2009年12月29日 (火)

シドニー湾の夜景は目にしみる…あの日から

昨日は仕事納めでした。
大掃除で終わるなんてのん気なものではなく、朝から電話やメールにと業務に追われていました。
年末ともなると、役員連中も火急な問題があるわけでもなく、役員室から営業フロアーに来ていました。
営業部長のところに来て、「今日の納会は何時からだっけ…」なんて話しています。
現在の勤務先では、仕事納めの日に会議室で、東京本社勤務の社員が集まって飲食をします。
「○○君が作る鍋は美味しいんだよね…」
なんだかそんな会話が聞こえてきてしまうと、急にしらけてしまったのです。

正午になり、同僚から昼食を誘われましたが、まだ区切りがつかないと断りました。
その時私は、今日事務所で終わらせなければならない事、自宅でも可能な事と仕事を区別して、前者を必死で終わらせようとしていました。
だいたいの事を終わらせて、これが営業職の特権ですが、お客様のところへ行くからと事務所を出てしまいました。
大変可愛がってくれている常務さんとエレベーター前ですれ違い「何だ?まだ営業か?納会でないのか?」と聞かれました。
エレベーターに乗り込みながら、この時ばかりは、エレベーターの「閉」マークを指に「閉」の文字が写るぐらい強く押しました。
エレベーターの扉の隙間から「まだ仕事ですよ、仕事」と大声で返答をしました。

ビルの外へ出ると朝方降っていた雨もやんでおり、曇り空でしたが、ところどころに青空が見えていました。
とにかく歩き出すと、なんだか気持ちも軽くて、早足になります。
信号で止まり、右手にカバン、左手にコートとマフラーを持ったまま、Y字で大きな伸びをしました。
「へっ…」なんて情けない声を出して、肩の力を抜きました。
ちょっとオナラが出そうになりましたが、これは交差点で豪快にぶっ放すわけにはゆきません。

最寄の地下鉄の駅から、すぐに電車に乗ってしまうのが、もったいなく、あまり歩いた事のない平日昼間のオフィス周辺を歩きました。
年末の挨拶回りにノベルティを両手にたくさん持って歩いている、多分職種は同じ人。
門松が既に設置してあるビル。
まだまだ忙しいであろう、台車を押しながら走っている宅急便の人。
母と娘で買い物に来たであろうお金持ちそうな二人連れが、三越に吸い込まれて行きます。

携帯電話に取引先から着信のサイン。
「本年の営業はもう終了しました」と心でつぶやき、電話をしまいました。
おっ、いつも行列で入れないラーメン屋が空いている。
ラッキー、今日はここで昼食にしようと入りました。
お腹がいっぱいになったら、満足して帰路につきました。

帰りの電車で、若いふたりが幸せそうに結婚式場のパンフレットを見て話しています。
いいよね、おじさんも君らが幸せでうれしいよ…なんて思っていました。
酔っていませんよ。

自分の新婚旅行の時の話です。
シドニーのハイライトはシドニー湾クルーズでの船内夕食でした。
ディズニーランドにあるショーボートの様な船に詰め込まれました。
まるで法事の席みたいな長いテーブルに、新婚さん同士が横に並んで座ります。
どこからこんなに日本人の新婚さんばかり集めたんだ…なんてぐらいいるなぁと思っていました。
食事の後は羊の毛狩りショーとマジックショーなんて、今時どこでそんなと思うプログラム付です。

なんだかグズグズしてた我々夫婦が一番最後の乗船となりました。
私達の前の夫婦は、やけに見つめあってばかり。
本当に仲がいいなぁなんて余計な事ばかり思っていました。
長いテーブルの端の席に向かい合う事となり、その夫婦が何故見つめあってばかりいる様に見えたのかが、分かりました。
ふたりとも耳が不自由で、手話で話をしていたのです。

座ってからまもなく、トイレに行きたくなり席を外しました。
その間にウェイトレスが飲み物は何がよいかとオーダーを取りに来ていました。
トイレから帰ってくると妻が何にするかと私に聞いています。
向かいの席では、ウェイトレスが手話の夫婦に問いかけ、その夫婦は事情がわからなく困っています。
ウェイトレスは結構な剣幕で話しています。
当時、すこぉ~し英語が話せた私は「彼らは耳が不自由だから、ちょっと待て」とウェイトレスに話しました。
身振りで飲み物は何がいいかと聞いたのは何とか伝わり、メニューを指差してもらいウェイトレスに答えました。
オーダーが的確に伝わらなかったのか、別のウェイトレスが同じ事を聞きにきました。
そしたら、私からオーダーを取ったウェイトレスが「彼らは耳が聞こえないから」とそのウェイトレスに答えたのです。
不愉快な気持ちの種はこの辺にありました。
(わからないと思って、つまらない事言いやがる。なんで、隣の夫婦は事情がわかっているだろうに、答えてやらないんだ…)

それから食事が始まり、前の席のふたりからカメラを差し出され、写真を撮ってくれと頼まれました。
何度かシャッターを押すのですが、上手に撮れません。
ふたりにカメラを返し、再度セットしてもらうのですが、上手にゆきません。
その時、その夫婦の隣にいる(私から見ると右斜め前の)夫婦の旦那がその事を笑ったのです。
その程度なら、大した事ではありません。

「あら、笑っちゃダメじゃない」と小声で奥さんが旦那の耳元で言います。
聞こえているよ奥様。
「おかしい事をおかしいのに、何故笑ってはいけないんだ」と旦那が言ったのです。

不愉快な気持ちの種は、一気に花をつけて実りました。
私は立ち上がって「もう一度言ってみろ」と詰め寄りました。
辺りは騒然としました。
相手は立ち上がりもしませんでしたが、相手の奥様が必死に旦那のジャケットの袖口を押さえています。
私の奥様はつとめて冷静で「よしなさいよ」と横で座ったまま言っています。
何より、自分が原因を作ってしまったと思っている前の夫婦が、揉め事を収束させようと必死に訴えかけてきます。

私はその場にいられなくなり、デッキへと出て行きました。
妻が後からついて来ました。
12月ですが、季節は北半球と逆です。
デッキには心地よい風が吹いています。

「わるいなぁ…つまらない事になっちゃって」
「ええ、ほんと」
「でも、きれいな夜景じゃないか。これは船内からじゃ見れないよ」
「そういう事にしておきましょう」
「羊の毛狩ショーもマジックショーも見れなくなっちゃったなぁ。申し訳ないな…」
「本当にそんなもの見たいと思っていたと思う?」

ショーが始まった事が音楽や歓声でわかりました。
デッキの窓から、妻が中の様子を覗き込みます。
「本当に毛狩りショーなの…」とため息混じりにつぶやきました。
その横顔を見ながら、妻と前の席の夫婦に申し訳ない気持ちでいっぱいになりました。
私にあわせてくれたのかなぁ…。
シドニー湾の夜景はきれいでしたが、あまり記憶にありません。

さて、妻にかなわなくなったのは、いつからでしょう…?

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2009年12月23日 (水)

君の居場所はここに

川に入ったボールを手を伸ばして取ろうとしている小さな子供の後姿が映ります。
ズボンとTシャツの間から、素肌が見えています。
そこには殴る蹴るの暴力でなければ後の残らない、青黒いアザが複数見えています。
親子がキャッチボールをしています。
父親が全然関係のない方にボールを投げます。

キャッチボールをした川原からの帰り道、帰る方向から近所のおばさんとおぼしき人が歩いてきます。
その子はその姿を見つけると父親と急に手をつなぎます。
「お父さんとキャッチボール、よかったはねぇ」
「うん」
初めて正面からの顔が映った子供の顔は口元や顔の他の部分に大きな青黒いアザがある。

これは深夜にCATVで放送されていた児童虐待防止に関するCMです。

昨日、朝の通勤途中でベビーカーに乗った半べその子供が乗ってきました。
「口が痛い」という子供に、「口が痛いなら口をあけなければいいだろ」と父親が一喝しました。
もう子供は何も言わずに黙ったています。
それは理由で本当は抱っこして欲しかったり、別の理由がある事もあります。
でも、特に子供が小さい時は親も必死だから、感情的な対応になる事もあります。
自分にだってありました。

瞳を涙でいっぱいにしています。
子供と目があったので、ニコッと微笑みかけました。

派手な宴の後の静けさに、急にさびしさを感じる事があります。
そんな事ありませんか?
昨日は営業部の忘年会で、総勢30名程の大所帯の大宴会となるのです。
店の1フロアーは殆ど貸切みたいなもんです。

ひとりになった帰り道の地下鉄のホームでした。
通勤途中にそんな風景を見ていた事が原因かもしれません。
ケーブルテレビでやっていた冒頭のCMが、フラッシュバックの様に甦ったのです。
たまらない気持ちになったのです。
時間が遅くなると電車のダイヤも間隔が空いてきます。
大手町駅は人がたくさんいるはずなのに、とても静かなのです。
乗車側と反対のホームに電車が入ってきました。
ホームには地下鉄特有の澱んだ風が流れます。
首に巻いたマフラーとコートの裾がその風で煽られます。
地下鉄のブレーキ音がホームに響き渡ります。
拳を強く握りました。

なぜ、自分を無条件で愛してくれる人を傷つけるのでしょう。
全幅の信頼を寄せ、生存には必要な環境を握る絶対的な立場を、優越的に利用するのでしょう。
子供は大人の保護がなければ、生きてゆけません。
例えば虐待されている子供には、その環境を抜け出して生きてゆくという選択肢は選択出来ない事が殆どなのです。
しかも、殴られ、虐げられるのは、本当は何も悪くないのに、自分が悪いからだと考えるのです。
自分がいい子じゃないから、こんなに怒られるんだと考えるのです。
この傷は容易な事では癒される事がありません。

私は灯りのない暗い道を抜け出す頃、この事をよく考えました。
自分を無条件で愛し、愛すべき人々が私に気をつかう。
他で卑屈な笑みを浮かべている自分がいるならば、愛してくれている事に安心しきって、無条件で愛してくれる人々に甘えている自分がたまらなく嫌だったのです。
本当のやさしさは、こんなものではないだろう…。
本当に強さは、こんな事ではないだろう…。

先般のTHE NIKKEI MAGAZINEにこんな記事が掲載されていました。
命ことほぐ「君の椅子」
北海道の東川町では子供が誕生すると1脚の椅子をプレゼントするそうです。
子供用の椅子で、子供の名前や誕生日が刻印されています。

これは多くの人の情熱と努力の結晶で本日の姿があるそうです。
「椅子は居場所の象徴」と子供の存在感を認め、誕生の喜びを分かち合い、絆を強めるシンボルされています。

06年、東川町で生まれた51人の赤ちゃんがこの作品に座った。
食事時もテレビを見る時も自分の椅子を引きずってくる男の子。
座りながらのままごと遊びがお気に入りの女の子。
片時も椅子を手放さずにいる子供は多く、今年ある親子が修理依頼のために工房を訪ねてくれた、大門は笑顔で話す。
THE NIKKEI MAGAZINE/12月20日№80

生まれた時から「君の居場所はここに」と暖かく見守られる事が、どれだけ大切な事であるか。
そしてこの記事はこう締めくくられます。

30年後、赤ちゃんのいる北海道の家庭には必ず1脚の君の椅子があるようにしたい。
子供がつけた傷も染み込んだ汚れも、全てを命の証として、成長を見守る1脚。
かかわる人たちの思いはひとつだ。
「子どもたちが、祝福されて生まれてきますように」
THE NIKKEI MAGAZINE/12月20日№80

哀しみの青黒いアザはいつまで続くのか…。
今も、恐怖に体を強張らせている子供がいる…。
眠りにつきながら、何もなく今日1日が終わる事に安堵している子供がいる…。
痛みに耐えながら、涙を流している子供がいる…。
生存を脅かせている子供がいる…。
神様、哀しみの青黒いアザから、この世界から、彼らを救って下さい…。
今は彼らの幸せを祈る事しか、できないのです。

地下鉄がホームに入ってきました。
大きな歩幅で地下鉄に乗り込みました。
もう駆け込んでくる人もいないホームに発車アナウンスとベルがなります。
扉の窓に映る自分を見ました。
私は歩みを止める事は出来ません。

君の椅子プロジェクトホームページ
君の椅子

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2009年12月20日 (日)

出会えてよかった…。

「アンとダイアナは<あいよぶ魂>だって、アンが言っていたわ」

「ほかの人にいえないようなことでも打ち明けられる、友達同士ということです」

「<あいよぶ魂>の二人は、おたがいのことを本当に理解しあっているのよ」

「旅路の果て・モンゴメリーの庭で」
 メアリー・フランシス・コーディ 田中奈津子訳

書籍を整理する為に、新たに本棚を購入しました。
先週到着していたのですが、昨日も今日もどうしても整理する気持ちがおきません。
伊豆地方で頻繁に発生している地震を考えると、片付けておかないと…と気持ちばかり焦ります。

積み上げられた書籍をどう分類して片付けるか。
今の本棚の書籍も移動させながら片付けるのか。
ああ…なんだかやる気出ないなぁ。

冒頭の書籍は、出会った時と同じように、私に手に取るように誘っています。
美しい表紙とタイトルに魅かれて購入したのです。
その内容は示唆に富んでおり、私は人生の儚さと儚さ故の激しさを感じました。
残念ながら、現在この本は絶版になっているようです。

人と人の出逢いはとても不思議だと思いませんか。
いろいろな人が表現は違えど、人と人との出逢いに意味がないものはないと言います。
例えば今、自分が考えている事を、悩んでいる事を解決する鍵を持っている人と出逢う。
後から考えると、今の自分を支えている大きな言葉だったり、人だったりします。

格闘家の須藤元気さんは、今後の進路を悩んでいる時にトイレに張ってある張り紙に答えを見出したそうです。
それは男性用のトイレを汚さないように書いてある「一歩前進」という張り紙だったそうです。
出逢いも出来事も人知を超える部分があるのでしょうか。

そして、多くの人といろいろな意味を知るために、伝えるために出逢いを繰り返す。
やがて、互いが魂で呼び合い、求め合う<あいよぶ魂>に出逢えたら、素晴らしい事ですよね。



この国で生まれて
この街で育ち
君と出会って
愛を知り
二人は暮らしはじめた

うす目を開けながら眠たふりをしてる
君の吐息が声になる
”出会えてよかった”と
”出会えてよかった”
Oh…
”出会えてよかった”

出会えてよかった/鈴木雅之

片付けは23日水曜日に延期。
理由。
事務所にも置きっぱなしの書籍があるので持ち帰り、それを含めて整理する事とする。
22日の火曜日は営業部の忘年会なんだよな…。

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2009年12月19日 (土)

そのサービスが動機なんです。

平日、明るい時間の普通電車に乗るのは久しぶりです。
品川から横須賀へ向かう京急は、乗車している人も少なく立っていると窓の両側の景色が流れてゆくのがわかります。
なんだか、とても明るいなぁと感じたのです。
まぶしいぐらいです。

横須賀から三浦半島での仕事を終えた帰り道。
少しまわり道をして帰る事としました。
レンタカーの返却までにはもう少し時間があります。

平日夕刻、海岸線沿いの国道は車もスムーズに流れています。
134号線沿いを江ノ島方面に向かって走ります。
秋谷公園から長者ケ崎へと左側に広がる海。
もうわずかな明るさを残す姿のない夕陽。

葉山の御用邸前から、旧道へ入ります。
マリーナ方面へ向かいます。

その日は金曜日で、明日からの休みに少し気分も緩んでいます。
「たまには美味しいものでも買ってかえろう…」とひとりごと。

立ち寄ったのは LA MAREE DE CHAYA 葉山 です。
学生時代によく行ったのでその時の記憶を頼りに、すっかり暗くなった道を行きます。
あった、あった、ありました。

重い木の扉を開けると、左手に大きなショーウィンドウがあります。
ああ~なんだか懐かしいなぁ。
たくさん並んだ美味しそうなケーキからいくつかを選びました。
包装をしてもらっている間に、もう少し車に乗るので、トイレを借りておこう思いました。

「すみません、お手洗いを拝借できますか?」と私が訊きます。
「こちらにご用意してございます」との返答。

これ、これなのよ。
サラリーマンには利用頻度が高い店によくある「いらっしゃいませ~。何名様ですか、禁煙ですか、喫煙ですか?」とは明らかに異なる返答。
学生時代から、がんばってこの葉山から逗子のお店に行ったのは、このサービスに感動したからでした。

もう15年程行ってない店で、前を通るたびに悔しい思いをしながら、通り過ぎる店があります。
秋谷公園のそばにあるマーローです。
ここへ自分ひとりで、気になる女性をエスコートする事を目的に普通免許を取ったといっても過言ではありません。
最近は駐車場も満車で、警備員がいるぐらいだから、相当な繁盛なんだと思います。
チャンドラーの小説に出てくるフィリップ・マローからとった店名との事。

ここに6ヶ国語を自由に操れる方がいらっしゃって、コースの料理が終わるとウィットに富んだお話をしてくださりました。
これが、コース料理のいちばん最後の最高のメニューでした。
あの方はまだお元気でしょうか。

確か…誕生日の特別プランがあって何度か利用しました。
ポラロイドでふたりの誕生日記念写真を撮るのです。
ああ、思い出したくない思い出が甦るので止しましょう。

他に音羽の森が好きで、よく利用させてもらいました。
最近は本年の2月に親父の誕生日会をしようと兄弟で思い立ち利用しました。
文句のないサービスで、素敵な時間を過ごす事ができました。

音羽の森は長男が赤ん坊の時に、三浦市に住む妻の友人のところへ遊びに行った時に利用したのです。
少しお茶でもしようと寄り「小さな子供がいるけれどいいですか?」と聞いたところ、嫌な顔をひとつせず、満面の笑みで「どうぞ」と応じてくれたのです。
感激です。
残念ながレストランの利用はあるのですが、宿泊した事はありません。

さて、キリがなくなるのでまた次の機会に。
買っていったケーキを妻が見て、LA MAREE DE CHAYA 葉山のケーキだとわかりました。
次は鴫立亭のケーキをリクエストされました。
奥様…私は仕事で行っております。

強くなければ生きてはいけない、優しくなければ生きていく資格がない。 Raymond Chandler「プレイバック」よりフィリップ・マーローの台詞

ご紹介店のウェブサイト
LA MAREE DE CHAYA 葉山
マーロウ 葉山
音羽の森
鴫立亭

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2009年12月 6日 (日)

心の力

心の力。
時速約900㌔・高度1万メートル上空。
とても胸が熱くなっていました。

遅ればせながら、その時の出張のお供に「クローズド・ノート」を連れて行きました。
映画化された時の沢尻エリカさんの記者会見が映画それ自体よりも、あまりに有名になった事もあり、原作本を購入していた事も忘れていました。
片道12時間。
これなら、眠くならなければですが、片道でハードカバー2冊と文庫本1冊が読めると判断。
往復でも帰路は疲れがあるとも考え、ハードカバー3冊と文庫本2冊としました。

今週は1週間連続の長期出張となります。
また、ジプシーの様な生活。
慣れたホテル暮らしですけれど、味気ないものです。
会社の業務ですから、経費の事もあり、そうそう高いホテルにいつもいつも泊まってはいられません。
でも、ビジネスホテルのベットとテレビとユニットバスだけの味気ない部屋はどうにも好きになれません。
なんだか、監獄に入っているようです(監獄入りの経験は幸いありませんが)。

また、今回はもう雪が降っている様な場所にも行かねばならず、電車やバスを利用してというわけには行きません。
これ、何が残念かというとせっかくの移動時間に読書が出来ないのです。
まあ、近頃のレンタカーは必ずCDもついているので、買いだめしておいたCDにゆっくり付き合ってもらう予定です。

東京は暖かい日が続きますが、朝晩は12月らしい日もありますね。
この時期の雨はとても冷たく感じます。
さて、人は誰かに認めてもらえないと、とっても生きているのが辛くなります。
おーなり由子さんの「天使のみつけかた」にこんな表現があります。

ある日は とても ひとりっきりの きもちがした。

心がひりひりした。

じぶんが、いらないもののようであった。

「天使のみつけかた」 おーなり由子

すごく的確な表現ですよね。
これは天使だった男の子が人間になり、女の子に恋をした時の気持ちなのです。

けれど あの女の子を見かけると 地上は一気に天上のように輝いた。

一日中、げらげら笑いたい日もあった。

「天使のみつけかた」 おーなり由子

これぞ恋した時の気持ちですね。
恋する人に自分の存在を上手に認めてもらえない時は、なんとも苦しい事です。
やりばの無い気持ちに困りますよね。
ほんとに、せつなくなります。

同僚で会社帰りに食事をして帰った時に、たまたま読んだ本の話がありました。
まあ、見栄もあってビジネス本を上げる人も多かったのですが、私は「クローズド・ノート」と話したのです。
最近では一番良かったと思ったので、素直にそう言ったのです。

そうしたら、一緒にいた他の課の課長さんが、大きな声で「あ~いいよな、俺も伊吹賞欲しいよ」と言ったのです。
胸を片手で2回、トントンと叩くしぐさをしながら。
ストーリーに出てくる「真野伊吹」先生が認定する賞が「伊吹賞」です。
それから、それはなんだ、なんだ、なんて話になりました。

「真野伊吹」先生は小学校4年生のクラス担任の先生です。
伊吹賞とは例えば、忘れ物の多い子供が1週間忘れ物をしなかったら伊吹賞。
掃除のときに窓の桟まで拭いている女の子に伊吹賞。
みんなを笑わせるひょうきんな子に伊吹賞。
学級文庫をよく読んでいる子に伊吹賞。
帰りの会で先生が「本日の伊吹賞は…」なんて発表します。
子供はどきどきわくわく、自分の名前が呼ばれるのを待っています。
伊吹賞のシールが多くなって行く事を、子供達は楽しみします。

誰かに認めてもらえる事。
これは年齢を問わずうれしい事ですよね。

そして、この本に出てくる言葉「心の力」。

何かをするのに頑張ったり、最後までくじけなかったりする意志の強さとか我慢強さというようなことから、相手を思いやること、お互いに信頼し合うこと、励まし合うこと…といったことまで、この「心の力」という言葉…

「クローズド・ノート」 雫井 脩介

「心の力」がスランプになる。
この小説は他に伊吹先生の恋も同時進行で進みます。
伊吹先生が大切な人の、何気ない事にとても喜んでみたり…。
不安になったり…。
疑心暗鬼になったり…。
登校拒否になる子供とのやりとりや、自分の恋で気持ちが不安になる事。
誰もが完全無欠ではない事。
誰でもが当たり前にある、そんな人間くさいところがたくさんあります。

いつもはやさしくできるのに…。
いつもはもって話を聞いた上げられるのに…。
いつもはこんな自分勝手なわがままばかり言わないのに…。
いつもはもっと元気よくしていられるのに…。
「心の力」がスランプになって、いつもと違ったり、いろんな事が嫌になったり、誰にでもある事ですよね。

私がこの小説に参ってしまった気持ちが、少しでも伝わりましたでしょうか。
枠外である、最後の最後にある衝撃の事実も、私には大きかったのです。
著者である雫井さんのイメージが「犯人に告ぐ」とまったく異なってしまった事も驚きでしたが、これが携帯小説であった事も驚きでした。
帰国してから、映画のDVDをすぐ見ました。

辛い事…。
やりきれない気持ち…。
哀しい事…。
胸を片手で2回、トントンと叩くしぐさをしながら、私も「心の力」を呼び覚まします。

思いやりの「心」をあたたかくて強い「力」にすることができる4年2組のすばらしい子どもたち。 いつまでもその「心の力」を持ち続けて下さいね。

「クローズド・ノート」 雫井 脩介

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2009年11月29日 (日)

誰かを愛した…その時の自分の心だけは決して忘れちゃいけないわね

誰かを好きになった…その時の気持ち
という記事を書いてから、これは何にインスピレーションを得て書いたのだろうと…ふと考えました。
思い出しました。
この言葉に近い台詞で印象に残っているのは、多感な高校生の頃に見た映画「天国にいちばん近い島」です。
そういえば、11月28日は原田知世さんの誕生日。
何故知っているのかって…それはファンだったからhappy01
自分の誕生日と1ヶ月違いというだけで、なんだか喜んでいました。

この映画、原田知世さんが演じる主人公は少し引っ込み思案のおとなしい女の子。
そんな主人公とイケテナイ高校時代の自分を重ねていたのかもしれません。
まあ、映画の内容は原田知世さんのファンでなければ、なかなか厳しいかなと思うところがあります。
当時、同時上映だった薬師丸ひろ子さんの「Wの悲劇」は完成度が高すぎて、比較するのはヤメテね…って感じでした。

しかし「天国にいちばん近い島」に出演している乙羽信子さんの演技は秀逸であり、それ故にとても印象に残っているのです。
乙羽信子さんの役柄は、太平洋戦争で夫を亡くした未亡人役でした。
映画では南太平洋の夫が戦死した海へ、献花に行くシーンです。
その海域で「お国の貴金属供出にも出さなかった」指輪を「あなたにもらったものだから、あなたに返します。私だったと思って下さい」と海に投げます。
そこで、同乗している女性が問いかけます。

教えて下さい。 39年も経って、それでも忘れないっていうのはなんなんですか?

それはこんなお婆さんが言うと恥ずかしいんですが、愛ですわ。
それとも自分自身の誇りかしら。
誰かを好きになった。
その事への人間としての誇りね。
うまく言えないけれど、愛ってそういうもんじゃないかしら。
誰かを愛した。
その時の自分の心だけは決して忘れちゃいけないわね。
愛って結局は自分のための物語ね。

映画「天国にいちばん近い島」より

当時、私はこのシーンで涙が止まりませんでした。
誰かを愛するという事の崇高さ、愛し、愛される事が、人の誇りとして、人が生き続ける理由になる事に感動しました。
愛される事も、愛し続ける事ができる事も羨ましく、素晴らしいと思いました。
高校生に何がわかる…というところですが、本当に私は感動したのです。
周りに泣いている人がいるかどうかは、確認もしませんでしたが…。
多分…いないですよね。

TUTAYAのカード更新の連絡があり、そんな事を思い出したので「天国にいちばん近い島」のDVDをついでにレンタルしてきてしまいました。
さて…。

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しあわせのランプ(Chapter17) けもの道

楽しい学生生活が続くのと同じに、心に浮かんでは消える事。
特にひとりになり、ふと自分自身を見つめる瞬間があると、自分の心が苛まされる事があった。

このままでは決して終わらないと必死に心を支えていた時。
さびしさに心を折ること。
誰かが自分が生きていることに感謝をしてくれた日。

これが、この生活があの頃に他人を見ては羨ましいと思っていた事なのか…。

その事に加えて、自分を更に苦しめたのは、復讐心だった。
自分とは違う人を排除する…。
追い詰めては、絶望に満ちてゆくその顔を見て、満足している奴ら…。
互いが疑心暗鬼になっているのに、利害だけで結びつく。
利害なくなれば、用無しだと放り出し、害ならば攻撃する…。

自分は当事者ではなく、その対象ですらならなかった。
もう時間も経過している。
過去の出来事にしたいのに、時間が立つにつれリアルな事実として迫ってくる。
それまでに自分だって他人を傷つけてきたのに、その事は棚上げにしている。

しかし、そんな奴らの為に、何人の人が心を殺してきたか…。
お前らに報いを。
心に思うと、復讐心と怒りで燃え尽きてしまいそうだ。

たのしい席にいると、途中までとっても楽しんでいるのに、ふと…ここはもう自分のいるところではないと思う。
急に冷めてくる。
これが本当に望んでいたものなのか。

アルバイト先にはいろいろな人といろいろな人の人生の縮図があった。
夜の街ともつながる事があるそのアルバイトは特殊な環境だった。
毎日を生きる事が必死な人。
哀しみを忘れられなくても、辛い毎日でも、生きてゆくために働く人。
普段は決してそんな様子を見せないのに、心に大きな傷を持つ人が、時として見せる例え様もないさびしげな表情。

あの日、あなたが初めて喀血した日。
それでも自分の事よりも他人の私を思うその気持ち。

それは、疑うより信じる事。
誰もが消せない心の傷を抱えていても、来る明日を信じている事。

その圧倒的な心の強さは、私の独りよがりの気持ちを溶かしてしまった。
すぐに全てが溶けてしまったのではないけれど、砂の城が波に溶かされてゆくように、私の心のわだかまりは溶けて行った。

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2009年11月22日 (日)

誰かを好きになった…その時の気持ち

11月17日火曜日。
長野県松本市の取引先から、午前9時から打ち合わせをしたいとの要請がありました。
松本へは「あずさ2号」で有名な「スーパーあずさ」で通常は向かいます。
しかし、この特急始発電車は新宿駅を午前7時に出発し、午前9時40分頃に松本駅に到着します。
これが一番早いんです。

先方の事情が理解できる環境にあるので、午前9時の要望に応えるべく、レンタカーにて現地へ向かいました。
当日の天気予報。
東京は晴れのち曇り。
松本は晴れのち山沿いはにわか雨。

中央自動車道を快調に進みます。
今日は曇りだなんて言っていたから、八ヶ岳はあまり見えないなぁ…なんて考えていた頃。
小淵沢を過ぎた辺りから、フロントガラスに当たる雨が、形を持ってきました。

ありゃ…雪かよ?

東京で借りたレンタカーですから、タイヤはスタッドレスではありません。
追い越し車線を走る車はなく、最寄の出口は既に渋滞との交通情報。
当日はプリウスに乗っていたのですが「僕はまだ大丈夫」ってな感じです。
小淵沢の周辺は中央高速でも最高地点なんて案内があるところ。
しかし、やがて前方の視界が確保しにくくなるぐらいになってきました。
既に誰も走らない追い越し車線は白くなっています。

こりゃ、困ったなぁ…約束の時間には間に合わない。

最寄のサービスエリアで停車し、約束の時間に間に合わない旨の連絡とレンタカー会社の最寄営業所に連絡をし、スタッドレスタイヤの車への乗換えを手配しました。
車両を交換する場所までは、どうしても今の車で行く他ありません。
雪が降っています。
何度か雪道で立ち往生をした経験があり、雪道はなめてかかると命取りになると思い知らされています。
少し、降る雪を眺めていました。

吹雪になると前が見えなくなる。
自分の位置すら、わからなくなってしまう。
最初は呼ばれている声も聞こえている。
やがて風が勢いを増すと、風の音で声も聞こえなくなる。
右も左もわらかなくなる。

不安感が増大する。
疑心暗鬼になる。
この先に確かな道があるのに、本当にそこにあるのか疑ってしまう。
狂ったように向かってくる雪で、前が見えなくなる。
わからなくなる。
それはまるで、大切な人を思うその時の気持ちと同じで、迷いだすと吹雪の中を歩くのと同じになってしまう。

そんな時。
誰かを、その人を好きになった…その時の気持ちを想い出す。
とてもやさしくなった自分の気持ち。
大切な人のしあわせを願う気持ち。
大切な人の喜びは2倍に、哀しみは半分にしたい…と思う気持ち。
分かち合いたいと思う気持ち。
そしてその人を愛した、自分自身の誇り。

ありゃ…降る雪に少し気持ちが別のところに行ってしまいました。
仕事モードにチェンジし、戦う営業マンは目的へ向かいました。

そして、翌日は雪もやみ、素晴らしい景色が待っていました。
やまない雪も、明けない夜もないんだよね。
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2009年11月 8日 (日)

敗れる事で学ぶ事

11月3日決勝が行われた2009Jリーグヤマザキナビスコカップ。
試合後の表彰式で、準優勝の川崎フロンターレの選手が、メダルをすぐに外すなど、当時の態度が悪くマスコミをはじめ、話題になっていましたね。
悔しい事は勿論だろうし、まじめにやっているからこそ、悔しい気持ちも生まれると思います。
しかし、評価をされる際に、プロだからという厳しい尺度は求められてしまうので、お話が大きくなる事もやむを得ないのかもしれません。

相撲が好きなわけではないのですが、ちょっと気になった事がありました。
先場所は朝青龍の「引退か?」なんて事も絡んで、メディアに取り上げられる機会が多かったと思います。
初日の朝青龍と把瑠都の一戦は、寄り切りで勝った朝青龍が、把瑠都にダメ押しをする様なところがありました。
翌日、勝負が見えてからのあの行為は横綱にあるまじき行為と様々なところから批判されました。

朝青龍の立場だと、本当に「引退か?」って事がかかっていれば、初日はなんとしても勝ちたい…と考えるのは自然な事です。
気合余ってという部分も理解は出来る。
しかし、横綱に求められるもの…と考えた時には、川崎フロンターレに同じく厳しい尺度が求められる事と思います(時々、朝青龍に対するインタビューで、ずいぶん意地悪な質問の仕方をする人もいるなぁと思う事もあります)。
そんな報道がされた影響もあったと思いますが、先場所はふと中継を見たのです。
日馬富士と翔天狼と一戦。
寄りきりで日馬富士が勝ちました。
土俵際まで追い込み、勝負が決まった時、日馬富士は翔天狼が勢いで土俵下に落ちないように、手を握って止めたのです。

敗者に対するこの違いは、どこから生まれてくるのでしょうか。

私がまだ大学生で、現役で空手をやっている頃の事です。
何の試合だったか覚えていないのですが、トーナメントで控え室から出るのが、対戦相手と私が最後だったのです。
私の師範は試合に際しても、試合の結果についても当日は一切その結果には触れません。
これまで全力で取り組んできているのだから、当日はそれを十二分に発揮しろとの方針なのです。
相手方のコーチか、師範かはわかりませんが控え室に来ていました。
互いに試合前のアップをしています。
そこで耳を疑う話を聞いたのです。

そのコーチは「少しぐらい当ててもいいから、相手をビビらせて行け」と言ったのです。
試合場のトーナメント最後の試合ですから、ふたりしかいません。
誰が試合相手か探す必要もないのです。
(それが指導者の言うべき言葉か)
耳打ちしているコーチに、対戦相手はニヤニヤしています。
恐怖で硬直させる事を目的にそんな話をしている事は、誰だってわかります。

性根の悪い私は、聞こえないふりをして腹案を持って試合場へ行きました。

試合が開始されました。
私は相手が脅かす為に間合いを詰めて、当ててくる事がわかっています。
当然、相手が最初に仕掛けてきます。
それを待って、カウンターでみぞおちに当て、かがんだところを膝蹴りで鼻に当て、鼻血を出させました。
すぐ反則で一時試合は中断されました。

相手も真っ赤になって、興奮して怒っています。
最初に一発食らわそうと思っている方が、食らわされたのですから穏やかじゃありません。
やった私は(ざまぁみろ)なんて心で思いながら、ポーカーフェイスです。
それでも再開された試合は、もう試合の体をなしていない状態です。
感情的な殴り合いです。
結果は判定となり、最初に反則をした私の負けでした。

試合場で見ていた師範は、私が最初に恣意的にやった事を分かっていました。
敗れた試合の事で指導されたのは、それが最初で最後でした。

楽天の野村監督が引退をしました。
監督として最後のゲームが終了すると、両軍の選手がグランドに集まり、野村監督を胴上げしました。
野村監督が野球界の偉大なる先人として、チームを問わず尊敬をされていたのだと思います。
最後の試合は野村監督の楽天が負けているのです。

楽天監督して最後のインタビューに答えていました。
その内容に思うところがあります。
「チームとしてはこれでよかったんじゃないか。段階を踏んで行った方がいい。ビッグゲームで負けることで得られるものもある。負けた方が真剣に反省する」

とても大事であり、負けが続く苦しい中から、勝利を得た人だからこその言葉だと思います。
「負けた時には、なぜ、どうして負けたのか?」
「次のチャンスに勝つには、どうすればいいのか?」
こう考える事で負けは大きな意味を持ってくると思うのです。

常に勝ちばかりの人はいませんよね。
自己嫌悪と後悔で、本当は思い出したくない事ばかりが多いのですが、負けに懲りて行動しないことではなく、敗北を受け入れて「次のチャンスではどうできるか?」という反省が大事ではないでしょうか。
負けの悔しさを知るからこそ、勝利の喜びも倍加されるのではないでしょうか。

日馬富士の勝利者の余裕はそんなところから、滲み出てくるのでは…。
勝つ者がいる時は、必ず敗れる者もいる事。
その境目はいつも足元にある事も。
自分もいつでも、その境のどちらにでも入る事を知っているのだと思います。

敗れる者の辛さを知っているからこそ、勝利者となった時にも敗者を思いやる気持ちが持てるのではないのでしょうか。

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2009年11月 3日 (火)

もうすぐ夜明けが来る

誰かが亡くなると、その故人に対し言葉を贈ります。
故人は決して読む事も、聞く事もできません。
でも書かずに、言葉をかけらずにはいられないのです。

きっと、私だけでないと思います。
人は涙では越えられない哀しみを言葉にします。
涙では足りないのです。
だから読まれる事のない手紙やメッセージを書きます。
それは自分におきた事、自分が心を痛めた事、友の事、やり場の無い怒りや哀しみと様々です。
的確な表現を得られず、能力の限界を感じながらも言葉を紡ぎます。
そしてそれは言霊という言葉がある通り、きっと伝わると信じています。

深い哀しみが容易に癒されないと思います。
でも、哀しみは必ず癒される日が来ると信じています。
上も下も横もわからない様な、深い哀しみの中にいる時。
もうここで全てが終わったと感じる時。
どんなに頑張っても、もがいても、出口を示す一筋の光すら見つけ出せない時。
そんな時、言葉が何の役に立つだろうと思います

確かなものもない。
約束もない。
暖かなぬくもりもない。
そんな…ただの言葉が何の役にたつのか…と思う時があります。

でも、人が人に出来る事がそんなには多くはないと思います。
そんな多くない事に、実は一番エネルギーが注ぎ込まれているかもしれないと考えます。

自分の表現力のなさを露呈させるような事ですが、そんな事がお気に入りの楽曲の中に多くあります。



飛び方を忘れた鳥のように
僕は何かを見失って
傷ついたその場所から生まれ出た
痛いほどの幸せを見つけた

飛び方を忘れた小さな鳥(抜粋) / MISIA


深い哀しみの中から、立ち上がった時、振り返って今の自分への意味を考える事がありますよね。
その哀しみを知らなければわからない、今のしあわせを。
この曲アルバム「KISS IN THE SKY」のバージョンも良いのですが、「星空のライヴ ~ The Best Of Acoustic Ballade ~」が私はお気に入りです。
切々と歌うMISIAの歌声が、やがて来るしあわせを信じさせてくれます。

そして、スキマスイッチの「ボクノート」は、まさに言葉に表せない哀しみから、きっともっと強くなって、大切な人の来る哀しみも振り払えるようになりたい。
そんな力強さを感じるのです。



今僕の中にある言葉のカケラ
喉の奥、鋭く尖って突き刺さる
キレイじゃなくたって 少しずつだっていいんだ
この痛みを形にするんだ

足元に投げ捨てたあがいた跡も
もがいている自分も全部僕だから
抱えている想いをひたすらに叫ぶんだ
その声の先に君がいるんだ

この声が枯れるまで歌い続けて
君に降る悲しみなんか晴らせればいい

ボクノート(抜粋) / スキマスイッチ


そして、初めて聞いた時には思わず涙が出そうになった曲が「ヘロン」です。



どんなにさみしい夜も
やさしい声が聞こえる
にじんだ瞳の中で
小さな未来が生まれる

心よ目を覚ませ
見果てぬ夢を
数えながら
もうすぐ夜明けが来る

流れる時に抗い
命を燃やし続ける
全ての孤独な人よ
涙は言霊になる

明日を待っている
色鮮やかに
あのホライズン
貫いて夜明けが来る

ヘロン(抜粋) / 山下達郎


涙の中で未来が生まれ、新しい夜明けが来るなんて。
地平線から、新しい未来の光が見え、夜明けが来るなんて。
深い哀しみの中から、新しい希望が生まれる。
たまらない気持ちになりました。



心よ目を覚ませ
見果てぬ夢を
数えながら
もうすぐ夜明けが来る

ヘロン(抜粋) / 山下達郎

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