世界にひとつのプレイブック(原題: SILVER LININGS PLAYBOOK)」より

お気に入りの映画「世界にひとつのプレイブック」のDVDを出してきて、この言葉を書き写しました。
映画を初めて見た時から、とてもこの言葉が印象に残りました。
私自身もこの言葉の通りだと思います。

しあわせのランプの意味が何なのだろうかと考えます。
生きていれば、様々な事がありますよね。
うれしい事…。
哀しい事…。
面倒な事…。
感動する事…。

例えば、大きな荷物を背負って歩かなければならない時。
終着点も見えず、暗闇の中で重い荷物にあえぎ、足も痛くなり、歩くのも嫌になる。
そんな時、見上げた暗闇の先に、目指すべきところの灯りが見えたなら、どれだけ励まされるでしょう。
大きな荷物が軽くなるわけでないし、足の痛みがなくなるわけでもありません。
でも、もうちょっとだけガンバってみよう…と思う気持ちがわく事がないでしょうか。

例えようのない孤独を感じる時…。
なんで、こんなにひとりなんだと思う時…。
街にはたくさんの人が行き交い、道を歩くすべての人が楽しそうに見えて、こんな孤独は自分だけだと思う時…。
同じ思いを抱いている人がいる事を知ったなら、それは自分だけではないと知ったなら…。
この世に自分ひとりしかいない様な孤独を感じた時、誰かがどこかで呼吸をしている気配を感じる事が出来たなら…。

憎しみで心が燃えつきそうな時…。
その相手が憎むべき相手かどうか、考えてみる。
誰かの事を憎む事は、とてもエネルギーの必要な事。
この世にはどうしようもない人もいる。
ならば、そんな人に使う憎しみのエネルギーを「自分のしあわせ」のために使った方がいい。

自分の苦しみは誰かのせいだと思っているより、死ぬまで様々なトラブルは続くのだから、そんな人にとらわれている事がとても無駄だと考えてみる。
誰かを欺き、搾取する人は、必ずどこかでそのツケを死ぬまでに払わされます。

もしも君のランプがなけりゃ
闇に迷う人がいるよ

しあわせのランプ/玉置浩二

いつも誰かは誰かの「しあわせのランプ」です。

自分なんて生きていても仕方がないと思う時…。
気がつかないけれど、そのあなたの生き様を見て、励まされている人がきっといますよ。
それは様々なメディアで、人の人生や生き様に触れた時、私たちは多くものを得る事がありますよね。
でも、その本人にそのすべてが伝わる事はありません。
メディアに登場する事もない、私も含めて市井の人々ならば、なお更です。

でも、そういう人がいる。
今の苦しみの解決の糸口を、ヒントを、答えを持っている人がいる。
きっとあなたと出逢う事を、あなたが目の前に現れるのを、膝を抱えて待っている人がいる。
だから、死んではいけないと考えるのです。
楽曲「しあわせのランプ」に、私はこんな勝手な解釈を加えます。

たくさんの方にご覧頂いて、とてもうれしいです。
たくさんのコメントも頂き、本当に感謝です。
ブログ「しあわせのランプ」はこれで終わりです。
でもきっと、近いうちに自分の過去とは切り離した、そんなブログを始めたいと思います。

間違いだらけと判っていても
二人は進んでいく
つまりそれは
恐れずに幸せになる
切符を手にしている

歓びの種/Yuki

今日たくさん泣いたのなら、明日はたくさん笑おう。

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2014年2月 6日 (木)

しあわせのランプ(Chapter20) 臆病者

その日は雨が降っていました。
霧雨で、傘が無ければじっとり濡れてしまう雨だったと思います。
時間は覚えていません。
でも、人通りも少ない深夜だったと思います。

「助けてください」

彼女は私の前に唐突に現れて立ち、懇願していました。
その日の雨ですっかり濡れていて、前髪の先からしずくが垂れていました。
彼女を通して、その先で行われていたのはケンカでした。
道路に面したコンビニエンスストアの前です。

1人の男が道路に倒れていました。
その倒れている男を2人の男が執拗に蹴っていました。
懇願して来た彼女はきっと倒れていた男の彼女でしょう。
凄惨な状況でした。

私は硬直しました。
しばらくして、そしてゆっくりとその現場に向かって歩いてゆきました。
ケンカの決着は明らかについています。

私は近づいて行きました。
しかし、私は恐怖でその現場を左目で見ながらコンビニエンスストアへ入って行きました。
すると背中から、彼女が他の人へ同じように「助けてください」と懇願している声が聞こえました。
買いたいものなんて、何もありません。
でも、何か手にとってレジへ行きました。
きっと、自分では何も出来ないのに、何かしなくていいのかと店員さんに目で懇願していたのだと思います。

私の敵は、私です。

当時、私は大学生でした。
現役で空手を続けていました。
「決着はついているだろ、もうやめてやれ」と自分が一二度蹴られたって、止める事が出来たと思います。
そのぐらいなら、その一言を言うぐらいの能力が控えめに見てもあったと思います。

私に勇気と度胸がありませんでした。

自分が止められないならば、他の止められる方法を取ればいいのに、私はそれすらしませんでした。
出来ませんでした。

今度は右目でその様子を捉えながら、私はコンビニエンスストアを出ました。
暗い道を自宅に向かって歩きました。
早足だったか、ゆっくりだったのか…覚えていません。

やがて1台の車が私の後ろから猛スピードで通り過ぎてゆきました。
それは先ほどのコンビニエンスストアの前で道路に寄せられて止まっていた車に間違いありません。
私はケンカが終わった事を知りました。

帰宅してから、私は事の次第に茫然とし、ほとほと自分が嫌になりました。
そんな自分に耐えきれず、自分が嫌で嫌で仕方がないのに、私が取った行動は更に情けないものでした。
当時交際していた彼女に電話で事と次第、自分が恐ろしくて逃げ出した事も含めて話したのです。
彼女は電話の向うで「巻きこまれなくてよかった」と涙声で返答をしていました。
…私は何を求めていたのでしょう。

それは、メディアで取り上げられるニュースとなりました。

私が本当に大きく変わったのは、この日から先です。
このブログはこの事を中心にして廻っていたと言っても過言ではありません。
いつか、この事を形にして、過去の事としてどこかで忘れてしまいたいと思っていました。
でも、それは出来ない事の様です。
形になればこそ、それは実像を持って私に迫ってくる事となりました。
でも、初めて形にする事が出来ました。

今も様々な場面で、誰の声で誰が言っているのかわかりませんが、心からの声が聞こえてきます。
おまえは強くなりたいのだろう…。
児童虐待の事件や人が人を傷つける事、そんな事見たり、聞いたりする度に「お前は強くなったのではなかったのか」…。
「助けてください」と訴えていた彼女の絶望を思う事があるのか…。
でも、その声は私を脅迫する声ばかりではない事を、今では感じています。

ブログ「しあわせのランプ」は次が最後の記事です。

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2014年1月13日 (月)

言葉では説明できない…ぬくもりの事

私は髪が長い方です。
しかし、高校2年生まで坊主頭でした。
学生の頃は真ん中分けで、メディアへの露出度が高かった頃のふかわりょう…みたいな髪型でした。
空手の試合などでも、長い髪というだけで結構敵意を持たれたりしました。
時はバブルで、同じ様な髪型がたくさんいました。
そういう髪型はチャラチャラしているイメージが強かったのだと思います。

現在もその延長線上ですが、そこはサラリーマン。
しっかりおでこは出しています。
でも、真ん中分け。
古い先輩達は入社当時、スケベ分けとかおっしゃっておりました。

ご先祖様を見るに、以後髪型が変わる心配はなさそうです。
子供の頃から髪は固く、何もしないで伸ばし放題だとヤマアラシとか揶揄されました。
ところが、これが現在はとてもいい方向です。

髪が固く、ストレートなので、整えると自然と段がつきます。
様々なところで、どれくらいの頻度で美容院へ行くのですかとか、いくらぐらいかかるのですかとか、どこで誰に整えてもらっているのですか?
と、答えるのが恥ずかしくなる質問をされます。
そんな質問をされると、いつもの床屋の親父の顔が浮かびます。
ニコッと笑うと、最近歯に隙間が見えるようになったあの親父。
カリスマ美容師とは言わずとも、超絶技巧の整髪士とでも申しますしょうか。
そして、日々のスタイル維持の為、私にはケープは必需品です。

1月の成人の日を含む3連休は人間ドックの予約をしており、帰京しておりました。
先日の長い正月休みの事が頭になく、おおよそ1年後だからと予約していたのです。
妻とふたりで出かけました。

検査項目にある眼の検査です。
眼圧を調べるのに、小さなのぞき窓をのぞき込んでいました。
すると必殺シリーズの京本政樹よろしく、私の髪がおでこに垂れており、写り込んでいる模様でした。
その時、検査をしている女性が私のその髪をそっと、指で戻したのです。

ドキリとしました。

した事はあっても、された事はありません。
真っ暗な眼科検査室で、しなやかな細い指は確実に、そして的確に私の髪を捉えたのです。
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夕暮れ、帰阪の際、乗換のキー駅での事です。
冷たい風が吹き、乗換用のデッキはどこにいても寒い状況でした。
暗い寒空の下、HISのチラシとHISの青いティッシュを配る女の子がいます。
いつも、この時間と時期にその作業が必要なのだろうかと思います。
本当に効果があるのだとうかと。
なんだか少しアレルギー反応があった私は、有り難くひとつ受け取り頂戴しました。

そのティッシュとチラシを受け取ると、そこには、そのティシュには、手に抱えていた配る女の子のぬくもりが移っていました。
微かに暖かいのです。

福岡支店に勤務している頃は、まだ長男も幼稚園に通っておりました。
夏休みや冬休みなど、長い休みになるとそれぞれのおじいちゃんやおばあちゃんのところへ遊びに行っておりました。
私はしばらく福岡で一人暮らしです。

そんな折、私も休みを合わせて合流する前の事です。
出かけた先で着る予定の洋服を先に宅急便で送ったのです。
それを届け先で妻が明けた際、近くにいた長男が私の服を見つけました。
すると、それを顔にあててこう言ったのです。

「お父さんのにおいがする」

長男はしばらく手から放さず、昼寝する時もその服を抱え込んで眠ったと後で聴きました。

今日、帰りの新幹線で座席で座りなおすと、着ているシャツから違う香りがします。
大阪の別宅で私が使用している柔軟剤とは違う香りです。
それは妻が洗濯をし、仕立てくれた証です。

人はどこか、言葉で説明できない事に安心したり、嬉しくなったりする事があるのですね。

…ところで、現在東海道新幹線「のぞみ」は山手線並の間隔で出発しているのをご存じですか。
今日、私は19分と29分で、自分が乗車する電車を間違えました。
予約済みの電車に乗ると、自分の指定席に誰かが座っています。
妻に持たされた夕食のお弁当を食べる事で頭がいっぱいだった私は、もうangryなんて思いながら席に近づいて行きました。
チケット見せながら「お間違いではありませんか?」と訊いたら、間違っていたのは私です。
お詫びし、自由席に向かおうと思いましたが、一番近い自由席まではおよそ8両移動しなければなりません。
途中で車掌さんに、事情を話し、どこか空席ないかと訊くと「ない」とのつれない返答でした。
仕方なく、一杯飲んだと思ってグリーン車に席を確保しました。

だから、満喫すると共に、横柄に席を使ったやろうと貧乏人根性で、キーボードを必要以上にバシバシ叩いています。
自分は携帯音楽プレーヤーで音楽を聴いているので聞こえません。
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…って、誰に。
自分のそそっかしさ加減に涙が出ますcrying

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2014年1月 4日 (土)

今日ですべてが始まるさ

新年のガソリンスタンドは閑散としています。
奥さんに灯油買ってきて…なんて言われたであろうご同輩がいます。
灯油の給油機の前で、知らない同士ですが、軽く挨拶を交わしたりします。

年末のガソリンスタンドは洗車を待つ長蛇の列でした。
愛車も大掃除というオーナーの気持ちですね。
そう、年末は大掃除。
テレビのCMも各社洗剤や掃除用具が多くなります。
1年のいろいろな汚れを掃除してきれいになりたいと思います。

人間も同じですね。
忘年会なんて、1年の憂さを晴らして来年もガンバローなんてね。

ノストラダムスの大予言が華やかなりし世紀末。
多くの書籍を始め、様々なメディアでこれを煽る現象がありました。
1999年の自分の年齢を考えて、その頃はどうしているかなぁ…なんて想像してみたりしました。
31歳か…子供もいるかな?
自分は31歳まで生きられるけれど、子供は小さいからかわいそうだな…。
ところで…誰と結婚しているんだ?
人類が滅びるかもしれない世紀末大予言に、ずいぶん小市民の想像です。

その頃に読んだ香山リカさんの著作でとても印象に残っている事があります。

人間は区切りを設けたくなる生物である…とのお話です。

1999年の騒動に1000年前に999年にあった事象も重ねながら、その深層心理に迫るものでした。
残念ながら著作が思い出せません。
今日の連続である明日を人は時々リセットしたくなる。
世紀末の破滅的思想もそういうところから生まれてくる。
だから、年度末に正月、卒業式に入学式。
人にはこういう節目が必要なのだ…という内容だっと思います。

とても解かりやすい話でした。
人はどこかで、これまでのしがらみを断って、新しい自分で生きたいと思う事があります。
例えば、自分の事を誰も知らない、そんな場所で暮らしてみたいとかです。
でも現実にはそんな事はかないませんから、節目を作ってモデルチェンジをするのだと思います。

同じ営業部から、他地区の営業へ異動する後輩に話した事があります。
初めて行く新任地では、誰もあなたの事を知らないのだから、モデルチェンジを志せと。
自らの層を厚くしたあなと、またどこかで一緒に仕事をするのを楽しみにしていると話しました。
カッコいいでしょ。
…私も初めての転勤でそう言われたのです。

妻の実家では私は王子様もいいところです。
食べなさい、飲みなさい…と歓待して頂いております。
妻の両親は自営業で、31日の夕刻まで仕事があり、実質元旦のみがお休みというところです。
そこで、例年31日から伺って、1日に失礼するというスケジュールでした。

昨年末もすっかり酔っぱらって、居間で横になりうつらうつらしながら、紅白歌合戦を見ていました。
泉谷しげるさんが歌っていました。

私は泣きました。
でも泣いた事を悟られる事が嫌だったので、横になって眠い目をこするような仕草でごまかしていました。
それでも右側を下にしていたので、伝う涙を隠すのが大変でした。

テレビの向こうでよ、ひとりで紅白を見ているお前ら、ラジオを聞いているお前らいいか。
今年はいろいろあったろう。
いろいろ辛いこともあったろ。
だからよ、忘れたいことも忘れたくないことも、今日は自分の今日にしろ。
自分だけの今日に向かって、そっと歌え。

今日ですべてが終わる
今日ですべてが変わる
今日ですべてが報われる

自分に向かってそっと歌いやがれ。
いいか、声に出さなくてもいいぜ。
自分だけに向かって歌え。
自分だけの今日に向かって。
自分だけの今日に歌え。

今日ですべてが終わるさ
今日ですべてが変わる
今日ですべてが報われる
今日ですべてが始まるさ

2013年12月31日 泉谷しげる / 春夏秋冬

今まさに、テレビに、ラジオの向うで戦う人々にどれだけの勇気を与えただろうと思ったのです。
それを俺は知っている。
俺の心はいつもお前と共にあると。
お前の戦いはひとりじゃないぜ。

苦しい今を、
哀しみに苦しむ今を、
明日への希望すら見いだせない今を、
自分の惨めさに涙する今を、
孤独に苛まされる今を、

ここで終わりにしようぜ。
明日から、新しい自分で生きようぜ。

昨年末から、佐村河内守さんの交響曲第1番 HIROSIMA の第3楽章のメロディが頭から離れませんでした。
あの80分に及ぶ大作の第3楽章が繰り返し頭の中によみがえります。
繰り返される困難や絶望の後、最後にやさしく美しい全てを癒すようなメロディが引き取ります。
第3楽章も25分前後あると思いますが、これが部分でなく最初から繰り返し頭の中で演奏されます。
私はやっぱりこの交響曲が大好きです。

普段は日本経済新聞以外はなかなか読む余裕がありませんが、近くにあった朝日新聞を読んでいました。
そこに、東日本大震災でご主人と息子さんを亡くされた大槌町の小畑幸子さんの記事がありました。
ご主人と息子さんの生きた証として、歌を詠んでいらっしゃいます。
その事が特集記事として掲載されていました。

心の支えは14歳になるオス犬・太刀(たち)だった。

愛犬に亡き子夫を話す時 尾ふりすりよる 話わかりて

震災後、家の辺りに駆けていき、がれきを掘って剛さんを捜した。
骨箱を見せて「兄ちゃんだよ」と言うと、箱を開けようとした。

震災後は足元がふらつくようになり、動物病院で「震災ストレス」と言われた。
そんな体調になっても、いつも小畑さんの顔をなめ、涙を拭き取ってくれた。

中略

以前は書けなかった文章も、太刀の目から見た形にすると、不思議と書けた。
士さんや剛さんとの思い出、家族を失った小畑さんを支え続けたこと…。
半年ほどかけて、大学ノート17ページ分にびっしり書いた。
「今度は息子や夫の目線で書いてみよう。
そうしたら、次は自分の言葉で書けるかもしれない」

今日より 明日はきっと良くなると 信じて生きねば 道は開けず

小畑幸子

2014年01月01日 朝日新聞

201310090011

佐村河内守さんの交響曲第1番 HIROSIMA の第3楽章のメロディは、繰り返される困難や絶望の後、最後にやさしく美しい全てを癒すようなメロディが引き取ります。
私はやっぱりこの交響曲が大好きです。

泉谷しげるさんのホームページ
http://ameblo.jp/shigeru-izumiya/entry-11740698953.html

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2014年1月 2日 (木)

今日、今ここにあるのは自分ひとりの力ではない事。

その日の風は冷たく、どうにも顔は隠す事は出来ず、冷気が頬を刺す…なんて感じていました。
小学校の近くを歩いていると、校庭で少年野球のチームが練習をしていました。
校庭を囲む道を練習風景を見ながら歩きました。

私も小学校5年生から小学校卒業までは、地域の野球チームに所属していました。
活発に取り組んでいる子がいる一方で、やっぱり嫌だなぁと思っているのがにじんでいる子。
大きな子、小さな子、いろいろいます。
野球が大好きな子、なんでこんな寒い日に練習しなければならないかと思いながらやっている子。
外から見ているとよくわかるものですね。

野球をやっている時も、ヒーローにはなれませんでした。
思い起こしてみると、なかなか女の子達にキャーキャー言われる事は無かった気がします。
無かった気がするではなく、なかったと思います。
そういうヒーローはとっても羨ましかったですね。

野球をしている時のポジションはセンターか、ピッチャーでした。
先発で出場できる見込みがあって、その事をお袋に喜び勇んで告げた事がありました。
お袋はとっても喜んで、私の活躍を楽しみに観戦に来ました。
しかしその日、私は先発する事も出来ず、それだけならまだしも、出場する事すら出来ませんでした。
とどめにはブルペンでの投球練習する機会すらなかったのです。
出場に一片の期待も出来ない状況です。
簡単に言えば、当日は用無しです。

お袋が観戦している事を知りながら、私は背を向けて、グランドの土をいじっていました。
さぞかしお袋はがっかりしただろうし、そんな事を勝手な思い込みと見込みで話した事を後悔していました。
お袋からは出場出来なくて残念だったね…そんな事は言われたかもしれません。
でも他人の子が活躍をしているのを見てもツマラナイだろうな…それぐらいはわかっています。
小学生高学年です。
お袋にも申し訳ない気持ちで、その気持ちでいっぱいだった気がします。

でも、私はヒーローになれなくて、ならなくて、きっと良かったと思っています。

とりわけこういう事に引っかかっていた訳でではないのですが、大学生の頃に同じ様な思い出があります。
もうお相手の顔も名前も思い出せませんが、交際を申し込んでフラれたのです。
その時、彼女が断った時の理由というか、言葉はこうでした。
「休日、お弁当を作ってサッカーの応援に行ける。そういう人がいいのheart01
一応無駄な抵抗だと思いながらも「空手はそういう対象外なの?」と訊いたら、「そう、怖いshock」とのお答えでした。

社会人になって組織では、様々な人が役割を負担する事で成り立つ事を認識します。
営業は花形です。
大変な事も、面倒な事も、多くあります。
それはどんな部門でも同じです。
しかし、営業部門は大きな成果を残せた時はスターであり、スポットライトをあてられます。
でもその成功には、本人の努力は勿論ですが、成功まで様々な場面で協力をしてくれた人がいます。
例えば著作には、あとがきなど、どこかに必ず出版物になるまでの過程を支えてくれた人への感謝の言葉が記されています。
今日、今ここに自分があるのは自分ひとりの力ではない事、その著作物が出版物となる過程で様々な協力をしてくれた方々への感謝の言葉です。

生まれてから、歩く事も、食事をする事も出来ない自分を保護し、愛しみ、育てくれる事。
道に迷う日、道しるべを示してくれた人。
喜びの日共に喜び、哀しみの日に共に泣いてくれた人。
様々な場面で自分の持つ力を、惜しむことなく協力してくれた人。

今日、今ここにあるのは自分ひとりの力ではない事。
いつも誰かが支え応援してくれる、そんな恵まれた道を歩むことが出来た事。
感謝すると共に、どこかで自分が誰かの役に立てるように。
誰かがヒーローやヒロインになれる手伝いが出来ればと考えます。
それは今でも多くの人に支えてもらっている事を感じるからです。

写真は京都の東本願寺です。
あまのじゃくが支えています。
支えくれています。

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2013年12月25日 (水)

どこかで、誰かが…

寒空に短いスカート姿で、女の子が声高に叫んでいます。
「本日、カードをお作り頂くと100ポイントを進呈します」
信号が変わって人通りが少し遠のくと、彼女は人が変わった様に静かになりました。
そして、うつむき加減に自分の爪を見ています。

大阪の別宅で食事をしなければならない時は、スーパーに立ち寄ります。
そんな日は、クリーニングを取りに行ったり、ドラックストアに寄って不足していた洗濯洗剤を買ったりと、出来る時にと様々な事を詰め込みます。
レジで精算をする時に、他にも抱えている袋があるとレジの担当の方が、私がもたもた代金を準備している間に、購入した商品を袋詰めしてくれる事があります。
とても有り難くて、そんな時ははっきりとお礼を申し上げます。

大阪の事務所は誰でもが知っている大きなホテルの隣にあるビルです。
大きなビルが周辺の道路を取り囲む様に建っています。
周辺の道路から入ってくる車と歩道を歩く人の警備をする人がいます。
人の通行を止めて車を入れる時、彼はとても恐縮し、その後に足をとめた人々に深々とお辞儀をします。
それは暑い夏の日も、雨が降る日も、寒い日も同じです。

大阪の別宅近くには保育園があります。
決して早くはないその時間、迎えに来たお母さんと手をつなぎ、何やら楽しそうに話しながら帰る子供を見ました。
お母さんを見上げながら、まとわりつきながら歩いていますが、とても楽しそうです。

そこは明るいコインランドリーで、洗濯が終わるの待っている青年がいます。
足を組んで何も言わず、中空をみつめています。

イエスはゴルゴダの丘に自分を貼り付けにする十字架を抱えて歩いている最中に、途中で力尽き座り込みます。
その時、刑場まで付き添うローマ兵が見物をしている近くに人に、イエスに水を与える様にと命令します。
誰もが躊躇するなかで、ひとりの男が「おまえ」と指定されます。
彼はイエスに近づき、恐る恐る水を差しだします。

イエスはそこまで来るまでの間にも傷つけられ、蔑まされています。
彼が水をイエスに差し出した時、イエスは彼に応えます。

私はあなたの苦しみを、その苦しみを一緒に背負いたい。
今夜も、明日の夜も、その次の夜も…。
あなたが辛い時、私はあなたの辛さを共に背負いたい。

その時世界中で、イエスを助ける人はどこにもいません。
世界中で誰一人、自分の味方がいない世界で、水を差し出してくれたのは彼しかいないのです。
彼はイエスが水をむさぼり飲んだり、蔑む言葉や、絶望を口にすると考えていたのです。
しかし、自分の身が死に直面している時に、今この世界でただ一人自分を支えてくれるその人の事を祈ったのです。

爪を見つめる少女の事を「大変な仕事だね」と思ってくれている人がいるかもしれない…。
商品をレジ袋に詰めてくれる行為を、とても親切と感じて感激している人がいるかもしれない…。
この道の安全はあなたのおかげだと思っている人がいるかもしれない…。

私が立ち止って、夜空に浮かぶ星を見上げる時、誰かが星に思いを寄せる私の事を考えていてくれるかもしれない…。
あなたが生きている事が、生きる勇気になっているかもしれない…。
懸命に生きるあなたが、励みになっている人がいるかもしれない…。

どこかで、想像も出来ないところで、誰かが思ってくれているかもしれない…。
気が付かないだけで、多くの思いがあるかもしれない…。
まだ届かない、たくさんの気持ちが、思いがあるかもしれない…。

きっと、この世は捨てたものじゃない。
そんな誰かから、そんな誰かへ。
Merry Christmas

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2013年12月 4日 (水)

春の支度をする季節

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今週の日曜日に京都の三十三間堂で見た木蓮です。
寒い冬に、やがて訪れる春の準備をしています。

春の訪れと共に最初に花を咲かせる木蓮。

辛い冬にも、次に花を咲かせる準備をしている。
寒い時期に蓄積したエネルギーを春に放ち、美しい花を咲かせます。

同じく木蓮を見たご婦人が「春の支度をしている」と呟きました。

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2013年11月23日 (土)

私の心が知っている。

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空は高く美しく、目の前に広がる。
それなのに、その空へは飛びだせない。
飛び出す私を阻むものが、そこにあるから。
それは時として、誰かが阻んでいる時も。
そして、それは時として自らの心が阻んでいる時も。

今日は休日。
久しぶりに週末が出張で移動とか、現地滞在とかではなく大阪の別宅(最近は単身赴任先を別宅と言っています)にいました。
いつもは5時半ぐらいに起きるおじさんも(…おじいさん?)、今日は8時半頃までよく眠る事が出来ました。

久しぶりの休日は、朝食を済ませたなら、掃除に洗濯、ワイシャツをクリニーング屋さんにお願いしと忙しく、忙しく。
そんな作業をしている時は、ラジオのポッドキャストなどを聴きながら一生懸命。
一通り終わって一段落。
バルコニーで晩秋の空にはためく、下着やら靴下などの洗濯物を眺め、これもひとつの作品だな…なんて思ったりします。

今日、大阪の空は青く、雲はたなびく。
JUJUさんの楽曲に「空」という楽曲があります。

知らぬフリして 弱さを 慰めあううちに
これでいいんだと 変わらなくていいんだと
夢は夢で終わり 悟り
気づき 気づかせる言葉が
痛くも 胸に 突き刺さり
下向き 目をそらすのは 楽だけど
今更だけど 上向いて 歩いていいかな

空 / JUJU

ふと、頭にメロディーと歌詞が浮かびました。
ちょっと否定的に始まるの歌詞が、最後は迷わず生きるという具合に終わります。
歌詞は勿論、メロディーと共にお気に入りの楽曲です。

でも、一息つきながら聴いたのは別のCDです。
Marvin Gaye(マーヴィン・ゲイ)の「What's Going On」です。
このアルバムは衝撃的でした。
当時、へヴィメタルばかりの私にも、このアルバムの完成度の高さがわかりました。
「Mercy Mercy Me」など、今でもよくCMで使われています。

マーヴィン・ゲイの生涯は苦難の人生と知りました。
牧師だった父に音楽は指南されたとの事ですが、その父は厳格な牧師で躾が厳しかったとの事です。
躾の名を借りた精神的な虐待に等しかった…。

このアルバム「What's Going On」の次作は「Let's Get It On」で、この作品で色男の仲間入りだったとか。
この前後に結婚し、その後に同じバンドの女性との不倫で結婚は破綻。
その女性と結婚をしますが、結局上手くは行きませんでした。
その後、ドラックにはまり、音楽シーンからは消え、財産も失ってどん底へ。

荒廃したその生活の中で、
本当は傷つきやすく…。
ステージに上がるのにも大変なプレッシャーを感じ…。
自分自身の心と向き合い、苦悩を重ねる…。
だから逃避する…。

どん底のマーヴィン・ゲイをその才能を思う人が再起させます。
復帰策となるそのアルバム「Midnight Love」は楽曲「Sexual Healing」に象徴される様に、人肌にやすらぎを求める内容です。
色男の仲間入りでも、自身の心を、自身の心の弱さを晒し、その事で苦悩は増すばかり。
音楽シーンに復帰してしばらく後、父親との口論から、父親に射殺されてしまいます。

その人の苦悩はその人でなければわからないのだけど…。

歩き出したわたしを あなたはそばで見守っている
これでいいんだと 間違いじゃないんだと
言える日は まだ先遠く
それでも 踏み出すのは
これがわたしへの マルだから
答えはすぐ出るものじゃないけれど
いつか笑って話せると 強く信じている

空に あの日 空に
あなたは 今を 描いてくれていた
やがて雲は 流れたのに
その温もりは まだそばにあって
ただずっと 今もずっと
わたしのことを 包んでくれているから
今日も この先に 青い空が 広がる

空 / JUJU

空は高く美しく、目の前に広がる。
それなのに、その空へは飛びだせない。
飛び出す私を阻むものが、そこにあるから。
それは時として、誰かが阻んでいる時も。
そして、それは時として自らの心が阻んでいる時も。

でも、私は知っている。
自分が飛び立つ日が来る事を。
私の心が知っている。

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2013年11月10日 (日)

Black Bird 飛べ 暗い闇夜の光の中へ

夜のとばりが下りる頃、見上げた空の美しさに見とれる事があります。
特に月が明るい日、雲が浮き上がり、夜空に雲海が広がる時、その美しさにいつまでも眺めていたくなります。
雲海の中にひとつ輝く星を見つけると、なおいいですね。
デジタルカメラで撮影には何度かチャレンジするのですが、自分の目で見る様なイメージになかなかなりません。

The Beatlesの楽曲にBlack Birdという楽曲があります。
この楽曲の歌詞が好きです。
淡々としたメロディーの進行ですが、それがなお更に、この楽曲の歌詞の良さを際立たせるのだと思います。
作曲者Paul McCartneyの意思は別として、暗く、つらい状況から解放される事をイメージできるこの歌詞がいいです。
好きです。

夜の闇の中でうたうブラックバード
その折れた翼で飛ぶことを学ぶがいい
生まれてからずっと
おまえは翔び上がるこの瞬間だけを待っていた

夜の闇の中でうたうブラックバード
そのくぼんだ目で見ることを学ぶがいい
生まれてからずっと
おまえは自由になるこの瞬間だけを待っていた

ブラックバードよ、飛べ
ブラックバードよ、飛べ
暗い闇夜の光の中へ

ブラックバードよ、飛べ
ブラックバードよ、飛べ
暗い闇夜の光の中へ

夜の闇のなかで歌うブラックバード
その折れた翼で飛ぶことを学ぶがいい
生まれてからずっと
おまえは翔び上がるこの瞬間だけを待っていた
おまえは翔び上がるこの瞬間だけを待っていた
おまえは翔び上がるこの瞬間だけを待っていた

Blackbird singing in the dead of night
Take these broken wings and learn to fly
All your life
You were only waiting for this moment to arise.

Blackbird singing in the dead of night
Take these sunken eyes and learn to see
All your life
You were only waiting for this moment to be free.

Blackbird fly Blackbird fly
Into the light of the dark black night.

Blackbird fly Blackbird fly
Into the light of the dark black night.

Blackbird singing in the dead of night
Take these broken wings and learn to fly
All your life
You were only waiting for this moment to arise
You were only waiting for this moment to arise
You were only waiting for this moment to arise

The Beatles/Black Bird

マッチ売りの少女が、亡くなる事で結果的に苦しみから解放される事は違います。
それは冒頭に書いた様な空に、心も身体も解放されて飛び立つ様なイメージです。

大きな窓辺に立ち、眼下に見下ろす家々から灯りがもれている。
心地よい風に、窓辺から身体を虚空に躍らせると羽ばたき、美しい空へ飛んで行く。
心も身体も解放され、美しい空気を胸いっぱいに吸い込んで。
降りた先では、美しい朝陽と新しい希望に満ちた生活がある。

私はそんなイメージを抱くのです。

それは終わらない哀しみがない事。
それは哀しみの終わりを私にとてもイメージさせるのです。

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2013年10月19日 (土)

背中から伝わる温もり

幼い頃、街のお祭りでの野外映画。
祭りの興奮も冷めると、疲れを感じます。
時間も遅くなり、眠ってしまう子供。
映画が終わると起されますが、目が覚めないので父親や母親が背負って帰る。
本当は起きている子供は寝たふりをしながら、背中の温かみを感じながら安心して帰る。

前の記事に登場する同僚(57歳の大先輩ですが)が、神戸への出張に向かう途中で話してくれました。
大先輩の、自身が子供の頃の思い出です。
北海道出身の方です。
当時は地域の娯楽も少なかったので、お祭りは一大イベントだった。
楽しくて、暖かい、懐かしい想い出だと話してくれました。

http://youtu.be/ryCZTvMuvlk

あなたを包むすべてが やさしさで溢れるように
わたしは強く迷わず あなたを愛し続けるよ
どんなときも そばにいるよ

離れていても そばにいるよ

やさしさで溢れるように / JUJU

なんか、いい話だな…と思いました。
私の妻も子供の頃に、出かけて夜遅く車で帰ってくると抱っこして布団まで連れて行ってくれるので、寝たふりしていた…なんて話を聞いた事があります。
妻の幼い頃からの友人で、父親が酒乱であり関係を断絶していた人がいます。
成人式の日、妻の父親が晴れ着を着たその彼女を成人式会場まで送る際、晴れ着が汚れたり、乱れたりしない様にワゴン車の座席に抱えて乗せた事があったそうです。
その時彼女が「抱っこしてもらった」と喜んで興奮気味だった…そんな話も思い出しました。

人には人から伝わる温もりも必要なのですね。

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